映画の脚本を書いて、ひとりの女の子と出会った話。

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 15:58:34.68 ID:e+s7r/2n0

これまでやってみたいことはたくさんあったけど、
大抵はどれもうまくはいかなかった。

ギターを練習してみては変な音がすると一蹴され、
漫画を書いては絵が下手だとなじられたりもした。
恥ずべきことに、俺には圧倒的に「センス」が足りなかった。

空を飛んでみたいとパイロットを目指してみたり、
Jリーガーやプロ野球選手になろうと考えたこともあった。
だけど、どれもうまくはいかなかった。

途中で投げ出したことを数えだしたらきりがないけれど、
そんな俺でも珍しく続いたものといえば、大学時代のサークル活動くらいだった。

当時、俺は映画の脚本を書いていた。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1723705113
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:02:01.86 ID:e+s7r/2n0

それは、いわゆる映画研究会ってやつだった。
部員は全員合わせても、十人程度だったから
内輪で楽しむような活動しかしてなかった。

部室なんてあるわけもなく、普段は空き教室に集まって
そこで映画の話をするくらいのものだった。
ほとんどが堕落した人間の集まりだったな。
ただ、話してみるとわりと気のいい奴が多かった気はする。

その年、誰かが言い出したかは覚えてはいないけど、
学園祭に映画を撮ろうという話になった。

そんな軽い気持ちで始めるものではないんだろうが、
その時は止めるのも野暮だろうと思ってしまった。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:03:01.86 ID:e+s7r/2n0

監督をやりたい奴、撮影をやりたい奴、
思い思いに手を上げて、トントン拍子に決まっていった。

ただ脚本は、というところで一向に話が進まなくなった。

要するに誰もやりたがらなかったわけだ。
理由は単純で「責任を取りたくないから」ということだった。

そんなわけで誰もが顔を見合わせていたところで、
コンペで決めようということをそのうちの1人が言い出した。

全員が適当な話をひとつだけ書いてきて、
それを元に脚本家を決めようという魂胆だった。

つまりは、それがきっかけで俺が指名される羽目にもなったわけだ。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:03:48.64 ID:e+s7r/2n0

決して、俺の話は手放しに褒められたということでもなかった。

要約すれば、深夜、男の部屋に家出した女がやってきて、
近くのGEOで借りた古いレンタルビデオを
2人して朝まで見るだけの物語だった。

ただ、周りの意見を集約すれば、
ど素人にしてはまだすっきりと
まとまっているなくらいの評価だった。

俺にはさっぱり良さがわからなかったけれど、
そういった後押しもあって、俺もついには断ることができなかった。

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:04:26.61 ID:e+s7r/2n0

さて、各々が準備を進めていくうえで、
俺の作業には大した余裕は与えられてなかった。

配役を決めるにしたって、まずは脚本が必要だ。
機材が整うまでの二週間ほどで書き上げなければいけなかった。

俺はすぐさま頭を抱えた。
そもそも、どういう話がウケるのかもよくわかってなかったんだ。

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:06:06.56 ID:e+s7r/2n0

三日ほど経ってもルーズリーフは真っ白のままだった。
その時は焦りもあったが周りの期待に応えれないということも含めて、
微かな虚しさを感じていたな。

大学の構内でコーヒーを片手にベンチに座り込んでいた時、
ふいにひとりの女が目に止まった。

おそらく今年入ったばかりの新入生だったと思う。
ここ数日ほど、昼休みになると俺と同じように
一人で構内の広場にやってくるような女だった。

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:07:08.40 ID:e+s7r/2n0

何かが気になったわけでもないが、
そいつのことを何気なく観察することにした。

煮詰まって他にやることがなかったからだとしても、
今思えば気味悪がられてもおかしくはないだろうな。

だけども俺は、手始めに彼女のことを
ルーズリーフに書き出してみることにした。

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:08:23.59 ID:e+s7r/2n0

彼女の外見をまとめるとこんな感じだ。
・ヒツジのような癖がある髪質
・一見するとおとなしそうな印象
・背丈は160センチくらい

どちらかといえば華やかっていうよりかは
学内でも目立たないタイプの女だったな。
そいつはベンチでぼやっと空を眺めていることが多く、
チャイムが鳴るとそそくさと学内に戻っていくような奴だった。

たぶん友達がいないんだろうな、とすぐに察することができた。
大学では「初めて」に躓くと大抵その後も立ち行かないもんだ。

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:09:51.84 ID:e+s7r/2n0

俺はそのとき、彼女の大学生活を想像して
ひとつのストーリーを書いてみることを思いついた。

無断で何をやってんだと言われても仕方ないが、
だけどそれくらい煮詰まってたんだよ。

ただしそんな何気ない気持ちで書きはじめていくと、
先ほどまでの停滞が嘘のように文字が次々と紙に起こされていった。
周りから期待をされているわけではないと頭では分かっていても
適当に終わらせるのは性分ではなかったんだ。

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:11:55.51 ID:e+s7r/2n0


結局、おれはその一週間後には脚本を完成させていた。


11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:13:15.11 ID:e+s7r/2n0

仕上がった原稿を監督に見せてみたが、
反応は思いのほか悪くない評価であった。

「このヒツジって言うのが主人公?」
「ああ。覚えやすいだろ」
監督は「まあ」と微妙な声をあげた。

「この子が金属バットで大学の窓を叩き割るのは痛快だと思う」
「俺もそこが好きなんだよ。憂さ晴らしって感じがして」
「普段からそんなこと考えてたのか?」

その問いに俺は思わず、苦笑した。

12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:15:22.57 ID:e+s7r/2n0

「……で、役者はどうするんだ?」
先ほどから気になっていたことを何気なく尋ねた。

「だいたい決まってるよ」監督は煙草の煙を吐いた。
「だけど主役がまだだ。誰かいい奴いないかな」

俺は少しだけ考えるそぶりをしてみる。
思い浮かんだのは広場にいた寂しげな女の子だった。

「実はモデルにした女の子がいるんだよ」

「モデルって?」

「この映画のだよ。話したこともない子だけど」

そのことをやけに食い気味に聞かれたが、
俺は適当にあしらって詳細は話そうとはしなかった。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:17:07.82 ID:e+s7r/2n0

だから、その子が研究会にやってきた時は流石に驚いたな。
どこから連れてきたんだよって思わず言いそうになってたくらいだ。

ヒツジと呼ばれた女の子は皆に礼儀正しく挨拶をしていた。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:19:36.99 ID:e+s7r/2n0

撮影は脚本を用意してから少し経ってからスタートし始めた。
カメラもキャストも準備が整えばわりとスムーズに進むらしい。

舞台をわざわざ大学にしたのも移動が面倒臭かったからだ。
もっとも、俺がやる仕事はほとんど終わっていたんだけどな。

「ちょっといいですか?」

近くのベンチから撮影を眺めていると声をかけられた。
振り返ると、ヒツジが立っていた。

彼女と話すのはこれが初めてのことだった。

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:21:31.27 ID:e+s7r/2n0

「何か用?」と俺は言った。

「はい。映画の内容のことで質問があって」

「それなら監督に聞けばいいじゃないか」

「でも、あなたがこれを書いたんですよね?」

「……まあ」

俺は適当にあしらうつもりだったんだが、
彼女はそれでも俺に聞きたいことがあるみたいだった。

実を言えば、彼女とはあまり顔をあわせたくなかったんだよな。

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:22:38.57 ID:e+s7r/2n0

ヒツジは俺の隣に座ると、両手に握りしめた台本をじっと見つめていた。

「これって私をモデルにされているんですか」

「ああ」

「どうして私だったんですか」

「と言うか、そんなこと誰から聞いたんだよ」

俺がそう言うと彼女は向こうで声をあげてる
監督の方を指さしていた。

俺は思わずちいさくため息を吐いた。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:24:06.88 ID:e+s7r/2n0

「悪かったとは思ってるよ」

「え?」彼女は首を傾げていた。

「別に巻き込むつもりじゃなかったんだ」と俺は弁明をした。

「たまたまアンタが目に止まったんだ。俺も追い詰められてたんだよ」

「なるほど」と彼女は頷いていた。

意味はよくわかってなさそうだったが、
俺もこれ以上この話を続ける気はなかった。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:25:39.53 ID:e+s7r/2n0

「どうして映画の誘いを受けたんだ?」
そう尋ねた矢先に、そろそろ撮影を再開すると
誰かの声が聞こえてきた。

「別に断ってもよかったじゃないか」
それは俺の口から言うべき言葉ではなかったが、
その時は心底不思議に思っていたんだ。

「たしかに、そうですよね」
彼女は少し困ったような顔で笑っていた。

「でも、上京してから知り合いなんて1人もいなかったんですよ」

俺は思わず彼女の方に目を向けていた。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:27:13.32 ID:e+s7r/2n0

「だから素直に嬉しかったんです。はじめはもちろん驚きましたけどね」

ヒツジはこの春に大学に進学をしたが
人見知りな性格のためかあまり環境に馴染めずにいたらしい。

「映画の経験は?」彼女は首を横に振った。
「……全然です。本当に私でいいんでしょうか」
「まあ、そんなに深く考えるなよ」

そもそも俺達だってまともに映画を撮ったこともないんだ
そう言うとヒツジは小さく笑い声をあげていた

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:35:30.86 ID:e+s7r/2n0

「それなら私も頑張れそうです」
彼女はそう言ってベンチから立ち上がった。

「そろそろ戻ります。お話し聞かせてくれてありがとうございました」

丁寧にお辞儀をする彼女に
俺は手を振って別れを告げた。

その時はなんだか不思議な気分だったな
人が殻を破る瞬間ってのは、
案外あっけないもんなんだなと感じたんだ

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:36:12.29 ID:e+s7r/2n0

それから、意外にも撮影はトラブルなく順調に進んでいった。

ヒツジは初めこそ演技に慣れてはいなかったが
少しずつセリフを飛ばすことも減っていった。

気がつけば研究会の連中とも仲を深めていた
たまに彼女から声をかけられることがあったが
話すのは決まって取り止めのないことばかりだった。

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:39:00.88 ID:e+s7r/2n0


その日は、空き教室に俺と彼女だけが残っていた
ちょうど撮影も終わりを迎えようとしていた頃のことだ。


23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:39:49.19 ID:e+s7r/2n0

「ここの人達を通じて友達がたくさんできましたよ」

「変な連中ばっかりだろ」

「そうですね」
彼女は口元を隠して笑いを堪えていた。

「先週末、傘を持ってくるのを忘れちゃったんですよ」

「あの大雨の日か」その日は交通機関も影響を受けたんだよ

「ええ。学内で途方に暮れていたら、ある人からタライを渡されました」

「タライ?」彼女はちいさく頷く

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:41:41.84 ID:e+s7r/2n0

「私もどうしていいか分からなかったんですけど、
気付いたらその人はもういなくなっていたんです」

「それで?」と俺は尋ねた

「その日は真っ青なタライをかぶって帰りました」

「周りから変な目で見られたろ」

「ええ、それはもう」

俺たちは顔を見合わせると、少しばかり声をだして笑った。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:43:25.47 ID:e+s7r/2n0

「先輩は最近どうですか?」

「そうだなあ」俺は一度頭を巡らせてみる。

「本ばかり読んでいたよ。おかげで単位を幾つか落としそうだ」

「……ちょっと嬉しそうに見えますけど」

俺は思わず彼女の方を一瞥して、
それからこほんと咳ばらいをした。

「時間の使い方が絶望的に下手くそなだけだよ」

「そういうものでしょうか」

「ああ」と俺は一度だけ頷いた。

「真似はしない方がいい。仕送りも止められるからな」

そう言うと、ヒツジはくすくすと笑っていた。
どうしてか彼女のあどけない表情を見るのは嫌いではなかった。

26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:47:56.18 ID:e+s7r/2n0

「だけど、それならどうして映画研究会に入ったんですか?」

「入学したての頃は文芸部に入ってたんだ。だけど肌に合わなかったな」
思えば、あの頃は本を心から楽しめていなかったんじゃないかな。
きっと気が合わなかったんだよ。

「それから、ここの連中に誘われたんだ。最初は断ったんだけどな」

「意外と居心地がよかったわけですね」

その質問には、なるべく曖昧な返事をしておいた。

27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:50:30.62 ID:e+s7r/2n0

「なあ、ひとつ聞いてもいいかな」

「はい。なんでしょう」

「どうして親元を離れて上京なんかしたんだ?」

ヒツジはきょとんとした表情でこちらを見つめていた。

28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:52:29.18 ID:e+s7r/2n0

「そんな大した理由はないですよ」
それとなく彼女は窓の外に視線を移した。

「何となく、背伸びしてみたかったんです」

「背伸びって?」

「んー」
彼女はちょっと悩んだような声を出していた。

「きっと、引っ込み思案な自分を変えようって思ってたんですよ。

あの時は、地元から抜け出せば何かが変わるかなって勝手に思ってました。
でも、そんな単純なものではなかったんですよね」

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:57:40.04 ID:e+s7r/2n0

「変わる必要なんてあったのか」俺は彼女に尋ねた。

「どうしてでしょうね。あの時は焦りがあったのかもしれません」

「焦り?」

「ええ。無意識に周りの子たちと自分を比べていたんだと思います」

なんとなく彼女が言いたいことが分かる気がしていた。
西日に照らされた肌が、じりじりと焼かれていくような気分だった。

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:58:21.08 ID:e+s7r/2n0

「映画を引き受けたのも、その理由のひとつだったんです」

「後悔はしてないのか」そう言うと彼女は首を縦に振った

「そうですね、きっと良いものになりますよ」

俺もそう思うよ、と言うとヒツジは無邪気にわらっていた。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:59:04.79 ID:e+s7r/2n0


映画が完成したのは、それから一か月ほど経ってからのことだった。


32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/08/15(木) 16:59:48.49 ID:e+s7r/2n0
いったん、ここまでです。
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