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恐山アンナ「私は、こんな自分が嫌いだ」麻倉葉「そんな哀しいこと、云うな」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/02/01(火) 23:29:47.54 ID:S3yuJCHMO
「なあ」
殴った右手が、やけに痛い。襖越しに届く。
「初詣、行かないか?」
麻倉葉。陰陽師の家系の嫡男。私の、許婚。
「でも、私は……」
「なんとかなる」
なんとかなる。いい加減な言葉。葉の口癖。
「どうしようもなかったら、オイラがシャーマンキングになってなんとかしてやんよ」
無責任。能天気。楽天家。何にも知らない癖に。わからない癖に。理解する覚悟もない癖に。自分の意思で、私を選んだわけじゃない癖に。私が望んだわけではないのに、何故。
「待ってるからな」
「……うん」
何故こんなにも心が浮き立つ。嬉しいのか。
「……襖越しで、良かった」
今の顔を見られたらまた殴っていただろう。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1643725787
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/02/01(火) 23:31:20.28 ID:S3yuJCHMO
「おーい、アンナ」
「気安く話しかけないで」
扉越しから届く葉の声が苛立たしい。待ち望んでいた自分を否定出来ないから。葉の言葉には裏がないから。正直だから。丸わかり。
「さっきからオイラ待ってるんだけども」
「一生待ってれば?」
「いやあ、それは出来ない相談なんよ」
知ってる。切羽詰まっていること。焦っていること。苦しんでいること。顔なんか見なくても、ありありと葉の表情が目に浮かんだ。
「うるさいわね。レディファーストよ」
「この状況に男も女もないだろうが」
「なによアンタ、ついてないわけ?」
「ついてるっての! ついてんよ!」
女みたいな顔をして、なんでついてんのよ。
もしもこいつについてなければ、私たちは良い友達になれただろうか。それは、難しい。
「じゃあ、見せなさいよ」
「見せろって、お前……」
「鍵、開けてあげるから」
ガチャリと、開錠する。まるで葉に心を開いたようで気恥ずかしかった。音もなく開く。
「ア、アンナ、さん……?」
「なに見てんのよ……さっさと入れば?」
微笑んで、どうぞと言いたい。私の旦那に。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/02/01(火) 23:33:43.76 ID:S3yuJCHMO
「お、お邪魔します……」
「ふん」
狭い個室で2人きり。胸が、ドキドキする。
「あの……アンナ」
「なによ」
「その……顔見れて、嬉しい」
バカじゃないの。そんな安っぽい、薄っぺらい言葉で喜ぶなんて、私ってほんと、バカ。
「そ」
「可愛げがねえなぁ」
うるさいわね。だってアンタの前で気を緩めるとデレデレするじゃない。そんなアンタを見てると私までデレデレする。恥ずかしい。
「もっと可愛い娘を許嫁にすれば?」
「いや、オイラはアンナでいいよ」
なによその言い草。口下手ね。葉は慌てて。
「あーすまん。オイラはアンナが良いんだ」
「……そ」
そんなアンタが私も好き。そう、云いたい。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/02/01(火) 23:34:53.47 ID:S3yuJCHMO
「葉」
「おお。なんだよ、改まって」
「さっさと脱いだら?」
「お、おお……担当直入だな」
男らしくない葉に催促するとイソイソと脱ぎ始める。最低限のマナーとして目を逸らす。
「ぬ、脱いだけど、これからどうすんだ?」
「決まってるじゃない。するわよ」
「そ、そうか……わかった。するか」
ムードもへったくれもない。葉だってする気だった癖に。私にリードさせるなんて狡い。
「アンナ、少し寄ってくれ」
「チッ。図々しいわね」
肩と肩が触れ合って跳ねる心臓に、舌打ちをする。ほんと、図々しい。待っていた癖に。
「うぇっへっへっ。なんか照れるなぁ」
「いやらしい」
いやらしい女だ。葉の手を自分から握った。
「アンナの手、小さいな」
「これでも女だもの」
「なのにビンタは強烈だよな」
「……ご、ごめ」
「いいよ。もう、慣れたから」
謝りたいのに優しい葉は許さない。許して。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/02/01(火) 23:36:21.01 ID:S3yuJCHMO
「わ、私、アンタに嫌われたら……」
「嫌わないよ」
強く私の手を握る葉の本音が伝わる。嘘偽りのない言葉。そんな人間と出会ったのは初めてだった。人の心は複雑だ。表面と深層はあべこべで天邪鬼。私のように。だから私は。
「私は、こんな自分が嫌いだ」
「そんな哀しいこと、云うな」
思わず流した涙を拭うように葉の頬が私の頬に触れる。そうするとまるで葉まで泣いているようで、胸が痛んだ。悲しくて、哀しい。
「なあ、アンナ。お前から見たらオイラはだらしなくて、やる気なさそうで、さぞ駄目な亭主になりそうで不安かもしれないけどよ」
「そんなことは……」
「それでも駄目なぶん、それでもいいって思ってくれたら嬉しいんよ。それはきっと、完全無欠な存在では味わえない喜びなんだよ」
葉は駄目じゃない。それでこそ葉だ。それでこそ私が愛した男だ。ああ、だからきっと。
「だからアンタは私を愛してくれるの?」
「あ、愛とか……そんな大層なもんじゃなくて、ただオイラはそんなアンナが可愛いと思ってるだけで、だからそのつまりだな……」
「つまり?」
「あ、愛してます……」
馬鹿な男だ。そんな葉を、私も愛している。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/02/01(火) 23:37:54.73 ID:S3yuJCHMO
「ありがとう、葉」
「お、おお。なんだよ、やけに素直だな」
素直になることは難しい。心が無防備になるからだ。だから特別な相手にしか見せない。
「この状況で意地を張っても無意味だもの」
「うぇっへっへっ。まあ、トイレだもんな」
葉は私の特別な相手。狭い個室で便器を共有して、一緒に用を足せる、唯一無二の存在。
「たまには男らしいところも見せなさいよ」
「うっし! 見てろ、アンナ!!」
葉の巫力が跳ね上がる。苦しみに耐えた分。
「脱糞式・オーバーソウル! スプリット・オブ・阿弥陀丸!!」
「行くでござるよ、葉殿!!」
ぶりゅっ!
「久しぶりの娑婆の空気は旨い!!」
「どっから湧いて来たのよ、アンタ」
「もちろん、葉殿の肛門からでござる!!」
「フハッ!」
どこに位牌を仕舞ってんのよ。愉悦に浸る。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「あ、あああ、あああああああっ!!!!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ〜っ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「ママ、ご機嫌ですね」
「お! 大鬼殿、お久しぶりでござる」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
儚くともフハッなくとも。不肖の身なれど。
淋しい想いなぞさせはしない。腹抱え、夜。
大鬼を大便と共に便器に捨て腐り便意なし。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
気丈に振る舞いほころぶ。糞は出会い別れ。
「ふぅ……アンナはやっぱり可愛いなぁ」
「私はみっともないアンタを、愛してる」
「うぇっへっへっ。尻拭いて初詣いくか」
透けたトイレットペーパー。ルヴォワール。
【恐山 ル・ヴォワールの変】
FIN
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/02(水) 20:14:53.68 ID:GM3YGz5W0
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