79: ◆AZbDPlV/MM[saga]
2025/01/21(火) 02:05:20.07 ID:n4bVmGDB0
辺古山はクローゼットを開け、制服を脱ぎはじめた。着替えを見ないように顔を伏せる。衣擦れの音は耳を伏せても、どうしたって届いてしまう。深く考えもせずに、男である俺が居座ってしまっていることを申し訳なく思う。知らない内に、男を部屋に上げているうえに、一つ屋根の下なんざ、辺古山からしたら卒倒モンだろ。
辺古山 「心配になって戻ってきた。今日の授業は出ずに、今からお前のモノを買い揃えてこようと思う」
着替えを終えた辺古山はこちらにまで歩み寄り、俺と視線をあわせるように屈む。今日で何度めになるだろうか、頭を撫でられる。長年竹刀を握り続けたことでできているタコの硬さを感じとる。こいつからは何者にも負けてはならないという気概が常にみえる。テニスで常に上をみていた、あの頃の俺を思い出させる。
(まただ……)
投げ捨てておきながら、ふいに片鱗を見つけたら、また自分から拾いに行ってしまう。自分の頭の悪さに眩暈がする。
(あ? ちょっと待て……トイレ……?)
俺は失念していた。生物にはつきものの、排泄という生理現象。これから辺古山のペットとして飼われるとなれば、見られる挙句にその後始末をさせることになる……ってことだよな……?
排泄しているところ自体は、頭が見える程度の低い仕切りがあるとはいえ、看守に見られながらするからまだ慣れている。だが、排泄物自体を見られるとなると、話はまた別だ。
(まだなんの面識もない人間なら、多少の羞恥心はあっても、すぐにやり過ごせるだろうが……それなりの交流がある人間にその手の世話を……しかも女にされるのはさすがに耐えられねーぞ……!?)
(クソッ! ホントになんで居座ることにしちまったんだ!!)
自分の覚悟の甘さと短慮に嫌気がさす。
(自我まで猫になっていたら、こんなことでいちいち悩みもしなかったんだろうが)
人間としても、猫としても、今の俺は半端者だ。改めて覚悟しないとなんねぇようだ。
(でなけりゃ、胃と心が潰れちまう……)
頭と胃が痛んでいるところに、辺古山が先ほどと同じように、俺の頭を撫でる。
辺古山 「改めて行ってくる」
「…………にゃー」
そして、はじめに辺古山が部屋を出たときと同じように、短い返事を返してもう一度送り出した。
もう、なるようにしかならならねーんだ……せっかくあいつが俺のために、いろいろと買い揃えてくるってんなら、興味を示すくらいのことはしてやろうじゃないか……。あいつにとって初めて触れ合うことができた猫であり、飼い猫なんだ。できる限り、落ち込ませないようにしないとな。
飼い猫ってのも大変だな。まあ、あいつら猫は、そんな殊勝なことを考えちゃいないだろうが……。興味のあるモノと、ないモノへの反応が素直だ。そんなところが可愛いんだがな。
ㅤ重いため息を吐いてから、いろんな思考を振り払うために瞼を閉じた。
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