新田美波「わたしの弟が、亜人……?」
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515: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:28:22.35 ID:OBzab0O/O

 永井は運転席の老人をとっとと見捨てることにした。永井の腕が獲物に飛びかかる蛇みたいにハンドルめがけて伸び、林道から真っ直ぐ空をめざす一本の樹木めがけて限界までハンドルを切った。正面にのびる林道から樹々が集まる森の景色へと老人の視界に写るものが一瞬で移り変わる。老人は悲鳴をあげながら必死でハンドルを元に戻そうとするが、永井は身体を運転席に乗りだし、老人のハンドル操作と視認の邪魔をする。そして、壊れたシートベルトを腕に巻き付け衝突に備える。

 永井がフロントガラスにめり込んだ額を引き抜いたとき、日は傾きはじめ、林道は橙と黄色に輝く夕陽に染まり、林道から森へ曲線を描く轍に黒い影がかかっていた。


永井「ぐ……」


 永井は細かくなって皮膚に埋まったガラスの破片を手のひらで擦り取った。眉の上のあたりの傷口から血がじゅくじゅくと滲み出て、顎まで伝い落ちてきた。

 運転席の老人は顔をエアバッグに埋めていた。老人は気絶しているのかぴくりともせず、薄くなった皮膚の下にある頸椎を天井にむけて晒している。


『私たち素人は「死なないだけなんじゃ?」と思ってしまうのですが……』


 追突の衝撃で起動したのか、カーナビの画面から女性アナウンサーの声が聞こえてきた。夕方のニュース番組で、女性アナウンサーはゲストの日栄大学の心理学教授藤川翔に亜人の凶暴性について質問していた。


『まさにその、死なないというのが危険なのです』


 藤川は質問にかぶせるようにアナウンサーに答えた。


『我々人類は生き残るために、肉体を進化させるのではなく、他者と協力していくことを選択しました』

『それによって思いやりや愛情、つまり心が育まれていったのです』

『生来「死」という概念のない亜人には、心がないのであります』


 藤川の言説はそれらしく聞こえるが根拠というものはまったくなかった。佐藤のテロによって引き起こされた亜人という人種そのものへの偏見や恐怖、そういった漠然とした不安が意識されているいまの社会の雰囲気に流通しやすいだけの言説をこの大学教授はテレビで披露していた。



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