私「人魚姫の逆」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:07:57.30 ID:MEjqrkER0

オリジナルのSSです

よろしくお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1633954076
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:08:39.41 ID:MEjqrkER0

──

私(人魚の肉を食べると不老不死になるという伝説があるけれど)

私(竜宮城の姫様が言うには、それは全くの嘘らしい)

乙姫「人魚の血肉にそのような効果はないわ」

私「そうなんですか」

乙姫「食べてもせいぜい美味しいくらいのものね」

私「はぁ……不老不死なんて、所詮は夢物語ってことですか」

乙姫「いいえ。不老不死になりたいのなら別の方法があるわよ」

私「別の方法?」

乙姫「”人魚姫の逆”」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:09:20.15 ID:MEjqrkER0

──竜宮城──

私(海で溺れているところを乙姫様に助けてもらってから半年経った)

私(人間には利用価値があるので、竜宮城で住み込みで働かせてもらっている)

モグモグ

乙姫「美味しいわ。この魚を蒸し殺したやつ」

私「アクアパッツァという料理名です」

乙姫「野菜と一緒に煮込むのね。海中に住んでいたら思いもつかないアイデアだわぁ」

私「喜んでいただいて何よりです」

乙姫「あなたがここにやって来てから毎日食事が楽しいの。ありがとう」

私「こちらこそ、身寄りのない私を雇っていただいて感謝します」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:09:59.65 ID:MEjqrkER0

乙姫「地上にいた頃もメイドをしていたの?」

私「いえ。学生だったので働いていませんでした。家事全般はしていましたが……」

乙姫「どおりで手際がいいのね。魚を捌く時なんか見事すぎて、親の仇なのかと思ったほどよ」フフ

私「……。私が竜宮城に来て一番驚いたのは、人魚も魚を食べるってことです」

乙姫「面白い冗談言うのね。人間だって哺乳類を共食いするくせに」

ゴチソウサマー

乙姫「明日だけど、買い出しをお願いできるかしら」

私「買い出し?」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:10:47.35 ID:MEjqrkER0

乙姫「地上に繰り出して欲しいの。買う物はこのリストにまとめてあるから」ピラ

私「砂糖に胡椒に……なるほど海では不足しそうなものばかりですね」

乙姫「陸に出るには城の奥にあるエレベータを使ってね」

私「海亀じゃないんですか?」

乙姫「いつの時代の乗り物よ。今時そんなの誰も使っていないわ」クス

私「予定しておきます。それでは私、これから庭園の手入れがあるので」

スタスタ…

乙姫「ねぇ。これだけは言わせてくれるかしら」

私「?」

乙姫「いつもお疲れ様」

乙姫「あなたがいてくれて、私はとても助かってる」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:11:36.50 ID:MEjqrkER0

──夜・自室──

ゴポゴポゴポ…

私(月の光を魔法の力で閉じ込めた泡が窓の外で光っている)

私(魔法。深海なのに外が明るいのも竜宮城に空気があるのも、全部魔法のおかげだった)

コンコン

私「誰ですか?」ガチャ

魔女「よっ。こんばんは」

私「魔女さん。こんばんは。何用ですかこんな時間に」

魔女「乙姫から聞いたぞ。明日地上に出るんだってな。私もついていこうと思って」

私「過保護ですねぇ。優しいんだから」

魔女「そんなんじゃない。薬の素材を切らしただけだ」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:12:17.81 ID:MEjqrkER0

私(乙姫様と魔女さん。彼女たちは私の命の恩人だ)

私(乙姫様が溺死寸前の私を魔女さんの元に運び、魔法で肺の中の水を抜き取ってくれた)

魔女「店が繁盛するのは嬉しいけど、忙しすぎるのは嬉しくない。世の中って難儀なものだ」

私「魔女さんはどんな薬を売ってるんです?」

魔女「変身薬だよ」

私「変身?」

魔女「人魚を人間に変身させる薬。数種の素材と本人の声を代償に、陸での活動が可能になる薬物。昨日注文が入ったんだ」

私「へぇ。なんだか人魚姫みたいなお話ですね」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:12:59.94 ID:MEjqrkER0

魔女「人魚姫? あぁ……」

私「乙姫様のことじゃないですよ。そういう童話が地上にあるんです」

私「人魚が人間の王子様との結婚を夢見て、薬を飲んで人間になって、最期は泡となって消えてしまうって話」

私「作中で同じ薬が出てくるんですよ。似てるなって」

魔女「逆だ。人魚姫の方が似せたんだよ。昔アンデルセンって作家から取材を受けたことがある」

私「えっ!」

魔女「驚いたか。私はその筋では有名人なんだぞ」エッヘン

私「魔女さんって何歳なんですか?」

ベシ

魔女「クラゲに変身させてやろうか」

私「す、すみません」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:13:37.21 ID:MEjqrkER0

魔女「しかし、お前みたいな若いのでも知ってるってことは、よほど有名な童話に成長したんだな」

私「世界で最も知名度のある御伽噺の1つだと思います」

魔女「なるほど。悪い気はしない」フフン

私「……」

魔女「なんだよ。急に神妙な顔して」

私「いえ。実を言うと私、あの童話があまり好きじゃなくて」

魔女「どうして?」

私「だって……」

私「あれは、自殺を美化するお話だから」

ゴポゴポゴポ…
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:14:09.23 ID:MEjqrkER0

──

私(深夜。眠れない私は音楽プレイヤーで曲を流した)

私(半年前1番売れていた歌手の歌だ。彼女は皆から歌姫と呼ばれていた)

私(音楽に明るくない私でも歌姫の歌が上手なことがわかった)

私(気が紛れるので眠れない夜はよくリピート再生をしている)

私(しかし、何度聞き返しても曲の歌詞が頭に入ってこない)

私(興味がないのではなく、内容に共感ができないのだ)
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:14:51.97 ID:MEjqrkER0

──エレベータ──

ヴーン…

私「今まで地上での買い物ってどうしていたんでしょうか」

魔女「んー?」

私「昨日の話を聞いて不思議に思いました。地上での買い物って竜宮城の誰が担当だったのかなって」

私「人間になった人魚が手話で買い物していたんですか?」

魔女「あぁ、それはだな……地上に人間の協力者がいるんだよ」

私「協力者?」

魔女「海亀に金と買い物リストを持たせて協力者と取引していたんだ」

私「そのやり方だと、不正とか泥棒とか色々されちゃいそうですけど」

魔女「人間より人魚の方が強いから、報復を恐れてそんなことできないよ」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:15:36.13 ID:MEjqrkER0

魔女「その他の自由度の高い買い出しは、私が地上に出るついでにやってあげてた。今後はお前の仕事だろうけど」

私「今後。今後かぁ……」

魔女「含みのある言い方だな。ここでの仕事を辞めて、地上に戻ってやりたいことでもあるのか?」

私「悲しいぐらい全然ないです。溺れる前から夢とか目標とか、持っていなかったので」

魔女「……別に、これから見つければいいじゃんか」

私「魔女さんは私に出ていって欲しいんですか?」

魔女「ばか。お前にとっての幸せを優先して欲しいだけだよ」

私「でも私は、1回死んだはずの人間ですから」

魔女「今生きていればそんなの関係ない」

私「魔女さん。私思うんです」

私「夢とか目標とか、無限に生きられたらそんなことで悩まずに済むのにーって」

魔女「……」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:16:16.02 ID:MEjqrkER0

魔女「なぁ。はっきり言うけれど」

私「はい」

魔女「人魚も魔女も人間も、それぞれ生まれ持った寿命というものがある」

魔女「人魚と魔女は生まれながらにして長命で、人間は生まれながらにして短命である」

魔女「これは変えようのない事実だ」

私「何が言いたいんでしょう」

魔女「不老不死に憧れを持つのはやめるんだな。人間が不老不死になる方法なんてない」

私(……あれ?)

魔女「人はよく人魚の肉を食べると不老不死になるとか、血を飲めばどんな病気も治るとか噂するみたいだけど」

魔女「あんなのは事実無根の嘘っぱちだ。真に受けちゃダメだぞ」

私「そこは解釈一致なんですね」

魔女「? 何の話?」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:17:04.01 ID:MEjqrkER0

私「乙姫様はおっしゃっていました。不老不死になる方法はあるって」

魔女「何だそれ。そんなわけ……」

私「”人魚姫の逆”って」

魔女「!!」

ピンポーン

私(エレベータが最上階につき、扉が開くと洞窟の中だった)

私(抜け穴を通って洞窟を出て、人気のない道から街へと向かう)

スタスタ…

私「あの……」

魔女「忘れるんだ」

魔女「乙姫の言ったことは忘れろ。あれは、お前が思っているような代物じゃない」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:17:47.97 ID:MEjqrkER0

──街──

ガヤガヤ

魔女「こっから先は別行動。お前のお使いと私の欲しい物は違う店にあるからな」

私「一緒に来てくれないんですか?」

魔女「そこまで過保護じゃないよ。地図を渡すから灯台近くにある商店を目指すといい。リストに載ってる品はそこで揃うから」

私「わかりました」

魔女「初めてのお使い。せいぜい転ばないよう気をつけるんだぞ」ポン

私「……あの。私のこと何歳だと思ってます?」

魔女「15歳」

私「15歳はもう子供ではありません」

魔女「15歳は子供だし、私からしたら赤ちゃんだよ」
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:18:25.33 ID:MEjqrkER0

──商店──

カランカラン

店主「いらっしゃい」

私「どうも」ペコ

私(見渡す限り客は私1人だけだった。店内には聴き覚えのあるBGMがかかっている)

私「歌姫の曲……半年も経ったのにまだ人気なんだ」

店主「いいや、僕が彼女のファンなだけだよ。巷ではすっかり別人の別の曲が話題になってる」

私「はぁ。なんていうかその、諸行無常ですね」

店主「薄情者ばかりだ。歌に愛された天才の、最後になるかもしれない曲なのに」

私「最後?」

店主「……その手に持っている紙。お目当てがそこに書かれてるんだろう。こちらで用意するから見せてみなさい」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:19:04.69 ID:MEjqrkER0

ガサゴソ

私(店主さんが品物を集めてくれている間、レジ近くの椅子に座らせてもらった)

私(やることもないので店内BGMをひたすら聴き続けている。相変わらず歌詞は思い出せないけれど)

店主「なんだか神妙な顔をしてるね。もしかしてお嬢さんも歌姫のファンなのかい?」

私「いえ別に。ファンじゃありません」

店主「そう……」

私「店主さんは歌姫の何が好きでファンになったんですか?」

店主「そうだなぁ。彼女はアイドル顔負けの美人で、歌も作曲も作詞も全部自分でやっているけど」

店主「特に歌詞がいい。僕はそう思うよ」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:19:47.10 ID:MEjqrkER0

店主「”これから君は空っぽな夢の中、逃げ場のないそれを捕まえるはず”」

店主「”どんなに離れてても心はそばにいるわ。追いかけて遥かな夢を”」

店主「”届かない夢を見てる。やりばのない気持ちの扉破りたい”」

店主「どれも真摯でひたむきで、共感できる良い歌詞だ」

ガサゴソ…

店主「君の口から『ファンじゃない』と聞けて良かった」

私「ん?」

店主「優しい彼女は、きっと躊躇していただろうから」

バチッ!

私(突如首すじに電流が走る)

私(気を失う間際、フードを被った女の子の姿が見えた)
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:20:37.31 ID:MEjqrkER0

──灯台──

私「ん……」パチ

??「あ、もう起きた。スタンガンの当てどころが悪かったのかな」

私「……フードを取りなよ、歌姫さん」

バサッ

歌姫「え。なんでわかったの?」

私「夜によく聴いてる声だから」

歌姫「……あなたが早起きなせいで、私の目的がまだ果たせていない。気絶中に済ませたかったのに」

私「目的? 私に身寄りはいないから、人質としての価値はないよ」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:21:16.13 ID:MEjqrkER0

歌姫「身代金目的の誘拐じゃない。歌姫だから貯金は腐るほどある。私が欲しいのは、お金で手に入らないあるもの」

私「夢とか?」

歌姫「ふふ。歌詞にしたいぐらい良い言葉だけど……目的はあなたの血液だよ」

私「血液?」

歌姫「私たち人間の噂に、人魚伝説というのがある」

歌姫「人魚の肉を食べると不老不死になり、血を飲めばどんな病気も治るって」

歌姫「だから、人魚であるあなたの血液をこの注射器で吸わせてもらう。それが目的」

私「……? 私は人魚じゃないし、人魚伝説は事実無根だって話だけど」

歌姫「この場をしのぐための嘘をつかないで」

私「本当のことだよ。意味がわからない。どうして私を人魚だなんて勘違いを起こすの?」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:21:56.24 ID:MEjqrkER0

歌姫「あなたには関係のないこと。さぁ、動かないで」スッ

私(歌姫は私に注射針を向けた)

歌姫「穏便に事を済ませたいの。抵抗するようなら身体に切り傷を作らざるを得ない。それは嫌だよね。私だって嫌だ」

私「そんなことしても、あなたの望むものは手に入らない」

歌姫「もう黙って」

私「別に献血に協力してあげてもいい。だけど私の血を飲んだところでなんの効果も得られないよ」

私「それは人魚の血を飲んだって同じこと。だけどもしかしたら、あなたの望みを叶える方法があるかもしれない」

歌姫「……?」

私「人魚姫の逆──」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:22:22.82 ID:MEjqrkER0

私(歌姫のポケットからスタンガンが浮かび上がった)

私(ひとりでにスイッチが入り、歌姫の首すじに直撃する)

バチッ!

歌姫「うっ」バタン

私「……」ポカーン

魔女「忘れろって言ったはずだぞ」スッ

私「え?」

魔女「人間が不老不死になる方法なんてないんだ」

私「魔女さん。どうしてここに?」

魔女「街でお前の肩を叩いた時にヤドカリを乗せておいた。ヤドカリを通して会話はずっと聞いていた」ツンツン

私「……やっぱり過保護じゃないですか」

魔女「場所を移すぞ。こいつには聞かなくちゃいけないことがある」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:23:01.09 ID:MEjqrkER0

──竜宮城・牢屋──

歌姫「ん……」パチ

魔女「おはよ。寝坊助さん」

私「気絶は寝てるうちに入るんですかね」

歌姫「……ここはどこ?」

魔女「ここは竜宮城の牢屋。私は魔女で、この子は拾った人間」

歌姫「……。なんだ、本当に人間だったんだ」

魔女「竜宮城の方に疑問を持たないってことは、やっぱり協力者がリークしたんだな」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:23:41.92 ID:MEjqrkER0

私「協力者?」

魔女「エレベータで話した地上との取引役だよ。その内の1人があの商店の店主だったんが……裏切ったか」

歌姫「彼は関係ないよ」

魔女「竜宮城や人魚の存在は知っているのに、不老不死の人魚伝説を本当だと勘違いしている中途半端な知識」

魔女「海亀経由でしか話を聞いたことがない協力者の吹き込みそのものだ」

魔女「そもそもの話、店内で誘拐が起こっているのに店主が無反応なのはおかしいだろ」

歌姫「……」

魔女「きっとリストの紙質や筆跡、内容を見て、この子が竜宮城からの使者だと推測したんだな」

魔女「人魚に対する正しい理解があれば、声を発している時点で人魚じゃないことは自明なはずなのに」

魔女「知識も計画性も何もかも足りてない。何より私のメイドを傷つけようとしたその利己的な精神。本当に度し難い」

私「魔女さん。そんなまくし立てるように言わなくたって」

魔女「赤ちゃんは黙ってなさい」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:24:24.30 ID:MEjqrkER0

歌姫「……彼は私を不憫に思って手伝ってくれただけ。罰なら私が受けるから、巻き込まないであげて」

魔女「店主も含めてお前たちの処遇は、3日をかけて私と乙姫で決定する。その間お前には竜宮城にいてもらう」

歌姫「……」

私(魔女さんはため息をついて、私をつれて牢屋から出て行った)

スタスタ…

魔女「今日は災難だったな。部屋に戻って休むといい」

私「いえ。乙姫様に報告がありますから」

魔女「私がやっておく。他に話すこともあるんだ」

私(そう言って去る魔女さんは、どこか哀しそうな表情を浮かべていた)
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:24:59.14 ID:MEjqrkER0

──部屋──

私(光る泡が窓越しに部屋の中を柔らかく照らしている)

私(寝付けそうになかったので音楽を再生した)

オイカケテハルカナユメヲ♪  トドカナイユメヲミテル♪

私(歌詞も歌姫が作っていると、店主さんは話していたっけ)

私(歌姫はどんな気持ちでこの歌詞を書いたのだろうか)

カラッポナユメノナカ♪

私「きっと……夢って言葉が好きなんだろうなぁ」

ゴポゴポゴポ…

私「お父さんみたいだ」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:25:37.05 ID:MEjqrkER0

──回想──

父『パパが1番好きな絵本を読んであげよう』

私『なんていう本?』

父『人魚姫』

──

父『そうして人魚姫は泡となって消えてしまいましたとさ。めでたしめでたし』

私『めでたいかな』

父『夢のために死ねたんだからハッピーエンドだよね』

私『自殺の話でしょ、これ』
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:26:14.36 ID:MEjqrkER0

父『ユニークな読み方をするね。さすがは作家の娘だ』

私『お父さんは人魚姫のどこが好きなの?』

父『目標のために命懸けなところ』

私『命懸けって……』

父『夢や目標のために死ねるのは、この世で最も美しく幸せなことなんだよ』

私『自殺は美しいことじゃないと思う』

父『自殺じゃない。結果的に死んでしまっても、そこに至るまでが人生なのだから』

私『お父さんが何言ってるのか全然わからない』

──
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:26:53.41 ID:MEjqrkER0

──翌日──

私(翌朝、大広間に向かうと歌姫が座っていた)

私(驚いたことに彼女は1人きりだった)

私「おはよう。脱獄したの?」

歌姫「おはよ。違うよ。今朝早くに魔女と乙姫って人魚が来て、鍵を開けてくれたんだ。敵意はないと判断されたらしい」

私「ふーん……」

私(どのみちエレベータは乙姫様の許可なくして動かないから、自力で竜宮城の外に出ることはできないもんね)

歌姫「隣座る?」ギィ

私「ん、ありがと。……あれ、そのお菓子って」

歌姫「棚にクッキーがあったから勝手にいただいちゃった。一緒に食べようよ」

私「食べようも何も私が焼いたのだよそれ。乙姫様のために作ったのに。もう」

歌姫「そういえばあなたメイドなんだっけ。美味しいよ、腕がいいね」ニコ

私「……」←満更でもない
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:27:21.80 ID:MEjqrkER0

サクサク モグモグ

歌姫「昨日はごめん」

私「……ごくん。昨日って?」

歌姫「誘拐と傷害未遂のこと。魔女の言う通り、甘い考えで無関係の人を巻き込んじゃった」

私「あぁ。いいよもう。ここに住んでるから無関係ってわけでもないし」サク…

歌姫「随分と軽いね。自分でも言うのもなんだけど、あなたは被害者だよ?」

私「悪い人じゃないのはわかってるから」

歌姫「え?」

私「だって血を入手することだけを考えるなら、店にいた時点で切りつけることができたでしょ。あなたは説得してくれようとしてくれた」

歌姫「……買い被りすぎだよ。あの行為は私自身の罪悪感を和らげるための行動。どこまでも自己中心的なんだ、私って」

私「そうなの?」

歌姫「そうなの。だから重ねて謝罪する。ごめんね」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:27:47.83 ID:MEjqrkER0

モグモグ…

歌姫「……こんなことした後で虫のいいことを聞くようだけれど」

私「ん?」

歌姫「私が気を失う間際、あなた何か言っていたよね。人魚姫の逆がなんとかって」

私「うん。私も詳しくは知らないんだけど、不老不死になれるかも知れない方法なんだって」

歌姫「不老不死って病気も治るのかな」

私「死ななくなるくらいだから治るんじゃないかな。どうして?」

歌姫「私、がんだから」

私「がん」

歌姫「そう。喉頭がん」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/10/11(月) 21:28:17.53 ID:MEjqrkER0

私「……」

歌姫「あまり驚いていない顔だね。ブログで公表しているし、知ってても不思議じゃないけど」

私「竜宮城にネットはないよ。何となく察してただけ」

歌姫「どうして?」

私「人魚の肉じゃなく血ばかりを欲しがっていたから。治せない病気を患っているのかもとは勘ぐってた」

歌姫「そう……でもね名探偵さん、治せないっていうのは少しニュアンスが違うかな」

私「どういうこと?」

歌姫「切除すれば命は助かるから。医者が言うにはそう難しい手術じゃないらしい」

私「? じゃあ切除すればいいんじゃないの。お金の心配もないんでしょ?」

歌姫「ダメだよ。喉頭がんは喉のがん」

歌姫「命と引き換えに、私は声を失ってしまう」

私「……」ゴクン

私(それってまるで──)
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