勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編
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672: ◆QKyDtVSKJoDf[saga]
2017/11/03(金) 18:22:25.48 ID:uAQKxthS0
港町ポルトでは、近年になって実用化された蒸気機関を搭載した船―――『蒸気船』が盛んに行き交っていた。
その船の一つから、港町ポルトに降りる影がある。
肩のあたりで切り揃えられた水色の髪。
優しいまなざしに、老いてなお瑞々しく張りを保つ豊かな胸。
かつての勇者パーティーの一人―――――僧侶だ。
「相変わらず若々しいわね。羨ましいわ」
僧侶を出迎えたのは、腰まで伸びた艶やかな黒髪が特徴的な女性。
かつてこの地で僧侶の友となった『黒髪の少女』だ。
この少女も美しく年を重ね、今はもう『黒髪の貴婦人』といった様子だ。
僧侶「あなたこそ。相変わらず素敵な黒髪ね」
笑みを浮かべ、言葉を交わした二人は肩を並べて歩き始めた。
僧侶「この町も相変わらずね。素晴らしい活気だわ――――お仕事は順調?」
黒髪の貴婦人「ええ、とても。この町が想定外のスピードで発展を続けるせいで、家の仕事はもうてんてこまいといったところだけど、それも嬉しい悲鳴として享受しているわ」
僧侶「お手紙が少なくなったのは寂しかったけれど、それもお仕事が順調な証だと喜んでいたわ。あなたが仕事を継いで、今やご実家はこの町最大手の商会にまで発展したものね」
黒髪の貴婦人「私に商才があったなんて、我ながら意外だったけれど。お手紙の返事が遅くなったことは本当にごめんなさいね。お詫びに今日は美味しいケーキを御馳走するわ」
僧侶「あら、それは楽しみ」
三十年―――彼女たちはあれからずっと親交を深めてきた。
近況を報告し、悩みを共有し―――――互いを導きあってきた。
僧侶「……旦那さんとは、うまくやってる?」
黒髪の貴婦人「ええ、とても……こんな私をずっと愛してくれて……本当に、ありがたいことだわ」
仲睦まじくケーキをつつき、和やかに談笑していた二人だったが、いつしかその顔は神妙な面持ちになっていた。
きっかけはきっと、さっき遠くで聞こえた雷の音。
黒髪の貴婦人「幸せにならなくてはならないと思った。あの人が平和にしてくれた世界で、幸せになる努力を怠ることはひどい裏切りだと思った。そう思ったから、二十年前に夫のプロポーズを受けた」
黒髪の貴婦人は、かつての『黒髪の少女』は、きゅっと唇を引き結ぶ。
黒髪の貴婦人「けれど私は未だにあの人を吹っ切ることが出来ずにいる。この遠雷の音を聞くたびに胸がぎゅうと締め付けられる思いがするわ。そんな私を、夫がどんな思いで見ているのか……とても不安だわ。とても不安で、とても申し訳ない……」
僧侶「いいのよ」
黒髪の貴婦人に、僧侶は柔らかな笑みを向けた。
僧侶「私たちは人間で、ましてや女なんだもの。感情を完全に整理することなんてできないわ。大事なのは、今確かにある想いを見失わないこと。旦那さんのこと、愛してるんでしょ?」
黒髪の貴婦人「もちろんよ。それだけは断言できるわ。でなきゃ、体を許して子供を産むなんてことするものですか」
僧侶「ならいいの。女なら誰だってたまには甘やかな初恋の記憶に浸りたいものよ。あなたが特別なことなんてな〜んにも無い」
胸を張ってそう断言する僧侶に、黒髪の貴婦人はくすりと笑顔を見せた。
黒髪の貴婦人「本当に強い人ね。あなた、昔っからちっとも変わらないわ」
僧侶「うふふ。こう見えても私、世界で二番目に強い女よ? それに、もう六人も孫のいるおばあちゃんなんだから! 強くなきゃ、やってられませんっての!」
黒髪の貴婦人「そうそう。実はね、私も来年にはおばあちゃんになるのよ」
僧侶は目を丸くする。
黒髪の貴婦人は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
僧侶「うわぁ〜!!!! いつ!? 予定日はいつになるの!? 私絶対お祝いに行くからね!!」
まるで我が事のように喜び、僧侶は肩を弾ませる。
机の上のケーキはまだ半分以上残っている。
淑女二人のお茶会はまだまだ終わりそうにない。
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