139: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:29:23.82 ID:4YLo7u+WO
下村「新田さん、お体は大丈夫ですか?」
下村の確認に美波は頷いて答えようとした。ベットの隣に座っているだろう下村に目を向けてみると、下村は黒いスーツと白いシャツという格好ではなく、カジュアルで安っぽい半袖のチェックのシャツを着ていた。
140: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:30:21.06 ID:4YLo7u+WO
下村は不思議そうに美波に問い返してきた。その態度が自然なものか装われたものか、美波には判断できなかった。後者だと思うのだが、自信がない。病室で下村に起きたことは鮮明に記憶しているが、その鮮明さ故に間違った記憶ではないのかと不安になってくる。記憶のなかにいる死んだ下村と、いま美波の目の前にすわっている下村はその実在感において、ほとんど遜色がなかった。間違い探しをしているようなものだが、二つの光景は似ても似つかない。ただリアリティにおいて、記憶は現実と同じレベルの強度を持っていた。
診療時間を過ぎた院内は、静かで寂しげだった。ときおり通路に移動する看護師の足音が聞こえるくらいで、患者たちはおとなしく、医療機器は無機質な音を出している。時刻は午後五時半をまわり、病室での出来事から三時間が経過していた。
141: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:31:25.58 ID:4YLo7u+WO
下村「事件に関するあらゆる情報に亜人管理法が適用され、マスコミ等第三者に口外することは禁止されます。もし口外すれば刑事罰の対象になる可能性も発生します」
美波「慧理子を誘拐した犯人は亜人だっていうんですか?」
142: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:32:30.30 ID:4YLo7u+WO
美波は身体をベットの上に起こしたまま黙り切っていた。美波は下村の送迎の提案もすげなく断ると、さっきからシーツを強く掴んでいる自分の手に視線を落とした。
下村「では、あなたのプロデューサーに迎えに来るよう連絡します。いいですね?」
143: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:33:15.33 ID:4YLo7u+WO
下村「いま、新田さんに今回の件に関して口外しないように忠告したのですが……」
戸崎『それはもうどうでもいい。早く合流しろ』
144: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:34:49.97 ID:4YLo7u+WO
戸崎『私が何を言ったか聞いてなかったのか?』
戸崎の詰問に下村は屈した。
145: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:35:21.72 ID:4YLo7u+WO
今日はここまで。
146:名無しNIPPER[sage]
2017/04/11(火) 00:14:45.01 ID:hkrJS7f6o
今回も良かった
147:名無しNIPPER[sage]
2017/04/13(木) 22:16:47.16 ID:CpHkdxOxO
読むだけで緊張してきた
148: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 20:33:42.46 ID:5HbT9nK2O
4.待って、行かないで
死の残酷さは、臨終の現実的苦痛をもたらしながら、真の終りをもたらしてくれぬことにある。ーーフランツ・カフカ「八つ折り判ノート」
149: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 20:36:35.60 ID:5HbT9nK2O
美波はラウンジでテレビに見入っている。まわりには寮に住んでいる美波より少し年下の女の子たちがいて、ここにいてもいいのかそれとも立ち去るべきなのかわからないといったふうに少し距離を取っていた。いちばん近くにいるみくにしても、美波の視界に入らない位置に腰を下ろしている。
美波の視線はずーっと真っ直ぐ、テレビを貫くように向けられていて、まるで山頂から向こうの山頂の青く霞んだ景色の中にいる動くなにかを探し出そうとするかのように画面を凝視している。あるいは、念じることで遠く離れた場所に何かの力を作用させようとするかのように。
レポーターが永井圭が捕獲された状況を説明している。彼女の背景には研究所の白い外壁がぼんやりと浮かんでいて、スクリーンのように投げかけられた光の中に過る人々や機器や車の影を映している。ざわめきの波がレポーターの左方向ーー画面を見るものには右側ーーからやって来て、彼女のところまで到達したとき、レポーターは首をめぐらし振り返った。警察車輌に先導された黒塗りのワゴン車が群がる記者たちをゆっくりとだが、確実に無視の態度をあらわしながら走行してきた。研究所の警備員にとって、カメラのフラッシュはほんとうに厄介だった。次から次へとまるで失明を狙うかのように瞬く光を頭を下げて避けながら、押し寄せてくる人波を懸命に押し戻す。研究所のゲートが開き車が敷地内に入っていく。レポーターはその様子を説明しながら、あの車に永井圭が乗っているのでしょうか、とわかりきったことを口にする。
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