【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」
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82: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/05/28(日) 00:18:53.01 ID:Q3fcpmY20
「大丈夫っ!」美嘉が二人の頭に手を置く。「今日はうまくいってもいかなくても、アタシたちが主役なんだから、ぜんぶ成功なの! ね!」
そう言って、美嘉は強い瞳で二人を見る。二人の顔に赤みが戻る。
城ヶ崎美香。この一瞬で、ファンだけでなく同じアイドルの心までひとつにする。恐るべきカリスマ。
「はいっ!」
二人の声が揃う。
「もう一回行くよ、いち、に……さん!」
美嘉のかけ声で、茜と美穂の二人は光の中へ飛び込んでいく。その後ろを追って、美嘉もステージへ。
客席からは大歓声が飛んでくる。
俺はほかのゲートも確認する。どのゲートも無事に入場したようだ。すぐに最初の曲のAメロが始まった。
長く息をつく。それから、ゲートの端からステージを覗いた。茜が歌い、踊る姿が見えた。
小さな体で、手足をいっぱいに伸ばして。
あの日、河川敷で俺とぶつかったことから始まったあの少女は。
いま、アイドルになっている。
目の前の景色がにじんで、ぼやける。茜の姿がシルエットのように、不鮮明になった。
自分の涙だった。
「ああ」
それで、気づいてしまった。
自分がどうして、茜に向かって声を出すことができなかったのか。
ぼろぼろこぼれる涙が頬を流れていくのも構わず、俺はゆっくりと、階段を降りて舞台袖一階へと戻った。
ステージを映すモニターの前に行くと、そこには壮年のベテラン社員とちひろさんがいて、アイドルたちの活躍を見守っていた。
壮年社員が俺のほうへと歩み寄ってくる。涙と鼻水の止まらない俺の顔を見ると、穏やかに微笑んで「お疲れさま」と声をかけてくれた。
「ずいません、ごんな……」
こんな顔で、と言いたかったのだが、ちゃんとした声にはならなかった。
「不慣れな仕事で、よく頑張ってくれた。立派だよ、彼女たちがしっかり羽ばたけたのは、キミのおかげだ」
「……」
俺が黙っていると、壮年社員はほーっと、長い息をつく。
「大人はなかなか、満足に泣くこともできやしないんだ。辛いよね。いまは、大丈夫だ」
壮年社員が俺の心の内を知っているとは思えない。それでも俺は、壮年社員の言葉に甘えさせていただくことにした。
「お疲れ様でした、プロデューサーさん」
ちひろさんが俺にドリンクを差し出してくれる。俺は「ありがとうございます」と濁った声で言いながらそれを受け取ると、ドリンクをあおった。
いつもよりも甘く感じた。
ありがたかった。
「あの子たちも、頑張ったなぁ」
モニターを見ながら、壮年社員は感慨深げに言った。
「ええ」
俺はようやく、ハンカチで顔を拭うと、モニターを見つめた。
あまり大きくはないモニターの中には、ほとんど豆粒みたいに見えるアイドルたちが、歓声を浴びて歌い、踊る姿が映されている。
その一角に、大きくエネルギッシュな動きで踊り続ける、背の低いアイドルが一人。日野茜。
俺はその姿をじっと見つめた。
あれは日野茜。俺の幼なじみのアイツじゃあない。
そんな簡単な事実からすら、俺はずっと逃げ続けていたんだ。
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