【マギレコ】 最後の世代の魔法少女たち

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122 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 20:27:12.24 ID:hK/wqtGYO
訂正と追記は以上です。
123 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:06:48.00 ID:hK/wqtGYO
>>121からの続き

一方、さなは書置きを残して出た義実家に戻ってきていた。
心の中で過去のことになりかけていたはずの、忌まわしき思い出。
みかづき荘で生活するようになってから月日も経つ。
だというのに、こうして自らの意思で、それも未来へ渡る要員として選ばれた事実と、
自身の置かれた状況を整理するために足を運ぶとは、義実家を出た当時の自分も、
みかづき荘の住人も、予想ていなかっただろう。

数ヵ月ぶりに握りしめた義実家の鍵を扉に入れて回すと、果たして、扉は開いた。
鍵の交換くらい済ませているだろうと思っていたが、そんなことはまったくなかった。
家に入って最初に自分を出迎える状況は、当時と変わらず、居間を覗いてみれば、
そこでは実母と義父、義手が談笑を交わしていたが、義兄は不在で見当たらない。

靴はあえて脱がず、かつての自室に入ってみれば、そこにも変わらぬ光景があった。
清掃されず埃が積もっている部屋や、家財道具がすべて処分されて、もぬけの殻と
化した部屋を想像したが、当時と変わらない部屋の姿は意外だった。

(……!)
124 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:09:50.17 ID:hK/wqtGYO
そこへ、部屋に近づいてい来る足音があり、その後すぐに部屋のドアが開いた。
入ってきたのはあのころと変わらず実母で、ベッドに腰掛けるさなの姿に気付かず、
机の上に夕飯を置くと部屋を出ていった。未来へ渡る要員として選ばれたことへの
頭の混乱から、食事を摂らないまま出てきたため、食事に手を伸ばしそうになる。


そこで不意に違和感に気付いた。


当時残した書置きを、彼らが本気と捉えていなかったとしても、さなは既に義実家を出ている。
食事が用意されても、それは手つかずのまま下げられるだけで、用意するだけ無駄でしかない。
無駄と言えば、さなは学校には行っているが、願いの影響で魔法少女以外から認識されていない。
教員に姿を認識されていないため、魔法少女となった日以来、学校はおそらく欠席扱いとなっている。

元・自室が家出したころから、何故様子が変わっていない?
何ヵ月も前に家出したはずの自分に、何故食事が今も出ている?
欠席が続いているはずの学校へ、何故学費が未だに支払われている?

何かに駆られて部屋を出て居間に向かうと、そこに実母の姿はない。
義父と義弟が会話を交わしており、初めて見る表情を浮かべていた。
どこか浮かない表情を浮かべ、肩を落としている。

「母さんは今日もか」
「うん。あの書置きからずっとだよ」
125 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:15:42.34 ID:hK/wqtGYO
二人の会話を聞く限りでは、書置きを残して出てすぐは、さなの家出を信じていなかったらしい。
だが、食事がまったく減らない日が続くうちに、ようやく本当だと気づいたようだ。それから実母は
徐々に変調をきたしたらしい。

そこへ扉が開く音が聞こえ、そちらへ移動すると、実母がさなの元・自室だった部屋の扉を開いていた。
実母の部屋からベランダに出ると、元・自室のほうへ回りこみ、部屋の様子を伺うと、そこには先ほどの
食事を実母が食べている姿があった。

(……!?)

呆気にとられてその様子を見ているうちに、実母は食事を平らげると部屋を出た。
ベランダから実母の部屋へ戻り、居間に移動すると、そこで義父、義弟が話をしている。

「……母さん、いつまで続けるつもりなんだろうね」
「まったくだ。学費だけ払っていれば充分だろう」
「姉さんは、最後まで迷惑をかけていったね」
「まだ終わっていないぞ。現在進行形で迷惑を被ってるぞ」
「母さんのことでしょ」
「それだけじゃない、学校のことだ」
「問題でも起こしたの?」
「連絡をしてきた担任の話では、さなの姿が見えないらしい」
「変な言い回しをするね。不登校ってことじゃないの?」
「それが提出物は出ていて、定期テストも受けている。成績を見る限りでは、授業を受けたと思われる形跡があるそうだ」
「じゃあ、登校してるってことなのかな?」
「それが分からなくて連絡をしてきたらしいが、私にも分からない。要領を得ないとしか言いようがないな」
126 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:19:28.84 ID:hK/wqtGYO
「まるで、透明人間にでもなったみたいだね」
「そんな非科学的なことがあるわけないだろう。あんな出来損ないでも、一応の分は弁えていた。
 家に帰る時間が遅かった分、顔を合わせる可能性が少なくて助かった。今思えば、さなが家に
 居たときのほうが、まだ面倒が少なかったかもしれん」
「もしかして姉さんの学費、まだ払ってるの?」
「学校にまったく行っていないなら、もう払う必要はない。だが、あんな報告では状況が分かりかねる。
 透明人間だって?何を馬鹿なことを。そうえいば、最近はお前の兄さんも帰りが遅くなったな」
「兄さんに聞いたけど、生徒会に入ってから忙しいんだって」
「ほう、生徒会か。そこまで忙しいものなのか?
「入ったばかりだから、自分でいろいろ仕事を引き受けてるみたいだよ」
「そうか。いいことだが、学業に支障が出ない程度にしてもらわないとな」

そんなやり取りを見たあと、今度はドアから元・自室に入ると、ベッドに再び腰かけて天井を見上げる。
義実家を捨てた今、さなは彼らの、自身への扱いは気にしていなかったが、彼らに抱いた違和感の正体は
解消しておきたいと考えた。

未来へ渡ることに折り合いがつかない今、すぐにみかづき荘へ帰ることも憚られる。
思案を巡らせつつ、自身が不在の間に生じた義実家の変化を観察し、それから帰るのも悪くないと考え、
その日からしばらく、違和感の正体を探るために、義実家の様子を観察することを決めた。 

みかづき荘へ帰るまでは、盗み食いをして空腹を凌ぎ、義実家一家の一日を追った。
義実家の観察は彼らに密着し、一日の様子を見ることで行われたが、実母は家から
殆ど出ることはなく、偶に外出しても買い物に出る程度だった。
127 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:30:23.16 ID:hK/wqtGYO
家にいると仮定されたさなへの、食事の用意は平日は夜のみだが、休日は朝、昼、夜の
三食を用意していた。だが、何れもさなの元・自室に食事を運んでは、下げる前に自分で
平らげて片付けていた。

義父は神浜大学の医学部の教授に就いているが、自尊心の高さが災いしたのか、
それとも自身が望んだ結果なのか、周囲の人間との関わりは薄く、冷淡な態度は
勤務先でも同じだった。

義弟はスポーツのうち、サッカーは本当に優秀だった。
しかし、勉強はその限りではなく普通であり、さなよりは成績が良い程度であることが判明。
そのためか、義兄にコンプレックスを抱いていることを同級生に漏らしていた。




一週間が経つ頃には、実母たちの性格や考えがある程度分かるようになった。

実母は世間体を気にするあまり、さなが家にいると仮定して生活を続けているうちに、精神に変調をきたしていた。

義父は実母の変調よりも、理想が崩れることが気がかりで、彼は完璧主義だが万能ではなかった。

義兄は優等生故に周囲から却って浮いており、休み時間になると文庫本を読んで過ごしていた。
生徒会に入った理由は、生徒会ならば自身と同じような優秀な人物が集まり、彼らとなら対等に
会話が出来ると考えたためらしく、家以外に自分の居場所を見つけたように思える。

義弟はサッカーは得意だが優秀ではなく、上には上がいた。
自分より実力を上回る相手を前にすると、相手を持ち上げて安寧を得ていた。
勉強は普通で、同級生に義兄にコンプレックスを抱いてることを漏らしていた。
128 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:31:24.01 ID:hK/wqtGYO
家にいると仮定されたさなへの、食事の用意は平日は夜のみだが、休日は朝、昼、夜の
三食を用意していた。だが、何れもさなの元・自室に食事を運んでは、下げる前に自分で
平らげて片付けていた。

義父は神浜大学の医学部の教授に就いているが、自尊心の高さが災いしたのか、
それとも自身が望んだ結果なのか、周囲の人間との関わりは薄く、冷淡な態度は
勤務先でも同じだった。

義弟はスポーツのうち、サッカーは本当に優秀だった。
しかし、勉強はその限りではなく普通であり、さなよりは成績が良い程度であることが判明。
そのためか、義兄にコンプレックスを抱いていることを同級生に漏らしていた。




一週間が経つ頃には、実母たちの性格や考えがある程度分かるようになった。

実母は世間体を気にするあまり、さなが家にいると仮定して生活を続けているうちに、精神に変調をきたしていた。

義父は実母の変調よりも、理想が崩れることが気がかりで、彼は完璧主義だが万能ではなかった。

義兄は優等生故に周囲から却って浮いており、休み時間になると文庫本を読んで過ごしていた。
生徒会に入った理由は、生徒会ならば自身と同じような優秀な人物が集まり、彼らとなら対等に
会話が出来ると考えたためらしく、家以外に自分の居場所を見つけたように思える。

義弟はサッカーは得意だが優秀ではなく、上には上がいた。
自分より実力を上回る相手を前にすると、相手を持ち上げて安寧を得ていた。
勉強は普通で、同級生に義兄にコンプレックスを抱いてることを漏らしていた。
129 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:34:38.76 ID:hK/wqtGYO
それからしばらくして、義兄が林間学校で神浜市を離れ、不在の日が数日続いた。
その頃になると、さなは違和感の正体に気付き、自分の中で答えを出した。

この一家は一見すると完璧だが、一皮剥けば欠点がいくらでも存在している。
義父の理想を沿っている間は安定しているが、少しでも逸れた途端不安定になり、
さなを虐待することで理想の家族として一つにまとまっていた。

実母は義父にとって理想の妻を演じることで居場所を得たが、それが崩れれば
途端に実母も佐那同様居場所を失う。その不安から逃れるためにさなを虐待し、
義父の理想に寄り添っていた。

義兄は義父にとって理想の息子を演じるために、学業で優秀な成績を収めたが、
それ故に学校では周囲の生徒と馴染めず、おそらくは精神的な重圧から逃れるため、
生徒会に入って自らの居場所を家以外に作った。

義弟はサッカーを失えば、二葉家において凡人と化してしまう。
義兄と比較して自身の勉強の成績が劣るという現実は、義弟も自覚していたのだろう。
家族を引き合いに出しては、度々さなを嘲ていた理由は、自身の弱さを隠すためで、
その度に引き合いに出していた義兄は、隠れ蓑の代わりだった。もしくは、義兄への
コンプレックスの裏返しが、さなへの嘲りであり、自身の内面に向けられる視線への
盾代わりだったのかもしれない。

(盾、か……)
130 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:37:43.12 ID:hK/wqtGYO
自身の中で違和感への折り合いが付き、未来へ渡ることへ考えもまとまった。
灯花とねむへ求める対価も決まったことで、みかづき荘に帰ろうとしたとき、
それは突然起こった。

義兄が林間学校から帰る前日だったその日、地震が起きた。
ニュースは神浜の震度を4、震源地の震度は5と報じ、テレビには定点カメラが
映す映像が揺れる様子と、報道ヘリが映す神浜市の俯瞰映像、震源地である
どこかの山間部が、土砂崩れを起こした映像を流した。その山間部では建物が
土砂流されており、その場所を知った実母たちは慌てふためいた。


そこは義兄が林間学校で宿泊している場所だった。


もしやという予感は後に当たることとなるが、折り合いがついた中、義実家一家が
取り乱す様子を見て感じるものはなく、完全に他人事としか認識できなかった。


その後、義父だった男の理想像が崩れた家を後にすると、さなは二度と義実家を
振り返ることなく、みかづき荘への帰路に着いた。
131 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/09(火) 21:38:39.13 ID:hK/wqtGYO
本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。
132 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 19:32:31.51 ID:KiQxSCGiO
>>130からの続き

鶴乃とさなが折り合いをつけている時と同じ頃、ねむが下した決断に思案を巡らせるため、
桜子は自身の居場所である、北養区の山の一角で静かに佇んでいた。目を閉じ、自分が
ウワサとして形を得る前の頃を思い出し、自身の記憶を追体験する。

当時の桜子は万年桜のウワサという名で、柊ねむ、里見灯花、環うい、環いろはの、四人の
母が生み出した物語だった。メディカルセンターの病室で、魔法少女になるまで闘病生活を
送っていたねむ、灯花、ういの三人は、見舞いに時折訪れるいろはと談笑しながら、病室の
窓から見える神浜市を探検することを楽しみにしていた。

まだ見ぬ明日を夢見て、自身らが抱える病を克服し、いろはと共に歩き回ることを。

ねむと灯花の諍いをういがなだめ、いろはがそれを見守る。
ある意味、あの頃はとても平和だった。

(──でも、時間は待ってくれない)

目を開き、万年桜のウワサの衣装から学生服姿へ変わると、桜子は新西区に向けて出発した。
133 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 19:45:20.86 ID:KiQxSCGiO
交通機関は使わず、北養区から徒歩で向かい、山を下りて街へ出ると道中の景色を見渡す。
見慣れた景色が見納めとなる日は緩やかに、だが確実に近づいており、あと何度目にできるか分からない。
いろはたちが命を賭して守り抜いた街が、百年後には失われている可能性もある。

未来へ渡る要員として選ばれたことから、桜子は、鶴乃、さなと同じく、W−1、W−2からは
外されており、コールドスリープマシンに入るまで、思い思いに過ごすことを許されている。
魔女退治そのものを禁止されてはいなかったが、作戦を控えている身のため、極力戦闘を
避けるよう注意されていた。

思案を巡らせているうちに、桜子は目的地であるフラワーショップ・ブロッサムに到着した。

「|こんにちは、お墓に供える花…供花が欲しい|」
「いらしゃいませ。桜子さん…でしたっけ?」
「|そうだけど…私を知ってるの?|
「ユニオン内であなたのことは知られてるよ。直接会えてちょっと驚き」
「|そうだったの。初めて知った|」
「以後、お見知りおきを。差し支えなかったら、桜子ちゃんって呼んでいい?
 私のことは、このみって呼んでくれたらいいよ」
「|構わない|」
「ありがとう。それで、お墓に供えるお花だけど、欲しいものは決まってる?」
「|白系の花がお墓に供えるのに向いてるって、サーバから情報を得た|」
「供花では定番だけど、故人が好きだった花を供えるのもいいよ。それが供えてはいけない
 花じゃなかったらだけど。あとは宗派にもよるし、予算次第で変わってくるね」
134 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 19:51:39.23 ID:KiQxSCGiO
「|……令と郁美が好きだった花が何か分からない|」
「そうだなぁ……それなら、私が選んでもいいかな?」
「|いいの?|」
「これでも花選びには自信があるんだ。桜子ちゃんさえ差し支えなければ」
「|それなら、このみにお願いする|」
「じゃあ、決まりね。あとは二人がどんな人か教えてくれれば、もっと選びやすいかな」
「|令は人のいいところも悪いところも関係なく、写真を撮って新聞部で伝えてた。
  だから敵を作りやすいって自分で言ってた。令は猫の写真を撮る趣味があって、
  それが学校の生徒に好評だった|」
「新聞部と猫…ふむふむ。じゃあ、郁美さんっていう人は?」
「|郁美はメイド喫茶でメイドをしていた。アイドル的な存在で、訪れるお客さんを楽しませて、
  チョコレート交換会という催しを開いたともある|」
「ありがとう。私なりにお二方の人物像を作れたよ。それじゃあ、見繕うからちょっと待ってね」
「|あと、聞きたいことがある|」
「何かな?」
「|お線香と火種が手に入る店を知りたい|」
「それなら、この先に仏具を取り扱ってるお店があって……」


数分後、桜子は供花を購入してブロッサムを後にし、線香とマッチをこのみに教えられた店で
購入すると、観鳥令と牧野郁美が眠る菩提寺へ足を向けた。このみが二人のために選んだ供花を
両手に抱え、横断歩道で足を止める度に供花を見る。歩みを進めるうちに二人の菩提寺が近づき、
気付けば再び思案を巡らせていた。

(──時間は、容赦しない)
135 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 19:59:54.82 ID:KiQxSCGiO
時間はあらゆる存在を押し流し、現実は無慈悲に通り過ぎていく。
あらゆる存在に平等に時間は流れ、それはウワサである桜子たちにも同じ同じことが言えた。
桜子たちは形を得た後、彼女以外のウワサは、危険な存在として外の世界に形を成してしまった。

かつて存在したマギウスの翼が掲げた「魔法少女の解放」、「魔法少女至上主義」。

それらを成すための要素として、世に出されたみんなは、いろはたちの手で倒されることとなる。
結果、桜子以外のウワサたちは外の世界から消え、今ではねむの本の中だけの存在となってしまった。
けれども、誰にとっての幸か不幸か、桜子は消されることなく世界に残った。
後にねむにウワサの内容を書き換えられたことで、外の世界で自由に動き回れるようにもなった。

(これからは自分がみんなの分も、いろはたちを守る。そう決めていたのに……)

ねむ、灯花、ういが魔法少女になった際に起きてしまったアクシデントは、様々な功罪を残した。
マギウスの翼は浄化システムを残した一方で、余所の街から多くの魔女を奪っい去ったことで、
余所の街で魔女が枯渇する事態を起こしてしまう。魔女の枯渇は、神浜市でも起きたことがあり、
東西戦争勃発手前にまで陥ったことがある。

それと同等か、それ以上に酷い状況に余所の街を追い込み、そのうちの一つである二木市からは、
神浜市への報復を目的に結成された魔法少女集団が訪れ、神浜市の魔法少女と抗争を繰り広げた。
他にも様々な目的の下、神浜市へ訪れた魔法少女たちとの交流や、マギウスの翼の思想を継いだ
新たな魔法少女集団との抗争もあった。
136 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:02:47.27 ID:KiQxSCGiO
そんな日々の中、桜子は文字通りの意味でいろはたちを守り、共に戦い、試練とも理不尽とも
言える数々の困難を、乗り越えた果てに、争い合っていた魔法少女陣営は一つにまとまった。
誰もが手に入れようとした浄化システムは、魔法少女に残され、今は効果範囲を広げる方法を
模索している。

(……着いた)

寺に入るとサーバから得た情報を元に、作法に則って墓参りをしようと準備をする。
手桶と柄杓を用意して令の墓に向かう途中、墓前に先客がいることに気付く。
近づくにつれて先客の姿ははっきりし、先に先客が桜子に気付いて声をかけられた。

「桜子じゃないか」
「|ひなの、会えるとは思わなかった」
「……令のために来てくれたのか」
「|郁美のところにも行こうとしてる|」
「ありがとうな、立派な花まで持ってきてくれて。令もきっと喜んでくれてる」

桜子は持参した献花を令の墓前に供えると、手桶から水を何度か掬って墓にかけ、
線香に着火して供えた。煙が上がるのを確認すると、両膝を折って目を閉じ、両手を
合わせて上体を前傾させ、やがて静かに顔を上げて立ち上がった。

「これから大きな計画が動こうとしているな」
「|世界に残った魔女殲滅のこと?|」
「あぁ。W−1、W−2計画だったか?」
「|うん。浄化システムが広がりきったら、国内の魔女から殲滅することになってる」
「まさかアタシらが、魔法少女最後の世代になるとは思わなかったな」
137 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:08:43.92 ID:KiQxSCGiO
「|みんな、状況を理解してから、色んなことが一度に動き出している。一般社会では、組織犯罪が増え始めた|」
「桜子も知っていたか」
「|やちよが言うには、インキュベーターが撤退した時期と、事件増加のタイミングが重なっているらしい|」
「偶然とも言えるし、無関係ではないとも言える。無視はできないが、アタシは詳しいことを知らんからなぁ。何とも言えん」
「|常盤ななかたちが動いていて、調査を進めているらしい。だけど、向こうは時期が来るまで関わらないでほしいみたい。
  時期が来れば、向こうから接触があるかもしれないって、いろはが言っていた|」
「常盤ななか、か……。そういえば、何かしらの集まりで同じ場にはいても、直接話す機会はなかったよ。
 直接顔を見たことがある程度の認識しかないな」
「|私は名前は聞いたことがあるだけ。会ったことも話したこともない|」
「友人に会いに行くような感覚で、気軽に会おうという気にはならんからな。
 用事もないのに態々会いに行くような関係でもない」
「|私もそう思う。それに、時期が来れば向こうから接触してくるって、いろはが言ってた|」
「そういうことだ。大事なことは、今目の前に迫りつつある問題だ」
「|W計画は三つとも順調に進んでいる|」
「三つ?W計画は二つじゃなかったのか?」
「|い、いけない……!|」
「……桜子、お前…隠し事が下手だなぁ」
「|…………|」
「安心しろ。何も聞かなかったことにしてやるさ。ミラーズの記憶読み取り対策の件も知っている。
 これでアタシもミラーズには入れなくなったな」
「|ひなの……|」
「なんだ?」
「|少し話を聞いてほしい|」
「いいが…ここで話すのは流石にな。場所を変えてからでもよけりゃ聞いてやる」
「|構わない|」
「時間はある。ゆっくり聞こうじゃないか。何かあったな?」
138 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:13:43.69 ID:KiQxSCGiO
桜子はひなのと共に場所を移動すると、墓地内に置かれたベンチに座り、語り始めた。
協力者以外には伏せているW−3計画が存在すること、アリナがミラーズから未来に渡ったこと、
未来に渡ったアリナを阻止する要員として、自分と他に二人が選ばれたこと、他のウワサたちと
今後どのように接すればいいか悩んでいること……

それらをすべて聞いたひなのは、組んでいた腕を解いて桜子に向いた。

「本当は秘密にしておかなきゃいけないことなんだろ、W−3というのは」
「|本来、知ってるのは、W−3に協力してもらう魔法少女だけ|」
「そうか。今日のことは、お前とアタシだけの秘密だ。で、相談のことなんだがな……」
「|…………|」
「アタシも何が正しいのか分からんし、これが絶対だと言い切れないってことは、あらかじめ言っておく」
「|……うん|」
「他のウワサたちへの接し方を変える必要はない」
「|本当にそれでいいのかな?|」
「アタシはそう思う。いくら自分を取り巻く状況が変わったからって、それまで共に過ごした
 仲間との接し方を、急に変えたりしたら孤立するだけだ。それって寂しいことだぞ」
「|…………|」
「桜子はもしかしたら、自分が選ばれたから、他のウワサに恨まれてると考えてるのか?」
139 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:16:06.46 ID:KiQxSCGiO
「|私とあと三体のウワサ以外は、ねむに消されて魔翌力に還元される。ねむが居なくても、
  私が世界に存在できるようにするって決めた。他のウワサたちに何を言ったとしても、
  私は消されない側だからって、取り合ってもらえないかもしれない|」
「立場が違うからこそ生じる隔たりは認めるしかない。どんなに目を背けても、誤魔化しても、
 事実が変わることはないからな」
「|…………|」
「なんの慰めにもならないと思うが、来るべき日が来るまで、これまで通り過ごせばいい。
 お前の生みの親であるあの子たちと、後悔がないようにな。未来でお前がすべきことに
 専念できるように、この時代に未練を残さないようにするんだ」
「|他のウワサたちとは、普通に接すればいい?|」
「そうだ。後悔がないように。それは桜子にしかできないことだ。これが回答になっているか
 自信はないが、アタシからお前に言えることはそれだけだ」
「|……分かった|」
「他に何か話したいことはあるか?」
「|大丈夫。今日は話を聞いてくれて、ありがとう。ひなの|」
「こっちこそ、秘密を明かしてまで、アタシに相談してくれてありがとな、桜子」

二人は令の眠る墓を離れると、郁美の眠る墓へ移動して花を供え、令の墓と同様に墓参りを行った。
その後、桜子はひなのと共に寺を出て、帰路に着くと、道中で考えをまとめた。
これから自分がすること、灯花とねむに伝える自分の願い……

それらがはっきりすると、桜子は灯花たちの元へ向かうことを決めた。
140 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:23:47.77 ID:KiQxSCGiO
墓参りから帰った桜子は、ひなのの言葉に後押しされ、本の中で他のウワサたちと
会話を交わしていた。

|やれやれ、創造主様は私らを消すようだよ。それも万年桜のためにね|

知古辣屋零号店は、桜子以外のウワサに吐き捨てるように言った。
階段を上り下りしながら絶交階段のウワサが問いかけ、マチビト馬のウワサが嘆き、
記憶キュレーターが追随する。

|形ヲ失ウよ。ドうシテ?何ゼ?|
|万年桜のために消されるマッテマテ|
|悲しイ良クなイだケど仕方なイ|
「|…………|」
|創造主の決定に私らは逆らえないからね。行く末は必ず決まるんだ。仮にここで
  消されなかったとしても、ねむが死んじまったら、どのみち私らは全員消えちまう|

そこへ名無しの人工知能のウワサこと、アイが自身の考えを述べる。

|……ねむの命が尽きる時は、ウワサとして形を成した私たちが、物語へ戻る日だと
 思っていましたが、それは違うと思うようになりました。恐らく、ウワサとしても、
 物語としも、私たちは消えてしまう。こればかりは、どうにもならないと思います|
141 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:39:43.20 ID:KiQxSCGiO
|ただ物語の作り手が死ぬわけじゃない。ねむは私らの命の源。それが断たれるんだよ。
 作られた側の私らに、何ができるってんだい|
|万年桜ハなんで選バレたの?何デ私タチじゃナイノ?|
|もう新しいこと聞けない知れない記憶できない|
|ザバー……ザバー……|

そこへ、キレートビッグフェリスのウワサが会話に入ってくる。

|グルは鶴乃と、アイはさなと融合するらしいグル|
「|こんなことになって、何て言えばいいのか分からない。ごめん……|」
|あんたが謝って何になるのさ。不満はあるが、それでどうにかなるわけじゃない|
「|…………|」
|気にしてない気にしないでマッテマテ。万年桜のことも、ねむのことも恨んでないマッテマテ|
|ねむが長くないということは、私らも長くない。いよいよ私らも覚悟を決めないとね|
「|知古辣屋零号店……|」
|桜子さん。あなたは、ねむの決定をどう思っていますか?|
「|……私は、いろはたちの未来がそれで守れるなら、受け入れるべきだと思っている。
  だけど、未来に渡るということは……二度といろはたちと会えなくなるということ。
  かといって私が拒絶しても、決定が変わることはないと思う|」
|桜子さんの代わりが務まる誰かが見つかれば、違うかもしれません|
「|見つかる見込みはないと思う。灯花もねむも、他に誰かを探そうとはしていない|」
|……探すことはないでしょうね。このまま、鶴乃、さな、あなたを未来へ送る要員として、
 W−3計画を進めることは変わらないでしょう|
142 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:40:24.47 ID:KiQxSCGiO
|ここで何を言ったところで、どうにもなりはしないさ。事実を受け止めたら次はどうするか。
 言えることがあるとすれば、万年桜にも、キレーションランドにも、アイにも、やらなきゃ
 いけないことがある。あんたたちは、私らの分まで生きて、最後までやり遂げておくれよ|
|そうですか……|
「|……分かった|」
|まあ、本音を言わせてもらうなら、私も体を持ってみたかった。ついでだから言わせてもらうと、
 あんたのことが羨ましくてしょうがなかったよ、万年桜。ねむだけじゃなくて、みんなにとって
 万年桜は特別な存在のようだ|
「|…………|」
|淡い期待もしていたが、これで永久に叶わなくなるのが残念だね。
 ウワサにもあの世があるんなら、草葉の陰から応援してやるよ|
「|みんな……|」
|さあ行きな。これ以上話してたら、今度は恨み言が出てきちまうかもしれん。
 今まで外の話をたくさん聞かせてくれて、ありがとう。今まで本当に楽しかったよ。
 達者でやりな、万年桜。それから、アイも、キレーションランドもな……|
143 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/15(月) 20:40:56.32 ID:KiQxSCGiO
本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。
144 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:24:20.99 ID:SUUU0L0dO
>>142からの続き

織莉子から百年後の未来予知が、最初に報告された日から二ヵ月弱。
W計画はすべてが成案となり、国内の魔女殲滅ことW−1と、海外の魔女殲滅ことW−2に先駆けて、
W−3ことコールドスリープマシン開発は本格始動する。

小さいキュウべぇを解析して得られた情報の整理と、七支刀の解析は完了していた。
コールドスリープマシンに使用するヒヒイロカネの開発は、滞りなく進み、試作品が出来上がっていた。
この日は、浄化システムを惑星全土へ広げる方法の説明会で、いろはとういが灯花たちに呼ばれており、
最初にヒヒイロカネの試作品がお披露目となった。

「お姉さま、うい、来てくれてありがとう。」
「こんにちは、灯花ちゃん。」
「灯花ちゃん元気?」
「わたくしは問題ないよ。鶴乃とさなの様子はどう?」
「うん。鶴乃ちゃんは、ご家族の四十九日が過ぎたら、みかづき荘に顔を見せてくれたよ。
 新しい家に移ってて、お店はこれから解体されるって言ってた。さなちゃんは、考えが
 まとまったって言ってた」
「戻ってきてくれたんだね。さなは大丈夫そうだけど、鶴乃と桜子が問題かな」
「鶴乃さんのお父さんが、メディカルセンターに入院したって聞いてるよ」
「そうだよ。鶴乃が入院していた部屋に、この前から入ってる。鶴乃のお父さんのことは、
 お父様たちに任せてくれれば大丈夫だよ」
「ありがとう」
「灯花ちゃん、桜子ちゃんは……」
「桜子だけど……しばらく本から出てきてくれなかったけど、先週、やっと顔を見せてくれたよ。
 ウワサたちとずっと話してて、考えをまとめてたって言ってた」
「そっか……。また話せればいいね……」
「今は山のあの場所にいる。話はしてくれるけど、まだ以前みたいにはいかないの」
「桜子ちゃんから私たちに接してくれるのを、待つしかなさそうだね」
「ところで、ヒヒイロカネができたって聞いたけど……」
「そうそう。これがそうだよ」
145 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:27:10.36 ID:SUUU0L0dO
灯花が見せたのは、金色の延べ棒の形に整えられた金属だった。
手に取ってみると冷たくて軽く、裏返したりして観察すると灯花に返した。

「ヒヒイロカネって、見た目よりも軽いんだね」
「金よりも軽いんだよ。熱伝導率も優れてて、永久不変で絶対に錆びなくて、ダイヤモンドより硬いの。
 太古の時代は鉄や銅と同じくらい、普通の金属として使われていたらしいんだけど、現代では原料も
 加工技術も失われているの」

そこへ、部屋の扉が開いて視線を移すと、ねむと桜子が立っていた。

「ただいま、灯花。お姉さんとういも来てくれてたんだ」
「|いろは、うい、久しぶり|」
「久しぶり、桜子ちゃん。本の中からずっと出てこないって聞いてたから、心配したよ」
「|心配させてごめん、いろは。ずっと考えをまとめたり、他のウワサたちと話したりしていた|」
「もう大丈夫なの?」
「|ういにも心配をかけた。未来に渡るまで、この時代でどう過ごすか決めた。だから、もう大丈夫|」
「ヒヒイロカネをお披露目していたんだね。過去に日本神話に基づいたウワサを作ったけど、
 こんな形で役に立つ日が来るとは思わなかった」
「伝説の金属を実現しちゃうなんて、すごいよ。三神器を作った金属なんだっけ?」
「そうだよ。日本神話において、天孫降臨(てんそんこうりん)の時に、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、
 天照大神(あまてらすおおかみ)から授けられたという、鏡、勾玉、剣。この三つはヒヒイロカネから
 作られている、と言われているんだ」
「|八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・天叢雲剣(あめのむらくも)。
  いずれも日ノ本の象徴の存在の正当性を裏付ける神物、という意味がある|」
「実物を見たことがないのに、伝説の金属をどうやって再現したのかな?」
「灯花のおかげなんだ」
「スーパーコンピューターを借りて計算したんだよ。と言っても、計算するにはデータも必要だから、
 そのデータはわたくしが作ったの」
146 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:31:07.19 ID:SUUU0L0dO
「再現であって実物そのものではないけど、同等の性質は再現できたよ」
「魔翌力で再現したと思うけど、使ったのはねむちゃんの魔翌力なの……?」
「|再現には知古辣屋零号店が、カカオマスに溜めた魔翌力を使った|」
「……最低でも、鶴乃たちを未来へ送るまで、僕は死ぬわけにいかない。
 叶うならすべての魔女殲滅まで見届けたいけど、僕のことは僕自身が一番分かっている。
 自身の魔翌力消費は必要最低限に留めているよ」
「それなら安心した」
「そ、そういえば、七支刀もヒヒイロカネの開発にかかわってなかったかな?」
「七支刀の解析結果は、魔翌力の蓄積に流用したの。魔翌力をどうやって蓄積しているか知りたかったんだ」
「時女静香には感謝しているよ」
「このヒヒイロカネをこれから量産するの?」
「その通り。効率化を図りつつ量産して、必要な量に届くまで製造するんだよ。
 その後はヒヒイロカネでマシンを開発して、稼働実験。それが全部済んだら、
 鶴乃たちにマシンに入ってもらうことになるよ」
「マシンが完成したら、そうだったね」
「時間はまだある。マシンが完成するまでの間、鶴乃たちには悔いなく、この時代で過ごしてもらって、
 未来に現れるアリナ討伐に専念してもらわないと」

それから話題は、浄化システムを広げる方法の説明へ移った。
小さいキュウべぇを解析して得られた情報を整理した結果、何らかの入力を受け付ける機構が発見された。
その機構に何らかの働きかけがあれば、そこから想定した結果を得られることは分かった。
147 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:31:59.82 ID:SUUU0L0dO










その”何らか”の正体は、穢れの浄化だった。










「穢れの浄化って……グリーフシードによるソウルジェムの浄化のことだよね?」
「うん。まさか、魔法少女に必須な行動が答えだったなんて、意外だったにゃー」
「灯台元暗しとは、このことだろうね」
「どうやってソウルジェムの浄化がトリガーだって気付いたの?」
「ういの前で説明するのは憚られるんだけど……わたくしたちがやっていた魔女の
 育成を思い出したんだよ。当時はグリーフシードから穢れを与えたり、ウワサを
 使って集めた人々の感情エネルギーで、エンブリオ・イヴを成長させていたけど、
 それでドッペルシステムを築いて、自動浄化システムができた」
148 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:37:00.95 ID:SUUU0L0dO
「それをヒントに、グリーフシードでソウルジェムを浄化後、本来グリーフシードに溜まるはずの穢れを、
 小さいキュウべぇに吸収させる流れを作ったんだ。あとは反応を見るために、経過観察を行った」
「だけど、一度や二度の浄化じゃ反応はなくて、何度も繰り返して、ようやく想定した結果を得られたの」
「そこから僕たちは、穢れの浄化の意味を拡大解釈して仮説を立てたんだけど、僕たちだけで検証を行うのは、
 人数的にどうしても難しいんだ。最近は神浜の治安も、再び心許なくなっているし、僕たちはまだ変身に体が
 耐えられない状態なんだ」
「それって、体が完治していなかったってこと?」
「体は大丈夫なんだけど、変身すると以前より負荷がかかるの。みたまの調整技術は本物だね」
「恥ずかしながら、こんな状態だから自衛は難しい。桜子がいるけど、W−3を考慮して極力負担を避けたい。
 お願いばかりで悪いのだけど……いろはお姉さんたちに、亡くなった魔法少女の弔いをしてほしいんだ」
「お墓参りをすればいいってことだね。確か、私が神浜に来る前に、やちよさんと一緒に組んでいた人の、
 月命日が近いって聞いた気がする。だけど、システムの範囲拡大とお墓参りがどう繋がるの?」
「穢れの浄化つながりだね」
「お墓参りで供える線香は、火を灯すことで生じる香りに、供養しに来た人の心身の汚れと、
 その場を浄化する作用があると言われていて、線香の香りは死者の食事とも言われている。
 死者もかつては生きていた人間だ。拡大解釈すれば、線香を供えることで、死者の穢れも
 浄化できるかもしれないと考えたんだ」
「分かった。それなら、やちよさんに相談してみるよ」
「灯花ちゃん、何か報告が必要になることはある?」
「んーと、お墓参りに行く日に、出発前と帰宅後に電話がほしいな」
「分かった」
「あとは……もう一人、協力を取り付けたい魔法少女がいるんだけど……」
「誰のこと?」
「氷室ラビ。わたくしの叔父様と一緒に湯国市へ向かった、フォークロアのリーダー」
「そういえば……氷室さんたちから連絡、全然ないや……」
「叔父様とも連絡が取れないんだよね。今頃どうしてるか分からなくて……」
149 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:43:03.34 ID:SUUU0L0dO
午前0時のフォークロアは、全員が未だに音信不通だった。
それは灯花の叔父である里見太助と、従姉妹の里見那由他も同じだった。
湯国市でも最近、組織犯罪が増加しており、特に湯国市は魔法少女撲滅派が存在しており、
フォークロアと里見那由他は、撲滅派と魔法少女の争いに巻き込まれたことがある。
湯国市の組織犯罪には、彼らが関わっている可能性も考えられており、安否確認のため、
灯花は協力者を募って湯国市へ向かうことも考えているという。

「わたくしたちにも、やることがあったとはいえ、もっと気にかけておくべきだったよ」
「近々、元マギウスの羽たちから、人を募ろうと思ってる。お姉さんたちにはこれから
 やってもらうことがあるから、そちらに専念してほしい」
「……分かったよ。無事だといいね、みんな」
「…………」
「あと、今から時間があったら、お願いしたことがあるんだけど、いいかな?」
「私もういも、一日時間を空けてあるよ」
「これから電車で宝崎市に向かって、浄化システムの有効範囲を調べてほしいんだ。
 これは後日、またやってもらうことになるんだけど」
「後日?」
「お墓参りの帰りに、浄化システムが広がってるかを確認してほしいの」
「そういうことか。お墓参りの後のことはやちよさんに相談するけど、
 これから確認するのは大丈夫だよ。ういもいいかな?」
「私もいいよ」
「ありがとう。神浜と宝崎の境あたりまで、システムが有効なはずなんだ。
 移動には、わたくしの家の使用人に車を出させるよ」
「やってほしいことは、街の境まで移動したら車から降りて、そこから歩いて宝崎方面へ
 移動しながら、ソウルジェムの浄化が途切れる地点を確認してほしいんだ」
「分かった。もう行ったほうがいいのかな?」
「これから車を出してもらうから、準備できるまで待っててほしいにゃー」
「分かった」
150 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:47:31.01 ID:SUUU0L0dO
その後、灯花の家の使用人が運転する車が、電波望遠鏡近くに到着する。
使用人からの連絡を受けて、いろはとういは外へ出ると黒塗りのリムジンに乗車し、街の境目へ向かって出発した。

「その節はお世話になりました」
「とんでもない、仕事ですから。ところで、行先は伺っていますが、橋の手前まで向かえばよろしいですか?」
「はい、そこでま向かってもらえたら、橋を歩いて渡ります。といっても、橋を渡り切ったらすぐに引き返すので、
 それまで待っててもらえますか?」
「畏まりました」

車両での移動の道中、いろはとういは流れる外の景色に視線を向け、二ヵ月間の出来事を振り返った。
山積みだったやるべきことは、徐々に消化しつつあり、時間をかけて準備を進めてきた本題への着手も、実現しつつある。
現在進行中のW計画は、W−1とW−2は浄化システムが広がり次第、実行に移される。
W−3は一足先に動いており、コールドスリープマシンが完成次第、鶴乃、さな、桜子を送り出すことになる。
三人が未来で無事に目覚めれば、W−3は真に計画開始となるが、自分はそれを見届けることは出来ない。


これまでの行動も計画の内だが、全体的に見れば準備段階に過ぎない。


これから行う、浄化システムの有効範囲の確認もまた。


「到着しました」
「お姉ちゃん、橋に着いたよ」
「ありがとうございます。すぐに戻りますね」
「はい。ここでお待ちしております」
151 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:52:50.47 ID:SUUU0L0dO
いろはとういは下車すると、ソウルジェムの浄化が続いていることを確認しながら橋へ向かった。
宝崎市方面へ歩いていき、浄化システムの効果が途切れる地点を確認するため、ソウルジェムの
穢れ浄化の状況を注視。橋を渡っている間は浄化が続いたが、橋を渡り切ったところで浄化が止む。
周囲をも渡すと、川を挟んだ向こうに線路の走る鉄橋が見え、神浜市方面へ向かう電車が見える。

踵を返して神浜市方面へ向かって歩くと、橋に足を踏み入れた時点で浄化が再開することを確認し、
そのまま歩き続けて車両まで戻ってきた。橋を渡り切った時点で、灯花に連絡を入れて報告すると、
電話の向こうでキーボードを叩く音が聞こえた。

『ありがとう、お姉さま、うい。そのまま戻ってきてもらえるかな?お姉さまたちがいない間に、こっちで動きがあったんだ』
「浄化システムのこと?」
『ううん。叔父様たちの消息を掴めたの』
「見つかったの!?」
『素直に喜べないけどね。とりあえず、戻ってきたら詳細を話すね。またあとで』

いろはは電話を切ると、ういと共に車両に乗車し、病院へ引き返した。

「本当に早かったですね。もうよろしいんですか?」
「はい。灯花ちゃんの実験だったみたいで、もう済みました」
「お姉ちゃん、見つかったって何のこと?」
「灯花ちゃんの叔父さんが見つかったんだって。氷室さんたちも多分」
「急だね」
「詳細は戻ったら話してくれるって言ってたから、細かいことはそれからだね」
152 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 22:59:11.44 ID:SUUU0L0dO
電波望遠鏡に戻ると、ねむと桜子は席を外しており、灯花だけが残っていた。
いろはとういは、報告もそこそこに、灯花から叔父の里見太助の消息について説明の詳細を受けた。
湯国市へ向かった太助は、氷室ラビをはじめとするフォークロアのメンバーと共に、魔法少女撲滅派との
和解実現のため、神浜市を離れてから一ヵ月以上もの間、彼らの説得にあたっていた。

しかし、太助が湯国市に以前訪れた時、オールフェストでゲストとして参加した際、魔法少女擁護派が
壊滅した事件が尾を引いており、説得は難航。それどころか、灯花が予想していた通り、湯国市でも
組織犯罪が発生していることが判明。それらの事件は、市民からは魔法少女の仕業だと思われていた。
根拠は何もなく、過去の出来事が尾を引いており、些細なことがすべて魔法少女の犯行と結びつけられた。

それが現在の湯国市の状況であるという。

「そんなのって……」
「まるで中世の魔女狩りみたい……」
「何人かは考えを改めようとしてくれてたみたい。だけど、埒が明かなくて……そのあと……」
「続きは私から話そう」
「叔父様!」
「はじめまして…かな。環いろはちゃん、ういちゃん。君たちのことは灯花から聞いている。
 私は里見太助。里見灯花の叔父で、魔法少女の研究を行っている民俗学者だよ。いつも、
 灯花がお世話になってるね」
「どうもご丁寧に。お世話になっているのは、私たちのほうです。
 少し前まではシェルターで生活させてもらってました」
「は、はじめまして。いつも、お姉ちゃんやみんなと一緒に、灯花ちゃんのお世話になっています」
「灯花はいいお友達に恵まれているようだ。灯花が君たちの話をするとき、嬉しそうな顔をするのも分かる。
 ……と、すまない。さっきの話の続きをしないとね」
「…………」
153 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 23:09:17.07 ID:SUUU0L0dO
「結論から言えば、撲滅派との和解には至れなかった。残念ながらね。生きて帰って来れただけでもマシだろう。
 湯国の状況は以前より酷い有様だ。寧ろ日に日に悪化していると言ってもいい。そんな中にあっても、神浜で
 魔法少女が団結した話は、風の噂で遠く湯国にも流れていて、それを知っている人たちは非常に少ないけれど、
 考えを改めようと善処してくれている。別の要因も手伝ってね」
(別の要因?なんだろう?)
「だが、宇宙の自浄作用なのだろか。撲滅派の現リーダーはじめ、殆どの人たちは、魔法少女の存在そのものを否定している」、
「それじゃ、まったく説得の余地なしということですか?」
「そう言わざるを得ない。それどころか、魔法少女への考えを改めようとしてくれる人たち以外は、湯国は魔法少女への敵意を
 ますます強めているよ。神浜では人々がまとまろうとしているが、別の方向で湯国の人々はまとまろうとしている」
「魔法少女を敵とみなすことで、一つに……ということですか?」
「あぁ……そういうことになる……」
「すみません、質問していいですか?」
「なにかな、ういちゃん」
「さっき、別の要因って言ってたのは、何のことですか?」
「最近、全国で頻発している組織犯罪のことだ。君たちもそれは知っていると思うけど、
 湯国でも組織犯罪が起きるようになって、動機は異なれど共通点があるんだ」
「その共通点というのは?」

それから、太助は湯国で起きたこと、行っていた調査のことを語り始めた。
世間に報道さている組織犯罪は全容を語っておらず、意図的に一部がぼかされている。
事件の裏には、名前も知られていない、犯罪組織―恐らくは世界規模の─の存在が見え隠れしていた。
その組織は十代の少女を拉致して、願いを叶えるための道具としているという。

「私はその大規模犯罪組織を、”クリミナルズ”と仮称している」
「クリミナルズ……それが湯国のことと、どう繋がるんでしょうか?」
154 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 23:14:02.83 ID:SUUU0L0dO
クリミナルズは、魔法少女のことを知っており、当然魔女化も知っている。
一般的に思いつくような犯罪も行っており、十代の少女拉致はその一部でしかない。
湯国の撲滅派には、クリミナルズと繋がっている者がおり、太助はその関係者から
リークされる形で存在を知ったという。

「私に情報を提供した人物も、魔法少女を快く思っていないが、直接攻撃してまで魔法少女を
 街から追い出そうとは思っていなくて、自分から街を去るのなら、それ以上は望んでいない
 という人物でね。彼の話によると、クリミナルズに加担しているメンバーは、かなり以前から
 組織の一員として動いているそうだ」
「クリミナルズとして、いろいろな犯罪に関わっているってことですか?」
「巷で囁かれるような犯罪を起こしてもいたし、一般人と魔法少女を意図的に対立させたりだよ」
「それって、もしかして……神浜市の東西争いも関係してるんじゃ……」
「そこまでは分からないが、話を聞いた限りでは、無関係ではないと思うね。
 それに、どうもクリミナルズには、神浜で警察関係に身を置いていた人間が
 関わっているようなんだ」
「そんなこと初めて知った……」
「警察関係者が犯罪組織と繋がってるなんて、今時珍しくないもんね。それに警察は、
 身内の犯罪に対して庇い立てするから、報道されても一瞬だよ」
「太助さんに情報を提供された人は、どうしてそこまで知ってるんでしょうか……」
「どこまで本当かは分かりかねるが、彼自身はクリミナルズに加担していないが、
 情報が集まりやすい場所の近くに身を置いていて、嫌でも情報が入ってきたそうだ。
 彼を組織に加入させようとした人間が、意図的にそのような状況に彼を追い込んで
 いたのだろうね」
「自分の身近にいる人間を、犯罪に引き込もうとするのは、よくあることだよね」
155 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 23:17:48.47 ID:SUUU0L0dO
「私たちにできることはないでしょうか?」
「これは、デリケートな問題だ。二ヵ月湯国で粘ってはみたが、解決の一口は終ぞ見つけられなかった。
 いろはちゃんが湯国へ出向いて、彼らを説得しようなんて試みないでくれ。湯国は今まで以上に危険な
 街と化してしまったんだ」
「お姉ちゃんの身に何かがあったら、五つの陣営の同盟は瓦解しちゃうよ」
「そういえば、氷室さんたちはどうしているんですか?」
「今は全員、那由他と一緒に、神浜に用意した那由他の家に集まってもらってる。今、一人になるのは危険と判断した」
「どこで狙われているか分かりませんよね。神浜の人間が加担してるなんて、グループで固まってても、安心して外を歩けません」
「クリミナルズは最低でも全国規模。最大では、世界規模の犯罪組織である可能性がある。
 今この瞬間も、我々は監視されているかもしれない」
「まさか、ここ最近の嫌な出来事も、宇宙の意思だったりするのかな…?」
「こじつけレベルになりそうだけど、皆無じゃないと思うよ。叔父様も仮説を立てていたし」
「魔法少女の存在を広めようとすると、見えざる手で妨害されるっていう?」
「それとは別の仮説だよ。私も浄化システムがインキュベーターから、魔法少女へ明け渡されたことは知っている。
 それを踏まえて、ういちゃんが今言った仮説と併せて、こんな考えが浮かんだ」

それは、用済みとなった人類を、宇宙の意思が抹殺にかかろうとしているというものだった。
インキュベーターは、エネルギー回収ノルマは達したと言っていたが、インキュベーターが
人類に契約を求めなくなった以上、宇宙の意思が人類をこれからも生かしておく必要はない。
自身が生きていく上で必要なエネルギーを回収できないなら、人類とは最早、自身の存在を
脅かしかねない危険な存在。

人類を野放しにするのは、宇宙にとって危険でしかないのだと。
156 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 23:22:13.06 ID:SUUU0L0dO
「突飛拍子のない話に聞こえるかもしれない。しかし、今日まで私たちの周りで起きた出来事を振り返れば、
 ただの偶然と言うほうが難しい。これまでは一般人を通じて、これからは犯罪組織を通じて宇宙の意思は、
 我々を妨害しようとするとみていい」
「それが本当なら……」
「お姉さま?」
「お姉ちゃん?」
「私たちの真の敵は、魔女でもキュウべぇでもない。魔法少女という贄なしでは、存在を維持できないこの宇宙、
 そのものなんだろうなって……そう思ったら……とても世知辛いです……」


電波望遠鏡を出たいろはとういは、太助の勧めもあって、灯花の家の使用人が運転する車両で
みかづき荘へ帰宅した。帰宅後、いろはとういは、元・みかづき荘メンバーの墓参りに向かう日を、
やちよに尋ねると、その理由を説明した。

説明を受けたやちよは半信半疑だったが承諾し、元・みかづき荘メンバーの月命日に、現在の
チームみかづき荘のメンバーと、みふゆが墓参りに向かうことが決まった。
また、最近の組織犯罪増加への懸念から、いろはたちが留守の間、ももこ、レナ、かえでの三名が、
みかづき荘の留守を預かることも決まった。

『理由は分からないでもないけど、そこまで必要かな?アタシは構わないけどさ』
『どうしてもって言うなら引き受けるけど、今度食事くらい奢りなさいよね』
『も、ももこちゃんと、レナちゃんが一緒なら、私も留守番するよ』
157 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 23:23:59.94 ID:SUUU0L0dO
ももこたちへの連絡を終えると、いろははやちよに、電波望遠鏡で太助と交わした会話の内容を伝えた。
やちよは相槌を返しつつ聞いていたが、いろはの話が途切れると、やちよが会話を切り出した。
今は嵐の前の静けさであり、何かをきっかけに、大きな災いが降りかかろうとしていると。
世界規模でそれは起こり、魔法少女も一般人も問わず脅威に晒され、命の選択を迫られるだろう、と。

いろはは、やちよの言葉の根拠を問うと、織莉子との会話で告げられたものだという。

「妙に言葉を濁しましたね。以前は、断定はできなくても、もう少し具体性がありましたが……」
「彼女から電話で連絡があって、その時に彼女が言っていた言葉なのよ」
「キュウべぇが織莉子ちゃんの能力を弄ってから、二ヵ月経ってます。以前よりはっきり
 未来が見えていると思うんですけど……」
「はっきり見えたんだと思う。そして、だからこそ言葉を濁したのかもしれない」
「……そういう可能性も、ありますね。織莉子ちゃんは他に何か?」
「また近々、こちらに足を運ぶそうよ。墓参りと検証の話をしたら、それ以降に来ると。
 連絡は私からすることになってるから、織莉子さんとの連絡は私に任せて」
「分かりました」
158 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/22(月) 23:24:36.64 ID:SUUU0L0dO
本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2022/08/24(水) 19:52:50.79 ID:9HpBB4SNO
保守
160 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2022/08/25(木) 02:41:10.87 ID:IA2KeHgu0
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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161 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:09:44.00 ID:YmEHP9jHO
>>157からの続き

墓参り当日。
予定していたメンバー全員が揃い、ももこたちは、メンバーが出発する三十分前に到着した。

「悪いわね、急なお願いを引き受けてもらって。くつろいでてもらっていいから」
「そうさせてもらうわ」
「な、何もなければいいんだけど……」
「アタシらちょうど予定が空いてたんだ。鶴乃とさなちゃんが戻って来たし、
 顔も見ておきたかったからな。桜子ちゃんも戻って来てるんだっけ」
「先日、電波望遠鏡で桜子ちゃんと会いました。元気そうでした」
「そっか、それならよかった。大変な任務をしょっちまったんだ、無理もなかったと思うよ」
「他のウワサたちと長いこと話こんだり、考えをまとめたりしてたみたいです」
「その辺りは帰ったら続きを聞かせてもらうよ。そろそろ出発の時間だし、気を付けて行ってきなよ。
 それと……やちよさん。メルによろしくな」
「えぇ、伝えるわ。それじゃ行きましょうか、みんな。ももこ、レナ、かえで、留守番よろしくね。
 帰りにお土産買ってくるわ」
「いってらっしゃい」

みかづき荘を出発したいろはたちは、道中でフラワーショップ・ブロッサムに寄り供花を購入した。
この日は、夏目かこ、春名このみ、秋野かえではシフト休みで店におらず、かえではつい先ほど、
みかづき荘で留守をお願いしたばかりだった。
162 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:13:20.60 ID:YmEHP9jHO
その後、特に何事もなく、いろはたちは、元・みかづき荘メンバーの菩提寺に到着した。
事前の取り決め通りに、出発前と到着後に灯花たちへ連絡し、やちよとみふゆのかつての仲間、
雪野かなえと安名メルの墓参りを行った。やちよとみふゆが故人へ近況を報告し、いろはたちが
続いて挨拶をかねて頭を下げる。

「メル、ももこがあなたに、よろしくと言ってたわ」
(……安名メルさん、雪野かなえさん……どんな人たちだったんだろう?)

何事もなく墓参りが済み、寺の外へ出ると、いろはは灯花たちに連絡を入れた。
報告を受けた灯花の話によれば、小さいキュウべぇの入力機構に反応があり、
墓参りをトリガーとして、浄化システムに変化が生じた可能性を伝えてきた。

『ういが何かに気付いたかを聞いてほしいにゃー』

浄化システムのコアであるういが、何らかの変化に気付いたかを尋ねると、
自身に何かが集まってくる感覚があったとのこと。

『お姉さま、申し訳ないけど、その足でこれから宝崎市へ向かってほしいの。最寄駅から電車に乗って、
 この前みたいに浄化システムの効果が途切れた地点を、教えてもらっていいかにゃー?』
「分かった。それじゃ、これから向かうね」
『ありがとう、お姉さま』
163 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:16:25.00 ID:YmEHP9jHO
いろはは電話を切ると、やちよたちに宝崎市に向かいたい旨を伝えた。
その場に居た全員が理由を聞いて了承すると、最寄り駅に向かって出発した。
道中でソウルジェムを確認すると、微々たるものだが穢れが徐々に浄化されている。

最寄り駅は人がまばらで、混雑に遭遇することなくホームに到着すると、いろはたちは
昨日の検証で渡った橋をすぐに確認できるように、先頭車両の停車位置まで移動すると、
運転席が近い一番前のドアが開く場所に立つ。

電車を待つ間、やちよがいろはに声をかけてきた。

「思えば、大所帯で駅に来るなんて、二木市へ向かう時以来よね」
「そうですね。当時とはだいぶ状況が変わりましたね」
「あの時は、ういちゃん救出のために集まって、ももこたちも一緒だったっけ。
 今日は、みかづき荘の留守をお願いしてるけど」

そこへ鶴乃が会話に参加し、フェリシア、さな、うい、みふゆが続く。

「ももこの提案で貨物列車に飛び乗ったのは、今も覚えてるよ」
「あん時はドキドキもんだったぜ。でもオレ、ちょっとワクワクしちまったんだ」
「わ、私はもう、二度と同じ体験はしたくないです。今思い返すと、ジェットコースターよりすごかった……」
「一生に一度だって体験したくないよ。誘拐されるのも、貨物列車に飛び乗るのも。あれきりがいい……」
「みなさん、よく駅員に見つかりませんでしたね。鉄道会社に見つかっていたら、鉄道営業法に触れて、
 訴えられていたかもしれませんよ」
「分かってるわよ、それくらい。あの時は、二葉さんの能力で気配を消してもらってたの。
 あの時、二葉さんがいなかったら、あんな無茶な撤退は出来なかったわ」
164 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:22:33.43 ID:YmEHP9jHO
みふゆが返事をしようとしたその時、電車がホームに滑り込んできた。
つい先ほどまで人がまばらだったホームは、大勢の乗客で溢れており、
いろはたちの後ろにも既に行列ができていた。

電車のドアが開くと、乗客が下りた後に車内が空き、そこへメンバー全員が乗り込むが、
直後に下りた人数以上の乗客も一緒に乗り込み、周囲に押されて圧迫されそうになる。
みかづき荘メンバーは、いろはを囲むように立って壁を作り、いろはの周囲の空間に
余裕を持たせて、検証に専念できるようにした。

(……動いた!)

電車がホームを離れると同時に、いろはは外の風景とソウルジェムを交互に見始め、
先日同様、ソウルジェムの浄化が途切れる地点を探り始める。道中、数駅の停車を
挟んだ後、いろはとういが先日渡った橋が見える鉄橋へ差し掛かった。

いろはは、片手にソウルジェムを持って、顔のやや前で掲げたまま外の風景と見比べた。
昨日は橋を渡った時点で途切れた浄化だったが、橋を渡ってもなお浄化は続き、やがて
電車は宝崎市へ入っていく。

(浄化がまだ続いてる…!?)

宝崎市内に入っても浄化は続き、いろははソウルジェムを注視し続けた。
そのまま電車は宝崎市内を走り続け、停車を何度か繰り返すと、宝崎市と
別の街の境に架かる鉄橋を渡り、その線路の途中で浄化が途切れた。
165 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:27:00.18 ID:YmEHP9jHO
鉄橋を渡り切った電車は、間もなくして駅に到着し、いろははソウルジェムをしまって電車を降りる。
全員の下車を確認すると、全員を見渡して口を開いた。

「みんな、聞いて……」

いろはの声にメンバー全員が振り返り、お互いの体の間隔をあける。
電車内は、いろはたちの以外の乗客は別の車両におり、壁を作る必要もなくなっていた。

「浄化システムの効果範囲、広がってたよ!」

いろはのその報告に、メンバー全員が達成感に包まれた笑顔を浮かべる。
灯花とねむにも報告を入れると、二人は大喜びし、いろはたちは脅威をしばし忘れ、
大手を振ってみかづき荘へ帰還し、ももこたちにも成果を報告するのだった。


墓参りの帰りに行われた検証の結果は、みかづき荘へ帰還後、いろはから各陣営のリーダーへ、
リーダーからメンバーへ、各陣営のメンバーから近隣の魔法少女へと、瞬く間に周知されていった。
その日以降、全国各地で過去に死亡した魔法少女の供養が行われ、その度に浄化システムは
効果範囲を広げていき、やがて二木市、湯国市まで広がり、さらにその先まで広がっていった。

『環さん、結菜よ。二木市で自動浄化で始まったわ。ついにやったのね』

『いろはさん、氷室ラビです。湯国に向かった魔法少女から、 自動浄化が始まったと連絡がありました』


美国織莉子と呉キリカが、久方ぶりにみかづき荘を訪れたのは、そんな最中だった。
166 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:37:05.10 ID:YmEHP9jHO
「ご無沙汰しています、いろはさん」
「こんにちは、あれから二、三ヵ月になるのかな」
「織莉子ちゃん、キリカさん。久しぶり」
「全員集まってるわ、入ってちょうだい」

その日、みかづき荘で織莉子たちとの何度目かの会合が開かれた。
いろはが浄化システムにかかりきりの間、やちよは連絡係を受け持ち、
織莉子たちとの会合開催日を決定していた。

出席者は、いろは、やちよ、織莉子、キリカの四名。
他のみかづき荘メンバーは、各々が抱える所用のため、この場にいなかった。
鶴乃はメディカルセンターに入院中の父の看病のため、さなはW−3に備えて
名無しの人工知能のウワサことアイと融合のため、フェリシアは林間学校のため、
ういは灯花、ねむと共に、さなとアイの融合に立ち会うため、会合を欠席している。

いろはが会合の主催となり、前回の会合から今日までに起きた出来事を報告した。
報告した内容は浄化システムが広がったことと、W−1開始時期を前倒しにすること、
織莉子が最近視た未来の内容、いろはたちの与り知らぬところで動き回る犯罪組織に
関わる話についてだった。
167 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:39:39.20 ID:YmEHP9jHO
「いろはさん。浄化システムが広がったおかげで、見滝原でも自動浄化が始まったんです。
 おかげでグリーフシードの消費量も、調達に割く労力も減りました」
「私の負担も、織莉子の負担も日々減ってるし、感謝してるよ」
「もう見滝原まで広がってたんですか。この分だと、もっと先まで広がってるかも」
「見滝原の近くに風見野っていう街がある。そこでも自動浄化が始まってるんだ。
 美味しいラーメン屋があって、織莉子と一緒に行ったときに確認したよ」
「わざわざありがとう、キリカさん」
「出かけたついでだよ。それより、そろそろ始めたほうがよくない?」

キリカに促され、四人は会合を開始し、W−1今後の方針から話し始めた。
二木市で自動浄化が始まった連絡があった日、いろはは結菜から提案を
持ち掛けられていた。

浄化システムが惑星全土に広がるのを待たずに、既に広がっている範囲内で
魔女殲滅を始め、一日でも早く世界に残るすべての魔女を殲滅するべきだと。
同時期に、みかづき荘メンバー内でも同じ話が出ており、時女一族、ネオ・マギウス、
フォークロアとも電話で会話した中で、同じ意見が挙がった。
これについて、織莉子とキリカは同意し、見滝原へ戻り次第、周辺の魔法少女にも
話を持ち掛けて取り掛かると回答があった。
168 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:43:19.20 ID:YmEHP9jHO
「私たちもユニオン内の計画協力者と会話をして、W−1開始時期を早める方向で動きます」
「分かりました。次は、最新の予知内容ですが……」

W計画を立ち上げたことで、予知で視えた未来には変化が生じた。
アリナの他に別の魔法少女が一人おり、どこかの森と思われる場所で、
三人の魔法少女がアリナたちを相手に戦闘を繰り広げているという。
三人の魔法少女の特徴は、鶴乃、さな、桜子のそれと一致していた。

「これはとりもなおさず、鶴乃たちを未来へ送ることが、成功するということでもあるのね」

最後に、犯罪組織についての情報が織莉子から齎された。

「私たちが集められた範囲の情報ですが、湯国市という街で結成された、魔法少女撲滅派という
 組織と犯罪組織は、利害の一致から手を結んでいます。犯罪組織の中心人物は神浜の元・刑事。
 この街で過去に起きた事件とも深く関わっていて、それが尾を引いています」
「それは、南凪区で起きた冤罪事件のことかな?」
「そうです。冤罪事件のこと、ご存知なのですか?」
「事件の概要は調べて知りました。詳細は分かりませんでしたが……」
「南凪区で起きた事件は、最終的に冤罪を仕掛けようとした警察・司法とグルになった
 犯罪組織共々、冤罪の証拠が見つかったことから、失敗に終わっている。失敗した
 理由は、ある一人の魔法少女の願いが理由です」
「その魔法少女と、願いの内容は……?」
「これから言うことは他言無用を約束して下さい。本人を前にしても、知らない振りをして欲しい」
「……守るよ」
「いろはに同じく」
169 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:44:50.84 ID:YmEHP9jHO
「魔法少女の名前は純美雨。冤罪を擦り付けられそうになった、蒼海幇という組織を守るために、
 彼女は魔法少女になりました。彼女の願いで検挙された一派は、撲滅派と繋がりがある人間の
 手引きを受けて海外に脱出。魔法少女に恨みを持つ者を集め、巨大な犯罪組織を築いた」
「それらの情報をどうやって集めたの?裏の社会を知る人間とコンタクトでも?」
「私の人脈には、父親が政治家だったことから、伝手を辿れば裏の社会を知る人間もいる。
 魔法少女の歴史も存在も知る人間もいますし、キリカの協力もありますから」
「私はアリナの調査を切り上げた後、その組織を追っていた。湯国市の撲滅派が怪しいと
 睨んで調査してたら、向こうから仕掛けられた。返り討ちにしてやったけどね」

キリカの言葉を聞いて、いろはは一瞬表情を曇らせる。

「もしかして、相手の命を…?」
「そこまではしなかったよ。情報が欲しかったし、織莉子との約束だからね。
 返り討ちにしたやつを尋問にかけたたら、とんでもない情報を吐いたよ」
「どんな内容ですか?」
「世界各地の都市部を狙った、同時多発テロを仕掛ける計画があるだとさ」
「て、テロって…爆弾テロとか…?」
「方法までは聞き出せなかった。そこまでは知らなかったみたいでね。
 連中はテロを起こして、それを魔法少女の仕業にするつもりでいる」
「冤罪を擦り付けようってわけね。南凪の事件の時みたいに」
「魔法少女の仕業にすることで、何を企んでるんだろう……」
「この世界に残っているすべての魔法少女を、人類の敵に仕立てあげるつもりかもね。
 犯罪組織は魔法少女への復讐を遂げ、それ以外の一部の人間は、自分たちに都合の
 悪い数々の事件、真実を、どさくさに紛れて闇に葬ろうとしているんだろう」
170 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 15:55:10.06 ID:YmEHP9jHO
「この世界に存在する国家は、魔法少女を軍事・外交に利用してきたという闇がある。
 中には直接にしろ、間接にしろ、犯罪組織と繋がっている政府関係者もいるでしょう。
 すべての政府関係者がそうだとは言いませんが、魔法少女の存在が世間に知られると、
 都合が悪いと考える人間は一定数いる」
「そ、そんな……テロなんて起こされたら、大変なことになる!」
「これも里見さんの叔父が言っていた、自浄作用の現れだというの……」
「世界に残った魔女を殲滅しても、今度は同じ人間による脅威が待っている。
 人間の敵は結局、人間なのでしょうね。魔女とて元は人間だった存在です。
 これから起きようとしているテロは、国家もグルになっているとみています。
 そちらへの対処も必要ですが、いろはさんたちで何か計画はありますか?」
「それが、何もないんだ。国家もグルになったテロなんて、考えもしなかった」
「けれど神浜には、私たちユニオンとは、別の魔法少女グループがいる。
 そのグループのリーダーが対処をしていると思うわ」
「その魔法少女たちと接触することは可能ですか?」
「それが、向こうのリーダーの意向で、時期が来るまで私たちとの接触を
 避けたいって言ってるの。だから、今すぐの接触はできかねるわ」
「……そのグループのリーダーとは?」
「参京院教育学園に通う魔法少女。名前は常盤ななか」

その名前を聞くと、織莉子は目を見開いて片手で顎元を抑えた。

「常盤…ななか…もしかして、華道の名門”華心流”宗家の…?」
「そうよ。常盤さんを知っているの?」
「直接の面識はありませんが、華道の世界では有名な方です。私は華道を嗜んではいませんが、
 華道の華心流と言えば全国的に知られていますし、宗家となれば名前くらいは」
171 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 16:07:38.81 ID:YmEHP9jHO
「まさか、その宗家の娘さんが、魔法少女だったなんてね。ところで、さっき言ってた
 時期が来るまでっていうのは、具体的にはいつ頃を指してるか分かるかい?」
「分からないけど、常盤さんたちから、私たちに接触するとは聞いてる。
 そう言っていたのは、常盤さんと同じグループの魔法少女なんだけど」
「いろはさんたちが知る情報は、他に何かありますか?」
「犯罪組織のことだけど、私の友人の親戚も存在を知っていて、その人は彼らのことを
”クリミナルズ”っていう仮称で呼んでたよ」
「元・刑事が混ざってるからクリミナルズかな。その親戚っていうのは、魔法少女なのかい?」
「ううん。友人の叔父さんなんです」

いろはは、里見太助について語り、彼が民俗学者、魔法少女の歴史を知る人間であることと、
W計画の存在も知っていることを話した。

「里見太助……民俗学者……思い出した。私の父が、時女一族のことがまとめられた書籍を
 持っていて、その本を父の書斎で読んだことがあります」
「魔法少女同士の縁って、意外なところで結びつくものね」
「もしかして、織莉子ちゃんのお父さんも、魔法少女のことを知ってるのかな?」
「知らないはずです。国家は過去に魔法少女と関わっていて、父は政治家でしたが、
 父から一度もそのような話をされたことはなかった。その父も今となっては故人。
 どうしてその本を父が持っていたのか、知る術はありません。購入したのではなく、
 誰かから受け取った可能性が高いとは思っていますが、真相は不明です」
「キリカさん。テロ計画を暴露したのは、クリミナルズの中心人物?」
「そこに近い立場にいるとは言ってたよ。その分、情報を引き出すには苦労した。
 私のことは記憶を弄っておいたから、向こうは私を覚えてないはず」
「他に何か情報はない?」
「得られた情報は計画が存在することだけ。いつ実行に移すかは分からない。
 中心人物に近い人間が湯国にいたってことは、クリミナルズの拠点は案外、
 湯国にあるのかもしれないけどね」
172 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 16:14:08.65 ID:YmEHP9jHO
「神浜でも事件が度々起きているけど、それが湯国から態々来て起こしている事件なら、ご苦労なことよね」
「魔法少女への報復が目的なら、それくらい労力のうちに入らないんだと思うよ」
「クリミナルズの中には、南凪区の冤罪事件に関わった元・刑事がいる。
 これまで起きた事件は小手調べ的なもので、テロが本命ではないかと」
「警察や市民の事件に対する反応を見て、ある時一気に仕掛けてくる可能性はあり得る」
「だとしたら、W−1開始時期は、なおのこと早めないとね。鶴乃たちには悪いけど、
 コールドスリープマシンが完成次第、未来に渡ってもらうしかないわ……」
「織莉子ちゃんの予知で、時期を探ることは出来ないかな?」
「それが、狙った内容を予知することができないんです。いずれ、そこまで能力に変化があればいいのですが」
「なんにせよ、現時点で私たちがクリミナルズに対して打てる手はないわね。
 強いて言うなら、万が一に備えて家族を安全場所に避難させることだけど、
 その安全な場所ってどこなのってことになる」
「大勢の人が入れるようなシェルターでもあればいいんですけど……」
「これはこれで、常盤ななかさんとの会合を開くべきでしょう。ななかさんなら、私たちが持つ情報とは別の、
 有力な情報を持っているはず。向こうが時期を見て接触してくるというなら、一先ずはW計画に専念して、
 その時を待ちましょう」
「私は織莉子ちゃんに賛成だよ」
「私も同意するわ」
「私が織莉子の意見に反対する理由はないよ」
「……それじゃあ、本日の会合だけど、ここで散会とします」
「織莉子さん。また何か動きがあれば、今後は私から連絡させてもらうね」
「分かりました、やちよさん。では、私とキリカは、本日はこれで失礼します」

そういうと、織莉子とキリカは、いろはとやちよに見送られてみかづき荘を後にした。
二人は居間に戻ると、いろはは会合の結果を灯花とねむに連絡し、織莉子が視た未来が以前と異なること、
W−1、W−2の開始時期を早めること、クリミナルズと仮称した犯罪組織による、世界各地でのテロ計画が
存在することを伝えた。
173 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 16:16:50.79 ID:YmEHP9jHO
『連絡をくれてありがとう、お姉さま。マシンの開発は急ピッチで進めるよ』
『計画の前倒しは構わないけど、協力者に同意をとって、各陣営のリーダーと話をしてからになるね』
「それなら、やちよさんが取り掛かってくれてるんだ」

やちよはいろはが報告をしている間、W−1、W−2の協力者に連絡を取り、
計画の前倒しの同意を取っていた。

『さなのことだけど、アイとの融合はうまくいったよ。さなの住居の用意も今週中にできる。
 あとは、いろはお姉さんたちで、さなの移住時期を決めてほしい。出来るだけ早いほうが
 僕たちとしても助かる』
「そっか、うまくいったんだね。時期については……みんなが戻ったら話し合うよ」
『クリミナルズのことだけど、わたくしたちだけじゃ手に負えない。魔法少女だけで
 解決できる問題じゃないね。これについては、織莉子たちの意見を汲み取るよ』

いろはは、灯花とねむへの連絡を終えると、すぐに紅晴結菜、時女静香、藍家ひめな、氷室ラビに連絡を取った。
四人のうち、結菜、静香、ひめなとは、W−1開始時期を早めることに同意を取ることができた。
しかし、ラビは湯国市へ出向いていたこともあり、リーダー同士の会合には未参加で、W計画の存在も最近知り、
それらについての説明が必要となった。電話では時間を要すると判断し、いろはは日の傾き始めた空の下、急遽
ラビの家へ足を運ぶことを決める。

「今日は帰りが遅くなるかもしれません」
「いろは。今日の買い物は私が行くわ。夕飯は作り置きしておく」
「助かります」
174 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 16:22:15.03 ID:YmEHP9jHO
ラビが身を置く里見那由他の家に到着したいろはは、ラビと那由他に出迎えられた。

「態々お越し下さり、ありがとうございます」
「お忙しい中、すみませんですの。どうぞ、上がって下さいですの」
「いいえ、それは気にしないでください。お邪魔します……」

那由他に促されて家に上がると、いろはは居間に通されて話し始めた。
織莉子が視た未来をみかづき荘に伝えに来たこと、W計画が立ち上がったこと、
W−3でラビの協力を得る予定があったこと、今日に至るまでに何度も会合が
行われたこと、クリミナルズの存在のこと……
ラビと那由他は静かにいろはの説明を聞き、やがていろはが話し終えるとラビが
最初に口を開いた。

「そんなに大事な会合があったとはつゆ知らず、全く参加できなかったこと、本当に申し訳ございません」
「私からも、謝りますの」
「ま、待ってください!お二人は湯国へ出向いてて不在だったと聞いています。それは私も他のみんなも
 承知していましたし、情報の共有が出来たんですから、謝らなくてもいいんです」
「……そう仰ってもらえて、助かります。ですが、いろはさん。それでもお詫びを伝えなければならないことが」
「なんでしょうか?」

ラビが語ったのは、自身が関わった湯国市で起きた事件の内容だった。
過去に自身の能力が暴走した結果、取り返しのつない事件を起こしてしまったこと、
どんな形で害を齎すか分からないため、W−3に協力はできかねること……
すべてを聞き終えたいろはは、顔を上げてラビの意見を尊重した
175 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 16:29:46.37 ID:YmEHP9jHO
「今度は私から質問したいな」
「何でしょうか?」
「話しにくいと思うけど、湯国市に行っていた間、何があったの?」
「……!!」
「いろはさん、叔父様から話があったと思いますの。それ以上のことは」
「那由他様」
「ラビさん?」
「何か聞かれるだろうとは思っていました。お時間は大丈夫ですか?」
「はい。やちよさんには帰りが遅くなることを伝えています」
「那由他様、席を外していただいても構いませんよ」
「私も当事者。一緒にお話しさせていただきますの。というより、私に語らせて下さいですの」
「……分かりました」
「いろはさん。話は撲滅派の説得に向かった日に遡りますの」

那由他が語った内容は、変わり果てた湯国市の現状だった。
太助から話を聞き、自身も湯国市で危険な状況に陥ったことがあったが、
それは氷山の一角でしかなかったことを痛感した。
久方ぶりに訪れた湯国市に、魔法少女は誰もいなくなっており、誰にも
退治されなくなった魔女は放置されてしまい、魔女により多くの住民が
犠牲になってしまっていた。

「街に到着した私たちが最初に見たのは、シャッター通りと化していた商店街でしたの。
 以前は営業していた商店は、店主の行方不明により休業するか、閉業していましたの。
 これだけ聞くと、よくある過疎化により商店街が廃れたように聞こえますが、実際は
 魔女のせいで人がいなくなっていましたの」
176 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/08/30(火) 16:30:29.64 ID:YmEHP9jHO
本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。
177 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 20:29:48.29 ID:0V5CcO3mO
>>175の修正と続き

「今度は私から質問したいな」
「何でしょうか?」
「話しにくいと思うけど、湯国市に行っていた間、何があったの?」
「……!!」
「いろはさん、叔父様から話があったと思いますの。それ以上のことは」
「那由他様」
「ラビさん?」
「何か聞かれるだろうとは思っていました。お時間は大丈夫ですか?」
「はい。やちよさんには帰りが遅くなることを伝えています」
「那由他様、席を外していただいても構いませんよ」
「私も当事者。一緒にお話しさせていただきますの。というより、私に語らせて下さい」
「……分かりました」
「いろはさん。話は撲滅派の説得に向かった日に遡りますの」

那由他が語った内容は、変わり果てた湯国市だった。
那由他自身も太助から話を聞き、湯国市で実際に危険な状況に陥ったことが以前もあったが、
それは氷山の一角でしかなかった。久方ぶりに訪れた湯国市には、誰にも退治されなくなった
魔女が居つき、多くの住民が犠牲になったことで、強化されてしまっていた。

「街に到着した私たちが最初に見たのは、人通りが消えた街の光景でしたの。
 以前、訪れた時は営業していた商店は、多くが市外へ移転していましたの。
 その原因は、湯国に居ついた魔女が起こした異変ですの」
「異変とは?」
「天敵となる魔法少女が街にいない。餌となる人間が潤沢。これで魔女が居つかないわけがない。
 ラビさんのお爺様とお母様のお話によれば、魔女によって撲滅派が大変なことに」

その先を話そうとしたとき、ラビが静止に入って那由他の話を止めた。
178 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 20:37:01.17 ID:0V5CcO3mO
「那由他様。そこから先は私から話します」
「は、はいですの……」
「異変とは、魔法少女を迫害する撲滅派に対して、魔女が起こした現象のことです。
 いつからかは不明ですが、撲滅派の一部は、魔女の口づけを受けていました」
「撲滅派は魔女の餌にされそうになっていたと?でも、魔女の口づけ自体は、
 魔女がいる街ではよくあることだと思いますけど……」
「ですが、口づけを受けていた撲滅派は、私たちが知るものとは様子が違いました。
 彼らは操られた状態ではなく、自らの意識を保持していました。それだけではない。
 彼らの身体能力は、人のそれと比べて、強化されていたんです」
「じゃあ、撲滅派は、魔女の恩恵を受けていたんですか?」
「……えぇ。街に到着して間もなく、私たちは彼らから攻撃されたんです。
 教授を守るため、私たちは止む無く応戦しましたが、彼らと交戦した時、
 以前とは明らかに攻撃の重さが違った。彼らは、使い魔と同程度の力を
 持ち合わせていたんです」
「それはもう、人間じゃなくなったことと同じなんじゃ……」
「……私もそう思います。教授を守るために、私たちは私の実家に逃げ込みました。
 幸い、彼らは建物の中までは追ってこず、実家に逃げ込むとどこかへ去りました」
「魔法少女は狙っても、住民は巻き込まないってことなのかな?」
「私たちは最初、そう思っていました。ですが調査をするうちに、理由が分かりました」

撲滅派の魔法少女迫害により、湯国市からは魔法少女は去っていた。

それは街の破滅の始まりでもあった。

魔法少女がいない湯国市に待っていたのは、魔女による街の蹂躙だった。
179 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 20:43:52.35 ID:0V5CcO3mO
どこかの街から流れてきたと思われる魔女が、天敵のいなくなった湯国市に居つき、
街の住民を次から次へと貪ったことで、街からは人通りが消えた。
住民は単独、もしくは集団自殺、操られた者に殺害される等で死亡が明らかにされ、
魔女を止められる者は誰もいなかった。

街が滅びようとしている現実に直面したことから、撲滅派の中に考えを変える者が
現れ始めていたが、なお考えを変えようとしない者もいた。

これにより、撲滅派は同じ組織内で、考えの違いから二つの派閥に分かれた。
魔法少女との和睦を必要と考える派閥”和睦派”と、和睦を不要と考える派閥”敵対派”。
二つの派閥が同じ組織内で争い始めた。

ラビたちが湯国市へ出向いたのも、和睦派の一人が、ラビの実家を通じてラビに
連絡を取ってきたことが発端だった。


しかし、既に手遅れだった。


敵対派には魔女による異変が生じていた。


「私たちは、彼らに起きた異変を”魔女の眷属化”や、”眷属化”と呼んでいます。
 本来の撲滅派と区別するため、彼らの街での行いから、そのように呼ぶことにしました」
180 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 20:55:49.41 ID:0V5CcO3mO
魔女の口づけを受けた人間は、本来なら自殺等に追い込まれるなどで、魔女の餌と化す。
だが、”魔女の眷属化”した人間は、自意識を保持したまま思考が変化し、敵であるはずの
魔女を崇めるようになり、和睦派に武力行使を行うようになった。

「魔女の眷属化した敵対派による過激行動。それが決定打でした」

それまでは口論で留まっていた争いは、一線を越えた。
敵対派の和睦派への攻撃に端を発し、ついに撲滅派は完全に内部分裂を起こしてしまう。
この頃になると、敵対派は街の住民に対しても、脅迫的な行動をとるようになった。

「それらの情報を、どのように知り得たんですか?」
「私に連絡を取ってきた和睦派の方です。敵対派の動向を探るため、私たちはその方と共に
 湯国で調査を続け、その過程で知り得ました」
「街に残った住民は、これから生贄にされてしまうんでしょうか……」
「魔女も知恵が回るようで、生命力を吸収するためなのか、最低限の人間は残しているのでしょう。
 街に残った住民は、そのために命を利用されているだけです。眷属たちもそれを知ってか、住民を
 脅迫するに留まっている。生かさず殺さず、生命力を奪い続けている……」
「魔女は敵対派を、自身の同士と認識したかもしれませんの。魔女と敵対派は、魔法少女を
 敵として見ているという点では、利害が一致していますの」
「おそらく、魔女と敵対派は、波長が合ったのでしょう。だから敵対派は、魔女の眷属化した」
「……魔女は眷属にした敵対派を、尖兵にも餌にもできる。敵が魔法少女なら、彼らを盾にもできる。
 魔女にとって都合のいい存在ですよね」


話はさらに続いた。


内部分裂によって和睦派と敵対派は、互いに武力行使をするようになったが、
魔女の眷属化した敵対派の方が優勢だった。

一部の和睦派は敵対派に無力化され、二度と戻らなかった。
無力化された一部の和睦派は、魔女の餌にされるか、他の和睦派や、
街の住民への見せしめに、あろうことか公開処刑されてしまったという。
181 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:05:14.49 ID:0V5CcO3mO
「公開処刑!?湯国にも警察はいますよね?止められなかったんですか!?」
「警察は……手遅れだったんです……すでに彼らは……」

眷属は、いろはたちがクリミナルズと仮称している犯罪組織とも結びつき、街を実効支配した。
湯国市の警察、市役所、消防署などは機能しないどころか、眷属の手に落ちてしまっていた。
発砲を受けても倒れない眷属相手に、警察は制圧もできず、眷属による和睦派の公開処刑を
誰も止められなかった。

先に市外に脱出していた住民は、周囲に湯国市の異変を知らせていたが、彼らの話を
聞いた誰もが信じなかったため、ラビたちが街に到着する、湯国市が置かれた現状を
正しく知る者はいなかった。

難を逃れた和睦派は戦力を削がれ、敵対派に太刀打ちできなくなったため、魔法少女との
和睦を考える街の住民を連れて、市外へ避難。これにより街はさらに人が減った。

「今でも街に残っているのは、市外に行き場のない住民と、無力化された公的機関、
 魔女の眷属化した敵対派です。敵対派のことは、以降は眷属という呼称で統一し、
 話を続けますね」

ラビたちは、自身らの親族を安全な場所へ移動させるため、太助と仲間と協力し合い、
眷属の目を掻い潜って慎重に事を進めた。おかげで時間を要したものの、湯国市から
脱出することに成功。ラビたちの親族と他のフォークロアメンバーは、状況を理解した
時女一族の協力を得て、霧峰村に匿われているという。
182 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:10:01.22 ID:0V5CcO3mO
「湯国は今や、街全体が穢れに覆われて、魔女の一大拠点となってしまいました。
 このまま放っておけば、湯国が滅びるのは時間の問題です」
「湯国の問題がそこまで大きなものになってたなんて。なんで太助さんは
 こんな大事なことを、電波望遠鏡で話してくれなかったんでしょうか」
「気を遣ったつもりだと思いますの。……パパは昔から不器用で、そのせいでママとの
 諍いも絶えなかったんですの。そのママも、今となっては家を出てしまって……って、
 すみません。こんなことを話したかったわけじゃないんですの……」
「湯国のことは、今すぐどうにかなる問題ではないです。お話ししました通り、
 湯国は酷い状況で、私たちは、街を生きて脱出することで精一杯でした」
「ラビさん。私たちに自動浄化が始まった連絡をくれたよね。あの時はどんな状況だったの?」
「湯国を離れる前の、最終確認をしていました。街を一緒に出ることを希望する住民がいないか。
 その確認と説得をしていたんです。 結論を言えば、うまくいきませんでした」
「うまくいかなかった?」
「私たちが脱出する頃、街に残っていたのは眷属と、市外に行き場がない人たちだけでした。
 危険と分かっていても街を出られないと、同行を断られました」
「そうだったんですか……」
「私たちからの話は、一先ず以上です」
「夜分遅くに、長時間お付き合いさせて、すみませんですの」


話はそこで終わった。


いろはは麦茶を一口飲んで眉間に皺を寄せ、いくつか質問を行った。
183 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:15:58.94 ID:0V5CcO3mO
電波望遠鏡で太助から聞いた話と合わせて、湯国市で発生した組織犯罪は、
魔法少女に犯行が擦り付けられているが、それがいつ頃のことであるか。

「魔法少女に犯行が擦り付けられるようになったのは、クリミナルズと結びついてからでしょう。
 湯国で以前から魔法少女は理不尽な目に遭っていますが、その頃は今ほど過激ではなく、
 と言っても、猟銃で撃たれたメンバーがいますが……当時はまだ、街の住民を魔女の餌に
 してしまうほど、酷い状況ではなかったので」


太助に撲滅派の内情をリークした人物は何者か。

「撲滅派の一人である、くららさんと交流がある方です。名前は名乗りませんでしたが、
 私たちは”リーク者”と仮称しています。リーク者も撲滅派の一人です」
「くらら?」
「くららさんは、撲滅派を組織した中心メンバーの一人で、撲滅派の現リーダーでもあります。
 フォークロアのメンバーの、有愛うららとコンビを組んで、芸能活動をしていた過去もある。
 ですが、過去に起きた事件の数々から、魔法少女に強い敵意を向けていました」
「くららさんという人がリーク者を通じて、ラビさんたちに連絡をしてきた可能性は?」
「その確認はとれませんでした。くららさんの考えが変わったのなら、あり得るかもしれませんが……」
184 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:23:44.31 ID:0V5CcO3mO
眷属とクリミナルズが繋がったのはいつ頃なのか。

「具体的なところは分かりかねますが、撲滅派が組織された頃からと思われます。
 クリミナルズと撲滅派も、魔法少女を敵視している点で、利害は一致している。
 時期を考えると、クリミナルズが撲滅派に接触した可能性が高いですね」
「何故でしょう?」
「撲滅派が組織されるより前からクリミナルズは存在し、魔法少女への復讐を企てて、
 世界各地で同志を募っていると聞いています。彼らにとって撲滅派は、目的達成の
 駒として使えると踏んだのかもしれません。撲滅派の構成員は、結局は一般人です。
 社会の裏を知るクリミナルズからすれば、そうとしか見られないのでしょう」


街を実行支配しているのは眷属、クリミナルズのどちらか。

「表向きは眷属。裏にはクリミナルズかと。眷属は魔女の力の影響で力こそ
 強くなったものの、それだけですから」
「眷属はクリミナルズに利用されてるんでしょうね」
「人を欺くことに長けている人間は、相手を安心させて信用を得ることに長けていますの。
 眷属は魔女にもクリミナルズにも利用されている。彼らの行いは許せませんが、哀れな
 人たちでもありますの」
「自業自得とも言えますけどね」
185 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:29:44.77 ID:0V5CcO3mO
くららは和睦派、敵対派のどちらなのか。

「それも確認が取れませんでした。ですが、直接話をした際、後悔を感じているようにも見えました。
 くららさんがリーク者を通じて、私たちに連絡をしてきたかもしれませんが、それを尋ねると彼女は
 沈黙しました」
「じゃあ、くららさんはやっぱり……」
「最終的なところは、本人が何も言わなかったので、分かりかねます」
「彼女にも街を一緒に脱出することを持ち掛けましたが、断られましたの。彼女は敵対派、
 もとい眷属のリーダー。仲間が魔女の眷属化したことに責任を感じて、街に残ることを
 選んだんですの」
「くららさんも眷属化してしまったんですか?」
「彼女には口づけの後はありませんでした。多分、本心では和睦を考えているのでしょう。
 それを他の仲間の手前、口にはできなかった」
「そうですか……」
「いろはさん、他に聞きたいことはありますか」
「……そういえば、フォークロアの他の皆さん、学校はどうされてるですか?」
「私も皆さんも休学しました。私以外のメンバーは、今は霧峰村で教授と一緒にいます。
 私たちは、湯国で見たこと、聞いたことを報告するために、神浜に残りました」
「そうだったんですね。危険な状況の中、ありがとうございます」

そこで思い出したように外を見ると、外は完全に日が沈んで真っ暗だった。

「長い時間引き留めて、本当にすみませんですの。今、タクシーを呼びますの」
「そこまでしていただかなくても」
「今は状況が状況です。お支払いはこちらを使ってください。おつりは差し上げます」

そういうと、ラビは一万円紙幣を一枚渡してきた。
ラビたちの好意を無碍にすることもできず、いろはは、那由他が呼んだタクシーに乗り、みかづき荘への帰路に着いた。

タクシーは道中、中華万々歳の近くを通ったが、店は既に更地となっていた。
売地となった土地を区画ロープが囲んでおり、いろはは中華万々歳が存在しなくなったことを改めて認識した。
186 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:37:02.72 ID:0V5CcO3mO
みかづき荘に到着すると、やちよとういがいろはを出迎えた。

鶴乃は新居に帰宅。フェリシアからは無事を知らせるメールがやちよに届いていた。
さなはアイと融合後に起きるとされていた問題により、ねむが用意した新居に、今夜から急遽移ることになった。
さなが新居で過ごすのに必要な家具は、ねむが用意を済ませていた。

みかづき荘に残されたさなの荷物は、明日から順次、やちよが発送するという。
いろはは、作り置きされていた夕飯を食べ終えると、ラビの家で聞いたことを二人にすべて報告。
その後、電話で灯花とねむにも報告した。

『話してくれてありがとう、いろはお姉さま。それにしても、叔父様も変なところで気を遣ったにゃー』
「私も話を聞いてびっくりしちゃったよ。ラビさんたちが、とんでもないことになってたなんて……」
『事態は、わたくしたちの予想を上回る危険な状況だよ。魔女が人間を餌じゃなくて、手下にするなんて、
 今まで考えもしなかったよ』
「W−1だけど、湯国に居ついた魔女を優先したい。太助さんは私に湯国に行くなって言ってたけど、
 あんな話を聞いて放っておくなんて無理だよ」
『それのことなんだけど……もう少し待って欲しいの』
「な、なんで?」
『湯国に居ついた魔女の正体次第では、わたくしたちは窮地に陥るかもしれない』
「理由を教えてもらえるかな?」
『電話で話すより直接話したほうがいいと思う。鶴乃とさなも新居に移ったし、近いうちにさなの家で、
 今後のことを改めて話したいから、近いうちにまた集まれるといいんだけど、都合はどうかな?』
「やちよさんと、ういに確認してみるから待って」

いろはは、二人に直近の都合を確認し、灯花の用件を説明した。
週末はやちよが仕事があり、さらに翌週末から始まる連休まで、みかづき荘メンバーのいずれかが
私用で塞がっており、全員が集まることはできなかった。
187 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:42:13.59 ID:0V5CcO3mO
灯花にその旨を伝えると、灯花はそこで一度電話を切り、鶴乃とさなに会合参加の了承を得て折り返してきた。
さなの新居を開催場所とした会合は、開催日時が連休初日の正午と決まり、やちよも織莉子と連絡を取り、
その旨を伝えた。幸いにも織莉子も都合がつき、みかづき荘に一度集まってから移動することが決まった。

『今日はゆっくり休んでね。本当にお疲れ様。おやすみなさーい』
「うん、おやすみ。灯花ちゃん」

電話を切ると、やちよが声をかけてきた。

「湯国の魔女に眷属に、クリミナルズ……私たちの知らないところで、まずいことになってるわね…」
「人間を手下に変えてしまうだなんて…。クリミナルズの行動範囲も広い」
「お姉ちゃん。もし、魔女の正体がミラーズの株分けだったら、もっと酷いことになるかも…」
「あまり考えたくないけど、湯国以外でも、似たような状況が起きているかもしれないね。
 クリミナルズの行動も含めて」
「……いいえ。湯国の魔女がミラーズの株分けだったら、懸念は他にもあるわよ」
「な、なんでしょうか?」
「疑えばキリがないから、あまり考えないようにしていたけど、今まで魔法少女のコピーは、
 マギウス事件の一場面を除けば、ミラーズの中だけに現れていた。だけど、今後はそうは
 いかないかもしれない」
「マギウス事件では、コピーがアリナの能力で外に連れ出されていた。
 ホテルフェントホープで、私たちも遭遇しましたね」
「……も、もしかして、魔法少女のコピーが、既に外に出てきたりするんじゃ?」
「魔法少女のコピーは、結界の中でしか活動できないはずですよ。
 アリナは未来に渡っているし、コピーを外に連れ出せる人は」
「……アリナのコピーだったらどうかしら?」
「……!?」
188 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:47:26.44 ID:0V5CcO3mO
「魔法少女のコピーは、姿形は瓜二つだけど、中身までは完全に真似できない。
 コピーしてる記憶も本人の丸写しではない。だけど、アリナ自身がミラーズと
 協力し合って、完璧なコピーを作っているとしたら、話は変わってくるわ」
「じゃあ、やっぱりコピーはもう、結界の外にいるのかな……」
「確認は取れていないわ。コピーは外見だけなら本物と瓜二つ。コピー元の素性を
 知らない第三者が遭遇したら、まず見分けはつかないと思う。それに、アリナの
 超精巧なコピーが本当に存在して、魔法少女のコピーを連れ出せるなら……」
「知らない間に、誰かとコピーが入れ替わっていることも考えられる……」
「だ、だけど、まだ確認は取れてないんですよね?」
「本物と区別ができないほどのコピーと入れ替わっていたとすれば……」
「い、いやだよぉ……!」
「……なんて、怖がらせてごめんね、ういちゃん。でも、可能性はあるのよ」
「…………」
「やちよさん。さっき言っていた懸念は、他にもありますか?」
「鏡の屋敷の存在を知った日、ミラーズの使い魔から招待状を受けったでしょ」
「そういえば、そんなことがありましたね。落書きみたいな地図と、拙い文字が書かれてました。
 でも、私が招待状を受け取ったのは、魔女結界の中でしたよ?」
「お姉ちゃん。その結界はミラーズのこと?」
「ううん、別の魔女の結界の中だったよ」
「じゃあ、ミラーズから別の魔女のところへ行く間、使い魔は結界の外に、出ていたことになるよね……」
「……あ!」
「さっきは、超精巧なアリナのコピーが、魔法少女のコピーを連れ出すことを想定した。
 だけど、魔法少女のコピー以外の使い魔なら、外に出ることができるのでしょうね」
「結界の外に出られる使い魔と、出られない使い魔がいるのかなぁ……」
189 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:55:36.16 ID:0V5CcO3mO
「使い魔が魔法少女のコピーを連れ出せるとしたら…って、考えましたけど、
 これはちょっと考えすぎですね。それができるなら、今頃とっくに街中は、
 コピー塗れになっていると思いますし……」
「私の懸念は、ミラーズの使い魔が外に出て来れて、魔女が人間を手下に変えられるのなら、
 その特性を生かして、魔女は使い魔を通じて人間を操れるかもしれないのよ。ミラーズは
 他の魔女と違って魔法少女のコピーを作れる。精度の高さにはバラつきがあるけど……
 数多の魔法少女の知識をコピーして、知識を蓄えているとも考えられるわ。ということは、
 蓄えた知識を元に、魔女が変異した可能性だって考えられる」
「そのほうが魔女にとって得だから…?」
「太古の昔、人類が洞穴の中で暮らしていた時期がある。その頃から人類は、人類同士で
 争っていたし、自分たちと異なる集団の人間を食糧にしていたそうよ」
「人間を人間を食べちゃうの…!?」
「カニバリズムとも言うわ。だけど、進化の過程で、捕虜を労働力とすることが、自分たちの
 集団にとって利益になると気付いて、考えを変えた。魔女だって元は人間よ。同じ考えに
 至ってもおかしくないと思うわ」
「お姉ちゃん。私……今思ったんだけど……」
「何、うい」
190 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:58:00.50 ID:0V5CcO3mO
「魔女って倒すとさ、魔法少女に得になる素材を落とすよね?その素材を使って、
 私たちは自分たちを強くしてるよね?こ、これってさ……その……」
「ある意味では、形を変えたカニバリズムかもしれないわね」
「…………魔女が落とす素材の出所を考えれば、そうなりますよね」
「あ、あとは……いずれ、一般人のコピーが現れても、おかしくないと思うわ」
「……そ、それが本当だったら、私たち、誰も信じられなくなっちゃうよ」
「アリナとミラーズの繋がりが明かされた時から、可能性は考えられたの。
 あくまでも可能性どまりだったけど、現実になってしまうかもしれない」 
「本当に疑えばキリがないですけど、もしもに備えて対策を立てないと、
 日常生活もままらなくなりますよ」
「憶測でしかないけど、ミラーズの記憶読み取り対策として、開発されたアクセサリー。
 これがコピーの炙り出しに使えるかもしれない」
「そういえば、これをつけてミラーズに入ったときは、コピーたちはアクセサリーの
 破壊に躍起になっていました!」
「よっぽど都合が悪いんでしょうね。これをつけていたら襲ってくる魔法少女、
 もしくは一般人がいるとすれば……」
「それが外に出てきたコピーかもしれない、ということですね」
「……コピーが外に出てきているという話は、あくまでも可能性でしかないわ。
 だけど、あり得ないと断言することもできない。今度の会合で、このことを
 みんなに話しましょう」
「賛成です」

三人は話を切り上げると、その日は各々自室に戻り、就寝を迎えた。
191 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/05(月) 21:59:58.23 ID:0V5CcO3mO
本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。
192 :保守 [保守]:2022/09/10(土) 07:56:15.00 ID:QIOhwNEIO
保守
193 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 21:58:15.89 ID:nL4eep7DO
>>190からの続き

自室に戻ったいろはは、就寝時間を迎えると寝床に入ったが、寝付けなかった。
インキュベーターの撤退宣言が──観測用の個体を除いてだが──されてから、
多くのことが立て続けに起こり、心身ともに満足に休めない日々が続いている。

W計画の立案、開催される会合の数々、浄化システムの効果範囲拡大。
鶴乃、さな、桜子のコールドスリープ決定と、鶴乃とさなの新居への引っ越し。
湯国の混迷とクリミナルズという脅威……

魔法少女の夜明けが近いと思わせる一方で、まるでそれを妨げるかのように
発生する事件の数々。最近は疲労が隠せず、徐々にストレスも溜めていた。
潜在的ストレスの蓄積は、不眠症という形でいろはを苦しめていた。

(ミラーズの件は、魔翌力パターンを探るか、本人しか知らないことを質問して、
 返ってくるj回答で、ある程度割り出すことができるよね。考えてみれば)

そこへ一通のメールが入り、着信音で気付いたいろはスマホを手に取った。

(……さなちゃん?)

内容は、起きていたら電話で話せるかという質問だった。
いろはは、さなに電話をすることで質問への回答とし、さなは間もなく電話口に出た。
194 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:00:33.57 ID:nL4eep7DO
『お疲れ様です、いろはさん』
「さなちゃん。連絡ありがとう。何かあったの?」
『その……帰る予定だったのに、急に今日から移住になっちゃって、
 なんて伝えればいいか、まとまらなくて…その、すみません…』
「謝らなくてもいいよ。事情は理解してるもん。それより、電話して大丈夫だった?
 電子機器が近くにあると影響が出るって聞いたけど……」
『ざわざわしていますけど、大丈夫です。自室には家電製品を置いてないんです。
 立地も森の中なので、想像していたよりは快適です』
「そっか、不便はしてないんだね」
『だけど、いざ一人となると心細くなっちゃって……』
「みかづき荘で今まで一緒にいたのに、急に切り離されたんだし、無理もないよ」
『本当は、皆さんにきちんとご挨拶をしてから、こっちに来たかった。
 でも、アイちゃんと融合後に、頭の中がぐわんぐわんして、ざわざわして……
 みかづき荘に戻るどころじゃありませんでした』
「そんなに大変だったんだ。今はスマホで連絡してると思うけど、大丈夫なの?」
『電子機器の多いところだと、まだ無理ですが、スマホ一台くらいないなら何とか』
「それでも辛いはずなのに、態々連絡してくれたんだね」
『私、いつの間にか気絶してて、一時間ほど前に目を覚ましたんです。
 ねむさんが用意して下さった新居の、自室に運び込まれていました。
 融合した時の環境が、電子機器に囲まれた部屋だったので……』
195 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:02:23.16 ID:nL4eep7DO
「そうなると、今は街中を歩ける状況じゃないね」
『ねむさんからは、私はこの新居でマシンに入る日まで、過ごすように言われています。
 アイちゃんと融合した状態に慣れないと、未来で目覚めた時、アリナ相手にまともに
 戦うことはできないとも。ですから、明日から学校に通うのを止めて、アイちゃんと
 協力し合って、一日でも早く融合状態に慣れることにします』
「前向きになるのはいいことだよ。そういえば、さなちゃん、学校ってずっと行ってたの?」
『はい。教員からも、魔法少女以外の生徒からも私の姿は見えないので、登校しているのに
 欠席扱いになってました。それでも、テストは毎回受けていたので、教員からは不思議に
 思われていたみたいです。先日、義実家に行った時に知りました』
「そんなことになってたんだ。今のさなちゃんのために、私にできるとがあればいいんだけど……」
『いろはさんの、その気持ちだけで十分です。そういえば、来週の連休初日、私の新居に
 皆さんが集まると連絡をいただきましたよ。何か進展があったんですか?』
「それが、大変なことになっちゃって……」
『話しにくいことですか?』
「……うん。だから、うまく言葉がまとまってないんだ。来週、さなちゃんのところに
 集まる時まで、この話は保留にさせてもらうよ。ごめんね」
『分かりました。こちらこそ、すみません、夜も遅いのにお電話差し上げてしまって』
「ううん、連絡をくれて嬉しかったよ。今度の会合で会おうね」
『はい。それじゃ、おやすみなさい』
「うん、おやすみ」
196 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:04:08.01 ID:nL4eep7DO
翌日。
その週の最後の登校日。いろははレナと昼休みに屋上へ向かうと、そこには鶴乃がいた。
二人は声をかけたが、一点を見つめたままで返事がなく、近くまで寄って声をかけると、
そこでようやく二人に気が付いた。

「おわっ、いろはちゃんにレナ!二人ともいつの間に?」
「やっと気付いてくれたよ」
「さっきから声かけてんのに、鶴乃が気付かなかったのよ」
「あはは、ごめんごめん。またやっちゃったか……」
「また?」
「その……ここしばらく、立て続けにありすぎてさ、なんか毎日に現実感がないんだよ……」
「鶴乃ちゃん、話なら聞くよ?」
「レナも、それくらいなら付き合ってもいいわよ」
「ありがとう」

鶴乃の話によれば、父から中華万々歳の閉業を告げられた日から、どこか夢を見ている気分だという。
自分が今置かれている状況が、離れている場所からもう一人の自分を見ているような感覚で、目の前で
起きている出来事が、どこか他人ごとに思えるとのことだった。

「それは、仕方ないと思うな。あんな酷いことが続いて、お店までなくなったんだもん」
「まさか、本当にお店を閉めちゃうなんて思わなかったわよ。レナ、あんたの店の味、
 割と好きだったんだけどね」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。せめて、跡継ぎを見つけられてたらね……」
197 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:06:17.78 ID:nL4eep7DO
「鶴乃ちゃんのお父さん、大丈夫なの?」
「ずっと入院してるって聞いてるけど……」
「人間ドックの結果が良くなくて、それからずっとだよ。引っ越し先が病院から近いから、
 お見舞いには毎日行ってるんだけどね、店をやってた頃から一気に老けちゃって……」
「…………」
「…………」
「今思えば、お父さんにとって、お店は心の支えになってたんだ。私にとってもね。
 お店を手放したことで、お父さんも、私も、自分の支えを失っちゃったんだ……
 お母さんもおばあちゃんも、あんなことになっちゃった」
「その節は、何の力にもなれなくて……」
「それは気にしないでよ。自分たちだけで何とかするって、お父さんとも決めてたから」
「ご家族と言えば、鶴乃のお姉さんはどうしたのよ?」

それからしばらく、沈黙がその場を支配した。
体感的に五分程度を過ぎた後、レナから口を開いた。

「仕事とタイミングが重なって、参列できなかったんだ。電話で話は出来たんだけどさ。
 いつだったか、お店の再興を巡って現実を見ろって言われたことがある。それなのに、
 お店がいざなくなると、何があったのか詳しく聞かれたんだ。私、お父さんと一緒に
 お店を必ず再興するって言って、そのために頑張って来たから、結構心配されたよ」
「そっか……」
「お姉ちゃんと話したいこと、もっとあったけど、仕事で忙しいし、あまり話せなかった。
 それでも電話をかけてきてくれのは、嬉しかったよ」
「新居での暮らしは、どうなのよ?」
「お父さんの知り合いに不動産屋さんがいて、色々掛け合ってくれたみたいなんだ。
 おかげで快適に暮らせてる。……素直に喜べないのは、悪いと思ってるけど」
198 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:08:36.58 ID:nL4eep7DO
そこまで話したところで、ふと、鶴乃は思い出したように時計を見た
時間は予鈴が鳴る五分前となり、三人は慌てて立ち上がると、教室に向かって駆け出した。

「ごめんね、いろはちゃん、レナ。話に付き合わせちゃって」
「それはいいよ。鶴乃ちゃんと話せてよかったから」
「レナも万々歳には世話になったし、これくらいはね」
「二人とも」
「何?」
「話、聞いてくれてありがとう。少し気持ちが楽になったよ」

そうして、三人は屋上を後にした。


その日の放課後、いろはとレナは、話を聞いてくれたお礼として、鶴乃の新居に招待された。
里見メディカルセンターに近い北養区に、鶴乃が新たに住んでいるマンションが建っていた。
部屋の間取りは2LDKで、鶴乃が父と二人で住むことを考慮して、紹介された物件だと話した。
しかし、鶴乃の父は入院中のため、現在は一人で暮らしており、新居に客人を招いたのは今日が初めてだという。

「お邪魔します」
「失礼するわよ」

扉が開かれて中に入ると、玄関から廊下がまっすぐ伸びており、玄関から左手に部屋が二つ並んでいた。
突き当りにダイニングとリビング、さらに奥にはベランダ。鶴乃の新居はハーフリビング型の間取りだった。
199 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:11:51.27 ID:nL4eep7DO
「お茶用意するから適当に座って待ってて」
「ありがとう。外見てもいい?」
「いいよ。そこから鍵を開ければ出られる」

いろはは鶴乃に断ってベランダに出ると、レナと一緒に外の風景を眺めた。
視線の先には里見メディカルセンターが見え、ゆっくり歩いても三十分程で、
到着出来ると思われる距離だった。

立地のためか、車両の走行音が遠くに聞こえ、マンション周囲は静かな環境だった。
区画された更地の住宅用地が眼科に見えたが、工事は中断しているらしい。
晴れにもかかわらず、重機にはカバーがかけられている。

鶴乃に声をかけられると、二人はベランダを後にし、戸を閉めて居間へ戻った。

「どうぞ。お店で出してた黒茶だよ」
「ありがとう、いただくね」
「ん…おいしい…!」
「人にお茶を出すのも久しぶりだよ。店を閉めてから、時間が出来て変な感じでさ」
「ずっと続けてたお店だったもんね。無理もないと思うよ」
「レナ、最初聞いた時、数ヵ月遅れのエイプリールフールかと思ったわ」
「お父さんとは話し合ったんだけどね。あの時は反対したけど、今ならお父さんの
 言ってたことも、受け入れられるんだ。だけどさ……」
「…………」
「何かあるの?」
「お父さんに『お前はお前の中華万々歳を築けばいい』って、言われたんだ。
 でも、それはちょっと違うんだよね」
「鶴乃は鶴乃の店を持ちたかったわけじゃないの?」
200 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:18:27.35 ID:nL4eep7DO
「私が守りたかったのはさ、曾お爺ちゃん、お爺ちゃん、お父さんが守ってきた
 中華万々歳を、再興したかったってこと。私は将来、三代に渡って続いてきた
 お店を継ぎたかったの。自分の店を持つっていうのとは、ちょっと違うの……」
「鶴乃ちゃん……」
「お父さんがね、廃業前に最後にもう一度営業するって言ってた。全商品を半額で
 提供して、常連さんだけでも来てもらえたらって。長年、お世話になった土地への
 恩返しのつもりでさ。だけど、バッドタイミングってやつかな。ももこじゃないけど。
 最後の営業も出来なかったんだ」
「悪いことって、重なるもんよね。特に、魔法少女なんてやってると、尚更って感じ」
「ここから病院が近いけど、お見舞いには?」
「殆ど毎日行ってるよ。あんまり通うと、お父さんにも負担になるから、日にちを空けることもある」
「退院できる見込みはあるの?」
「あー、うん……その……」
「あ、レナ、失礼なこと聞いちゃった。ごめん」
「気にしてないよ。それよりも二人ともさ、もしよかったら、夕飯食べていかない?」
「え?」
「で、でも…」
「お礼のつもりが、また愚痴を聞いてもらっちゃったし。どうかな?」
「せっかくだから、ごちそうになるよ。今日はやちよさんが帰らなくて、
 フェリシアちゃんも帰りは明日だし、ういは灯花ちゃんたちのところ。
 夕飯は一人で済ますつもりだったんだ」
「レナも今日は外食するつもりだったのよね。久しぶりに万々歳の味を食べたい♪」
201 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:27:10.78 ID:nL4eep7DO
「ありがとう。チャーハンとスープを用意するよ」
「いいわね。もう二度と食べられないと思ってたし」
「万々歳と言えば、メニューを制覇したなぁ」
「連絡をくれれば、材料用意して希望のメニューも作れるよ」
「そこまでしてもらうのはちょっと、悪いかな……」
「レナも食べたい料理はあるけど、そこまで甘えるのは……」
「おりょ?でも、気が向いたら声かけてよ」
「それじゃ、弟の分を作ってもらっていい?スープもあると嬉しいんだけど……」
「私も、夜食用に同じのが欲しいな」
「うん。自分が食べる分以外の食事、作るの久しぶりなんだ。
 あ、テレビつけていいから、適当に待ってて」

そういうと、久しぶりに見せる満面の笑みで、鶴乃は夕飯の支度にかかった。
ガスコンロは、家庭用の中華コンロを用意してもらったという。
万々歳で料理を持つ間、空腹を刺激する炒め音が聞こえ、それに懐かしさを感じる。

リモコンを手に取ってテレビをつけると、最初にニュース番組が映った。
二木市で開催予定の史乃沙優希のライブが、開催日が決定したことが流れており、
開催日決定に伴い、チケットの予約開始日も決定したという内容だった。

「今度のさゆさゆのライブも、チケット争奪戦になりそうだわ」
「チケットの獲得って、そんなに大変なの?」
「予約開始日になったら、受付開始時間と同時に動かないと間に合わないわよ。
 事前に予約サイト開いて、モニターの前にスタンばらないと」
「史乃さん、本当に人気なんだね」
202 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:30:19.04 ID:nL4eep7DO
それからニュースは次の内容へ移り、先日の地震で発生した土砂崩れで亡くなった、
林間学校に参加していた生徒の、親族へのインタビューに切り替わった。
地震は天災であるため現実を受け止めるしかないと言う親族もくれば、地震発生の
予測の可否を問う親族、林間学校を企画した学校に責任を問う親族もいた。

その中に、二葉の姓の親族が現れ、長兄を亡くしたことを悲しむ母親が胸中を吐露していた。

『きっと、これは娘を蔑ろにした報いなんです。私、私は……間接的に長男を……』
『母さん、考えすぎだよ。兄さんは…兄さんは運が悪かったんだ……』

その母親と次兄の姿を最後に、番組はスタジオを映してCMに入った。

「いろは。今のテレビに出てた人、二葉って名前だったわよね?」
「う、うん。多分…さなちゃんの…」

そこで、ちょうどチャーハンが仕上がり、二人は鶴乃に声をかけられた。
卓に向き直ると、二人の前にはチャーハンとスープが並べられた。
出来立てだけあり、料理からは湯気があがり、鼻腔をくすぐる匂いが食欲を刺激する。

「お待たせ、二人とも」
「ありがとう、鶴乃ちゃん。おいしそう!」
「この匂い、なんだか懐かしいわね。もういただいていい?」
「もちろん!熱いうちに召し上がれ!」

二人はいただきますと告げ、夕飯を摂り始めた。
203 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:33:46.03 ID:nL4eep7DO
「これよこれ、レナの知ってる万々歳の味よ!」
「美味しいよ、鶴乃ちゃん!」
「そういってもらえて嬉しいよ。私も一緒にさせてもらうね」

鶴乃も夕飯の席に加わり、三人でしばし談笑しつつ、食事を勧める。
会話の内容は先程までとは打って変わって、他愛のない雑談に興じ、
自分たちを取り巻く状況をしばし忘れ、ひと時を楽しんだ。

「チャーハンと言えば、このスープよね。コンビニチャーハンじゃ、
 ついてこないし、これがないとチャーハン食べた気がしないのよ」
「簡単に作れそうで作れないよね。これを作るのは、鶴乃ちゃんじゃないと」
「言ってくれれば、いつでも作るよ。都合が合う時になっちゃうけど」
「……じゃあ、たまにお願いしていいかな?みかづき荘に来て作ってくれると、他のみんなも喜んでくれると思う」
「レナもその時は、ももことかえでに声をかけてお邪魔するわ。かえでには文句言わせないから」
「腕が鳴るなぁ。そろそろ、お土産分のチャーハンとスープ、用意するね」
「ありがとう」

鶴乃は空いた食器を片付けると、再び厨房に立ち、二人にお土産用のチャーハンとスープを用意した。
外はまだ夕焼けの空だったが、暗くなる前にいろはとレナは鶴乃の新居を後にした。


二人は途中まで並んで帰ったが、道中でレナがいろはに会話を切り出した。

「いろは、万々歳の跡地ってみた?」
「うん。つい最近見たよ。建物がなくなって、売地になってた」
「もうそこまで済んじゃったのか。レナが見た時は解体中だったけど」
204 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:38:57.36 ID:nL4eep7DO
「この数ヵ月で、あっという間だったよね」
「ほーんとね。にしても、態々万々歳のその後を見に行くなんて、
 レナも人のこと言えないけど、鶴乃のこと気にかけてるのね」
「昨日、ラビさんたちと話があって、その帰りにタクシーで遠回りしてね」
「ふーん…って、リーダー同士での会話って、しかも珍しい相手ね。何かあった?」
「それが……湯国で大変なことが起きてるって話だった。残念だけど、
 聞いた限りじゃ、私たちが今すぐ何かできることはなかったよ」
「話には聞いてたけど、湯国ってある意味、すごい街よね。魔法処女の撲滅を公言するなんて」
「初めて聞いた時は耳を疑ったよ。今は湯国の中での話だけど、もしも今後、
 マギアレコードを世に広めた時、同じことが起きたらと思うと……」
「魔法少女の存在を広めることが、宇宙の意思に都合が悪い…だっけ。
 最近起きてる嫌な事件も、湯国の件も、それが絡んでるのかしら?」
「偶然の一致で片付けるには、ちょっと無理があると思ってる」
「レナもそう思う。嵐の前の静けさじゃないけど、何かの前触れじゃなきゃいいんだけど。
 っと、レナはここから方角が違うわ。また明日で会いましょう」
「いつの間に。また明日学校でね」


灯花と会合開催日を決めた週の週末。
霧峰村から時女静香がみかづき荘を訪れた。

「環さん、こんにちは」
「静香ちゃん、どうしたの?」
「浄化システムが広がった件、私たちも力になれるかもしれない。
 悪いんだけど、今から時間をもえらえないかな?」
「いいよ。今日一日、留守のために予定を空けていたんだ」
「そういってもらえて助かるわ」

いろはは静香を居間へ通すと、麦茶を用意して静香に勧めると用件を尋ねた。
205 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:46:27.93 ID:nL4eep7DO
「ありがとう。鶴乃さん、色々あったらしいけど大丈夫?」
「心配してくれてありがとう。葬儀も引っ越しも済んで、鶴乃ちゃんも登校を再開してるよ」
「ここに来るとき、お店に寄ったらお店がなくなってたんだけど……」
「鶴乃ちゃんのお父さんがお年でね、それで……」
「そうだったんだ。鶴乃さん、本当に大変だったんだね」
「ご家族が旅行先で亡くなって、鶴乃ちゃんも過労で入院してたの」
「大変だったのね……」
「鶴乃ちゃんはすぐに退院できたけど、今度は鶴乃ちゃんのお父さんが入院して……」
「そうなんだ……今度、だいだいっこをお見舞い品に持ってくるわ」
「ありがとう、静香ちゃん。鶴乃ちゃんも喜んでくれると思う」

静香は麦茶を一口飲んでグラスを置くと、用件を切り出した。


静香の話の内容は、霧峰村の負の歴史だった。
生前、霧峰村を牛耳っていた御子柴という存在と、その御子柴が存在していた時代、
霧峰村で起きていた陰惨な風習、その御子柴の自害を見届けたこと……
また、リーダー同士の会合で、自身が出席できなかった理由として、水徳寺の分寺を
建立するか否かを、村全体の会議で話し合っていたことを語った。

「あの時は、大事な会合に、ちはるに代理で出てもらって悪かったわ」
「代理での出席は認めてたから問題ないよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。それで話なんだけど、実は分寺が立ったら、
 そこに霧峰村出身の歴代の巫(かんなぎ)を埋葬しようとしているの。それが
 浄化システムを、さらに広げる協力に繋がるかもしれないわ」
「埋葬?村で誰かが亡くなったの?」
「これは、突っ込んだ話になるから、言いにくいんだけど……」
206 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:50:00.16 ID:nL4eep7DO
静香の話によると、霧峰村の近くを通る川の底には、魔法少女の遺骸が沈んでいるという。
遺骸を引き上たあとは分寺に埋葬するが、遺骸は既に白骨化してしまっている。
引き上げた後は遺骸を故人ごとに分けたいが、どの遺骸が誰なのかを正確に判別できない。
そのため、引き上げた遺骸は一つの場所に埋葬することとし、分寺の敷地内に亡くなった巫の
慰霊碑を立てようとしている、ということだった。

「慰霊碑を立てて供養をした際に、浄化システムが広がるかもしれないって、
 すなおが言ってたの。慰霊を行う頃になったら、観測してもらえないかな?」
「分かった。だけど、観測するには灯花ちゃんに協力を仰ぐ必要があるんだ。
 浄化システムが初めて広まった日は、効果範囲を電車で移動して、効果が
 途切れるところを直接確認してたから」
「態々そんなことしてたんだ。専用の観測マシンとか、そういうのがあるもんだと」
「他に確認する方法がなかったからね。だけど、その後、静香ちゃんの言う通り、
 灯花ちゃんがシステムの効果範囲を、観測する方法を開発したんだよ」
「そうだったんだ。浄化システムのこと、任せきりになってるみたいでごめんね」
「とりあえず、時間をもらえないかな?二、三日中には返事ができると思う」
「分かったわ」

話をすべて聞き終えた後、いろはは後日回答することを約束すると、静香は引き上げた。
その後、いろはは灯花に連絡し、静香の話を伝えると、灯花から後ほど折り返すと返事があった。
灯花からは、その日の夜に連絡があり、PCにメールも同時に届いた。

『もしかしたら、大きな進展を見込めると思って、二つの計画を立てたよ。
 交渉はお姉さまにお願いするけど、メールで送った素案を見てほしいにゃー』
207 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 22:55:28.78 ID:nL4eep7DO
いろはのノートPCに、灯花から二つの計画の素案が届いた。
一つは霧峰村の水徳寺分寺建立後、慰霊への協力。もう一つは二木市の公営霊園増設後、
地下墓地に埋葬されている魔法少女の亡骸を、そちらへ移し、慰霊するというものだった。

どちらも魔法少女の供養を目的とした計画であり、前者は魔法少女グループの各陣営内で
メンバーを募集。後者は政界と繋がる人脈を通じ、表向きは街の公共事業として新たに墓を
建設するという内容だった。

『慰霊を行う人数が多ければ、浄化システムも広がりやすくなると思うよ』
「早速、SNSでみんなに呼びかけてみる」
『公営霊園増設は難しいと思うけど、プロミストブラッドのリーダーは、街の市長のご令嬢だよ。
 話をするだけしてみて欲しいにゃー』
「これは結菜さんと直接話したほうがいいね。連休中に会えないか聞いてみるよ」

素案を受け取ったいろはは、静香、結菜へ協力を持ち掛けることを考え、みふゆに連絡を取って相談した。

『いろはさん。あまり言いたくありませんけど、最近ワタシに頼り過ぎでは?』
「本当にすみません。だけど、こういったことで相談できる方が他にいなくて」
『やっちゃんとは相談しなかったんです?』
「やちよさんからは、各陣営のリーダーとの交渉は、私に任せると言われています」
『でしたら、ワタシにいきなり丸投げするのではなく、少しは自分で考えないと』
「……考えて思いつかなかったので、連絡しました。すみません」
『うーん……頼られるのは、悪い気はしませんけどね。でも、今後は気を付けてほしいです』
「本当にすみません」
208 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 23:03:55.10 ID:nL4eep7DO
『やっちゃんとは相談しなかったんです?』
「やちよさんからは、各陣営のリーダーとの交渉は、私に任せると言われています」
『でしたら、ワタシにいきなり丸投げするのではなく、少しは自分で考えないと』
「……考えて思いつかなかったので、連絡しました。すみません」
『うーん……頼られるのは、悪い気はしませんけどね。でも、今後は気を付けてほしいです』
「本当にすみません」
『システムは魔法少女への弔いで広がりました。二つの計画が成功すれば、さらに広がるでしょう。
 ですが、協力を志願された静香さんたちはともかく、紅晴さんとの交渉難易度は高いかと』
「地下墓地が設けられた理由が理由ですから、どう話をすればいいか……」
『伝え方次第では、紅晴さんを逆撫でしてしまうかもしれませんね』
「そんなつもりは、まったくないんです。地下墓地もいずれは、第三者に発見されるかもしれない。
 公営霊園増設は、それを見越してのことだと思います」
『……交渉にはワタシも参加します。デリケートな問題ですし、今回はこちらから二木市へ足を運んで、
 紅晴さんを訪ねましょう。公営霊園増設となると、二木市の行政に関わる話になる以上、紅晴さんが
 頼りです。紅晴さんに話をどう伝えるかは、一緒に煮詰めましょう』
「ありがとうございます」
『ただ、向こうからすれば、ワタシはかつて、平手打ちをしてきた相手でもある。
 ワタシの話を聞いてくれるか、気になるところではありますけどね』
「それは……令さんの時ですね。神浜監獄で起きたあの時の……」
『抗争はお互い、まだ生乾きの傷です。言い出せば恨みつらみは止まらなくなる。
 紅晴さんを訪ねる日は決めていますか?』
209 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 23:07:23.11 ID:nL4eep7DO
「これから決めようとしていました。連休中にお会い出来ればと。連休初日は、
 さなちゃんの新居で会合ですから、残りのどこかになりますが」
『では、日程が決まったら連絡を下さい。紅晴さんとの話を煮詰めるのは、
 連休初日の会合を終えた後にしましょう』
「分かりました」
『うまくいけば、W−1の間に浄化システムは惑星全土に広がるでしょう。
 そういえば、W−1開始は前倒しになるんでしたね。いつからですか?』
「連休初日の会合の後に予定です。既に協力者と各陣営のリーダーからは同意を得ています」
『流石ですね。それでは、来週お会いしましょう』

その後、いろはは結菜と連絡を取り合い、連休三日目に会う約束を取り付けた。
いろはは過去を振り返りつつ、灯花とねむの素案を基に、結菜に話す内容を組み立て、
みふゆと話し合う前に整理するのだった。


一方、みかづき荘から距離を置いていた鶴乃とさなは、桜子と連絡を取っていた。
病院前で待ち合わせ、同じ日時に灯花とねむを尋ね、各々が考え抜いた願いを伝えた。

未来へ送られる要員となったことから、鶴乃とさな、桜子はW−1、W−2から外れている。
代わりにこの時代で、自身の願いを成就するために時間を費やすこととなり、全ての準備が
整うまでの期間が、三人が現代で過ごす最後の時間となる。
210 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 23:14:51.17 ID:nL4eep7DO
「鶴乃さん、この度は……」
「ありがとう、さな。こっちは一段落したよ」
「|もう落ち着いた?|」
「なんとかね。葬儀のことは落ち着いたけど、お父さんが入院したし、
 お店のことは片付いたけど、環境が一気に変わり過ぎて眩暈もね」
「いろはさんから、お店はもう閉めたと聞きましたよ」
「|最後にもう一度、お店を営業するとも聞いてた|」
「それがね、お母さんとおばあちゃんがあんなことになって、葬儀があったからね。
 お父さんの入院が早く決まって、色々あったから無理になっちゃったんだ。店の
 解体も土地の売却も済んで、私は引っ越し先の新居で暮らしてるよ」
「そうでしたか……」
「|鶴乃はどこへ引っ越したの?|」
「北養区だよ。お父さんの知り合いの不動産屋さんに、紹介してもらえたんだ。
 そういえば、さなも北養区へ移住したんだよね。移住先が近かったら、時々、
 会えるかもしれないね」
「正直、一人だと心細かったので、お会いできたら嬉しいです」
「ところで、さな。よく義実家に行く気になったね。あんなに酷い家だって言ってたのに」
「自分でも不思議なんですけど、いざ本当に二度と顔を見なくなるんだと思ったら、
 最後にもう一度だけ見ておこうって気になったんです」
「|一家の様子はどうだった?|」
「変わらずですよ。だけど、分かったこともあって無駄足ではなかったです」
「|それは、どんなこと?|」
211 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 23:17:27.05 ID:nL4eep7DO
「家出宣言をして大分経っていますけど、私の食事が未だに用意されていたんですよ。
 部屋に食事を置いて、しばらくしたら下げられてましたが、それに変化があって」
「|代わりに他の人が食べてたりしてたとか?|」
「はい。母に作った食事をしばらくすると取りに来るんですが、自分で食べてから
 食器を下げるんです。それで『さなはまだ家にいる』って言うんです」
「どういうことだろうね。世間体でも気にしてるのかなぁ」
「そうかもしれません。言い方は悪いですけど、好奇心が沸いて一家を観察してました。
 以前は彼らに関心なんてありませんでしたけど、彼らが私にしてきたことを、私なりの
 考えでまとめて折り合いがつきましたし、今となっては、彼らが哀れとさえ思えます」
「心が強くなったね、さな。まいったな、一足先に追い越されたちゃった気分だよ」
「|魔法少女の能力がありながら、それを復讐の手段としなかった。それだけでさなは、
  既に義実家一家より大人だと思う|」
「さなは、罰を与えようとか、思ったことはなかったの?」
「やろうと思えばできたでしょうね。だけど、それはなんだか違うって頭にあったんです」
「|虐待とは力ある者が力なき者にへ行う罪。それを行ったものに対する罰は
  往々にして軽すぎる。罪の犠牲者に対する慰めになることはない|」
「は、はぁ……」
「桜子が言うことは、難しくて分からないことがあるよ……」

その後、鶴乃とさなは電波望遠鏡をあとにし、桜子は本に戻った。
212 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/12(月) 23:18:49.93 ID:nL4eep7DO
本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。
213 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:01:45.81 ID:WCbA+PmGO
>>211からの続き

連休初日の会合日。
さなの新居は、里見メディカルセンター近くの森に建てられた、堅牢な木造二階建の住宅だった。
ここには灯花の家の使用人が、定期的に訪れて手入れを行っているためか、建物の状態は良好だった。
灯花の話によれば、メディカルセンターが保有する保養所の一つらしい。
ねむが灯花に相談を持ち掛けたところ、灯花が代わりに自分が用意すると申し出たという。

家屋の一角に設けられた広い居間に、みかづき荘メンバーと灯花、ねむ、みふゆ、桜子、
織莉子、キリカ、かごめの他、ももこ、レナ、かえでも出席していた。
各々が用意された席へ移動し、フェリシアが居間を見まわして一息つき、感想を漏らした。

「ここがさなの新しい家なのかよ。一人で住むには大きいんじゃねぇか?」
「元々は五、六人の家族で使うための保養所だそうです」
「一人で使うには大きいけど、わたくしの家の使用人が管理してるからね。
 部屋の清掃とか食事の用意は、使用人がやってくれるよ」
「使用人付きの家に一人暮らしか。大出世だな」
「そ、そうでしょうか……」

台所から、全員分の麦茶を用意して戻ってきたいろはが、灯花に声をかける。

「その使用人って、この前、私たちに車を出してくれた人のこと?」
「そうだよ。決まった時間にここへ来てくれるから、さなの生活は特に心配しなくて大丈夫なの。
 ……話し相手がいないこと以外は、だけど」
「話し相手なら、アイちゃんがいますから大丈夫ですよ」
「電話で聞いたけど、本当に家電製品があんまりないね」
「さなの状態を慮ってのことだよ」

ういと話をしていたねむが、車椅子を引いていろはたちの前に現れた。
214 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:06:31.94 ID:WCbA+PmGO
「さな、調子はどうだい?」
「先日よりは落ち着きました。アイちゃんとの会話もスムーズですし、ざわざわした感じも抑えられています」
「それならよかったよ。あとは、慣れた後の問題だね」
「どういうこと?」
「前に少しだけ話したけど、アイとの融合状態に慣れたら、さなが再び誰かに、視認されるようになる可能性がある」
「マジかよ!」
「さなの透明人間のような状態は、魔法少女であるさなに対して発動する。なら、ウワサの特性を持ったなったさなには、
 作用しないことも考えられる。融合状態に慣れたあとなら、魔法少女とウワサの状態の切り替えもできるだろう。つまり、
 さなは将来、自分の自由意思で、一般人に対しても可視不可視を、制御できるようになるかもしれない」
「可能性止まりなんですね」
「以前、さなが融合状態になったとき、確認できてればよかったんだけど。あくまでも理論上の話でしかないが、
 今は時間が経てば、さなに変化が訪れる状況でもある。何れ試す機会が巡るだろう」

全員が席に着くと、ももこがやちよに声かける。

「まさか、アタシらが呼ばれるとはな思わなかったよ。この前、みかづき荘で留守を頼まれた時から、
 何かあるような気はしてたけどさ」
「そういうつもりで留守を頼んだわけではないのよ。クリミナルズの件があって、気になってしまったの」
「W計画に三つ目があったなんてね。しかも、鶴乃とさなと桜子を未来に送るって……」
「そんなに大きな話が動いてたなんて、私、初めて知ったよ……」
「やちよさん、どうして今までこんな大事なこと黙ってたんだよ」
「今まできちんと話をしてこなかったことは謝る。ミラーズの記憶読み取り対策が出来るまで、
どうしても話せなかったのよ」
「その対策って、能力を組み合わせて作った、装飾品のことなのか?」

そこへ、いろはが二人にの話に入ってくる。

「装飾品が対策になったのは、流れの上でなんです。様子見も必要だったので、伝えるのが
 遅くなってしまったんです」
「そうか。悪気がないのは分かってるんだけどさ、聞きたいことは色々ある」
「分かってる。会合の中で話をさせてもらうわ」
「今まで黙っててすみません、ももこさん。後ほど、きちんと説明させていただきます」
「分かったよ……」
「本当にすみません。……皆さん、本日の会合を始めさせていただきます」
215 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:13:27.75 ID:WCbA+PmGO
この日はいろはが主催となり、会合を進行させた。
W−1、W−2の開始日前倒しとそれに伴う、ももこ、レナ、かえでへのW−3の存在公開。
存在することを仮定して懸念されるアリナ・グレイのスーパーコピーと、ミラーズのコピーの結界外流出懸念。
クリミナルズのテロ計画の存在と、常盤ななか一派からの接触後の方針策定。
霧峰村で建設が進んでいる水徳寺の分寺への、歴代巫の亡骸埋葬後のシステム観測。

いろはの発言に、ももこ、レナ、かえでが中心となって返事をする。

「W−1、W−2の開始日は、翌月の月初とすることに、協力者全員と合意が取れています」
「魔女退治をいつものようにしてればいいのかな。神浜の中だったら、いつもとやることは
 変わらないようにも思えるけど」
「計画って言うと身構えるけど、神浜中の魔女を退治したら、近くの街に行けばいいのよね」
「そうしたら、知らない魔法少女との接触もあるよね。話が通じるといいんだけど……」

そこへ、みふゆがかえでに返事をし、鶴乃、ももこ、かえでが続いた。

「以前、いろはさんと話し合った時に申し上げたのですが、初めて会う魔法少女は、
 全員が最低でもこちらを警戒すると思って下さい。ワタシたちも見知らぬ相手を 
 見たら、最初は警戒したはずです」
「いろはちゃんのおかげで浄化システムを広げたからといって、それで相手が
 アタシらを信用するかは別問題だもんね……」
「得られたものは大きいけど、払った犠牲も大きいもんな」
「そういえば、他の街の魔法少女たちの間じゃ、神浜市の評判ってあんまり
 よくないらしいしんだよね……」

キリカが手を挙げると、かえでの話に関する話をする。

「私も聞いたことがあるけど、他の街だと神浜の魔法少女は、魔女を独占してるとか、
 他の街の魔法少女を始末しようとしてるだとか」

いろはが挙手し、キリカの言葉に返事をする。

「今日までに起きたことは、負の面の深刻さを、許容できる人の方が少ないと思います。
 神浜市外では既に二木市という前例があり、和解に至るまで多くのものを喪いました。
 相手は神浜で起きたことを尋ねてくるでしょう。その時は、今日までに起きたことを、
 聞かれたことだけを話し、こちらからは余計なことは何も言わない。これはW−1と
 W−2のどちらも同じ方針とします」
216 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:18:27.01 ID:WCbA+PmGO
いろはの言葉を聞いて織莉子が返事をする。

「いろはさんの仰る通りでしょう。二木市以外でも神浜を快く思わない魔法少女がいる。
 各々が取り巻く環境や事情で、神浜市に乗り込んでは来なかっただけで、機会があれば
 報復を試みようとする魔法少女がいてもおかしくない」

それを聞いてフェリシアが言葉を発する。

「そういや、オレたちのところに復讐目的で来たのって、プロミストブラッドだけだよな。
 同じこと考えてる連中って、他にもいそうだけど来なかったぜ」

キリカが挙手し、フェリシアの発言に返事をする。

「ワルプルギスの夜が関係してるんじゃないかな」
「あの大魔女が?」
「伝説の大魔女を倒した魔法少女が、この街には大勢いる。実力差を考えて、態々喧嘩を
 吹っかけてこなかったんじゃない。仮に喧嘩を売る側に実力者がいて、そいつが神浜の
 魔法少女全員を、相手にしようとしたとしても、グリーフシードがもたないだろう」

キリカの発言にやちよが答える。

「復讐を考えてもキリカさんの言う通りか、復讐までは考えなかっとしても、
 神浜の魔法少女を快く思っていない、他の街の魔法少女はいるでしょうね。
 そこをいくと、二木市の魔法少女の覚悟は、強いものだったと言える」

そこで麦茶を一口飲んで、やちよは言葉を続けた。

「私たちは、あくまでも魔女の殲滅を目的に、他の街に移動しようとしているだけよ。
 でも、その街の魔法少女がからすれば、余所の街から魔法少女が乗り込んでくるのと
 同じでしょうね。その街の魔法少女の代表者と接触して、事情を説明するべきだわ。
 相手が信用してくれればそれでよし。駄目なら……他の街へ行くしかない」

そこへ、いろはが続く。

「事前に打てるせめてもの手として、魔法少女同士のネットワークを通じて、浄化システムの
 存在と、浄化システムが広がっていることを周知しています。また、他陣営含め、私たちの
 存在も周知しています。主にSNSを通じてですが、ネット環境に困らないところであれば、
 既に他の街にも情報が広がっていると思います」
217 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:23:38.11 ID:WCbA+PmGO
いろはのあとに桜子が続く。

「|とはいえ、情報の周知にも限界はある。SNSによる周知だけで、すべての魔法少女が
  浄化システムの存在に気付けるとは限らない。それに、街を訪れた理由の説明だけで、
  相手の信用を得られるとも言い切れない|」

桜子をフォローするように、いろはが発言する。

「他の街で魔女殲滅時に得られるグリーフシードは、すべて相手側に譲ります。
 その際、ドッペルの説明を織り交ぜます。これで少しは相手の警戒を解いて、
 私たちに敵意はないことの、証明となることを相手に期待します」

いろはのあとに、ねむが続く。

「相手に期待?何を根拠に言える?と思うかもしれない。だけど、魔法少女だけでなく、
 人類が紡いできた歴史の選択に、根拠があると思うかい?遥か太古から今日まで、
 歴史が辿った道筋に関して、見出だせる根拠なんて、後付けの結果論でしかない。
 所詮はその時の運、数多ある選択肢の中から、偶然選ばれた道筋の積み重ね。
 それこそが、僕たちの知る歴史だ」

織莉子がねむに答える。

「それこそが私たちの知る魔法少女…いえ、人類の歴史でもあり、いろはさんの方針もまた
 その一つとなる、ということですか。結論としては、最終的にはその場、その時に応じた
 対応を取らざるを得ない、と言うことでしょうか」

そこに灯花が割り込み、いろはが続く。

「そーいうことになるね。W−1、W−2の前倒しに関係することはこんなところだにゃー」
「何か気になる点はありますか?」

これ以上話すことはないと全員から答えがあり、議題は次に移った。
218 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:33:15.05 ID:WCbA+PmGO
「続いて、ももこさん、レナちゃん、かえでちゃんへのW−3の存在公開です」
「鶴乃たちを未来に送るって、レナ達に納得できるように話してよね」

いろはがW−3の説明で行ったのは、コールドスリープマシンの開発と、それにまつわる
今日までの困難の数々、そして鶴乃たちが要員として選定された理由だった。ねむが以前、
説明した内容がほとんどだったが、選定された理由の説明に入ろうとしたとき、いろはの
代わりにねむが説明を行った。

ねむの説明は、以前いろはが選定理由を尋ねた際、他言無用を約束させた内容だった。
鶴乃、さな、桜子は表情を曇らせたが、何も言わずに話を最後まで聞くと、ももこが口を開いた。

「家族との関係性まで考慮したことは分かった。でもさ、鶴乃たちは本当に納得してるのか?」
「ももこ。私たちも考え抜いた末にオーケーしたんだ。決心がつくまで時間はかかったよ。
 自分が百年後に送られるなんて言われて、実感なんか沸かなかったし」
「目を覚ました先で、自分が知る人が二人しかいない。でも、私たちがやらなかったら、
 他の人がやることになるでしょう。その人に、私たちと同じ思いはさせたくなかった。
 それに……これは私から皆さんへの、恩返しでもあります」
「|いろはたちと一緒に居られなくなるは、私も辛い。みんなの成長を見守りたかった。
  大人になったみんなと、今を昔話として語れる日を迎えたかった。だけど……だけど、
  私たちがやらなかったら、みんなのこれまでの戦いが水泡に帰してしまう|」
「魔法少女の夜明けのために戦い続けた日々が、無駄じゃなかった、意味がある戦いだった。
 ……その証明をするために、私は未来に渡ることにしたんだよ」
「そうだったのか……。無理してるとか、そんなわけじゃなさそうだな」
「レナは無理矢理やらされてるかと思ったわ……」
「三人が納得して……決めたことなら……何も言えることはない……よね……」

三人の様子を見て、やちよがももこに声をかける。

「W−3のことで聞きたいことは何かある?」
「いや。十分説明してもらったし、聞きたいことはないよ」
「志願者がもし現れたら、別の人が選ばれた可能性はあるの?
 例えばレナが未来に行くって言ったとしたら?」
「もしレナちゃんが未来に行ったとしても、耐えられなくてもたないんじゃないかな……」
「なんですって!?」
219 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:34:51.77 ID:WCbA+PmGO
レナとかえでを見かねて、ねむが割って入り、灯花が続く。

「二人とも悪いけど、言い争うのはよしてくれるかな。水波レナの言う通り、志願者が
 現れたら要員は変わっていたかもしれない。だけど、記憶読み取りのことを考慮して、
 広く周知するわけにはいかなかったんだよ」
「それがなかっとしても、そもそも志願者が現れることは、期待できなかったにゃー。
 志願者が仮に現れても、未来に送る条件に見合うかは別問題。結局、わたくしたちが
 要員を選定することに、変わりはなかったと思うんだよね」
「あ、あの……もしレナちゃんが志願してたら、どうなってのかな?」
「レナも気になる。っていうか、ここにいる全員、三人以外はNGだったの?」
「NGというと語弊があるけど、家族関係の部分で条件からは外れたよ。
 それをクリアしても、プラスアルファの部分で外れていたね」
「あー……うん、レナ聞いて損した……」

W−3に関係する話はそこで終わり、議題は次に移り、いろはが内容を告げた。

「存在を確認したわけではないのですが、アリナのスーパーコピーが存在する可能性と、
 それによるミラーズのコピーが、結界外に出てきた場合の対処です」

議題の内容を聞くと、フェリシアが挙手し、やちよとみふゆが返事をした。

「スーパーコピーってなんだ?」
「大雑把に言うと、もの凄く出来のいいコピーってことよ」
「性格も超似てる、怖いねーちゃんのそっくりさんってことか」
「その理解で間違っていません。スーパーコピーは、ブランド品の偽物か取った名称ですね」
「偽のお金からだと思ったぜ」
「それだとスーパーノートですよ。話が脱線するので、この辺りにしておきますね」

フェリシアの疑問が解消すると、さなが挙手し、いろはが返事をした。

「アリナのスーパーコピーって、本物のアリナの固有魔法まで持ってるんでしょうか」
「その前提であって、確認はできていないんだ」
220 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:36:47.17 ID:WCbA+PmGO
そこへ、ねむと灯花が続き、やちよが返事をした。

「いろはお姉さんの懸念は、僕たちがマギウスだった頃、ミラーズのコピーを
 フェントホープに、迎撃翌要員として連れ込んだことが理由かな」
「あの時は、お姉さまたちのコピーを、お姉さまたちに引き合わせたんだよね」
「当時は、アリナの結界を使ってコピーを運搬していたんだ」
「他には、鏡の招待状を、いろはが使い魔から受け取ったことが理由ね」

やちよの言葉にいろはが返事し、織莉子、キリカが続く。

「私が招待状を受け取ったのは、他の魔女の結界の中だったの」
「その使い魔は、どんなタイプの使い魔でした?」
「分かりにくいかもしれませんけど、丸っこいものに乗ったバクっぽい使い魔です」
「それで分かったよ。ミラーズの中に入って調査して時、コピーに紛れて一緒に沸いていたし」

考え込む様子を見せていたももこが顔上げ、挙手して疑問を口にすると、レナとかえでが続く。
三人には、いろはとやちよが返事をした。

「手下が外に出てたなら、コピーもとっくに出てる気がするんだよな。他の魔女の結界に
 ミラーズの使い魔がいたなら、一旦外に出てるってことになるし」
「レナ、イヴの使い魔がミラーズの中にいたのを見たことがあるんだけど、使い魔が
 必ずしも結界の中でしか動けないわけじゃない気がする」
「ワルプルギスの夜の使い魔みたいに、結界の外で動ける使い魔がいたりするのかな。
 そもそも、ワルプルギスの夜は、結界自体がなかったけど……」

それまで静観していたみふゆが挙手して、意見を述べると、ももこ、レナが続く。

「結界の外に出られるかどうかは、基準のようなものが存在するのかもしれません。
 強さが一定の基準を超えると、結界の外に出られなくなるというようなものです。
 ワルプルギスの夜は、存在自体が規格外の魔女でした。あれは例外とみるべきでしょう」
「その基準を超えたやつが結界の外に出るには、誰かの助けがないと出られないってわけか」
「もしくは、助けなしで外に出られたとしても、存在を長時間、維持できないなどです」
「レナは、あんたの意見を支持するわ。知らない間に知人が全員、コピーと入れ替わって
 生活してるなんて、気味が悪いわよ」
221 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/09/21(水) 23:39:18.67 ID:WCbA+PmGO
「それと、すみません。思い出したのですが、十七夜さんと以前、ミラーズに関わる
 話をしたことがありました。フェントホープで十七夜さんが、自分自身のコピーと
 出会った時、『コピーだから能力を真似るのは難しい』からと、十七夜さんの心を
 読んでこなかったそうです」
「それじゃあ、アリナのコピーは固有魔法は持ってないんじゃないかな?」
「そうかもだけど、議題はスーパーコピーよ。十七夜のコピーは真似できなかったけど、
 スーパーコピーなんて言うくらいなら、固有魔法まで真似してるかもしれないわよ」
「ミラーズのコピーって、性格とか、記憶とか、魔翌力反応の違いで見分けられたよね?」
「スーパーコピーには、それも通じないのよ。多分」
「えぇー……」
「そんなのが本当に存在したら、今頃スーパーコピーが、あちこちに他のコピーを
 連れ出してる気もするんだよな。それに、本物のアリナだったら、とっくの昔に
 同じことやってるかもしれない」
「だけどレナ、街中でミラーズのコピーと遭遇したことなんて、今まで無いのよね」
「ワタシも、ももこさんと同感です。ですが……どこかにコピーが潜伏しているとしたら、
 話は変わってくると思います」
「も、もしかしたら……案外近くに居たりして……」
「ちょっと、かえで!冗談でもそんなことやめてよね!」
「ふみゃうみゃうっ!!」

四名のやり取りを見ていた灯花とねむが、割り込むように発言し、いろはが続く。

「わたくしたちも、ミラーズ対策として、見分けが簡単に付けられるような便利アイテムを
 開発しようとしてる。鏡の魔女はいずれ、倒さないといけないからね」
「マシンの開発と並行して進めてるから、マシンの完成と同時に出来上がる予定だよ」
「これについては、疑えば疑うほどキリがないですね。話すべきことは他にあります、
 一先ずにはなりますが、アリナのスーパーコピーは存在するものとします」

それを聞いて、かえでが尋ねて、いろはが返事をする。

「え、えっと……他のコピーのことは……どうなの?」
「他のコピーの結界外流出も、起きることを前提とするよ。コピーが街中に潜伏しているかは、
 確認のしようがありません。向こうからしかけてこないなら、寧ろその状況を利用しましょう。
 私たちは他に対処すべきことが山積みで、全員を疑っている余裕はありません」
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