936: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:26:36.46 ID:TPJ777ywO
ビルの屋上は風が激しく吹いていた。風は冷たく、皮膚に震えを催させ、吹き上げられた髪が乱れ舞い、風音がうるさく、耳の奥が痛くなるほどだった。新鮮な空気が身体に染み渡るが、あまりに透き通っているからか、呼吸には適さない。鼻の奥がツンと痛くなった。
ごうごうと鼓膜を突き刺してくるかのように吹き荒れる風は、しかし、どこか虚しさと寂しさを感じさせた。風は身体全体にぶつかってきたが、どこか届かないところから鳴っている声みたいに思えてならない。
937: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:27:24.36 ID:TPJ777ywO
中野「え、でもよ……」
激しく吹き荒れるビル風にかき消されるまでもなく、中野の言葉はそこで途切れた。中野はなにかを探すように視線を彷徨わせた。見えたのは不愛想なコンクリートの屋上の床ばかりだった。風に揺れ動くものは何もなく、階段を駆け上がってきたせいで火照って汗をかいた身体ももうすっかり冷え込んでしまっていた。
938: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:28:34.00 ID:TPJ777ywO
中野「うお!」
下を覗き込んだ中野が叫んだ。後をついてきていたアナスタシアもおそるおそる顔を出す。それまで意識の外にあった地上や周囲のビルの窓から洩れる明かりが色とりどりに輝いているのが眼に入ってきた。地上に埋め込まれた光を見ていると、風のせいではない悪寒が背筋を走り抜けた。
939: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:29:26.78 ID:TPJ777ywO
中野「あっ」
アナスタシア「アッ」
940: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:30:23.95 ID:TPJ777ywO
永井「清掃用のリフトなんか無い」
永井は平沢の顔から上着へと視線を下げた。おもむろなゆっくりとした視線の移動は平沢にそのことを告げるためのようだった。永井は上着のある部分を見つめながら、こんどは静かな声で言った。
941: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:31:52.24 ID:TPJ777ywO
平沢「持っていけ。おれにはもう必要ない」
942: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:32:52.55 ID:TPJ777ywO
永井「やだね」
永井は弾薬ポーチから麻酔銃を引き抜いた。
943: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:33:47.05 ID:TPJ777ywO
佐藤「あ!」
944: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:36:59.20 ID:TPJ777ywO
永井「クソッ、クソッ……」
永井はビルの窓の出っ張りにたった三本の指を引っ掛けて奇跡的にしがみついていた。指に力を込めると爪が出っ張りの部分を引っ掻き、食い込で痛んだ。永井の筋力で片腕で自身の体重を持ち上げることはかなわず、爪が剥がされるときのような痛みの数歩手前の予感を指先から感じながら、一分もしないうちに落下するであろうこの状況を呪うことしかできないでいた。
945: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:39:06.68 ID:TPJ777ywO
BM(永井) 『……先……行ってて』
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