245:名無しNIPPER[saga]
2016/05/06(金) 22:54:24.53 ID:my8qAWPQo
僕の熱を測り終えた麻衣は、僕の額に当てた手をそのままにしていた。そして不意に小
さな身体を僕の方に屈めた。今度は彼女の唇は前より少しだけ長い間、僕の口の上に留ま
っていた。
麻衣が顔を離して再びベッドの側に寄せた椅子に座りなおした。いつも冷静な表情が少
し紅潮しているようだった。
「・・・・・・何で?」
僕は混乱してうめくように囁いた。
「何で君はこんなこと」
「何でって・・・・・・。風邪はうつらないみたいだし。先輩、そんなに嫌だった?」
「嫌なわけないけど、何で君が僕なんかにこんなことを」
「先輩、あたしのこと気になるって言ってなかったっけ?」
確かに僕は麻衣にそう言った。恋の告白と同じレベルの恥かしい言葉を僕は前に麻衣に
向かって口にしたのだった。
「・・・・・・でも、君と僕なんかじゃ釣り合わないし、それに君は誰とも付き合う気はないっ
て」
「何で先輩とあたしが釣り合わないの?」
まだ紅潮した表情のままで麻衣が返事をした。
「あたしじゃ先輩の彼女として不足だってこと?」
何を見当違いのことを言っているのだろうか。わざとか? わざと僕のことをからかい
牽制しているのだろうか。それともこれは、優に対する作戦に僕が怖気づくことのないよ
うにするための言わば餌なのだろうか。
「・・・・・・。僕は最初に君に振られたんだと思って」
「そうか。そうだよね」
麻衣はもう顔を赤らめていなかった。むしろ今まで見たことのないほどすごく優しい表
情で僕を見つめていた。
「何であたしに振られたと思ったのに、こんなにあたしのためにいろいろとしてくれてる
の?」
僕はどきっとしてあらためて彼女を見た。これは惚れた欲目だ。僕の心の中で警戒信号
が鳴り響いた。
・・・・・・麻衣のような子が僕を本気で好きなるはずがない。これは言わば馬車馬の目の前
にぶらさげる人参のようなものだ。あるいはひょっとしたら麻衣は僕に相談しているうち
に、陽性転移を発症したのかもしれなかった。そうであればそれは当初の僕の目的のとお
りだった。でもこれまで麻衣とべったりと時間を過ごしてきて、彼女のために無償で、自
分を滅ぼしかねない行為を行うことに決めた僕は、今では陽性転移的な感情なんて欲しく
なかったのだ。
それとも彼女は陽性転移的な感情ではなく本心から僕のことを好きになったのだろうか。
それはいくら言葉を重ねても答えの出ない類いの疑問だった。僕よりももっとリア充のカ
ップルにも等しく訪れることはあるだろう男女間の根源的な問題だったのかもしれない。
「何でって・・・・・・」
僕は再び口ごもった。
「先輩はもうあたしには興味がなくなっちゃった?」
麻衣の柔らかい言葉が僕の心に響いた。
「二見さんとお兄ちゃんのことばっかり気にしてるあたしなんかにうんざりしちゃっ
た?」
「そんなことはないよ。約束どおり明日から僕は、二見さんと池山君を別れさせるため
に」
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