312: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:29:36.40 ID:8mPTevMeO
さてこの事件の犯人はついぞ発見されえぬままであったが、地域ではちょっとした騒ぎになった。それは残酷極まる殺人というだけでなく、すこし妙なところもある事件だったからだ。ペシコフが殺された現場はかれの質屋の真ん前だったのだが、質屋の鍵は壊されておらず、中にだれも侵入した形跡もなかったのだ。どうやら犯人はペシコフを待ち構えていて、斧で後ろから殴ったあと、辱しめるためか寒さのためか、とにかく外套を剥ぎ取っていったようだ。
とある三文雑誌はこの事件を『罪と罰』と『外套』の不出来な合体と書きたてたが、さすがにこの表現は顰蹙を買った。だいたい、『罪と罰』で斧殺人の被害に遭う老婆は高利貸しだったろう、との指摘も寄せられることにもなった。雑誌側は指摘に対し、もちろん承知していて相違はあえてであり、不出来という語句にその意を込めた、とコメントした。当然、この言い訳はさらなる怒りを呼んだわけだが、しかし、被害者の友人たちは怒りよりも哀しみが勝っていた。ペシコフはこんな馬鹿げた記事の主役になるには、善人過ぎたのだ。
アナスタシアの祖父も怒りより哀しみを感じる側の人間で、その立場のほかの人間と同じく、ペシコフの死を告げられてからの数日間はへべれけに酔っ払っていた。自分の書斎で飲めばいいものを、居間や台所で祖父はグラスを傾けるものだから、酩酊状態の祖父の姿は幼いアーニャにも目撃されることになった。しかし、酔っ払う理由のある酔っ払いは比較的恵まれた存在だろう。理由が多すぎてなんで呑むのかわからないまま酔っ払うしかない人間もいて、それはロシア人の大半がそうなのだ。
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20