589: ◆S0mvz1PntgQY[saga]
2016/09/20(火) 04:41:56.03 ID:hFhRzfxk0
「ボクは」
「…?」
「ボクは悔しい」
「どうしてだい」
「……単純に、CDの売上だけなら負けてないのに」
数ヶ月前、『Summer Star Stories』という企画に参加した折の話だ。ボクが参加した『Antares』と『Milky Way』は、今年度のセールスランキングでも上々で、担当曲については単独配信の話も上がっている。
翻って、モノクロームリリィだ。この一年、ユニットでの新作のリリースはなく、過去の実績も、活動において右肩上がりのボク(正確にはダークイルミネイト)にとって、それほど高い壁と捉えるほどではない。
順調に数値を伸ばせば―そして、順調に伸びるだろう―比肩できる実感がある。それでも。
「敵わない。敵う気がしない。加蓮さんの気迫にも、奏さんの存在感にも。説明もできないのに」
東郷さんは何も言わない。
ボックスティシュを差し出されて、雫がいくつも頬を伝っていたことに気付く。
「……恥ずかしいところを見せたかな」
「目。こすらないようにするんだよ」
忠告を守り、瞼や頬をティシュで柔らかく抑えれば、涙の跡がぽつぽつと刻まれる。
「……彼女たちは、真のアイドルになったんだなあ」
目を細めた東郷さんは、モニターから視線を外さないまま、溜め込んだ考えを少しずつこぼすように、丁寧に、ゆっくりと呟く。
「誰かの憧れになることは、きっと、アイドルとしての目標の一つだから」
東郷さんが、そっと、ボクと同じように目尻を抑えたように見えたのは、錯覚だったのだろうか。
「私も、君を……いや、誰かを泣かせるようなパフォーマンスを、したいね」
「……ボクもだ。負けたくない」
ボクの発した言葉は、東郷さんには、対抗心や誇りのように聞こえたかもしれない。
「いい言葉だね。さ、出る前にメイクさんに確認してもらうんだよ」
「……そうするよ」
何に『負けたくない』のだろう。東郷さんに?
……多分、事はそう単純でもない。自分への宣誓でもあるんだろう。
憧れも夢も、一種の闘争だ。なればこそ、諦観はしないさ。アイドルだから。
659Res/367.25 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20