勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編
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558:名無しNIPPER[saga]
2017/06/25(日) 16:15:03.51 ID:dyU/3Fo20
室内に響く、もう一人の男の声。
大魔王の顔が凍り付いた。
大魔王が恐る恐る部屋の入り口に目を向けると――――そこには、勇者が立っていた。
勇者「お前が城を崩落させた意味を考えた」
一歩、勇者は歩みを進める。
勇者「俺を殺すためじゃない。であれば、考えられるのは俺をあの場から離れさせるため。ならば、俺をあの場から離れさせる理由は? 可能性として考えられるのは、俺にあの部屋から奥に進んでほしくなかったから」
さらに一歩。
大魔王の肩が震えだした。
勇者「お前があんなはったりをかましてまで守りたいもの。それは何かを考えた。候補として浮かんだのは研究成果。試験都市フィルストを造り上げた、魔界再生のための叡智の結晶。そういうものが、残っているんだと考えた」
さらに一歩。
勇者は遂に大魔王とその娘の眼前に。
勇者「だけど、そんなもんじゃなかったな――――成程、受け継ぐ者がいたって訳だ」
大魔王「ま、待て!! 待ってくれ!!!!」
大魔王は激しく狼狽した。
大魔王の視線は勇者の持つ剣に釘付けになっている。
大魔王「わかった!! 終わりだ!! 全ての計画は棄却する!! 二度とお前たちの世界には関わらない!! お前たちの世界に残っている魔物たちも責任をもって俺が全て処理する!! だから―――」
大魔王は地面に膝をつき、首を垂れた。
大魔王「だから……娘の命だけは助けてくれ……」
娘「お父様…!」
大魔王「何も言うな。頼む、勇者……この通りだ……」
しばしの沈黙が部屋に満ちる。
チャキ、と勇者が剣を揺らす音が響いた。
大魔王はぎくりと肩を震わせる。
大魔王「待て!! 待ってくれ!! 勇者!!!!」
勇者「聞けないよ、大魔王。お前の娘、ばっちりお前の助手やってますって感じだ。お前の計画の理念も骨子も理解できているものだと、そう判断せざるを得ない。であれば、お前の娘を見逃すことは後に大きな禍根を残すことになる」
大魔王「誓う!! 絶対に娘には計画を受け継がせない!! この研究室も今からお前の目の前で破壊する!!」
勇者「駄目だ。大魔王再誕の可能性は万に一つも残せない。お前の娘は見逃せない」
大魔王「が…か…!」
大魔王は思案する。何とか異世界への扉を開き、娘だけでも逃がすことは出来ないか。
駄目だ。勇者の速度は身に染みてわかっている。
異世界への穴が開き切る前に、勇者の剣は娘の喉元を切り裂くだろう。
煩悶の末に、大魔王の目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
大魔王はその顔に慈愛に満ちた笑みを浮かべ、娘の頭にぽんと手を置いた。
娘「お父様……?」
大魔王「事ここに至ってはもはやお前の命だけが全てだ。ただお前が生きてさえいれば、俺はそれでいい。苦労ばかりかけたな。すまなかった」
娘「お父様、まさか!!」
大魔王「全てを忘れ、人として生きよ。愛しているぞ、娘よ」
バヂン、と電気が流れたように、娘の体が跳ねた。
大魔王が娘の頭から手を離す。
虚ろな顔でしばらく虚空に視線を彷徨わせていた娘だったが、やがて目の焦点が合うとキョトンと首を傾げた。
娘「あーうー?」
まるで赤子のような声を発しながら、娘は部屋中を見回している。
大魔王「見ての通りだ」
大魔王は憔悴した笑みを浮かべ、言った。
大魔王「俺が他の生物の脳に干渉できるという話はしたな。今、俺は娘から全ての記憶を奪った。この子はもはや言葉を発することすら叶わぬただの赤子だ。俺の跡を継ぐことなど出来ようはずもない」
大魔王は指先を娘の鼻先に近づけ、くるくると回してみせた。
娘は不思議そうにその指の動きを目で追って、やがてきゃっきゃと笑い声をあげた。
大魔王は目を細める。穏やかなその顔は、かつての幼い娘との日々を思い返しているのかもしれない。
大魔王「だから勇者、あらためて頼む。俺の首は自由に持っていけ。だが、哀れなこの子の命だけは、見逃してやってほしい」
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