美竹蘭「陽が落ちて」青葉モカ「夜が明けたら、また」
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◆kiHkJAZmtqg7
[saga]
2017/09/03(日) 19:38:35.61 ID:6LMiOYr90
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「いらっしゃいませー……って、モカ。いらっしゃい」
「いらっしゃいましたー。パンは焼けてるー?」
いついかなる時でも、何があろうとあたしにとってパンは欠かせない存在だ。やまぶきベーカリーには今日も今日とてお世話になっている。と、言っても今日の目的は買い食いじゃないんだけど。
「焼けてる焼けてる。あー、手伝うよ。常連客のよしみってことで」
「ありがと、さーや。いやー、看板娘を独占なんて、モカちゃんも役得ですなぁ」
片腕が使えないとトレーを持ってパンをトングで取る、という動作をするには腕の数が足りない。はじめは大道芸みたいにバランスを取ってやってたけど、最近はさーやが手伝ってくれている。曰く、見てるこっちがハラハラする、だそうだ。
めぼしいパンをひょいひょいとトレーに乗せていく。いつもより欲張りなペースにさーやが反応した。
「あ、もしかして差し入れ用? 流石に一人でこの量は食べないよね」
「んー、食べられないことはないと思うけど……あたりー。みんなは今練習中だからさ」
みんなが練習しているさなかでも、あたしにできることはこれくらいだった。もちろん、練習を見ていてもいいんだけど、それだってやっぱりただ見ているだけになる。そんな、大層なコーチングとかができるほどの腕じゃないから。
「そっか。そのこと、気にしてる?」
「……わかっちゃう? みんなにバレるとちょっと困るんだけど」
「わかりやすいってほどじゃないけどね。……今日、結構焼きたてのパン外してるよ?」
「うぇ。パン屋の娘は怖いなー」
一度、さーやにどうしてピンポイントで焼きたてのパンを選べるのか聞かれたことがある。正直、なんとなく選んでるのだ。温度でわかることもあるし、匂いでわかることもある。こうだから、っていう具体的な目印はなかった。
……まさか、そういうことで調子がバレるとは思わなかったけど。
「……それじゃ、ちょっと愚痴っていいー?」
「どうぞ。知らない仲でもないんだし、それくらいぜんぜん」
さーやの距離感は、ほんとにありがたいと思う。お互いバンドをやってて、そこそこに顔見知りで、でも弱音を吐いても迷惑がかからない関係。リサ姉もそう。そういう相手が増えたのは、他のバンドと関わるようになってできた嬉しいことの大きな一つだ。
ぽつり、ぽつりとAfterglowのみんなには見せたくないものを吐き出していく。みんなはいつも通り以上に張り切ってて、だからこそ自分のリハビリの成果が一か月後までどうなるかぜんぜんわからないのが不安だった。
あたしのせいで台無しになったら、なんて。できるだけ考えないようにしてるけど、右腕が使えない不便に直面するたびに頭をちらついてしまう。
「まあ、そんな感じなんだよねー。心配しててもしょうがないのはわかってるけど、なかなか難しくて」
「なるほどねぇ。……うん、今からすっごく無責任なこと言うけど、いい?」
「……んー? いいけど?」
「そういうの、ちゃんとAfterglowの仲間に言ったほうがいいと思うよ」
その言葉はあたしの虚をついて、びっくりするくらいあっさりと胸の奥をつついてきた。そうすべきじゃないと思ったから相談した相手がそんな風に言ってくるとは思ってなかったから。
「そうー? どうして?」
「私は聞いてあげることしかできないからさ。モカの不安なことを話したい、って気持ちは解消できるけど、おおもとの不安はどうにもできない」
「あたしは、それで十分なんだけどなー」
それに、とさーやは続ける。その表情はちょっと寂しげで、やけに目を引いた。どこかで見たことのある雰囲気だと思った。
「モカってそうやって受け流すのが得意じゃない? 人並みに不安もあって頼る相手を欲しがってるってこと、私ならちゃんと知りたいって思うけど」
「そういうものかなぁ……ちょっと考えてみる。あ、これで最後ね。おいくら?」
「はいはい、えーっと……」
伝えられた金額と、比較的新しいポイントカードを渡した。とん、とんと小気味よく押されていくスタンプを見ているとちょっと気分がいい。このポイントカードはモカちゃんの買い食い用にしてしまおう。
「それとー……うん、頑張るモカに一個おまけ。スタジオまでに食べてっちゃってよ」
手渡されたのは包み紙の中に入ったあつあつのカレーパン。ああ、一番焼き立てのパンをくれたんだなーってすぐにピンと来た。ここまでくると至れり尽くせりが過ぎていて、役得ってレベルを超えてる気もする。
「さーや、あたし辛いの苦手なんだけどなー」
「ウチのカレーパンはよく買ってくくせに。ほら、商店街で美味しそうに食べて宣伝してってよ」
「んー。色々ありがとねー」
「はいはい。これからもごひいきにね」
みんなの分のパンが入った袋を腕にぶら下げながら、さーやからのオマケをほおばる。甘口仕立てのカレーパンは、なんだか元気が出る味がした。
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