140: ◆FlW2v5zETA[saga]
2017/05/24(水) 04:08:14.75 ID:H6iAFqcy0
「……ああ、出来ない。
君の好きな『俺』はもう、あの時死んだんだ。
息を吹き返してたとしても、それは新しい『俺』さ。」
「……あの子、本当に良い子よ。幸せにしてあげて。」
「…………わかったよ。」
嘘つきだなと、彼は内心で自嘲の笑みを浮かべていた。
青葉と心を通わせる前に、彼はもう、後戻り出来ない場所まで来てしまっている。
その事は、かつての恋人にさえ話せない事。
「…『僕』は、そろそろ行くとするよ。」
「そう…気を付けてね。」
背を返し、彼はその場を後にする。
振り返らずに歩く彼と、座ったままの彼女。
次第に遠くなる足音。それもエンジン音と共に止むのだろう。
だが彼女は、その音が途切れる前に走り出していた。
「待って!」
肩を掴まれ、強引に振り向かさせられた彼に触れたのは。
かつて愛した女の、唇の感触だった。
「__、愛して『いた』わ。」
「__……『俺』もだよ。さよなら。」
「ええ…さようなら。」
車は走り去り、見えなくなるまで彼女は手を振っていた。
その足で浜へと戻り、彼女は石段へとまた腰掛ける。
ひとりきりの、石段の上。
さっきまでは、ふたりきりだった思い出の場所。
上を見れば、透き通るような青空だ。
だが彼女の瞳には、天気は狐の嫁入りに見えていた。
瞳をぽつぽつと水滴が濡らし、それは人肌の、ぬるい雨粒だ。
次第に視界が滲んで行くが、それでも尚、空は変わらない。
青き日々の最期を、彼女の中に刻むように。
「ああ…空はあんなに青いのに。」
ポツリとこぼした言葉と、ポツリとこぼれた雫。
彼女の瞳には、土砂降りの雨が降っていた。
次の虹を呼ぶ為の、寂しい通り雨が。
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