【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」完結編
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69: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/07/28(金) 23:15:36.97 ID:23vyEUVD0
 俺はその場に立ちすくんだ。
 俺と茜のあいだの十五メートルが、やけに遠く感じられた。

 ジョギング中の若い男性が、怪訝そうな顔をして俺たちの横を走り抜けていく。

「茜」穏やかな声になるよう努めて、俺は言う。「茜はユニットから外れたりはしない。茜が美城のデータベースに登録されていないのは、俺の連絡ミスだったんだよ。だから、茜が気にする事じゃない。正式な登録のし直しをする。だから、みんなのところに戻ろう」

 茜は黙って俺の話を聞き、やがてゆっくりと顔を覆っていた両手を降ろした。
 茜は涙でくしゃくしゃになった顔で、しかしやはり首を横に振る。

「違うんです、プロデューサー。私、逃げちゃったんです。みんな私のことも心配してくれてたのに、私が弱くて、みんなのことを信じきれなくて、それでみんなの前から逃げちゃったんですよ」

 茜は力なく微笑む。右の頬を、涙が流れていった。

「怖かったんです。私は……私には、元気なことくらいしかとりえがありません。だから、私がアイドルじゃなくなったって聞いたとき、私、みんなといっしょに居る資格がなくなっちゃったって思っちゃったんです。みんな、強くて、かっこよくて、きれいで、キラキラしてて……私は、アイドルじゃなくなったら、みんなと並んで立てないんじゃないかって。それで、怖くて」

「そんなことは……」

「そんなこと、皆は気にしたりしないって、私もわかってます。でも、元気が取り柄で、何でも素直に信じて、バカ正直に突っ走る私が、私がみんなのことを信じられなくて、それで怖がって逃げちゃうなんて、そんなこと絶対にしちゃいけなかったんです! アイドルじゃなくなって、元気もまっすぐさもなくなっちゃったら……私には……みんなに合わせる顔がないんです……」

 茜の声の最後のほうは、ほとんど掻き消えるように弱々しくなった。
 俺は立ち尽くして、茜を見つめた。

 ようやく、事態を理解できた。茜はユニットから外されたことをショックに思っているのではない。
 自分と戦っているんだ。
 アイドルであることが危ぶまれたときに自分がしてしまった行動と、これまで保ってきた自分とのギャップに苦しんでいる。

 アイドルという称号も、仲間も『日野茜』が獲てきたものだ。
 しかし『日野茜』が『日野茜』でなくなってしまったら、そもそもの前提が崩れる。

 どんなアイドルでも、いやアイドルでなくても、誰にでも起こりうる、自分自身と向き合う、嫌でも向き合わされる機会。
 これはピンチでもあり、チャンスでもある。もし乗り越えれば、茜はさらに大きく、強い輝きを持てるだろう。
 でももし、くじけてしまったら、自分が自分であることをやめてしまったら、そこで途絶えてしまう。
 俺の幼なじみが、そうなってしまったように。

 俺は目を細めた。こんなとき先輩ならどうするか――と、一瞬考えて、俺はすぐにその考えを頭の外に追い出した。
 俺は俺のやり方で、茜をサポートする。もう、なにもしないで、大切な人が喪われるのは嫌だ。
 俺はひとつ深呼吸をして、背中に土手の下り坂を背負うかたちで、遊歩道の端に立つ。



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