新田美波「わたしの弟が、亜人……?」
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937: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/08/18(日) 20:27:24.36 ID:TPJ777ywO

中野「え、でもよ……」


激しく吹き荒れるビル風にかき消されるまでもなく、中野の言葉はそこで途切れた。中野はなにかを探すように視線を彷徨わせた。見えたのは不愛想なコンクリートの屋上の床ばかりだった。風に揺れ動くものは何もなく、階段を駆け上がってきたせいで火照って汗をかいた身体ももうすっかり冷え込んでしまっていた。


平沢「中野、作戦は失敗した。戦うにしても一度態勢を立て直す必要がある」


落ち着いた諭すような口振りで平沢は中野を言い含めようとした。それは中野自身うすうす感じていたことだった。永井は屋上に来てから一言もしゃべらない。アナスタシアも不安そうに身を縮こまらせている。強い横風が屋上に吹き付けてきた。平沢も強風に煽られたが翻るのは服だけで、大木のようにどっしり構え風の冷たさにも平気そうに見えた。

息継ぎをするかのように風が一時やんだ。中野が俯いている。空気が沈黙しているあいだに平沢は中野にむかって静かな声で言い聞かせた。


平沢「やつに勝つためだ」

中野「くそ……」


アナスタシアも悔しさに俯いた。敗北したのはもはや確定事項だと理解せざるをえなかった。あれだけの犠牲を払って、なにひとつ状況を良くすることができなかった。眼がじわりと熱くなり、アナスタシアはとっさに顔を空に向けた。厚ぼったい紫色の雲が巨大な塊になって風に流れていっている。星々はまったく見えない。星々は雲の上、空の上、宇宙のなかで、地上の出来事とまったく関わりなく輝いている。そんな予感をおぼえたアナスタシアの心にぽっかりとした無情感が生まれた。美しいもの、平和なもの、輝けるもの、そのようなすべての喜ばしいものは物理的な条件に左右されることなく存在するが、観察は可能でも所有したり属したりすることはできない。虚無的な考えの去来にアナスタシアは打ちのめされた。

永井は風の流動を見えているかのような透明な視線で他の三人を視野に収めていた。中野が屋上の縁に近づき、アナスタシアの身体の重心が中野の移動につられて傾くのが永井には見えた。




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