【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」
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79: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/05/28(日) 00:13:21.68 ID:Q3fcpmY20
「プロデューサー……掛け声、ほんとに伝統なんスか?」
比奈に尋ねられて、俺は首を横に振った。
「やっぱり、そうっスよね……」
比奈は苦笑いしながら、カレーライスの掛け声を繰り返し練習する茜と、それに付き合わされている美穂を眺めていた。
「でも、掛け声があったほうが、ステージへの入りは合わせやすそうですよね」
となりにいたほたるが言う。
「そうだな」
俺はうなずいた。適当に言ったように見えて、フレデリカと周子の二人はきちんと新人アイドルのことを考えている。頼もしい存在だった。
「おっはよーございまーす!」
「ふぁ、おはよー」
はきはきとした元気な声と、対照的に眠たげな声が楽屋口のほうから聴こえてくる。
城ヶ崎美嘉と一ノ瀬志希の二人だった。二人の姿を認めたアイドルたちから次々におはようございますの声が返る。
城ヶ崎美嘉はカリスマギャルと呼ばれている人気アイドルで、今日のフェスでも全体プログラムではリーダーとなる場面が多い。
二人が俺の横を通り過ぎるとき、ふっと志希が立ち止まり、俺のほうを見た。
眠たげだった目が、玩具に興味を示す子猫のようにぱっちりと大きく開かれたかと思うと、志希は俺のほうにかけ寄り、上目づかいで俺を見て、鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
一ノ瀬志希はギフテッドと呼ばれ、化学分野、特に匂いの領域に特化した天才的学習能力を持つ。
「やっぱり! キミ、前よりいー匂いするようになった!」
「は?」
俺は意味が判らず、思わずきき返していた。志希は言うだけ言って、呆気にとられている俺に構わず、フレデリカと周子のほうへと小走りにかけていく。
それから、俺の記憶が蘇る。
もう数か月以上前だ。先輩に同行したライブにたまたま出演していた志希に、同じように匂いを嗅がれたことがあった。
あのときは「単位は出るかなー」と平坦な声で言われたのだったか。
「……あの時の俺の体臭を覚えているのか?」
信じられないと俺は思った。
いまと同じ、ほんの一瞬の出来事だ。いくら天才とはいえ、あの短時間で嗅いだ匂いを今日まで覚えていられるなんてことが、ありえるのか?
「集合五分前でーす!」
スタッフの声がかかる。俺は志希に言われたことを思考の外側に追い出した。開演する前に、五人を集めて声をかけておいたほうがいいだろう。
「比奈、ほたる、みんなを集めてくれ」
俺に言われて二人はうなずくと、それぞれ茜、春菜、裕美のいるほうへと向かった。
ほたるはすぐに春菜と裕美を連れてくる。が、比奈が戻ってこない。俺は比奈が向かったほうを見た。
比奈が、こちらに手を振っている。
俺はほたるたち三人とともにそちらへ向かった。そうしてすぐに、比奈が戻ってこなかった理由を知った。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
茜が、足元のなにもない場所を見つめたまま、短く呼吸を繰り返している。楽屋で見たのと同じ光景だ。
「茜ちゃん……」
春菜が不安そうな声をあげる。
俺は奥歯を嚙んだ。
やはり、茜は普段のように振る舞っているように見えて、その実は緊張が極限に達していたのだろう。
だが、もう開演時間は迫っている。今更スケジュールを遅らせるわけにもいかない。
本当に動けないのなら、茜にはストップをかけ、医者を呼ばなくては。
「プロデューサー!」
比奈に言われて、俺は比奈のほうを見て首を縦に振る。それから、茜のほうへ向き直り――
「っ……! あ……っ!」
どうしてか。
声が、出なかった。
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