狼魔王とチビ勇者

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34 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/11(月) 18:51:27.74 ID:d/El/tYY0

魔王「待て! お前の献身には感謝するが、今回は事情がある」

秘書「まあ。普段の魔王様ならそのような甘いことはおっしゃらないはず。勇者に魔法をかけられたのですね? 赤子だというのになんと恐ろしい。速やかに排除しなければ……『雪華刃』」キンッ

 ギュオオオッ

魔王「くっ」バッ

 シュパパパンッ

勇者「おおー」キラキラ

秘書(さすが魔王様、この程度じゃ足止めにもならねーか。

魔王様の強さは純粋な肉体の強さ。死の魔法ですら素手で無効化される。正面から戦えばあたしみたいな魔法使いに勝ち目はない。

ひとまず勇者に攻撃を続けて注意を引き、頃合いを見て足元の地面を削るか。割れた地面で体勢を崩させれば勇者を殺す隙が生まれるはず……)コオオッ


魔王(話にならんな。一度秘書を昏倒させねば。

秘書の目的は勇者の殺害、そして吾の目的は勇者を守ること。ならばあえて逆の行動で撹乱する。

次の攻撃が飛んできた直後に勇者を宙へ放り、秘書が視線を上に向けた瞬間彼女の間合いに、……!?)ガクン

 ゲホッ ゴホッ
35 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 18:53:31.32 ID:d/El/tYY0

秘書「!」

魔王(くそ、こんなときに)ハアハア

秘書「……」

 スッ

秘書「取り乱して申し訳ありませんでした。もう赤子を殺す気はありません。お許しください」

魔王(む、なぜ急に態度をひるがえした?)ゲホ

秘書「わたくしを信用できないのはごもっとも。お疑いならこの場でわたくしを殺してくださいませ。抵抗はいたしません」

魔王「……」

秘書「……」

 フッ

魔王「卑怯だな。吾がお前を殺せないと知った上で、そのような提案をするとは」

秘書「! め、滅相もありません。半端な覚悟でいったわけでは」

魔王「わかっておる、もうよい。この赤子は魔王城で育てる。お前はそれを手伝え。よいな」

秘書「魔王様の御心のままに。では城まで転移で帰りましょう」スッ

魔王「転移は赤子には負担が大きい。歩いていくぞ」

秘書「えっ。ですが魔王様、城まではかなり距離がありますが」

魔王「平気だ。行くぞ」スタスタ

勇者「……」ウトウト

秘書「……」
36 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 18:55:48.50 ID:d/El/tYY0

 数時間後

 魔王城 書庫

 コッ コッ コッ

秘書「確かこの本だったはず」スッ

『不老不死の儀式』

 ギィ……トスン

秘書「……」パラパラ

 ピタッ

秘書(あった)

『新月の儀式

強力な魔力を持つ人間を生贄に、対象の魔族を延命、あるいは蘇生する儀式。生贄の体に魔族の魂を移す。具体的な条件は以下。

1、儀式が可能なのは新月の夜

2、生贄は強力な魔力を持つ3歳以上の人間であること。魔力が強ければ誰でもいいが、もっとも適性があるのは勇者である

3、儀式に必要な供物は4つ。銀龍の鱗、悪魔の牙、人魚の涙、グリフォンの羽根

4、対象の魔族を心から愛している者が、魔法以外の方法で直接生贄を殺すことで儀式が発動する。ナイフや剣で生贄の心臓を貫くのが望ましい』
37 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 18:58:10.97 ID:d/El/tYY0

秘書「3歳まで育てる必要があるのか……面倒だな」

 パタン

秘書「勇者も運が悪い。せっかく生き残ったのに、駒として使い潰される運命なんて」

──

秘書の父『また失敗したのか、本当に出来損ないだな。お前は父である私の望みを叶えるために生まれてきたのだ。忠実な駒になるためにね。分かったらお仕置きをはじめよう』ビュッ

 ビシッ ビシッ

──

秘書「……」ギュッ

秘書(あたしもしょせんはお父様と同じだ。自分の望みのために、勇者を生贄にしようとしてるんだから)
38 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 18:59:46.08 ID:d/El/tYY0

 魔王城 食堂

魔王「どうだ、興味を惹かれるものはあるか」

 ズラッ……

勇者「おおー」

魔王「螺旋コウモリのパイ、紫電鳥の丸焼き、毒ニンジンのケーキ。他にもあるぞ、気に入ったものを食べるがいい」

勇者「んっ」ピシ

魔王「毒ニンジンのケーキが好みか、気が合うな。吾も毒入りの料理はよく食すのだ。ぴりっとした刺激がなんともいえず美味い」

勇者「んあ」

魔王「吾に食わせてほしいと? いい度胸だ」スッ
39 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:01:24.44 ID:d/El/tYY0

 ドサドサドサッ!

秘書「なっ、なにをなさっていますの魔王様」

魔王「む、秘書よ。大量の本が落ちたぞ」

秘書「あら失礼いたしました。これは育児本で──ではなく! なにを! なさって! いるのですか!」ダダッ

 パシッ

秘書「人間にとって毒は有害です! 特にこんな小さい子が食べたらすぐに死んでしまいますわ!」

魔王「! そうなのか!?」

 バッ

魔王「本当にすまぬ勇者、お前を殺すところであった」

勇者「あうー?」

秘書(ああん、すぐに謝れるところも素敵……じゃねえ! 心を鬼にしろあたし! このままだと儀式の生贄にするまえに死んじまうぞ!)

秘書「わたくしにお任せください。先ほど人間の幼体を育てるための知識を頭につめこみました。必ずや一人前の勇者に育ててみせますわ」スッ

 ヒョイッ

勇者「んー……」ウトウト

魔王「それは心強いな」

秘書「ありがとうございます。勇者を育てるのはわたくしに任せ、魔王様はお好きなことをなさっていただければ──」

魔王「それはダメだな」スッ

 ヒョイッ
40 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:04:04.01 ID:d/El/tYY0

秘書「魔王様!? 勇者をお返しください」

魔王「吾に託されたのだ。吾が自ら子育てをしなくてどうする」

秘書(あなたに任せるとうっかり殺しそうなんだってば!)

 フッ

魔王「わかっている。吾には人を育てる知識がないといいたいのだろう。吾はこれまで戦いに明け暮れていた。無頼漢に子育てが向かないことは理解している」

秘書「魔王様……」

魔王「だが、だからといって挑戦する前から諦めるのは違う。向いていないという理由で背を向けるのは愚かなことだ。吾は……勇者の子育てに関わっていきたい」

秘書「……」

魔王「手始めにお前が持ってきてくれた育児本を全て読もうと思う。それまでこの子を頼むぞ」

秘書「……わかりました。そこまでおっしゃるなら応援いたしますわ」


『勇者が魔王城に来て2日目』

魔王城 執務室

 パタン

魔王「これで全ての育児本を頭に叩き込んだ。いまや吾は育児のエキスパートだ」フッ

 フハハハハ!
41 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:05:21.76 ID:d/El/tYY0

『勇者が魔王城に来て5日目』

 魔王城 勇者の部屋

魔王「育児本の内容とぜんっぜん違うのだが!?」

 うええ〜ん

魔王「ミルクは飲ませた、ゲップもさせた、オムツも替えた、睡眠も十分、部屋の温度は適正……いったいなにが不満なのだ。育児本によればこれで泣き止むはず」

勇者「ああ〜ん!」ビエー

魔王「ああよしよし、大丈夫だぞ」ポンポン

 バタン

秘書「ハア、ハア……遅れて申し訳ありません。仕事の調整が長引きましたわ」

魔王「もう交代の時間か。遅れたことは気にするな。それより勇者が泣き止まぬのだ。考えられる手は全て尽くしたのだが」

 うええぇええん!

秘書「失礼いたします」ヒョイ

 ポンポン

勇者「ふえ……ぇ。……」

魔王「なっ……秘書よ、魔法を使ったのか? 勇者に魔力耐性ができると困るゆえ、なるべく使わないと決めたではないか!」
42 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:06:28.97 ID:d/El/tYY0

秘書「魔法ではございません。おそらくは体の柔らかさの問題かと」

魔王「なに?」

秘書「魔王様は筋肉の鎧に覆われた素晴らしい肉体をお持ちです。ですがあまりにも戦闘に特化した肉体は、子育てに向きません。端的に申しますと、抱かれ心地が悪いのです」

魔王「……」ガーン

秘書「あっ……でもご心配なく。そのうちこの子も慣れてくれますわ」ポンポン

勇者「あーう」キャッキャッ

魔王「……」


 次の日

秘書「なっ……なにをなさっているのです、魔王様」

魔王「しー、静かにせよ。さっき寝ついたばかりだ」

勇者「ん……」スースー

秘書「そ、そのお姿はいったい」
43 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:07:12.81 ID:d/El/tYY0

 ボヨヨーン

魔王「クッションを服の下に入れてみたのだ。勇者も寝心地がいいのかすぐに寝てくれてな」

秘書「ですがあの」

魔王「どうした」ボヨヨーン

秘書「魔王の威厳というものが……」

 フッ

魔王「威厳など、一ツ目カラスにでも食わせておけばよい。この程度の屈辱、お前に抱かれて泣き止んだ勇者を見たときの悔しさに比べればなんでもないわ!」

秘書(そんなに悔しかったんだ……)
44 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:08:14.95 ID:d/El/tYY0

 その日の夜

 魔王城 秘書室

秘書「……」カリカリ

『報告書 782

とある村で、狼牙の魔王は勇者の赤子を見つけ、即殺害。情け容赦のない姿に部下一同震え上がる。

反乱の時期はいまではない。相変わらず弱点は見つからず──』

 カリカリ……

秘書「……」フウ

 シュルシュル キュッ 

秘書「……」スクッ

 スタスタスタ……ガラッ

秘書「書けたぞ」
45 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:09:11.98 ID:d/El/tYY0

コウモリの死体「早かったですね。まあそのほうがありがたいですけど」

 キュッ

コウモリの死体「では確かにお届けします。お嬢様も大変ですねえ、野良犬くさい城に閉じ込められて」

秘書「無駄口はやめてさっさと行きな、屍術師(ネクロマンサー)」

コウモリの死体「はいはい。ではお元気で」

 バサバサッ

秘書「……」
46 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:10:22.19 ID:d/El/tYY0

『勇者が魔王城に来て2週間後』

 ビエエエエーン!

魔王「うう……これが夜泣きか。魔族は数日寝なくとも平気だからなんとかなっているが、人族の親はどうしているのだ? 強力な回復薬でも常備しているのか?」

 ビエエエエ……

魔王(もしこの泣き声に耐えきれるのだとしたら、人族の親は吾が考えていたような弱者ではなく、歴戦の勇士なのかもしれぬ)

魔王「お前といると、自分の見ていた世界がどれほど小さかったかわかる。礼をいうぞ勇者。だがそれはそれとして」

 ビエエエエーン!

魔王「そろそろ泣き止んでくれぬか……」ゲッソリ
47 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:11:06.13 ID:d/El/tYY0

『勇者が魔王城に来て半年後』
 
勇者「あー……んむ」モグモグ

魔王「……」ハラハラ

秘書「……」ドキドキ

勇者「……んあ」

魔王「よし! 気に入ったのだな。忘れぬうちに書き留めておかなくては。えー、蒸したひよこ豆の──」

勇者「ぶーっ!」

魔王「ああ、すまんすまん。ほら、あーん」

勇者「あーんむ」モグモグ

秘書「食べられるものがずいぶん増えましたわね」

魔王「そうだな。この子は豆のなかでもしっとりとしたものが好みのようだ。今後の参考にしよう」カキカキ

秘書「……本気だったのですね」

魔王「む?」
48 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:11:58.59 ID:d/El/tYY0

秘書「この子を育てるとおっしゃったとき、てっきり気まぐれのようなものかと思ったのです。失礼ながら、すぐに音を上げるのではないかと」

魔王「ふむ」

秘書「ですが、あなたは諦めなかった。この子にとって魔王様は本当の親同然ですわ」

魔王「……違うな」

秘書「えっ」

魔王「勇者の親は別にいる。もうこの世にはいないが、命をかけて勇者を愛し、守った者たちが。吾は一生この子の親にはなれぬ。

その証拠に吾はまだ夢見ているのだ。立派に成長した勇者と戦える日を。そのとき吾はためらいなくこの子を──」

勇者「ひーしょ」

魔王「む!?」バッ
49 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:12:49.70 ID:d/El/tYY0

勇者「ひしょ! ひしょ!」

秘書「えっ、あた……わたくし? わたくしのことですの!? まあ。初めての言葉がわたくしの名前だなんてうれし……っ!」ハッ

魔王「……」ジトー

秘書「ちっ、違いますわよ!? わたくし教えたりなんてしておりません。抜け駆けなんてしてませんからねっ」

魔王「……」フイ

秘書(ああっ、信じてない! そんな、あたしは本当に)

勇者「ま、おー」

魔王・秘書「!?」
50 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:14:56.03 ID:d/El/tYY0

『勇者が魔王城に来て三年後』

 魔王城 中庭

 ピチチ……

勇者「とり!」

魔王「そうだな。何羽いるかわかるか」

勇者「いっぱい!」

魔王「ふはは正解だ。おいで。木陰に座ろう」ケホ

 ドサッ

魔王「ふう……」

勇者「まおー疲れてる?」

魔王「少しな」

魔王(吾も長く生きた。次代に道をゆずる時期が来たのだろう。だがもう少しだけ、勇者が成人するまで生きなくては。

魔王の死に様はおぞましいものだ。子どものうちに見せるわけにはいかぬ)

勇者「……」

 ギュッ

魔王「!」
51 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:15:42.71 ID:d/El/tYY0

勇者「まえね、おれが転んだとき、ひしょがぎゅってしてくれたの。そしたら痛いの消えたんだよ。だからまおーも」

魔王「そうか、ありがとう」ポンポン

勇者「えへへ」

 フワッ……

魔王「! この記憶は……」

勇者「どうしたの?」

魔王「忘れていた過去を思い出したのだ。吾の母も、こうして吾を抱きしめてくれたことがあったと」

魔王(魔王に即位すると、強力な魔力と引き換えに思い出を失う。冷酷な魔王となるために。

勇者は魔王と対極にあるもの。この子がそばにいることで魔力が反発し、記憶が戻っているのか)
52 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:16:14.59 ID:d/El/tYY0

 ピー チチチ……

 サワサワ……

魔王(安らいでいる。吾の生涯でこれほど穏やかなときがあっただろうか)

勇者「ん……」ウトウト

──愛する人と出会って子どもが3人産まれた。俺が強くなれたのはそのおかげだ──

魔王(いまなら木剣の勇者のいった言葉の意味がわかる。子どもというのは不思議な力を与えてくれる存在だ)

魔王「勇者よ。お前は本当に……あたたかい、な……」

 スー……スー……
53 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:17:03.90 ID:d/El/tYY0

 コッコッコッ

秘書「魔王様ー、勇者ー、どこに、……!」

秘書(中庭で仲良く昼寝してたのか。ひだまりのなかで気持ちよさそう。あたしも──)スッ

 ピタリ

秘書(……バカだな、あの2人に加わる資格なんてない。魔王様をスパイし勇者を生贄にしようと企む、自分なんかに。

あたしには吸血鬼らしく、暗がりがお似合いだよ)フッ

 コッコッコッ……
54 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:17:49.83 ID:d/El/tYY0

勇者「……ん」パチッ

魔王「……」スースー

勇者「んしょ」スルッ

 トコトコ

勇者(お花つんであげたら、まおーとひしょ喜ぶかな)スッ

 ピタッ

勇者「やっぱりやめた。お花だって、おれと同じで生きてるもんね。……あれ?」

 ピチ……ピ

勇者「1人でどうしたの? みんなは?」

 ピチュ……

勇者「ケガしてる。大丈夫だよ」スッ

 ポン ポン

勇者「痛いの痛いの、とんでけ」ナデナデ

 ポウッ……
55 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/11(月) 19:18:44.27 ID:d/El/tYY0

 ピチチッ バサバサッ

勇者「わ、元気になった! よかったねえ」スクッ

 ……クラッ

勇者「あ、れ」ペタン

勇者(なんだろ。いま、頭がグルってした)

勇者「……もう、平気かな」スクッ

 トコトコ

魔王「む……う……」ハアハア

勇者(まおー、苦しそうに寝てる)

 スッ

勇者(大丈夫だよ。痛いの痛いの、とんでけ)ギュッ
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/11(月) 22:41:09.23 ID:v7Cm47vEo
おつおつ
57 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:12:56.65 ID:HxBZOUIV0

『勇者が城に来てから4年後』

 魔王城 書庫

勇者「秘書、これ読んで」スッ

秘書「いいぜ。次はどの絵本を──」

『不老不死の儀式』

秘書「……!」

勇者「わからない言葉が少しだけあるから、読んで」

秘書「その本……どうして」

勇者「おれね、この本で魔王を元気にするの。ふろーふし? ってずっと生きるってことでしょう」
58 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/12(火) 19:14:09.83 ID:HxBZOUIV0

秘書「うん……」

勇者「この本読んで勉強して、魔王の寿命をのばすの。そしたら魔王はずっと生きられる」

秘書「だめ、だよ」

勇者「なんで?」

秘書「この本に書かれてる儀式は、全部すごく危ないんだ。手を出したら死んじゃうかもしれないんだよ」

勇者「うん」

秘書「え……」
59 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/12(火) 19:15:16.89 ID:HxBZOUIV0

勇者「いいよ別に。代わりに魔王が生きられるなら」

──

『3歳まで育てる必要があるのか……面倒だな』

『勇者も運が悪い。せっかく生き残ったのに、駒として使い潰される運命なんて』

──

秘書「……め……て……」

勇者「おれが死んでも、魔王が元気に生きられるならそれでいい。秘書と魔王が2人で仲良く暮らせてるって思えば、寂しいのも我慢でき──」

 ギュッ

勇者「? 秘書、どうしたの?」

秘書「……ごめ……なさ……」カタカタ

勇者「寒いの? おれがあっためてあげるね」ポンポン
60 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:16:09.67 ID:HxBZOUIV0

 3ヶ月後

 魔王城 医務室

 ガシャン!

秘書「ダメ、この薬も効かない! いったいどうしたら……っ」

魔王「落ち着け。勇者が怖がる」

勇者「……ぅ……」ハアハア

秘書「あ……申し訳ありません」

魔王「……」ピトッ

魔王(熱が高い。まるで火のようだ)

秘書「魔王様。どうか治癒魔法の使用許可を」

魔王「……それは」

秘書「わかっています。ダメで元々ですわ」スッ

 コオオッ

 ……バチィッ!
61 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:17:25.60 ID:HxBZOUIV0

秘書「きゃっ!」グラッ

 ガシッ

魔王「大丈夫か?」

 ヌルリ

魔王「!」

秘書「……平気ですわ。勇者の様子は?」バッ

勇者「……っ」ハアハア

魔王(変化はないか)

秘書「申し訳ありません。わたくしの力が足りないばかりに」

魔王「それは違う。吾はお前以上の魔法使いを知らぬ。お前に落ち度はない」

秘書「ですがこのままでは」

魔王「ああ」

魔王(この子は勇者としての能力があまりに高すぎる。勇者はどれもある程度の魔法耐性を持つが、この子はずば抜けている。強力な回復魔法を弾いてしまうほどに)スッ
62 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:18:06.68 ID:HxBZOUIV0

 ナデナデ

勇者「……ま、おー?」パチッ

魔王「ああ。ここにいるぞ」

勇者「頭、痛い……体が熱い、よ……」

魔王「大丈夫だ。吾がずっとそばにいるからな」

勇者「ん……」

 スー、スー

魔王(眠ったか)

 スクッ

魔王「吾はいまから、この子を人族の医者に見せに行こうと思う」

秘書「!」
63 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:18:47.63 ID:HxBZOUIV0

魔王「人族の医者なら最適な治療をしてくれるだろう。北の地に腕のいい医者がいると聞いたことがある」

秘書「いけませんわ、魔王様が城を離れるなど。勇者はわたくしが連れていきます」

魔王「その状態でか」

秘書「!」

魔王「不発の魔法は刃となって術者に跳ね返る。幻覚魔法を解け、命令だ」

秘書「……かしこまりました」スッ

 ドロッ

魔王「血だらけではないか……愚か者」
64 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:19:27.26 ID:HxBZOUIV0

秘書「わたくしは平気……っ」クラッ

 ガシッ

魔王「強がるな。立っているのもやっとだろう」

秘書「どうかこのことは、勇者には……」ハアハア

魔王「黙っている。安心して休め、勇者は吾が面倒をみる。吾のことは心配するな。なぜかはわからぬが最近以前より体調がいいのだ」
65 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:20:26.77 ID:HxBZOUIV0

 人間界と魔界の境界 黒の森

 ハッハッハッ……

魔王(ふむ。やはり完全な狼の姿が一番速いな。……そろそろ人間の村が近いか)ザッ

 シュルルル……

魔王「……人間に化けるのは久しぶりだが、やはり慣れぬな。毛に覆われていないのは落ち着かぬ」

勇者「魔王……?」パチッ
66 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:21:09.27 ID:HxBZOUIV0

魔王「ああ、そうだ。もうすぐ医者のいる村に着く。背負い紐を結び直すぞ」シュル

 ギュッ

魔王「よし、これで落ちる心配はない」

勇者「……っ」ハアハア

魔王(城を出たときよりも悪化している。一刻も早くたどり着かなくては……む?)

 ガサガサ……

魔王(いくつもの足音が近づいてくる。気配からして魔族ではないな。とすれば)

 スタスタ

盗賊頭「いい満月だなあ、おっさん」
67 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:21:47.96 ID:HxBZOUIV0

魔王(人族が9人か)

盗賊頭「あんたずいぶんいい格好してんな。貴族かなんかか? さぞかし金を溜め込んでるんだろうなあ、羨ましいぜ」

 ギャハハハ

魔王(なるほど、この格好はそう見えるのか。あとでもっとみすぼらしい服に変える必要があるな)

 ジャキン!

盗賊頭「金目のものは全部おいてけ。さもないと」

魔王「わかった」

盗賊頭「このナイフで──は?」

 ジャララ……ドサドサッ
68 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:22:25.26 ID:HxBZOUIV0

魔王「これでいいか?」

ターバンの盗賊「ぷっ」

 ギャハハハ!

片耳の盗賊「なんだよこいつ、一切抵抗しないとか恥ずかしいやつだぜ」

紫髪の盗賊「しょうがないんじゃない? あたしらの迫力に恐れをなしたんでしょうよ」

ターバンの盗賊「違いねえ!」

 ハハハハ!

盗賊頭「……」

魔王「通る。追ってくるな」

 スタスタ……

盗賊頭「待てよ」
69 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/12(火) 19:23:05.17 ID:HxBZOUIV0

魔王「……」

盗賊頭「あんたが背負ってるの、ただのガキじゃねえな。勇者だろ、それ」クルッ

魔王「……」

盗賊頭「俺も昔そう呼ばれていた。途中でバックレたけどな。魔王討伐なんてバカのすることだ」

 ジャキッ

盗賊頭「気が変わった。ガキを置いていけ。勇者ならきっと高く売れるだろうぜ。金持ちの愛玩用か、禁術の生贄用にな」ニヤッ
70 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/13(水) 19:08:51.73 ID:We0VhcOg0

紫髪の盗賊「さっすがお頭、血も涙もないねえ」キャハハ

片耳の盗賊「さっさとしろよおっさん。勇者崩れのお頭を怒らせたくなかったら──」

盗賊頭「俺を勇者崩れと呼ぶな殺すぞ」ギロッ

片耳の盗賊「ひ……っ」

ターバンの盗賊「バカ、お頭をそう呼ぶなって教えといたろ」ボソッ

魔王「……勇者、聞こえるか」

勇者「ん……」ハアハア

魔王「今夜は満月が美しい。近くで見てくるがいい」シュル…
71 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:09:37.04 ID:We0VhcOg0

ターバンの盗賊「あ? なに意味不明なこといってんだおっさん。さっさとそのガキを──」

魔王「……」ビュン

 ポーン

盗賊頭(! ガキを宙に放った? なんか知らんが……やばい!)

盗賊頭「おい、待て!」

ターバンの盗賊「こっちによこせって──」ガシッ

 シュパン

ターバンの盗賊「……え?」ズルッ
72 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:10:35.25 ID:We0VhcOg0

 ヒュルルル……ポスン

魔王「ケガはないか?」

勇者「ん……平気」

魔王「急ごう」スタスタ

盗賊頭(ちくしょう……俺としたことが)

盗賊たち「……ぁ……が」ズルッ

盗賊頭(襲う相手を間違えるとは……っ)ズ…

 ドパアアン! ザアアアッ

魔王「……」スタスタ

魔王(血の雨で汚れてしまった。村に入る前に消さなくては)ポタポタ

勇者「ま、おー」

魔王「ん? どうした。つらいだろうがもう少し我慢──」

勇者「泣かないで」

魔王「!」ピタッ
73 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:11:08.37 ID:We0VhcOg0

勇者「泣か、ないで……」スッ

 ピトッ

魔王「吾は……泣いて、など……」

勇者「大丈夫……だよ。おれがずっと、そばにいるから」

魔王「……っ」

 ギュッ

魔王「……もうすぐ村に着く……頑張れ」
74 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:11:58.07 ID:We0VhcOg0

 医者のいる村

 ワオンッ! ワンワッ……クゥーン……キューン……

医者(えっ? なにかしら。あの勇敢な犬がおびえるなんて)ムクッ

 ソロソロ……ガツンッ

医者「きゃっ」ゴチン

医者(いたた、壁であご打った……そそっかしくてやんなるわもう)

 ギイッ

医者「誰かいるんですか? ……ひいっ!」
75 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:12:34.75 ID:We0VhcOg0

魔王「……」ゴゴゴ…

医者(なんなのこの人。すごい迫力だわ。ま、まさか強盗!? どうしよう……!)

医者「あ、ああああの、な、なにがご用……」ガタガタ

魔王「おま……あなたが医者か」

医者「そ、そうですぅ……どうか命だけは……」ガタガタ

 シュルッ

魔王「この子を診てほしい」

勇者「……」ハアハア

医者「! 早く中へ。すぐに診察をはじめます」バッ
76 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:13:12.84 ID:We0VhcOg0

──

医者「……」

魔王「どうだ?」

医者「おそらく魔界熱ですね。首のところに赤いアザがあるのがわかりますか?」

魔王「! 気づかなかった。毎日見ていたというのに」

医者「無理もありません、あせもとよく似ているので。でも、この薬液を落とすと」ポタッ

 ……ジワッ
77 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:13:45.54 ID:We0VhcOg0

魔王「! アザが紫色に変わった」

医者「これで確定ですね。魔界熱は魔界の瘴気に長期間さらされるとまれに発症する病気です。お住まいは魔界との境界線近くですか?」

魔王「……そんなところだ」

医者「では一週間ほどこちらでの入院をおすすめします。この村は西海からの風が届くので空気がいいんです。……でも変ですね」

魔王「なにが」

医者「魔界熱は通常、生命力の弱い赤ん坊やお年寄りがかかる病気です。このくらいの年の子がかかるのはとてもめずらしいわ」
78 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:14:23.47 ID:We0VhcOg0

 ズキッ

医者「いたた……」

魔王「どうした」

医者「あ、いえ。さっきあごをぶつけてしまって。嫌ですね。医者なのにそそっかしくて」ハハ…

勇者「……せん、せ」

医者「ん? どうしたの。さっきより苦しかったりする?」スッ

勇者「あご……平気?」

医者「えっ。やだ恥ずかしい。大丈夫よ、あとで適当に薬塗っておけば──」

 ピトッ

勇者「おれが、治してあげる」ポウッ

 パアアアッ
79 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:15:41.92 ID:We0VhcOg0

魔王(! これは)

医者「えっ」

 スッ

医者「あごの痛みが消えた? ……!」ハッ

勇者「はあ、はあ……」クタリ

医者「大変。さっきより熱が高いわ」バッ

魔王(……まさか)

 ──魔王、寝る前のだっこして──

 ──おれが魔王を元気にしてあげるからね──

魔王(お前は自らの生命力と引き換えに、吾を治していたのか……?)
80 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:16:54.70 ID:We0VhcOg0

 ギュッ

魔王(この子が病を得たのは吾のせいだ。なにも気づかなかった。こんなことなら、魔王城に連れてくるべきではなかった……!)

 チャプン

医者「この薬で様子をみましょう。よく効く薬ですが、一つだけ注意点が」

魔王「……なんだ」

医者「飲んで数時間経つと今以上の高熱が出ます。苦しいですが、それを耐えれば回復に向かうでしょう」

 スッ

医者「苦しいだろうけど、頑張れる?」

勇者「ん。おれ、頑張る」
81 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:17:42.06 ID:We0VhcOg0

 数時間後

勇者「う……っ」ビクン

魔王「! どうした」ガタン

勇者「……苦しい……熱、い……」ハアハア

魔王「……っ本当に命の危険はないのか!? こんなに苦しがって……!」

医者「大丈夫です、落ち着いて」

勇者「うう……ひっく……うぅ……」ポロポロ

魔王(吾には……なにもできない。世界の半分を統べる最強の魔王が、子どもの病気一つ治せない。吾は無力だ)

魔王「すまぬ。吾の……吾のせいで、こんな目に……っ」

医者「……」スクッ

 バシン!
82 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:18:30.97 ID:We0VhcOg0

魔王「!」ヒリヒリ

医者「落ち着きなさい。あなたの恐怖がこの子に伝染しています」

 ガシッ

医者「必ず治します。私を信じて」

魔王「……」

医者「……!」ハッ

医者(どうしよう……勢いでビンタしてしまったわ。こんなに我が子を案じている人に私はなんてことを……)

医者「あ、あの……ごめんなさい、私……」

魔王(昔の吾なら殴られる前に相手を殺していただろう。だが)

魔王「感謝する。あなたのおかげで冷静になれた。この子を、よろしく頼む」
83 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/13(水) 19:19:11.58 ID:We0VhcOg0

──

 チチチ……

勇者「ん……」パチッ

魔王「! 起きたか。調子はどうだ」

 ピトッ

魔王「……よかった。だいぶ熱が下がったな」

勇者「おなかすいた……」グウウ

魔王「ふ、元気になってきた証拠だ。待っていろ、食べ物を持ってきてやる」ギイッ

 フウ……

勇者「よかった。これでおれ、捨てられないね」

 ピタッ

魔王「……いま、なんと?」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/14(木) 11:03:23.73 ID:f1k4UEoIo
ゆうしゃ…
85 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:08:00.99 ID:08jR7xGu0

勇者「えっ」

魔王「吾がお前を……捨てると思っていたのか?」

勇者「……」

 ギシッ

魔王「勇者。なぜそう思った」

勇者「……だって……魔王がおれを拾ったのは、強い勇者にするためでしょう」

魔王「!」

勇者「弱いおれは魔王のそばにいられない。だから病気が治れば、これからもそばにいられるよね?」

魔王「……」グッ

魔王(吾は……いまほど自分を愚かだと思ったことはない)

 ガタン

勇者「魔王?」
86 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/14(木) 19:08:43.11 ID:08jR7xGu0

 スッ

魔王「吾が間違っていた。強くなくても、よいのだ」

勇者「えっ」

魔王「弱くてもいい。剣を握れずとも、病気がちでも一向に構わぬ。お前が生きていてくれさえすれば、吾はそれだけでよいのだ」

 ギュッ

魔王「すまなかった。お前を追い詰めてしまって」

勇者「……いいの? おれ弱くても……捨てられない?」ポロッ

魔王「絶対に捨てたりなどするものか。お前は吾の……世界で唯一の宝物だ」
87 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:09:37.02 ID:08jR7xGu0

──

 数日後

 魔王城 秘書室

 カリカリカリ……

秘書「はあ……」

侍女「お疲れではありませんか? まだ傷が完全に癒えていないのでしょう。無理はなさらないでください」

秘書「え?……ああ、平気平気。ちょっと考え事してたんだ。次の書類を持ってきて」

侍女「かしこまりました」クルッ スタスタ

秘書(勇者は大丈夫かな。あんまり何度も魔王様に念話をつなげるのも申し訳ないし。

勇者の熱が下がったのは知らせてくださったけど……ただ待っているのがこんなにつらいなんて)

 ホウ……

秘書「たくさん絵本を取り寄せたんだぜ、勇者。帰ってきたら魔王様と一緒にたくさん読んであげる。だから早く元気になって……」
88 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:10:49.38 ID:08jR7xGu0

 タタタッ

侍女「秘書様。城門前にお客様です。至急秘書様を呼んでほしいと。ですがフードを被っていて顔が見えないそうで……」

 ガタン!

秘書「あたしが出迎える。人払いをよろしく」


 城門前

 タタタ……

秘書(きっと魔王様だ。顔をお見せにならないなんて、なにか事情があるのかな。……まさか勇者の身になにかあったんじゃ……)

 ギイッ

秘書「お待たせしました。お帰りなさいま──!」

 フワッ……

秘書(血と死体の臭い。この臭いはよく知っている)
89 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:11:19.89 ID:08jR7xGu0

屍術師(ネクロマンサー)「お迎えに上がりましたお嬢様。お父上が──族長がお待ちです」パサッ

秘書「あんたが直接来るとはね。お得意の死体はどうした?」

屍術師「それだけ今回は緊急ということですよ」

秘書「……」

屍術師「今すぐ私と来ていただけますね」

秘書「嫌だね」
90 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:12:03.05 ID:08jR7xGu0

屍術師「おや」

秘書「あの件はあたしに一任されている。任務の途中放棄はできない」

屍術師「あの件などとぼかさずにはっきりいえばよろしい。あなたは現魔王を引きずり下ろすために侵入したスパイだと」

秘書「……」

屍術師「とはいえもはやスパイとも呼べませんか」フウ

秘書「どういう意味だ」

屍術師「お父上がなにも知らないとでも? お見通しですよ。あなたが魔王の体調不良を隠していること、この城で勇者を一匹飼っていることも!」

秘書「……!」
91 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:12:36.84 ID:08jR7xGu0

屍術師「久しぶりに娘と水入らずで話したい、と族長は仰せです」

秘書「……」ポウ…

 パリッ

秘書(くそ、魔法が封印されてる。無策でこいつに近づくんじゃなかった。これじゃ魔王様に警告できない)

屍術師「城の者には適当な口実をでっちあげてください。魔王への連絡ができないよう、あとで城の周囲に大規模な結界も展開しておきましょう」

 スッ

屍術師「ではまいりましょうか、お嬢様」ニコ
92 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:13:25.49 ID:08jR7xGu0

 真紅城(吸血一族の城)
 
 ギャアアア……

 イヤアアア……

屍術師「ああ、いいですね。今日は活きのいい血袋が入荷したようです」スタスタ

秘書(幼いころ、あたしは常に耳をふさいでいた。人間の悲鳴を聞きたくなかったから。

あたしたち吸血鬼は月に一度、少量の血液を摂取すれば十分生きられる。なのにこの城では毎日浴びるように血を飲んでいる。そんな必要はどこにもないのに)
93 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:14:14.96 ID:08jR7xGu0

 コンコン

屍術師「陛下、お嬢様がお帰りです」

──入りなさい──

屍術師「失礼します」ギイッ

 城主の部屋
 
屍術師「では、私は別の仕事がありますので」スタスタ

秘書「……」ギュッ

秘書(白い肌、長い白髪、そして真紅の眼。あたしも同じ特徴を受け継いでいるはずなのに、どうしてこの男はこんなに恐ろしく見えるんだろう)カタカタ

吸血族長(秘書の父)「どうした? 我が娘」スクッ

秘書「!」ビクッ
94 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:14:56.68 ID:08jR7xGu0

吸血族長「震えているのかい? かわいそうに。具合でも悪いのかな」

秘書「い、いえ……あたしは」

吸血族長「……」ギロッ

秘書「! ……わたくしは、平気ですわ」

吸血族長「ああ、ようやくかわいい声が聞けたね。おいで。お前の人形のように美しい腕で、父を抱きしめておくれ」ニッコリ

秘書「はい……お父様」

 スタスタ……ギュッ

吸血族長「よく帰ってきたね、うれしいよ。たとえ与えられた仕事を放棄した裏切り者の娘でも」
95 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:15:36.23 ID:08jR7xGu0

秘書「!」バッ

 ガシッ!

秘書「放してください……っ」

吸血族長「本気で私をあざむけるとでも? どうやらお前を買いかぶっていたようだ」ギリギリ

秘書「痛い! やめてお父様……っ」

 ブンッ

秘書「キャアッ!」ガシャン

吸血族長「私は全て知っている。魔王の体調が悪化していることも、お前がやつに恋心を抱いていることも!

野良犬に恋するなど、誇り高き吸血一族への冒涜ではないか!」
96 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:16:30.87 ID:08jR7xGu0

 ……ニコッ

吸血族長「だがそれでもお前はかわいい娘だ。私が知りたいことを教えてくれれば全てを許そう」スタスタ

 スッ

吸血族長「魔王城の玉座の秘密を、私に教えなさい」

秘書「!」

吸血族長「お前も知っての通り、魔王は玉座が選ぶ。魔力の結晶体である玉座に比べれば、魔王など実のところ飾りでしかない。

魔王を操り人間界を侵略させているのも玉座なのだ」

秘書「……」

吸血族長「玉座の意向は絶対だ。例えば玉座の間に入れるのは魔王と勇者一行のみ。それ以外は門前ではじかれる。四天王すら例外ではない。ところが」ガシッ

秘書「!」ビクッ
97 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:17:34.38 ID:08jR7xGu0

吸血族長「お前は玉座の間に入ったと聞いた。部外者であるお前が入る方法はただ一つ。玉座を解析して抜け穴を使ったに違いない」

秘書「……玉座の秘密を知って、お父様はどうするのです」

吸血族長「簡単なことだよ。私が次の魔王になる」

秘書「!」

吸血族長「犬魔王の体調不良は魔王の交代が近いことを示唆している。私ほどの大魔法使いが座れば玉座はすぐさま私を新たな魔王にするだろう。

だが万が一ということもある。私の知らない、魔王になるための未知の条件が存在するかもしれない。だから」スッ

  バシンッ

秘書「きゃあっ」
98 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:18:12.66 ID:08jR7xGu0

吸血族長「さっさと玉座の秘密を私に教えろ。さもないとその頭に入っている知識を、魔法で強引に吸い出すぞ!」

秘書「……教えません」

吸血族長「なに?」

秘書「わたくしは魔王様に忠誠を誓った。あの方を裏切るくらいなら死を選びますわ」ガタガタ

吸血族長「……」

 ニッコリ

吸血族長『千針の呪い』ギャルン
99 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:18:47.69 ID:08jR7xGu0

秘書「……っ」ズキン

 ギャリギャリギャリッ!

秘書「……っ……」ブルブル

吸血族長「ほう。悲鳴をあげないとは大したものだ。千の針が全身の血管を突き刺すような痛みだというのに。

いつまで続くか見ものだな。お前も知っての通り、私は拷問魔法が一番得意だからね」スッ

 ギャリギャリギャリ……

吸血族長「さっさと吐くがいい。玉座の秘密も、魔王と勇者がそれぞれどこにいるのかも!」

秘書「!」
100 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:19:37.23 ID:08jR7xGu0

秘書(そうか……見落としていた。お父様はなんでも知ってるといったけれど、魔王様と勇者のいる正確な場所は知らないんだ。

しかも魔王様と勇者が一緒にいるとも思っていない。当然か。恐ろしい魔王が勇者を我が子のように愛しているなんて、想像もできないんだ。

あたしが拷問に耐え、記憶吸引の魔法にも耐えれば2人を守れる。たとえあたしが死ぬとしても)フフッ

吸血族長「この状況で笑うとは、あまりの痛みに狂ったか? まだまだ拷問は始まったばかりだよ」

秘書(2人が生きていてくれさえすれば、あたしは……)

 ギャリギャリギャリ……
101 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:31:42.00 ID:+ba1UoTB0

 その日の夜

 黒の森

 ガサッ

屍術師「おや、こんな山奥に死体が9つ。なんと幸先のいい」スッ

 ペロッ

屍術師「この芳醇な味……死んでからまだ4日ほどですか。実におあつらえ向きだ」スクッ

屍術師『死徒作成』ヴオン

 ズズズズ……
102 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/15(金) 18:32:55.39 ID:+ba1UoTB0

屍術師「さあ目覚めるがいい我が下僕たちよ。私のために魔王と勇者の匂いを追跡するのです」

盗賊の死体「グガ……ギシャアア……」ムクッ

 ガサガサッ

屍術師「おや?」

グリフォン「グルルル……」

屍術師「森の主が侵入者を追い払いに来ましたか」ククッ

 スッ

屍術師「死徒たちの試運転にちょうどいい。さあ皆さん武器をかまえなさい。手始めにあのグリフォンを血祭りにあげるのです!」

 ギシャアア!

屍術師(フフ……私は強い。族長は魔王を恐れているようですが、あんな野良犬のどこが怖いのか理解に苦しみますね)

 アハハハハ!
103 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/15(金) 18:33:40.89 ID:+ba1UoTB0

 次の日の朝

 医者のいる村

勇者「こっちだよー!」タタッ

村の少年「うひゃー速ぇ!」

村の少女「待てー!」

犬「ワンワンッ」

 アハハハ……

魔王「……あなたのおかげだ。感謝する」

医者「私は仕事をしただけです。今日中に発ちますか?」

魔王「ああ、日のあるうちに。……だが本当は迷っている。吾の住んでいる場所は魔界の瘴気が濃くてな。

あの子の幸せを考えれば、別の場所にあの子を預けたほうがいいのではないかと」
104 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:34:25.62 ID:+ba1UoTB0

医者「魔界熱は一度治癒すると抗体ができます。もう一度かかる可能性はほとんどないでしょう。

でも確かに、魔界の瘴気が濃い場所に住むのはおすすめできません。魔界熱だけでなく他の疾患にかかる可能性も高くなりますから」

魔王「やはりそうか。なら」

医者「ですが、それはあの子が決めることです」

魔王「! ……そうか。そうだな」

 ピチチチ……

医者「あの子は勇者ですね?」
105 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:34:55.43 ID:+ba1UoTB0

魔王「ああ」

医者「そしてあなたは人間ではない」

魔王「そうだ。怖いか」

 フフッ

医者「いいえ。最初ドアを開けたときは死ぬほど怖かったですけど、今はまったく。だって私から見たあなたたちは、ただの親子ですから」

魔王「!」

医者「お互いを心から愛している、ただの親子です」

魔王「……そうか」フッ

 パキッ

医者(あら、枝が折れる音……森の中に動物でもいるのかしら)
106 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:35:37.99 ID:+ba1UoTB0

魔王「そろそろ帰ろうと思う。世話になった。両手を出してくれるか」

医者「?」スッ

 ジャラララッ

医者「ひゅっ」

魔王「金貨100枚だ。足りるか?」

医者(こ、これだけあれば医療器具を買い足せるしベッドも増やせる。それどころか施療院の改築だって余裕で……。

いいえダメよ。100枚なんてとんでもない、早く断らなくちゃ)

魔王「足りぬか。では1000枚」
107 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:36:22.24 ID:+ba1UoTB0

医者「ひえええストーップ! 3枚! 3枚が適正価格です! こんなにあったら私堕落しちゃう!」

魔王「そうか? 吾はこれでも足りないと」

医者「これ以上誘惑しないで」ハアハア

魔王「そ、そうか……分かった」

──

屍術師(さっき走り回っていたのが勇者ですか。思っていたよりも幼いですね。

勇者を守っている、やたら体格のいい護衛が邪魔ですが……しょせんは人間、私に敵うわけもありません)

──
108 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:36:49.48 ID:+ba1UoTB0

 ザッザッザッ

魔王「勇者、近いうちあの村の近くで暮らさぬか。お前と吾と秘書の、3人で」

勇者「! 3人で、家族みたいに?」

魔王「ああ」

勇者「えへへ」

魔王「賛成か」

勇者「うん、楽しみ」ピョン

 ピチチ……

魔王「体調はもう平気か?」
109 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:38:33.63 ID:+ba1UoTB0

勇者「うん、平気。魔王も平気?」

魔王「む?」

勇者「寝ないでずっとおれのそばにいてくれたから」

魔王「当然のことだ。吾はお前の親代わりだからな」

勇者「……ねえ魔王」

魔王「ん?」

勇者「魔王は、おれの──」

 ガサガサッ
110 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:39:36.01 ID:+ba1UoTB0

仔グリフォン「キャンッ」

勇者「わっ」ドサッ

魔王「平気か?」スッ

勇者「だいじょぶ、1人で起きる」ムクッ

仔グリフォン「キャウ……ルルル……」フラッ

 ドサッ

魔王(重傷を負っているな。グリフォンの幼体に見えるが、この気配はおそらく……)

勇者「……」

魔王「治したいと思っているな?」
111 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:40:19.01 ID:+ba1UoTB0

勇者「うん。でもだめだよね。先生にも注意されたし」

魔王「いや、治してみろ」

勇者「いいの?」パッ

魔王「ただし条件がある。自らの生命力は使わずに相手の生命力を使え」

勇者「相手の?」

魔王「そうだ。相手が持っている生命力を増幅させるのだ」

勇者「できるかな……」

魔王「吾がついている」ポン

勇者「うん、やってみる」
112 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:40:53.05 ID:+ba1UoTB0

仔グリフォン「ヒュー……ヒュー」

魔王「まず相手の魂を探れ」

勇者「……見つけた」

魔王「! 早いな。魂を覆っている温かな気を感じるか? それが生命力だ」

勇者「あったかくて、ふわふわしてるやつ?」

魔王「うむ。それをギュッとしてガーッと……あーなんというか……自分の魂と同調させて、こんな風に震わせる感じで……」ブルブル

勇者「?」
113 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:41:44.35 ID:+ba1UoTB0

魔王(くっ。秘書がいれば完璧な説明をしてくれただろうに。感覚派の吾には荷が重い)

勇者「……こう?」キュッ

 ……フオオオオッ

仔グリフォン「……!」シュウウ…

魔王「おお!」

仔グリフォン「……ゴロゴロ」スッ

 ペロッ

勇者「あはは、ざらざらしてくすぐったい」

魔王(まさか一度で習得してしまうとはな)

仔グリフォン「……」

 ボワンッ
114 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:42:18.09 ID:+ba1UoTB0

グリフォン「グルル……」

勇者「わっ、おっきくなった!」

魔王「やはりか。力を取り戻したおかげで元の姿に戻ったのだろう」

グリフォン「ウルル」スリスリ

勇者「えへへ、どういたしまして」ナデナデ

グリフォン「……!」クルッ

 グルルルル……

勇者「どうしたの? そっちになにかいる?」

魔王「勇者、吾の後ろへ」スッ

 ガサガサッ
115 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:42:58.84 ID:+ba1UoTB0

盗賊頭の死体「ゥ……ガア……」

紫髪の死体「ア……ウ……」

片耳の死体「ヒギ……イ……」

魔王(あのときの盗賊共か)

 スタスタ

屍術師「はじめまして勇者。いきなりですが、私と一緒に来ていただきます」

勇者「……やだ」

屍術師「君の意見は聞いてな……おや?」
116 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:43:37.09 ID:+ba1UoTB0

グリフォン「グルルル……」

屍術師「森の主ですか。追撃が甘かったようですね。殺せと命じたはずですが」ギロリ

盗賊頭の死体「!」ビクッ

勇者「なんで」

屍術師「はい?」

勇者「なんで殺そうとしたの」

屍術師「邪魔だったからですよ。私の行く手を遮るものは誰であれ殺す。当然でしょう」

勇者「……」

屍術師「あの女が育てたにしてはずいぶん優しいですね。まあ、彼女が以前より丸くなったのは確かですが」

勇者「彼女?」

屍術師「魔王の秘書ですよ。私は昔から彼女を知っています。まあ、いまも生きているかは知りませんが」

勇者「えっ」

魔王(なに?)
117 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:44:21.25 ID:+ba1UoTB0

屍術師「彼女は実家である真紅城に囚われています。仕方ありませんね、裏切りの代償は常に重いものです」

勇者「どういうこと!? なんで秘書が」

屍術師「おしゃべりはここまでにしましょう。下僕たちに命じて体中の骨を折って差し上げます。そうすれば運びやすくなるでしょう?

もちろん声帯もつぶしますよ。耳元で泣き叫ばれたらたまりませんからね」クスクス
118 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:44:51.62 ID:+ba1UoTB0

魔王「……勇者、しばらく目を閉じていろ」

勇者「ん」スッ

屍術師「なんですか人間。私は魔王以上の実力者。あまり怒らせないほうがいいと思いますが」

魔王「なるほど、貴様は魔王より強いと」

屍術師「その通り。邪魔するならあなたから殺しますよ。私が一声命じれば、下僕たちは一瞬であなたを食い尽くすでしょう」ニヤニヤ

魔王「ふむ」

 シュンッ

魔王「声帯がないのにどうやって命じるのだ?」ポタポタ
119 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:45:21.89 ID:+ba1UoTB0

屍術師「!?──!」パクパク

魔王「それと貴様は少々うぬぼれが過ぎるようだ。魔王より強いとぬかすなら最低限相手の正体は見破れ」ポイッ

屍術師(声が……声が出ない!)パクパク

死体達「……」クンクン

 クルッ

屍術師(や、やめろ近づくな! くそ、声が出ないから命令できない!)

 ザッザッザッ

屍術師(や、やめ)

死体達「ニグ……ウマ……」ガブガブ
120 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:45:51.64 ID:+ba1UoTB0

魔王「行くぞ勇者」ヒョイ

勇者「目を開けていい?」

魔王「もうちょっと待て」

グリフォン「ルル……」スッ

魔王「お前も来るか」

グリフォン「ガウンッ」

魔王「いいだろう。遅れるなよ」
121 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:47:03.07 ID:+ba1UoTB0

 ザザザザ……

勇者「もういい?」

魔王「もういいぞ」

勇者「ふう。ねえ魔王、ゾンビを倒さなくてよかったの? 先生の村が襲われたら……」

魔王「心配ない。屍術師が死ねば奴らはすぐに機能を停止する」

勇者「そっか。……じゃあ」ギュッ

魔王「ああ。秘書を助けに行くぞ」
122 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:47:44.20 ID:+ba1UoTB0

 真紅城 地下牢

拷問官「ケヒヒ、大したやつだ。族長の拷問魔法にも記憶吸引魔法にも屈せず、一切情報を漏らさないとは」スッ

 バシャッ!

秘書「……っ」ポタポタ

拷問官「いい酒だ、傷口に沁みるだろう? ったくつまらねえ女だぜ。引き継いだ俺が拷問しても悲鳴一つあげやしねえ。さすが族長の娘ってか?」カラン

秘書「……はっ。当たり前だろ。ザコの拷問なんて……そよ風と同じだっつーの」
123 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:48:25.75 ID:+ba1UoTB0

拷問官「いうねえ。族長からはあんたの処分許可をいただいてる。情報を漏らそうが守ろうが、あんたの死は確定だ」

秘書「……だろうな」

 ジャラ……

秘書(さすがに鎖を切って逃げる体力は残っていない。けど魔王城の秘密は守ったし魔王様の居場所も漏らさなかった。勇者はきっと魔王様が守ってくださる)

 ドクドク……

秘書(あは、もう血を止める魔力すら残ってないや。あたしはここで死ぬんだ。ま、いいけどね。これで少しは魔王様の寿命も伸びる)

拷問官「……」ニヤリ

 ビリビリッ
124 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:49:13.14 ID:+ba1UoTB0

秘書「……なにすんの? 魔王様からもらった……大事な服なのに」

拷問官「ケヒヒ、拷問てのはいろんな種類がある。物理的に責める方法、精神を責める方法。

このやり方はどっちも兼ね備えてる万能な方法だ。俺もいい思いができるしな」カチャカチャ

秘書(予想通りの行動すぎて逆に笑える。なんで男ってのはみんなこうなんだろう……でも、あの方は違ったな)

 ポタポタ

秘書(そっか。魔王様はあたしを尊重してくれてたんだ。対等の存在として扱われたのは生まれて初めてだった)

拷問官「ケヒヒ」

秘書「触るな……気持ち悪ぃ……っ」

 バシンッ

秘書「……っ」ジンジン
125 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:49:55.61 ID:+ba1UoTB0

拷問官「抵抗したら何度でも殴るぜ」ヒヒッ

秘書(残った生命力を魔力に変えれば、こいつを殺すことはできる。引き換えにあたしは死ぬけど。……あたしが死んだら、魔王様少しは悲しんでくれるかな。

……無理だよね。ずっとあの方を裏切ってたんだもの。あんなによくしていただいたのに、なにも返せなかった。あたしは最低の部下だ)

拷問官「観念しろぉ」グイッ

秘書(さよなら。魔王様、勇者……)ポウ…

 ……ズズン……
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/15(金) 22:45:13.08 ID:hHMVcWB3o
はよこい魔王!!
127 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/16(土) 18:44:04.59 ID:Q5lvwnQN0

拷問官「あ? 地震かあ?」

 ……ズズ……ズン……

 …………

拷問官「おさまったみてえだな。じゃ続きを──」

 バゴンッ! ガラガラ……

魔王「……」ジャリッ

拷問官「!? な、なんだてめえ!」カチャカチャ…グイッ

秘書(嘘……夢じゃ、ないんだ)

魔王「遅くなってすまない」スタスタ

拷問官「は、例え魔王だろうとこの檻は破れねえぞ。吸血一族に代々伝わる悪魔の炎で鍛えた」

 グニャリ
128 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:44:51.63 ID:Q5lvwnQN0

拷問官「最硬の金属でできて……は?」

 スタスタ……バキン!

秘書「……」フラッ

 ガシッ

魔王「これを着ろ。地下は冷える」バサッ

秘書「いけ、ません……わた……し、血だらけで汚い……です。大切なマントが……汚れ、ます」

魔王「お前を汚いと思ったことは一度もない」
129 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:45:22.88 ID:Q5lvwnQN0

拷問官(兵士はどうした? 城のなかにも外にも大勢いたはずだ。まさかこいつ1人で全員倒したってのか?)

秘書「勇者、は……」

魔王「元気になった。森で待機させている」

秘書「よかった……」

拷問官(こっちに背中を向けてるいまなら、俺でも殺せる! ……死ねやあっ!)ビュッ

魔王「……」スッ

 ピッ……ゴトン
130 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:46:19.99 ID:Q5lvwnQN0

拷問官(は? なんで急に目線が下がったんだ? あれ……あそこに転がってるの、俺の……体……)ザアアッ…

魔王「……」ポウッ

 シュウウ……

魔王「すまぬ。吾の魔法では血を止めるのが精一杯だ」

秘書「族長が……私の父が、反旗を翻しました。王位簒奪のため、魔王城に」

魔王「そうか」

秘書「すぐに向かってください。わたくしのことなど放って……」

魔王「案ずるな。奴が魔王になることは絶対にない。理由はお前も知っているだろう」

秘書「……」

魔王「いいから、いまは休め」

秘書「……はい……魔王、さま……」スウッ…
131 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:46:58.03 ID:Q5lvwnQN0

 真紅城の近く 森の中

勇者「……」コオオオ…

 シュウウ……

魔王(この短時間で秘書のケガを全て治すとは。やはり治癒魔法の才がずば抜けている)

魔王「どうだ?」

勇者「……」

魔王「勇者?」

勇者「だめなんだ、いまのおれじゃ。体の傷は治せても、魂の傷は治せない。魂の傷はすごく、すごく深くて……たぶん秘書は、今日中に……死んじゃう」ポロポロ

魔王「いや、そうはならない」

勇者「本当?」グスッ

魔王「ああ。一つだけ、秘書を救う方法がある」
132 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:50:13.28 ID:Q5lvwnQN0

 魔王城・最終四天王の間

ベテラン魔法使い『血染めの王冠』コオオ

 バシャン!

四天王・古代竜「ギシャアアア……」ドロッ

 ジュワアア……

新人勇者「やった! すごいです魔法使いさん!」

ベテラン魔法使い「いやいやとんでもない。皆さんの助けがあってこそですよ」

剣士「謙遜すんなって。このパーティで一番強いのは明らかにあんただろ」

神官「本当に助かりましたわ。昨日魔法使いが突然失踪して途方に暮れていた私たちに、あなたは手を差し伸べてくださった。

きっと女神様の思し召しですね。どうかあなたのために祈らせてください」スッ

ベテラン魔法使い「……っ」フイ

神官「魔法使いさん?」
133 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:50:58.84 ID:Q5lvwnQN0

ベテラン魔法使い「お気持ちは大変ありがたい。ですが今は魔王との決戦直前。戦いが終わったら改めて祈っていただきましょう」ニコ

神官「そ、そうですわね。やだ私ったら、時と場所をわきまえず……」カアッ

剣士「天然の神官らしいぜ」

 アハハハ……

新人勇者(本当にベテラン魔法使いさんが加入してくれて助かった。

見たこともない不気味な魔法を使うのが、少し気になるけど……)
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