タイトルを書くと誰かがストーリーを書いてくれるスレ part8

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564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/02(火) 16:25:02.84 ID:XA5WeQe40
タイトル「愛上王」
タイトル「藍上王」
タイトル「哀上王」
タイトル「ラリルレ論」
タイトル「らりるれ路」
タイトル「らりるれ炉」
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/02(火) 16:31:20.97 ID:XA5WeQe40
タイトル「たちつて塔」
タイトル「たちつて糖」
566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/03(水) 00:58:46.79 ID:42WDUFMDO
タイトル「火葬圏におんな」
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/04(木) 12:06:11.56 ID:kQCgr5j5O
タイトル「ザ・ドラゴン・クエスト」
568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/04(木) 21:51:31.24 ID:nRG/ZdN20
タイトル「仮想圏の女」
タイトル「下層圏の女」
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/04(木) 22:10:56.29 ID:2OSYN8hDO
タイトル「東京土地時占拠」
タイトル「診察薄幸」
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/05(金) 15:14:15.46 ID:PSkKcf2DO
タイトル「サンジに3時賛辞のおやつ」
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/06(土) 00:00:02.46 ID:N5cCTXJ20
>>568 「仮想圏の女」

 バカでかい引き違い戸が僕の部屋の東側にあって、そこからは駅から登ってくる坂道を見おろすことができる。商店街のある通りとは違うが、両脇にはアパートが何棟も何棟も連なっていて、時間帯によってはまったく人通りの絶えないときがあった。
 僕はいつも7時35分に目を醒ます。働いていたとき、かならずその時間に起床していたので、その癖がいまだに抜けないのだ。そしてうがいをして顔を洗い、しっかり香りを立たせた紅茶を淹れ、少しの牛乳を注いで飲む。このときハムエッグを焼くと、ちょうどいい具合に茶葉を抽出できたくらいにみごとにカリカリにできあがる。それにミニトマトやニンジン、あるいはレタスなどを添え、パンとヨーグルトを用意すれば朝食の完成だ。気分によっては、スープをつけてもいいだろう。僕はこれを毎朝かならず用意している。そして目玉焼きのカリカリになった白身をサクサクと咀嚼し、バリパリのレタスで黄身を包んで食べるのだ。ここで噛まれて鳴るシャキシャキとした感触で僕は完全に目を醒ます。最後にミルクティーを飲み干し、ヨーグルトを完食すれば、また今日も彼女と僕にうってつけの日だ、と確信する。
 僕が朝食を食べ終えるのはいつも8時15分前後のことだが、彼女が朝この坂道を下っていく時間帯は必ずしも一定ではない。8時20分のときもあれば8時30分をまわることもあるし、あるいは8時50分になる直前にあわてて降りていく姿も見たことがある。だがいずれにしたって、髪のセットの丁寧さあたりに差はあれど、朝焼けみたいに淑やかに光るナチュラルな色合いの茶髪は変らないし、すっきり無駄のない頬と、そのすぐ上にある、洞穴に差しこむ一条の光のような睫毛、陶磁器みたいに澄んだ瞳はいつだって僕の目を引きよせてしまう。若干の遠目にうつるときには、服越しでもわかる脚線美と、すばらしくバランスの取れたくびれにかたちのよさが明白な乳房に夢中なのだが、だんだん距離がつまり、顔が見えるようになってくると、それまで見ていた身体を忘れて、その整った顔以外見えなくなる。飴のようにぷっくら艶のある唇に、僕は吸い込まれそうになる。
 彼女が帰ってくるときも同様だ。彼女が駅からこの坂を通って帰るのは、早くても19時10分、遅ければ21時30分ごろだ。となると基本道は暗いわけだが、幸いにも人通りは多いおかげで、街灯も多く立っていて、やって来る彼女を見るのに不都合はない。このときも朝と大きくは変らないのだが、しかし一つだけ、はっきり違う点がある。というのは、かならず彼女が影に入る、ということだ。いくら外套が多くたって、坂道全部を照らすには至らない。だから、街灯の照らすスポットとスポットの間で、彼女の姿は暗闇に溶けかかる。そのたびに僕は、彼女がここからいなくなっていしまわないかと怯えるのだ。彼女は平日ほぼ毎日、同じ時間にこの坂道を昇り降りしているのだが、それはすなわち予定外の邂逅や足止めを、ほとんど食っていないということを意味する。例えば飲み会やデートなど。だから、そのような普段とは違う時間の割き方をするようになれば、僕はこの巨大な引き違い戸の前で、彼女をひたすら待ちぼうけをすることになってしまうわけだ。僕の人生はいま彼女のことを考えることでほとんどが占められているから、想定外に見られなくなれば、それはもう恐ろしいったらありゃしない。だからどうかお願いだ、僕の下から離れないでくれ、と坂道を上がり、暗闇のなかを歩いていく彼女の後ろ姿を見ながら僕は祈っている。それとともに、彼女の、この坂道を往来していないときの姿を、僕はいつも考える。例えば朝。オーバーサイズのTシャツと短パンで目醒める。朝食はレタスとトマトとハムのサンドイッチ。服は寝ていたときと同じだ。食べ終えると歯を磨いて髪のセット、化粧に入る。これにきっと30分は費やすだろう。そしてそうにもかかわらず、自分の肉体の全体にかかる美しさは、僕ほど理解してはいないはずだ。朝に恋人は考えない。いまはたぶんそれどころではないのだろう。時間を自分のために使う、僕の理想的な女。
 会社への往路、彼女は周囲のことなど何も気にしていない。気にする必要もないからだ。会社でも同様、彼女は揺るがぬ自分自身をもって、周囲にカリスマを振りまいて、勤務時間をすごす。ぶれない心で同僚や顧客、取引先と対峙する彼女に挑戦しようとする気はまず起こらない。彼女の目は澄んでいて、曇らない。その目があらわす快晴が、濁った心根の人間たちをひるませるのだ。
 さて家に帰ると、彼女はため息をつきながら、まず風呂に入る。ベルトを緩めて、ソックスを脱いだ次にブラウスをはだけて洗濯機に入れ、ボトムスも脱ぐとあとは下着のみを身につけた状態になる。ボディバランスの露わになった自分を、彼女は洗面所の鏡に映してみる。といっても、肯定的な感情からではない。むしろ、鏡のなかの自分を敵視するというのが近い。彼女のすばらしい均整は、奇蹟的なバランスでできている。乳がもう少し大きくても小さくても、くびれがあとちょっとなだらかだったりくっきりとしてたり、足の肉づきがちがっていれば、違和感のある体になっていたかもしれないのだ。彼女は人の目など気にしないが、自分の覚える違和感は許しがたかった。その不均整に気づくと、それをすぐさま殺したい欲望に駆られる。自分のイメージと異なってゆくのが彼女は怖かった。いま、イメージ通りにうまくいっている。それをみすみす変えるのは惜しい。この自分こそがもっとも傷のない、理想に近い私なのだ。ここから離れ、劣化することは、煉獄で苦しむに等しいことだ。下着を脱いで、全裸になる。隠れていたところが、彼女の前に露わになる。それらはきれいな桃色だ。まだ、使い古されていない。私は、まだ誰に従属もせず、気高く生きている。永遠の命を得たかのように、今の私を何としてでも守り抜く――。
 僕は彼女がそう生きていることを確かに知っている。
572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/06(土) 00:56:41.18 ID:o4E8/7tDO
>>568 「下層圏の女」

「人」として「下層」と言う話なのか?「居住区域」が単に「下層にある」だけの話なのか?

とした些細な疑問の始まりからこの話は次第に流転していく…
結局、卑しい人間性があるから低い地域にそうした卑しい連中同士で寄せ集まるだの、
高い地域に住まう人間達はすぐ低地に住まう者達を嘲笑うから逆に人間性の方は低いのだ、
などとした人の深層にある意識的な差別意識の問題やら何やらと。

オチとしては最終的に主人公は「女」である事から話は一気に飛躍し
「下層にいた女」は、実は「上層圏出身の女」であると、とある異性にバレて
結婚した後の二人は「中くらい」な幸せを手に入れた、とかいうラブコメ的な話になって幕。


そして、この作品はそれなりに多少の話題作にはなったもののこのオチのせいで
続編の話の製作が非常に困難を極めている、との噂がまた下層に広まったと
上層部の連中が頭を抱えてしまい、その逆転的な現象を今度は「中間層の連中」がさらに台無し
にするグラウンドゼロな計画が立てられて、一番最初の「下層圏の女」は後に

全てを無に帰さす「ジョーカー」的な存在として語り継がれたという
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/06(土) 12:12:09.77 ID:SIir4BGTO
タイトル「THE FURIKOME SAGI」
574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/06(土) 14:34:08.38 ID:N5cCTXJ20
>>569「診察薄幸」

「つまんないみたいですね」
 白髪が汚く混じった、眼鏡の茶釜みたいな医者が、手元のカルテに何かを片手で記入しながら言った。左手は白衣のポケットにしまったままだ。
「ええ、ほんとに」
 女は頬に左手を添え、うつむきながら返した。センターで分けた髪が揺れる。その陰で、切れ長の目が瞬いた。その目は医者を捉えてはいない。「どうしても、私だけみんなと一緒じゃない気がするんです。いや、仲間外れとか、そういうんじゃなくて」
 医者は何も言わなかった。同じ姿勢で、カルテに視線を落としている。彼は女が続きを言うのを待っていた。だが女はそこで話を止めてしまうつもりだった。だから、しばらくの間、診察室には沈黙が漂った。「で?」医者がしびれを切らして声を出した。眼玉だけを動かして女を見た。
「いえ、あの、」女はどぎまぎしつつ、「みんな、楽しそうで、いいなあって。月に1回くらい昔の友達と会ってお茶するんですけど、そこでみんないいニュースを持ってくるんですよ。結婚したとか、彼氏と同棲はじめたとか、NISAで元手の6倍くらいに増やせたとか、お母さん元気だとか」
「へえ」
 医者はもう女には興味がなかった。この女、周りのことばっかりじゃないか。もっと自分に目を向けやがれ、医者はまたねじのような目で女の様子をうかがった。女は目だけを医者に向け、あとは全体的に前傾して訴えていた。上目遣いだが、恨みがましい。
「そんなに周りがうらやましいなら、周りとおんなじようにやろうとしたらどうですか」
 医者はつっけんどんに言った。それは女を怒らせたらしく、
「できたらしてますが。彼氏だって作ろうとしましたよ、もちろん結婚も考えて。でも、何回か会って、ホテルにいったら、それっきりです。投資もしたし、自己研鑽もしたし、服とかお化粧とか、その辺も頑張りましたよ。でもこうなんですよ。いまじゃついに保証人になってた人が蒸発して、借金の最速までされて、しかも会社は保険料とか年金を払ってない。誰のせいですか、これは」
「知りませんよ」
 医者はもうカルテしか見ていなかった。「不幸を訴えられても、私はどうにもできませんからね。胸が詰まるっていうから見てあげたのに、あなた関係ないじゃないですか」
 女は目を瞠った。なんです、と医者は面倒そうに言った。「いくら精神科でもね、あなたが悪くなきゃどうにもならないんですよ。私医者ですからね。じゃあ、そこに入って」
 医者は臙脂色のスクラブの袖がのぞく右手で、コンクリートの独房のような部屋の、医療用ベッドを指した。
575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/07(日) 06:56:22.75 ID:ySnHyT7i0
タイトル「暗殺餅(あんころもち)」
576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/08(月) 00:12:31.71 ID:UdB39gfM0
>>528「溶解ウォッチ」

 叔母が小包をくれた。とにかく開けてみんしゃい、とせかすので包みを解くと、なかには時計があった。
銀色に輝く、ピカピカの新しい腕時計。少し重いが、文字盤には精密に螺鈿細工のような加工がされていた。
後ろでせんべいを食べていた父がいいじゃないか、と言った。トイレから戻ってきた母も時計を誉めた。
 お礼を言った後僕は、
「でも叔母さんこれどうしたんですか、誕生日でもないし、就職したのでもないですよ」
「もらったのよ」
 間髪入れずに叔母が言った。
「もらった?」
 僕は訊ねた。
「そうだよ」
 叔母さんは続けた。「息子夫婦が近くに住んでてね、そこに嫁さんのいとこが一緒に住んでるのよ。
そのいとこが作ったんだって。いろんなもの作ってるみたい」
「でもそれをどうして僕に」
「だって時計はあるんだもの、これ以上あっても、ねえ? 隆くんなら使うかもしれないし、あげちゃおうと思って」
「ありがたく頂戴します」
 そう返して箱に時計を収め、元どおりに包みを結びなおした。

 帰ってから時計をとり出し、ベルト部分を持って文字盤を改めて確かめた。
天の川のような模様が、金色や銀色、結晶型の小さな部品で表現され、なるほど確かに見事だった。
角度を変えると、砂丘の朝のようにきらめいた。個人がこれを作りあげたかと思うと、実に見事なことに思えた。
 手首に巻いて、感触を確かめる。金属らしく、ひんやりしている。手工業の腕前とは思えない精巧さだ。
僕は安心しきって腕を下ろし、しばしぼんやり仰向けに寝転んでいた。
するといつの間にかうとうとしていたらしい、記憶がすこし飛んでいた。
 僕の目がさえたのは、太ももから股関節にかけて明らかな違和感を覚えたからだった。驚いて下半身のほうを見た。
感触でいえば液体の流れる感じだ。おねしょか? とあわててもいたものだ。
 だが決して洩らしてはいなかった。服の鼠径部のあたりから、銀色の液体が垂れていた。
それがマットレスにもついているようなのではね起きると、やはりベッドに銀色のたまりができ、一部は皮膚にもついていた。
どうしたことだ、どうしたことだとうろたえていた。その最中、左手首にさっきとは異なる違和があることに僕は気づいた。
左手首を確認すると、腕時計はまだそこにあった。しかしそれは、ベルトや文字盤のフレームなどの大部分が融け、
底の抜けた製氷皿のようになった残骸でしかなかった。肌には銀色の染みもついてしまっていた。
 僕は起きあがったまま固まっていた。信じがたい現実と、突如降ってきた出来事への対処の必要とが、
次に僕は何をすべきかを、考えられないようにしてしまっていたのである。
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/07/08(月) 19:25:06.01 ID:LwxcIrKDO
>>573 「THE FURIKOME SAGI」

ごく一部でマイナーながら話題性を集めた前作の「THE ORE・ORE SAGI」劇場版にまさかの続編がw
打(ぶ)つ、差す(指す)、振り込むなどは将棋や麻雀でも使われる言葉である事にかこつけた
駄洒落的展開込みで描かれる、基本バラエティ色が豊かなコメディー調な作品ではあるものの麻雀、賭博の辺りの話が
展開し盛り上がった先に差し掛かると「コレ明らかに「〇イジ」や「ア〇ギ」ぢゃね〜か!」とする、あまりの盗作っぷりが
炎上系の悪い方面性での話題となり、公開後即日お蔵入り決定となる銀幕界の裏(逆)神存在として有名化する

運良く見れた通りすがり客たちは一言

「騙されたような気分だ…」

と、(映画)会場に振り込め詐欺をかまされたような気持ちだ、こぼしたとか。
578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/08(月) 20:27:23.23 ID:UdB39gfM0
>>11「グリーン・マイケル」

 膝くらいの高さの草むらのなかを、マイケルは駆ける、駆ける、なだらかに傾斜する、どこまでも同じような青さがつづく草原を走り抜ける。
とうにヘルメットは捨てた。通信機器も、役に立たないし邪魔だから手放した。
護身用の武器も、ナイフを除いてすでに彼の手元にはない。
あとは軍のユニフォームと水筒、そしてマイケルの肉体のみが残る。
朝焼けがどんどん薄くなり、空は青に変わっていく。
 湿度も上がってくる。

「操作利きません! 制御不能、制御不能!」
 森林地帯での訓練中、マイケルの乗る訓練機がコントロールを失った。彼はひとりで乗っていた。
無線をとった教官は怒鳴って報告を求めた。
「各種計器!」
「異常なし!」
「燃料!」
「異常なし!」
「油圧!」
「異常なし!」
「密閉!」
「異常なし!」
「回路!」
「異常なし!」
 教官が苛立ちながら言った。
「じゃあ何が異常なんだ!」
「何ら以上ありません!」
 マイケルは報告した。
「一切のアラートも、数値の異常も異音も振動もありません!
 だめなのは、ただ操縦不能なことだけです!」
 教官は檄を飛ばし、マイケルは何とか体勢を立て直そうと努力した。
 しかし訓練機はどんどんバランスを崩し、深い森のなかへ消えてしまった。

 マイケルからの通信が途絶すると、教官および同じグループの訓練生たちは絶望に似た感情を覚えた。
マイケルが消息を絶った森は深い。いちど迷いこめばまず出られない、広大で暗い森だ。
調査隊も入る気配のない、世界最大の陸の孤島。そこにマイケルは消えたのだ。
もうあいつは帰ってこない、そう全員が確信していた。

 しかしマイケルは気丈だった。訓練機は巨木の間に突っ込んで壊れたが、奇跡的にコックピット部分はほとんど無傷だった。
そこからマイケルは転げ落ちると朽木の根に頭をぶつけ、しばらく昏倒していた。
目を醒ますと、彼はすぐ立ちあがった。そして、薄暗い森のなかをすたすた歩きはじめた。
諦めたから、そうしたのではない。むしろ、なんとしてでも生き延びてやるぞ、と信じていたから、早々に歩きはじめられたのだ。

 彼は水のにおいを頼りに歩いた。しかしなかなか水源は見つからない。
だんだんと、携帯食料と水筒の中身が減ってきた。懐の軽くなるのを、彼は汗をかきながら感じていた。
 このままおれは死ぬのか、と何度か頭を予感がよぎった。しかしそのたび、彼はわずかに感じる水のにおいを希望にした。
きっと、この先に、水が、生きる希望があるんだ。そこには生き物もいる、食えそうなものもたぶんある。そこに至るまでは死ねない。

 一昼夜、二昼夜、さらに何日も歩いた。
もう自分の身体に、自由があると思えなくなってきたころ、彼はようやく開けた場所に出た。
そこには無限の曠野があった。青々と、草の群叢が風に揺れる。まだ夜は明けきっていなかった。
だから相当暗い。だが、彼の目はかつてないほどらんらんと輝いていた。というのも、草原のなか、
正確に測れないが結構な距離のところに、植物とは違う、粘り気のある光を放つエリアがあったからだ。


 水だ! あそこに水場があるぞ!
 

 マイケルは疲労も忘れて駆けだした。朝露が脛にかかった。背の低い草を蹴散らしながらマイケルは草原を突っ切る。
近づくごとに、その水場の様相が察せられるようになる。びっしりと苔が繁茂しているらしい。
柔らかい線上のものが、そのなかで揺れている。

 しかし知ったことか! 墜落してからおれはずっと、あれを求めてきたんだぞ!

 マイケルはさらに力を振り絞った。スピードをあげ、なだらかな草原を駆け抜ける。
希望などもう彼の頭から吹き飛んでいた。すべてこれで解決だ、危機は過ぎた、
もはや何も異常はない、おれはオール・グリーンだ!

 延々と続く森と草原を、緑の深いカーキ色の迷彩服のマイケルが、一心不乱に突き進んでいる。

 




ちょっと長いな
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/08(月) 21:47:47.99 ID:/lzv0B42O
タイトル「振り込むな詐欺」
580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/07/10(水) 00:21:05.24 ID:23PJPhpF0
>>26「Eye love you」

 外を歩いているあいだかぶっていた白い柔らかなキャペリンハットを、きみはもう脱いでしまった。
そのせいで、それまでつばが隠してくれていた睫毛、瞳、まなじりが露わになった。
おれはそれを見るのがつらいんだ。だからいまこうして対面に座っているのも、相当我慢してるんだぜ。
知ってるか?

「もちろんそんなの知らないよ」

 きみはコーヒーフロートをマドラーでかき回しながら言った。ものすごくびっくりしたよ。
まさか、心を読まれてるんじゃないかって思ってね。でもそういうわけじゃないみたいだ。

「あなたがあんな風になっちゃうなんて、結婚したときは思っても見なかった。
でも不思議だね、なんだかずっと前のことみたいに思えるし、実際そうだと思っているんだけど、
話しているとそういう気分になるのに、でもあれは1年とちょっと前のことなんだよね。
その間に、10歳も15歳も年取っちゃったかも」

 それはおれとは全然違うな。おれはむしろ若返った気分だよ。
きみがおれの求めに応えてくれて、おれはすごくうれしかった。
そんなことがあるなんて、きみと会ったときは思っても見なかったからな。
あのときはきみは美人で、優しかった。おれは静かで、伏し目がちだった。
きみはそのころと大きくは変ってはいないよ。成長すべきところを成長させて、いいところはそのまま持っていたんだ。
だから安心して、きみは年を取ったんじゃないよ。おれがきみの思うほど成長していないだけなんだ。

 時たま、きみはマドラーの小さなスプーンでコーヒーフロートをすくって食べた。
それに合わせて、くるんと波のように反る睫毛がぱちん、と瞬くのは星に似ていた。
その動作には迷いがない。とても真っ直ぐだ。おれはそんなきみに憧れていたよ。大好きだ。

「ん?」

 きみは視線をあげておれの目を見る。
「どうした? わたし、なんか変なとこある?」
「いや、ないよ。むしろ完璧すぎるくらいだ」

 なにそれ、ときみは笑った。ああ、視線が外れた。もっときみと目を合わせていたい。
でもそれはできない相談だろう。きみはどういう気持ちでおれの目を見ればよいのだ。
1年数ヶ月の結婚生活のうち、後半の9か月程度は、ほとんどきみとは顔を合わせなかった。
合わせられるはずもなかった。

だって、気づかれたくはなかったから。

罪悪感を抱えたくはなかったから。

生れてくる子どもを楽しみにしていた、きみの白い歯が脳裏に焼きつくのが恐かったから。

「言っとくけど、ぜんぜん許してないからね」
目を合わせずきみは言う。わかってる、と目を伏しておれは返す。

「許してないけど、忘れないから」
「それって、どういう意味で」
「いろんな意味でだよ」

 そう言うときみは再び顔をおれに向ける。おれは変らず俯いている。

「おい少年」

 きみはからかうような諭すような、あるいは呼びかけるような親密で、しかし泰然とした声音でおれに話しかける。

"おい少年" 懐かしいな、学生のとき、たまにふざけてきみはおれをそう呼んだ。

でもそれははるか遠くになりにけることだ。

「最後なんだから、ちゃんとお互いの顔を見ようよ、貴哉くん、わたしの目が好きって言って、いっつもわたしをみつめてたじゃん」
 だから見せてあげる。きみは笑った。白い歯がくっきりと目立つ。その上できみの双眸が、水の月のように光っているとおれは感じた。

「きみ、わたしのことが好きだったんでしょ」

 まったくほんとうにその通りなんだよ、とおれは思った。
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