500: ◆DTYk0ojAZ4Op[saga]
2016/07/11(月) 19:29:10.95 ID:UgjJ0tqW0
苦し紛れの薄い防壁は全て大剣の一振りを前に砕け散り、僅かに剣速を鈍らせるに留まったが、
生死の境に感覚が超然と澄み切った一瞬、悲鳴をあげる肉体に更に鞭を入れ半身になる事で斬撃を回避、
更に細身の直剣が螺旋を描き魔神の首元をめがけ走る。
清明な彼女の頭脳は、かの斧槍使いの語った言葉を思い起こしてはいたが、
極限まで冴え渡る五感が本能的にそうさせたのだ。
斬撃は確かに魔神の首元を捉え、異形の怪物の皮膚を僅かに削り取り、
落胆をその背に負ったまま彼女は幾合もの剣戟を続ける。
頼れるのは自らの疾さ、ただその一点のみ。
その一点において彼女はこの怪物を上回る事だけは確信できた。
刹那の未来が遥か遠方にも感じられる打ち合いを続ける。
彼女に魔神の剣を防ぐ術はなく、
有効な防御はその身を躱す事のみ。
少しでも掠れば、衝撃は骨をも駆け抜けるだろう。
剣戟は時間にして10秒間ほどだが、彼女にとってどれほどの時間が過ぎただろうか定かではない。
躱した大剣が魔神の目線を遮った隙を衝き、
魔神の間合いから逃れた。
賢者「…ぅ……ぇ、げほっ……」
立ち止まると同時に肺は貪欲に酸素を求め、
その隅々まで大気を吸い込もうとするが、
極限の恐怖と戦闘への高揚感が咽頭と気道を粘つかせる。
視野はぼんやりと滲み、無理な魔法行使に頭痛が止まらず、
未だ20秒にも満たぬ戦闘にもかかわらず身体の節々は悲鳴をあげていた。
気付けば広間から人は消え、
暴虐の渦に包まれた破壊の痕跡だけが、魔神のその強壮さを彩っていた。
たった20秒間の交戦、ただそれだけで、
賢者の疲弊ぶりはもはや握る剣に力も無く、ただ迫る大剣を待つ事しかできない処まできていた。
あれだけ見えなかった刹那の先が今ははっきりと理解できる。
恐らく、自分は死ぬのだろう。
これほどの相手、相対した瞬間に撤退を決意するべきだったのだ。
しかし思い起こされるのは、かつて見た親友の笑顔。
眼前に立つ異形の怪物が自らの仇敵である事が、彼女の判断を鈍らせてしまった。
賢者「…はぁ、はぁ、はぁ…」
悠然と眼前に立つ魔神を見据え、
彼女は構えを解いた。
次の瞬間にも大剣が迫り命を落とす事を痛いほど知りながら。
だがそれにも悔いはない。
男との約束は破ってしまう事になるが、
友の仇を前にして撤退するという選択を彼女は持ち得なかった。
敵の強大さについての予備知識は確かにあった。
本来ならば執行部総掛かりで倒す相手である事も知っていた。
だが彼女には実力があった。
どれだけの難敵を前にしても、倒し切る事はできずとも、
制し切る自信も持っていた。
ただ、敵の脅威を見誤っていただけの事。
死を前に彼女は目を閉じた。
もう、二度とその目を開く事はないと覚悟をして。
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