542: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 20:53:12.09 ID:oL93h30zO
アナスタシアはまるで十歳幼くなったような足取りで永井の後を追った。階段の一番下の段にちょこんと座り、すこし迷って通りを見やった。
病んだ老犬みたいに劣化して弱った電灯が立った路地だった。風情など欠片もない古いというより経年という言葉がぴったりくる建物の並び。赤提灯に白く発光する電光看板。どうやら目の前の店はおでん屋さんらしい。そしてあたりに漂うのは酒の匂い。こういった都会の一隅は通りすぎるだけで、立ち寄ったことはなかった。
アナスタシアは意を決して振り向き、永井を見上げた。永井はバッグを手すりの支柱にくっつけて枕の代わりにして頭を預け、眼を閉じていた。呼びかけの一言を口にするまでには随分時間が必要だった。
アナスタシア「あ、あの……」
永井「なに?」
永井の返事は明瞭で、眠っていたふりをしていたのかと思うほどだった。永井は閉じていた瞼を上げ、黒い石のような眼でアナスタシアを見下ろしている。アナスタシアはどぎまぎしつつ口を開こうとした。声を出そうとしたが、声は喉に引っ掛かってうまくしゃべれない。喉が干からびてしまったかのようだ。そもそもなにを話そうとしたのだろうか。
永井の眼が夜の中に浮いている。形だけは月と同じ円形をしていたが、その眼はどこまでも黒く、むしろ特別黒いことで周囲の闇から際立って存在していた。
アナスタシアはごくりと喉をならした。とにかく舌と唇を働かせることにした。
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