【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」
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67: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/05/21(日) 00:24:44.29 ID:9pse+9K10
扉を開けて、スタジオへと戻る。戻りながら、春菜をサポートするための覚悟を決めた。
こんなとき、先輩ならどうするか。簡単だ、先輩なら単純に「春菜は眼鏡アイドルなので、眼鏡なしの写真はNG」と示すだけだ。
なぜなら、先輩は敏腕だから。それを言って通すだけのバックグラウンドがあるから。
俺にはそれはない。名の通ったカメラマンに、ペーペーのプロデューサーと、売れっ子でもないアイドルが生意気を言っていい理由はなにひとつない。だから、それ以外の方法だ。
「カメラマンさん戻りました、再会でーす!」
スタッフの声がする。
「よろしくおねがいします!」
俺が言うより先に、春菜の明るい声が飛んだ。いつもの元気を取り戻したようだ。
「ん、じゃ最後のキミだねー」カメラマンは手早く一眼レフを準備し、スクリーン前にスタンバイしている春菜の前でカメラを構える。「まずは普通に、自然に立ってみて」
「はいっ」
シャッター音がひびき、春菜の撮影が始まった。
撮影は順調だった。小道具やポーズを変えながら撮影は進む。
それから、カメラマンは「ふーん」と唸って、カメラを降ろした。
「んー、キミもさぁ」
カメラマンは春菜の顔、眼鏡を見ている。
俺はスタジオに向かって身構えた。
「ちょっとその、眼鏡」
いまだ。
「いっやー、いいですね!」
俺は大げさにその言葉に割って入った。
「すっばらしーです!」そこまで言って、オーバーに自分の頭を叩いた。「て、あー! すいません、ついテンション上がっちゃって、撮影中に!」
「お、おお、いや」
カメラマンは目を丸くした。ふつう、撮影にこんなふうに割り込んでくる人間はいない。予想外のことが起これば、固まるのが一般的な反応だ。
ここまでの流れを観るに、このカメラマンが眼鏡をはずさせたりしているのは、単純に彼のテクニック上の手段のひとつであって、眼鏡をはずした姿へのこだわりというわけではないはずだ。
だから、その瞬間に割り込む。
それで眼鏡の着脱を不問にしてくれればいい。そうじゃなきゃ……そのときは頭を下げよう。
「うちの上条春菜の撮影、どんな感じっすか、ちょっとぜひ、経過見てみたくって」
「ん……」カメラマンは一眼レフの液晶モニターに写真を表示させる。「こんな感じ」
俺はモニターを覗き込む。四秒、写真が切り替わり続けるモニターを見つめる。
「素晴らしいです! 眼鏡と衣装とアイドル、こんなにカメラマンさんの技術で見えかたって光るもんなんすねー! 行きましょう、この組み合わせ最高です! このままこの眼鏡と衣装と勢いで最後まで撮影しきっちゃいましょうよ! ね!」
まくしたてたが、正直しっかり写真を観る余裕なんてない。緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。
俺は春菜に向きなおる。
「春菜も、こんなに腕のいいカメラマンさんに撮ってもらえるなんて千載一遇のチャンスだぞ! その眼鏡と衣装で、しっかり撮ってもらえよな!」
「は……はいっ!」
「いやー、この眼鏡と衣装と、うちのアイドルの晴れ姿、俺もしっかり目に焼き付けときますよ! あ、すいません邪魔しちゃいまして、続けてください!」
「あ、ああ……じゃあ、続けようか」
「はいっ、おねがいします!」
そうして、撮影は再開された。これだけ強引に眼鏡と衣装がセットであるという流れを作ってしまえば、眼鏡をはずさせることは難しいだろう。
俺の放った言葉は賞賛だけだ。カメラマンの意向に異を唱えたわけでもない。
俺の目論見が成功したのか、カメラマンはもう、眼鏡のことは言わなかった。そのまま、春菜の撮影は眼鏡をはずすことなく無事に終わった。
カメラマンから終了の宣言が出た瞬間、俺は心労から深く深く息をついて、思わず近くのディレクターズチェアに腰を下ろした。
比奈がドリンクを差し出してくる。苦笑いしながら、俺はそれを受け取った。
無様なふるまいではあった。先輩みたいにはできない。だが、すべき仕事はした。俺にはこれが精いっぱいだ。
カメラマンがこちらに近づいてきたので、俺は慌ててチェアから立ち上がった。
カメラマンは穏やかに微笑む。
「おつかれさん。ボクはこのまま次の撮影がここであるから残るよ。そちらさんの撮影はざっとデータもチェックしたけど、大丈夫でしょ。編集さんにおくっとくね」
「はいっ!」俺は深く頭を下げる。「今日は、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
春菜たち三人が、俺のあとに続いて礼をした。
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