エンド・オブ・ジャパンのようです

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212 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 23:05:05.55 ID:PaOSTwH/0
(`・ι・´)「次は、南アフリカか」

(ゝ○_○)「ええ。お喜びください国務長官、過去の2地域と比較してかなりマシな戦況です」

爪#;'ー`)「マシだと………?“かなりマシ”だと!?この図が、この有様がか!!?」

(;`・ι・´)「フォックス、落ち着け」

(ゝ○_○)「実際マシでしょう。防衛線崩壊は一度発生してしまったもののその後再構築に成功し、被害こそ甚大ながら敵艦隊の浸透を食い止めることは明確にできているのですから。国土完全失陥が秒読みのノルウェーやフランスと比べれば何億倍もマシです」

爪;#'ー`)「この………!」

(ゝ○_○)「マジメに解説させていただきますと、喜望峰に浮上した深海棲艦艦隊群が南アフリカ共和国海軍の海上防衛ラインに接触しこれを粉砕。ジブチのアフリカ・アメリカ軍は規模が十分ではなくマダガスカル島のアメリカ軍並びに同島“海軍”鎮守府はインド洋における状況の激烈な変容からそちらへの対応に追われ何れも増援が間に合わず、敵艦隊群はそのままケープタウンに上陸しました。

同市守備についていた南アフリカ共和国陸軍は交戦開始から45分で全隊が通信途絶。1時間後に出撃した“海軍”マダガスカル鎮守府艦隊並びにジブチのアメリカ陸軍部隊による奪還作戦が発動されたものの、敵空母艦隊から発艦した航空隊の波状攻撃により市内突入が困難となり同作戦を中断。

北部郊外に深海棲艦を封じ込めるための第一次防衛線を展開したものの【陸棲型】を中核とした敵浸透艦隊に電撃的な強襲を受け、これも維持できず10%弱の戦力を失った上でより北部へと撤退せざるを得ませんでした」

(;`・ι・´)「だが皮肉なことに、ケープタウンの早期陥落が“功を奏した”」

(ゝ○_○)「ええ。南アフリカ共和国陸軍は、首都に“全戦力”を配していたワケではありませんでした。彼の国は元の治安がよろしくない上に、近年は海上物流の停滞に伴う経済的な打撃で内情不安を抱えていましたからね。

一方でそれらの事情がある故に、ただでさえカツカツの経済を無理矢理軍備に回して常備軍を平時の二倍に拡充していました。その拡充された兵力が、反政府運動に睨みを効かせるため全土に分散せざるを得なかったわけです。

無論首都故に防衛部隊の陣容は強力でしたし、この部隊を全滅と仮定した場合の【全兵力の約10%喪失】は決して“軽微”なものではありません。

が、逆説的に言えば【総兵力の90%が健在である】と見られるわけです。そこに“海軍”戦力やアメリカ軍も加わった状況を先の二箇所のように“絶望的”と捉えるのは早計でしょう」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/180/IMG_20230406_224313.jpg
213 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 23:10:33.31 ID:PaOSTwH/0
爪;'ー`)「そういえば、南アフリカは大統領も健在だったな………」

(ゝ○_○)「その点も非常に大きかったですね。先に述べた内情不安から国民の支持向上と反政府分子への牽制を兼ねて、大統領は地方遊説の真っ最中でした。

その為国内指揮系統の早期断絶という事態が回避され、集結が遅れた国防軍の残存戦力とケープタウン郊外に離脱した“海軍”艦隊のスムーズな合流がなされました。また、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビーク等周辺諸国による陸軍戦力派兵要請も同国政府から完了しており、状況次第では比較的早く本格的な反転攻勢に移れる可能性も出てきています」

爪;'ー`)「なるほど………君の言うとおり、間違いなく“かなりマシ”だな。先程は感情的になってすまない」

(ゝ○_○)「ご安心を、慣れておりますので。

因みに、ポート・エリザベス方面はより良好な状態で推移しています。ケープタウンが陥落した時点で、南ア軍首脳部もマダガスカル鎮守府もポート・エリザベスが次点の攻撃目標となることは認知した上で“放棄”を前提に作戦計画を修整しました。
アフリカ・アメリカ軍より一個艦隊を洋上に急行させ予想通り進軍してきた敵艦隊群を漸減しつつ足止め、同市の防衛軍駐屯部隊は市民の避難誘導に活動を固定。同市上陸が開始された際には、政府を通じて航空支援を要請していたエジプト・サウジアラビア・イギリスの3カ国連合空軍による爆撃が実施され浸透の抑制に成功しています。

結果、完全に無傷とまでは行きませんでしたが軍属・民間の人的被害は何れも極少数に留まっています」

(;`-ι-´)「深海棲艦によって引き起こされていた諸問題が、深海棲艦の侵攻に際して好材料になるとはな………日本語ではたしか、“不幸中の幸い”というのだったか」

(ゝ○_○)「無論深海棲艦は恐らく両市を【泊地】化して橋頭堡とするつもりでしょうから予断を許すわけではありません。しかしながら、イギリスが極秘裏に企画していたケープタウンに対する核兵器の集中運用はひとまず回避できたでしょう」

爪;'ー`)「………ぇ゛っ」

(;`・ι・´)「待て、それは私も初耳だぞ!!!」

(ゝ○_○)「まぁ言ってませんでしたし。どうせクソ馬鹿野郎のデルタ=クーガーが独断で暴走してただけですよ、戦況の安定化が仮に失敗していたとしても首相が抑えたと思います。実行されたらそれはそれで面白そうでしたが」
214 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/07(金) 23:46:37.87 ID:PaOSTwH/0
爪;#'ー`)「おもっ…………!!?さ、流石に今のは聞き捨てならんぞ!!」

(ゝ○_○)「そうですか、しかし戦況説明がまだ終わってませんので無視します」

爪'ー`)「」

(;`・ι・´)(我が部下ながらマジで頭おかしいなコイツ………)

(ゝ○_○)「で、対象的にビックリするほど面白味がないインド洋─アラビア海戦線です」

(;`・ι・´)「評価基準が“面白味”というのはどうなんだ………」

(ゝ○_○)「イヤ、でも本当に面白み有りませんもん。日米印の主力艦に潤沢な艦娘が合流し更に途切れることのない定期的な補給………どころか、欧州奪還を目的としている点に加えて反艦娘的な態度が続く中東諸国への【砲艦外交】的な威圧を兼ねての“増強”が続いていた大戦力。

過去の3地域と比較して前提条件が違いすぎます。初期の波状攻撃でインド海軍の【ラーナ】と【ランジート】が失われましたが、目立った艦艇の損耗は以降なし。寧ろ南方の敵艦隊に対して海上防衛網を構築ししつつこれを逆に前進させ圧迫しているほどで、体制としては盤石極まりありません。

強いて懸念点を挙げるとするなら、【Black Bird】の襲撃により自衛隊の空母【いずも】の艦載機隊が一個編隊失われたことでしょうか」

爪;'ー`)「この、連合艦隊の側面から伸びてきている矢印か」

(ゝ○_○)「ええ、ただ【Black Bird】は制空能力が極めて高い反面爆装型・雷装型は何れもまだ確認されておらず、対地・対艦攻撃能力は並以下です。装備が機関砲のみ故の火力不足に加えて制止目標に攻撃をかけようとすれば自然平坦な軌道でかつ低速接近をせざるを得ず、連中の強みは尽く失われます。

実際【いずも】からヨコスカに送られた経過報告によれば一度だけ艦隊に対して20機ほどが直接攻撃をかけてきたそうですが、対空砲火であっさり4機を撃墜されて僅か20分ほどで撤退したとのこと。中華人民共和国の件があるとは言えインド軍も相応に余力を残していますし、現状この方面には特にリソースを割く必要はないと思われます」

(`・ι・´)「あと気になるところがあるとすれば、マダガスカル島鎮守府に行われている攻撃だな」

(ゝ○_○)「まぁ主力艦隊がアフリカに投入されているため油断するわけには行きませんが、防衛の総指揮を取っているのがあのアイシス=ユピアですからねぇ。あの女も面白みのないやつですから、多分あっさり撃退するんじゃないですか?」

爪;'ー`)「だからこの人類存亡がかかった時に面白みなどいらんのだよ………」








────同刻・マダガスカル島鎮守府

リハ;>ー<リ「ヘクチッ」

「!? ヘイ提督、大丈夫ネー!?」

リハ;゚ー゚リ「うん、大丈夫。心配しないでコンゴー。

第四艦隊、そのまま後退してポイントD-1まで敵艦隊を誘引!陸上砲台、全門照準!十五秒後に【キルポイント】への一斉射、敵艦隊を殲滅して!!」

「ユピア提督、第六艦隊より予定通りP-4地点にて敵水雷戦隊の完全な足止めに成功したと報告あり!」

リハ#゚ー゚リ「上空待機中の【スツーカ】全機に爆撃開始を通達!敵艦隊に打撃を与えたら後方から第二潜水艦隊を回り込ませ追撃させてください!」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/181/IMG_20230213_175322.jpg
215 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/04/08(土) 23:11:12.41 ID:lm8eG5z/0
(ゝ○_○)「北米・中米戦線に関しては国務長官もすでにご存知と見受けますが、解説は必要ですか?」

爪;'ー`)「………レポート自体は読んだが、現場の人間の“所感”も聞きたい。一応解説を頼む」

(ゝ○_○)「畏まりました。

この戦線の最大の特徴を申し上げるなら、“二極化”です。大西洋にて浮上した推定400〜500個艦隊と見られる深海棲艦の艦隊群は現在アメリカ合衆国側と中南米諸国側の2方面に分かれて攻勢を仕掛けてきているわけですが、前者と後者で戦況が180度違います。

アメリカ方面は、ノーフォークとメイフォート、キティホークの海軍基地を中心にモアヘッドシティ、ウィルミントン、マートルビーチ、チャールストンなど東海岸各所の鎮守府・警備府・“海軍”拠点から抽出された艦娘部隊と艦隊総軍、各州の統合航空隊による迎撃で戦線は安定状態です。
まぁ元より欧州奪還作戦に向けてインド洋の3カ国連合艦隊同様東海岸も断続的に戦力を増強してきていましたからね、その戦力が十全に生かされるなら姫級が束になってきても抜くのは困難だ」

(;`・ι・´)「…………そして、深海棲艦もその事を“理解していた”からこそ」

(ゝ○_○)「ええ、今の“二極化”が起きています。

合衆国側で投入されている敵艦隊戦力は、物量こそ1000隻超ですが姫・鬼級が“束になる”どころか今のところ殆ど見当たりません。EliteやFlagshipの数は他戦線に勝るとも劣りませんが、東海岸に集結完了していた戦力も質量共に充実しているため正直この程度なら大きな問題にならないでしょう」

爪;'ー`)「対し、中南米方面へ南下中の敵艦隊群は………数こそ我々の方に向かってきているものと同等だが………」

(ゝ○_○)「はい。同艦隊群には、“それのみ”で十個艦隊超が編成できる数の姫・鬼級が確認されています」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/182/IMG_20230213_175300.jpg
216 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/08(土) 23:13:57.43 ID:lm8eG5z/0
(;`-ι-´)「60隻を超える戦艦棲姫や装甲空母鬼………想像したくもないな」

(ゝ○_○)「そも中南米諸国の海上戦力自体決して潤沢でも高水準でもありませんし、こちらもキューバやメキシコとの複雑な外交情勢からアメリカ軍並びに“海軍”による艦娘の派遣もさしたる規模になっていませんでした。

そんな中でこの全面総攻勢です。当然耐えきれるはずもなく、第一次防衛ラインは接敵から10分少々で“消滅”。第2防衛ラインではなけなしの艦娘戦力を総動員しましたがこれも衆寡敵せずで風前の灯。

まぁ第2防衛ラインは早々に後退しつつの漸減・遅滞に目標を切り替えたので幸い艦娘の“轟沈”は出ていませんが、逆に物量差がありすぎて前者の目的については殆ど果たせていないのが現実です」

爪;'ー`)「我々もその辺りの危機的状況は把握している。だからこそ、国防総省の方で二つほど手を打ってもらった」

(ゝ○_○)「ええ、“内陸州における余剰艦娘戦力の中南米諸国への緊急派遣”と“北米方面戦線での海上攻勢”、どちらも我々戦略情報局としては良手と評価しています。

特に、北米戦線の攻勢作戦発動は丁度我々の方でも進言する予定だったので」

(;`・ι・´)「敵艦隊は、未だに“余力”を残しているからな………」

(ゝ○_○)「北米戦線と中南米戦線、その中間で未だ停滞状態を維持する残余1000隻程。この艦隊群は明らかな予備戦力であり、我々の動きに合わせて投入方面を変える予定であったことが目に見えてましたからね。

下手に中南米へ増援を出しすぎれば現状の合衆国側の防衛ラインが“厚み”を失い総攻撃を受けた際に飽和状態となってしまう可能性が上がり、逆に出し渋れば中南米側の陣容を更に強化して一挙に複数箇所に上陸、橋頭堡を確保。

どちらにも動けるようになっていたものを、少なくとも現状はどちらとも取れないように制限できた点は確実に敵の狙いを一つ挫けたと思います」
217 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/08(土) 23:16:36.92 ID:lm8eG5z/0
(;`・ι・´)「正直、元々知っている内容であっても再度聞いているだけで精神的消耗が激しい。それで、次は東欧・南ドイツ戦線辺りか?」

爪;'ー`)「そこは取り分け気疲れしそうだな……“ベルリン”の損害が大きすぎる上にその前は艦娘戦力がある程度潤沢だったからこそ“海軍”戦力も十分に配備できていない。正直、どんなに悪い報せを聞いても驚きは───」

(ゝ○_○)「ああ、ご希望でしたらお伝えしますがその区域はやや報告内容が他と異なります。経過ではなく“結果”報告ですね」

(`・ι・´)「? すまん、意味がよくわからないのだが」

(ゝ○_○)「あくまでドイツ連邦政府並びに東欧連合軍総司令部からの共有情報が真実なら、という前提は必要ですが………南独戦線における主要な戦闘は現時点で“終了”しています。

東欧連合軍は現防衛ラインの固守に成功。深海棲艦の侵攻群は大損害を受けて撤退し、後は一部残敵の掃討だけとのことです」

(`゚ι゚´)「」

爪゚д゚)「」
218 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/08(土) 23:33:40.76 ID:lm8eG5z/0
(;;`゚ι゚´)「どどどどどどど童貞ちゃうわ!?」

(ゝ○_○)「聞いてませんが。貴方妻も息子もいるでしょうよ」

爪;;゚д゚)「どどどどどどドゥカティ!?」

(ゝ○_○)「カメラメーカーから始まったイタリアのバイクブランド名がこの場において何の意味を持つのかは皆目見当も付きませんね。

まぁ“どういうことだ”と聞いているのは解りますが、正直どうもこうもなく申し上げた通りです。

ライプツィヒを中核とした深海棲艦によるドイツ南方への総攻撃を、【ドレスデン・ライン】は撃退しました。損害は取り分け激戦となった前線都市・リーザの守備隊がやや多めの死傷者を出した程度で、艦娘にも轟沈者は一人も出ていません。完全勝利と言っていいでしょう。

とびきりの朗報なんですし素直に喜んでは?」

(;;`・ι・´)「……………朗報なのは間違いない。間違いないが………俄に信じられるものではないな」

爪;'ー`)「いや、どんなに時間が経ったって信じられるものか!喜びたくとも“誤報”の可能性が大きすぎて全く浸れんぞ!?」

(ゝ○_○)「こんな世の中ですから疑り深いのは時として美徳にすらなり得ますが、一応ロシア経由で複数の“情報筋”に裏を取ったので多少の誤差はあれど全面的に虚偽という可能性はほぼないと思われます。同軍に参加しているアメリカ海兵隊のサイ=ヨーク=ヴォーグルソン大尉とも連絡が取れていますし。

というか、東欧連合軍首脳部に嘘をつくメリットがまるでないでしょう。暴動や恐慌を抑えるために国内向けのプロパガンダって話ならいざしらず、共同戦線張ってるアメリカや日本の政府内にこの嘘垂れ流す意味ってなんですか。しかも軍内にアメリカ軍関係者がいるのに」

爪;'ー`)「そ、そう言われればそうだが…………」

(;`・ι・´)「誤報ではないとしても、ここまで短期的に決着できたとなれば今度は手品か神の奇跡を疑いたくなるよ。

確かにドイツ戦線はついこの間も400個艦隊規模の総攻撃を押し返している。だがあの時は、深海棲艦側にも明らかな“油断”があった。

今回の攻勢はほぼ同規模、戦力も第一報到着時点での予想進軍経路を見る限りしっかりと集中運用の原則を人類側の重要拠点に対して遂行しているように見えた。

EliteやFlagshipも他地域に引けを取らない量が確認されていた事も考えると、再びこれほどの勝利を得られるとは」

(ゝ○_○)「あくまで断片的な情報を繋ぎ合わせた上での推測ですが、【ドレスデン・ライン】は最前線の複数箇所であえて交戦状態を維持しつつ敵艦隊の浸透を故意に許したようですね。そうして総司令部があるドレスデンまで誘引しつつ、リーザを始め幾つかの最重要拠点を艦娘戦力と機甲師団、近接航空支援の集中運用で堅守。

これらへの攻撃部隊を撃退或いは壊滅した後、ドレスデン方面への浸透を続けていた敵艦隊の退路を遮断。包囲殲滅の後反転攻勢で再度防衛線を当初のものまで押し上げた、といったところでしょうか」

(;`・ι・´)「例の、【機動迎撃大隊】と【混成機械化打撃群】か。彼らの武勲は留まるところを知らないな」

(ゝ○_○)「ドク=マントイフェルにイッシ=ストーシュル、あの二人面白いですよね。私最近ちょっと追っかけてます」

爪;'ー`)「そんなジャパンのアイドルグループじゃあるまいし………」

https://downloadx.getuploader.com/g/sssokuhouvip/183/IMG_20230408_225438.jpg
219 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 00:00:52.08 ID:BYinKxXQ0
(ゝ○_○)「………さて、ここまでに報告してきた地域以外にも、大なり小なり深海棲艦との戦闘発生地域はあります。

ベーリング海、カムチャッカ半島沖、黒海、バミューダ海、バレンツ海、グリーンランド海……海と名の付く場所で戦闘となっていないのは北極海と南極海くらいのもので、南アフリカのように既に“陸戦”が始まっている場所も決して少なくはありません。

その中で南ドイツとインド洋─アラビア海の状況はハッキリ言ってしまえば“例外”であり、大半の戦場は人類・艦娘側にとって劣勢です」

(;`・ι・´)「………それらを踏まえた上で、“海軍”総提督として聞こう。我々が“このまま”戦い続けて、戦況を覆せる可能性はあるか?」

(ゝ○_○)「戦略情報局士官として分析するまでもありません、Nothingです。ドゥームズ・デイの訪れは、最早秒読みと言ってもいいでしょう。

仮に人類がそれを回避しここから戦況を挽回できるとすれば…………少なくとも二箇所、一秒でも早く人類側の勝利とした上で掌握しなければならない戦場があります」

爪;'ー`)「………やはり、【オオアライ】、そして【学園艦棲姫】か」

(ゝ○_○)「ええ。それではこれよりその二箇所………【フィリピン海戦線】並びに【日本列島戦線】における現戦況の整理と解析を行わせていただきます。

────ただ、その前に一点、後者について取るに足らないかもしれませんが個人的に気になった情報を報告させていただきます」

(`・ι・´)「? 何かね?」




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220 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 00:04:47.78 ID:BYinKxXQ0
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「大洗町にて自衛隊への近接航空支援に参加した“海軍”所属の航空隊パイロットの一人が、─────“大洗女子学園の甲板にて、【交戦中の装甲車】を視認したかもしれない”という報告を上げてきています」









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221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/04/09(日) 07:20:27.55 ID:kA9e0aJLo
お〜ドイツ方面の情報嬉しい ぬるっと勝ってて流石だ
222 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 20:47:40.23 ID:MRR6D8+I0
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まことに小さな島国が、つい30年ほど前まで世界の巨人であるアメリカと6年以上もがっぷり四つ組みで渡り合っていた。このことは、現代の奇跡というより他にない。
19世紀の末になり、日本は「明治維新」という国を挙げた狂乱の果てにようやく統一的近代国家の道を歩みだした。既に“国際社会”を創り上げて久しく思想も文明も遥か先を歩んでいた欧米諸国から見れば、明治という時代が始まる際の有様はきっと、猿が無理矢理に洋服を着ようとしている姿と区別がつかなかっただろう。

そしてこの“猿”が、僅か二十数年で大清帝国を粉砕し、四十年でロシア帝国を打ち負かし、一世紀に満たぬ期間で新たな【帝国】として亜細亜に跋扈しアメリカとさえ鎬を削るまでに至ったことは、「先進国」を自称し続けてきた彼らにとって、多大な屈辱を伴う信じがたい“驚愕”であった。

だが、何よりもその光景を信じられなかったのは、他ならぬ当時の日本国民である。
223 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/09(日) 20:48:37.07 ID:MRR6D8+I0
浦賀に黒船が姿を現し強引に徳川幕府を開国に至らせるまで、この島国にとって欧米とはまさに“外界”であった。技術、文明、思想、価値観、全てが未知であり、吸収しようにもぶつかり来るそれらの衝撃が強烈過ぎ、一つ入れる度にこの島国は大いに揺れた。
幾度となく揺れに揺れ、その繰り返しに耐えきれず起きた日本という家屋の大倒壊が明治維新である。

本来ならば向こう数十年はまともな建て直しが困難なほどの倒壊ぶりでありながら、この国はそれを“土台”だけ残して上層建造物のみを破壊するという奇妙なやり方で起こすことに成功した。その為に、武力を伴った国家規模の革命直後にありがちな致命的な混乱を殆ど経験することなく近代国家建設を成し得た。

この“奇跡”が起きた要因を、一概に限定することはできない。国民性や地政学的要因、長年続いた幕藩体制の功罪、様々な要素が複合的に絡み合った結果としか言いようがない。
ただ一点、戦国の頃よりこの国に通されてきた一本の道が、女流鉄砲術から戦車へと至る“道”が、取り分け大きな役割を果たしたという点だけは、恐らくあらゆる視点において共通の見解となるだろう。

一応は、筆者もまた“彼女”とは同時代を生きる人間であるため、その血縁者について語ることに些かこそばゆい思いはある。しかしながらこの人物無くして日本の土台を支えた“芯”について解き明かすことは出来ないため、恥を凌ぎ、筆を執ることとする。

これは日本が中世国から近代国へと至る時代を、幕末から明治へ、そして昭和へと伸びていく【鋼の道】を歩み続けた、一人の女の物語である。




────司馬遼太郎著・【鋼の道にて 西住栄物語】序文より抜粋
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/10(月) 16:28:25.19 ID:KUNpmuPx0
更新おつです
西住流テーマの司馬遼太郎小説があるって設定はアツい!
225 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/13(木) 23:13:27.83 ID:JNDnG78R0
.







『ギァア────ァ゛ッ゛………』

大口を開け、喉笛を噛みちぎらんと此方に首を伸ばしてきた【寄生体】。ブレイドを真正面から振り下ろし、頭を叩き割って黙らせる。

「ゲボォッ』

振り向きざまに刃を翻し、真逆の軌道で下から斬撃。隙ありと見たか飛び掛かってきていた小太りな【暴徒】が、宙空で身体を真っ二つに両断されグシャリと音を立てて地面に落下した。

「ゴパッ!!?』

『ギギッ──コケッ』

そのまま逆手に持ち替えたブレイドを背後に突き出し、別の【暴徒】の腹を刺し貫く。血反吐を吐きながら蹲ったソイツの背後からまた一匹【寄生体】が飛び掛かってきたが、胴を鷲掴み足元の地面に叩きつける。
間髪入れず頭を踏み割ると、数日間海を漂っていた水死体を思わせる青白くヌラヌラとした質感の胴体が、短い断末魔と共に一瞬ピンッと張り詰めた後クタリと脱力し崩れ落ちる。

『オブォッ」

「グがっ……』

途切れることのない襲撃。今度は両側から【暴徒】二人。右手のサラリーマン風の男の顔面を膝で蹴り砕き、そのままの勢いで距離を取りながら左手から迫る某ケータイショップの制服を着た若い女にM&K USPを連射。顔を斜めに横切る形で3つ風穴を空け、沈黙させる。

いったいここまでに、何匹、何人、斬り伏せてきただろうか。

ここから、あと何匹、何人斬り伏せれば私はこの“作業”から解放されるだろうか。

前者の問いについては、他ならぬ私自身が疾うの昔に数えるのをやめているのだからどだい解るわけもない。
まぁ、何百人だろうが何千匹だろうがもう“終わったこと”よ。今更思い返したところで、意味なんてないでしょう?

そして、後者の問いに対する答えは、





「『「オァアアアアアアアアアアアアッッ!!!』」』

『『『キィアアアアアアアアアッ!!!!』』』

∬メ;´_ゝ`)「Muscle-03、11時方向!距離150、家屋上に火器装備の【暴徒】3名を補足!!」

└(#メ*・ヮ・*)┘「了ッ解ッ!!モー速攻排除しちゃうからねー!!」

「02、私がその後に突撃するから右手側の“群れ”に射撃を!!3連射、前衛崩せ!!」

∬#メ´_ゝ`)「02、要請を受諾!撃ち方ぁ!!」

……周囲の光景を見る限り、「遠き春」であることは間違いなさそうね。
226 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/13(木) 23:17:01.18 ID:JNDnG78R0
駆逐艦娘1名、陸上自衛隊員1名、学園艦保安官1名による、大洗女子学園の奪還。
そんな、平時に私が第三者として聞いたなら発言者の気が触れたとしか思えないような“作戦”を声高に宣言してから、一時間ほどが経過した。

この時点で私達の位置から学園校舎までは、目算距離で約3kmになるかどうかといったところ。徒歩である点を考慮すると決して近いとは言えない。
けれど、常人の身体能力を遥かに凌駕する艦娘と膨大な体力を要する肉体系公務員2名が“普通に”移動したなら、この一時間小走りでもしていればもう到着していたでしょうね。

「『「ァアァアアアアアアッ!!!!』」』

『『『ギャッ、ギャッ、ギャギャっ!!』』』

まぁ、【私達に対して殺意マシマシの“元”人間】と【私達に対して殺意マシマシの敵性侵略生命体】が道に溢れかえり何千何万と犇めく中を、“普通に”行けるワケがなかったってだけのことよ。

「ウボァ………』

「二人共、次はこっちへ!」

∬;メ´_ゝ`)「Muscle-03、進行方向の家屋上を警戒!私がしんがりをやるわ!」

└(*・ヮ・*;メ)┘「あいよー!」

向こうの数的優位をなるべく削ぐために、こうして裏路地や細道へと誘引する機会が多いことも相まって、進んだ距離はせいぜい1kmがいいところ。“目標地点”まで1/3も来れていない。

『キョアアアアアアッ!!!』

そして、進めば進む分だけ、押し寄せてくる敵の壁は分厚く、波は激しくなってきている。

「伏せて!!」

∬メ;´_ゝ`)「…ッ!!」

飛び込んだ裏路地に、お構いなしに殺到してきた【寄生体】の塊。その中から一匹が、しんがりで89式小銃の引き金を引き続ける阿音に向かって胴を伸ばす。
私の叫びに応じてとっさに背中から倒れ込む形で背後へと跳躍した阿音の首から数センチほどの位置で、鋭い牙がガチンと鈍い音を立てた。

『ギッ──ゴボァッ!?』

更に追撃しようと開かれた口に、対深海棲艦白兵戦闘用のブレイドを突っ込む。特殊合金で出来た漆黒の刃が上顎をぶち抜き、砕かれた甲殻の破片が飛び散って両側のコンクリート壁にカランカランとぶつかる。

『キュペッ』

『オゴパッ』

首を捻り切って、そのまま投擲。姑息にも足元からの奇襲を狙って地面を這ってきていたもう一匹の頭部も砕け散った。
227 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/14(金) 23:10:04.68 ID:a3HNpCLf0
立て続けに二体を葬ったが、路地の入り口で蠢いている【寄生体】の数は未だに膨大だ。当然、この程度で攻撃を止める筈もない。

『キィアッ!!』

『グォッ!!』

「ちぃっ!!」

∬;メ´_ゝ`)「このっ!!」

唸り、金切り声を上げ、今度は5〜6体の新手が一斉に私と阿音に押し寄せてきた。1体ごとは雑魚でも束になれば相互に連携を取ってくる上、攻撃動作は向こうの方が立体的な為迎撃難度が跳ね上がる。阿音と二人、間断なく突き出されてくる頭部や牙を必死に捌きつつ隙を伺う。

『ギィイイイイイi「甘い!!」ウギァッ!?』

『ギャッ!?』『ヴァギュッ………』『シェッ⁉』

此方の防戦に業を煮やしたか、一匹が得物をはたき落とそうと大きな動作で勢いよく私の手元に向かって頭部を振りかぶる。その軌道を躱し、首を斬って落とし、開かれたスペースに滑り込む。
一気に連撃へ繋げ、残りの個体も殲滅した。

ああもう、せっかく乾いてきていたのに。また連中の“返り血”でぐっしょりだわ、生臭いったらありゃしない。

「さぁ、お次は何匹で来るつもりかしら?幾らでも───」

『うぉらぁあああああっ!!!!」

「───ッ!!?」

ブレイドを下段に構え直しながら、威嚇と挑発を兼ねて眼前の“塊”に対して微笑みかける。が、予想に反し、“次”が来たのは上………左手の民家からだった。

まぁ、さっきも屋根の上に拳銃持った【暴徒】が現れていたワケだし、路地裏で周囲には家が立ち並んでるわけだし、ええ、認めるわ。私が油断していたせいも若干はあると思う。だけど、一つだけ言い訳させて頂戴?

化け物共との乱戦の直後に、室内から元とはいえ“生身の人間”が二階の窓をぶち破って飛び掛かってくる可能性までケアするのは無理よ!!

「ぐぅっ……!?」

艦娘の身体能力は、艤装の装着量と【船体殻】の出力にほぼ完全に比例する。
無論完全な非武装でもMLBで即座に二刀流選手としてデビューできるぐらいのものは備えているけど、中破状態の上に艤装がブレイドを仕込まれた電探装置二つだけという状態では流石に限界はあった。

姿勢が崩れていたことも相まって、飛び掛かってきたジャージ姿のその【暴徒】にあっさりと押し倒され組み伏せられてしまう。

『死n─────ボギュルッ!!?」

∬#メ´_ゝ`)「どらっしゃあああい!!!」

馬乗りの体勢のまま、両手でソイツは出刃包丁を猛然と振り下ろす。が、ソレが私の首筋に突き立てられる直前、側頭部に凄まじい勢いで89式小銃の銃床が叩きつけられた。
228 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/14(金) 23:19:30.56 ID:a3HNpCLf0
弾倉抜きでも3.5kgにもなる鉄の塊が、よく鍛え上げられた軍人の肉体を以て全力全開でスウィングされれば、当然余裕で人を殺せる威力を伴う。
握りつぶされたアルミ缶のように打撃部分が凹んだ【暴徒】は、私の上から吹っ飛んで壁に激突しそのまま永久に沈黙する。

└(#メ*・ヮ・*)┘「はい、モー見えてるからね!!」

「ガフッ』

『ブギゥッ!?」

その向かい側の家の2階、そして屋根上で追撃を試みようと更に3人の【暴徒】が現れたものの、鈴によるH&K PSG1の速射で何れも顔面を吹き飛ばされ落下した。

「02、03、お願い!!」

∬メ#´_ゝ`)「了解!」

└(*・ヮ・*#メ)┘「いえっす、まぁむ!!」

そのまま残る【寄生体】の群れを二人に任せつつ、銃声を尻目に鈴と身体を入れ替える形で逆方向へと跳ぶ。

『っぁあああああああああ!!!!」

前転でさらに距離を稼いだ後に身体を起こせば、丁度この路地に反対側から突入してきた【暴徒】が一人、すぐ目の前で私に対して金属バットを振りかぶるところだった。

「はぁっ!!」

『がほぅっ!?」

さっきは体勢を崩していたことに加えて予期せぬ奇襲だったため不覚を取ったが、いかに多少の疲労とダメージが蓄積していても真っ向勝負で艦娘が人間に負ける道理はない。
腰のあたりに斬撃を食らわせ、【暴徒】を“上下”に分断する。

『ブぁっ!?」

「グボォッ』

『このやろuヌブッ───オゴッ」

宙を舞った上半身が地面に落下するよりも早く、踏み込んで後続の二人目は袈裟懸けに両断。三人目に裏拳を食らわせてコンクリートブロックに叩きつけつつ、遠心力で身体を回転させながらもう片方の手でUSPを構え突き出す。
民間の警備会社にでも勤めていたらしく、木製の警棒を構え突進してきた四人目。口内に銃口をねじ込んで引き金を引くと、弾丸が頭蓋を粉砕し後頭部から射出された。

「や、やぁあああああああっ!!!!』

「………っ!!」

「ヒュッ───…………』

五人目は…………デッキブラシのようなものを持ち、船舶科の制服を着ていた。散々自分に言い聞かせ、その甘さを自身で罵倒してきたけれど、それでもほんの刹那全身が強張るような感覚が走ることだけは避けられない。
歯を食いしばり、止まりかけた手を加速させ、“ここまで何度も”そうしてきたように、せめて痛みを殆ど感じさせない為一際早くブレイドを首筋に走らせる。

『ブォオオオオオオ───ブガッ!?!?」

「ヒィッ………ァ、レ………?』

「横、失礼するわ」

六人目、七人目は、通路を埋める形で二人一辺に挑みかかってきた。片方はトンカチ、もう片方はどこで手に入れたのやら手斧を持っていたので、とりあえず手斧の方の首と腕を一度に斬り落とす。
足元に落ちた手斧を避けようと急停止したトンカチの方とすれ違う際にその頸動脈を手刀で裂くと、血が噴水のように吹き出して民家の壁に赤い不格好な紋様が描かれる。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/17(月) 12:31:09.80 ID:kgoloDqs0
更新おつです
色々ありすぎてゾンビ物もクロスオーバーしてたの忘れてましたw
230 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/04/18(火) 23:23:27.80 ID:an/t4nPL0
八人目は姿勢を低く、レスリングのタックルのような要領で迫ってくる。顎を膝でかち上げ、剥き出しになった喉仏を握り潰して息の根を止めた。

九人目は元保安官の【暴徒】だったらしく、ニューナンブを構え撃ってきた。生憎、どれほど微弱な【船体殻】でも容易く防げる銃火器の方が私個人としては余程ありがたい。背後の二人に流れ弾が当たらないようあえて大きく飛んで連射された3発を全て受け止めつつ、着地と同時にブレイドを振り下ろし防弾チョッキごと両断する。

「ゴホッ…………!?』

丁度十人目。心臓を深々と刺し貫き、脱力したソイツの胸ぐらを掴み、私を包容しているような形で纏わりつかせ───そのまま一気に大きく踏み込んで、加速。

『「『ぅぎゃぁっ!!?」』」

「『「おごぁっ!!!?』」』

路地の反対側の出入口、突入するためそこに屯していた、7〜8人ぐらいの“ダマ”。そこに、即席の「盾」を掲げながら全力全開での体当たりをかます。
鈍い打撃音、そしてナニカが折れたような幾つかの乾いた音を重ねながら、“ダマ”は一瞬で解け後方へとまとめて吹っ飛んだ。

「こっち!!」

∬#メ´_ゝ`)「03、先に!」

└(*・ヮ・*#メ)┘「ほいさぁ!!」

飛び出した先は、主要通学路の一つだったのかそれなりの道幅の道路だった。周囲の【暴徒】と【寄生体】を片っ端から斬り払って抉じ開けたスペースをさらに広げつつ、背後の路地に向かって叫ぶ。
阿音が89式小銃を乱射して“塊”を牽制する間に、鈴は構えを解き一目散にこちらへと駆けてくる。

└(*・ヮ・*#メ)┘「ばっふぁろぉおおおお、きぃいいいいっく!!!」

『ベルタソッ!?」

路地裏を出ると同時に、跳躍。近場の【暴徒】一人の顔面に飛び蹴りを食らわせ、そのまま文字通り“踏み倒して”着地した時には、既にPSG1の膝射体勢が取られていた。

└(*・ヮ・*#メ)┘「ほい、ほい!!」

「ダポッ!?』

『ヌブッ」

『ギャアッ!?』

二度、マズルフラッシュが瞬く。一発目は左手から突進してきていた【暴徒】を二人まとめて貫き、二発目は変則軌道で強襲を試みた【寄生体】の頭部を寸分の狂いなくぶち抜いて粉々に打ち砕いた。

└(#メ*・ヮ・*)┘「モー大丈夫だよ02!!」

∬#メ´_ゝ`)「了解!!」

『『『ギァアアアアアアアアッ!!!!』』』

出入口周りがある程度“クリア”になったところで、阿音もまた最後にもう一射撃“塊”に浴びせた後踵を返す。火線の妨害がなくなった“塊”もまた、一拍置いてその後を猛然と追い始めた。

∬メ;´_ゝ`)「あらあら、見た目の割に礼儀正しいじゃないの」

手厚く熱烈な“御見送り”の様子をチラリと振り返り、阿音は口元を不敵に歪め───

∬メ#´_ゝ`)「それじゃ、お返しぐらいはしなくちゃね!!」

───腰に巻いてある雑嚢から取り出した“贈り物”のピンを抜き、道路へ飛び出すと同時に背後へと投げつけた。
231 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/18(火) 23:26:37.70 ID:an/t4nPL0
炸裂音が空気を震わせ、一瞬爆光が煌めいた後路地裏には黒黒とした煙が充満する。咄嗟に屈んだ私と鈴の頭上を、千切れた【寄生体】の頭部や焼け焦げた肉片が飛び越えていく。

『ギィッ、ギィッ…………』

『シャアアアァァ………』

小銃の弾丸とは比べ物にならない威力ではあれど、密集具合を考えても削れたのはせいぜい二十に届くかどうかだろう。数だけで言えばまだまだ健在の筈だったが、それ以上“塊”が追撃してくることはなかった。

∬メ;´_ゝ`)「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?“お客様”の引き止めがしつこくて」

「ええ安心して、寧ろ大和撫子の身支度の手際の良さを改めて実感したところよ」

路地への警戒は怠らぬままこちらへ駆け寄り合流した阿音と軽口をたたき合い、これに鈴も加えた三人で背中合わせになり周囲で犇めく【暴徒】並びに【寄生体】と対峙する。
三人で散々暴れ狂ってやった結果流石に警戒が強まったのか、遠巻きに眺めて隙を伺いつつこちらへの波状攻撃は止まっている。

ここで「遠慮なんかしなくていいのよ?かかってきなさいな」とでも啖呵を切れれば大層格好がつくのだけれど…………実状としては、素直にこの“休養”が有り難いわ。

「各位、残弾は?」

∬;メ´_ゝ`)「M26はさっき投げた分がラスト、擲弾も次でラスト。89式の弾倉は持てるだけ持ってきたけど…………さっきのフルオートで2つ使ったから、こっちも残りは3つしかないわね。因みにUSPも同じだけよ」

└(*・ヮ・*;メ)┘「こっちのPSG1も弾倉は同じく!流石に節約してもキビシーかな、月末の給料日直前並みにキビシー!!

んで叢雲ちゃん…………じゃねえや、Muscle-01、こっからどうするよ?!」

∬;メ´_ゝ`)「…………………別にわざわざ言い直す必要なかったじゃないのよ。名前だろうがコールサインだろうがどっちでも」

└(*・ヮ・*#メ)┘「っかーー!解ってねえなぁ阿音ちゃんは!!ロマンってもんを解ってねえよ!!コールサイン呼びは戦場のロマン、人間ロマンを忘れちゃモーおしまいだって!!」

∬;メ´_ゝ`)「私一応現役の軍事関係者だけど解らないし解りたくない哲学だわ」

……二人共まだまだ意気軒昂なのは間違いなく好材料なんだけど、人間どこぞの皇国みたいに精神力だけでB-29を撃墜したり敵機動艦隊を殲滅したりはできやしない。
そこは艦娘たる駆逐艦・叢雲でも同じことだ。艤装を使えない以上、阿音と鈴の装備銃火器並びにそれを操る高いスキルはこの包囲網を切り抜けるには必要不可欠。

だが、切り抜けられるまでに要する「目算約2km」という距離に対して、この残弾数が十分とは残念ながら思えない。しかもこれは、あくまで“直線距離”での話だから尚更に。
232 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/18(火) 23:29:31.15 ID:an/t4nPL0
そして、仮に弾薬が潤沢にあったとしても、ではのんべんだらりと戦っている暇があるかと言えば答えは否だ。

『───ズァアアアアアアアアアッ!!!!』

└(*・ヮ・*メ;)┘「あー………Muscle-03より01並びに02、新たな“艦影”を11時方向に確認したけど」

∬メ´_ゝ`)「02より03、ありがとう。私達も見えてるから大丈夫よ」

└(*・ヮ・*メ;)┘「デッスヨネー」

鈴が指した方向、民家の屋根の上に現れた【雷巡チ級】。この二人に助けられるまで私を攻撃していた二隻と同じく、下半身を蜘蛛のような形状のメカメカしい多脚ユニットに取り替えた“陸上型”が、仮面の隙間から覗く青い瞳で此方を冷たく見下ろしていた。

先の二隻と違い、両手共に対空機銃だった前者からこちらは右手が小口径の連装砲に変更されているけれど。

(………その砲を出会い頭にぶっ放して来ない様子を見る限り、連中が私を“生け捕り”にするつもりだって仮説は間違ってもいないしまだ変わってもないみたいね)

ただし、この方針は恐らく枕詞に“出来得る限り”の一言が付随してきている筈だ。艤装の火力が一段階上がったのも、その“許容範囲”を私達が完全に踏み越えた時即座に処理できるようにという下準備でしょうね。

よしんば本格的な火力投射が始まる前にあのチ級を沈められたとしても、今度はその事自体が“許容範囲超え”の裁定に繋がるきっかけにもなりかねない。そうなったら次はより重火力を備えたチ級か…………いよいよ本格的に、艦内に展開し砲台として機能しているであろうリ級やル級といった一線級の“ヒト型”をこちらへ差し向けてくる可能性も十分に考えられる。

(今はまだそういった主力級の連中はこっちまで進出してきてないみたいだけど………何がイヤって、さっきまでアレほどバカスカぶっ放されてた“艦砲射撃”の勢いがあからさまに落ち始めてるのよね)

大洗町沿岸に展開しているであろう自衛隊戦力との戦況が拮抗して膠着状態に陥りつつあるのか、或いは早々に崩壊して内陸への浸透でも始まってしまっているのか、何れにせよ火力投射量が落ちればそれだけ多くの艦を此方へ割く余裕ができつつあることになる。私達にとっては、あまり喜ばしい推移とは言えない。
233 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/18(火) 23:41:42.86 ID:an/t4nPL0
駆逐イ級やハ級といった“非ヒト型”は、どんなに小さいものでも5メートル前後。超絶巨大とはいえ高層ビルの類も無ければ山や森が密集しているわけでもない平坦な“甲板上”で多数展開していれば、否が応でもその姿は目に留まる。
だけど実際には、確認できるのは駆逐ナ級が二隻と軽空母ヌ級がEliteも含めて三隻のみ。しかもヌ級は、今なお艦載機をちらほらと吐き出し続けるのみで砲弾は一発も放っていない。

にも関わらず、先程まで行なわれていた“対地砲撃”はどう少なく見積もっても五、六十隻分に相当する分量だった。ならば最低でも、それだけのヒト型が学園艦内にいると考えるべきよね。

弱音は吐きたくないけど、流石にこの装備かつこの損傷状態で万全のリ級やル級とかち合って生き残ることができる保証はない。だから尚の事、私達は少しでも早く大洗女子学園に到達する必要があるワケだ。

(付け入る隙があるとしたら………やっぱり、向こうの“方針”になるわ)

私の“生け捕り”………まで求めているかどうかは実際のところ定かじゃないけど、ソレを含めてとにかく何かしら他に私を“殺せない理由”があると仮定する。
この場合、少なくとも今のように密集した陣形を作っている限り、私のみならず阿音と鈴に関してもある程度の安全性を担保することができる。深海棲艦の艤装では、威力の大きさゆえにここまで密着した状態で私“のみ”のダメージを回避・軽減する事が不可能に近いからだ。

ただし、その担保は先に述べた“許容範囲”の中に私達が留まっている間のこと。奴らが大洗女子学園の破壊を中途半端なままにしている“目的”を考慮すれば、当然私達が本校舎に近づけば近づくほど“デッドライン”との距離も縮まっていくだろう。

(問題は………“向こう”にとって、どっちの方が優先順位として高いか)

私の“生け捕り・不殺”の優先順位が高ければ、話はかなり楽になる。何故なら向こうとしては、最悪私の学園艦外への脱出か自害さえ避けられればまだ望みは繋がる。
そして前者の可能性は私が突然エスパーにでも目覚めない限り無理で、後者は単純にありえない。仮に学園内に逃げ込まれて向こうの戦略上手出しができなくなったとしても、生かしておく限り幾らでも“次”があるってわけだ。

だけど、仮に“学園校舎への侵入阻止”の優先順位が高ければ、最大限希望的に猶予を見積もってもせいぜい1キロが限界でしょうね。艦砲射撃と機銃掃射が全力で行われれば、流石に私でもこの雲霞の如き大群と両方は捌ききれない。

言いたくないし考えるのは癪だけど………その時は、ここが“墓場”になることを覚悟するわ。
234 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 00:20:07.92 ID:EeDdit1v0
そして私の見立てによれば、向こうの優先順位は恐らく“校舎への侵入阻止”の方が遥かに高い。数が膨大であるため制御しきれていなかった可能性を差し引いても、【暴徒】や【寄生体】の攻撃から感じる“殺意”はホンモノだった。

本当に目的が“生け捕り”だったとしても、向こうの感覚としては恐らく「死なずに捕らえられたなら御の字」ぐらいの感覚なんじゃないかしら。

(………自分で言うのもアレだけど、仮にそうならなんか【別に対戦でも旅パとしても大して強くないけど珍しいポケモンにとりあえずモンスターボール投げてる】みたいな感じでめちゃくちゃ腹立たしいわね)

一応、チ級が“ライン超え”の直前に私の“不殺”に対する最後の努力として白兵戦を挑んできてくれるなら、まだ突破の目は残る。けど、さっきの交戦で既にチ級が二隻やはり近接白兵戦闘で沈められている以上期待薄だわ。だったら脇の二人ごと機銃掃射でも浴びせかけて、たまたま生きてたら回収の方が安全で合理的だ。

……………全く。戦術も戦略も散々あの鎮守府で学んできたつもりだけど、やっぱりどこまで行っても“実戦”ってのはままならないものね。

心の中で深く深くため息をつきつつ、私はUSPを胸元にしまい、入れ代わりにもう1つの“電探装置”を取り出す。

装置の真ん中辺り、微かに盛り上がっている部分を親指で押すと、形状がレイピアやサーベルの柄のようにやや持ちやすく変形し、先端部分から今もう片方に持っているものと同様に白兵戦闘用の黒いブレイドが飛び出した。

「01より02並びに03、白兵突撃用意。銃弾は学園校舎までの残余1kmまで極力温存を意識して頂戴。

私が、最大出力で道を開ける」

∬メ´_ゝ`)「……02、了解」

└(*・ヮ・*;メ)┘「ぜ、03了解。なぁ01、叢雲ちゃん、自棄を起こしちゃダメだぜ?」

「鈴、あんたさっきの“ロマン”とやらはどこに行ったのよ」

人聞きが悪いわね、別に自棄なんか起こしちゃいない。死ぬ気なんかこれっぽっちもないし、この状況に対して諦めたわけでもないわ。

「それに、この程度の包囲で自棄を起こすほど軟弱だと思ってるなら────」

ただ、私の無茶苦茶に着いてきてくれるようなイカれた二人も巻き添えで危機に陥っている以上、

「─────駆逐艦・叢雲を、ナメないでほしいわね」

その危機を脱するために、私が最も大きなリスクを背負うのが当然というだけの話だ。

「Muscle Team、今一度“出撃”する!着いていらっしゃい!!」

自らを奮い立たせるため、包囲網の圧を跳ね除けるため、声高に叫び一歩踏み出す。

目標、本校舎への直進。殆ど跳躍に近い形で一気に正面の【暴徒】と【寄生体】の大群との距離を詰め、両手のブレイドを振りかざし──────
















それが振り下ろされる直前。

“砲声”が、空気を震わせた。
235 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 01:10:51.87 ID:EeDdit1v0
風切り音が。

小銃弾や機銃弾よりは遥かに巨大な質量を持つ鉄の塊が。

一発の“砲弾”が、私の頭上数メートルの位置を駆け抜けた。

『グァアアッ!!?』

“それ”はそのまま雷巡チ級に直撃し、【船体殻】の表面で弾けて爆炎を撒き散らす。無論悶え苦しむようなダメージは与えようもないが、困惑と驚愕が入り混じったような声色で吠えつつチ級は姿勢を崩した。

「……………は!!!?」

∬;メ゚_ゝ゚)

└(メ;*゚ヮ゚*)┘

ただそれは、阿音も、鈴も、私だって同じ気持ちだ。私達三人も、【暴徒】も、【寄生体】も、この場の誰もが、自分達の時計を止められてしまったかのように身動きができなくなり、束の間“砲撃”が飛来した方角を───“大洗女子学園校舎”がある方へと視線を向けていた。

「Panzer vor!!」

まさにその方角から、微かに聞こえてきた“戦車前進”を示すドイツ語の叫び。その後を追うようにして、鉄の履帯がコンクリートを踏みしめる無骨で耳障りな音が響き、そしてそれはすぐに急速にこちらへと近づき始める。

「ぎゃあっ!??』

『ウゴァっ………」

『『ギョプッ』』

『ギッ…………グゥッ………!!!』

“群れ”の向こう側で、何かが蠢いている。それは【暴徒】を跳ね飛ばし【寄生体】を踏み潰し引き回し、さながら制御の利かない巨大な暴れ牛の如く私達の方へと向かってくる。チ級が“ソレ”に向かって機銃を向けようとしたが、飛来した二発目の砲弾の炸裂がその動きを阻害した。

∬;メ´_ゝ`)「01、後退して!!」

「っ………!!」

「『「うぐぁあっ!!?』」』

『『『ギギッ!!?』』』

不覚にも茫然自失状態になってしまっていた私は、阿音の声で我に返り咄嗟にバックステップする。直後相対していた“群れ”の前衛が一瞬で崩れ、轢き潰された【寄生体】の残骸や巨大な質量の体当たりをまともに背後から食らった【暴徒】が、石灰岩の破片のごとく四散していく。

そして、吹き飛ばされた人垣の後ろから、“ソレ”はキャタピラーを軋ませながら姿を現した。

└(;メ*゚ヮ゚*)┘「うっそでしょ………………」

“史実”とは若干異なる、やや明るめの茶色に近いカラーリング。

下部装甲の両脇に描かれる、青いアイアンクロスの真ん中に「洗」の一文字が施された特徴的な“校章”。

上部装甲左側面に鎮座する、うまく特徴を捉えたデフォルメ絵のふてぶてしい表情をしたチョウチンアンコウ。

鈍い輝きを放ち前方を睨み据える、24口径75mm KwK 40 L/43砲塔。

紛れもなくそれは、第二次世界大戦においてナチス・ドイツ帝国が運用した中戦車、【W号戦車】のF型だった。
236 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 01:21:06.52 ID:EeDdit1v0
.









「──────撃て!!!」

W号のキューポラから顔を出していた少女は───────西住みほは、まるで戦車道の試合でいつも“そう”しているように平然と、声高に号令を下す。


『『『ギギィイイッ!!!?』』』

即座に75mmが吠える。優に20匹にはなろうかという【寄生体】の塊が一つ、うねり顔を出していた家屋ごと直撃弾を受け爆散した。
237 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/04/19(水) 01:57:22.47 ID:EeDdit1v0
.





〈ワシが西住サンと初めて直接会ったのは戦後の、1958年のことでしてね。

丁度あの時まだルーキーだった長嶋の坊やと彼女の座談会ってのが持ち上がりまして。ええ、彼女が東京読売戦車道婦人倶楽部の初代監督に選ばれたもんですからね、その関係だったんですけれども。

私が今生きていて読売ジャイアンツでコーチとして哲サンや正力サンと一緒にまた野球をやらせてもらってるのは間接的には彼女のおかげだからってんで、ワシが東南アジアに居た時は会う機会がなかったんですけども、もう居ても立っても居られないからね。シゲの兄さん(※)に頼み込んで、坊やに同行させてもらったんですよ〉
※当時巨人監督の水原茂氏のこと

〈会場についたら、まだ対談予定時間から15分前だってのに、西住サンがちょこーんと座ってらっしゃいまして。ええ、存外小柄だったのを覚えてますよ。ワシより20か25は低かったんじゃないかな。このヒトが中国軍や米軍を戦車を駆って沢山やっつけていたのかと思うと、大層不思議な気持ちになったもんです〉

〈ただね、ワシは戦争で一回肩を壊して、野球ができなくなって、そんで2度目の徴兵に取られて。そんな中で、彼女や西サンや細見サンが中華とかインドシナとかマレーとか硫黄島で頑張ってくれてたから、ワシらの船は沈められずに済んで。そんでその後の陸戦でも生き残ることが出来てって思うと、もう感無量でしてね〉

〈そんで何も言えずにワシが立ち尽くしちまってると、彼女が言うんですよ。沢村サン、日米野球母と見てましたよって、ニッコリ笑って。アメリカの選手バッタバッタと三振に取る姿を見て、こんなにも凄い人がいるのかと胸のすくような思いだったって〉

〈お恥ずかしい話ですけどね、涙がポロポロ溢れるんですよ。嗚呼、貴女のおかげでワシは生きてるのに、貴女はワシに礼なんか言ってくれるのかと。

いえこちらこそって、なんとか声を絞り出してね……坊やが主役でもあったから話せたのはそれぐらいなんだけれど、いやぁ………何か、不思議な魅力を、カリスマと言うんですかね、持っているヒトでした。それこそ、坊やに通ずるものがあったかな〉

────1987年・NHCの戦後40周年記念番組にて、沢村栄治のインタビュー音声より一部抜粋
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/04/19(水) 10:08:41.32 ID:mR2W/sLr0
更新おつです
ピンチに軍神来る(ただしJK)
239 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2023/07/26(水) 21:18:01.00 ID:1kNqHEos0
.











戦車道。

この“競技”を最初に眼にした時の衝撃は、今でも覚えているわ。艦娘として「この世界の日本」に生を受けてから、多分一番大きいヤツね。

学園艦?ええ、そりゃあ初めての海上任務で【サンダース大附属高校】と出会したときは面食らったし圧倒されたわよ。
でもアレは、言ってしまえば結局のところ“バカデカい船”でしかないわ。驚きはしたけど、それだけ。あくまで、大和さんや武蔵の“実物”を見た時に抱く感情──“艦時代”の私にそんな上等なモノが備わっていなかったことはさておき──の延長線上でしかない。

対して戦車道は、根本から“違う”。

コッチじゃ影も形も存在しない価値観の元で産まれた、類似物すら見当たらない完全に“未知”の武道。
この【世界】の文化を、思想を、歴史を、私達が知る“道”から明確に一歩外れさせた特異点。

銃後に庇われ、子を成し、お家を護ることが役割であった筈の大和撫子が陸の鈍亀を駆って澄まし顔でドンパチやってる有様なんて見せられたら、そりゃあ驚いたってしょうがないでしょ?
辛うじてタメが張れる経験は、「深海棲艦と生身でステゴロ繰り広げた挙げ句返り討ちの上で見事生還する【提督】」を見た時ぐらいかしら。

………まぁだから、そんな“興味深い武道”の世界で取り分け強い輝きを放っている存在に。

“彼女”に惹きつけられたのは、まぁ、ある意味予定調和だったかも知れないわね。
240 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:19:49.62 ID:1kNqHEos0
出会った、なんて上等で運命的なモンじゃない。私が初めて彼女を“見た”のは、【第63回全国戦車道大会】の試合を映していたテレビの画面越しでのこと。

元々興味はあったと言えど、その時はまだのめり込む程ではない。山と積まれた書類との憂鬱な長期戦の辛さを少しでも緩和できればという、所謂「作業用BGM」として点けただけのつもりだったわ。

だけど。

気がついたら私は、完全に書類仕事を放り出して繰り広げられる“試合”に釘付けになっていた。

戦車主砲の咆哮に声を上げ、弾丸が装甲を穿つ瞬間に目を見開き、履帯が猛々しくぶつかり合う様に息を呑み。

横で、「なんでこんな動きしてんの?」とか「あの戦車なんて名前なの?」やら小煩く聞いてくる司令官を一喝して黙らせ。

ただただ、その光景を作り出す“彼女”の有様に、魅せられていた。

試合そのものが面白かったから、というのも勿論ある。
ロマさんや青ヶ島の八頭某ほどじゃないけれど、私もそれなりに戦術・軍略には精通しているつもりだ。【競技】と本物の【戦争】の違いはあれど、「現役」として述べさせて貰うなら“彼女”の采配は見事なものだったわ。

ネット上の掲示板やお偉い解説員様なんかは「流派に見合った華麗さがない」やら「運に頼った面が大きすぎる」やらしたり顔で言ってたけど、どんな形式のものであれそこが【いくさ場】である以上運否天賦の不確定要素からはどう足掻いても逃れられない。
精密機械の名を冠した名投手がすっぽ抜けのど真ん中を放り込んでしまうことも、コートの反対側からヤケクソでリングに向かって投げつけたボールが大逆転のブザービートとなることも、極めて稀な確率ながら明確に「存在する」事象よ。

自分で0%に設定できるコンピュータゲームでもない限り、これらを完全な排除は不可能でしょ?ならばそうした不確定要素もモノに出来てこそ、【いくさ場】を制することができる指揮官でしょうに。

ハッ!“ご実家”への忖度でもしたつもりなのか知らないけど、腕立て伏せを十回もこなせやしないデスクワーカーや鼻先のPC画面だけで世界が完結してるだろうオタク連中らしい空虚な批判だったわねアレは!
241 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:22:44.85 ID:1kNqHEos0
……少しばかり“不愉快な記憶”のせいで熱くなってしまったけれど、ほぼ全ての試合が運や偶然に縋り頼った勝利であったこと自体はさっき述べた通り否定しない。

バタバタと慌ただしく、不格好でコミカルな、終わった後に「何で勝てたのか」と首を傾げてしまう、結果オーライを辞書で引いた時に例示の一つとして出てきてしまいそうな、そんな試合運びの数々。
直前まで黄金期を築いていたチームや、その黄金期を終わらせたチームのような“強者”の戦い方からは遥か遠くに位置するもの。

どこの野球チームの監督だったかしら、「勝ちに不思議の勝ちあり」なんて言ってたのは。まさにその体現と言っても良かったかもね。

だからこそ、私は惹かれた。

絹糸よりもか細く儚い【勝ち筋】を、どれほど不格好な有様を晒しながらも必死に手繰り寄せる泥臭さに。

戦車道に関する知識も戦車自体に関する知識もその大半が私に毛が生えた程度のメンツでありながら、最早バカが付くほど正直にまっすぐに同じような立ち位置のチームメイトを信頼して、平然と背中を預けてしまう無鉄砲さに。

そんなチームの先頭に立ち、誰よりも多くの信頼を集め、誰よりも深くチームメイトを信頼し、誰よりも力強く【勝ち筋】を手繰り寄せる“彼女”の────西住みほさんの姿に。

我ながら、“入り”は大分ミーハーな感情だったと思う。日頃サッカーの“サ”の字すらろくに口にしないのに、世界大会が始まるや否や渋谷の路上で騒ぎ立てる連中の気持ちを、あの時ほんの少しだけ理解した。

本来なら一週間すら保ったかどうか怪しい麻疹のような一過性の“熱”。それがより深く、強烈なモノに変化したのは……大洗女子学園と西住さんが、あの時何を背負っていたかを知ってから。

人の命よりも伝統と栄光を重んじ、友を救ったことを褒めず勝利を逃したことを面罵するような連中に“道”を閉ざされ。

傷を抱えた彼女が辿り着いた先で、今度は大人たちの一方的な事情で“家”が取り上げられそうになり。

一度守り抜いた筈の家を、再び開いた筈の“道”を、私利私欲に塗れた謀略で踏み躙られ。

それらを尚も跳ね除けて自分の居場所と信念を仲間と共に最後まで守り抜いたと知った時───私はどうしようもないほど西住みほという人間に憧れ、羨望した。
242 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:26:31.14 ID:1kNqHEos0
別に、今の境遇にもう不満はない。寧ろ、あの無能な司令官から常に楽しい【いくさ場】とぶっ飛んだ愉快な日常を用意してくれる今のアイツに上官が変わったことを考えれば──比べ物にならないほど頭がおかしいことを差し引いても──最早幸運とさえ捉えられる。
ただ、私が彼女のような強さを、物理的ではなく精神的な強さを最初から備えていたなら。あの愛しい“地獄”ももう少し早くもう少しマシな環境にできたんじゃないか。そう思わずには居られない。

西住さんは、それを“表”の世界にいたままで成し遂げた。腐り果てた価値観と悪意的な謀略に、“希望に眼を輝かせ使命感と義務感に燃える小娘”のまま抗い抜いた。
艦娘として、身体能力や武力は私の方が遥かに勝っているかもしれない。だけどその精神力は、憧れ、羨み、私もそうありたいと望んでしまうほど強く気高いものだった。

同時に、それは私にとって戦闘そのものに対する享楽とは別の“戦う理由”でもある。西住さんに少しでも長く、できればその生涯が終わるまで、今の“道”を歩み続けて欲しい。心の底から信頼できる仲間たちと肩を並べ、“表”の世界で輝いてほしい。
我ながら青臭すぎて気恥ずかしくなってくるけど、それでも真剣で切実な、そんな理由。





───なのに。

西住みほは、今、私の目の前にいる。

戦車のキューポラから身を乗り出し。

背筋を真っ直ぐに伸ばし。

口元を引き結び、凛とした表情を浮かべ。

あの時、戦車道の試合で見せていた姿そのままに。


「ア……アア………』

『ヴア゛ァ゛………」

自分が乗るW号線車が、うず高く積み重なった「元人間」の残骸を踏みしめているにも関わらず、“いつも通り”だった。

まるで、“私達”と同じように。

「11時方向!撃て!!」

『ヂィッ………!!!』

彼女の叫び声に応じ、素早く砲塔の旋回を終えた“W号”が三発目の砲弾を放つ。

反対側の家屋が直撃弾によって突き崩され、その上に乗っていたチ級が舌打ちを思わせる鳴き声を発しながら別の家へと跳び移った。
243 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:28:47.14 ID:1kNqHEos0
「こっちへ!!」

チ級の軌道を眼で追いながら、彼女は私達の方に手を差し伸べてくる。

言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。だけど、今は時間的にも状況的にもその余裕がない。

そしてこの急場を切り抜けるに当たって、残念なことに彼女の“提案”は最適解だった。

「02、03!!」

∬メ;´_ゝ`)「「了解!!」」└(*・ヮ・*メ;)┘

『『ギュココッ!!?』』

私が声を上げるとほぼ同時に、阿音と鈴が踵を返す。その背を追おうと何体かの【寄生体】が飛びかかるけど、単調で纏まった軌道だったので一太刀で斬って捨てる。

「北方巡査、二田巡査!!」

(*‘ω‘ *#)「瓜生、左側をやるっぽ!!」

<ヽ#`∀´>「承ったニダ!!」

W号の停車位置は5メートルも離れておらず、ほぼひとっ跳びで二人が車体に取り付く。それと入れ替わる形で、保安官の制服に身を包んだ男女が路上に飛び出し膝射体勢を取った。

構えられているのは、ニューナンブM60。

(*‘ω‘ *#)「射撃開始!射撃開始!!」

<ヽ#`∀´>「喰らえ!!」

「ギャオッ!?』

『ぐぉっは!?」

吐き出された銃弾は、二発ずつ。レボルバー式のニューナンブでは弾幕展開など行えるはずもなく、計四発の.38mmスペシャル弾は眼前の【暴徒】と【寄生体】の大群に対して余りにも儚く頼りないものに見える。

だけど、放たれた弾丸は全て、正確に頭部を射抜きつつ敢えて斜めから側頭部に向かって貫通していくよう絶妙に射角が調整されていた。

『「『オゴぁッ!!?」』」

『『『ギギィッ!!?』』』

突出しようとしていた四人の【暴徒】は、何れも着弾の衝撃に耐えきれず弾丸に引っ張られているようにして派手に後方へと倒れ込む。当然路地に満ち満ちていた“群れ”への影響は甚大で、足を取られた後続の【暴徒】の進軍が止まる。
更に、その中で奇襲の機会を伺っていた【寄生体】達も出鼻を挫かれ突貫できない。

「良い腕ね!」

(*‘ω‘ *#)「そいつぁどうもっぽ!艦娘並びに同行者確保、撤収!」

<ヽ#`∀´>「了解!!」

“人海”による物量圧から開放され、私もW号の方へ駆けつつすれ違い様に鈴と同じくらいの背丈の女保安官に声をかける。彼女は一瞬だけ肩を竦めそれに応じると、相方の保安官と共に“群れ”へもう一発叩き込んで直ぐに私達の元へ合流する。
244 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:31:33.21 ID:1kNqHEos0
「戦車後退!」

li イ; ゚ -゚ノl|《り、了解です!》

ギャリギャリとキャタピラーが唸り、下敷きになっていた【暴徒】の残骸が生々しい断裂音を残してそこら中に飛び散る。1、2秒ほどの抵抗感を経て、W号の車体は急速にバックを始めた。

「左、撃て!次いで右、撃て!!」

<(' _'#<人ノ《あいよっと!!》

砲塔が、イヤイヤするように両側へ交互にブレる。“デサント”から振り落とされないようしがみつきつつ女保安官から投げ渡されていた耳栓を突っ込むが、至近距離の轟音は容赦なくそれを透過して鼓膜を揺らす。

『う、うわあああぁっ!!?」

『ギョオッ!!?』

『……ヂッ!!』

直撃弾を受けて、民家2つが立て続けに崩れ落ちる。加速し切る前に距離いを詰めようと突撃を再開しつつあった【暴徒】と【寄生体】が何体か巻き込まれ、その進路上で瓦礫が山を成す。
濛々と立ち込める粉塵に照準を妨害されたのか、遠くから再び舌打ちのようなチ級の声が聞こえてきた。

「『「らぁあぁっ!!!』」』

『『『ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」」」

正面の“主力”は足止めできたが、【暴徒】も【寄生体】も総数は艦内を埋め尽くすほどのものだ。私達が向かっていた方角にも当然多数が残っていて、西住さんたちもソレを虱潰しに殲滅してきたわけじゃない。
両側で家屋の塀を乗り越えて、或いは二階や屋根から飛び降りて、一気に6人の【暴徒】がW号に押し寄せる。

「『ぐぎゃあっ!!?」』

∬#メ´_ゝ`)「よいしょ!!」

「ふっ!!」

「『クキュッ……』」
『「ゴハッ……」』

2人が乗り損ねて落下し、跳ね飛ばされて塀に叩きつけられる。残る四人は乗ってきたが、左側は私がまとめて斬り伏せ、右側は阿音が89式の銃床で殴り付け叩き落とす。

「左へ曲がって!」

そして、目の前で“人の形をしたモノ”が半ダースも無惨な末路を迎えたというのに、西住みほはまるで動揺を見せないまま平然と次の指示を繰り出した。

『「『ヴォアあああああああっ!!!」』」

進路上──でありながら“後方”──に現れた新手の【暴徒】。数はざっと見た限り30をちょっと越えた程度か。
さっきまで対峙していた“主力”とは比べ物にならない寡兵だけど、勢いが凄まじく心なしか体格のいい【暴徒】が多く揃っているように見える。背走故に十分な速度を出し切れていないことを考えれば、押し止められるとまでは行かずとも衝突で排除しきれずにキャタピラーの破損等につながる恐れは大きい。

『「『ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!』」』

それを見越しての進路変更指示なのだろうけど、まぁ向こうも黙っちゃいない。曲がった分速度は更に落ち、うまくすれば追いつける千載一遇のチャンスなんだから当たり前よね。益々声を荒らげ、嵩にかかって押し寄せてくる。

『「『ゴガガガガガg」』」

「────Feuer!!!」

「『「コァッ…………』」』

意気揚々と私達が入り込んだ路地裏に差し掛かる“群れ”。

その真正面から、W号の75mm主砲弾が容赦なく叩き込まれた。
245 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:33:51.19 ID:1kNqHEos0
一つの“兵器”として見た場合、W号戦車は旧式もいいところだ。装甲厚、最高速、最大・有効射程、貫徹力、旋回性能………どれをとっても近現代の最新鋭戦車とは比べるべくもない。
対深海棲艦戦力として見れば尚の事で、カール自走臼砲や列車砲のような規格外でもない限り基本的には足止めすらろくに出来はしないだろう。

それでも、コレは“戦車”だ。単純比較では陸戦における最強兵器であり、王者。現代戦は対戦車火器も充実しているけれど、未だただの歩兵にとっては十分な脅威足り得る。

況してや、せいぜい角材や出刃包丁程度しか装備していない【暴徒】にとってその砲声は死の宣告に近い。

「ァ………ァ………』
『ゥ………グォ………」

W号がギリギリハマる程度の幅の路地、当然突入を測った“群れ”は密集する。
前衛の10人が飛来した砲弾に引き千切られ、中衛の10人は榴弾の着弾点周辺にいたばかりに肉の破片と化して宙をヒラヒラと舞う。後衛も内5人は爆風と砲弾の破片によって薙ぎ倒され、残る5人も吹き飛んできたかつての同胞の屍体や砕けたコンクリート塊の直撃を受けて虫の息で地面に転がっている。

「Panzer vor!!」

『キュッ」

障害が排除され、西住さんの指揮の下W号は再度動き出す。路地の出口付近で倒れていた生き残りが下半身を踏み潰されて微かに断末魔を上げていたけど、まぁ苦しみを長引かせない「介錯」として大目に見てほしいわね。右脇腹まるごとえぐり取られたような有様でそのまま放置されて生きてられるとは思い難いし。

それにしても。

(……結構、上手な発音だったわね)

Feuerはドイツ語で「発射」を、Panzer vorは同じく「戦車前進」を意味する言葉。

後者については、試合中実際に西住さんが発している様子がカメラで拾われている。その時の舌っ足らずな発音が可愛いったらなくて……コホンッ、ファンの間では言い慣れていない様子が初々しいということで人気の一因にもなった。
……その筈なのに、今口にした時の発音はとても流暢なものであるように感じられる。

前者に至っては、彼女が使ったことはただの一度もない。私が記憶する限り、黒森峰時代も含めて彼女の射撃命令は常に日本語で行われてきた。

そして、私の見間違いでなければ、砲撃を命じた時彼女の眼はほんの少し見開かれていたように思えた。

まるで、“何度も繰り返し練習していた単語を意図しないタイミングでうっかり出してしまった”とでも言いたげに。
246 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:36:19.95 ID:1kNqHEos0
(ドイツ語の授業でも履修していたのかしら……?)

学園艦の最大の設立理由は“海外に通用しうる人材の早期育成”であり、この理念の影響から各学園艦は英語以外にも多数の外来語を選択制の授業に取り入れている。
流石に大洗女子学園の授業内容まで網羅するほどの“フリーク”には私もまだ踏み入れていないけど、独逸語があっても全くおかしくはない。単語の内容にしても、片方は元から知っておりもう片方は「炎」などの極一般的な意味も含まれてる。授業で習うことはあるでしょう。

(だからおかしくはない………けど、ね)

では何故、この2単語を“癖になってうっかり思わぬ場で口走ってしまう”ほど練習する必要があるのか。
大洗女子学園はプラウダのようにチーム内に留学生がいるという事情もない。そこまで急ピッチにドイツ語を覚え習得する必要性というのは薄いはずだ。

ヨーロッパ全体があんな有様だから、例えば留学なんてできるワケもないのに。
そんな中で“現地人が聞いても問題ない”レベルで、よりによって“ドイツ語”を習得する必要がどこにあるというのかしら?

『────ボォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

「………っ!?」

止め処なく溢れ出て頭の中をグルグルと回る思考は、でも今の私の置かれた状況を考えれば「余計なコト」でしかない。

まるでその事実を突きつけようとでもするかのように、低く、重く、長い咆哮が空気を震わせた。

『ボォオオオオオオオオオオオッ!!!!!』

「敵空母、起動!!」

大洗女子学園本校舎の入口辺りにどっかりと鎮座していた【軽空母ヌ級】。大きさなどから推察するに恐らくFlagshipクラスであるそれが吠えながらパッカリと口を開ける様を目にして、思わず私は僚艦にそうするようにして叫んでしまった。

『『『─────!!!』』』

ヌ級の声の余韻が収まる間もなく、続けて聞こえてくるレシプロエンジン音。空へと舞い上がった【カブトガニ】が、せいぜい10機程度ながら明確に私達の方へ進路を取り猛然と迫ってくる。

「敵機、来るわ!!6時方向!!」

(;*‘ω‘*)「にゃろ!!」

『───ッ!!!』

彼我の距離の兼ね合いから向こうはわざわざ後ろに回り込んでからの襲撃となったが、向こうの速度が巡航でも200km/hを超えるのに対しW号は最大速でも39km/h。当然振り切れるはずもなく瞬く間に距離を詰められる。
女保安官がニューナンブを一発空に向かってぶっ放すが、先陣を切った一機はあっさりと躱し射撃位置に着いた。
247 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:43:34.19 ID:1kNqHEos0
「右に寄せてください!!」

∬;´_ゝ`)「っととと!!?」
<ヽ;`∀´>「ハニダ!!?」

西住さんの指示に従い、右手側の塀にぶつかるようにしてW号の車体が道路の右側に走行位置を寄せる。襲ってきた衝撃を、男保安官と阿音が必死に車体を掴んで耐える。

└(*・ヮ・*;)┘「おわわっ!!?」
「お馬鹿っ!!」

因みに鈴はデサント体制でH&K PSG1を構えようとするという無謀極まった行為を試み、案の定落ちかけたため私が首根っこを掴む羽目になった。

└(*゚ヮ゚*;;;;)┘「ひゃあ〜……」

そんな彼女の足先スレスレを、機銃掃射が一筋駆け抜けていく。合成皮革の焦げる匂いが一瞬鼻孔を擽り、それは直ぐに鈴の全身から吹き出した膨大な冷や汗の饐えた匂いに上書きされる。

『『『────………!!』』』

W号の位置が変わった為か、後続機体からの追撃はなく敵編隊は一度飛び去っていく。

ただし諦めたわけじゃない。直ぐに旋回し、今度は私達の左手側から一斉に降下してくる。

「小銃を叢雲さんに!」

∬;メ´_ゝ`)「弾倉は入れ替えてあるわよ!」

「…ありがとう!」

投げ渡された89式小銃を受け取りながら、私は内心で戦慄する。

艤装はほぼ装備せず、中破中という今の状態でも、艦娘の膂力は人間を遥かに凌ぐ。小口径のアサルトライフル程度なら、落ちないように体を支えつつ片手で構えるなんて造作もない。
敵機の攻撃は機銃掃射。低速とはいえ移動中の、しかも装甲を持っている相手を目標とするなら自然肉薄が必須になる。連射可能な武器を艦娘である私に与え、即席の対空機銃座として使うという策は理に適っている。

その、“最適解”を。

この修羅場で、土壇場で、実際の“戦場”など一度も経験したことのない、年端も行かない少女が。

何故ほぼノータイムで導き出せるのか。

「堕ちなさい!!」

『『『ッ!!!?!??』』』

『『『………………ッ!!』』』

胸の内を満たす動揺を表に出さぬよう歯を食いしばりつつ、小銃を小脇に抱えて上に向け引き金を引く。
艦娘の動体視力に加えてアイツの訓練の成果もあるのに、多少の損傷ごときでこの程度の的に当たらなくなる道理はない。迸る火線が先鋒3機を貫き、後続も銃火に陣形を切り裂かれ大きく壊乱した状態で離れていく。

「主砲、11時方向指向!!照準、敵空母!!!」

その様子を眼にした瞬間、西住さんが一際声高に叫んだ。

「撃て!!!」

車体が揺れ、砲火が迸り、75mm弾が砲口から飛び出す。

砲弾はそのまま弧を描いて飛翔し、

『……ボォッッ!!?』

ヌ級Flagshipの表面装甲で、小さく爆炎を上げた。
248 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:45:09.02 ID:1kNqHEos0
.









(´<_`;)「……………おいおいおいおいおいおい!!!」

日本海上自衛隊一等海曹・流石乙矢(サスガ・オトヤ)は、双眼鏡越しに目にした光景に驚愕を禁じ得なかった。

共に布陣し防御陣地の設営──と言っても瓦礫の排除と塹壕掘りぐらいのものだが──を行っていた艦娘から言われた、「大洗女子学園の甲板上で深海棲艦のものではない“砲撃”が見える」という報告。

そんなことはありえない、どうせ気の所為、良いとこ深海棲艦の砲撃が暴発したのを見間違えでもした……要はただの誤報だと乙矢は考えていた。実際、大洗町並びに大洗女子学園が置かれている現状を鑑みればその判断が真っ当だ。
だがその艦娘が余りにもしつこく確認を求めるものだからメンツを立ててと双眼鏡で覗き込めば──今まさに、小さく弱々しいものではあるが、船尾の軽空母ヌ級Flagshipに間違いなく“砲撃”が突き刺さったのだ。

「ほーれ見たことか!それ見たことか!!あったっしょ!?やっぱあったっしょ弟さん!!?」

(´<_`;)「解った解った、俺も間違いなく見た!!」

艦娘としての優れた視力を以てやはり今の光景を視認していたらしい“報告者”───重巡洋艦・鈴谷に激しく肩を揺さぶられながら、乙矢も首肯する。
鈴谷のはしゃぎぶりは戦場にあるまじき、厳しい鎮守府ならそれだけで懲罰房送りにされかねないものだったが、乙矢としては初動でやや邪険に扱ってしまった負い目がある為不問にすることとした。

(´<_`;)「一先ずCPに至急連絡繋げるぞ!学園艦上で深海棲艦と交戦する存在が確認されたと………」

「なんて?」

(´<_`#)「だから大洗女子学園の甲板上で────」

肩を叩かれ、やや苛立ち気味に振り返ると、そこにあったのは迷彩服に包まれた分厚い胸板だった。
兄共々身長180cmを越え日本人の平均値を大きく突き放した身長を持っているにも関わらず、声が“頭上”から聞こえていた事に乙矢は気づく。

そしてよくよく見れば、左胸には菊の花と船の錨を組み合わせたような──国内において“提督”業に従事するもの全員が着用を義務付けられた胸章が縫い付けられている。

日本国内で用いられているものと違い、その色はまるで夕闇を切り抜いたような漆黒だったが。

「いや、急いでるところすまねえな。ただ、俺としても今し方気になる単語が耳に届いちまったもんでな」

(´<_`;)「………」

先程の慌てぶりはどこへやら、ゆっくり恐る恐る顔をあげると、そこには─────








.
249 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:46:42.11 ID:1kNqHEos0
.








「もう一度聞かせてくれ」

──────身長190cmを超えているであろう、ドウェイン=ジョンソンかアーノルド=シュワルツェネッガーと言わんばかりのすさまじい肉体を持ち、アルファベットの「T」が中央にあしらわれたマスクを被る、

( T)「大洗女子学園が、なんて???????」

筋肉モリモリ、マッチョマンの変態がいた。
250 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:54:11.43 ID:1kNqHEos0
.






先に述べた通り、W号戦車は兵器としては骨董品だ。曲がりなりにもヒト型にだってダメージ自体は与えられる第3・4世代戦車とは違い、駆逐艦の装甲殻すらろくに貫徹できない。

だから今のヌ級Flagshipに対する砲撃だって、向こうは恐らく痛くも痒くもない。実際ヌ級の上げた声も、驚きと困惑によるものでダメージからくる苦悶は響きに全く皆無だった。

『『『─────ッ!!?』』』

だけどその、蟷螂の斧に等しい筈の一撃が敵の警戒心を揺るがした。

何ら打撃にならないとは言え、母艦がそもそも“攻撃された”という事実。
その言ってしまえば無駄な“攻撃”をわざわざ実行してきたのが、短時間でいくつもの攻勢を巧みな戦術により切り抜けている相手という不気味さ。私が仮に指揮を採る立場だったとしても、“次の手”を用心して動きが鈍るだろう。

残る【カブトガニ】も、当然そうなった。さっきの射撃で乱れた隊列を大慌てで組み直し、母艦の元へと舞い戻り、そのまま厳戒態勢で上空を飛び回り始める。

「突入してください!!」

そして、“目的”を達成したW号は身構えるヌ級と直掩機の横を悠々と通り抜け大洗女子学園本校舎──正確にはその残骸──を潜っていく。

『『『……………、ッッッ!!!』』』

1分超の時間が経過しても“次”がないことで、ようやく向こうも西住さんに謀られたと気づいたらしい。やり場のない怒りに襲われた人間が何度も拳を握ったり開いたりするように、上空の編隊が数回に渡り隊形を組み直す。
ただ、都度私が89式小銃を構え牽制すると、既に十分な猶予を以てこちらが迎撃できる状態となったことを悟ってか尚も未練がましく忌々しげに旋回しつつヌ級の中へと戻っていった。

「『「ヴァアアアアアアアアアアッ!!!!』」』

『『『キィアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

ただ、自衛隊や艦娘どころか艦内に取り残された人間の残党ごときに散々かき回されたという現状は、相当向こうのトサカを刺激したらしい。
元々周辺にいた連中の他に、恐らく後方から“主力”の一部も追いついたのだろう。数千は降らない【暴徒】と【寄生体】が、W号の後を追って次々と学園の敷地内に足を踏み入れる。
251 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 21:57:27.91 ID:1kNqHEos0
(;*‘ω‘*)「大層ご立腹だねぇ……穏やかじゃないっぽ!」

「ガァッ!?』

「このまま防護陣地まで撤退を!!」

女保安官が辟易とした表情でぼやきつつ、さっきと同じ要領で【暴徒】の先頭を1人射抜く。ほんの一部が進軍の足を鈍らせるものの、“主力群”の時と違って十分な拡散ペースがあるため効果としては遥かに薄い。
西住さんも当然迎撃という選択肢は取らず、一目散に離脱を図る。

「こっちだこっち、急げ!!」

「CT後方より敵追撃多数!!各位、戦闘配置崩すな!!」

ものの20秒と経たず見えてきた“防護陣地”と思わしきものは、当たり前だけど急ごしらえであることが丸出しの粗末なもの。瓦礫や煉瓦、廃材、鉄屑、トタン板、パンパンのゴミ袋、机や椅子や壊れた戦車のパーツ、とにかくそこら中にあるありとあらゆるモノを片っ端から積み上げたであろう高さ2〜2.5m程のバリケードで囲まれた、目算で凡そ直径400mぐらいと思われる空間。
その一角で鉄パイプや木材の束に有刺鉄線をグルグルと巻き付けた“門”に縄をくくりつけ一部の保安官が持ち上げ、W号に向かって必死に手招きしている。

「反転!!」 

“門”をくぐり陣地に入る直前、殆どドリフトに近い形でW号が停車しながら振り向き【暴徒】と相対する。多分冷泉麻子さんじゃないとは思うけど、それとタメを張れるレベルで操縦士は良い腕前だわ。

「指名、榴弾、水平射!……撃て!!」

「『わぎゃあっ!!?」』
『『グキャッ!!!?』』

突っ込んでくる“群れ”のど真ん中を射抜く砲弾。【暴徒】と【寄生体】がバラバラに打ち砕かれながら宙を舞い、開かれていた“門”に殺到しようと隊列が集約されつつあったことも手伝って連中の足が止まる。
その間に、W号は主砲口から砲煙を燻らせながら悠々と防護陣地の中へ入場する。

「閉門、閉門!“門番”班は総員再武装の後速やかに配置に着け!!」

(#*‘ω‘*)「瓜生、行くっぽ!私らも再度防衛戦闘に合流する!!」

<ヽ#`∀´>「ええい、サビ残上等ニダ!!」

「02、“門”の付近に合流!03、アンタは倉庫の方に!多分あそこに狙撃班が集まってるわ!!」

∬メ#´_ゝ`)「「了解!!」」└(*・ヮ・*メ#)┘

「無線機と一緒に自衛隊の方に何かしら銃火器を、叢雲さんに追加で89式の弾倉をそれぞれ渡してください!狙撃班、そちらに1名合流しますので弾薬の補充か武器の交換を!!」

西住さんの指示に従って保安官の1人が投げ渡してくれたマガジン数個を腰元に挿しつつ、阿音と共にバリケードを駆け上がる。……コッチの残弾数にまで気を配ってくださるなんて、至れり尽くせりで本当に末恐ろしい限りよ。
252 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:00:01.62 ID:1kNqHEos0
《射撃開始、射撃開始!》

「怯むな、数はさっきよりマシだ!」

「っ、でもなんかさっきより速いやつ多くない!?」

「畜生、それに【ヌタウナギ】もいやがる!!軽く100は越えてるぞ!!」

入場間際のW号による一撃も、流石に多少の撹乱が精一杯だったらしい。無数の足音が周囲から迫ってきていて、それに応じる保安官たちの怒号と無線通信、射撃音が鳴り響く。
私はバリケードの中からとびだした木材に足を架け、一気に身体をその頂上まで跳ね上げる。

「退きなさい!!」

『ガハァっ!?」
「ギュボッ!?』

着地したところで、丁度登ってきた【暴徒】1人と出会す。回し蹴りで頭蓋を砕きながら吹き飛ばし、動きの延長線上で膝射。ゴルフのパターグラブを持ってバリケードに取りついていた1人に単射を浴びせ沈黙させた。

『オオオオッ!!!」

「………ッチ」

直ぐ様、後続してきた別の【暴徒】がそのパターを拾い上げバリケードに手をかける。ソイツの頭蓋骨に風穴を空けつつ、舌打ち。
この防護陣地における「さっき」とやらは経験していないけど、今の奴らを見ると確かに阿音たちと合流する前に私が交戦した【暴徒】よりも心持ち動きが速く鋭い。

それが練度や個々人の身体能力によるものなのか、士気の高低によるものなのか、はたまた“別種”故の差異なのか……何れにせよ、まだまだ骨を折らなきゃならないみたいね!

「02、援護お願い!!」

∬#メ´_ゝ`)「はい、いってらっしゃい!」

<ヽ;`∀´>そ「ファッビョン!?」

「ウギュブッ!!?』

SIG SAUER P230を構え追いついてきた阿音への指示もそこそこに、陣地を包囲する“群れ”の中へと駆け下りる。今まさに突貫してきていた【暴徒】の一団10人ほど、その先鋒にいた1人を銃床の全力スイングですれ違い様に殴り倒す。

『うわぁっ!!?」

「クキュッ!?』

スイング体勢から突進に移行し、ショルダータックルの要領で1人の身体を跳ね上げ、その後ろに居たもう1人の襟首を掴む。

『「『グゴッ………」』」

頚椎がへし折れるようにしっかりと衝撃を与えつつサイドスローで投擲。
人体レベルの大きさと硬度、重量に艦娘の膂力が加わればその全力投球は十分すぎる殺傷力を有する。直撃した残り7人が口々に呻き声や断末魔を上げて薙ぎ倒され、そのまま沈黙した。
253 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:04:30.74 ID:1kNqHEos0
強引にこじ開けた一個小隊相当の“穴”。後続がそこを埋めきる前に、こっちからその中に滑り込む。

さっき保安官たちも無線でやり取りしていたけど、【暴徒】の勢いや見える範囲での【寄生体】の密度を見る限り恐らく今回の攻勢は前にこの“防護陣地”へ行われてきたソレよりも激しさが増している。
マジノ要塞にでも籠もっているならいざしらず、昭和の学生運動に毛が生えた程度のバリケードでこの兵力差を埋めきれるかどうかは怪しいところね。

先ずは、陣地の傍から“群れ”の前衛を押し返すことを優先する。

「邪魔っ!!」

『『クキャッ!!?』』

「うぉ………ック゛へ゛ッ゛!?』

早速跳んできた【寄生体】二匹をまとめてブツギリにし、転がった頭部を思い切り蹴る。弾丸の如く飛来した甲殻に膝を砕かれ前のめりに倒れ込みかけた【暴徒】の胸元を、拳で突き上げ心臓を潰しつつ無理やり起こす。

『キョ?───ゥケ゛ッ』

3匹目の【寄生体】は私の喉笛を狙っていたようだけど、目の前で突然屹立した180cm超えの肥満体二台して反応しきれずその背に突き刺さる。前面まで貫通してきてキョトンと鎌首をもたげたソイツに、上からブレイドを叩き込みまた頭を斬り落とす。

『げぐぅっ………」

「この──ヲバッ!?』

『「『いぎゃぁっ!!?」』」

落ちた頭を手に取り無造作に放り投げ、そちらで上がった悲鳴を聞き流し逆側からクワを持って突進してきた女の腹をブレイドで刺し貫く。
同時に小脇に抱えた89式小銃の引き金を押し込み、出し惜しみなしのフルオート射撃。正面で一気に14、5人が血の海に沈む。

∬#メ´_ゝ`)「駆逐艦・叢雲を援護!各位、バリケード中層部まで前進!」

(#*‘ω‘*)「拳銃の弾だって潤沢じゃねえんだ、無駄弾は許さねえっぽ!一発外す度に一食抜きだからな!!」

<ヽ;`∀´>そ「ブラック職場も良いところニダね!?公務員にあるまじきパワハラニダ!!」

「ぶぁっ!?』

『カヒュッ────」

ある程度前線を押し上げたところで、阿音たちが本格的な支援射撃に移る。
全員が拳銃装備のため当然弾幕や火線なんて大層なものは張れないが、“群れ”がとりわけ密集している地点に的確に狙撃を浴びせてくれるため【暴徒】の隊列がこのあたりは大きく乱れて大層やりやすくなってるわ。

(*‘ω‘*#)「間違ってもバリケードから完全に降りるなっぽ、却って叢雲ちゃんの足手まといになる!」

<ヽ;`∀´>「チッ、校門の方から新手が入ってきてるニダ!各位、注意を!!」

特に、さっきの女保安官とその相方、この2人の射撃の正確性は図抜けている。今のところ、見ている限りは正真正銘の「百発百中」だ。

こと狙撃だけなら、結構真面目に“海軍”でも即戦力になれるんじゃないかしら?
254 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:16:34.88 ID:1kNqHEos0
寡勢が大群と相対する際に、重要なのは此方の戦力を如何に“集中”するかだ。

テルモピュライのスパルタ然り、イッソスのアレクサンドロス大王然り、桶狭間の織田信長然り、沖田畷の島津家久然り、硫黄島の栗林忠道閣下然り。歴史を紐解いても、少数兵力側が戦況を覆すか大いに善戦した時は、基本地形や天候を利用して“真っ向勝負”が起きないようにするところから始まっている。
そこに敵の油断や混乱、彼我の練度・兵装差が加わることで、初めて物量差を覆すだけの余地が生まれるってわけ。寡兵が大軍を何の変哲もない真っ向勝負で打ち破るとしたら、それこそタイムスリップした直後で弾薬が潤沢な自衛隊と戦国の侍軍団くらい兵装格差がないと無理でしょうね。

その点で鑑みれば、私達はよくやっている。お粗末とはいえ“防護陣地”に拠って敵勢の大半を引き付けつつ打撃し、その上で艦娘──つまり私という最強ユニットの衝撃力を一点に集中させて一部を突き崩しつつあるのだから。
現に影響は既に出始め、私が“群れ”の中を斬り進む毎にそれの穴埋めと対処に追われてバリケードそれ自体への取り付きが徐々に少なくなっている。

「っふ!」

『ポキョッ⁉』

特に【寄生体】の動きは顕著で、“防護陣地”の方に向かった個体は無線に耳を傾ける限りほぼ皆無だ。アレが陣地への大挙攻勢に出ていたら火力的に押し止めるのは極めて困難だったろうし、効果として特に大きい。

だけど………“勝つ”なら、もうひと踏ん張り必要よね!

「『ヌコパッ!?」』
『「アギヒッ…』」

89式の弾倉を入れ替え、再度出し惜しみなしのフルオート射撃。10人前後の団体様に鉛玉の特盛を御馳走するとそのまま小銃を背中に回し、二本目のブレイドを抜き放ってもう一方の手に構える。

「合わせて!!」

「うごおあっ!?』「ふぐぅっ……』『げぉっ……」

無線に向かって叫び、即座に駆け出す。早速迎撃に来た一人の頭蓋に飛び蹴りを食らわせ、その後ろに居た二人の喉笛に同時にブレイドを突き立てる。

「はぁあっ!!!!!」

更に踏み込み、“群れ”の中へ。奥へ。両手のブレイドを次々と振るい、とにかく当たるを幸いなぎ倒し斬り伏せていく。
太った男の首を飛ばし、眼鏡を掛けた女の胴を両断し、跳んできた【寄生体】の口内に切っ先を捩じ込み引き千切り、ただひたすらに前へ。

(っ……ぷぁっ───)

辛うじて戦闘動作に影響しないギリギリの範囲で深く息を吸うけど、正直大分限界は近い。
艦娘が人間の形を取りながら人間を遥かに凌駕する身体能力・運動性能を発揮できるのは、艤装の補正を受けた上でそれを更に【船体殻】が吸収緩和してくれるから。その出力が大幅に落ちている状態──即ち中破・大破が起きていれば、当然艤装火力だけでなくこうした基礎的な部分にも大きく影響する。
255 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/26(水) 22:24:02.70 ID:1kNqHEos0
腕は痺れ始めているし、肺は少ない酸素を必死にやりくりして正に青息吐息、脚だってまるで満杯まで入れた輸送用ドラム缶を鎖で繋いで動かしているかのような重さだ。

現時点での“全力”を振り絞っての戦闘から、せいぜい2分か3分しか経っていない。けれど、あと5分この状態を保てるかも怪しいものわね。
まぁその間に7、80人は斬ったけど、今現在押し寄せてきている全体量からしたらまるで足りない。仮に私がここで力尽きれば、後続に飲み込まれて間違いなく一巻の終わり。

けれど、それでいい。

元より、自分の限界が近いことは承知の上。1時間も2時間も戦おうとか、一騎当千でこの“群れ”を殲滅してやろうとか、そういう高い志は端から持ってない。

(あとは中の連中が、“意図”を汲んでくれてるかどうか………っ、ね!)

『『ギュボァッ!?』』

突貫を開始する直前、無線へ叫んだ一言。主語も指示語もなく、事前の打ち合わせもない。あの中では一番長い阿音と鈴ですらせいぜい付き合いは2時間ほどで、“つうかあ”の意思疎通なんてものが期待できる人員もいない。

それでも、私は賭けた。あの中で誰かしらが、長々語らずとも私の“意図”に気づいてくれることを。

《機動隊並びにドラゴンさんチーム、キリンさんチーム、フェニックスさんチームは北方の“ゲート”前に集結!突撃態勢を取ってください!》

そして、案の定というべきか。

私の“意図”に気づき、行動を起こしたのは。

この場で最もそのことを期待し…………同時に、そうなってしまうことを最も恐れた、【大洗の軍神】だった。

<(' _'#<人ノ《射角調整ヨシ!弾種榴弾、装填ヨシ!!》

《撃て!!》

号令一下、砲声。軽快な風切り音と共に、75mm弾が陣地から飛び出す。

『「『ぐわぁああああっ!!!!?」』」

砲弾は私の到達地点から10M程離れた位置に突き刺さり、火柱が逆巻く。優に30人は軽く超えるであろう【暴徒】が、爆風に煽られ火に焼かれ破片に薙ぎ倒される。

《開けてください!!》

直後、先程W号を収容した“門”が、再びゆっくりと持ち上げられた。
256 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/27(木) 23:37:39.52 ID:898rXpAV0
包囲は、この時点で既に大きく綻びつつあった。

防戦を開始した地点から“門”の前付近まで一気に打通した私の突貫は、さながら手練の筋者が扱うドスの如く“群れ”を深く抉っている。
単純な損害の大きさに加えて、艦娘である私が大暴れしながら“群れ”をどんどん食い破っていく有様は当然向こうにとって愉快な状況から程遠く、損害の穴埋めと私への対処に動きざるを得ない。

結果として“防護陣地”への攻勢が全面的に「鈍化」を通り越して「停止」に差し掛かりつつあった中での、W号による砲撃。正しく穴埋めと私への対処に出向いてきた四個小隊相当の戦力が一瞬で壊滅し、深海棲艦側は致命的な混乱状態に陥った。

《門前、全迎撃隊に伝達!攻撃を開始してください!!》

【大洗の軍神】は、機を逃さない。無線越しに号令が飛び、“門”から一気に“軍勢”が打って出る。

「Giraffe Teamは右を!Phoenix Teamは左をやれ!

Dragon各位は中央に火線を集中、てめえらのソレより貴重な“タマ”だがケチるなよ!!ありったけバラまけ!!」

「「「了解!!」」」

仰々しい名前で呼ばれていた3個分隊ほどは、その全員が恐らく陣内においては極めて貴重であろうサブマシンガンや89式小銃──連射ができ、“火線・弾幕展開”を可能とする銃火器で武装していた。

「ぐぁあ……』
『グギッ!?」
「『「ぁあぁあああああああっ!!!?』」』

一斉に放たれるフルオート射撃が、“群れ”を更に大きく激しく突き崩す。雨あられと降り注ぐ銃火に【暴徒】達はドミノの如く薙ぎ倒されていき、“門”の前に形成されていた空白が放射状に伸びる弾幕の軌道に従って外へ外へとどんどん広がっていく。

「敵包囲網、急速に後退!突貫スペースを確保!!」

「よし、機動隊突撃しろ!いけぇ!!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」

銃火器部隊が火線を維持しつつ“群れ”の穴を掻き分けるようにして左右に分かれ、その後ろから進み出る目算約一個中隊ほどの人数。

彼らは時代錯誤な“鬨の声”を上げ、隊列を組み、さながら古代ローマの重装歩兵の如く一つの塊となり、とりわけ大きく崩壊した“群れ”の一角へ突撃する。
257 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/07/27(木) 23:41:19.19 ID:898rXpAV0
元々日本の警察組織は、本来ある意味において自衛隊以上に“銃火器”の使用に対する制限が厳しい。ただその分、彼らの多くが対人格闘術に特化している。
逮捕術と呼ばれるこれらの技術は、護身並びに反艦娘的な思想の持ち主に襲撃された際の“最大限穏当な対人制圧術”の一環として艦娘の訓練過程にも組み込まれるほどだ。

まぁ、“あの”鎮守府には当て嵌まらない生ぬるい基準だけど。私が最初に学んだのは、「如何にすれば3人以上の頚椎をいっぺんにへし折れるか」だったわね、確か。

「突っ込めぇ!!」

「「「どりゃああああっ!!!」」」

ともあれ、たった今カチ込んでいった保安官たちもまた、そうした日本警察の伝統をしっかり受け継いでいるみたいね。

或いは、“学園艦の中という物理的にも政治的にもより厳重な制限が敷かれている環境だからこそ、自然とより鍛え上げられたのかしら。
総崩れの様相を呈しているとはいえ今なお膨大な質量を誇る“群れ”に対して、彼らの突撃はまるで力負けしていなかったわ。

「『「ぐぐぁあっ!!?』」』

『ギギィッ!!───ケクッ』

一糸乱れぬ、一部の隙間もないスクラムを組んだ先鋒30人ほどによるシールド・バッシュ。その2〜3倍にはなろうかという人数の【暴徒】が互いを押し合い、互いの脚を掬いながら後ろに跳ね飛ばされ更に大きく隊列を乱す。
隙間をくぐり抜けて飛び掛かった何匹かの【寄生体】も、構え直されたライオットシールドにぶち当たり遮られ直後に車庫から飛来した狙撃に射抜かれ尽く沈黙する。

「もう一発、かませぇ!!!」

「「「どぉおらぁああっ!!!」」」

恐らく指揮官格の、アメリカンフットボールでクォーターバックでもやってそうな身体つきをした男の号令。
雄叫びと共に【機動隊】は前面の【暴徒】たちにもう一撃浴びせ“群れ”の中に踏み込むと、両者が入り乱れての本格的な乱戦が始まった。

「うおっ、ふぅんっ!!」

『ぐぁはっ!?」

「せいやっ!!!」

「ゴフッ………』

多少、動きが素早かったり士気が高かったりはするのかも知れない。けれど、所詮【暴徒】は【暴徒】。元が一般人であり、大半は特別な格闘戦や対人制圧術の訓練を受けたわけでもない。単純な一騎打ちでは、技量的にもスペック的にも差は如実に現れる。

「うらぁああっ!!!!」

『ゴッ────!?」

加えて、この機動隊は“覚悟”が違う。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/07/28(金) 08:53:37.10 ID:v/s5I2+QO
2日連続更新おつです
マッスル提督ついに大洗到着
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/07/29(土) 09:47:15.28 ID:fStM5nz20
夏休みで舞い上がってる小学生かな?
部外者が野次飛ばす時はsage進行って覚えといてね
260 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/08/23(水) 23:18:45.55 ID:YMhrknSl0
グシャリ。

重く、鈍く、何かが潰れたような打撃音が響く。視線をやれば、丁度警棒を振り切った体勢の保安官と、その前で地面に勢いよく叩きつけられた【暴徒】1人が目に入る。

「クコッ…………』

斃れた【暴徒】の側頭部は、踏み潰されたアルミ缶のごとく歪に凹んでいた。

「っふ!!」

年齢的には初老に差し掛かっているその保安官は、年齢相応の“手練”らしい。返しの動きで更に2人の【暴徒】に向かって繰り出された打撃は、どちらに対しても無駄がなく正確だ。

『オグォッ……」
「いでっ、あぎっ!?』

片方の喉笛に、突きを。
もう片方の腹に膝を入れ、くの字に体が曲がったところで首筋に全力の打ち下ろしを。

実に迅速かつ的確に、彼の打撃は向かってきた【暴徒】達の“急所”を打ち据える。

「うぉりゃあ!!!」

『ガブッ!?」

「【ヌタウナギ】に気をつけろ、奴ら隙間から突然来るぞ!!」

「ぐぁっ!?』

「っ、どいてよ!!」

「『ウガッ……」』

いや、その保安官だけじゃない。より年季の入ったベテランから今年入ったばかりと思わしき若い隊員まで、男も、女も関係なく。
突入した機動隊の誰もが、容赦も加減もなく全力全速で【暴徒】達の急所目掛けて自らの得物を振るっている。

「面っ!!」

『ぎゃっ…」

そも、警棒を使っている人数自体全員ではない。

例えば、今しがた巨漢の【暴徒】を打ち倒した保安官が構えているのは、日本刀。商業区の土産屋が外国人観光客向けに取り扱ってもいたのだろうか、模造刀らしく逆刃にはなっているため“斬る”ことはできない。
けれど、しっかりと体系的に武道を学んだ人間が取り扱えば、鉄製であるそれは充分な殺傷力を伴う。現に振り下ろされた【暴徒】の頭は縦に深々と割られ、脳漿と血を撒き散らしながら崩れ落ちていく。

他にも、鉄パイプに釘を打ち付けたバット、角材にコンバットナイフ、ステンレス製の杖、どこで拾ってきたのやら青龍刀なんてものまで──無論これも模造刀だけど──見える。総じて、全体の3割程度が警棒以外のものを………より高い“殺傷力”が得られるものを装備し、戦闘に参加していた。
261 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/08/23(水) 23:21:57.80 ID:YMhrknSl0
銃という火器の普及によって、戦争は一時期国家総力戦を前提とするほどに大規模化した。中世頃から現れた“銃”という兵器の存在は、それだけ革新的だった。男女差も年齢差も皆無とは言えないが現れにくく、剣術や槍術と違って身体的欠損でもない限り本当に誰でも兵士に仕立て上げられる魔法の筒。

その“魔力”が最も大きく現れるのは、殺人に対する罪悪感の軽減。

離れて撃つから、殺人そのものに対する現実味が希薄になる。仮に向こうも武装していて銃撃戦になったとしても、直接斬り合い殴り合うより“殺し合い”という行為に対して抵抗感が遥かに緩和される。加えて根本的な必要所作は“引き金を引く”だけだから、“慣れる”までも早い。

「そぉれい!!」

「そっちから二人来たぞ、抑え込め!!」

「【ヌタウナギ】だ!気をつけろ!!」

さっきも述べた通り、ただでさえ日本の警察は殺傷に対するハードルが高い。血眼になって包丁を振り回してるパンイチの狂人に対してすら、実際に銃を抜けば気高き平和の使者の皆さまが「野蛮だ」と口を極めて非難する。
一応は深海棲艦という存在によって武器の使用が良くも悪くも“日常的”になりつつある自衛隊より、ある意味では“武力”の使用制限は重い。況してや学園艦所属の保安官なら尚更でしょうね。

「コアッ!!』

「っ……だらぁっ!!!」

なのに、今まさに【暴徒】や【寄生体】と交戦中の機動隊の面々は、武器を振るう手を止めない。銃撃どころか、よりはっきりと自分たちが“人体”を破壊していると突きつけられる、時代と文明の進歩に逆行した「白兵戦闘」に身を投じる。

無論、お世辞にも淡々と、とは言えない。深海棲艦が最初に東南アジアを襲った折は艦内で連絡船や飛行便発艦所に押し寄せた暴動寸前の住民を何度か鎮圧したというから、練度はそれなりにあるのだろう。ただ、その時の目的はあくまで“制圧”、殺傷じゃなかった。
今この瞬間、艦内住民を守るはずだった自分たちの手でその住民の形をしたモノに武器を振り下ろす時、きっと彼らの感情は身を焼かれ引き裂かれるに等しい苦痛を味わっている。

でなければ、自分たちの得物を叩きつける時に、誰も彼もが殆ど悲鳴に近い雄叫びを上げてはいない筈だ。
262 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2023/08/23(水) 23:22:56.84 ID:YMhrknSl0
それでも、彼らは武器を振るう手を鈍らせない。どれ程自分たちが信じていた“正義”に反する行為でも、どれ程自分たちの“心”を踏みにじり傷つける行為であっても、機動隊員たちは血反吐を吐くようにして感情を撒き散らしながら【暴徒】を薙ぎ倒し続ける。

後ろにいるであろう避難民を守るために、その身を以て盾になる。永久に魂に刻み込まれるであろう業を、咎を、明確に存在する命のために自ら背負う。
そんな彼らの決意が、“覚悟”が、強烈な熱風となっていくさ場に吹き荒れ、徐々に前線を“陣地”から引き離し始めた。

『『キィアアアアアアッ!!!』』

「くっ……きゃあっ!?」

……まぁ、その、ねえ?機動隊の突入を“誘発”した責任も、あるわけだから。








「───退きなさい!!」

『『キュコォッ!?』』

「!?」

私がその熱に当てられちゃうのは、割りと仕方ないことよね!ええ!!

全っ然!これっぽっちも!大洗女子学園に関わることだから入れ込みすぎてるなんてコトにはならない、自然な流れだもの!!
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/08/24(木) 09:02:58.36 ID:K4QawAKw0
更新おつです
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/02/10(土) 18:55:55.37 ID:wu/6Dwb20
保守
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2024/03/04(月) 18:51:50.62 ID:W6PYPV1kO
続き待ってます
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/04/23(火) 12:51:13.81 ID:3eXHPaRu0
私も待ってますよ
267 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/12(金) 23:47:38.50 ID:eHYGMVxz0
ブレイドを一振り。まとめて5、6匹の【寄生体】を叩き斬る。夕闇の中でも容易く解る、ヌメヌメとした気色悪い光沢を放つ胴体の束がボトリと地面に落下し、其の向こう側で面食らった様子の【暴徒】が一人棒立ちになっている。

「ウギェッ』

『ゲファッ……」

顔面を鷲掴みにし地面に叩きつけ、そのままブレイドを逆手に持ち替えつつ後ろに突き出す。挟み撃ちを狙った別の一人が胸板を貫かれ、血反吐を撒き散らしながら私の背にもたれかかる。

『キェエエエエエエえ゛ぅ゛ッ」

家庭菜園でもやってたのかしらね、割烹着に麦わら帽とフェイスガードという出で立ちをした年配女の【暴徒】がスコップを振り下ろしてきた。今し方背に乗った“盾”を翳して受け止め、“盾”ごと刺し貫きつつ蹴り飛ばす。

『ギィッ………キキャッ!!?』「ロヴッ……』『ゲヴァッ!?」

その背を突き破って現れた寄生体は首根っこをひっつかみ、即座にブレイドを引き抜いて三枚卸に。踏み込み、横薙ぎで一閃。一気に数人の【暴徒】を斬り伏せる。

止まることなく突貫。斬撃を連ね、屍を重ねる。

「──っくぅ………!」

だけど、嗚呼もう。

情けないったらないわね、限界が近いって自覚はたしかにあったけど、ここまで深刻だなんて。
たかが15人、たかが数秒。その僅かな“運動”で、息が乱れ、身体から力が抜け、前のめりに崩れ落ちて膝を着く。

『「『アァアアアアアッ!!!」』」
「『「ギィイイイイイッ!!!』」』

最大の脅威かつ障害が無防備にど真ん中で膝をついたとあり、“群れ”のボルテージが一気に跳ね上がる。仮に捕らえるつもりだったとしてもそのまま圧殺されかねないほどの勢いで、【暴徒】と【寄生体】が私に向かって殺到する。

「───突入ーーーーーーー!!!!!」

「「「ぉおおおうっ!!!!!」」」

その全方位から押し寄せてきた幾千の“人の波”をこちらに達する前に堰き止めたのは、僅か数十人からなる“人の壁”。
268 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/12(金) 23:48:25.38 ID:eHYGMVxz0
盾を構えた学園艦機動保安隊、その数はせいぜい50に届くかどうか。包囲している“群れ”の規模からすれば、寡兵という言葉さえ生温い圧倒的な物量差ね。

だけど機動保安隊の面々は、食い止めていた。それも驚嘆すべきことに、ほぼ完璧に。1人2人の突破も、1メートルの後退も、ただの一揺れすらなく、頑強に“波”を遮っている。

「ゴッガァッ!!!』
『ギィッ、ギィッ、ギィッ!!!!」

「っおおおお………腰に、腰に響く………!!」

「畜生、せっかくいいゴルフクラブなのにそんな使い方するんじゃねえ!!」

「班長、今は結構こっち側にも刺さるんでそれ!!」

無論、流石に余裕綽々からは程遠い。練度なんかなくてもその物理的重量だけで十分な脅威と成り得る人数が血眼で殺到し、しかも接触した前面の連中は狂乱状態で武器を振り下ろしてくるのだから。たった一個小隊分の兵力でこれを止めただけでも勲章・階級特進モノだけど、そうしていられる時間は決して長くはない。
多分、せいぜいあと一、二分ってところでしょうね。

それでも、時間は稼げた。例えインスタント食品の調理に間に合うかすら微妙なラインの僅かなものであっても、“群れ”による攻勢は寸断され、停まった時間が出来た。

どれ程短くはあっても、それは大きく明確な“隙”。

そして。

《────指揮車より狙撃班各員に伝達!!》

バリケードの中から采配を振るう“軍神”は、その隙を逃さない。

《白兵戦発生区域の接敵面に全火力を集中!【ヌタウナギ】を優先排除しつつ、敵前衛を崩してください!!》
269 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/12(金) 23:54:45.46 ID:eHYGMVxz0
└(*・ヮ・*)┘《心得たぁ!!》

『グプッ!?』『プギァッ!?』

西住さんの号令に、いの一番に応えたのは鈴だった。有言実行、明朗快活な返事と共に放たれた弾丸は、一発で今まさに機動保安隊の前衛に向かって跳躍した2匹の【寄生体】──恐らくは西住さんたちにとっての【ヌタウナギ】──を纒めてぶち抜きその頭部を吹き飛ばす。

└(*・ヮ・*)┘《いっえええええいナイッショー!!》

《五月蝿えぞ、はしゃぎすぎだ阿呆!》

《だが“Nice shot”なのは事実だ、狙撃班各位は牛尾巡査に続け!!》

《畜生、何で俺は国民を、住民を狙って…………撃っ……て………!》

《“今”は化け物だ!…………そう、思い込め!!》

無理からぬことだけど、機動保安隊同様決してその心中は穏やかじゃないようね。……鈴はどうだかちょっと判別つかないけど。

「ゴペッ!?』
『ウギムッ」
「ぎゅプッ……』

ただ、それで狙いが疎かに、とはならない。飛来する弾丸は全て、寸分の狂いなく首や胸、喉笛など【暴徒】たちの急所を射抜いていく。

敵兵力の漸減・撃滅を主目的とするなら、本来狙撃は適切な攻撃手段とは言い難い。万に届こうかという圧倒的物量に対し即効性があるのは相応の火力を用いた面制圧火力であり、例え一撃一撃は必殺でも削れるのが“点”では焼け石に水。ただ闇雲に撃つだけなら足止めの役割すら禄にこなせないでしょうね。

『ギピイッ……」
「うわっ!?おい、邪魔すnブギュルッ』

だけど鈴たちの射撃は、機動保安隊と“群れ”の接地箇所………さらにその中でも、【暴徒】や【寄生体】による流入の動線部分に集中している。

『ファゴッ!!?」
『『ギギイッ!!?』』

規模が超超超ド級とはいえ、ここは船の甲板上。通常の地上戦よりも更に空間が限定された戦場だ。その中で半径200m程度の空間に万単位の兵力を注ぎ込むとなれば、動線維持の重要性はこの“群れ”の継戦能力そのものと直結する。

然るに、大軍勢が殺到・密集している状況下で、その動線で例え数人ずつ、数体ずつでも倒れる者が現れ続ければ。

『いぎぁっ!?」
「おい、退け……ギュフッ』
『ま、また撃たれたァ………!」

攻勢自体が、大幅に停滞する。
270 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/12(金) 23:56:04.05 ID:eHYGMVxz0
末恐ろしき我らが指揮官様は、まさかと思うけどこの効果も見越して…………いえ、愚問だったわね。

ここまで散々あの神算鬼謀ぶりを見せつけられてきて、今更これに関してはただの偶然を疑う方がどうかしてるもの。

《撃て!!》

見てみなさい。まさしく今し方放たれたW号による砲撃なんて、狙撃班の火線集中で取り分け大きく混乱が生じていた動線部分に直撃ドンピシャリよ。

「指揮車による支援砲撃が弾着!【暴徒】前衛、損害大!」

「よし!そぉれ押し返せぇえええ!!!!」

「「「おおおおおう!!!」」」

「うわわわっ!!?』
『ギャアッ、ギャアッ………クピュッ』

前線兵力の単純な大幅減と、これを補う後続流入の動線における混乱。戦術的にも物理的にも、機動保安隊に対する圧力が急速に弱まる。
それに伴って機動隊は姿勢を「耐久」から「前進」に変更し、私の周囲やバリケードから“前線”を引き剥がしていく。

「射撃準備!!」

「了解!……各位、装填及び動作再確認!!」

少しずつ、ゆっくりと、だけど確実に歩を進めていく機動保安隊。

その後ろには、背を丸め彼らに隠れるようにして、更に何人かの人影が続いている。

「目標ラインに到達!!」

「バッシュ!!!!」

『グガァッ!!?」「げぃんっ!?』『ギギギィッ!!!』

「伏せぇ!!」

14〜5m程前進したところで、機動隊は全員で一際強く盾を押し出し、押し寄せてきていた【暴徒】や【寄生体】を一気に跳ね飛ばす。元々私の突貫と狙撃班による継続的なハラスメントで浮足立っていた“群れ”の陣形は、この一撃を以て決定的に崩れた。

すかさず、前衛部隊がしゃがみ込む。入れ替わりに立ち上がるのは、後続していた別の隊員6名。

「射撃開始、フルオート!!」

彼らが構えるのは、89式小銃及びH&K MP5。
271 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/12(金) 23:58:47.19 ID:eHYGMVxz0
『ウギッ……」「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!?』『逃げ………ぶぼっ」

『『『ギャッ、ギャッ、ギィッ!!!』』』

一斉に火を吹く6つの銃口。六方へ伸びた火線は、容赦なく進路上の人体を引き裂き、薙ぎ倒す。

【寄生体】の方は、流石にそこまで芳しい戦果とは言い難い。89式の方なら正確に命中させれば撃破もできるでしょうけど、何分弾幕展開を重視するなら精度は犠牲になる。
けれど、牽制としては十分過ぎる効果を発揮し、銃火の圧に押し止められて十数体にも及ぶ“ダマ”が突入を遮られてグネグネと気味悪く蠢いている。

『ギギギッ──グキャッ』
『『『ギィいいいいいいアァアァアァアアアアアッ!!!?!?!』』』

業を煮やしたらしき“ダマ”は、数と耐久力に物を言わせて強行突破しようと弾雨の中突貫の姿勢を見せた。
でもその試みは、量と殺傷力を大幅に増した新たな弾幕によって頓挫する。

《【ヌタウナギ】群体に弾着!効果あり、多数撃破!!》

∬#´_ゝ`)《ドイツの科学力は世界一ね!まぁこの機関銃厳密にはスロバキア製だけど!!

照準維持、尚も火線展開!》

《了解!》

バリケードの一角に備え付けられていた、ブルーノVz.37重機関銃。W号の予備装備を持ち出しでもしたのだろう、第二次大戦式とはいえ7.92mm口径を誇る弾丸は、【寄生体】の胴をミンチにし頭部を打ち砕き当たるを幸い蹂躙していく。

“ダマ”が沈黙しただの屍の塊になるまで、要した時間はほんの数秒だった。

「───ふぅっ!」

そして、機動保安隊のファランクスからブルーノの掃射に至るまでの時間で、私は………さっきみたいな“軽い運動”程度なら数分こなせるだけの体力を取り戻している。

「盾を!!」

「おうさ!!」

私の叫びの意図を汲み取り、特にガタイがいい機動保安隊の内1人が反転。膝を着き、ライオットシールドを自分の体に立て掛けるような形で構えた。

さながらスキーのジャンプ台………って、この表現はちょっと正確じゃないわね。

だって、“さながら”どころか用途はジャンプ台そのものだし。

「いよっっ!!!」

土台の役を担う保安官は威勢のいい掛け声とともに、私が足を乗せると同時に盾を思い切り跳ね上げる。おかげでより高く、より大きく跳躍できた私の身体は、壊乱している前線を悠々と飛び越えていく。

『『ギョキャッ』』
「なんっ……グウサン!?』

【寄生体】数匹の頭部を踏み砕きながら着地した先は、まだ幾らか統制を残していた集団のド真ん中。
眼前で驚愕に目を見開いていた【暴徒】を、裏拳でそのままぶっ飛ばす。

「っはぁあああああああっ!!!!!!」

全身を捻り、ブレイドを構え、全力で振り抜きながら一回転。

周りを囲んでいた【暴徒】と【寄生体】、併せて20体ほどの敵影が一気に切り裂かれた。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/16(火) 14:33:54.14 ID:AiBTEnhm0
ちょっと見ない間に更新されてた!
執筆おつです待ってました
これからも待ってます
273 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/22(月) 23:12:02.11 ID:XXdSh8X20
即席で実行した“空挺強襲”の効果は、絶大だった。戦場の空気が大きく変わったのを、どこぞの人としての汎ゆる機能を脊髄に集約して生まれてきたキングダム及びクソ映画フリークの司令官様風味に言うなれば、敵勢から戦意の“火”が完全に消え去ったのを肌で感じる。

まぁ、ただでさえ前線は機動保安隊との交戦地点を中心に総崩れの様相を呈しつつある中だし無理もないわね。その混乱を収めるために進出させた後方予備戦力に艦娘が空飛んで斬り込んできただなんて、深海側からすれば驚天動地もいいところでしょうよ。
おまけに奇襲開始からコンマ1秒で増援は二個分隊相当の兵力を喪失。私がそれをされた立場だとしたら、そこら中のものと司令官に八つ当たりしてるもの。

『か、艦娘だ………あばっ!?」

「アギャッ』『ひぃっ……ごえっ!?」

『『『ギギャアッ!?』』』

とはいえ、攻め手はまだ緩めない。どれ程立て直しが不可能に近い崩れようだろうとも、ここまで散々に討ち破って尚横たわる物量差は極めて膨大。今押し寄せてきている“群れ”が完全に敗走・撤退を開始するその瞬間までは、一体でも多く敵の数を減らし続ける。

………統制は失いつつも個々でまだ飛びかかってくる【寄生体】はともかく、混乱の坩堝に陥り逃げ惑うだけが大半の【暴徒】に刃を振り下ろし突き立てる作業は、愉快からは程遠いものだったけれど。

「邪魔っ!!!」

『『『グケケケッ!!?』』』

それでも、その「司令官がたまに視聴してる“お宝”と称されたこの世で最もその単語から遠い映画のようなナニカを30分以上視界に入れてしまった時」のものを1000倍ほど酷くした気分を抱えながら、手は止めない。
反転攻勢の流れを作ったさっきの突貫より更に速く、激しく、斬撃を繰り出し続け屍を周囲に増やしていく。

「たぁっ!!!!」

『ぶごぁっ!?」『ギャインッ……』

《機動保安隊各位、突撃準備!

射角調整、指名榴弾!……Feuer!!》

<(' _'#<人ノ《装填完了、発射!!》

「「「おおおおおおぉおおっ!!!」」」

最早一周回って憎らしさすら感じるほど聡い“軍神”は、私が乏しい体力を圧してまで次の攻勢を始めた意図に気づいたらしい。
W号による新たな砲撃で進路を開き、即座に保安隊を私がこじ開けたスペースへと送り込む。

そして、この一連の動きを。

まるで、私達が本格的な敵陣打通及び反転攻勢に移ろうとしているかのように猛烈な動きを目の当たりにして。

『─────ッ、ギャギャギャアッ!!!!』

狙い通り、チ級はこちらの持つ継戦能力を誤認した。

恐らくは撤退を告げるであろうヤツの叫び声が響くと同時、引き潮の如く“群れ”の前線が下がっていく。
274 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:13:57.83 ID:XXdSh8X20
《指揮車前進!撃て!!》

li イ; ゚ -゚ノl|《う、Ураaaaaaaa!!!》

<(' _';<人ノ《急にソヴィエト》

最後の最後まで、西住さんは抜け目ない。機動保安隊の突撃が私の元まで届き、“群れ”の敗走が本格的に始まった瞬間、W号を一気に陣地の入り口付近まで進出させて砲弾を放つ。

『………ヂギッ!!』

当然、チ級はそちらを警戒する。私達が攻勢に(本当に)出るとしたら、【駆逐艦・叢雲】共々その柱となる存在が前に出てきているのだから。

「…………。主砲射角調整、11時方向、20度!本校舎南部屋上!

機動保安隊の皆さん、突入姿勢取りつつ待機を!!ドラゴンさん分隊は弾薬装填確認し機動保安隊に後続!!第二波戦列、門付近に集結し交戦用意!!

各機銃座、友軍前衛に火線集中、合図があり次第射撃を開始してください!!!」

両手の機関銃を向けるチ級に対し、西住さんもまた敗走していく“群れ”の後背への追撃を狙い撃つ気満々の指示を矢継ぎ早に飛ばす。W号の主砲射角もしっかりとチ級に向けられ、今まさに突撃命令が出たとしてもおかしくない緊張感が戦場を満たす。

「(艦娘・叢雲、保護完了!!)」

「(………西住さんから合図が出次第後退を開始します。叢雲さん、準備を)」

「ハーッ、ハーッ………(………ええ、解ったわ。ありがとう)」

だけどその実、“群れ”を突破し密集陣形で周りを囲んだ機動保安隊の背後では、自動小銃装備の分隊が私の介抱と撤退準備を始めている。
より一層苛烈に動いた分今回の“限界”は正直なところかなり重く、保安官の一人に肩を支えてもらっていなければそのまま地面に倒れ込みかねない程状態が悪い。

こんな有り様、もしチ級にバレたら即座に“総寄せ”が再開されるでしょうね。向こうにとっては【暴徒】なんて消耗品以上の何物でもないでしょうし、W号の砲火力じゃ雷巡レベルのものであっても船体殻突破は不可能。
【駆逐艦娘・叢雲】が万全ならば他の使い方でいくらでも有効な作戦が取れるけど、生憎小指一本動かすのにすら軽い痛みが伴う始末では難しい話ね。

故の、ハッタリ。W号を、自分が乗っている車両を、旧式でしかもスポーツ仕様の戦車を囮にした、目眩まし。無線を使わずわざわざ声を張り上げて部隊に指示を出しているのは、向こうに聞かせるためってところかしら。
……それらをこの齢で、顔色一つ変えず実行できる糞度胸ぶりには私でさえ舌を巻く。生まれ持っての才か“後天的なもの”なのか、彼女が戦車道ではなく賭博師としての道を歩み始めたらラスベガスは事前にこの子を出禁にしておくべきよ。
275 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:15:51.29 ID:XXdSh8X20
そこから数十秒、周りでは喧しく砲声が響き続けているのに、それらを押し潰しかねないほど重く息苦しい“静寂”が戦場を支配する。
W号とチ級が互いの武装を向けてにらみ合う中、“群れ”は本校舎の前を通り過ぎ、校門を出、軽空母ヌ級の傍を駆け抜け、尚も歩みを止めず遠ざかっていく。

『……………ヂィッ!!』

「……………各位、防衛陣地内に後退!!」

やがて口元を歪めたチ級が、「もうやめだ」とでも言うように一声鳴いて機銃の照準をW号から外す。その艦影が再び居住区へ跳び下がっていく光景を見届けた西住さんが指示を下したところで、ようやくこの空間は音を取り戻した。

「ひぃっ、ひぃ〜………し、死ぬかと思った…………」

「(バカ、気を抜くな!こっちがギリギリだったとバレたら今度こそ“かと思った”で済まなくなるぞ!!)」

「(バリケード内に撤収するまでは戦闘態勢取り続けろ、まだ比較的元気なやつで外側を固めるんだ!)」

それでも、まだ緊張は解かれていない。保安官の一人が(小声でどやすという実に器用なやり方で)若手隊員を諭した通り、西住さんのハッタリを看破されれば私達は瞬く間に窮地に陥る。わざわざ“群れ”を呼び戻さなくても、チ級一隻だけで戦力としては本来なら十分以上に可能だ。

実行しなかったのは、さっきも考察した通り【駆逐艦・叢雲】という存在が戦闘の長期化に応じて自分たちの“事故”に繋がりかねないから。その最大の懸念が実はほぼ機能不全であると知れば、攻撃再開の可能性は決して否定しきれない。

故の、臨戦態勢維持。W号をしんがりに、僅かでも隙があったなら即座に攻勢に転じてやるという“素振り”を見せつつ、焦る気持ちを抑えてゆっくりと保安隊はバリケードの内側へ退がっていく。

「───車両、後退!閉門!!」

こうしてバリケード外に展開していた全ての保安官が中へ引っ込み、現時点で周囲を取り巻く者が折り重なる【暴徒】や【寄生体】の屍だけになったところで、西住さん自身もようやく後退を開始する。

li イ; ゚ -゚ノl|《く、クリアーです!》

《OK!Command Tankより格納庫、大至急用意可能な飲料水と多少でいいから手当の心得があるヤツよこして頂戴!それから機銃の予備弾薬もね!》

W号がバリケードの中へ完全に車体を入れる間際、最後の警戒のため砲塔をゆっくりと旋回させる。

その様子はまるで、死線を数え切れないほどくぐり抜けてきた歴戦の老兵が、油断なく睨みを効かせているように感じられた。
276 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:18:22.42 ID:XXdSh8X20
「…………あだだだだだだぁっ!?」

「う………げェッ………」

「オボロロロロロロ」

門が閉まると同時に、元々間近だった保安官達の「限界」が一斉に訪れた。疲労、酸欠、負傷、様々な理由で次々と崩れ落ちコンクリートの上に突っ伏す。

数にして20前後。仮にさっきの乱戦でこの状態が起きていたら、崩壊したのは私達の側だったわ。

(本当の本当に、紙一重だったの…………ね……ッ!)

「叢雲さん!?」

尤も、私だってそんな“紙一重”の内の一人。流石に嘔吐失神とまではいかないけれど、脚に力が入り切らず大きく蹌踉めく。両脇の保安官さんたちに支えられてなければ、もう少し無様な姿を晒すことになっていたでしょう。

「叢雲さん、しっかり!誰か医療班員を!こっちに最優先で回してくれ!」

「経口補水液と氷嚢も持ってきてください!速やかに回復を!」

「ちょっと待って、気持ちはありがたいけど私は別に……ああもう」

疲労も、ダメージも、正直“大した事”ある。少なくとも、リ級以上の艦種がこの場に現れれば、仮に通常種でも死を覚悟せざるを得ないぐらいには状態が悪い。
ただ、どこまでいっても艦娘の身体は人間より頑丈で強靭ね。ここまでになって尚、あと10分も休めれば恐らくさっきまでの“軽い運動”を7〜8回連続でこなせる程度までは回復する。

それに、学園艦に本格的な艦娘整備用の設備なんてあるはずもない。ちょっと包帯巻いたり水飲んで休んだぐらいで十全に戦えるようになるなら、艦娘実装から1週間も経たずに人類は勝っていたでしょう。
これぐらいの“治療”ではあまり回復しないどころか、ただ物資を無駄に減らすだけ。だから他の負傷者にそれらの人手とモノを割いた方が、合理的で正しい。

(…………の、だけどねぇ)

抗議と説明の声は上げようとした。だけど群がる保安官達………それから、ちらほら混ざる格納庫の方から走ってきた医療班と思わしき人たちに十重二十重に包囲されて、あっという間に身動きが取れなくなってしまった。

で、介抱にしても四肢広げられて四人がかりのマッサージって何よ。王族か何かか私は。

∬メ;´_ゝ`)「………………様子を見に来たんだけど、早速大層なおもてなしぶりね。私もなんかお願い事聞いた方がいい?」

「なら是非お願い。今は私を見ないで頂戴。このままだと情けなさのあまり死んでしまうわ」

……彼ら彼女らに悪意はない。ただ純粋に感謝し、そして縋っているのだ。
艦内が無数の化け物とその眷属によって埋め尽くされ、本土もどんな有り様になっているか全く解らない中で現れた、艦娘という救世主に。悪化の一途を辿る状況の中で、唐突に差した希望の光に。

確かに私は世の中全てが正義と善意に満ち溢れていると信じられるほど世間知らずな小娘じゃない。けれど、恐怖と不安の後押しがあるとはいえ、純粋な好意から成されたものを合理性のみで怜悧に否定できるほど大人でもなかった。
277 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:20:48.77 ID:XXdSh8X20
…………。その上で一つ、気にかかる。

「処置完了だ。未だ行けるな!?」

「勿論ですよ、このままじゃ終われません!!」

「よく言った、それでこそ日本男児だ!!」

「こんなの、足の甲に徹甲弾落とした時と比べれば擦り傷みたいなもんです!」

「流石は戦車道元日本代表候補ってところかしら?心配損だったみたいね、次は誰?!」

この異様なまでの、人々の士気の高さが。

「包帯と湿布寄越してくれ!とりあえず宮西は応急処置で大丈夫とのことだ!」

「重傷者はいる?戦えない程の怪我や症状が出てる人は申し出て頂戴!……申し訳ないけど“噛み跡”は確認させてもらうわよ!今のところなさそうとはいえ、【T-ウイルス式】の可能性は未だゼロになったわけじゃないからね!!」

「途中で艦娘が来てくれたとはいえあの大群に2度も襲撃されて死者が1人も出てないなんて……これが、西住流………!」

「ああ、この調子なら本当に………!」

保安官達だけじゃない。非戦闘職………服装的にヘタしたらズブの一般人さえ混じっていそうな衛生班も、忙しなく負傷者の治療に飛び回りながら軽快活発に会話を交わしている。
無論疲労や焦りは見られるが、恐怖、絶望といった色が驚くほど薄い。

………喜ばしいことよね、本来なら。意気消沈し、恐慌に駆られ、悲嘆に染まった集団を率いて戦うよりは、今の有り様の方が余程やりようはある。

けれど、私はそれを覚悟の上でここを目指していた。

非戦闘員・一般乗員・学園生徒は言うまでもなく、学園艦保安隊だってあくまで本質は警察組織。
艦内比では図抜けた武力の持ち主であれど、自衛隊や艦娘のように深海棲艦との直接的な戦闘を想定した組織・集団じゃない。

ましてや今回は艦娘ですら──私も“実体験”は今日が初めてだもの、ムルマンスクでは留守番だったから──ごく一握りしか経験したことがない未曾有の事態。仮に保安官であったとしても、パニックに陥ったり特に【暴徒】への対処の戸惑いから戦意を喪失することは十分に有り得る。

寧ろ、それこそが“自然”な状況よ。昨日まで普通に生活していた居住者や観光客が突然深海棲艦の眷属に成り果てて暴れ出し、深海棲艦そのものも何百何千と艦内や周辺の海に現れて本土に砲弾ぶっ放し始め、外界には禄に連絡すら出来ず救助や援軍の目処不明。
こんな有り様を、つい今朝方まで普通の世界で生きてきた人間があっさり受け止められると思う?そんなの、頭のネジが一本たりとも残っちゃいない“海軍”の連中だけで十分だわ。
278 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:24:31.52 ID:XXdSh8X20
極一部が「そう」である分には、未だ納得できた。例えば警察機構全体で見ても最精鋭の一角である機動保安隊、鈴のように個人が何かしら“特殊”な事例、或いは六年前、つまり深海棲艦出現直後の暴動未遂や廃艦騒動関連の経験からくる耐性。
これらの理由から平静を保っている一部が中核となって、辛うじて組織系統を維持している………こんな形なら、私も特に疑問に思うことはなかったわ。

でも、少なくとも眼に入る範囲の百数十人ほぼ全員が「そう」というのは、不自然と結論せざるを得ない。
たまたま鋼の如き精神力の人間がこの人数一堂に介した?ハッ、仮にそんな奇跡が起きたなら………まさしく大洗女子学園戦車道チームの設立経緯を考えると完全な否定ができないわね………

(と、とにかく!!“極めて稀な確率”で「それ」がまた起こり得たとしても、主要な可能性として考慮すべきじゃないわ)

一応思考の片隅でそちらの線も残してはおくとして、では他に“現実的に起こり得る”要因としては何がある?

1つ目、自分で言うのも小っ恥ずかしい話だけど、艦娘・叢雲到着の報が防衛陣地全体に流布したことで全員が希望を見出し、一気に士気が向上した。………まぁ、一番リアリティはあるけど情報伝達速度が流石に異常過ぎる。共に戦っていた機動保安隊はまだしも、医療班まで隅々に私の存在が行き渡る程の時間はなかった。
逆に保安隊は保安隊で、単純な火力や装甲厚で比較する際に駆逐艦が“戦闘艦種”の中でもかなり下位に位置することは一定数が知識として知っている筈。たかが駆逐艦娘が一人増えたからといって、ここまで劇的に士気を挙げられるのかと問われれば幾らか首は傾げてしまう。

2つ目、絶望的な状況故に楽観論が蔓延しており、その余波で現状が発生した。これも、不自然さは残る。
よくある話ではあるけど、ならば私が到着した時寧ろその士気は地の底まで落ちる筈。私服の艦娘が青息吐息満身創痍の状態で学生の戦車に乗せられて陣地に入ってきたとなれば、艦内全体における状況の絶望度や救援作戦が未だ目処すら立っていないことは容易く察せられるのだから。

3つ目、空元気。これもないわね。その程度の演技も見破れないような眼力ならあの鎮守府で秘書艦なんてやってないし、仮にそうなら2つ目の説同様私の姿を確認した時点で恐らくその虚勢は跡形もなく崩壊する。楽観論より反動は小さいかもしれないけれど、心の奥底では“現実”を認識している分逃避していたソレを突きつけられれば崩壊は免れない。

その上でなお人々が演技してる可能性?つまりこの陣地にいる数百人は挙って全員偶然にも鋼の精神力に加えてジャック=ニコルソンも真っ青の演技力を備えてることになるわね。それが偶然として許されるなら、いよいよこの世から無神論者は駆逐されるでしょうよ。
279 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/22(月) 23:27:38.80 ID:XXdSh8X20
依存、誤認、逃避。上げた可能性は何れもリアリティはあるけど、今ひとつ決定打に欠ける。
別に好都合なら細かいことは気にせず状況を甘受してしまっていいじゃないかと私自身思うけど………数多の戦場で培った“勘”が、その妥協を拒絶する。

何かが、危ういと。

(とは、言ってもねえ。結構色んな角度から考察してみたけど、どの可能性も微妙に合致しない部分があるし………まさか本気でこの場の全員がたまたまウチの連中も真っ青なバッキバキの精神力持ちってことじゃ────)

確かに、一つ一つの可能性を“別々”に考えた場合、そのどれも条件が合致しきらない。

でも、“全ての条件が満たされているから”だとしたら、どうだろうか。

例えば、私の到着を待つまでもなく、既にこの防衛陣地に籠もる人々は“縋る相手”を見つけているとしたら。

例えば、楽観視ではなく、自分たちが生還できる、この状況を打破できることに何らかの確信を得ており、その打破に至る材料の一つが「私の保護」であったとしたら。

例えば、誤認でも逃避でもなく、全員が確固たる希望を抱き、それに向けて立ち働いているのだとしたら。


例えば。












「───艦娘・叢雲さんですね?」

例えば、誰かしら極めて優れた手腕とカリスマ性を持つ“指揮官”が人心を掌握していたとしたら。

その指揮官がこの陣地内の人間に、彼女ならきっと何とかしてくれると盲信されているとしたら。

この異様な空気の全てに、合理的な説明がつけられる。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/23(火) 11:32:21.06 ID:B9qjm+jnO
祝2週連続投下
更新おつです
281 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/07/29(月) 23:01:57.36 ID:eAQesrsX0
艷やかな栗色のボブ・ショートヘア、髪と同じ色をしたパッチリと大きな瞳、どこか優しげで人懐こさを感じさせる、可愛らしい小動物のような風貌。

紛れもなく、美少女と呼ぶに値する容姿。パッと見はとても装甲兵器を扱った特殊な武道に精通した人間であるようには、況してや名門学園艦チームを破り、大学選抜をさえ薙ぎ倒し、遂には界隈から“軍神”とまで称されるほどの人物だとは思えない。

「初めまして、大洗女子学園の西住みほといいます。

先程はありがとうございます、本当に助かりました。

お身体の方は大丈夫ですか?」

「…………ええ、お陰様で。こちらこそ、助かったわ」

西住みほ。

私は、彼女のファンだ。彼女の戦車道に魅せられ、インタビュー内容や試合中の言動から伺える人柄に惹かれ、彼女の事を応援している。
恥を凌いで言うならば、彼女とその友人達の“日常”を守ることは、私が戦う理由の一端として決して小さくない割合を担ってもいる。

なのに。そんな、“憧れの人物”が、すぐ眼の前に立っているという状況で。

私の身体はまるで、単身でFlagshipクラスのヒト型と相対した時のように強張った。

「……………あの、私の顔に何か付いてますか?」

「ああいや、別に。そうね、流石に少し疲れて、ちょっと頭が働いてなかっただけよ」

「あっ、そうですよね!あんな数に囲まれながら戦っていたんですから………本当に、叢雲さんのお陰で助かりました。重ね重ね、ありがとうございます」

「気にしないで頂戴。軍人として、艦娘として、務めを果たしたに過ぎないから」

思い切り俗な言い方をすれば、“推し”と真正面から向かい合っての会話。きっと世の全てのオタクたちが垂涎と共に羨望の声を挙げるようなシチュエーションなのでしょう。

「…………?」

だけど私は、喜ぶどころか益々緊張を強くする。物理的な緊張もより一層はっきりと表出したらしく、右手を甲斐甲斐しく揉んでいた女保安官が不審げに眉根を寄せた。

さっき妥協を拒絶した私の“勘”が、比べ物にならないほど激しく警鐘を鳴らしている。

これ以上、ここに居てはいけないと。

西住みほに、これ以上語らせてはいけないと。

(………………………ああもう!!!)

……目下最大の問題は、私が“善意の拘束”を受けてる真っ最中ってところかしらね。陣地入り直後に纏わりついてきた“お世話係”たちは、あいも変わらず懸命に私の四肢を揉みほぐしてくれている。
282 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:04:19.31 ID:eAQesrsX0
この諺を、遥か昔のヨーロッパで最初に口にした人が思い描いたであろうシチュエーションとは方向性が違う、その事は重々承知しているわ。

それでも私の脳裏には、“地獄への道は善意で舗装されている”という言葉が思い浮かんでいた。

(振りほどくわけにもいかないし………)

別にカマトトぶってるワケじゃない。行動に支障をきたさない範囲なら誰に何人に嫌われようがどうだっていいし、これは西住さんに対しても同様。私自身への好感度なんて彼女の生命を護ることに比べれば全くどうでもよく、向こうが私をどう思おうとも私が彼女を推し続けることに何ら支障はない。

ただ、前時代とはいえ軍艦1隻分の力を人間大まで凝縮した身体が下手に今の状態で身動きすれば、嫌われる云々の前に重大な怪我を負わせかねないというだけの話で。

損傷・艤装不足による出力の大幅な低下はあれど、故に加減が殊更難しい。ここまでになって尚人一人どころか三、四人纒めて放り投げるぐらいの膂力はまだ発揮できるのよ?
有効性はともかくとして、私を介抱する為に立ち働いてくれている人たちをバリケードに叩きつけかねないのに振りほどくなんてできるわけ無いわ。

「あー、西住さん?今言った通り私も流石に疲れてるし……それにほら、こんな姿を見られて嬉しいレディっていないと思うの。だからその、もし他に話があるならもう少し後にしてもらえると………」

「……本当にすみません。疲労困憊であることは承知してます。ただ、深海棲艦による“次”がいつ来るか正直読めないので………すぐに終わらせますし、その後速やかに休養の時間を設けますので、少しだけお時間いただけないでしょうか?」

(まぁそうなるわよね畜生……!)

一応抵抗はしてみたが、アヒルさんチームの駆る89式のごとくあっさりと躱された。

そして、“筋”は通っているのがより拒絶しづらい。“勘”が鳴らす警鐘は、最早実は本当に響いていて西住さんたちにも聞こえてるんじゃないかと錯覚するほど大きく激しくなっている。

「叢雲さん、いきなりで本当に不躾ですが、私達に──」

(…………っ)

いよいよ“本題”が始まろうとする中、諦めず逃げ口上を探し続けるが見当たらない。
万事休すかと、内心で唇を噛んだその矢先。


「───Hey、何やってんのよアンタ達!!」

救いの手は、意外な形で差し伸べられた。
283 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:06:17.38 ID:eAQesrsX0
1人の少女が、ズカズカと大股で肩を怒らせながらこちらへ歩み寄ってくる。

年の頃は西住さんと同じぐらいで、不健康寄りな白さの肌と鼻の頭のあたりに散りばめられたそばかすが先ず視線を引く。やや癖っ毛気味なブラウン色の髪を乱雑に両脇で束ね、垂れ目でありながらその奥の瞳は存外気の強そうな輝きを放っていた。

大いに礼を失することを承知の上で評するなら、西住さんや同じアンコウさんチームの五十鈴華さん、或いは知波単学園の西絹代さんのように衆目を集める美少女とは言い難い。
ただそれは彼女が容姿に劣るわけではなく、自分の強みを理解しておらず、また自身への頓着が無いため損をしている……という印象を受けるわ。

「…………、……………フゥ」

少女は勢いそのままに私たちの直ぐ側まで来ると、西住さん、私、周りの保安官、そして阿音の順に視線を巡らせる。数秒の沈黙の後につかれた溜め息は、心底からの呆れを吐き出し───

──同時に、自分の中で抱えている何らかの緊張をほぐそうとしている様にも、私には見えた。

「アンタ達、もう一度聞くわよ。一体全体何をしてるの?」

「な、何って、叢雲さんの介抱だけど…………というか、何でアリサちゃんはそんなに怒ってるの?」

(………ああ、大会一回戦フラッグ車の)

左脚をこっちが申し訳なくなるほどの必死さで揉みしだいていた女保安官が困惑と共に口にした名を聞いて、ハタと思い当たる。
サンダース大附属高等学校の通信手で、西住さん達の無線を傍受していたとかで物議を醸した子だ。

「怒ってないわよ、呆れてるだけ」

少女──アリサさんはもう一度ため息を付くと、ややオーバーな動きで額に手を当てて軽く俯いてみせた。

「あのねぇ、艦娘ってのはかなり特殊な存在なんでしょ?確かに見てくれの体格はアタシやニシズミと同じだけど、軍艦1隻分の戦闘力を持ってるって話じゃない。実際W号の車内から見てる限り、アタシら普通の人間なんか足元どころか小指の先っぽにも及ばない暴れぶりだったわ。

そんなASTRO BOYも真っ青なトンデモパワーの持ち主の身体が、貧弱な人間の力で“撫で回して”やった結果また回復すると本気で思ってるの?」

「そ、それは………」

「見たところ、ムラクモの装備は最低限度、しかも損傷してる。多分、Privateの満喫中にこの乱痴気パーティに巻き込まれたんでしょうよ。

──Hey」

∬メ´_ゝ`)「………」

女保安官は反論ができず言い淀み、他の三人の動きも止まる。間髪入れず、アリサさんは視線を阿音に向ける。

「貴女、その服装見る限りJSDFの関係者でしょ?あくまで推測だけど、ムラクモの“修理”には専用の設備が必要だし、戦闘力を上げるならそもそももっと充実した装備を用意しなきゃならない………ってコトで間違いないかしら?」
284 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:08:22.21 ID:eAQesrsX0
∬メ´_ゝ`)「…………。ええ、そうよ」

(…………上手いわね)

強引に話の腰を折って機先を制し、更に“関係者である第三者”の見解を交えることで自分の論を補強させた。しかもあえて私自身には話を振らないことで、「本人が休養を得るためいい加減に話を合わせている」という線も同時に消している。

完全に、アリサさんは西住さんから場の主導権を奪った。

∬メ´_ゝ`)「厳密には私も陸自だからそこまで詳細には開示されてないけど、艦娘の修繕・治療は特殊な修復剤を用いた“入渠”という行為が必要で、艤装の着脱や変更についても鎮守府内における専門施設で行われているわ。

少なくとも、この陣地内で彼女を著しく回復させる方法は多分ないわね。強いて言うなら、少しでも精神的に安んじさせて上げるのが一番」

「Thanks.

…………これで解ったでしょ?アンタたちがやってることは、Ticonderoga-classの装甲を頑張って素手で捏ねてるのと同じぐらい非効率的なことなの。寧ろムラクモからしたら、ちょっとでも身動ぎしたら吹っ飛ばしかねない連中が手足に纏わりついてるような状況よ?身体どころか心さえ休まらないと思わない?」

「た、確かに………」

「ごめんなさい叢雲さん!私達、艦娘について無知すぎた!」

「え、ええ。別に構わないわ、善意でやってくれていたのは解ってるし」

「……………」

機銃掃射のごとく淀みないアリサさんの論陣で、我に返った面々は謝罪の言葉を残して次々と私の傍から離れる。
“拘束”から開放される私を見る西住さんが一体内心で何を思っているのかは………正直言って、私には窺い知ることができなかった。

「............ By the way, Self-Defense officer, what is your name?

(ところで、自衛官さん。貴女の名前を伺ってもいいかしら?)」

∬メ´_ゝ`)「My name is Ane-Sasuga.

I belong to the Japan Ground Self-Defense Force and my rank is 2nd Lieutenant. Nice to meet you.

(私の名前は流石阿音。日本陸上自衛隊所属の2等陸尉よ。以後よろしく)」

「「「…………………!!?」」」

唐突に、アリサさんは英語で話し始める。阿音は即座に対応したけど、周囲の面々は驚愕のあまり僅かに後退った。

まぁアリサさんの出身校と自衛隊という組織における語学力の重要性を考えれば決して不思議な光景じゃないんだけど……日本人という人種の英語耐性の無さを考えると、突然予期せぬ形で会話が発生したのだから無理のない反応かしらね。
285 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:10:08.11 ID:eAQesrsX0
「I am sorry for all the rudeness earlier. I'd like to ask you a question in English because I don't really want everyone to hear it... is that a problem?

(さっきは色々礼を失したわ、ごめんなさい。周りの連中にあんまり聞かせたくない内容だから英語で会話させてほしいんだけど……不便かしら?)」

∬メ´_ゝ`)「No problem.

(ええ、大丈夫)」

「Thanks. ...... Uh, I just wanted to get your honest opinion on how things were going on the ship.

(ありがとう。……あー、率直な意見を聞かせて頂戴、艦内の状況はどうだった?)」

∬;メ´_ゝ`)「Well, if I may be so bold as to say so, it was hell. It was Raccoon City, and to be honest, if Murakumo hadn't been there, I would have been dead by now.

(まぁ、気を使わずに言わせてもらうなら地獄だったわねぇ。まんまラクーンシティだったもの、正直叢雲がいてくれなかったら今頃生きてないと思う)」

「OK, I understand. .......... Damn, that's what I would have done. I'll take you to the water station anyway, I want you both to get a good rest.

Murakumo, do you understand English?

(オーケー、理解したわ。…………畜生、そりゃあそうなるわよね。とりあえず給水所に案内するわ、二人共しっかり休んで欲しいし。

叢雲、貴女は英語解る?)」

「......... Yes. I understand the conversation you guys have had so far.

(………ええ。ここまでの貴女たちの会話も理解できてる)」

「That's fine. Well, you two, come with me. I'm sorry it's not ice cold, but I can give each of you a bottle anyway. I'd like to call the sheriff who was riding in the tank with us earlier if I can...

(そりゃケッコーね。じゃあ二人共着いてきて。キンキンに冷えたやつじゃなくて申し訳ないけど、とりあえず1人一本は渡せるわ。さっき一緒に戦車に乗ってた保安官も呼んで──)」

「Um, excuse me, Alisa?

(あの、ごめんなさいアリサさん)」

「………………What? Nishizumi.

(………………一体何かしら?ニシズミサン)」

「The decision to rest itself is correct in my opinion as well. However, with the possibility of another attack by Deep One in the next few seconds, it is imperative that we share and coordinate our operational policies. May I ask for a moment of your time so that I can finish quickly?

(お二人に休養してもらいたいのは私も山々です。ですが深海棲艦はまた直ぐにでも襲ってくるかもしれませんし、その際に防衛戦の意思疎通に支障が出れば致命傷になりかねません。手短に終わらせるので、お時間をいただいてもよろしいですか?)」
286 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:14:31.03 ID:eAQesrsX0
………考えてみたら、西住流という戦車道の中でも名門中の名門をルーツとし、元よりその才覚は高く評価されていた身だ。“国際的なデビュー”を見越して、そうした教育についても力を入れられていた可能性は十分に考えられる。確か姉の西住まほさんは、実際にドイツへの留学経験もあったはずよね。

ただそうした面を考慮に入れても尚、彼女の「流暢さ」に対する驚きは収まらない。何度か作戦を共にしたアメリカ艦や米海兵隊、或いはウチのウォースパイトなんかの英語と比べても違和感は殆どなかった。

「Yes, your impatience certainly has a point.

(まっ、アンタの言い分も確かに一理はあるわね)」

アリサさんも、一瞬目を見開き驚きを露わにする。それでも、すぐに立て直して彼女は反撃に転じる。

「But think about it. If the Deep Ones were to attack again, and if that huge army were to come again, we could certainly get an indication of it before it happened. For example, if we had to "dress up" a bit to get Murakumo to come back from her break, do you think it would take hours, like a madam with heavy make-up?

Five or ten minutes, we can work it out. Then again, the raid might start in a minute, so it would be reasonable to use that minute for a precious break. Am I wrong?

(だけど考えてみて。深海連中がもう一度攻勢をかけてくるとして、あの大軍勢が再度押し寄せるなら確実にその兆候は事前に掴めるわ。例えば叢雲に休憩から戻ってもらう時多少の“おめかし”が必要だったとして、若作りに必死なクソババアよろしく何時間もかかると思う?

5分や10分なら、アタシ達で充分捻り出せる。ならばそれこそ、1分後には襲撃が始まるかもしれないのだからその1分を貴重な休憩に使うのは合理的判断ってやつよ。何か間違ってる?)」

「......... Unforeseen circumstances may arise. For example, new deep ones may appear. For example, a "humanoid" could come directly into this camp. For example, stray bullets may fly in during an artillery battle with the mainland. It is not a waste of time to share information in preparation for such a situation.

(………不測の事態が発生する可能性があります。例えば、新たな個体が出現する可能性。例えば、“ヒト型”がこの陣地に直接乗り込んでくる可能性。例えば、本土との砲撃戦に際して流れ弾が飛んでくる可能性。そうした事態に備えて、今の内に情報を共有しておくことは決して無駄じゃありません)」

「No, it's useless. I can assure you. Nishizumi, is your plan flexible enough to be implemented without any problem after just a few minutes' discussion in advance when such a "contingency" arises?

(いいや、無駄ね。断言してやるわ。ニシズミ、アンタが考えている作戦計画は、その“不測の事態”とやらが起きた時にたかが数分事前に打ち合わせた程度で問題なく実行に移するほど柔軟性に富んでるのかしら?)」

「We are standing on the assumption that some vertical depth is anticipated, hence .........!

(元々ある程度の縦深は見越した上で立てています、ですから………!)」

「I wonder if it's deep enough to fill a situation where you have to confront a "humanoid" who jumps into the water with one fully wounded KANMUSU and a clunky old competition model tank.

(その縦深とやらが飛び込んできた“ヒト型”に満身創痍の艦娘1人とポンコツ旧式競技用モデルの戦車で立ち向かわなきゃいけない状況を埋められるほどの深さであることを願って止まないわ)」

「……………!」

「Nishizumi, I understand your talent. I can't explain your impatience to ............ reason, but I understand your impatience itself.

But that's why I dare to say this. Calm down.

This is not only about you, but about most of the people in this camp.

(ニシズミ、アンタの才能は解る。アンタの焦りも…………理由までは無理だけど、焦ってる事自体は解る。

でも、だからこそ敢えて言うわ。落ち着いて。

これはアンタだけじゃない、この陣地にいる大半の連中に共通する話よ)」

「…………………………」

「I'm not stupid, but to be honest, my brain is still far behind yours. I am sure that you can see and think through things that I can't even imagine. I'm sure you can see and think through things that I can't even imagine.

...... But you know what, I've got a woman's "gut feeling" that's completely defeated by you. ............I'm not sure how much I'm going to be able to do with this.

(バカじゃないつもりだけど、オツムの出来はアンタに完敗してる。きっと、アタシが思い及ばないところまでアンタには見えて、考え抜いてもいるんでしょうよ。

……でもね、アタシの“勘”だけど………マズイことになる気がするわ、このままだと)」

そこまで言い切って、アリサさんは私と阿音を促しながら背を向ける。言葉も態度もぶっきらぼうだったけど、背けた顔には心の底から西住さんを心配する表情が浮かんでいる。
287 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/07/29(月) 23:16:13.09 ID:eAQesrsX0
.




「………………………………………」

だけど、そんなアリサさんに視線を送る西住さんの表情は能面のような“無”であり、

「(英語のやり取りだからよく解んなかったけど………今アリサちゃん、西住さんの指示を蹴ったってこと?)」

「(雰囲気的には、多分………)」

「(はあ!?パニクってるのかもしれないけど、この非常時に何考えてるのよ……!)」

その周りから飛んでくる視線や小声での会話は、お世辞にも好意的なものとは思えなかった。



.
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/07/30(火) 11:50:20.51 ID:dYw+n8780
投下おつです
善意で舗装されようが、悪意に引き摺られようが
ここからは地獄への一本道ですね
289 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/01(木) 23:54:54.67 ID:5POtTtSP0
西住さんの視線にも、それを取り巻く保安官や衛生班の囁きにも、どちらも恐らく気づいている筈。アリサさんはその中を、怯むことなく肩で風を切り堂々と去っていく。

「………、………………、〜〜〜〜〜っ!!!」

ただしその歩調は、西住さん達から離れるにつれて加速する。7、8メートル離れたところで大股に、15メートル程になると小走りに近くなり、視線が完全に切れたところでほぼほぼ“疾走”と表現していい速度になる。

イヤ私と阿音の疲労回復云々はどこいったのよ。

「─────ぶぁはぁっ!!!」

そうして格納庫の裏手にある給水所と思わしき場所──と言っても、単に様々な飲料水が乱雑に置かれてるというだけの代物だけど──まで来たところで、アリサさんは大きく息を一つ吐いて先程までの機動保安隊よろしく地面に膝から崩れ落ちた。

さっきの論戦、余程心理的な負担が凄まじかったみたいね。ほんの1分ほどの移動なのに、ウチの司令官から初訓練を施された直後の新入り艦娘並に全身汗だくだわ。
両手両足は地面に大の字状態で放り出されており、戦車道の理念に基づくなら恐らく何れの国及び地域の文化思想に照らし合わせても“淑女”たる姿からはかけ離れているでしょうね。

∬メ´_ゝ`)「Is it safe to speak Japanese now?

(もう日本語で話しても問題ないかしら?)」

「………Suit yourself, asshole.

(…………勝手にしなさいよクソッタレ)」

∬メ´_ゝ`)「ありがとう。いやー見応えがあったわねアリサちゃん。差し詰め諸葛孔明の赤壁開戦を促す大論陣?

或いは、主君・小寺政職に織田信長への恭順を解く黒田官兵衛孝高?

貴女の学校に合った喩えならベンジャミン=フランクリンの独立戦争支援建付けの方がしっくりくるかしら?」

「フランクリンなんて当時のフランス社交界で上流階級のお姉様方を片っ端から虜にした合衆国史を代表する陽キャじゃないのよ、アタシみたいなバリバリのナードじゃ不適格にも程があるっての…………嗚呼もう!!!」

ここで、メンタル面においてもアリサさんは限界を迎えたらしい。伸ばしていた手足を激しくバタつかせながら、ほぼ涙目で捲し立て始める。

「自覚あったわよぉ自分が陰険でヘタレなナードの立ち位置だって事ぐらいぃ!少しでもケイさんやナオミの役にちゃんと立ちたいからって反則技カマそうとした挙げ句看破されて利用されて返り討ちに合うなんてムーヴする女、主役どころかピーター=パーカーの親友役だって務まりゃしない!!戦車道界におけるヒロインはどう見たってニシズミであってアンコウチームだわ!!

ええ解ってましたともこんな女にタカシが振り向くわけ無いなんてさ!なのに何で今更こんな役回り回って来んのよぉ!!

ホント勘弁してよ、タケベとかアキヤマとかカドタニとかサワとか、“ヒロイン”の支え役なんて幾らでも何人でも適役いたじゃないの!!何でアタシだ!?この学園に潜入したから!?今すぐ一日巻き戻しなさい昨日密航準備してた自分の顔面に一発食らわせてやるわバーーーーーーーカ!!!!!」
290 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/01(木) 23:57:31.88 ID:5POtTtSP0
…………さっきの“大論陣”の前にも色々と積み重ねがあったらしい。壊れ方の激しさも然ることながら、言ってる内容の意味不明ぶりがウチの司令官とタメ張れるレベルだわ。

そう言えば、アリサさんに想い人がいるってのは割とこの界隈じゃ有名な話ね。恐らく“タカシ”とやらがその相手なのでしょう。
例の全国戦車道大会における西住さん達に対しての無線傍受の件とコレが合わさり、屈指の名門校においてフラッグ車を任されるほどの腕前を持ちながら彼女の人気は少なくともウェブ上の関連ニュースなんかを見る限り決して高いとは言い難い。

反則云々はともかく、女子学生が同年代の男の子に懸想するという極自然な現象に対して目くじら立ててる連中って何なのかしら。男女問わず気色悪いったらないわ。

とりあえず、アリサさんからのアプローチを片思いに甘んじさせてるタカシとやらに相当見る目がないことだけは確かみたい。
西住さんとあそこまで渡り合えるような才女から言い寄られたら、寧ろこっちから頭下げてでも“お付き合い”すべきだと思うけど。

「…………アレ?」

一通り悶え喚いたところで、アリサさんはハタと動きを止める。彼女は僅かに身を起こし、不思議そうに阿音を見上げた。

「そう言えば、私自己紹介なんてしたっけ?ニシズミも別にアタシがサンダース大附属だとかは言ってなかったと思うケド」

∬メ´_ゝ`)「あら、知らなかった?貴女の知名度、自衛隊や在日米軍なんかじゃべらぼうに高いわよ。それこそ西住家姉妹、島田家長女に次ぐぐらい」

対する阿音は、ちょっと驚いたように眉根を上げながら答える。

∬メ´_ゝ`)「気球通しての無線傍受なんて真似を先ず実行できる事自体女子高生離れしてるし、その上で大洗女子学園側の戦術ほぼ把握できる精度だったんでしょ?並の技術じゃないもの、そりゃあ一目置くわよ。

ルール違反やらの辺りは、隊長さんの性格考えるに十分絞られてるだろうから今更部外者がどうこう言うものでもないわ」
291 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/02(金) 00:00:33.66 ID:Aw4fNQD/0
「……因みに、海自や鎮守府関係者の間でもなかなか有名よ、アリサさんは」

さり気なく阿音から行われた目配せの意味を察知し、私も後を受けて便乗する。

……まっ、今し方助けて貰った恩があるからメンタルケアぐらいは吝かじゃないわ。それに、別段嘘はつかないし。

「理由は概ね阿音が言ってた通り技術面での評価だけど、他に【大鍋(カルドロン)】を見た人も結構いるわよ。

ウチの鎮守府でも、私含めて何人か【大鍋】でアリサさんの事を知ってる艦娘はいるもの」

筆頭例は明石ね。元々は“鬼”が使ってたあのイカれた性能の小型戦車にご執心だったけれど、関連してアリサさんの事を知ってからはたまに会話の流れで名前が出てくるようになった。
生粋の技術屋(マッド・サイエンティスト)として、未だ女子高生でありながら高い技術水準を見せたアリサさんはしっかりロックオンされたらしい。

あとは、どうやらあのクソムカつく“技研”のセールスレディも注目している。別件で二度目(ナオルヨ!君を持ち込んだ時をカウントするなら実質三度目)の訪問の時、所属の人手不足を嘆きつつ彼女とレオポンさんチームを勧誘できないかと零していた。
あの時は恥ずかしかったわね。私ったら、レオポンさんチームの名前が出た瞬間動揺のあまり手が滑って、あの女が“別件”として持ってきていた最新鋭の白兵戦闘用超硬質ブレイドを思わず叩き折ってしまったもの。

生憎あの時のアイツは着替えを持ってきてなかったから、残りの滞在時間中をずっと半ベソで過ごしてから帰ったわ。

「……………………………………ふーーーーん」

一通り私と阿音から話を聞き終えたアリサさんは、完全に起き上がるとあらぬ方向に視線を向ける。……腕を組んで胡座をかき如何にも気にしていませんという素振りを見せてはいるものの、垂れ目からはフニャリと力が抜け、口元は綻び、頬から鼻周りにかけて軽く赤みが差している。

「まぁ別に?自衛隊や艦娘に知られてるからってそれが何って話よね?関係ないというか、ねぇ?いやまぁ嫌われてるよりは評価してもらってる方が嬉しいけれど?でもその………ありがとう……というか……」

(あらかわいい)

∬メ´_ゝ`)「あらかわいい」

タカシだっけ?フルネームも顔も知らないけれど、改めて言うわ。

マジで女を見る目無いわよアンタ。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/08/02(金) 13:05:42.60 ID:mbtn+/ec0
更新おつです
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/08/05(月) 01:28:32.82 ID:jCyH7wwuo
続き来てた!また楽しみに待ってます!
294 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 21:56:19.71 ID:A23xFse80
……さて。

和気藹々とした“ガールズトーク”で緊張はほぐれ、僅かな時間だけどそれこそしっかりまともな休息を取ることができた。

それじゃ、憩いの時間は終わり。仕事を再開しなくちゃね。

∬メ´_ゝ`)「で、アリサちゃん。西住家の御息女様は、一体全体何を“やらかそう”としてるのかしら?」

「あーー…………まぁ、やっぱりソコはツッコまれるわよねぇ」

トロトロに崩れていたアリサさんの表情が一転して引き締まり、細められた眼に宿る光が暗く陰を帯びたものに変わる。とはいえ、さっきの状態でこの話に移行すればそもそも会話になるかも怪しいほどの錯乱に繋がったでしょうから、やはり“メンタルケア”を間に挟んだのは正解だった。

ま、別に私自身や私周りのアリサさんに対する評価は嘘偽りなかったけどね。タカシとやらの審美眼についても、直接口にこそ出してないけど割と本音だし。

「でも、“やらかそうと”ってのは流石に言い過ぎなんじゃないかしら?この防衛陣地に奴らが雪崩込んできたら待っているのは死、そりゃあ多少の気負いはあるでしょうし、指揮は全力で取るわ。

……それをHigh School girlが先陣切ってやってるってのはまぁ異様かもしれないけど、でもニシズミの才能を考えれば摩訶不思議って程じゃない」

∬メ´_ゝ`)「確かにねぇ。ただアリサちゃん、私達の論点は実はソコじゃないのよ」

阿音の口調は飄々としたもので、浮かべているのは優しげな微笑み。だけどその目は笑っておらず、奥でよく研がれた刃のように眼光が煌めいている。

└(;*・ー・*)┘

で、いつの間にやら合流した鈴は、口を真一文字に引き結び脇に開けたばかりのアクエリアスのボトルを置いて正座状態で待機してる。
イヤなんでアリサさんは阿音に真っ向から向かい合えてるのにアンタが気圧されてるのよ。四捨五入したらSATみたいなもんでしょうに。

∬メ´_ゝ`)「西住さんが防衛指揮を取っていること、それ自体には私達も異論はない。勿論、本当はあっちゃいけないことだし、防げなかったのは我ながら情けないけどね。

だけどその後の行動が、“防衛”という目的に対して違和感しか無いのよ。

仮に西住さんの中にある目的が“防衛”であるなら、何故撤退直後から衛生班を乗り込ませてまで負傷者の回復を急がせる必要があったのかしら?

そして何故、私や叢雲の勧誘をするにあたって、あんなにも回りくどく話し出す必要があったのかしら?それも、あそこまで強い“圧”を作ってまで」
295 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/07(水) 21:57:45.23 ID:A23xFse80
そう。私の“勘”が激しく打ち鳴らした警鐘も、冷静に辿れば異様なまでの士気の高さ以外で出所は今阿音が指摘した内容だ。

西住さんがこの陣地の指揮官に“なってしまった”ことは、最早やむを得ない。自身の無力さに悔いと苛立ちはあっても、周りであれ本人であれ取った選択肢そのものに目くじらを立てるのはただの八つ当たりよ。

一介の女子学生でしかない本人はともかく、周りの“大人”は止めるべきだった。……なんてことをしたり顔でほざく「専門家」は後を絶たないでしょうけど、「現場の人間」から言わせて貰えばそんなもんは無責任極まりない傍観者の結果論でしか無いわ。
この前代未聞にも程がある異常事態において何が正解かなんて、ロマさんやあの深海魚首相でもたどり着けるか怪しいものね。

何なら、私自身の“お気持ち”と倫理観というフィルターを取っ払ってみた場合、諸々の事情を鑑みればこれこそが最適解だったかもしれないぐらい。結果がついてきてしまっているから尚更に。

……だからこそ。防衛戦が“成功”しているからこそ。

そこに自分で綻びを作りかねない手を次々と打つ彼女の姿が、気にかかる。

「本当に正直な話をすると、私達をわざわざ陣地から突貫してまで救出したところから軽く疑問ではあるのよ、助けて貰った身で言うのも烏滸がましい話ではあるけどね。

………だって西住さんは、誰よりも彼女自身が“指揮官不在の集団”の脆さを知っている筈だから」

艦娘、自衛官、機動保安隊の生き残りを確保できたなら防衛戦力の大幅な増強でしょうし、それこそ指揮官を“武道を嗜んでいるだけの女子高生”から“深海棲艦退治の専門家”或いは“軍事組織の尉官”に変えられる。
そう考えると一見理解できなくはないけれど、仮に間に合わなければ、仮にそもそも追われていた人員がただの一般人でしかなければ、といったリスクは避けられない。

もしこの防衛陣地が殆ど西住さん一人によって持ちこたえていたのだとしたら、艦娘や自衛官の存在が不確定の状態で指揮官自らが救援に打って出るのは博打として分が悪すぎるように感じるわ。

まぁそこが西住さん自身の並外れた慧眼によって私達の構成を──少なくとも艦娘が含まれていることを──確信した結果だとしても、では“その後”は?

「それでも、私たちを救援したことは“防衛”を主軸で考えた場合でも無理やり理由付けができる。

だけど、阿音が指摘した二点はどうしても矛盾が出てくるわ」
296 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 21:59:18.02 ID:A23xFse80
先ず前者、負傷者の回復。確かに陣地の戦闘人員が潤沢とは言い難いことは理解できるけど、それでも明確に予備兵力と呼べる存在はいる。西住さんがチ級にハッタリかます際に“門”付近で待機させた、50人ほどの集団がソレだ。
負傷者・戦闘不能者の人数は見たところせいぜい20人前後、しかも重篤者は殆どいなかった。

防衛体制を整えるだけなら、これらを入れ替えれば済むはず。わざわざ非戦闘員をこっちから投入してまで急ピッチで治療させる意味合いは、限りなく薄い。
寧ろその只中に突然チ級が乗り込んできたり【暴徒】や【寄生体】が紛れ込み侵入していれば、混乱はより拡大する。あの時点における再襲撃の可能性が何処まで0に近くとも、“防衛”に当たって余分な動きを挟む理由にはならない筈だ。

そして、後者。

艦娘・叢雲は、深海棲艦殲滅のプロフェッショナル。自衛官・流石阿音は、国防と戦闘を専門とする公務員。もしも西住さんが考えていることが“防衛”であり、かつ“指揮権の移乗”が目的の内に入っていたとしたら、彼女はただ一言口にすればソレで済んだわ。

助けてくださいって。

少なくとも私が知る限り、彼女は意志の強さは極め付きだけどプライドや自惚れは皆無に近い。例えば功名心や自己承認欲求から“目立ちたがり”で指揮権を維持しようという動きは幾らなんでも考えづらい。

故に、西住さん自身が何かしらの明確な“目的”に基づき敢えてそうした、という結論にたどり着く。

∬メ´_ゝ`)「で、其の“目的”は、私や叢雲に素直に話したら却下されるモノである可能性が高い。指揮権を私達に譲渡したら実行されないモノであると認識している。

だから、素直に“依頼”せず“巻き込もう”とした。それもわざわざ、叢雲が逃げることも断ることも極めて難しくなる環境を見極めながら」

ここまで来ると、保安官達による“善意の拘束”も恐らく西住さんの差し金よね。陣地内で彼女が絶対の信頼を勝ち取っているとしたら、単純に私の行動を制限できるだけじゃなく彼女の“要望”を雰囲気で、或いは直接後押ししてくれる人員を直ぐ側に複数人用意できるんだもの。

……末恐ろしいどころの話じゃないわね。謀略、戦術眼、カリスマ性、汎ゆる物が武道云々の域を超えて既に一級品。

ソレが今この瞬間、正しい方向で使われているかは別にして。
297 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:02:13.79 ID:A23xFse80
「………OK!」

アリサさんは瞑目し俯きながら、私と阿音が代る代る口にする“推理”を聞いていた。やがてこちらが語り終わると、大きく笑みを浮かべ瞳を見開き、ハタと両膝を打つ。

└(*゚ヮ゚*)┘〜゚

因みに鈴は、漫画やアニメなら頭から煙を吹いてそうな表情で座っている。しっかりなさい。

「安心した、ちゃんと“頼れる専門家”が来てくれたみたいね。

これで心置きなく言えるわ、Thank you」

∬メ;´_ゝ`)「………!」

「………………」

アリサさんからの予想外の言葉に、思わず私は阿音と顔を見合わせる。
この子、要は私達が西住さんに良いように使われてしまうようなタマじゃないか試したってわけ?

呆れた、さも悲しき凡人みたいな顔でさっきは嘆いてたけど、アナタ十分“アッチ側”に片足突っ込んでるじゃない。

「……………大人をからかうのはいい趣味とは言えないわよ、アリサ」

なら、もう“さん付”は必要ないわね。少なくともこの場においては私達と対等だもの、この子。

「さっき逆に助けて貰った恩でトントンと見てあげるけど、この緊急時だから尚の事いい気分にはならないわ」

「Sorry,もうやらないわよ。………まぁでも、見たでしょ?あの雰囲気。正直もうなりふり構ってる暇が無くなってきてるのよ」

∬メ´_ゝ`)「映画【ミスト】のMrs.カーモディ及びその信者達、みたいなヤバい感じは確かに出つつあったわよねぇ。滅多刺しの末外に放り出される役回りだけは御免被りたいところだけど」

「Self-Defense-Forceが【アローヘッド計画】に携わってないことを願うしかないわね………尤も、ニシズミがカーモディの役割で留まってくれるならどんなにいいかしら」

「…………………どういう意味?」

私も(不本意ながら)司令官の影響で幾らか映画への知見はある。【ミスト】のカーモディといえば、作中での異常事態を黙示録による終末と捉え避難民を先導し、挙げ句その終末を“生贄”によって回避させようとした狂信ババアよ。
保安官ら大人連中ですら精神的に依存させて場を仕切るという現状がカーモディを彷彿とさせる、という言い分はまぁ理解できるけど……ソレより更に悪いってこと?

「カーモディは確かにイカれだったけど、少なくともあのババアの暴走は“モールの中”で完結してたでしょ?」

そう言いながら、アリサは立ち上がり格納庫の壁にもたれ掛かる。

吐き捨てるような口調とは裏腹に、その目元には焦りと、苛立ちと……………そして、深い悲しみが浮かんでいるように見えた。
298 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:05:37.90 ID:A23xFse80
「ねえムラクモ、サスガ二等陸尉殿。貴女達はニシズミが“ナニカをやらかそうとしてる”事までは察したけど、恐らくその度合を見誤ってるわ。

嗚呼、別に責めてるわけじゃないのよ?だって、一介の女子高生が自発的に並み居るモンスター共と渡り合って制圧された学園艦を“奪還”しようだなんて、ハリウッド映画の脚本並みに十分ブッ飛んでるもの」

「……ええ、そうね。私も、多分阿音も“ソコ”がたどり着いた結論だったわ」

∬メ;´_ゝ`)「さっき挙げたツッコミどころも、防戦じゃなくて“攻勢”の準備としてみた場合大分違和感がなくなるしね……でも、西住さんの目的はソレじゃないってこと?」

「アンタらの回答が零点とは言わないわ。実際、ニシズミ自身オオアライの連中のことはちゃんと助けたいと思ってるし、だからこそこの学園を“奪還”しようとも思ってる。

…………ただ、アイツにとって今それはあくまで通過点なのよ。

勿論、100%そうと断言はしない、だけど───」








.
299 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:09:01.98 ID:A23xFse80
.






「───恐らくあの子は………西住みほは、このオオアライに現れた深海棲艦を“殲滅”しようとしてるわ。

それも本土の自衛隊や艦娘を呼び込んでじゃない、ほぼこの学園艦の中の戦力だけで、それを成し遂げたがっている。

………まぁ、アタシの“勘”だけどね」
300 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 22:18:13.79 ID:A23xFse80
.






熱狂。言葉の意味は当然知っているし、イメージも野球やサッカー、あとはオリンピック代表選手の応援団辺りを見れば容易く付く。

何なら、その当事者になったことすらある。

戦車道全国大会の制覇に、続く大学選抜との試合での劇的な勝利。あの時は紛れもなく、私達は熱狂の渦の中心だった。

(……いや、厳密に言えば中心はあくまで西住さんだったな)

ただ、其の余波だけでも凄まじかったことは間違いない。ファンレターは一時(………性別を問わず)ほぼ毎日段ボール数十個の単位で届いていたし、特にスポーツ紙系のマスコミ関係者は入れ代わり立ち代わり学園艦に詰めかけた。
観光客の人数は最早例年とまともな比較ができない程で、商業区はほんの数週間でスカスカだったテナントが全て埋まり学園首脳部及び茨城県庁を大いに高笑いさせたという。

宇津木さんや沙織、河嶋先輩なんかは明らかに浮足立っていたな。カバさんチームの面々も、平静を装っていたが取材には嬉々として答えていた。
………私からすればありがた迷惑も良いところの乱痴気騒ぎだったが。

熱し、狂う。本当に、あの有り様はこの単語にピッタリと一致していた。夏休みの終わり頃にようやく沈静化の兆しが見えた時には心底ホッとして、二度とこんな渦の中には入りたくないと心底願ったものだ。








───だが、私のそんな細やかな願いも虚しく。

「聞いたか、深海棲艦をまた押し返したって……!」

「しかも艦娘と自衛隊員を救出してバリケードの中に呼び込んだんだってさ!」

「すげぇ、ホントに“軍神”じゃん!!」

「わ、私達、助かるの………?」

「きっと大丈夫だよ、西住さんが助けてくれるって!!!」

今格納庫の中は、あの時を遥かに凌ぐ“熱狂”で満ちていた。
301 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/07(水) 22:23:10.19 ID:oOsw4SQ90
本校舎の高等部及び中等部女生徒を中心に、観光客や一般居住者、教員など、数にして400人に少し届かない程度。これは“地表”部分にいる人数で、本来弾薬や予備部品をしまう地下の収納スペースに、まだ小さな子供やお年寄りの人、傷病者等100人ほど。

恐らくはその全員が、今し方保安官の一人がもたらした“【暴徒】及び深海棲艦の撃退”という報告に沸き立った。

格納庫自体が、物理的に揺れているように思えるほどの歓声。比較的気力・体力が残っている一部女子生徒や男性教諭なんかは、立ちあがって舞い踊らんばかりに歓喜を爆発させている。

「既に艦娘・叢雲の治療と戦力の再編は始まってる!

機動保安隊及び駐在保安官各位は武器点検急げ!

また、西住さん主導のもと学園艦奪還に向けて【ガッツン作戦】の準備が進んでいる、医療・国防職経験者或いは銃火器関係の資格取得者は協力を願いたい!」

「あ、私中学から高校にかけてタンカスロンのクラブに入ってました!整備関係手伝えます!」

「俺は猟友会だ!実際にクマも撃ったことあるぜ!」

「本土の非常勤医です!衛生班の手伝いに入ります!」

報せを持ち込んだ保安官もまた興奮気味に庫内へ呼びかけ、応じて挙手した人々が我先にと格納庫の外へ駆け出していく。

逃げ込んできた直後からは、すっかり様変わりしている。通夜のようななんて表現すら生温い、あと一つきっかけがあれば集団自殺が始まるんじゃないかと思えるような雰囲気はどこかに吹き飛ばされ、立ち働く人も待つ人も、皆が皆希望に溢れた表情だ。

(………………。喜ばしいこと、の、筈………なのだが)

どうしてか、さっきから胸騒ぎが止まらない。
302 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 23:05:04.66 ID:A23xFse80
深海棲艦を押し返した、バリケードの内側に立て籠もって以降は殆ど犠牲者は出ていない、おまけに艦娘と自衛官までやってきて救助の目処も立ったかもしれない。武器弾薬の問題など不安要素も勿論あるけど、少なくとも現時点まで状況は好転の一途を辿っている。
特に西住さんが本格的に指揮を取り始めてからは、それはとても顕著だ。

なのに、私の胸の中は明るくなるどころか、益々激しく不安を訴える。まるで後ろから得体のしれない何かに追いかけられているかのように、まるで手探りで進む暗い道の先が断崖絶壁であるかのように。

その感覚は、両親と最期の喧嘩をした時に………2人が、永遠に帰ってこなくなってしまった日のものと奇妙なまでに似通っていた。

「…………………なぁ、沙織」
「麻子」

どうしようもなくなって、隣で無線機械と格闘していた沙織に声を掛ける。けど、沙織は食い気味にこちらの台詞を遮った。

「きっと、大丈夫だから。………みぽりんは、大丈夫だから」

決して、私に向けての返事ではない。多分、沙織が自分自身に言い含めているんだろう。だけどその響きは酷く空虚で、繰り返せば繰り返す分だけ、沙織の中で不安が大きくなっているような気がした。

(……………………)

改めて、周りを見回す。格納庫を隅から隅まで満たす“熱狂”の中には、幾つもの見知った顔がある。

「──ええ、とりあえず生徒会としても西住さんには全面的に協力します。現在衛生班に参加している生徒の皆さんは、引き続き医療スペースの拡充を………」

五十鈴さんは、生徒会長としての勤めを全うしようと矢継ぎ早に指示を出している。凛とした姿勢を崩してこそいないが、時折その視線は、物憂げに格納庫の“外”へと向けられる。

「………真田丸で徳川軍を押し返した真田信繁、ってところか?」

「蝦夷へと敗走していく過程で宇都宮城を落とした土方歳三……はしっくりこないぜよ」

「テルモピュライのスパルタ軍………だめだ、どれも玉砕してしまう」

「…………やめよう、縁起でもない」

カバさんチームの四人は“いつものやり取り”をしようとしていたが覇気もキレもなく、最期にはエルヴィンこと松本さんの一声で全員が黙り込んでしまった。

「隊長…………」
「大丈夫だよ梓、西住先輩なら…………」

ウサギさんチームの澤さんは膝を抱えて塞ぎ込む。その横では山郷さんが懸命に元気づけようとしつつ、そんな彼女も今にも泣き出しそうに瞳を潤ませている。

「何にもできないにゃ……私達………」
「仕方ないピヨ………」
「一般人の限界モモ……」

アリクイさんチームの3人も、その隣で無力さに打ちのめされ座り込んでいる。

「砲弾の運搬はこちらです!新たな機銃の設置位置はアリサ殿から伝達を受けています故そちらへ!!」

「他の予備パーツの点検もやっとこう!……西住さんが戦いに行くなら、せめて少しでもその安全を守らないと!」

「いい!?素人は却って邪魔になるから外には出ちゃダメよ!特に中等部は全員地下へ行きなさい!物資運搬は風紀委員まで、それ以外は中等部の子達や小さい子たちを見てあげて!!」

秋山さん、ナカジマさんら自動車部の面々、そど子達風紀委員は、各々駆けずり回って保安官や医療班と共に働いている。けれどその動きは、作業をするためではなく押し潰されそうなほど大きな不安から逃れるためであるように見えた。
303 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 23:20:46.35 ID:A23xFse80
周囲の“熱狂”とは裏腹に、戦車道チームの面々は誰一人として例外なく不安に苛まれていた。そしてその出所は、きっと全員が共通だろう。

(…………大丈夫だ。西住さんは、私達なんかより遥かに強い。だからきっと、大丈b)

『レイゼン、アンタが天才なのは知ってるけどその考え方は頭がいい“だけ”の奴の発想ね』

『独立ってのは響きこそ勇ましいけれど、裏返して言えば常に“孤立の危機”と隣り合わせ。依存先、従属先があるってのは、ある意味孤立とは無縁のぬるま湯なのよ』

「……………………っっ!!!」

言い聞かせようと、思い込もうとした矢先、何故か、ブーン先生の授業の中でアリサさんから言われた言葉がフラッシュバックする。

依存。今私達が西住さんに対してしていることは、依存以外の何だというのだろうか。

西住さんの隣に、今この瞬間、誰か一人でも立てているのだろうか。

「…………………ごめん、麻子。肩凝っちゃったから少しほぐしてくるね」

「…………………。ああ」

沙織の言葉に空返事をしつつ、不安と迷いは益々深くなっていく。

(このままでいいとは、思わない。だけど私に、私達にできることなんて────)













《────おっ!!!》
304 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/07(水) 23:24:13.24 ID:oOsw4SQ90
.


「……………………!!!?!?」

一瞬、無線機から声が。

聞き覚えのある、親しみやすい、独特の語尾をした男の声が聴こえた気がして、慌てて顔を上げて機器を操作する。


聞き間違いとは思いたくない。だけど、それきり無線機は、どれほどチャンネルを回そうと引き続き意味のない雑音だけを垂れ流すだけだった。



.
305 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/07(水) 23:29:13.20 ID:A23xFse80
.


.







『我々は勝利するであろう。イタリアとヨーロッパと世界に長い平和と正義の時代を齎す為に!

勇猛なるローマの男たちよ!武器を取り、君達の強さを、勇気を、価値を示そうではないか!

優雅なる女騎士の末裔たちよ!その身に流れる高貴なる先祖達の血を以て、偉大なる帝国の名を再び地中海に轟かせようではないか!!』
──1940年6月、ベニート=ムッソリーニによるヴェネツィア宮での宣戦布告演説より抜粋

『諸姉らには、誇り高き“Reich”を導く役割が今日この日より求められる!突き進むのだ、“Reich”の勝利のために!アーリア人の栄光のために!!

劣等なる共産主義者共の腐った納屋を、履帯で轢き潰し、ただ進め!!

エンド・ジークは諸姉らの鋼鉄の意志によって成されるのである!!』
──1942年6月、新規編成された戦車師団閲兵式におけるアドルフ=ヒトラーの演説より

『母なるロシアの大地より、毒を浄化せよ!!勇者たちが放つ雄叫びはシベリアの果まで轟き、戦乙女たちが巻き起こす鉄の暴風は薄汚いファシスト共を薙ぎ払うだろう!!

我らがソヴィエトはファシストを徹底的に懲罰する!奮起せよ、祖国の勝利のために!!』
──1942年11月、ウラヌス作戦発動に際してヨシフ=スターリンのラジオスピーチより

『今大西洋を超えて欧州には、血と狂気が満ちています。

今太平洋を超えて亜細亜には、侵略と破壊が満ちています。

我々は自由の旗手として、今一度立ち上がらなければなりません。合衆国民は、世界を覆う帝国主義の嵐に立ち向かわなければなりません。

合衆国軍の男性は銃と手榴弾を手に取り、女性は戦車を駆り、世界中で自由を求めて戦っています。

合衆国民の皆様、どうか今年が彼らにとって“良い年”となるよう、汎ゆる分野で協力してください』
──1943年1月、フランクリン=D=ルーズヴェルトによる新年挨拶より

『間もなく、諸君らをナチズムの圧政より解放する救いの手が差し伸べられる。カール帝の子らが、ヴィヴァンディエールを継ぎし者たちが、“自由”の上陸に伴い、その役目を全うすることを望もう』
──1944年9月、シャルル=ド=ゴールよりヴィシー・フランス内へ向けての秘密ラジオ放送より

『アジア、そしてヨーロッパにおける我々連合軍の苦境は、結局のところ“戦車道”の存在に集約される。第三帝国の機甲師団は欧州の大地において獰猛な肉食獣の如く我々を食い散らかし、大日本帝國の戦車団は太平洋の島々において強固な城壁の如く我々の前に立ち塞がってくる。

これはただの妄想に過ぎないが、もしも“戦車道”が無ければ、我々は本来既に「戦勝国」になっていたのではないかと思わずにいられない』
──1946年2月、ウィンストン=チャーチルが知人に宛てた手紙より




『米英軍ノ攻勢ガ尽キテ幾日、兵皆健勝ナリ。幾度ニモ渡ル勝利ト敵軍ノ海上ヘノ追落ニヨリ、自信ト覇気島内ニ満ツル。栗林忠道閣下ヘノ忠節皆厚ク、カノ方ノ下デ戦ヘル幸運ヲ噛ミ締メツツ、漏レ伝ワルインパールニオケル友軍ノ悪闘ブリニ涙ヲ禁ジ得ズ。

又、他方ニ転ズレバ、西住小峰中佐ノ戦ブリタルヤ之正二古今無双也。慧眼ト勇猛ニテ、栗林閣下ノ信厚ク、敵ヲ屠ル事鴨撃チノ如シ。

撃テバ必中護リハ固ク、進厶姿ハ乱レ無シ。

正二鬼神軍神ノ類也』
──硫黄島にて回収された、大日本帝國軍士官のものと思われる手記より。筆者及び執筆時期不明、恐らく1946年中と推定
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/08/09(金) 02:59:49.11 ID:nF6IEOyj0
更新、お待ちしてました
頑張って下さい
307 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2024/08/19(月) 23:41:22.32 ID:G3J+e0ts0
.






一口に先生と言っても、その内容は色々だ。

お医者さんはよく先生と呼ばれるし、師匠と書いて“せんせい”と読むケースも有る。塾の先生は大学生の内からアルバイトでなれるが、大半の教育機関の先生、所謂学校教諭は教員免許が無ければ教壇に立つことができない。

更にこの最も一般的な“先生”でも、小中高か、私立か公立か、担当学科・教科は何か等によってそのあり方が大きく変わる。

………あとは政治家も偶に先生って言われてるね。あの人種の中でそう呼ぶに足る存在が何人いるかは甚だ疑問だけど。

で、まぁ、僕が何故こんなにも“教師観”について滔々と語っているのかというと。

(メメ;^ω^)「う゛〜〜〜〜〜〜ん゛…………………」

幾ら“先生”だからって、バリッッッバリの文系教科担当に無線機の修理なんて任せるのはどうなんだろうかって、ふと思ったんだ。

いや全然?怒ってるとかじゃあないよ?ただあくまで、“適材適所”の検討が不十分と言わざるを得ない安易な役割分担に疑義を呈してるだけでさ。
308 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/19(月) 23:48:14.21 ID:G3J+e0ts0
九四式四号丙無線機。それが、今僕の眼の前に鎮座している悩みのタネの正式名称。

大日本帝國陸軍が戦闘車両間通信機として開発した物で、主に磯部さんたち所謂【アヒルさんチーム】が駆る89式中戦車や良くも悪くも世界に名を轟かす“チハたん”こと97式中戦車に装備されていた。

とどのつまり、“第二次世界大戦期に使用されていた戦車装備の一つ”である。恐らく、西住さん達が駆る戦車と同じで遥か昔にこの学園で盛んであったという戦車道チームの名残だろう。無線機だけが転がっていたというのはやや解せないが。

(メメ;^ω^)(或いは、“どん底”のどこかにも隠されているかも解らんおね)

何せ自然観察区の沼地の中に沈んでる車両まであったのだ。沼の底が範囲なら、“船の底”にぐらい戦車の一両や二両あっても驚かない。

(メメ^ω^)(…………。それにしても)

二十数年前。僕やシューが年端もいかぬクソガキで、西住さん達に至っては生まれてすらいなかった時分。この学園艦では戦車道が行われていた。
実際学園史を紐解いてみると、全国大会の出場履歴も複数存在し最高実績ではベスト4まで勝ち進んだ事もあったらしい。黒森峰や聖グロリアーナのような名門とまではいかないものの、確認できた範囲だけでも中堅校ぐらいは名乗っていい程度の戦績を誇る。

そんな戦車道が、“消えた”。緩やかに衰退したとかではなく、二十数年前………より具体的な年代で言えば、1995年頃を境に忽然とこの学園から消失したのだ。

大会に出た、どこまで勝ち進んだといった記録はちゃんと残っている。だがそうした、抹消に多大な労力がかかる“公の記録”以外ではこの学園艦の戦車道に関する事跡を窺い知ることが全くできない。まるで“そうしてほしくない”から、意図的に徹底して消したかのように。

無論、これはあくまで書類上の記録を追っていく中で受けた僕個人の印象論に過ぎない。身も蓋もない話をするなら、結局“当時”の詳細が解らない限りは推測の域を出ることはない。

元々衰退の兆候があった中で当然の帰結だったかもしれないし、不幸な行き違いの連続がたまたま一時的な“休止”に繋がった可能性もある。
記録の消滅についても、当時学園艦に勤めていた天然さんがうっかり関連書類を尽くシュレッダーにぶち込んでしまっただけ……みたいな間抜けなオチの可能性だって否定できない。

だけど。

(メメ^ω^)(……信じがたいほどお粗末な、極めて低い可能性の内容だとしても、“行政上のミス”で記録の乏しさは辛うじて説明できるお。

ただ、じゃあ本当に大洗女子学園の戦車道に関する記録の消失が事故によるもので、戦車道の廃止それ自体は極自然な流れであったとしたら…………)

何故“OG”が、今日この日に至るまでただの1人も現れないのだろうか。
309 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/19(月) 23:50:11.87 ID:G3J+e0ts0
例えば、廃止される直前は履修者が0に近い人数であったと仮定しよう。確かにその場合、戦車整備や備品調達の上で金食い虫である戦車道が“整理”の対象となるのは経営的な点から言えば妥当である。
公立校なのにという声は出るかもしれないが、公立校、即ち税金によって運営されているからこそ無駄遣いは許されない。記録が綺麗サッパリ消えてる点については、さっきの“行政的うっかりミス”説を採用すればなんとか納得できる。

だが無駄遣いは許されないからこそ、その状況が10年、20年と放置されている可能性は0に等しい。実際、少なくとも1992年には全国大会の三回戦まで進出している記録があったのを覚えている。

そこから戦車道が姿を消すまで、推定たった三年程。

或いは1992年は、廃止間近に魅せた最後の輝きだったのかもしれない。ただならば尚更、その当時の履修者にとって西住さん達の鮮烈な活躍は反応せずにいられない筈だ。
マイナー競技だから耳に届かなかった?あり得ない、それこそ西住さんをきっかけに“第三次戦車道ブーム”とも言うべきムーヴメントが起きつつあり、海外のニュースにまでその名を取り上げられているような有り様だぞ?OGのほぼ全員がたまたま何らかの不幸で五感を喪っていたとかでもない限り説明がつかない。

(メメ^ω^)(それに、“売れ残った”とされるW号を始めとした戦車の処理も不可解だお)

倉庫にスクラップとして転がっていた、駐車場に放置されていて誰も気づかなかった、はまだ理解できる。自然区画の池の中やら崖下、放置区画に等しい甲板下の隅っこ、ウサギ小屋の中、揚げ句の果てに沼の底。買い手がつかないからといって、そんなところにわざわざ投棄する労力を割く意味は皆無に近いだろう。

そもそもその“買い手”にしたって、動向に疑問点がある。

他の戦車にどんな物があったかは知らないが、W号といえば様々なマイナーチェンジが施されナチス・ドイツの装甲主戦力の一角を担った名車。カバさんチームのV突も生産量においてはW号をさえしのぎ、実際に長砲身型が黒森峰でも採用されている。
無論各校の車両特色や編成の問題もあるため一概には言えないにしても、大学や社会人チームも含めてありとあらゆる団体が全てたまたまこの二両を必要としない状況だった、というのは少々想像しづらいところだ。
310 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2024/08/19(月) 23:51:51.87 ID:G3J+e0ts0
探偵気取り。僕が推理小説の登場人物だったなら、一連の思考はきっと周囲からそんな風に失笑を買っている事だろう。

そして僕の場合は事実“気取り”に過ぎない。はやみねかおる作品よろしく実は頭脳明晰で……なんて都合の良い話もなく、ただただ平均的な教職員の1人。性能は平凡で色もごくごく普通の肌色であろう脳味噌をどれ程回転させたところで、恐らく妄想の域を出ることはない。

(メメ^ω^)(………原子炉【もんじゅ】のナトリウム漏洩発覚、イギリス・ベアリングス銀行破綻、コスモ信用組合経営破綻、三豊百貨店崩壊事故、フランスによる核実験)

……自覚はあれど、1人の大洗女子学園教諭として、どうしても引っ掛かる。気がつけば僕は、記憶する限りの“1995年の出来事”を羅列しそれらが大洗女子学園の戦車道に何らかの影響を与える可能性はないか検証し始めていた。

(メメ^ω^)(オリックス・ブルーウェーブが11年ぶりのリーグ優勝、野茂英雄MLB挑戦、ってこの辺りは間違いなく全然関係ねえお。あとは…………そう言えば、阪神・淡路大震災と例の宗教団体のクーデター未遂事件もこの年だっtワッヒャウ」

「うひゃっ!?」
「わっ」

突然背中を“サラリ”と異質な感触が撫で、思考の海に沈んでいた僕は素頓狂な叫び声と共に小さく飛び上がる。

慌てて振り向けば、少女2人が少し仰け反った姿勢で眼を丸くして此方を見ていた。

「ああいや、姐さんから“差し入れを持っていけ”って言われたんで乾パンと水を持ってきたんだけど………その、驚かせちまったってんならゴメンよ」

内片方………先の感触の出所と推察される、船舶科の制服を着た絹のように白いロングヘアーの少女が、申し訳無さそうに眦を下げながら此方にペットボトルと乾パンの缶詰を差し出してくる。

「それで先生、修理の進捗はどうだい?」

(メメ;;;^ω^)「………………………………………お゛〜゛〜゛ん゛」

僕はゆっくりと視線を九四式無線機に戻すと、低く唸り声を上げて返事に変える。いや決して、決して事実上修理を放棄していたことが後ろめたくて正面から向き合えないとかそういうワケではない。

「……芳しくないようね」

「まっ、そりゃあね」

もう片方──背が低い、洋風酒場のバーテンダーのような服装の子が察して落胆を露わにし、ロングヘアーの子は肩でも竦めたのか微かに衣擦れの音がした。

「精密機械でしかも骨董品だしね。先生だって一生懸命やってくれてるんだ、仕方ないサ」

……チクチク言葉って純粋な善意と労りから発せられるケースもあるんですね!知りたくなかったなぁ!!!
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2024/08/23(金) 11:24:59.49 ID:0TkT3efU0
更新おつです
各国首脳のスピーチでこれがガルパン世界なの思い出しました
バックグランドストーリー忘れがちなので助かります
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