798: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:43:22.94 ID:ymR8HEsBO
永井はこの考えを、少年漫画の読みすぎだ、と黒い粒子の狼煙による返答で一蹴したが、銃弾の前に生の肉体を晒してたたかうといういざというときの心構えが完全に退けられることはなかった。この心構えは警備員の死に気づいてから具体的な細部を持ったイメージへと変わったが、いまでは空想の域にまで入り込んでいた。肉体に穿たれた孔と流れ出す血は勇者の赤いバッヂとなり勇敢さをたたえる、こうした空想は輪郭があいまいで現実的な苦痛から遠く隔たっていることをアナスタシアは自覚せざるをえなかった。空想は退けられた。だが、後ろめたさは残していた。永井に言わせれば後ろめたさを抱くこと自体見当はずれの感傷に過ぎないのだが、アナスタシアはそうとは思わない。死なないからこそ、死を他人事にしてはいけないのだと、アナスタシアは考えていた。
そしていま、暗闇の中に浮かび上がった四通目のメールを見つめながら、アナスタシアは命令通りに待機の時間の只中にいた。センサーが反応しないように最小限動きだけでスマートフォンや無線機を操作しながら、ただひたすら、佐藤が現れるまで待つ。後ろめたさを錘にしながら。
799: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:46:06.03 ID:ymR8HEsBO
コーヒーサーバーからカップにコーヒーを注ぐと黒い液体がにわかに泡立った。淹れたてで熱々のコーヒーから湯気があがり、カップの内側を水滴で濡らした。ほんのちいさな一ミリくらいの泡がはじけ、コーヒーの水面が完全に静まり黒い円形として停止すると、佐藤はソーサーにのせたカップを持ち上げ、キッチンから休憩室に戻っていった。
アジトの休憩室は雑然としていた。整理整頓はおざなりで、歩くスペースは確保してあったが、パンの袋やコピー用紙などが隅のほうに放置されたままになっていた。
800: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:47:02.77 ID:ymR8HEsBO
今日はここまで。
なかなか思うように進まない…
801:名無しNIPPER[sage]
2019/01/27(日) 15:21:29.42 ID:lGUhnR6s0
乙
アーニャ関連には期待している
802:名無しNIPPER[sage]
2019/03/03(日) 02:09:25.72 ID:Zvp9ZrOr0
漫画と変わらないところは飛ばしても良いんじゃないか?
803: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:13:43.74 ID:6D6vTS+OO
亜人捕獲の報せを受けフォージ安全ビルに赴いた刑事はビル前に集結し騒ぎ立てているマスコミの姿を見て、既視感とともにうんざりした気分を味わった。
永井圭が亜人だと発覚したときの美城プロダクションの前もこのような光景だった。報道陣がわらわらとつめかけ、現場整理にあたっていたこの刑事は身体を押しつけられてはフラッシュを焚かれ罵声を浴びせられ、こちらもマスコミを押し返し罵声を浴びせ返した。プロダクションに侵入しようとした記者をひとりとっ捕まえたがそのせいで左小指の爪が割れたし、あとからそいつに訴えられた(とうぜん、特別な説得をもって訴えはすぐに撤回してもらった)。
パトカーから降りてフォージ安全へと歩いてるいくうちに、この刑事は自分が抱えているうんざりした気持ちはマスコミのせいではなく、この会社自体にあるのだと認めざるを得なくなった。社長の甲斐はもともと警察批判で有名で、ここ最近は業績を上げるためか──実際上がっているらしい──舌鋒をさらに鋭くしている。しかも、亜人のテロには警察力より民間セキュリティのほうが有効だということを今日証明してしまったのだ。
804: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:15:05.89 ID:6D6vTS+OO
undefined
805: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:16:15.33 ID:6D6vTS+OO
正面入口で刑事を待ち受けていたのは三十代前半の男性社員だった。警備員二人を従え、刑事にむかって慇懃に挨拶すると一階エントランスへと招き入れた。そんなことはないとは思っていたが、男性社員にこちらを見下すような態度は感じられなかった。刑事は独り合点かつフィクショナルな思い込みに心持ちをすこし悪くした。
入り口を通り、エントランスに足を踏み入れる。眼に飛び込んできたのは、さながら災害が起きた直後の病院のような光景だった。エントランスに負傷者が集められ、床に座るか仰向けに寝かされ、傷口を抑えながら痛みに耐え、あるいは呻き声を洩らしている。タオルやハンカチ、包帯、シャツ、ジャケット、ネクタイ、社員証などが赤く染まり、付き添いの者が傷口を抑えている場合もある。救急隊員が駆け寄って、慎重に傷口を覆う手を剥がしながら処置を行っていく。同じ動作を行なっている私服姿の者もいて、きびきびとした的確な動作や救急隊員に指示している姿から見てボランティアでかけつけてきた医師なのだろう。かれらの奮闘を示す張り上げた声と苦痛に歪んだ声がエントランスを満たしている。
806: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:17:02.02 ID:6D6vTS+OO
刑事という職業をしていても、生存者が多数いる現場に立ち会うことはほとんど経験したことがなかった。複数の死傷者が出た通り魔事件を担当したことはあったが、現場に到着したときには負傷者は既に病院に搬送されていて、死亡したスズキという若い女性も同様だった。だから、このような光景はテレビ画面越しに見るのが常だと記憶していた。そこではヨーロッパがテロが起きたときの夜の光景が警察車両の青い光が警官が羽織る蛍光色のジャンパーと埃まみれか血だらけの怪我人たちを記号的に記憶されている。国名は置き換え可能であり、ジャンパーの色も回転灯の色もべつの色彩に置き換え可能な記号にすぎない。黒尽くめの特殊部隊の様相など、匿名性がきわまって置き換えても置き換えても区別がつかない。眼球に映る現在と記憶のなかの映像とのちがいはひと言でいえばリアリティの有無であるが、それは視野が三次元的な立体感を獲得しているか否かが問題なのではなく、眼の前で生起している/しつつあるできごとの総体が認識の受容範囲の限界を越えようとしてるのが問題で、できごとのリアリティはたやすく人間を自失や失語の状態に持ち込む。置き換えることなどとうてい不可能なことなのだと思い知らされる。とはいえ、テロ自体はもう収束しているのだから、あまりおおきく動揺するのも……
807: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/03/24(日) 23:18:15.23 ID:6D6vTS+OO
刑事を出迎えた社員はつかつかと淀みなく負傷者のあいだを歩いて行った。歩みがあまりにスムーズなので、あらかじめ彼が歩くところには誰も座らせたり寝かさないようにと指示がされているみたいだった。その様子を見た刑事は先ほどとは別種の居心地の悪さを感じた。
防犯シャッターのところまでやってきた。そこにシートを被せられた遺体が何体も並べられていた。何度も見てきた光景だが、これほどの数を一度に視野に収めるのは初めてだった。
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