268: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2017/09/30(土) 10:21:44.54 ID:ktVirj9S0
加蓮は浴槽に張ったお湯に手を浸し、その温度を確認した。
少し熱いかな? と思い、水を継ぎ足しながら、差し込んだままの手でゆっくりとお湯をかき回す。
水を止め、なまぬるくなったお湯から手を引き抜く。たぶんこのぐらいでいいだろう。
浴槽のふちをまたぎ、普段入浴するときよりは少なめに張ったお湯に身を沈める。
底面におしりをつけ、脚を伸ばすと、おへその上あたりまでぬるいお湯が上がってきた。かすかに揺らぐ水面が肌をなでているようで、少しこそばゆく感じた。
加蓮は、半身浴というものを試していた。
ダイエットや美容にいいと、一時期流行っていたものだが、なんとなく機を逸してしまい、これまでにやってみたことはなかった。
しかし先日、事務所で先輩アイドルの川島瑞樹から勧められたこともあって、いちどくらい試してみようかな、という気持ちになった。なにも難しいことはない、ぬるめのお湯におなかのあたりまで浸かり、20分から30分ほど待つ、ただそれだけだ。
手でお湯を掬い、ちゃぷちゃぷともてあそぶ。
……うん、そんな気はしていたけど、やっぱりこれはなかなか、
「退屈だね」
思わずひとりごとがこぼれる。
なにもしない20分というのはなかなかに長い。近々捨てるつもりの雑誌でも持ってくればよかったか、しかしお湯に入る前だったらともかく、今から取りに行くのは面倒だ。
特にできることもなく、基礎代謝の重要性について熱心に語る瑞樹の顔をぼんやりと思い返した。自分よりはむしろ、いっしょにその場にいた奈緒のほうが真剣に聞いていたような気がする。そういうの興味あったりするのかな? そういえば、そのあと2日前の夕食を覚えているかという話になったのは、いったいなんだったんだろう。
シャンプーのボトルの隣に並んだ、防水のデジタル時計に目を向ける。表示は『17:52』、お湯に入ってから5分が経過していた。
早めに切り上げるにしても、5分はあまりに根気がなさすぎるだろう。お試しの1回とはいえ、せめて10分以上は続けないと格好がつかないし、効果もあるとは思えない。できればキリよく18時までとしたいところだけど。
……なにもすることがなく、ただじっとしているというのは、どうも昔を思い出してしまって好きじゃない。
「アタシにはあんまり向いてないかなー」
代り映えのしない浴室の風景を眺め続けるのにも飽きて、ふぅと息をつく。
……あー、ダメダメ、眠っちゃいそう。
意識が遠のいていくような感覚を振り払い、いつの間にか降りていたまぶたをこじ開ける。
景色が一変していた。
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