渋谷凛「輝くということ」
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9: ◆Rin.ODRFYM[saga]
2017/08/10(木) 00:07:29.94 ID:c5e7bYk30



男の「立ち話も何ですから」という提案を受け、奇しくもさっきの公園のベンチへと戻ってきたことで思わず苦い笑みが込み上げる。

中学生として行く最後の散歩はなんだかおかしなことになっちゃったなぁ、なんて考えていると男が口を開いた。

「単刀直入に申しますと、一目惚れです」

「……はぁ。それで」

「先程お渡しした名刺のとおり、シンデレラプロダクションでプロデューサーをしておりまして……」

ポケットからもらった名刺を取り出し、もう一度確認する。

そこには男の言葉どおり所属の横に『プロデューサー』の文字があった。

よく見なかった私も私だけれど、てっきりスカウトマンか何かだと思っていた。

「ふーん。じゃあ、アンタが私のプロデューサーになるってわけ」

少し語気を強めるだけに留めるつもりが下手に出るべきじゃないという考えばかりが先行してしまって、つい強い口調になってしまった。

「え、ええ。是非プロデュースさせていただきたく……」

「……ってことはアンタが私を有名にしてくれるんだ」

「いえ、有名にするのではなく、なるんです」

「どういう……」

「我々プロデューサは楽曲、振付、衣装といった具合に、必要なものは揃えます。でも、できるのはそこまでなんです」

「……」

「その先を掴むのは貴方で、教えられるのは……輝くこと、とでも言いましょうか」

「輝くこと……。でも、それって賭けじゃ……」

「確かに、賭けであることは否定しません。ですが、それでも、貴方なら、そう思い声をかけました」

「その先、ってやつを掴める……ってこと?」

「はい。……急にこんなことを言われても訳が分からないとは思います」

「……うん。よくわからないです。……もう、いいですか?」

頃合いかな。

そう思って、会話を打ち切ろうとする。

しかし、男は「もう一つだけ」と言い、立ち上がろうとする私を制止した。

「未知の世界へ踏み出すのは怖い、ことです。だと思います。でも、踏み出した先でしか見えない景色もあるということを、知って欲しい。その景色を貴方に見せたい。見て欲しい」

「……さっき会ったばかりで、私の何が分かるって言うの」

「何も知りません。最初に申し上げたとおり一目惚れです。しかし、貴方ならきっと輝けます」

「……話は終わり?」

これ以上の問答は無用だと、さらに語気を強めてそう言った。

「ええ。契約の際に必要となるものや規約などの詳しいことはこちらの書類に」

男も、私の内心を察してか今度はあっさりと引き下がる。

「一応、受け取っときます」

「ありがとうございます。もし、アイドルに興味がありましたら……いえ興味がなくともご不明な点などありましたら、先ほどの名刺の電話番号にご連絡いただければと思います」

「…………それじゃあ、失礼します」

書類がたくさん入ったクリアファイルを男から受け取り、退屈そうに足元で座っているハナコに「行くよ」と声をかけてそのまま公園を後にした。

男は私たちが公園を出るその時まで、深々と頭を下げたままだった。



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