【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」
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75: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/05/28(日) 00:05:27.96 ID:Q3fcpmY20
「完璧にやろうとすると固くなる。失敗の数は場数の証だ。恐れずベストを尽くしてこい」

 リハーサルを終えた楽屋の中。俺は言いながら、前に並んだ日野茜、荒木比奈、上条春菜、関裕美、白菊ほたるの五人の顔を順に見て行く。
 この言葉は先輩の受け売りだった。事務方の俺にも、ライブに立つアイドルたちにも、先輩はそう言って、現場へと送り出していた。
 俺は意識的に、少し表情を崩す。

「……その……なんだ、せっかくのライブだ。緊張するより楽しんできてくれ」

「はいっ!」

 五人の元気な声が返ってきた。それぞれに緊張も見え隠れするが、表情は悪くない。
 今日は美城プロダクションを挙げての一大イベント、サマーフェスの当日。
 茜たち五人のユニットが、ユニットとして初めてそろってステージに立つ日だった。

 当日までの経過は順調だった。レッスンを重ねて茜と比奈のダンスも一定の水準に達し、五人の宣伝活動はラジオ、雑誌、インターネット配信番組など、規模は小さいが着実に重ねていった。有名な記者にも小さな記事ながら取り上げてもらった。
 取材終了後、ハンチング帽の下、眼鏡のレンズ向こうから笑顔をのぞかせ、期待していると褒めてもらったとき、五人がとても喜んでいたことが記憶に残っている。

 サマーフェスでの茜たちの出番はオープニングの全体演目と、中盤での出演者のトーク、そしてフィナーレの全体演目だ。
 ユニットとしても楽曲はリリース前、個人としてもまだソロ楽曲を持っていない五人であり、特に茜と比奈はライブへの出場そのものが初体験だ。
 まずはここでライブに慣れること、ユニットでの楽曲リリースの告知が狙いとなる。

「うううっ! ついに! やってきましたねっ!」

 楽屋の中、ステージ衣装に着替えた茜が言う。
 ステージ衣装はオレンジをベースカラーにした、夏らしいさわやかなデザインで、アイドルによって細かくアレンジされている。
 興奮しエネルギーの行き場がないのか、茜は腕を振り回しながら歩き回っている。

「茜ちゃん、あんまりはしゃぐと本番前にばてちゃうんじゃないですか?」

 椅子に座った春菜が笑う。今日の眼鏡はステージでの見栄えを意識したのか、ピンマイクやイヤホンモニターと併せてサイバーなヘッドセットのようにも見える、白く流線形のぶ厚いフレームのものを用意したようだ。

「茜ちゃんはちょっと発散するくらいのほうがいいかもしれないっスね」

 同じく椅子に座っている比奈が笑顔で言った。その表情は穏やかで、あまり緊張はしていないようだ。
 即売会なんかを通して人前に出ることは慣れているのかもしれない。

「そーですっ! この熱い気持ち、止まれませんっ!」

 茜は言いながら、ダンス冒頭の動きをする。

「でも、狭いところであまり激しく動きすぎて、ケガ、しないようにしてくださいね……」

 ほたるは穏やかに微笑んで、茜を制した。
 茜はそれでようやく動きを止め、椅子に着くと、楽屋に用意されているペットボトルの水をぐいとあおった。

「とうとう、ここまで来たんだね、私たち」

 裕美もまた穏やかに微笑んで、感慨深げに言った。
 これまでで、五人はユニットの仕事に取り組み、お互いの絆も深まってきている。聞けば、ときどきプライベートで遊びにいくこともあるらしい。

「新しいプロデューサーのおかげ、かな」

 はにかみ笑顔で裕美が言った。珍しい素直な態度に、俺もくすぐったくなる。

「今日は大きな舞台だが、レッスンは着実にものにしてきた。心配することはないだろう。がんばってな」

 もう一度声をかける。五人は良い顔で頷いた。
 俺は五人にステージの様子を見てくると告げて、楽屋を離れた。

 今日の資料は頭に入っているし、一度訪れたことのある会場だが、それでも実際に茜たちが通るルートを再度確認しておく。
 楽屋から廊下を伝って下手側の舞台袖へ。待機しているスタッフたちに挨拶する。

 オープニング楽曲での茜たちの入場は二階に組まれたバルコニーだ。
 バルコニーに複数ある門のような入場ゲートからは、それぞれ今日のフェスで目玉となるアイドルが登場する。
 その両側に、茜たち新人アイドルが二人ずつついて三人一組で入場する流れだ。
 階段を上ってゲートへ。自分が待機できる場所を確認する。それから、バルコニーから、まだ空っぽの客席を眺める。
 目のまえに広がる二千以上のシートのチケットはほぼ完売。数十分後には、ここは人でいっぱいになる。

「なんとか、ここまで連れてこられたな……」

 誰へともなくつぶやき、深く息をついた。先輩が過労で倒れてから数か月、見よう見まねでここまでやってきて、やっと五人をステージに立たせることができた。ここがひとつの区切りと言っていいだろう。
 無事にライブが終わったら、今日は普段よりいいビールを買って帰ろう。そんなことを考えながら、俺はバルコニーの階段を降りていく。来た道をもどって楽屋へと戻った。



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