1: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:47:08.72 ID:wOH40UWj0
「アイドルってなんでしょう」
・短め、地の文あります。
・タイトルがあれですが別に鬱話ではないです。
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2: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:48:41.62 ID:wOH40UWj0
次の仕事までの時間を春香と事務所で待っていると、そうポツリと漏らした。二人きりの事務所に響くのは自分の出すキーボードの音だけ。その中で春香の声はしっかりと耳に届いた。文字を入力していた手を止めて声のした方を覗く。席を立って「どうかしたのか」と聞き返しながら春香の向かいのソファに腰をかけた。
「私は、アイドルになれているでしょうか」
しかし春香は一つもこちらを見ずにただ机の上を見つめる。その声はいつもの春香のものとは違っていて、たとえば放っておけば消え入りそうな。敢えて気がついていない振りをした。
3: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:49:37.35 ID:wOH40UWj0
「何言ってるんだ。春香はこうやってテレビに出て、雑誌でも表紙を飾って、大きなステージに立って。十分アイドルやってるじゃないか」
実際、春香へのオファーは日に日に増えてきている。オフの日はむしろ少なく、最近は仕事も選んだりしているほどだ。
「それは、そうなんですけど……」
4: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:50:37.73 ID:wOH40UWj0
春香に指摘されて語気が荒くなっていたことに気がつく。いけない、感情的になりすぎた。咳を一つ払う。
まぁ、でも春香がこちらを見てくれたので良しとするか。春香は壁のホワイトボードに視線を移す。
「別に、大したことじゃないんです。この前、部屋の中を整理していたら小学生の頃書いた未来の自分への手紙が出てきて……」
5: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:51:51.55 ID:wOH40UWj0
「……キラキラしたステージに立って、歌を歌って、1番後ろの人までみんなを笑顔にして、幸せでいっぱいにする。それがアイドルだって」
そう呟いた声はか細くて、複雑に織り交ぜられた布のように様々な感情が絡み合ったものに聞こえた。
「春香は、今の自分がアイドルじゃないって思ってるのか?」
6: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:52:35.77 ID:wOH40UWj0
愛おしそうに笑った春香はそっと胸に手を当てる。その動作は何故か悲しげだった。
「だけど、時々考えるんです。アイドルじゃなかったら私はどうしていたのかなって。辞めたいとかそういうこと、考えてるわけじゃないですけど」
もしもの話。誰もが考えたことのあるifの世界。自分が自分でない時のこと。
7: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:53:17.14 ID:wOH40UWj0
春香がアイドルでなかったなら、世界はどんなだろう。街の広告から春香が消えて、テレビの画面から春香の笑顔が消えて、ステージに春香はどこにもいない。
それは、ひどく淋しく、なんてつまらない世界だろうと思う。
「そうですね……。例えば、毎日学校に行って、休み時間には友達とおしゃべりをして、放課後は寄り道して、お休みの日にはどこかに出かけて……」
8: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:53:59.15 ID:wOH40UWj0
「いまは……、毎日事務所に来て、空き時間に他のアイドルと話をして、レッスンが終わったらたまに寄り道して、オフの日は……」
「あんまり、変わらないな」
そう言うと春香は微かに頬を緩めた。その表情にどこか安堵する。
9: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:55:02.15 ID:wOH40UWj0
「みんなには、会えなかったですよね……。楽しく話すことも、悩みを聞いたり聞いてもらったり。ただステージの上で輝くみんなを応援してるだけで……」
それは、ifの世界の話。
「雑誌を買って、テレビに出ているみんなを見て、クラスの子と昨日の番組の話なんかをして……」
10: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:56:03.54 ID:wOH40UWj0
そう漏れた言葉はきっと春香の本音で、彼女自身が見つけたかったことだった。
春香がアイドルでなくても世界は回っていくし、日本は壊れたりなんかしない。
だけど、それでも。
11: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:57:35.86 ID:wOH40UWj0
「……そっかぁ。そう、ですよね。うん、そうだよね」
春香は何かを納得したようだ。その瞳に迷いは見えない。春香は真っ直ぐこちらに顔を向けて目を合わせてきた。
澄んだその瞳に映るのは希望か、それとも未来か。
12: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 01:59:38.59 ID:wOH40UWj0
「私、もう一度天海春香として人生をやり直す権利が与えられたとしてもきっと、同じ道を選びます」
もう一度、アイドルに。
もう一度、あなたと。
13: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 02:02:53.53 ID:wOH40UWj0
これまで進んできた道がどんなに苦しかったか経験していても、この道がどれほど茨だと知っていても、これから進む道がどうなるかわからず前すら見えていなくとも。
春香は、この道を、「アイドル」を選んでしまう。
これは彼女の性であり、もはやこれは運命と言うに等しい。
14: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 02:03:59.85 ID:wOH40UWj0
「プロデューサーさんはアイドルって何だと思いますか?」
アイドルとは、偶像であり崇拝の対象。だけどその偶像の本当を知っているのは誰だろう。
15: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 02:09:50.36 ID:wOH40UWj0
たとえば、そう。
目の前に座る女の子――。
「さぁ、なんだろうな」
16: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 02:13:18.43 ID:wOH40UWj0
* * * * *
ねぇ、プロデューサーさん。
私はあなたの傍でアイドルになりたい。
17: ◆eF65jN7ybk[saga]
2017/06/04(日) 02:15:47.38 ID:wOH40UWj0
以上です、短いですがありがとうございました。
本当に久しぶりに書いたので長く書くのが難しいです。
今度書く機会があれば、もう少し長めにかきたいと思います。
18:名無しNIPPER[sage]
2017/06/04(日) 02:39:26.19 ID:x2t8uFJ8o
歌手かアイドルか
乙
19:名無しNIPPER[sage]
2017/06/04(日) 08:19:04.62 ID:My5RKng40
良い感じの春香だった、乙です!
20:名無しNIPPER[sage]
2017/06/04(日) 18:10:45.06 ID:cQX9e7Qho
乙です
時につまずいたり、立ち止まったりして、また立ち上がって歩き出す春香ちゃんがよかったです
21:名無しNIPPER[sage]
2017/06/04(日) 18:51:41.86 ID:om9JBtfgo
良かった・・・
山賊だったり芸人だったり後輩が全部下衆になる春香さんは居なかったんだね
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