【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」
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22: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/05/01(月) 23:08:07.30 ID:z+wGLY660
「……っ」

 玄関に入って、俺は息を呑んだ。

 荒木比奈が変貌していた。

 先ほどまでの野暮ったいジャージではなく、カジュアルなワンピースを着ている。
 睡眠で体力を取りもどした顔と肌は血色を取りもどし、締切前の緊迫から放たれた、すこし眠たげで無防備な表情が色気を感じさせる。
 シャワーから挙がってしっとりと濡れた髪。
 機能だけが強調されセンスの欠片もなかった眼鏡もまだつけていない。
 風呂上がりの女は割増で見える。が、こんなにも変わるか?
 先輩はこれを、あのプロフィール写真だけで見抜いていたとでもいうのだろうか。つくづく恐ろしい。

「どうしたっスか? ……まだドライヤーもかけてないので、あんまり見られるとその、恥ずかしいっス」

 比奈は手に持っていたバスタオルで顔を隠しながらそう言って、俺を部屋の奥へ行くよう促した。
 俺は我に返って、靴を脱いで奥へと向かった。
 居間では茜が、プリントアウトされた比奈のマンガを食い入るように見ていた。

「準備が出来たら話しかけてくれって言ったが、あれはまだ話ができる状態じゃないだろ」

 茜に文句をつけるが、茜はマンガに集中していて返事をしない。俺は肩をすくめた。

 しばらくして、茜はマンガの原稿束を丁寧にそろえて机の上に戻すと、放心したようにはあっと息を吐いた。
 それから勢いよくこちらを見る。

「プロデューサー、すごいです、このマンガ」

「あ、ああ」

 茜の声色が真剣だったので、俺は戸惑った。茜の目が読めと言っているように思えて、俺は机の上の原稿を取る。
 作業を通して一度は読んだはずの原稿をもう一度、読み進めていく。一ページ、一ページ。
 昨日何度も読んだはずなのに、あらためて完成品を通しで読んで――心が震えた。
 俺は作品から受け取った熱量を言葉にする手段が見つからないまま、原稿束を丁寧にそろえて、机の上に戻す。茜と同じく口から溜息が漏れた。

「……私たち、これを作るお手伝いをしたんですよね」

「ああ」

 茜に言われて、ようやくそのことに思い至った。
 この原稿の一部に、自分が関わった。それがどうにも、実感として現れてこない。

 そういえば、同じようなことがあったと思い出す。
 先輩がプロデュースしたアイドルのステージ。
 華々しく、ステージライトと声援とを浴びて、輝いていたアイドル。
 先輩は『お前もこのステージを作ったスタッフなんだ』と言ってくれた。実感はなかった。

 ――実感することを、拒んでいたのかもしれない。

「おおーっ! 私! なんだか心がアツくなってきましたっ! いてもたってもいられないです! 比奈さん、まだですかぁっ!」

「お待たせしたっス」

 茜が立ち上がったちょうどそのとき、髪を乾かした比奈が部屋に戻ってくる。
 俺と茜に向かい合うように腰を下ろした。俺も姿勢を正す。

「いちおう、もう一度――弊社としては、荒木さんをお迎えしたいと思っています。もちろん、無理にお願いできることでもありませんので、ご自身でよくお考えになって、お返事をいただければ」

 俺がそう言うと、比奈は俺たちとのあいだの床に目線を落とした。

「アイドル……キラキラしてる子たちっスね。……アタシはそーいうのとは、無縁っていうか」

「……ええ」

 俺は相槌を打つ。やはり、比奈はアイドルをするような人間ではない。

「歌ったり踊ったりとか、経験ないですし。マンガだって、フツー描いてる人は前に出ませんし。裏方とかが似合うキャラなんスよ、アタシは」

「……ええ」

 このままなら、荒木比奈は断るだろう。
 それでいいんだ。俺はそう自分に言い聞かせた。
 同時に『自分言い聞かせた』ことに気づく。どうしてだ。これが一番いいはずだろう。

「だから、アイドルとかは、誘ってもらって申し訳ないっスけど――」

 そこまで比奈が言ったときだった。



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