【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.2

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2 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/14(木) 22:27:11.53 ID:3andVLbp0
‣2章学級裁判終了時の通信簿

【超研究生級のブリーダー】櫻木真乃
【超研究生級の占い師】風野灯織
【超研究生級のスポタレ】八宮めぐる【DEAD】
【超研究生級の料理研究家】月岡恋鐘
【超研究生級のドクター】幽谷霧子
【超研究生級のギャル】大崎甘奈
【超研究生級のストリーマー】大崎甜花
【超研究生級の文武両道】有栖川夏葉【DEAD】
【超研究生級の大和撫子】杜野凛世
【超研究生級のサポーター】西城樹里
【超研究生級の博士ちゃん】芹沢あさひ
【超研究生級の書道家】和泉愛依
【超研究生級の映画通】浅倉透
【超研究生級のコメンテーター】樋口円香
【超研究生級のカリスマ】斑鳩ルカ【DEAD】
3 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:05:42.67 ID:zl78yZoQ0
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    CHAPTER 02

 退紅色にこんがらがって

    裁判終了




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4 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:09:35.38 ID:zl78yZoQ0

裏庭の扉は頑丈な作りだから、ただでさえ開けようとするとかなりの力が必要だった。
甜花は他のみんなよりも力も弱いし、ここまでの犯行計画ですでにちょっと息も上がってる。
片手で口元にハンカチを当てて、心臓の鼓動がバクバク言っている今の甜花からすれば、その重みは何倍、何十倍にも感じられたんだよね。

でも、逃げ出すわけにはいかない。
なーちゃんは甜花のことを信じてくれて、もう……八宮さんのことを殺しちゃったから。
甜花たち姉妹にはもう逃げ道はなくて、一度走り出したからには最後の最後、タイマーストップのボタンを押すところまで突き抜けなくちゃいけないの。
だから甜花は……有栖川さんを殺さなくちゃ。

「せーの……!」

意を決して扉を開けた。
扉が開いた瞬間に気圧差でブワッと風が顔の横を突き抜けた。ハンカチが飛んじゃわないように必死に押さえ込む。

「……有栖川さん?」

返事がないことを理解した上で呼びかけた。
裏庭には雲海みたいに気化麻酔の薄靄がかかっていて、その中に有栖川さんは沈んでいる。
いつもの気高い姿とは対照的に、開いた口の隙間から涎が滴り落ちていた。
5 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:10:38.57 ID:zl78yZoQ0

じりじりと少しずつ有栖川さんに近づいていく。
鉄板の床にローファーがぶつかるたびコツンコツンと音が響くのが嫌だった。
この音で目を覚ましたりしませんように、そうやってずっと祈りながら近づいていった。

「……ふぅ」

有栖川さんの真ん前に来て、近くに落ちていた鉄パイプを手に取る。
ひんやりとした感触に肌がひっつくのが心地悪い。喉に汗が伝うぐらい火照る体と真逆だから、余計にだったんだと思う。
鉄パイプの先端を、垂れ下がった有栖川さんの頭部に向けた。
有栖川さんの体の芯を捉えるように一直線になったパイプ、これを目一杯振り上げて、下ろせばそれで終わり。
それで終わり、なんだけど。

「う、うぅ……」

ドクンドクンと脈が打つ。体中に走る血液は熱く、激しく沸騰している。
頭からは早くやれと信号が絶えず流れているのに、体への伝達の過程でエラーが生じているようで甜花の体は仏像みたいに動かない。

早く、やらなくちゃ。
今こうしている時にも他のみんなが有栖川さんのことを見つけ出そうと血眼になっている。
中庭に向かった二人がいつこっちに踵を返してやってくるとも限らない。
6 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:12:22.39 ID:zl78yZoQ0

猶予はない。
甜花がここでやらなくちゃ、なーちゃんも助からない。甜花はお姉ちゃんだから、守ってあげなくちゃいけないのに。

バクバク、ドキンドキン。

はぁ、はぁ。

鼓動と呼吸が交互に入り混じる爆音で耳鳴りがした。

耳鳴りがするほどだったから、多分煩すぎたんだと思う。

「へ……?」

ゆっくりと、目の前の頭が上がっていった。



「てん、か……?」



有栖川さんはゆっくりと甜花の顔を確かめたかと思うと、すぐに両目をかっ開いた。甜花の手に握られていた鉄パイプに気づいたんだと思う。
7 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:14:08.20 ID:zl78yZoQ0

まずい、今からでもやらなきゃ。
咄嗟に覚悟を固めたけどもう遅い。
飢えた獣みたいに飛びついてきた有栖川さんに握っていた鉄パイプは鷲掴みにされてしまった。

「は、離して……!」
「甜花……あなた、私のことをその鉄パイプで殺すつもりだったの……?!」

有栖川さんはさっきまで意識を失っていたとは思えないぐらい力が強くて、甜花も両手で応戦しなくちゃすぐに引っ張られちゃうぐらいだった。
ハンカチで口元を抑えるのも忘れて、甜花は必死に抗った。

「悪いけれど……殺されるわけにはいかない……あなたのことをここで食い止めて、ほかのみんなにも伝えさせてもらうわね!」

ダメ、なんとしても有栖川さんを殺さなくちゃ。
甜花が失敗しちゃったせいでこの犯行計画が台無しになっちゃう。

なーちゃんが死んじゃう……!
切迫した状況の中、甜花は一生懸命火事場の馬鹿力を引き出そうとしたけど、甜花の力の底は思っていたよりも浅くて、せいぜい有栖川さんと拮抗する程度。
それもどんどん圧されていく一方。
いつのまにか殺しに来たのがどちらかも分からないほどの力関係で、甜花は有栖川さんのことを見上げるようにしていた。

「お願いだから……なーちゃんのために……死んでよ……!」


ガンッ

8 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:15:44.13 ID:zl78yZoQ0

甜花が叫んだ瞬間、鈍い音が響いた。
スーパーで買って帰った卵を途中で落として割っちゃった時みたいな、全てが台無しになって力が抜けちゃう感じの音。
そんな音がしたかと思うと、みるみるうちに甜花の握る鉄パイプからは手応えがなくなっていって、やがてずるりと有栖川さんはその場に倒れ込んだ。

「へ……?」

じんわりと有栖川さんの綺麗な髪の間に赤い液体が滲んできた。
もう動かない頭からゆっくりと視点を上げていくと、そこで甜花は彼女の目があった。

「甜花ちゃん、大丈夫? 怪我はない?」

そこに立っていたのはなーちゃん。
握っていた鉄パイプからはポタポタと血の滴が伝っていた。

「な、なーちゃん?! どうして……どうしてここに……?!」
「えへへ、変な胸騒ぎがして甘奈も様子を見に来ちゃった。虫の知らせ……ってやつかな?」

なーちゃんは有栖川さんの体を起こしてから引きずって、壁にもたれかかるようにした。
力の入っていない有栖川さんの首はカクンと落ちた。

「でも、勘違いじゃなかったみたいだね。こっちに来て正解だった」
「ごめん……ごめんね、なーちゃん……甜花、有栖川さんのことを殺すのに失敗しちゃって……」

甜花の体にもやっと力が戻ってきた。
慌てて立ち上がって、なーちゃんの元に駆け寄る。
9 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:16:56.86 ID:zl78yZoQ0

「ううん、大丈夫。人なんてそう簡単に殺せないもん。むしろ甘奈の方こそごめんね、甜花ちゃんに人殺しなんかお願いしちゃって……辛かったよね?」

首をふるふると横に振る。甜花に謝られるいわれなんかない。
約束を守れなかった甜花の方がずっと悪いに決まってる。

「甘奈……自首する。みんなに甘奈がやりましたって正直に話すことにするよ」
「え……な、なんで……?!」
「だって……甘奈が学級裁判で勝っちゃったら甜花ちゃんが死んじゃうんだよ? そんなの……甘奈は嬉しくない。甘奈だけが生き残ってもしょうがないじゃん」

それなのに、なーちゃんは自分自身のことを執拗に責めた。
辛くて苦しくて寂しい気持ちを抑え込んだ、嘘の笑顔で甜花に向かって語りかける。
その笑顔から発せられる言葉が傷ましくて、甜花はぎりりと奥歯を噛んだ。

「……ダメ、ダメだよなーちゃん」
「え……!」

甜花は、なんてことを言わせてしまっているんだろう。
こんなにも大好きでこんなにも愛おしくて、こんなにも大切な妹に、自分の死を望むような言葉を言わせるなんて、お姉ちゃん失格だ。
10 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:19:10.74 ID:zl78yZoQ0

「甜花こそ、なーちゃんを犠牲にして生き延びたくなんかない……甜花は、甜花自身よりもなーちゃんに生き延びてほしい……!」
「そ、そんなの甘奈だって同じことを……!」

だから、今からでも取り戻したいと思った。
甜花が損なってしまったお姉ちゃんとしての威厳を、取り戻す。

「でも、甜花はなーちゃんのお姉ちゃんだから」
「甜花ちゃん……?」

それはきっと、最後まで戦い尽くすことで叶うと思った。
自分の命を代償にしてでも妹を守り抜くことができたなら、甜花はきっとまたお姉ちゃんになることを許される。

「甜花は、最後まで大切な妹を守ったお姉ちゃんとして……死にたい。大切な妹を守れなかったお姉ちゃんとして生きていきたくはないんだよ……」

『大崎甘奈のお姉ちゃん』に戻ることができるとそう思った。



「ねえ、甜花のわがままを聞いてもらっても……いい? 甜花に……なーちゃんを守らせてよ……!」


11 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:20:27.69 ID:zl78yZoQ0

甜花の言葉にしばらくなーちゃんは考え込んでいた様子だった。
途中何度か言葉を返そうとしたのか、口を開いたり閉じたりして、その度に表情も晴れたり曇ったり。
なーちゃんは優しいから、甜花の言葉をやんわりと拒絶しようとしているんだろうなと思った。

でも、甜花もここは譲れないから、ずっとなーちゃんの瞳をまっすぐに見つめた。
甜花の想いを伝えるにはそれが一番だった。
次第になーちゃんの水晶玉みたいに綺麗な瞳は、小刻みに振動を始め、そこからうっすらと雫が溢れ出してきた。
それを瞼を下ろしてギュッと仕舞い込むと、なーちゃんは甜花に背を向けて走り出した。

「……ごめん、ごめんね甜花ちゃん!」

裏庭の扉がバタンと閉じて、残ったのは甜花ただ一人。
大きな深呼吸を一つしてから、手に持った鉄パイプを元の場所に戻し、なーちゃんが使った後の手のついた鉄パイプを近くに放った。
有栖川さんの亡骸に拝んでから、すくりと立ち上がる。

「……よし」

裏庭の扉に手をかけた。
なーちゃんは今頃食堂の裏口から校舎に戻ったかな。

「なんだか……ドキドキする、けど……」

さあ、ここからが甜花の本当の戦いだ。一度戦いから逃げ出してしまった甜花がなんとか漕ぎつけた延長戦。
なんとしてでもこの戦いには勝たなくちゃいけない。
12 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:21:51.17 ID:zl78yZoQ0





「やるしか……ない……!」

……甜花も、行くね。





13 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:23:23.61 ID:zl78yZoQ0
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モノクマ「こんぐらっちゅれーしょん! 超研究生級のスポタレ、八宮めぐるさんと超研究生級の文武両道、有栖川夏葉さんを殺害した犯人は……」

モノクマ「超研究生級のストリーマー、大崎甜花さん!」

モノクマ「……になりすましていたその妹さん、超研究生級のファッションモデルの大崎甘奈さんなのでしたー!」

モノタロウ「うぅ……正直事件が難しくてまだよくわかってないや」

モノタロウ「結局、有栖川さんが3人いたってことであってる?」

モノスケ「アホ! なんもかんも違うわ!」

モノタロウ「頭が沸騰しちゃいそうだよぉ〜……」

……自分でも驚くぐらい現実味がなかった。
それぐらい今回の事件は複雑で、ややこしくて、最後の真実に辿り着けたのがキセキみたいに思えた。

でも、このキセキって多分、ミラクルの方の奇跡じゃなくて……みんなと一緒にたどり着くことができた、その道のりを指す軌跡なんだろうなって思う。
私たちがここまで突き進んできてこれたことが実を結んで、今になるんだろうな。

甘奈「もぅ……甜花ちゃん、泣きすぎだよ」

甜花「ぐす……ぐす……」

だけど、それは彼女たちにとってはあってはならないキセキ。
ヒゲキの別れを招くことになる最悪のキセキ。
そのことから私たちも顔を背けちゃいけないんだ。
14 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:24:28.83 ID:zl78yZoQ0

円香「……しかし、よくやったね。まさか二人がここまでのことをやってくるとは思わなかった」

樹里「完全に手のひらの上で踊らされてた……この裁判もあと一歩の危ないところだったな」

あさひ「うんうん、このゲームをこんなに面白くしてくれて二人にはありがとうが言いたいっすね!」

(……芹沢さんはこの裁判でどこまで見通していたんだろう)

(思えば、ずっと私たちを誘導するような言動を繰り返していたけど……この子は……)

甘奈「甘奈がここまで戦えたのは、甜花ちゃんのおかげだよ……甜花ちゃんが甘奈のことを心から想ってくれて、矢面に立って戦ってくれたから」

愛依「キョーダイ愛ってやつだよね……なんか、分かる気がする」

愛依「うちも……弟と妹がいるからさ」

灯織「……あの、二人に聞きたいことがあるんですがいいですか?」

甘奈「うん……何かな?」

灯織「今回の事件を引き起こした動機……それについて聞いておきたいんです」

にちか「あっ……!」

そうだ、事件の流れを追うのに一生懸命で完全に頭からすっぽ抜けていたけど、どうして二人はこんな事件を起こしたんだろう。
二人でそれぞれ別な事件を起こそうとしていたということは、二人ともにこの学園を出て行こうと望んだということ。
私たちにはそこに至るまでの経緯のイメージが持てずにいた。
15 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:26:24.05 ID:zl78yZoQ0

甘奈「それはもちろん……モノクマーズたちに渡された動機だよ。あのビデオを見ちゃったから甘奈と甜花ちゃんは……」

甜花「この学園を絶対に出て行かなくちゃって、そう思ったんだ……」

恋鐘「あれ? それって変じゃなか?」

恋鐘「あん動機ビデオって……配られたのは自分のじゃない、別の人のビデオだったはずばい」

(……そうだ! 私も渡されたビデオは真乃ちゃんのものだったし、それに第一)

(動機ビデオの内容の共有は夏葉さんによって控えるように取り決められていた!)

(あの場にいた人なら中身の共有なんてしなかったんじゃ……)

甘奈「うん……甘奈がもらったビデオも甘奈向けのものじゃなかったよ」

甜花「甜花も、同じ……」

透「……あ、そういうこと」

円香「……浅倉?」

透「ここの【二人同士】だったんだ。姉妹で、それぞれの動機ビデオを取り違えられてたんだよ」

真乃「そ、そんなことって……!」
16 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:27:12.33 ID:zl78yZoQ0

甘奈「透ちゃんのいう通りだよ。甘奈が見たのは、甜花ちゃんの動機ビデオ」

甜花「甜花が見たのはなーちゃんの動機ビデオ」

凛世「お二人は互いにそれぞれの動機を握り合う間柄だった……」

凛世「協力関係になったのも已むなし……で、ございましょうか……」

あさひ「ま、あんまりそれは関係ないと思うっすけどね」

霧子「え……? どうして……?」

あさひ「あの動機ビデオの中身って、その人にとって大切な人が不幸な目に遭う内容だったじゃないっすか」

あさひ「甘奈ちゃんと甜花ちゃんは元々姉妹っすよ? その大切な人ってのが同じでも何もおかしくないっす」

あさひ「姉妹のうち一方が自分たちの動機ビデオを持っちゃってたら自然と内容も共有しただろうし、これは自然な成り行きだったんじゃないっすかね」

甘奈「すごいなぁ……どこまでもお見通しなんだね」

甘奈「ねえ、甜花ちゃん……みんなにあのビデオを見せてもいいかな? それが一番、甘奈たちの気持ちをわかってもらえると思うから」

甜花「……うん」

そういうと、甘奈ちゃんは懐からモノクマーズパットを取り出して、私たちの方へ向けた。
指を画面にそわせ、やがてそれは始まった。
17 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:28:16.72 ID:zl78yZoQ0


【☆大崎甜花の動機ビデオ☆】

『さーて、大好評につき復活した動機ビデオの時間だよ! オマエラにとって大切な存在は今、どんな生活をしているのかな? それでは始まり始まり……』

大崎母『甜花ちゃん、甘奈ちゃん見てる? そっちでも二人で仲良くしてるよね』

大崎父『二人とも頑張り屋さんだからな、ついつい無茶をしちゃったりしてないか?』

大崎母『ママの作る料理が恋しくて寂しくなったりしてない?』

大崎父『二人ならきっと向こうでも友達をいっぱい作っているだろうし大丈夫さ。それに……姉妹揃っていればどんな難局だって乗り越えられる』

大崎母『そうね、ママも二人以上に仲のいい双子ちゃんは知らないから』

『なんとなんと……大崎ファミリーはなんとも仲睦まじい! メッセージを見ているだけで親の愛を感じて胸が温かくなってきますね』



……ザザッ



『まあそんな大崎さんちのシャレオツなおうちも見ての通り今ではすっかり廃墟になってしまってるわけなんですが』

『ママさんとパパさんは一体どこに行ってしまったんでしょうかね? 見る限りでは、グッシャグシャのめっちゃめちゃなお家しかないですけど』

『ま、それが知りたきゃこの学園を出るしかないってわけだね。自分の目で確かめるのが一番だからね』


プツン

18 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:29:31.00 ID:zl78yZoQ0

真乃「酷い……」

愛依「こんなん見せられて冷静でいられないっしょ……」

一度真乃ちゃんの動機ビデオを見て内容こそ大まかな見当はついていたけど、やっぱり辛い。
目を背けたくなる惨状に、裁判場にいる全員が思わず言葉を失った。

甘奈「甜花ちゃんにすぐにこの映像を見せて……正直パニックになってたよ」

甘奈「……でもね、この映像の中でもパパが言ってるでしょ?」

甘奈「姉妹二人が揃っていればどんな難局だって乗り切れるって」

甜花「だから甜花たちは二人で一緒にこの学園を出ようって……二人なら、絶対一緒に出られるって……そう思ったんだ……」

……もし私も、この場所にお姉ちゃんがいて、同じような状況だったのなら。
甘奈ちゃんたちと同じような行動に走らなかったとは断言できない。

近くに縋ることのできる存在がいるということはある意味では救いであり、ある意味では追い詰める最後の一手になりうる。
一人だけでは超えられない一線も、一緒なら超えられる。超えることができてしまうんだ。
私が真乃ちゃんと灯織ちゃん、そしてめぐるちゃんの存在があったおかげで臆すことなく真実に向き合うことができたのと、同じこと。
まさに表裏一体の結末だったんだと思った。
19 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:30:42.83 ID:zl78yZoQ0

甘奈「でも、そんなのって……他のみんなのことを顧みない自分勝手な話なんだよね」

甜花「うん……甜花たちのために、他のみんなを巻き添えにしようとしたのは事実だから……」

樹里「……二人がやったことは到底許されることじゃない。それは間違いないよ」

樹里「でも……アンタらがここに至ったまでの気持ちはよく分かった。お互いを本気で思い合う気持ちがあったのも……分かったよ」

甘奈「……本当に、ごめんね」

甜花「ごめんなさい……」

樹里「だから……最後の時間くらい、二人で向き合う時間にしてくれていいから」

甜花「え……さ、西城さん……?」

霧子「甜花ちゃん……この裁判に挑む時、どんな気持ちだったのかな……」

霧子「甘奈ちゃんのことを守りたい……その気持ちは本当だと思うけど……」

霧子「甜花ちゃんの中に……甘奈ちゃんに送りたい言葉が……他にもあるんじゃないかな……」

甜花「なーちゃんに、送りたい……言葉……」
20 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:31:55.82 ID:zl78yZoQ0

にちか「甘奈ちゃんも一緒だよ」

甘奈「えっ……」

にちか「甜花さんが自分のために戦ってくれるって、そう言ってくれた時にどう思ったの? その時の気持ちを伝えなくていいの?」

甘奈「……」

にちか「思ってることを伝えきれないまま終わるってきっと……すごく辛いと思うんだ」

にちか「ほら、私は……今も悩むことがあるから、ルカさんとのお別れがあれでよかったのか……って」

甘奈「み、みんな……」

モノスケ「なんやけったくそ悪いお涙頂戴劇が始まってしもうたな。お父やん、ここらでおしおきをぶちかましてこの雰囲気をぶち壊すのはどうや?」

モノスケ「やっぱりコロシアイはバイオレンス、アンド、トラジェディー! 無念の死こそがコロシアイの醍醐味やろ!」

モノクマ「うるさいなぁ、黙ってなよ」

モノスケ「え、お、お父やん……?」

モノクマ「今いいところなんだよ、邪魔すんなよ。今この光景こそが、みんなの見たがってたものなんだからさ」

モノダム「……」

私たちに促されて二人は向き合った。
こうしてみると本当にそっくりな二人。
生まれた時からずっと一緒だった二人が今分たれようとしている。
……もう誰も口を挟み込もうとはしなかった。
21 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:32:56.55 ID:zl78yZoQ0

甜花「なーちゃん……あの、ね……今、ちょっと思い出してみたんだけど……」

甘奈「何かな、甜花ちゃん……」

甜花「有栖川さんを殺せなくて、なーちゃんが代わりに殺しちゃった時なんだけど……甜花、その時に思っちゃってたんだ……」

甜花「あっ、甜花が殺さなくて済んだんだ……って」

甘奈「えっ……?!」

甜花「でも、違うよ……?! なーちゃんを出し抜こうとか、そんなことを考えたんじゃなくて……」

甜花「甜花は、自分のやりたくないことをしなくて済んだんだ……ってそんなことを思っちゃったんだ」

甜花「ズルい、よね……自分だけ、嫌なことをやらないでなーちゃんに押し付けて……それで、なーちゃんをクロにまでしちゃった……」

甜花「どれだけ謝っても足りないけど……何度でも言わせて欲しいんだ……」

甜花「ごめんね……! ごめんね……なーちゃん……!」

甜花さんの平謝りがこだました。
何度も繰り返すたびに裁判場には湿り気を帯びていき、私たちの胸を刺した。
別れが近づくにつれて、最後に見せる自分の姿を取り繕おうとするのではなく、
自分自身の弱さを曝け出して、その罪に真正面から向き合おうとする甜花さんの姿はどこまでも気高く、強い姿に見えたんだ。
22 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:34:41.62 ID:zl78yZoQ0

甘奈「甜花ちゃん、甘奈からも言わせてもらうね」

そして、甜花さんのその強さは……同じ血の流れる彼女にも受け継がれていた。

甘奈「ズルいのは、甜花ちゃんだけじゃないよ。甘奈も……ズルしちゃった」

甘奈「それはね、甜花ちゃんに……孤独を押し付けちゃったこと」

甘奈「甘奈はこれからおしおきで死んじゃうけど……そうしたらここから60年、いや70年、80年、90年って……甜花ちゃんを一人にしちゃう……」

甘奈ちゃんの強さは、他の人を包み込む強さ。
今この場で誰よりも辛く、苦しく、そして恐怖を感じているのは彼女のはずなのに、
甘奈ちゃんはそれでも甜花さんの肩にのしかかる罪悪感を取り除こうと努めた。

きっと甘奈ちゃんにとってはそれこそがやりたいこと。
それこそが甘奈ちゃんにとっての【生きる】っていうことだったんだと思う。

大好きなお姉ちゃんをすぐ側で支え続けること。そのこと自体が大好きなんだって、私たちが一緒に過ごす中で見てきた笑顔が物語っていた。
だから、甘奈ちゃんは最後の最後、その一瞬まで生き続けようとしていたんだ。

甘奈「そんな辛い思いを甜花ちゃんにだけ押し付けるなんて、甘奈の方がよっぽどズルいよ」



その終わりの一瞬は……唐突に持ち出されることになるのだけど。



モノクマ「よし……そろそろかな。撮れ高もバッチリでしょう!」



23 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:37:20.18 ID:zl78yZoQ0

真乃「そ、そろそろって……まさか……?!」

にちか「お、【おしおき】……!?」

モノクマ「前回の事件ではちゃんとしたおしおきが出来ずに消化不良でしたからね! 今回はきっちりしっかりと最後までやり通しますよ!」

モノスケ「ようやく、ようやく血が見れるんやな! この時を待ちかねたで!」

モノファニー「ひえ……グロいのだけは嫌よ……」

甘奈「あーあ……時間切れか。甜花ちゃんと、みんなといよいよお別れしなくちゃなんだね」

甜花「な、なーちゃん……!!」

甘奈ちゃんは指で涙を掬い上げた。
今から迎えるその時に備えて、不出来な笑顔を作ろうとしている。
24 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:38:41.90 ID:zl78yZoQ0

モノクマ「今回も、超研究生級のギャルである大崎甘奈さんのために、特別なおしおきを用意しました!」

甘奈「あはは……散々時間をもらって話したつもりなのに、まだ物足りなく感じちゃうや」

甘奈「もっと色んなところに行って、もっと色んな服を着て、もっと色んな思い出を作りたかったな」

甘奈「でも、もう甘奈にはそれは叶えられない……だから、この思いは全部、甜花ちゃんに託します」

甜花「え……?」

それはどこまでもぎこちない。
肩もこわばって、口角もちゃんと上がってない。
目に見える、死への恐怖に私たちの肌も引き締まる思いだ。

モノクマ「それでは張り切っていきましょう!」

甘奈「甜花ちゃんの体には、甘奈と全く同じものが流れてるから。甜花ちゃんがこれから一生懸命生きてくれれば、甘奈の想いもきっと叶うんだよ」

甘奈「甘奈たちは最高の姉妹……そうだよね?」

甜花「うん……わかった、任せて……!」

どこまでも私たちは無力だ。
今目の前で殺されようとする友達に向けて、手を伸ばすだけで何もできない。
彼女を守ることはできない。
25 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:39:33.61 ID:zl78yZoQ0





モノクマ「おしおきターイム!」

甘奈「……最後に、お返事を聞けて良かったよ。甜花ちゃん」

消えゆく命を、訪れゆく別れを……そのままに受け入れることしかできなかった。




26 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:40:44.21 ID:zl78yZoQ0
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       GAMEOVER

オオサキさん(いもうと)がクロに決まりました

     おしおきをかいしします




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27 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:41:57.28 ID:zl78yZoQ0

ありとあらゆるコンテンツで溢れかえったこのエンタメ飽和時代!
女の子たちはこぞってスマートフォンに夢中になって、数秒にも満たない動画を次々に消費していきます。
目を引く何かがないと、あっという間に画面の外へとスワイプされちゃう無条理。
甘奈さんは女の子たちの注目を集められる華々しい存在になることができるでしょうか?

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めざせ☆インフルエンサー

超研究生級のギャル 大崎甘奈処刑執行



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スマートフォンを模した直方体の装置へと放り込まれた甘奈さん。
出して欲しいと必死に液晶を叩きますが、当然出れるはずはありません。
甘奈さんの必死さとは無関係に流れ始める音楽。
流行りのポップスを1.5倍速かいくらかにした曲はピッチも上がって耳鳴りがするほどに甲高い。

……おっと、甘奈さん。そんなにボーッとしてていいんですか?
曲が流れているのに棒立ちだなんて、この時代じゃそんなショートスナップビデオはすぐにスワイプされちゃいますよ!
28 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:43:13.67 ID:zl78yZoQ0

ズガン! ズガン!

向こうのほうから、音楽にいまいちノれていない女の子の映ったスマホは次々に潰されていきます。
指先一つでどんな人の人生も簡単に潰せてしまうんだから、情報化社会は恐ろしいですね。

ズガン! ズガン!

このままじゃ自分も潰されてしまう!
それを察した甘奈さんは意を決して踊り始めました。
幸い、この曲自体は知っていました。
キャッチーな振り付けで話題を集めて、同世代の女の子が似たり寄ったりな動画をいくつも投稿していたので。

ズガン! ズガン!

どんどん他のスマホが潰されていく中で、甘奈さんは持ち前のビジュアルと動きのキレでなんとか生き残っていきます。
ブッサイクな踊りを披露したモノスケの入ったスマホがすぐ隣で潰されようとも、甘奈さんは怯まず踊り続けました。

その結果……どうでしょう。
甘奈さんのスマホからは無数のハートが吹き上がり始めたのです。
それは、同世代の女の子たちから支持を獲得した証拠。
追いきれないほどのインプレッションが一気に押し寄せるバズの到来です!



……でも、甘奈さんは所詮は一般人。
どれだけインターネットで持て囃されようと、ちょっと可愛い素人どまり。
過ぎた名声は時に身を滅ぼします。
スマホから吹き上がったハートは画面の上を一気に埋め尽くし、甘奈さんはハートの中に生き埋めになってしまいました。

やれやれ、バズるというのもいいことばかりじゃありませんね。
29 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:44:35.84 ID:zl78yZoQ0
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モノクマ「はい、これで終了! みんなご苦労さん!」

モノタロウ「うわー! モノスケー!」

モノファニー「う……う……」

モノファニー「でろでろでろでろでろ……」

モノダム「オイラタチノ兄弟ガ二人モ死ンジャッタ……」

甘奈ちゃんの命が目の前で奪われた。
芹沢さんの時とは違う、正真正銘の本物の死。
甘奈ちゃんの尊厳を嘲笑うような理不尽で悪趣味な最低最悪な死の形に私はむせかえるほどの嫌悪感を抱いていた。

甜花「なーちゃん……が……」

愛依「マジでサイアク……なんでこんなことができんの……?」

樹里「ふざけんな……ふざけんなよ! ただ命を奪うだけじゃなくて、どうしてテメーらはそんな死体に砂をひっかけるような真似ができるんだよ!」

モノクマ「そりゃこれがおしおきだからに決まってるじゃん! おしおきは断罪でも、処罰でもない……求められるのは酒の肴になるぐらいとびっきり派手でユーモラスな死なんだよね!」
30 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:46:53.41 ID:zl78yZoQ0

真乃「ふざけないでください……! 私たちは見せ物なんかじゃないんですよ……っ!」

モノクマ「うぷ……うぷぷぷ……」

円香「……何がおかしいんですか?」

モノクマ「いやさ、オマエラってば散々人のことを見せ物にしておいて、それをよく棚に上げられるなって思うんだよ」

にちか「はぁ……?」

モノクマ「オマエラも経験あるでしょ? ニュースやワイドショーで芸能人の訃報なんかを聞いて、次の日の学校でその話題で盛り上がったこと!」

モノクマ「どんな気持ちで死んでいったのか、とか……残される遺族はこれからどうするんだろう、とか」

モノクマ「そんな偽善すら頭によぎることもなく、死を話題にした数秒後には平然と笑顔を浮かべられる」

モノクマ「そんな異常者たちに文句を言われる筋合いはボクにはないよ!」

恋鐘「う、うちらが異常者ならあんたはなんね!」

恋鐘「ただ殺すだけじゃなくて、人の死を笑うなんて……人のすることじゃなかよ!」

モノクマ「ボク、クマなんですけど! ヒトじゃないんですけど!」
31 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:48:35.15 ID:zl78yZoQ0

モノクマ「まあそんな言葉の揚げ足取りはともかくとして、ボクはオマエラと違って異常であることを受け入れているからね」

モノクマ「自分のものじゃない死なんて、所詮見せ物に過ぎない。エンタメの一つだって、そう捉えてしまう誰しもが持つ異常をボクは受け入れているんだ」

モノクマ「だからどれだけ糾弾されようがノーダメージ! 正常ぶった異常者に何を言われようが全く痛くも痒くもないもんねー!」

凛世「そんなもの……ただ自分を肯定するだけに都合よく作られたあなたさまの理屈です……!」

モノクマ「ま、ボクはこれ以上オマエラと問答をする気もないからね。道徳の授業をやりたいなら、せいぜいオマエラで好きにやりなよ!」

バビューン!!

モノタロウ「あっ……お父ちゃんが帰っちゃった! ど、どうしよう……オイラたち、もう3人になっちゃったよ!?」

モノファニー「うぅ……心ぼそいわ……心にぽっかり穴が開いたようよ……誰かこの穴を埋めてくれないかしら……」

モノダム「二人トモ、安心シテ」

モノタロウ「モ、モノダム?」

モノダム「モノスケハオラタチガ仲良クスル邪魔バカリシテタカラ、ムシロ居ナクナッタコトデ、オラタチハヨリ一層仲良クナレルハズダヨ」

モノダム「オラタチデ協力スレバ、キット大丈夫」

モノタロウ「そうだよね……オイラたちには仲間がいるんだ! 絆があるんだ!」

モノファニー「絆がある限り、未来に向かって歩いていけるわ!」

モノダム「ミンナ仲良ク、ダヨ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】
32 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:50:10.10 ID:zl78yZoQ0

円香「……邪魔者はいなくなりましたね」

樹里「……あー! 胸糞悪いな……ったく」

にちか「マジでなんなんですかねー! 勝手なこと言いすぎじゃないですか?!」

恋鐘「甜花……モノクマたちの言っとったことなんか気にする必要なかやけんね?」

甜花「……」

灯織「はい……私たちの感傷を異常だなんて言わせません。甘奈のことを思い、怒る気持ちは正常そのものです」

甜花「そう、だよね……」

不快感だけを撒き散らしたモノクマたちが姿を消し、残された私たちは痛烈な無力感に襲われた。
甘奈ちゃんの死をただ黙って見守ることしかできなかったこと。
モノクマの言葉に反論らしい反論ができず、甘奈ちゃんの死に対して庇い立てができなかったこと。
そして、今こうして遺された私たちの心の片隅のどこかに、生き延びることができたという安堵があること。
そんな弱々しい自分の姿をまざまざと見せつけられたようで、私たちは苛立ちを抱かずにはいられなかった。



あさひ「あー、面白かった!」



そんな中で、更なる不和を生じさせる存在が一人。
33 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:51:56.67 ID:zl78yZoQ0

甜花「え……?」

愛依「あ、あさひちゃん……?」

あさひ「前回はみんなに勝負を挑む側だったっすけど、推理して解き明かす側も面白いっすね! だんだんと謎が解けていく感覚が気持ちよかったっす!」

大切な家族を失って間もない甜花さんを前にして発する言葉にしてはあまりに短慮で、あまりに衝動的。
嬉々として発する様子を見ても、本当に彼女に悪意はないんだと思う。

あさひ「次は誰がどんな事件を起こすのかなー、ワクワク!」

純粋無垢にゲームに向き合っている彼女のその言葉は……甜花さんでなくともイラついた。

にちか「ちょっと……いい加減にしてよ」

あさひ「あ、にちかちゃん。今回の事件、にちかちゃんと協力できて楽しかったっす。一緒に推理するのも面白いんっすね!」

にちか「あのね……お願いだから黙ってよ。あなたがどう思ってるのかは知らない、今のこの状況を楽しんでるのもどうだっていい」

にちか「だけどさ、流石にデリカシーなさすぎてドン引きって言うか、早くどっかいってほしいって言うか……」

にちか「とにかく……このままだとあなたにパンチしちゃいそうだから……黙っててよ」

自分でも「あっ」て思った。
思っていたよりも強い言葉が自分から飛び出したので、自分の中にも誰かのために本気で怒れるぐらいの思いやりはあるんだって気づいた。
34 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:53:00.41 ID:zl78yZoQ0

でも……ちょっと、行きすぎてたと思う。

あさひ「えっ……」

芹沢さんは私の言葉に少し面食らった表情の後、なにやら寂しそうな顔をした。

あさひ「にちかちゃんも……そうなんすか?」

にちか「はぁ……?」

あさひ「……なんでもないっす。わたし、先に戻ってるっす」

(……やけにあっさり引いたな)

芹沢さんは肩を落として、トボトボと歩いてひと足先にエレベーターで地上へと上がっていった。

樹里「にちか……ちょっと言い方キツすぎたんじゃねーか」

にちか「あ、いや……でも……」

樹里「……まあ、難しい相手だけどさ」

(……そんなこと言われても、あんな子相手なんだししょうがなくない?)
35 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:54:21.69 ID:zl78yZoQ0

甜花「……」

芹沢さんがいなくなって、ひとまず甜花さんが不必要に傷つくことは無くなったけど……甜花さんの表情は相変わらず沈んだままだ。
甘奈ちゃんのおしおきの時から、茫然自失といった感じ。

霧子「甜花ちゃん……やっぱり、ズキズキ痛むよね……」

凛世「生まれた時より共に過ごされた相手を亡くした心痛……察して余りあるものがございます……」

甜花「なんで……なーちゃんじゃなくて、甜花が生きてるんだろう……」

(……!)

私たちの言葉に、ぽつりぽつりと甜花さんは独り言のように言葉を漏らし始めた。

甜花「甜花は臆病者だし……怠け者だし……」

甜花「ここから先、一人で生きていける自信がない……」

自分を貶める弱音がつらつらと続いていく。
やっぱり、お姉さんとして、事件の結末に納得のいかない部分は多いんだろうし、共犯者の自分がなぜ、という感情はよく理解できた。
36 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:56:45.06 ID:zl78yZoQ0

甜花「なーちゃんじゃなくて、甜花がおしおきされてれば良かったのに……」

でも、そうだとしても……甘奈ちゃんから託されたものを忘れたような言葉はダメだ。
それを甜花さんが口にすることは、何よりも虚しい。

にちか「それはダメ!」

甜花「え……な、七草さん……?」

私自身が甜花さんと同じだから、口を挟まずにはいられなかった。
自分たちの望まぬ形の幕引きを迎えて、私だって不本意な生き永らえ方をしている。
それでも自暴自棄にならず、投げ出さないでこうして歩み続けることを選んだ。

にちか「そんな言葉……甘奈ちゃんに聞かせられるんですか? 自分だけが生き延びちゃったのは不本意だし、こんな結末を望んでないってのもわかります……」

にちか「でも、だからってその結末から逃げちゃうのは……その結末まで一生懸命に走り抜けた甘奈ちゃんのことを否定するのと同じだと思うんです」

甜花「……え」

にちか「私は今、ルカさんの信念を無駄にしないために生きてます。私とルカさんのやったことはきっと正しいことじゃなかった。それでも……」



にちか「最後の最後までもがき続けようとしたルカさんのあり方自体は正しかったって思ってるので!」



まあ、それは自分の力だけでこうなったわけではないけど。

真乃「……」
37 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:57:57.42 ID:zl78yZoQ0

それでも、今の私の意志はちゃんと固まってる。
他の人の支えがありながらだけど、ちゃんと生き抜こうと決めた。
ルカさんの思いに一番間近で触れた私が生き抜くことで守れるものがきっとあるから。

にちか「甜花さん……お願いです。死ぬべきなのは自分だったとか、そんな虚しいこと……考えないでください!」

甜花さんにもそうであってほしいと願って、私は手を差し伸べた。
私の背中に生えた翼はもう血で汚れて、穢れてしまっているだろうけど……悪魔が心変わりしたっていいじゃん。

甜花「七草、さん……」

霧子「甜花ちゃん……胸に手を当ててみて……」

甜花「……」

霧子「トクン、トクンって音を感じるでしょ……?」

霧子「それは甜花ちゃんと一緒に歩いてきた200グラム……甘奈ちゃんと同じ200グラムだよ……」

甜花「なーちゃんと、同じ……」

霧子「だから、甜花ちゃんが生き続けてる限り……甘奈ちゃんも生き続けてるんだよ……」

甜花「そ、か……甜花は今もなーちゃんと一緒に、生きてるんだね……」

愛依「うん! そーだよそーだよ! 家族の血の繋がりって切っても切れないかんね!」

私たちの言葉を受けて、甜花さんは表情を一変させた。
これまでずっとみてきたどこか自信がなさそうな表情ではなく、輝きとまではいかずとも、確かな光の携えた凛とした表情。
その表情に、ほんの少しだけ……甘奈ちゃんが重なって見えた。

恋鐘「よーし、そんなら地上にうちらも戻らんね! みんなで揃って新しい一歩を踏み出して行くばい!」

透「だね。レット・イット・ビー」

真乃「うん……行こう!」

エレベーターにみんなで揃って乗り込んで、地上へと戻っていった。
きっとこれから先の未来には、みんなで歩む未来には、燦然と輝く光があると信じて。
38 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:58:44.63 ID:zl78yZoQ0



でも、それは見当違いだったのかもしれない。
みんなで歩む未来なんてものは_____あっという間に絶たれてしまったのだから。

地上に戻った私たちを待ち受けていたのは……




あさひ「みんな遅かったっすね。待ちくたびれたっすよ」




39 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 21:59:53.81 ID:zl78yZoQ0

にちか「せ、芹沢さん……?!」

ひどく胸騒ぎがした。ついさっき私が強引に追い払った時とは違って、彼女には笑顔が戻っていた。
悪意の一切ない、純粋無垢な眩すぎる笑顔。
彼女の笑顔は眩すぎる、それゆえに、私たちに影を落とす。

あさひ「でもおかげで、円香ちゃんの才能研究教室……じっくり見てこれたっす」

円香「……は?」

やられた……!
あの時の彼女は反省して出て行ったわけじゃなかったんだ。
私たちが甜花さんを励ますのに集中しているその隙をつくために、抜け出すための口実に【私は利用された】んだ……!
40 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 22:00:44.58 ID:zl78yZoQ0

あさひ「いやぁー、ビックリしたっすよ。わたしたちはすっかり騙されてたんっすね」

円香「……やめて、何のつもり」

あさひ「円香ちゃんの才能、てっきり超研究生級のコメンテーターだと思ってたんっすけど……あれ、嘘だったんっすね」

円香「それ以上は、冗談じゃ済まない」

あさひ「円香ちゃんの才能研究教室にコメンテーターっぽいものなんて一つもなかったっす。いや、それどころか……芸能界っぽいものすら。モノクマの言ってた才能ってのもいい加減なものっすね」

円香「……っ!」

にちか「ちょ、樋口さん?!」


気づけば樋口さんは芹沢さんに向かって駆け出していた。
その口を塞ごうとしたんだと思う。
樋口さんはらしくなく取り乱した様子で、その手を芹沢さんに向かって伸ばしていたけど……



間に合わなかった。


41 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 22:01:35.88 ID:zl78yZoQ0





あさひ「円香ちゃんは【超研究生級の内通者】っすね?」





42 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 22:02:32.16 ID:zl78yZoQ0



にちか「え……?」



私たちにあったのは、全員が横並びで歩む未来なんかじゃなかった。
そんなものはとっくの昔に根底から崩壊していた、ハリボテの未来。

私たちは幻想に魅入られていただけなんだとその時に理解したんだ。
43 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 22:03:13.78 ID:zl78yZoQ0
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CHAPTER 02

退紅色にこんがらがって

END

残り生存者数
12人

To be continued…



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44 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 22:05:33.63 ID:zl78yZoQ0


【CHAPTER02をクリアしました!】

【アイテム:デビ太郎とエン次郎のキーチェーンを手に入れました!】
〔大好きな姉の大好きなものは自分も大好き。姉妹の絆を何よりも雄弁に語る証拠は持ち主を失った〕

45 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/15(金) 22:08:49.43 ID:zl78yZoQ0

というわけで2章はここまで。
大崎姉妹の入れ替わりネタはシリーズ一作目の時からやりたいなと思っていたのですが、タイミングを逃してしまっていたので、
ここでやっと書くことが出来て満足しています。

今回は途中でかなり間を空けてしまって申し訳ありませんでした。
前スレでも言った通り、これからは進行方法を多少変えて更新の際はをペースをある程度は維持できるように努めて参ります。

さて、三章は裁判終了まですでに書き終わっているので近いうちに更新できると思います。
ある程度準備をし終えたら、また再開いたします。

またよろしくお願いします。

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/15(金) 23:14:23.02 ID:tcUu/ZUI0
更新ありがとうございます&お疲れ様です
第二章もすごく楽しませていただきました
続きの更新も楽しみにお待ちしてます
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/16(土) 07:56:33.80 ID:GDvTFpOA0
事件のトリックはシンプルなのにシンプルだからこそほころびが出にくくて強固なのに加えて、
双子の入れ替わりによって犯人が特定できないという点で真相が分からなくなるという点がとても面白かったです。
特に血縁での参加は原作では1の絶望姉妹ぐらいしかなく、原作だと見られないようなギミックでよかったです。
大崎姉妹の絡んだ連続事件は1作目の3章でもありましたが、その時はただ利用されるだけだったのが
今回はシンプルかつ難解な事件を仕立て上げていてその違いも面白いと思いました。
相変わらずトリックスター的に動きの読めないあさひなども含めて今後の展開が楽しみです。
48 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:40:46.05 ID:AAQxISte0
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      GAME OVER

 ハチミヤさんがクロにきまりました

    おしおきをかいしします



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49 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:42:17.18 ID:AAQxISte0

いつの時代も私たちを熱狂させてくれるもの。
それは元来、神への捧げ物としての側面を持ち、いつしか大衆からは見せ物として興じられるようになったもの。
自分たちでは辿り着けなかった高みでプレーを行う彼ら選手たちを見て、人々は期待し、興奮し、そして同じ時を生きていることに感謝をするのです。

____最終的には、自分たちと同じように選手もいつか死ぬということを噛み締めながら。

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      おしおき近代五種

超研究生級のスポーツタレント 八宮めぐる 処刑執行



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さあ今年も始まりました、生と死の祭典『御臨終ピック』!
我が国を代表して戦ってくれるのは、おしおき界のサラブレッド八宮めぐる選手!
彼女はこれより自らの肉体を武器にモノクマーズたちと鎬を削ります!
50 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:43:17.04 ID:AAQxISte0

近代五種はフェンシング、水泳、馬術、ランニング、射撃を一人で行うスポーツの極地!
最初に挑むのはフェンシング。
しなやかな身のこなしでモノキッドの防具の隙間を見事に突いてみせました。
続いての水泳も、モノスケを全くものともせず。単独ぶっちぎりで泳ぎ切ります。
馬術だって何のその! モノタロウが落馬している間にあっという間にゴールライン!
ランニングはむしろ得意分野。モノファニーにコーナーで差をつけます!

そして最後に挑むのは射撃。遠く離れた的を狙って狙って……当てた!
モノダムでは当てることができなかった的を見事ぶち当てて、見事金メダル獲得です!

表彰台の上で、私たち応援していたファンに手を振ってくれる八宮さん。
その姿にはステージで朗らかな笑顔を浮かべるアイドルの姿も重なって見えそうです。



でも、彼女はあくまで一般人。
その背中に翼はないし、陽の当たる場所にいる存在ではないのです。
首に下げられたメダルの輝きは、彼女にはあまりにも眩しく、良くないものまで惹きつけてしまったようです。

ガブッ

頭から巨大な『何か』に齧られてしまった八宮さん。
そういえば昔、競技者をそっちのけでメダルを齧った不届きものがいたとかいないとか……

やれやれ、見ている側というのはいつも傲慢なものなんですね。
51 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:46:34.50 ID:AAQxISte0
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      GAME OVER

 アリスガワさんがクロにきまりました

   おしおきをかいしします




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52 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:47:59.50 ID:AAQxISte0

有栖川さんは名家の生まれ。
物心がついた時から、周りから教育的指導を施され、淑女としての立ち居振る舞いは体にすっかり染み付いているそうです。
まだ成人して間もないというのに、見上げたものです。
そんな彼女がまさか社会通念の、マナーを間違えるはずがありませんよね?

さあ、それでは検証してみましょう。
彼女がどこまで文武両道であるのか、何よりもわかりやすいこのテーブルマナーという指標で!

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       最後の晩餐

超研究生級の文武両道 有栖川夏葉処刑執行



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モノクマーズたちと共にテーブルを囲む有栖川さん。
モノクマによる給仕が粛々と進んでいきます。
パン、スープ、前菜、副菜と並べられていきますが、それに全て適切な対処をしていく有栖川さん。
バターをパンに塗る時は一口台に千切ってから、スープを飲む時には音を立てず、食材を切るときには人差し指をナイフの柄に添えて。
もちろんナプキンだって二つ折りにして、膝の上。
ボロを出せばすぐに電流を流して指導をしてやろうと控えていた講師モノクマもこれには思わずハンカチを食いしばります。
53 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:48:36.28 ID:AAQxISte0

そしてとうとう食事は主菜の局面へ。
肉汁たっぷりのハンバーグが並べられますが、有栖川さんはこれをキチンとしたマナーで食べることができるのか……!?

見事! 肉汁をこぼすことなく綺麗に運んで口まで持っていきます。
付け合わせのライスも左手のフォークで器用に取って見せました。
食器同士で音を立てることなく、皿の上をむやみに汚すこともなく。
完璧なマナーで食事を終えて、ナプキンの縁で口を拭く有栖川さん。

彼女に指摘すべき粗などありません。
彼女はまさに完璧な淑女そのものなのですから!



でも、彼女が完璧だったとしても、共に卓を囲んでいる連中がそうとは限りません。
モノクマーズは犬食いみたいになって飯をかっこんだり、ナイフとフォークを雑に入れ替えて使ったり、食器をぶつけてガチャガチャと何度も音を立てたり。さっきから講師モノクマの教育的指導を何度も受けています。
そして食らった高圧電流のせいで、モノタロウの持っていたパンが、ついうっかり有栖川さんの卓上のグラスを横倒しにした上で服の元へ。

有栖川さんは驚いて慌てて席を立ってしまいました。
おやおや、席を立つというのに給仕を待たずに椅子を雑に引いたりして。
物音を立てるのはマナー違反ですよ!

ビリビリビリビリ!

肉が焼けてしまうほどの超高圧電流を浴びて有栖川さんはすっかり押し黙ってしまいました。
どんなにマナーが完璧でも、他人を慮る気持ちがなくてはいけませんよね。
食卓の場に死体を並べるなんてマナー違反を犯した有栖川さんはそのままずるずると引きずられてダストシュートに投げ込まれてしまいましたとさ。
54 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:49:23.65 ID:AAQxISte0





『ご覧ください! これは歴史資料の映像でも、ましてSF映画のワンシーンでもありません』





55 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:50:08.67 ID:AAQxISte0

『これは今まさに我々の生きている時代の中で起きている現実そのものなのです』

『■月より武力衝突を繰り返していたA国とB国、衝突が長期化するにつれ投じられる兵器も過激化しておりましたが……ついにB国はその一線を超えた形となります』

『国際協定により使用が禁止され、多くの国により放棄が宣言されている超特殊兵器』

『B国はA国首都攻略の決め手とするために超特殊兵器の使用へと踏み切りました』

『このことには世界中から広く非難が集まっており、周辺の国々には兵器使用に伴う……ザザへの影響も懸念されております……』

『我々の住まうザザ……もその影響は……ザ……と見られ……ザザ……』

『政府の提言する……ザザ……へと期待とザザ……集中し……ザザ』



プツン!!


56 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:51:35.35 ID:AAQxISte0
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      CHAPTER 03

   見ていぬうちに巣食って

      (非)日常編




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57 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:52:51.86 ID:AAQxISte0

あさひ「円香ちゃんは本当は超研究生級のコメンテーターなんかじゃない」



あさひ「_____超研究生級の内通者だったんっすよ」



にちか「は? な、なにそれ……?! なにを言ってるの……?!」

円香「……」ギリッ

芹沢さんを制そうと手を伸ばした樋口さん。
その口を塞ぐにはわずかに足らず、芹沢さんから語られた衝撃的な事実を前に、私たちの間には混迷が立ち込めた。
58 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:54:23.54 ID:AAQxISte0

円香「……あんた、最低だね。私たちを欺いて、一人で私の才能研究教室に忍び込んでたんだ」

あさひ「あはは、いまの今までみんなを騙してた円香ちゃんが言うんっすか?」

円香「……」

凛世「お待ちください……あさひさんは円香さんの才能研究教室でなにを目撃なされたのですか……?」

凛世「内通者と断ずるまでの物が、そこにあったのですか……?」

あさひ「んー、言葉で説明するのは難しいっすね。実際に見てもらった方が早いっすけど」

芹沢さんはチラリと樋口さんの方を見る。
奥歯をぎりりと噛むが、抗うそぶりはない。
樋口さんはここまで来ればもう手遅れ、隠し切ることは不可能だと諦めてしまったのだろう。

あさひ「みんなで一緒に円香ちゃんの才能研究教室、行ってみるっすよ!」

芹沢さんはすぐに校舎の方へと走り出した。
私たちは顔を見合わせ、少し逡巡したが、ぞろぞろと芹沢さんの後をついて行った。
教室に着くまでの道中、樋口さんは口を開こうともしなかった。
59 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:55:47.77 ID:AAQxISte0
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【超研究生級の???の才能研究教室】


「……な、なにこれ」

部屋に足を踏み入れた瞬間私たちの目に飛び込んできたのは、部屋中を埋め尽くす白と黒のモノトーンの世界。
それは私たちにとっては死と絶望の象徴に他ならない。

「ひ、樋口さん……あなたは、一体……?」

部屋の異様さはそれに留まらない。
これから戦争でも始まるのかと言わんばかりの銃火器が壁にいくつも架けられ、ラックには手のひら大の爆弾のようなものがゴロゴロと乱雑に並べられていた。

あさひ「見ての通りっすよ。少なくとも円香ちゃんは間違っても超研究生級のコメンテーターなんかじゃないっす」

あさひ「それにこの部屋を埋め尽くしてる白と黒……モノクマたちと丸っ切りおなじっすよね」

円香「……」

愛依「で、でもそれだけじゃグーゼンかもしんないじゃん?! 円香ちゃんが裏切り者だなんて……」

あさひ「____証拠も、あるっすよ」

狼狽する愛依さんの勢いを即座に殺したペラ一の書面。
そこには、私たちがこの学園生活で飽きるほどに見てきた【モノクマが堂々と鎮座していた】。
60 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:57:14.54 ID:AAQxISte0

甜花「こ、これ……モノクマの、図解……?」

灯織「……モノクマの中の機構や搭載されている武装まで事細かに書かれていますね」

樹里「こんなもん……黒幕側の人間じゃなきゃ、手に入んねーだろ……」

書類には専門的なことも書かれていてその内容の全てを理解することは難しいが、
少なくとも私たちのようないち学生が通常手に入れられるようなものじゃないのは確かだ。
モノクマという存在が秘めている危険さ、凶悪さがつらつらと書き連ねられている紙は、持っているだけで悪寒すら感じさせた。

円香「違う……私も何のことだか分からないの……ただ、部屋を与えられて、そこにこれがあっただけのこと……!」

あさひ「いや、そんな言い訳は通用しないっすよ。みんなこの学園に来た時に聞いてるはずっすよ?」

あさひ「わたしたちの【才能】は潜在能力や可能性から総合的に判断して割り振られているって」

私もそうだ。これまでのバイトの経験とか、趣味で蓄積した知識とかそういうところから決めたって言われたんだっけ。
才能研究教室はそんな才能を伸ばすための設備が整備されている部屋だ。
樋口さんの部屋に並んだ武器の数々は、彼女の才能というのが他の人を傷つけうるものだというのを証明している。
61 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:58:17.46 ID:AAQxISte0

あさひ「みんな、その言葉通りに自分の才能にある程度の納得はいくものがちゃんと決められていると思うっす」

あさひ「円香ちゃんも、この部屋に入った瞬間に思ったんじゃないっすか?」

あさひ「ああ、やっぱりって」

円香「……そんなわけ、ない」

樋口さんは何度も芹沢さんの言葉を否定した。
でも、もう私たちの中の疑念は強まっていくばかりだ。
樋口さんを疑うという方向に一度傾いてしまってからは、ズルズルと重力に導かれるように引き摺り込まれていく。
樋口さんへと向けられる視線は信頼の熱を失っていき、裏にある何かを見極めようとする冷めた嫌疑の視線へと変わって行ってしまった。

樹里「……実際なんなんだ、円香。あんたがモノクマに与えられた才能ってのは」

円香「……分からない」

真乃「え……?」

円香「分からないの、本当に。目を覚ました時にもモノクマーズたちが姿を表したけど……」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

モノタロウ『キサマの才能は【超研究生級の映画通】だよ! よく日常的に映画を見てるって聞いたからね!』

モノファニー『最近お気に入りの映画館も閉鎖されちゃったって聞いたわよ、御愁傷様ね』

透『あー……ども』

モノスケ『ほんでキサマの才能はやな……』

円香『……』

モノスケ『……いや、ええか。キサマには言わんでええやろ』

円香『……は?』

モノキッド『ミーたちからわざわざキサマに伝えずとも、キサマの体はキサマの才能をしっかりと覚えているはずだぜッ!』

モノタロウ『うん! これから始まる学校生活の中でキサマはキサマ自身の才能を思い出す瞬間がきっと来るはずだよ!』

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
62 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:59:19.61 ID:AAQxISte0

透「あー、そういえば……言ってたか」

円香「私の才能は学園生活の中で思い出す時が来る……そう聞いた。自分だけ才能とやらを割り振られていないのも変に勘ぐられたくないから、コメンテーターって便宜上嘘をついていただけ」

恋鐘「でも、こがんもん見せられたら……」

灯織「そのモノクマーズの言葉の意味も違って聞こえてきますね……」

樋口さんが才能を覚えていない。
その言葉をそのままに受け取るにしても、信頼を置くかどうかは難しい問題だ。
誰かを信頼して、痛い目を見たという経験は私たちには既に覚えがありすぎる。

そして、私たちの疑念を後押しするかのように、奴らがやってきた。

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「うわ! なんだこれ! 部屋一面お父ちゃんカラーでいっぱいだよ!」

モノファニー「すごいわ! 部屋中からお父ちゃんの臭いがしてるわ! 獣臭くて栗の花臭いわ!」

モノダム「……ミンナ、ツイニコノ部屋ニヤッテキタンダネ」

いつもはうざったくて仕方ない連中だけど、今の私たちは何よりも回答を欲している。
私たちは彼らに飛びつくようにして質問を投げかけた。

にちか「ねえ、この部屋は一体なに!? あなたたちと樋口さんはどういう関係なの!?」

モノタロウ「ど、どういう関係……って言われても……」

モノタロウ「な、なぁ……オイラたちとはなにも、ないよな……円香」

円香「はぁ?」

モノファニー「ムキー! アタイという女がありながら、他の女に手を出したの!?」

にちか「そ、そういうおふざけは今いいから!」
63 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:00:38.10 ID:AAQxISte0





モノダム「……樋口サンハ、オラタチノ【オ母チャン】ダヨ」





64 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:02:01.40 ID:AAQxISte0

にちか「……は?」

一瞬、時間が止まった。
内通者だとかなんだとか言われても、この部屋を見てもなお、私たちの中には微かながら信用したいという気持ちが残っていたわけで。
なんとかそのか細い火を消さないように、なんとか必死になっていたのに、モノダムの一言でそれは簡単に吹き消されてしまった。

樹里「なっ……なに言ってんだ……?」

円香「な、何を言い出すの……!? 私が、あんたたちの……何……!?」

モノタロウ「なんだよ! 急に他人ヅラすんなよな! オイラたちのお母ちゃんのくせに!」

愛依「お、お母さんって……えっ?! 円香ちゃんってもう産んでんの?! ケーザンフなん?! 17の母なん!?」

恋鐘「そ、そんなわけなかよ! 大体人間がロボットを産むことなんてできんよ!」

モノタロウ「たとえお母ちゃんがオイラたちに腹を痛めてなかったとしても、お母ちゃんはお母ちゃんだよ。その愛は本物なんだよ」

円香「意味がわからない……やめて、吐き気がするから」

樋口さんは顔面蒼白といった様子だった。
擦り寄ってくるモノクマーズたちに何度も後退りして、呼吸がどんどん浅くなっていく。
65 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:03:18.96 ID:AAQxISte0

モノファニー「認知しなさいよ! お母ちゃん!」

円香「こ、来ないで……!」

モノダム「認知シテヨ、オ母チャン」

円香「知らないから……!」

どん。
追い詰められた樋口さんは壁に背がぶつかり、その場にずるずると垂れ下がり、座り込んだ。

透「ちょい待ちなって」

流石にそれを見かけた浅倉さんがモノクマーズたちの前に割り込む。
樋口さんの方を一瞥すると、一回頷いてから気迫のある声で連中を威圧した。

透「急に言われてもこっちも分からんし、全部説明してよ。理由、樋口がママだっていうなら……最初っから」

モノタロウ「うっ……お母ちゃんがどうしてただの女から母になったのか、息子が一番語りたくない話題だ」

円香「その言い方はやめて」
66 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:04:21.77 ID:AAQxISte0

モノファニー「思春期の質問はお父ちゃんに聞いてもらいましょう! お父ちゃ〜ん!」

バビューン!!

モノクマ「かわいいかわいい我が子たちの父を呼ぶ声に答えてボク、参上!」

モノクマ「おっと……これはこれは、大した惨状でございますね」

円香「モノクマ……あんた、これは……この部屋はどういうつもり?」

モノクマ「どういうつもり、か……面白い質問だね。それを一番よく知ってるのはオマエだと思うんだけどな」



モノクマ「まあ、この部屋にあることが全てとしか言えないかな。樋口さんはボクたちの【お仲間】だってことは間違いないよ」



(仲間って……断言した……?!)

樹里「おい……もし適当なこと言ってんだったら承知しねーぞ……」

モノクマ「おっと、こわいこわい。出産期のヒグマでもそこまで獰猛じゃないよ」

あさひ「モノクマはこのコロシアイについては嘘をつかないはずっす。そうじゃないとフェアじゃないっすから」

モノクマ「芹沢さんの言う通り! ボクの判断で勝手にゲームの根幹を揺るがすような発言はしないよ」

モノクマ「まあそれでも疑うと言うのなら、この部屋をよく調べてみるといいよ。ボクと樋口さんを繋ぐ証拠なら、山のように見つかると思うからさ!」

モノタロウ「お母ちゃんもちゃんとオイラたちのことを認知してね!」

モノファニー「お母ちゃんにとっては沢山いる子供のうちの1匹に過ぎないかもしれないけど、アタイたちからすれば唯一絶対のお母ちゃんなんだから!」

モノダム「母ノ愛ニ飢エテルンダ」

円香「……」
67 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:04:52.80 ID:AAQxISte0


樹里「……モノクマたちの言うことをそのまま鵜呑みにするわけにはいかねー。円香、この部屋を隅々まで調べさせてもらうぞ」

円香「……うん」

霧子「円香ちゃん……ジッとしててね……」

透「……」

樋口さんを壁にもたれかかせたまま、私たちは部屋の捜査を開始した。
明確な回答をモノクマたちはくれなかった。
自分たちの手で、『お母ちゃん』『仲間』その言葉の意味を確かめなくちゃ。

……まさか、あの裁判の直後で仲間のことを疑わなくちゃならなくなるなんて。

68 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:06:08.33 ID:AAQxISte0
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【ホワイトボード】

キャスター付きのホワイトボードにはモノクマーズたちの写真が貼り付けられ、説明書きが付け添えられている。

霧子「モノクマーズの一人一人に、詳細な役割が書いてあるね……」


『モノタロウ:本計画においてモノクマの補佐を行うモノクマーズのチームリーダー。チームの統率を行う他、定期報告を行う』

『モノファニー:本計画における対象者のケアマネジメントを行う。AIにより心理学・神経学において専門的な判断が可能』

『モノスケ:本計画における運営コストの計上、修正を行う。また、何か問題ごとが起きた際の記録を取りまとめ、レポートとして提出する』

『モノキッド:本計画における設備開発・修繕・維持を行う。電気系統の管理も担う』

『モノダム:計画参加者の生活をサポートする。和洋中のあらゆる料理を作成可能な他、清掃や洗濯も可』


灯織「モノクマーズは役割分担が明確にされていて、綿密な連携を測っているようですね」

甜花「あんまり、その通りに出来てるようには……見えないけど……」

(モノクマーズの役割だなんて、こんな情報……外部の人間が持っているはずがない)

(やっぱり、こんな情報があるなんて樋口さんは……)
69 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:07:38.98 ID:AAQxISte0

真乃「ほわっ……? ね、ねえ……この右下のロゴはなんだろう……?」

にちか「真乃ちゃん?」

真乃ちゃんが指さしたのは、モノクマーズの写真の右下にプリントされていたロゴマーク。
動物の性別を指し示すような♂のマークによく似ているが、○の部分がやけに大きいように見える。

霧子「これは……火星のマークかな……?」

にちか「火星、ですか……?」

霧子「うん……あのね、惑星にはそれぞれ指し示す記号が割り振られていて……惑星にまつわる神様に縁のある記号が用いられているんだ……」

霧子「火星の神様は……アレス……戦争と暴乱の神様だよ……」

にちか「なっ……そ、そんな物騒な……」

霧子「妹さんのアテナとは違って、アレスは血を見ることが好きで、自分の膂力に任せた戦いを好んだんだ……」

真乃「で、でもそんな神様のマークが……どうしてここに……?」

霧子「うーん……どうしてだろう……?」

70 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:08:51.85 ID:AAQxISte0
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【青いファイル】

手榴弾がゴロゴロと並べられたラックの端に、おおよそ武器とは思えないものが置かれている。
手に取ってみると、分厚い装丁がなされた、クリップ式のファイルだと分かった。
試しにパラパラと数ページを捲ってみる。

『報告書
本計画の参加者15名の選出が完了した。選出に関しての条件は十代二十代の健康的に優良な女性であることとし、条件を満たす応募者の中から無作為に選出を行なった。参加が決定した15名の情報は次頁より付記するものとする』

やたら畏まった形式の文書から始まったかと思うと、次に出てきたのは履歴書のような紙の束。
顔写真と共に、名前や住所、血液型や体重、更にはこれまで来歴までもが事細かに記されている。

ただ、問題なのはそのいずれもが……私たちの情報であると言うこと。
このコロシアイに参加させられているメンバーの中から樋口さんを除いた15名の情報が事細かに記されていた。
当然私もそんな書類の作成をした覚えもないし、聴取をされたような覚えもない。『条件を満たす応募者』の『応募』にすら心当たりもない。
一方的にこちらのことを知られている感覚は、肌の上を虫が這い回るような嫌悪感を抱かせた。
71 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:10:15.20 ID:AAQxISte0

『以上の15名を計画の参加者とする。』

これで終わりなら、まだ良かった。
私たちが何かを忘れてしまっていることはとっくに周知の事実だから。
ファイルに綴じられているのが私たちの個人情報だけなら、まだ不気味なこともあるものだで済ませられたのに。

『参加者は15名だが、その枠とは別に現場管理者が一名参加する。なお、参加者には現場管理者であることは伏せ、他の参加者同様に無作為に選出された者として扱う。現場管理者として参加するのは次の者』

『樋口円香』

「……!」

そこに写っている顔写真も、書いてあるプロフィールも。
何もかもが私たちの知る樋口円香その人、目の前で顔色を悪くしている彼女だった。

(現場管理者……? 私たちとは別枠……?)

書いてある言葉の意味がすぐには噛み砕けなかった。
要するには彼女はこのコロシアイにおいては私たちのように参加させられた身などではなく、むしろその逆。
彼女はこのコロシアイに参加者として混ざることで現場をコントロールすることを任じられている、と言うことだろう。
72 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:11:13.53 ID:AAQxISte0

(い、いやいやそんなわけ……!?)

往生際の悪い目玉はそれでも、偽りであると言う証拠を必死に紙の上に探した。
この文面が偽造かもしれないと弱い心に縋って、視線を走らせて、そこにたどり着く。
長きにわたる報告書を締めくくる、末尾の署名と捺印。



『報告者 樋口■■』



「樋口……■■……」

そこに並んだ名前を、思わず口に出して読み上げてしまった。その苗字の一致を偶然で片付けてしまいたかった。
その名前を口にすることで霧散させたかったのかもしれない。

だけど、人間の反射的な反応は制御できるものなんかじゃない。
樋口さんは、明らかに……私が読んだ下の名前に反応を見せてしまった。びくんと肩を振るわせて、こっちの方を見ている。

「なんで……【私の父親の名前】を……?」

最早、決定的だった。
73 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:12:26.11 ID:AAQxISte0
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灯織「……」

凛世「……」

部屋を一通り確認し終えた私たちの中に生まれた疑念は最早確信へと変わっていた。
樋口さんとモノクマたちの繋がりは最早確定的に明らか。
彼女の親族がこのコロシアイを主導する立場にあり、彼女もまた、そのコロシアイの中で私たちをコントロールするために参加している。
芹沢さんが内通者だと糾弾したその理由を知り、私たちは自分でも理由のわからない震えに襲われた。
これは怒りなのか悲しみなのか、樋口さんに向けている感情がわからなかった。

モノクマ「これで分かってもらえたかな? 樋口さんは紛れもないモノクマーズのお母さんなんだよ」

モノタロウ「お母ちゃん、これで認知してくれるよね!」

円香「……」

樋口さんは心ここに在らずと言った様子で、何の反応も返さずに部屋を後にしようとする。

透「ちょっと、待ってよ」

その柳の枝のような右手を、浅倉さんが掴んだ。
74 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:13:31.13 ID:AAQxISte0

透「どこ行くの」

円香「……」

透「……一緒に行く」

円香「却下……着いてこないで」

透「いーや、強行します」

円香「着いてきちゃダメなんだって……!」

樋口さんはブンと腕を振って浅倉さんの手から脱すると、走り去ってしまった。

真乃「透ちゃんは、このこと知ってたの……?」

透「ううん。樋口が部屋に入るの拒んで、踏み込まん方がいいなってなってたから。今知り」

透「いや……今も、知らんけど」

(……浅倉さんは、樋口さんが内通者だって事実を認めたくないんだろう)

(これは、そういう口ぶりだよ……)
75 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:15:55.37 ID:AAQxISte0

樹里「なあ、円香はこのコロシアイが始まってからずっとあんたらとつるんでたのか?」

モノファニー「やあねえ、そう見える?」

モノダム「キサマラノ見テイタ通リ、オ母チャンモキサマラト同ジ条件デ参加シテイタヨ」

モノクマ「でも、彼女は紛れもない。ボクらの味方だよ。これは天地神明に誓ったっていいさ」

モノクマはコロシアイの運営に関しては平等だ。
悪戯な嘘をついて掻き乱すような真似はしてこない。
それに、私たちが自分の目で見た証拠がそれを裏付けてしまっている。

あさひ「あはは、面白くなってきたっすね。わたしたちの中には黒幕だけじゃなくて、その仲間までいたなんて!」

あさひ「一体わたしたちにとっての仲間って……なんなんすかね?」

恋鐘「そ、それ以上混乱するようなこと言わんとって!」

凛世「……凛世たちは、所詮出会って一週間と少ししか経っていない間柄」

凛世「そこに抱いていた結束感など……まやかしだったのでしょうか……?」

真乃「り、凛世ちゃん……! そ、そんなことないよ……っ!」

甜花「う、うぅ……」

76 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:17:25.72 ID:AAQxISte0

モノクマ「やれやれ、やたらと前向きなのもうざったいけどジメジメされるとそれはそれでうざったいもんだね」

モノクマ「しょうがない、ここらで一発空気を入れ替えるための起爆剤を投入してあげますか!」

灯織「き、起爆剤……?」

モノタロウ「あのね、キサマラは二度目の学級裁判を乗り越えたでしょ?」

モノタロウ「だからオイラたち、また頑張って【ご褒美】を用意したんだ!」

霧子「それって……新しいエリアの開放、ですか……?」

にちか「そういえば……1回目の裁判の後に三階まで行けるようになったんでしたっけ」

モノダム「ウン、ダカラ今回ハ更ニソノ先ニイケルヨウニナッタンダ」

透「ってことは……4階?」
77 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:18:09.33 ID:AAQxISte0

モノファニー「それと中庭エリアにも才能研究教室をもう一個開放しておいたわ!」

モノファニー「浅倉さん、ちょうどキサマの才能研究教室よ!」

透「お、マジで?」

モノクマ「樋口さんのことで頭がしっちゃかめっちゃかになってるだろうけどさ。そこで浮かび上がってきた疑問に対する答えももしかすると4階で見つかるかもね」

灯織「……それって、また思い出しライトがあるってことですか?」

モノクマ「おっ、察しがいいねえ! 流石、主人公格なだけあるよ!」

灯織「は……?」

モノクマ「ま、さっさと行ってきなよ! 証拠は逃げないけど時間は有限だよ!」

モノクマに促されるまま行動するのは癪だけど、私たちは新エリアという餌に飛びついた。
今はそうでもしていなければ気が狂ってしまいそうだったから。
この学園に来てから積み重ねた信頼関係、その根底が揺るがされているという事実に目を向けたくなかったから。
もっと別に没入できるものを追い求めていたんだ。
78 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:20:41.00 ID:AAQxISte0

2章が終わって間もないですが、さっそく3章を更新していきます。
本章においても、前章同様に(非)日常編および非日常編の安価行動はカットして学級裁判より安価進行を行う予定にしています。
夜の空いた時間にちょびちょび更新していきますので、また気が向いたときにでも覗いてやってください。

それではしばらくまたよろしくお願いします。
79 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:22:33.35 ID:M+ISIvdH0

真乃「にちかちゃん、灯織ちゃん……今回も一緒に行動してもいいかな?」

灯織「うん……もちろん」

(今たしかに信じられるのは……この二人ぐらいなのかな)

にちか「……先にマップでどこを調べるべきか見ておこうか」

灯織「モノクマの言っていた通り……4階が新しく開放されたんだね。4階には【才能研究教室】が三つ、それとこれは……【空き部屋】が三つあるみたいだね」

にちか「それと、中庭エリアで【超研究生級の映画通】の才能研究教室も開放されてるんだったよね」

灯織「浅倉さんの才能研究教室か……わざわざ屋外に作るってどういうことなんだろう」

にちか「もしかして、本当の映画館だったりして?」

真乃「さて、どこから調べに行く?」

にちか「うーん……そうだな……」

80 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:23:14.40 ID:M+ISIvdH0
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4階に足を踏み入れた瞬間、背筋を何か冷たいものが撫でた。
これはコロシアイの中で感じた身に差し迫る不安感とかとはまた違う……純粋な悪寒だ。
フロア全体の雰囲気がこれまでのどのエリアとも違った、もの寂しくそして不気味な空気で満たされている。

灯織「まるでお化け屋敷みたい……これ、本当に学校なんだよね……?」

にちか「ホント、モノクマたち何考えてるかわけわかんない……どういう意図の内装なの、これ」

真乃「私たちを怖がらせたいのかな……何か近づけたくない秘密があるのかも……!」

にちか「うーん……どうなんだろう」
81 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:24:13.68 ID:M+ISIvdH0
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【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

4階の廊下の一番奥の突き当たり。
おどろおどろしい廊下の雰囲気とは不釣り合いな扉が私たちを待ち受けていた。
扉には血管のように緑色のネオンが走っていて、鼓動するように点灯している。

甜花「こ、これ……! 甜花の才能研究教室……!!」

にちか「あ、あー……みたいですね……」

(甜花さんはインドゾウかってぐらいに鼻息を荒くしている……)

灯織「ストリーマーの才能研究教室……ということは配信設備、撮影機材などが中にあるんでしょうか?」

甜花「うん……多分。でも、扉からしてゲーミングだから、多分ゲーム実況寄りだと思う……!」

真乃「ゲーム実況って……ゲームをプレイしながら、おしゃべりすることだよね……?」

甜花「うん、ちょっと前まではアングラなジャンルだったんだけど……今では市民権をしっかり獲得して……トップ層は、ドームでイベントまでやってる……!」

にちか「へー……あんまりそういうの見ないんで知りませんでした」
82 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:25:19.22 ID:M+ISIvdH0

甜花「とにかく、中見てみよう……!」

と、意気揚々と扉に手をかけた甜花さんだけど。

甜花「あ、あれ……? 鍵、かかってる……?」

灯織「あっ、甜花さんどうやらこの扉……鍵がついてるみたいですよ。ドアノブの下あたりを見てください」

甜花「え……? あっ、ホントだ……でも、甜花……鍵、持ってない……」

にちか「え、この部屋は結局入れないってことです?」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「鍵をキサマに渡すのを忘れるのを忘れにオイラ参上!」

モノファニー「もう、そんなに忘れちゃうなんてモノタロウったらうっかりさんね〜」

灯織「で、出た……モノクマーズ!」

甜花「な、何しに来たの……?」
83 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:26:42.15 ID:M+ISIvdH0

モノダム「キサマラガコノ部屋ニ入レズニ困ッテルミタイダカラ、鍵ヲ持ッテキタンダヨ」

モノタロウ「ほら、そこのストリーマー候補のキサマ! 手を出してみて!」

モノダム「コレガコノ部屋ノ鍵ダヨ。無クサナイヨウニ大事ニシテネ」

甜花「あ、ありがとう……」

甜花さんに手渡された鍵は一つきり。
鍵穴にはすんなりとはまって、回すとかちゃりと音を立てた。

にちか「これ、鍵としてはこの一つしかないの?」

モノファニー「そうよ! 配信において親フラは忌避すべきものだから、対親用セキュリティも万全にしてるのよ!」

モノタロウ「大崎さん以外の人が部屋に入りたい時は、隣の【インターホン】を鳴らして中にいる人に知らせるようにしてね!」

モノタロウ「この部屋には外の世界からの声も振動も何も届かないから、気持ちを込めてインターホンを押すんだよ!」

モノタロウ(聞こえますか……あなたの心の中に直接語り掛けています……)

モノタロウ「ってね!」

なるほど、モノタロウの言うとおり、カードキーの横には呼び出し用と書かれた赤いスイッチがついている。
これを押せば中にいる人に呼びかけることができる仕組みなんだろう。

モノダム「ソレジャアミンナデゲームヲ楽シンデネ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

灯織「それじゃあ早速入ってみますか?」

甜花「うん……! 中に何があるか、確かめないとね……!」

真乃「ふふ、甜花ちゃんの好きなゲームがあるといいね……っ!」

(調査のため、というよりは私欲のためっぽいな……)
84 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:27:41.98 ID:M+ISIvdH0


マップ上で見ていても、4階の多くの面積を占めていた部屋だけど、入ってみて合点がいった。
とにかくゲームの配信となると設備が膨大なのだ。
ゲームのコンシューマーを並べるのだけでも一苦労なのに、モニターが複数個あったり、大きなサーバーを並べたり。
設備としては最新鋭のものを揃えているらしいことは、鼻息を荒くしている甜花さんを見て私でも理解できた。

甜花「す、すごい……! まるでテーマパークみたい……!」

灯織「……圧巻、ですね。あまりゲームは詳しくないんですが、こんなにも媒体に種類があったんですね」

甜花「えと、そうだね……家族向けの、親しみやすい……よくCMやってるカチッとハマるやつとかはこっちにあるみたいだけど……」

甜花「全然市場に出回らない白い長細いやつとか、4Kフレームでプレーできる黒いやつとか……据え置きのもいっぱいあるし……」

甜花「そ、それより……こ、これi9のゲーミングPC……! なんなら、自作もできるようにグラボもメモリもいっぱい置いてある……!」

甜花「配信者垂涎の、ワンダーランド……!」

にちか「よ、よく分かんないですけど……多分すごいんですよね……?」

すっかり目を奪われて自分だけの世界に浸ってしまった甜花さん。もはやこちらの言葉は届かないらしい。
私と灯織ちゃんと真乃ちゃんは、甜花さんの邪魔をしないように、部屋の探索を行った。
85 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:28:47.63 ID:M+ISIvdH0


灯織「さっきのモノクマーズの話にもあったけど、この部屋の出入り口はカードキーでロックされてるこの扉一枚だけみたいだね」

真乃「オートロックなのかな……?」

灯織「試してみようか、私が一度出てみるから二人は見ててもらえる?」

灯織ちゃんが扉を出ると、すぐにガチャンと音を立てて、テッドボルトが伸びて施錠が行われた。
何度か灯織ちゃんがドアノブを引いたようだけど、扉は動かない。
真乃ちゃんの言っていたとおり、この部屋は出るとオートロックになっているらしい。
確認が終わると扉の鍵を内側から開け、灯織ちゃんを部屋に招き入れる。

灯織「この様子だと、この部屋に自由に出入りができるのは甜花さんだけになりそうだね……」

にちか「どうしても入りたい時はインターホンを鳴らして中の人に開けてもらうか」

真乃「甜花ちゃんと一緒に部屋に入るか、だね?」

灯織「うん……そうなると思う」

つまりは、簡単にこの部屋は密室にすることが可能と言うことだ。
密室という言葉が脳裏を過ぎるとなんとなく、嫌な気がするのは私だけだろうか。
86 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:30:05.44 ID:M+ISIvdH0


部屋の中に並んでいる機材の多くはゲーム配信用のものらしく、私が見ていてもよく分からないものばかりなのだけど……

そんな中で、私でもわかるものがあった。
ゲーム機やPCとは少し違っていて、ガラスの扉が付けられて、中からものを取り出すことができる直方体の箱。
しかもその箱は私が見上げるぐらいには高さがある。

にちか「これ……【3Dプリンター】じゃない?」

真乃「ほわっ……3Dプリンターって、データを書き出して立体物をその場で作ってくれる機械のことだよね?」

にちか「うん……前にテレビで見たのにすごくよく似てる。建築資材とか、ああいうのにも今は使われてるんだって」

灯織「あっ、それ私も見たかも……今ってもう家自体を3Dプリンターで作ることも可能なんだってね」

にちか「すご……生で見たの初めてかも」

灯織「家庭用も出てるとはいえ、まだ結構な値段がするもんね……」

操作としてはそこまで難しいものではないらしい。
別で用意したデータを取り込むほか、その場でスキャンして同じ形のものを作り出すこともできるみたい。
87 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:31:17.94 ID:M+ISIvdH0

灯織「……大丈夫かな」

真乃「灯織ちゃん? どうしたの?」

灯織「3Dプリンターといえば、ニュースで見た話題として気になることがもう一つあるんだよね。二人は見たことない?」

灯織「拳銃を印刷して犯罪に使った事件……」

にちか「……!」

私も軽く聞いたことくらいはある。
モデルガンを元にして、発射機構をいじり、実弾を撃てるようにしたとか。
勿論実際の拳銃と同じ機能を持ったものを作ったり所持したりなんて行為は違法。
普通じゃ考えられないけど、私たちが今置かれている状況はその普通からは程遠い。
法律なんか、なんの抑止力にもならない。

灯織「ちょうど樋口さんの才能研究教室で武器がいっぱい見つかったところでしょ? あれを元手に量産なんかされたら……」

にちか「さ、流石にそんなこと……」

灯織「ないとは言い切れないでしょ? 他の人たちも信頼できる人ばかりじゃないし」

(ひ、灯織ちゃん……)
88 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:32:05.62 ID:M+ISIvdH0

灯織ちゃんの口調には、出会った直後の冷淡さが戻ってきてしまっていた。
他の人の信頼を向けることを恐れ、むき出しの敵意で自衛する。その敵意が私たちに向けられたものではないにせよ、もの寂しさを感じずにはいられない。
その様子に先ほどの樋口さんとのことが尾を引いているのは明らかだった。

灯織「あの、甜花さん……いいですか?」

甜花「ひゃうっ?! な、なに……?」

灯織「こちらにある3Dプリンターなのですが、監視をお任せしても良いでしょうか? その……これを使えば凶器を作成するのも可能になるので」

甜花「きょ、凶器……そっか、そうだよね……」

灯織「甘奈さんの事件を乗り越え、にちかの言葉に耳を貸してくれた今の甜花さんになら預けられると思ったんです」

(まあ、元々カードキーのこともあるし甜花さんに任せるしかないのはあるよね……)

甜花「う、うん……頑張る、ね……!」

芹沢さんに樋口さん、あの二人をここに近づけないようにした方がいいのは確かだろうな。

89 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:33:07.20 ID:M+ISIvdH0


甜花「あ、あれ……? なんだろ、これ……」

にちか「甜花さん、どうかしましたか?」

部屋に入るなり、ゲーム機を持って何やらモニターに接続しようとして右往左往していた甜花さん。
急に私たちの前でその足を止めた。

甜花「えとね……ゲームをモニターに繋げるのに一般的なケーブルがこのHDMIケーブルっていうやつなんだけど……」

甜花「このゲーム機に接続されてるケーブルの口……見たことないやつなんだよね……」

思わずと私たちは顔を見合わせた。
この学園で得体の知れないケーブルと言われれば、思い当たるのはただ一つしかない。

にちか「て、甜花さん! そのケーブルちょっと借りてもいいですか!」

甜花「う、うん……いいよ……」

甜花さんからいただいたケーブル、その端子のところを見てみると【YMHM】の四文字が見えた。
間違いない、地下の隠し部屋のモノクマの修理に必要なケーブルのうちの一つだ。

にちか「ありがとうございます甜花さん……! このケーブル、お借りしても?」

甜花「うん、使い道もないしいいよ。あげる……」

真乃「ありがとうございます……! あの、お礼に必要なケーブル探すの手伝うよ……っ!」

甜花「え、あ、ありがとう……あ、でも大丈夫……ケーブル接続用のハブがあったから、これで事足りる……」

これで修理用のケーブルも二本目。
徐々に集まってきたな。
90 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:35:21.86 ID:M+ISIvdH0
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【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】

4階に上がってすぐ右手にある教室は杜野さんのための才能研究教室だ。
大和撫子、そんな漠然と抽象化された才能をどう表現するのかと思っていたけれど、いざ目にすると圧巻の一言だった。
無数の襖にショーケースの中の掛け軸、生花、鎧甲冑に雛人形……くどいまでの和風の押し付けに大和撫子という表現に納得する以外の選択肢は与えられない。

あさひ「なんだか物がいっぱいあって博物館みたいな雰囲気っすね!」

愛依「そー? うちはどっちかっていうと婆ちゃんちみたいな雰囲気感じるけどね」

(それは愛依さんのお婆さんの家が凄いってだけなんじゃ……)

凛世「あさひさんの言う通りでございます……ここに所蔵されているものは、歴史的にも価値のある逸品が多く……」

真乃「ほわ……そ、そうなんだね……凛世ちゃん、詳しいの?」

凛世「お姉さまから伝え聞いた程度の知識ですが……あの屏風は安土桃山時代を代表する画人である狩野永徳の一品……」

凛世「あちらの生花に使われている陶器は、人間国宝に名高い井上萬次先生の有馬焼にございます……」

灯織「え……? 流石にレプリカじゃないの……?」

凛世「……いえ、おそらくは本物だと思います。本物であることを証明する鑑定書が高尚な鑑定士様の実印付きで置いてありますので……」

にちか「そ、それヤバくない……? 何百万、何千万……下手したら何億とかの世界の話だったりしない……?」
91 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:37:25.61 ID:M+ISIvdH0

あさひ「ふーん、この日本刀とかも本物なんすかね?」

ブンブンッ

愛依「ああああああさひちゃん?!?! ちょい、素手で触っちゃダメだって! べ、ベンショーとかなったら払えないでしょ?!」

凛世「あさひさん……その刀は妖刀と名高い村正です……! 早くお手を離した方がよろしいかと……!」

あさひ「妖刀? それってなんっ______」



チュワワワワ〜ン



あさひ「……」

愛依「あ、あさひちゃん……?! えっ、ちょ、マジ……?」

あさひ【我は伊勢国は桑名にてその呪力を研ぎ澄ませし妖刀村正なり……】

あさひ【天下に巣食う徳川の血を根絶やしにすべく……今この稚児の身を乗っとらせてもらった……】

あさひ【血をッ! 血をッ! 徳川の首をよこせッ!】

愛依「や、やばいやばいやばい……! あさひちゃんが村正に取り憑かれちゃった……!」

灯織「そ、そんな……村正は本物だった……伝説も本物だったなんて……!」

凛世「お二人とも落ち着いてくださいませ……凛世も除霊の心得程度はございます……見様見真似ではございますが……あさひさんのお身体は凛世が取り返します……!」

(……やれやれ)
92 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:38:32.00 ID:M+ISIvdH0

にちか「ちょっと、揶揄うにしてもやり方を選んで。この人たち異常にピュアだから、本気にしちゃってるよ」

真乃「ほ、ほわっ……!? じょ、冗談だったの……?!」

あさひ「あはは、にちかちゃんよく分かったっすね」

灯織「え……?」

にちか「当たり前でしょ……刀鍛冶のスタンドじゃないんだから、そんな現代まで呪力が残る刀なんかないって」

愛依「よ、よかった〜! うち、マジであさひちゃんが村正に乗っ取られちゃったのかと思って……」

灯織「わ、私も信じちゃいました……あさひ、演技にしてもよく知ってたね。村正は伊勢国の伝説の刀だって」

あさひ「ああ、それはさっき知ったんっすよ。ほら、これ」

真乃「その本……随分と古いみたいだね。古文書……みたいなものなのかな?」

凛世「古今呪儒撰集、元禄の時代に佐野大伍郎によって修正された怪奇本の一つでございますね……」

凛世「江戸の世に伝わる古今東西の超常的な噂話から言い伝えまで広く集成した本です……」

にちか「ふーん……ここにその村正の話も載ってたんだ」

あさひ「そうっすね。ほら、ここのボールペンで印つけてるとこが村正のお話のとこっす」

灯織「あ、本当だ……『伊勢国桑名』って読める」

にちか「……ん? その本もまさか、本物だったりして……」

凛世「どうみても、本物……現物でございますね……」

愛依「あさひちゃん……それ、ボールペンつかって書き込んだん? マジで?」

あさひ「そうっすよ? ページめくったら分かりにくくなっちゃうじゃないっすか」

愛依「あさひちゃん……この学校出たら、自首しよう。うちも一緒に謝りに行くから……」

(……この子、この部屋に近づけない方がいいんじゃ)
93 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:39:42.65 ID:M+ISIvdH0
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【空き部屋】

4階に上がって、左手に進むと三つの部屋が並んでいるのが目に入る。
非常に簡素な作りをしていて、部屋ごとに区別をつけるための看板も何もない。
扉自体も軋む音がするぐらいには年季が入ってしまっている。

樹里「なんだ? この部屋……まるで使い道がわかんねー……何にも無いし、薄気味悪いな……」

西城さんのいう通り、部屋に首を突っ込んでのぞいてみても家具や置物の類の一つもない。
照明すらもまともになく、壁に取り付けられた蝋燭だけがメラメラと風に揺れていた。他の二つの部屋も同じだ。

灯織「わざわざモノクマたちが何の用途もない部屋を作るとも思えないですし……何かに今後使う予定でもあるんでしょうか?」

にちか「にしても何もなさすぎじゃない? 暗すぎて本の一冊も読めない感じの部屋だし……」

真乃「地図にも何も書いてないよね……」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「このお部屋はコワーキングスペースだよ!」

にちか「こわ……何て?」

モノファニー「新しい生活様式に対応して、リモートワークのお仕事も増えたでしょ? そんな人たちのためにアタイたちもこの三部屋を仕事部屋として貸し出してるの!」

樹里「誰に貸し出すってんだよ……この学園にはアタシたち以外誰もいないだろ」
94 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:40:48.01 ID:M+ISIvdH0

灯織「それって要は……使用用途のない部屋ってことなの?」

にちか「えー、結局そうなのー?」

モノタロウ「い、言えない……! 予算が足りなくて、リフォームが間に合わなかったなんて……オイラ言えない……!」

モノファニー「い、言えない……! あまりにも部屋がボロすぎて、床板や壁板を張り替えるだけでもお金がめちゃくちゃかかるなんてアタイ言えない……!」

モノダム「特ニ理由ハナインダケド、今コノ部屋ハ空イテルカラキサマラノ自由ニシテイイカラネ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「行っちゃった……結局この部屋は何もないんだね……」

樹里「はぁ……ンだよそれ……締まらねーな……」

ここに来て随分と急に投げやりになったものだ。
私たちを追い詰めることにあれだけ全力を賭していた相手なのに、何の仕込みもない部屋なんて拍子抜け。
95 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:42:09.50 ID:M+ISIvdH0

いや……油断してもいいんだろうか。
モノクマたちなら、この無策っぷりにも何か裏があってもおかしくない。
とはいえ、その裏とやらは全く見えてこないんだけど。

樹里「ま、ここを見ててもしょうがねーってことだな。他のとこでも見てくることにするよ」

にちか「あ、はい……! また後で!」

灯織「……ちょっと、つらそうだったね」

にちか「え? 西城さんのこと……?」

真乃「うん……夏葉さんとは仲が良かったみたいだし、夏葉さん亡き今、リーダーの役割は樹里ちゃんがやってくれてる感じだから……」

灯織「塞ぎ込む時間もなく、色々と抱え込むことになって負担になってないかな……」

にちか「……二人ともすごいな、よく他の人のこと見てるんだね」

真乃「う、ううん……そんな、たいしたことないよ……!」

そんな大したことないこともまともにできていないのが私なんだよな、と少しだけ思った。
96 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:43:24.92 ID:M+ISIvdH0
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【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】

4階に上がってすぐ左手、折れ曲がった廊下の奥に私たちを出迎える扉がある。
他の雰囲気にそぐわない清潔感のあるクリーム色のスライドドア。
その扉をガラリと引けば、すぐに私たちに花を擽る甘く優しい香り。
思わず頬が緩んで、お腹がぐぅと鳴き始めてしまうような、そんな優しい空気が立ち込めていた。

恋鐘「真乃に灯織ににちか! 丁度よかタイミングに来てくれたとね!」

にちか「恋鐘さん……こ、ここは恋鐘さんの才能研究教室、です?」

霧子「うん……恋鐘ちゃんの……超研究生級の料理研究家の才能研究教室だよ……」

灯織「すごい……下の食堂にあった厨房よりも数段グレードの高い設備が揃ってますよ。これなんかパン用の焼き窯オーブンだし……」

恋鐘「その気になればピザも焼けるばい!」

多分、私の頭に浮かび上がるような料理はなんでも作ることができると思う。
食材も一通りのものは揃っているし、なんなら私の知らないような香辛料や調理器具まで揃っている。
料理研究家、なのだから新しいメニューの開発もこれで出来るということなのだろう。

真乃「す、すごい……! それより、恋鐘ちゃん。この美味しそうな匂いはなんなんですか?」

恋鐘「うんうん! こいだけの設備をもろうたけんね、早速霧子と一緒にクッキーの焼いとる!」

霧子「中にフルーツのジャムを練り込んで、優しい甘さにしてるんだ……せっかくだからみんなにも、どうぞ……」

にちか「え、本当ですか〜! やった〜! 恋鐘さんの料理マジでプロ顔負けって感じなので超期待しちゃいますよ!」

恋鐘「全然期待してくれてよかよ! うちん料理は世界一たい!」

私たちは月岡さんが自信満々に差し出したクッキーに舌鼓を打ちながら、部屋の探索を開始した。

97 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:45:23.19 ID:M+ISIvdH0


キッチンスペースの隅、部屋の一角には大きな四角形の柱のようなものが鎮座している。
床から天井まで突き抜けていて、動かしたりできるようなものではないみたい。
扉もついているけれど、これはいったい……?

恋鐘「こいはダストシュートみたいやね! 料理の時に出た廃材なんかをまとめて投棄するためのスペースばい!」

灯織「なるほど、料理となるとどうしてもゴミが多く出るのでわざわざ捨てに行かないといけないのかと思っていましたけど……ここはゴミ捨て場に直結してるんですね」

扉を開いて覗き込んでみる。だいぶ遠くのほうに生ごみが山積しているのが見えた。
この扉から投入すれば、そのまま生ごみはそこまで落下していく寸法だ。

恋鐘「食堂の厨房とパイプを共有しとるみたいやけん、たぶん位置関係的にもこの教室は厨房の真上になっとるんよ」

にちか「あー……そうなんですね、料理はお任せしてたのであんまり知らなかったです……」

霧子「あんまりダストシュートの中のごみは処理されてないのかな……? 随分とたまってるみたいだけど……」

恋鐘「うん〜、モノクマーズは微生物を使って分解する仕組みになっとるって言っとったけど実際どこまで効果があるんかはようわからんとよ」

霧子「そっか……それじゃああれは微生物さんたちのごちそうなんだね……」

にちか「あの、それより早く扉を閉じません? 匂いとかガスとかヤバ気なんですけど……」

灯織「あっ……そうだね、ごめん」
98 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:46:34.23 ID:M+ISIvdH0


にちか「この部屋……ガスコンロもIHもあるんですね」

恋鐘「両方完備してくれてるのはほんに重宝するばい。やっぱりガスの方が瞬間的な火力も出るけん、料理の時には出番が多かよ」

恋鐘「でもIHは温度の加減がしやすくて、温度のキープがしやすかよ。併用できるに越したことはなか!」

灯織「分かります。お鍋で煮込む時なんかはガスコンロだと目を離せなくなりますし、一長一短ですよね」

霧子「ガスコンロを使う時にはガス漏れをしないように気をつけなくちゃ……」

真乃「ふふ、家庭科の授業でも習ったよね。この奥のバルブが元栓で、ちゃんと閉まってるか、緩んでないかの確認をしてから使うんだったっけ……」

恋鐘「ちなみにコンロはここ以外にも、カセットコンロもあるばい。そこの調理器具倉庫の中に、持ち運びのできるガスコンロがあったとよ」

にちか「おっ、それじゃあ鍋パーティも出来るんですね!」

恋鐘「そやろそやろ〜! 誰かん個室で集まって闇鍋パーティばい!」
99 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:47:53.58 ID:M+ISIvdH0


灯織「すごい数の包丁ですね……」

真乃「それぞれ用途が違うんだね、刃の形や柄の長さ。研ぎ方も違うみたい」

恋鐘「こいは洋包丁、肉切り包丁ばい。正面から見るとVの形になっとって、お肉を押すようにして切るのに向いとるばい」

恋鐘「で、こいが和包丁。刺身を切り出す時とかに使う、板前包丁やけんね。押すよりも引く方が切れやすくなっとるばい」

恋鐘「先っぽが尖っとらん長方形のこいが菜包丁。最近はあんま見んとやけど、繊維を傷つけんとまっすぐ垂直に切れるから食感を損なわんばい!」

霧子「わ……! 詳しいんだね……!」

恋鐘「ふふーん、厨房に立ってもう何年になると思うばい?」

包丁の知識を披露して得意げになっている恋鐘さんの傍で、私は一人あの時のことを思い出していた。
包丁というのは私にとって、記憶を引き摺り出すトリガーになってしまっている。
あの時掴んだ柄の長さ、太さは掌の中で未だ息づいたまま情報のだし、この先一生その感触を忘れることもないだろうと思う。

(……)

真乃「にちかちゃん……もしかして、ルカさんのこと思い出してる?」

灯織「……」

にちか「あ、あはは……うん、やっぱりちょっとね」

真乃「そうだよね……でも、それを無理に乗り越えようとしなくていいんだからね。にちかちゃんにとってその記憶は決して障害になるものじゃないんだから」

首を静かに縦に振った。
真乃ちゃんの言う通りだ。この記憶が、今の私にとっては前に進む指針なんだよね。

にちか「ありがとう、真乃ちゃん」

真乃「うん……!」
100 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:49:17.49 ID:M+ISIvdH0
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【中庭 超研究生級の映画通の才能研究教室】

さっきは冗談まじりに言っていたけれど、嘘から出た誠というべきか。

にちか「でっか……こ、これが才能研究教室……?」

真乃「どうみても、本物の映画館……だよね」

両手をいっぱいに開いても足りないくらいの敷地に、見上げるぐらい高い天井の真四角な建造物。
学校の一設備とは思えないほどの規模感に、思わず口をあんぐりと開けてしまう。

灯織「こんな設備……学級裁判前には全くみる影もなかったよね? エグイサルの工事のスピード、どうなってるの……?」

エグイサルが学校の敷地内を彷徨いているのは何度となく見てきたけど、確かのこの映画館が立ったのはかなり急な出来事のように思われる。
もっと普通なら、基盤を整えたり、足組を立てたりと必要な工程があるはずだ。
この映画館は、そんな工程をすっ飛ばして、突然に現れたような印象を受ける。

にちか「と、とりあえず中入ってみようか。映画ってのもどれくらいのものが見れるのか気になるし……」

真乃「う、うん……」

101 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:49:49.94 ID:M+ISIvdH0


中も外観に違わず、立派な映画館だった。
全体に敷かれたふわふわのカーペットに、ポップコーンのキャラメルの香りが充満している。
入り口のチケット売り場には巨大なモニターが飾られ、現在公開中なんだろう映画の宣伝映像がループして流されている。

透「多分映画自体は、新しいものはなさそうだね」

にちか「浅倉さん……知ってる映画だったんですか?」

透「うん。割と有名なやつだから」

透「あれが、濃霧の中スーパーマーケットに籠城する映画で」

透「あっちはシングルマザーがどんどん視力を失うミュージカル映画」

透「これは養子に女の子を入れた時から家族に不幸が訪れる……やつだったはず」

にちか「……なんか、ラインナップに悪意がありませんか?」

透「どれも見終わった後気持ちいいもんじゃないね。風呂とか洗濯とか全部終わった後で見た方がいいよ」

灯織「そ、その心は?」

透「やる気を全部持っていかれるでしょう」

(う、鬱映画しかやってないのか……)

にちか「まあモノクマたちのことだからなんとなく予想はできてましたけどね……ここで映画を見る用事は無さそうですね」

真乃「そうだね……私もあんまり得意な映画じゃなさそうかな……」

灯織「映画は見ないにしても、とりあえず中の調査だけはしておこうか」

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