415:タイトル:ぬくもり(お題:時代遅れ)3/6[saga]
2017/04/28(金) 01:01:12.07 ID:eOaQ9WgS0
私は、背負っていたリュックサックから、クロッキーブックと鉛筆を取り出すと、スケッチを始めた。
ご主人は、クロッキーブックを覗きつつも、辺りをうろうろと落ち着かない様子で「ぼくはね、ここには思い入れがあってね、この土地を買った時は、ずいぶんと活気があったんですが、学生達がいなくなってからは、団地の奥さんと子供がぽつぽつと通るだけになってしまって…」
ほら、団地の人たちって、人付き合いってやつ、お嫌いでしょ。だから、人と会っても挨拶もそこそこにせかせかとベビーカーを転がして、そそくさと行ってしまう。
子供もね、声をかけると、すぐに不審者だ何だのって親や学校に通告する。
ぼくはね、なんていうかー、人が同じ地域に住んでいれば、挨拶するだけで自然と心が通うもんだと思って生きてきたが、最近は、心どころか、同じ色の血が通っている筈なのに、どうしてもそれが信じられない。
昔は誰でも会えば挨拶して、世間話に花を咲かせたもんなんだがね。誰がこんな侘しいせかせかとした人間にしたんだ。
あのー、つまり、その、せめてうちだけでも、もう1度血のかよった交流ができるようになったらいいなーなんて思ってるんだが、できるかね?」
私はスケッチしていた手を止め、ご主人の顔を見た。薄暗い室内の影に強調され、顔に刻まれた皺がより濃く見えた。
「私はまだこの地域の事を知りませんので、実地調査で歩き倒してみないことにはわかりませんが、ご主人のご希望に添えるよう努力いたします。」
ご主人は元々多かった皺を更に目元に増やして、それならよいと微笑んだ。
「ひとりにしてくれませんか?」
人影が、黙ってその場を去った。
尻ポケットに入れていたスマートフォンで、気になる箇所を撮影した。
壁に近寄り、剥き出しのコンクリートに手を触れ、目を瞑った。
この建物に限らず、人が住んだ体温の記憶を建物は持っているように思う。
建物に人が存在した記憶があれば、無機質で冷たいコンクリートにも人のぬくもりが通う。
冷気が身体に絡みついた。人のぬくもりを欲しているのか。
再び人と相見えたいのか。
人と交わった記憶にすがりついて、人肌の温かさを今も求めているのか。
窓から漏れる風の噂が私の鼓膜をつつく。
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