198: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/05/16(火) 20:37:16.81 ID:AMJLL1TVO
佐藤は入口のドアの近くに立ったままで、首をめぐらし、どこかのラックの裏に隠れているであろう永井に向かって話しかけた。
佐藤「死なない安心感が、あらゆる判断を安易にさせているんだろう。私が殺すといったのは比喩ではない」
佐藤「亜人は死ぬんだ」
さっきマスクの研究員の言葉を遮った男がいまいましげに舌打ちをした。永井は佐藤がいった安易という語に対して言い訳でもするみたいに、漠然としたなにか、自分だけでなく、自分の周りに漂う、空気のように境界線を同定できないあいまいな対象が終わりを迎える瞬間について思いを馳せた。“宇宙の終わり”という言葉が、具体性を欠いた明滅的なイメージしか喚起しないのと同じように、“終わり”についての永井の実感もほとんど湧いてくることはなかった。
佐藤は部屋の奥にむかって足を踏み出し、話を先に続けた。
佐藤「死をどう定義するかにもよるが……亜人は『遠くに行き過ぎた身体に部位は回収されず新しく作られる。もしそれが頭だったら?』」
佐藤は歩きながら腰に差したブッシュナイフの柄を掴んだ。ナイフが引き抜かれていくとき、刃がナイロン製のシースと擦れた。擦過音は一秒にも満たず音自体も微かだったが、それは残響となり、部屋の奥に進む足音と亜人の死について説明する声に重なると、擦過音は通低音と化し、声の底にこびりついた。
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20