女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
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167:名無しNIPPER[saga]
2017/09/15(金) 00:50:04.47 ID:jX7ap57O0

 ――わかっていたんだ。彼女を見た瞬間に、犠牲になれる人間はひとりじゃないって。むしろ、僕こそが、犠牲に最も適した人間になったんだと、魂がそうなったのだと、理解した。

 現実味がない。選択はあっという間で、死ぬという感覚がうすい。
 馬鹿なことをしている、と思う。でも、この選択は、きっと、他人からしてみれば愚かなものだったとしても――僕にとっては最善だ。
 残されていく者を想う。彼女と一緒に、生きていたかった。でも、他に選択の余地はない。僕が死ななければ彼女は死んでしまう。彼女が死んでしまえば、僕もまた、同じようなものだ。
 僕は頷いて王の言葉を肯定した。犠牲になる、と。

「こい」と王が言う。

「……嘘だよね?」

 彼女の声。

「ねえ、いかないで」

 悲痛な叫び。

「嫌だ……嫌だよ」

 その声を聴いて。大切な人の哀願を聞いて……情けなくも、もう少し生きたいと思ってしまった。だがそれでは彼女は生きられない。
 安心した。彼女が僕を思ってくれることに。

 後悔した。もっと、ああすれば、こういうことをすればよかった、と。
 でも結局、僕はなにかをすることはできなかっただろう。後悔だけが残る。
 だが満足していた。少なくとも、自分の生き方を最後まで貫いたと。
 充足感があった。少し、寂しいけども。
 恐怖がある。死を自ら選んだことに対しての恐怖。実感が押し寄せる。
 僕は、死ぬ。

「待って……待って……!」

 彼女が抑えられるのが見えた。

「最後になにか言ってもいいぞ」と王は言う。

 何を言うべきか。何か言うべきか。
 感情が溢れていた。言いたい言葉があった。
 だが言うべきではないのかもしれない。言ったところで、彼女は救われない。きっと、かえって苦しむ。
 でも、最後のわがままだから。命を捨てるのだから、これぐらいなら、許されてもいい気がした。
 目を閉じれば、彼女の笑顔が浮かんだ。おかしさことをして、笑いあって、そういう余韻に浸って。
 彼女と結ばれるんだと信じていた。きっとこのままずっと一緒にいて、キスをして、結婚して、子供を作って。「幸せだね」なんてことを確かめるように言う。

 ――でも、それらすべては全部、夢の中の話だ。

 彼女の顔を見る。綺麗だった。どこまでも愛しかった。今までくだらない意地を張って、思いを伝えることをしなかった。
 伝えるべきではないかもしれない。

「ごめん」と胸の中で謝る。そして、僕は彼女にこう言った。

「――大好きだよ」

 彼女は大きく目を開いて、僕の方を見て、途切れ切れに返事を返す。

「私も……だよ」

 よかった、と思った。もう、諦めがついた。
 ずっと諦めないことは、辛かった。いつまで続くんだと思った。でも、ようやくこれで終わる。
 彼女の姿を目に焼き付けた。遠ざかっていく時も、扉が閉まる直前の時も。
 ぱたん、とすべてを終わらせるような扉の音がした。

「大好きだ」と確かめるように僕は呟く。

 生涯を通じて、ようやく、完全な諦めがついた。
 もはや僕はなにかをすることはない。誰かを想うことはない。
 彼女は……いま、何を思っているんだろう?

 ――扉の向こうから、誰かの慟哭が聞こえる。


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