男「サラリーマンとは、闘い也!」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:52:07.95 ID:ic0sodUd0
< 自宅 >

ジリリリリ……!

男「起床ッ!」バッ



起床とは、闘い也!

布団をすみやかに脱出し、目覚めから0.15秒未満で直立すべし!

夢への未練、目覚めから0.25秒未満で断ち切るべし!

辛く険しい現(うつつ)と、向き合わねばならぬのだから……。



男「完全覚醒ッ!」キリッ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1609041127
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:53:33.27 ID:ic0sodUd0
男「洗顔ッ!」



洗顔とは、闘い也!

妻が用意せし熱く煮えたぎった湯の摂氏、限界突破の800℃!

これを躊躇なく顔面に浴びせられる漢でなくば、サラリーマンは務まらない!



バシャッ! バシャッ! バシャッ!

男「適温ッ!」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:54:29.55 ID:ic0sodUd0
妻「ヒゲを剃りましょうね、あなた」チャキッ

男「頼むよ」



ヒゲ剃りとは、闘い也!

エプロン姿の新妻が持ちし、金剛石をも断ち切る名刀『愛妻』!

これを秒速500kmを超える速度で振り回し、ヒゲを剃るのである!

むろん、妻の手元が僅かでも狂わば、男の首が飛ぶことスペースシャトルの如し!

サラリーマンとは常に死と隣り合わせである!

たとえ不慮の事故で命失おうとも、一片の悔いなし!



ヒュバババババッ!

妻「ヒゲ剃り完了」チン…

男「剃り残し、無しッ!」ツルツルッ
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:55:03.97 ID:ic0sodUd0
男「いただきます」

妻「バターを塗ったトーストと玉露は、よく合いますのよ」

男「ありがとう」




朝食とは、安らぎ也!

朝のニュースを眺めながらの、ブレックファストとティータイム!

会社という戦場に旅立つ前の、ほんの一時の至福である!

焼け石に水、と嘲笑(わら)う者があるかもしれない。

だが、笑いたいものには笑わせておけばよい!

笑う門には、福が来るのだから……。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:55:44.88 ID:ic0sodUd0
男「行ってきます」ザッ

妻「行ってらっしゃい」



出勤とは、闘い也!

夫婦の別れに涙はいらぬ!

夫の外出を見届けた妻は、即座に白装束となり液体窒素を体に浴びせるのである!

これすなわち、祈願!

我が身を凍結する代わり、夫を生還させよという自己犠牲的発想!

夫の身を案ずる余り、誰に命じられたわけでもなく身についた習慣である!



ザバァァァ……!

妻「あなた……どうかご無事で」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:56:20.52 ID:ic0sodUd0
< 電車 >

ガタンゴトン……

満員電車とは、闘い也!

座席、壁際、手すり、つり革、乗客同士の寄りかかり!

生き馬の目を抜くようなポジションの奪い合い!

コーナーキックを待ち受ける、プロサッカー選手に匹敵する攻防!



中年(さて降りるか……)スッ…

男(チャンス!)ダダダッ

男(ポジション、ゲット!)スチャッ



座れはせずとも!

男はドアの両側、通称“寄りかかれるスペース”をゲット!

本日、絶好調!
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:57:09.39 ID:ic0sodUd0
しかし──

満員電車には恐ろしい罠(トラップ)が存在する!



女子高生「きゃあ〜!」

女子高生「この人、痴漢ですぅ! お尻をさわってきました〜!」

男「!」

男(痴漢など、私はやっていない……!)

女子高生「…………」ニヤッ



男は見た!

女子高生のデーモン笑み! 犯罪! 冤罪! 万歳!
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:57:54.40 ID:ic0sodUd0
ザワザワ…… ドヨドヨ……

絶体絶命!

痴漢冤罪の罠にかからば、懲戒免職、家庭崩壊、実刑判決は免れない!

もはや男は、蜘蛛の巣に捕らわれた哀れな蝶々!



男(先手を取られた──ならばッ!)

男「ああ、私を痴漢をした」

女子高生「え?」

男「さわったばかりではない」

男「私はこの可憐な少女を──押し倒し、接吻し、なぶり、犯したッ!」

女子高生「!?」



女子高生の言いがかりを“先の先”とするならば──

男はあえて冤罪を受け入れることで“後の先”を取ったのである!

これすなわち、カウンター! 威力は倍増され、敵に返還される!
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:58:51.19 ID:ic0sodUd0
女子高生(この人、私のウソをあえて全部受け止めてくれた……!)ドキン…

女子高生「ごめんなさいっ! 全部、ウソなんですっ!」

女子高生「なんか最近ムシャクシャしてて、つい──」

男「気にするな。過ちを悔いる心、それだけで私は嬉しい」



男の度量にて、不良女子高生の凍てついた心は春の雪解け水が如く溶解した。

この女子高生、この事件を機に自らの半生を猛省し、

後にノーベル平和賞を受賞することになるが──それはまた別の話。



女子高生「本当にあなたの女になったらダメですか?」

男「悪いが、私には愛する妻がいる」

パチパチ……! パチパチ……!

拍手喝采である。

満員電車では皆が敵同士、だからとて祝福の心を忘れたわけではない。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 12:59:43.75 ID:ic0sodUd0
男(む、あの座席が空いたッ!)キリッ

男(初速1,200m/sで動けば、あの座席に座れるッ!)ダッ

シュザッ!

男「!」

エリート「…………」ニコッ

男(先に座られた……! 速いッ……!)

エリート「残念、この座席はボクのものです」

エリート「でも……どうしても座りたければ、ボクの膝の上に座ってかまいませんよ」



タッチの差で座席に奪われた男を見上げながら見下ろす、エリートの露骨な挑発である。

だが男はあえて──



男「座らせてもらう」スッ…
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:00:36.13 ID:ic0sodUd0
直後、尻全体に鋭利な痛みが走った!

自らの尻を確認するや否や、目に飛び込んできたのは無数の画鋲!



男「貴様ッ! いつの間に膝の上に画鋲を……ッ!」

エリート「最初からですよ」

エリート「しかし、ボクの挑発に乗り、冷静さを失っていたアナタは気づかなかった」

エリート「社会人にあるまじき、注意力散漫だ……」

エリート「先ほど女子高生を手玉に取った実力を見込んで、試してみたんですが──」

エリート「どうやら期待外れだったらしい。ガッカリだ」

男「あ……あ、あ……」



ガーン!

男の目に涙を浮かばせたるは、尻の痛みでなく心の痛み!



    完    全    敗    北    !    !    !
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:01:09.59 ID:ic0sodUd0
< 駅 >

キヨスクとは、闘い也!

目的駅についた男、まっすぐ会社には向かわずにキヨスクへ直行!

理由はもちろん、完全敗北を喫した我が身を奮い立たせるため──



おばちゃん「いらっしゃいませ」

男「棚にある栄養ドリンクを──全部ッ!」

おばちゃん「あいよッ!」



宇宙最強の栄養素と名高いタウリンが、男の打ちひしがれた心を復活させる!

これぞモーニングドーピング!

サラリーマンにとって、ドーピングは反則ではない。日常である!
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:01:44.05 ID:ic0sodUd0
< 会社 >

男「おはようございます」

同僚「よう」

OL「おはよう!」

係長「おはよう」

課長「うむ、おはよう」

男「……しかし、私はキヨスクに寄ったせいで始業時間には間に合ったとはいえ」

男「いつもの出勤時刻より五分ほど、遅れてしまいました」

男「よって、私に対して『おはよう』は相応しくないのです」

男「やり直しを要求させていただくッ!」



挨拶とは、闘い也!

漫然と決まり文句を交わす習慣にあらず!

自分に相応しくないとあらば、断じて拒否せねばならない!
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:02:20.50 ID:ic0sodUd0
同僚「おおそう! 待ちくたびれたぜ」

OL「おおそう!」

係長「おおそう」

課長「うむ、おおそう」



男の心意気を飲み込んだ課の仲間4名!

即座に『おはよう』を『おおそう』に切り替える、チーター以上の瞬発力!

男の目に、またもうっすらと涙が光る……。



男(みんな……ありがとう……)キラッ…
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:02:52.37 ID:ic0sodUd0
電話取りとは、闘い也!

電話のベルが鳴ってからでは遅すぎる!

先方が電話をかけてきた瞬間では遅すぎる!

真のサラリーマンたる者、先方が電話をしてくるのを見切って、

こちらから電話をかけねばならない!

先手必勝の精神が、予知能力の如き直感を生むのである!



男「お電話ありがとうございます」

客『おお、今まさに君に電話をかけようとしていたところだよ』

客『やられたよ……完敗だ!』ニィッ

男(勝利ッ!)
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:03:35.33 ID:ic0sodUd0
デスクワークとは、闘い也!

男のパソコンの実力たるや──

ワード二段! エクセル四段! パワーポイント六級!

すなわち、2×4×6=四十八!

これはかの忠臣蔵の赤穂浪士四十七名をも上回る、驚異的数値である!

なお──



男(ここでエンターキーを押すッ!)

男「はっ!」

メキィッ!



男はエンターキーだけは、肘(エルボー)で押すという

非常に厳しい制約を課している! 壊したキーボードの数、実に数千!
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:04:10.09 ID:ic0sodUd0
男(この書類、10部ほどコピーするか)ダダダッ

同僚「この資料、コピーしねえと!」ダダダッ

男「!」

同僚「俺の方が0.18秒、コピー機に着くのが早かった」

同僚「だが──お前だって急いでるんだろ? 俺に勝てたら先にコピーしていいぜ」

男「望むところッ!」



コピー取りとは、闘い也!

己とコピー機の一対一(タイマン)を邪魔する者あらば、

命を奪う覚悟、奪われる覚悟を以って、駆逐すべし。

譲り合いなどあってはならぬ。

コピー機とは、真の強者にのみ心を開いてくれるのだから……。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:05:24.57 ID:ic0sodUd0
同僚「お前相手に手加減はできない……使わせてもらうぜ、ネクタイを」シュルッ…

男「本気のようだな」



ネクタイとは正装にあらず、武装也!

鞭の如く扱い打撃! 手錠の如く扱い緊縛! 縄の如く扱い絞殺!

たった一本のネクタイで、かのように多彩な攻撃が可能である!

まして同僚はネクタイ術に関しては、右に出る者なし!

男の額に、じんわりと冷や汗が浮かぶ!



同僚「そうらッ!」ヒュバッ

バチィィッ!

男「ぬう……ッ!」



蛇のように動くネクタイ! 男の皮膚が弾け飛ぶ!
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:06:13.29 ID:ic0sodUd0
同僚「よっと」ヒュッ

ガシッ……!

男(右腕を絡め取られた!)

同僚「ネクタイ一本釣りッ!」ブオンッ

ドガッシャァンッ!



ネクタイで絡め取った男を投げ飛ばし、そのままコピー機に叩きつける残虐技!

しかし、大ダメージにもかかわらず、男は反撃の狼煙を上げようとしていた!



男「ぐふっ……。ならば私も使わせてもらおう、ネクタイを!」

同僚「!」

同僚(コイツの戦闘術は素手専門だったはずだが──)

同僚「おもしれえ! やってみなッ!」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:07:13.27 ID:ic0sodUd0
男「今私が締めているこのネクタイは──」

男「去年、私の誕生日に、妻が買ってくれたものなのだ」

男「妻よ……私は勝つッ! 勝ってコピーを完遂するッ!」ゴゴゴ…

同僚(ネクタイを通じて奥さんからの愛を受け取り、パワーアップッ!)

同僚(これもまた立派なネクタイ術じゃねーか! さすがだぜ!)

同僚「俺、この会社に入ってよかった! お前みたいな好敵手に出会え──」

ボゴォッ!

同僚「た」



一撃!

吹き飛ばされた同僚の体はコピー機と激突し、コピー機を跡形もなく粉砕した!



同僚「……ん、だから、な……」ガクッ

男「最後まで台詞を言い切るその執念! さすが我が同期ッ!」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:08:21.24 ID:ic0sodUd0
同僚「しっかし、コピー機ぶっ壊しちまったな」

男「仕方あるまい。私が弁償しよう」

同僚「いや、俺が先に勝負ふっかけたんだ。俺が弁償するよ」



すると、コピー機になにやら異変!

二人の漢の熱気を浴び、このまま壊れてなどいられぬと──

機械にあるまじき掟破りの自己再生!

メキメキ……!



コピー機『我、再臨す!』

コピー機『さあ書類を乗せろ。どんな書類でもコピーしてやろう!』

同僚「死の淵からよみがえったことで、自我まで芽生えてやがる!」

男「うむむ、このコピー機こそコピー機の中のコピー機ッ!」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:09:12.13 ID:ic0sodUd0
企画書とは、闘い也!

小脳大脳を捻り上げ、絞り出した、己の創意工夫(アイディア)!

いざ、課長に提出!



課長「ふむ……」ピラッ…

男「いかがでしょう、課長?」

課長「企画自体はよろしい……」

課長「あとは──君の企画に対する“熱意”を示すだけだ。来たまえ」

男「応ッ!」



相手は上司、しかも同僚との死闘のダメージも残る!

だが、相手が社長であろうとも奥歯をもぎ取れるのが、真のサラリーマン!

だが、装甲車にハネられても戦うことができるのが、真のサラリーマン!

男は真のサラリーマンであった……!
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:11:18.39 ID:ic0sodUd0
課長はシャチハタ使い!

両手に持った時価数百円のシャチハタによる高速突きで、精密に急所を狙う!

ひとたび急所に押印されれば、落命は必至!



バババババッ!

課長「さあさあ、どうしたのかね?」バババッ

課長「避けてばかりでは、企画は通らんぞ」バババッ

男(速いッ!)

男(会社帰りのバッティングセンターで銃弾をバットで打ち返す鍛錬を繰り返し──)

男(鍛えに鍛え上げた我が動体視力!)

男(にもかかわらず、課長の突きを完全に見切れないッ! 反撃のスキがないッ!)

課長「打つ手なしか。君には失望させられたよ……ガッカリだ」バババッ

男「!」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:11:51.77 ID:ic0sodUd0
エリート≪どうやら期待外れだったらしい。ガッカリだ≫

今朝の完全敗北、フラッシュバック!

あの痛みが、あの屈辱が、あの不甲斐なさが、男の後退した心と体に火を灯す!



男「見くびらないで下さい、課長!」ダッ

課長「無策で突っ込むか」

課長「無策には、無情で答えるのみ」



メキィッ……!

課長のシャチハタが、男の額にクリティカルヒット!

ひび割れる頭蓋骨!

しかし、割れた男の頭に浮かぶは、勝利の二文字!
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:12:31.75 ID:ic0sodUd0
男「取ったァッ!」ガシッ

課長(これは──関節技!?)



関節技(サブミッション)──腕ひしぎ逆十字!

頭と引き換えに、右腕をゲットだぜ!



課長「参った、ギブアップだ!」パンパンッ

男「折るッ!」グンッ

ボギィッ……!



課長の右腕、あらぬ方向にヘアピンカーブ!

男の勝利である!
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:13:49.36 ID:ic0sodUd0
課長「……よくやった」プラーン…

課長「もし私のギブアップで、折るのを躊躇していたら企画は通さなかった」

課長「君の熱意、受け取ったよ。この企画書はあとで部長に上げよう」ニッ

男「課長」

男「課長の右腕……音を立てて骨を外しただけで、折ってはいませんッ!」

課長「フッ……どうやら、今日のところは私の完敗のようだな」

キーン…… コーン…… カーン…… コーン……



係長「課長、昼ごはんにしましょう」ガタッ

課長「うむ」

OL「あたし、友達と食べてこようっと」ガタッ

同僚「俺は外で食ってくるけど、お前は?」ガタッ

男「私には愛妻弁当がある」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:14:58.43 ID:ic0sodUd0
昼休み──

男(妻よ……)

男(君の作ってくれた弁当で、午後への活力を養わせてもらうよ)

男「いただきます」ペコッ



弁当とは、愛の結晶也!

わずか20cm四方の箱から漂う、溢れんばかりの妻の愛!

蓋を開ける前からすでに男の全身は紅潮し、完熟トマトにも似た様相!

いざ、開封!



男「…………」パカッ

男(中身が──)

男(無いッ!)
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:15:36.21 ID:ic0sodUd0
箱の中には手紙が一枚あるのみ!

果たして事件の真相とは!?



『申し訳ございません、あなた』

『本日のお弁当、我ながらあまりに出来がよかったので』

『自分で全部食べてしまいました』

『かくなる上は、いかなる処罰をも受ける所存です』



この手紙を読み、男の脳裏に芽生えた感情──

哀ではない! 楽でもない! ましてや怒などでは断じてない!

圧倒的、喜!
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:16:47.44 ID:ic0sodUd0
思わず自分で食べてしまうほどの料理を作り上げた妻への祝福!

わざわざ手紙で事情を説明する妻に対しての感服!

そしてなにより、申し訳なさそうに台所でつまみ食いをする妻を想像するだけで──

こんな台詞が飛び出てしまう!



男「最高じゃないか……!」



男の胃袋は満たされていた……。

もはや、フルマラソンを百回完走しても使いきれないほどのカロリーが、

男の肉体に充填されていた!

ついでに頭蓋骨も完治!

これで午後も戦える!
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:17:19.81 ID:ic0sodUd0
午後開始!

係長「じゃあぼくと出かけようか。今日こそ契約を取ろう」

男「はい、同行させていただきます」



外回りとは、闘い也!

本日回る企業は二社!

一社目は『中小企業』!

中堅ながら堅実な経営で地盤を固める会社である!

そしてクライマックスを飾る二社目は──『一流企業』!

日本有数の大企業であり、この企業にとってみれば男の会社などノミの如し!

だからこそ、燃える!
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:18:39.15 ID:ic0sodUd0
< 営業車格納庫 >

男「エンジントラブルッ!?」キュルルル…



運転とは、闘い也!

車は機械、故障は付き物!

いくらキーを回しても、車は沈黙! シカト! 完全無視!

このままでは中小企業との商談時刻に間に合わぬ確率、実に120%!

どうする、サラリーマン!?



男「私が……車を持ち上げて運びますッ!」

係長「よくいった」ニコッ

係長「もし電車で行きましょう、タクシーで行きましょう、などといいだしたら」

係長「ぼくは君を軽蔑し、社内に置いていくところだった」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:19:22.45 ID:ic0sodUd0
重さ1.5トンの営業車を担ぎ、中小企業への道を急ぐ二人の漢!

二人の足の速さ、およそ時速400km! 東京大阪間を一時間で駆け抜ける速度!



係長「たまには車に乗るのではなく、車を乗せるってのもいいもんだろう?」

男「はい」

係長「おっと、そこの十字路を右だ」

男「はい」

男(係長……温和ではあるが、同僚や課長にも劣らぬ、真のサムライッ!)

係長「照れるじゃないか、サムライだなんて」

男「心を読まないで下さい」

係長「ごめん」



サラリーマンの中には、ごくまれに心を読める人間がいるという!

係長もその一人!

一説によると、本の読みすぎで心を読めるようになったとか……。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:20:59.53 ID:ic0sodUd0
< 中小企業 >

ズシンッ……!

駐車場に車を置き、いざ出陣!



男「この会社……こんなところに池なんてありましたっけ?」

係長「いや……ぼくの記憶ではなかったはずだけど」

中小社長「それは私の涙ですよ」

男「なんですってッ!?」



すかさず男が池の水を舐める! まさしく涙の味!

男の敏感な舌は、さっぱりした塩味に隠れた、ある感情を見逃さなかった!



男「この涙は……感動の味がいたします」

係長「さすが、体液ソムリエの資格を持っているだけのことあるね」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:21:48.03 ID:ic0sodUd0
中小社長「感動したのは……あなたたちに対してです」

男「我々に!?」

中小社長「私はプライベートではドライブが趣味でして、車の声を聞く能力があります」

中小社長「あなたたちの営業車はこういっています」

中小社長「故障して走れないボクを、見捨てず運んでくれてありがとう、と」

男「ああっ……!」グスッ

係長「ううっ……!」グスッ

中小社長「例の件ですが、あなたたちのおっしゃる条件で契約しましょう!」

男「ありがとうございますッ!」



    契    約    完    了    !    !    !
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:22:22.00 ID:ic0sodUd0
ブロロロロ……!

係長「契約できたし、車も治してもらったし、よかったよかった」

男「ええ」

係長「しかし……次の『一流企業』はこううまくはいかないだろう」

係長「ちゃんと遺書は書いてきたかい?」

男「不要」

男「むろん死する覚悟はありますが、むざむざ死ぬつもりはありませんから」

係長「いい答えだ」ニコッ



二人は知っている!

『一流企業』の恐ろしさを!

中途半端なサラリーマンではたとえ命を百個持ち込もうとも、

受付嬢に会うことすらできず全てを使いきってしまうと……。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:23:07.79 ID:ic0sodUd0
ブロロロロ…… キキィッ!

男「なんですか、あの真っ黒なビルは?」



男の瞳に映り込んできたのは、信じがたき光景!

漆黒に塗り潰されたビルの中で、幽鬼のように痩せ衰えた社員たちが

まるで生気の感じられない目で労働、労働、また労働! 労働地獄絵図!




係長「ああ、あのビルは……『ブラック企業』だ」

係長「彼らは社畜といって、365日24時間休みなく働かせ続けられるのさ」

係長「むろん、給料なしでね」

男「……そんなことが許されるんですか!?」

係長「許せはしないが……こうして堂々と経営しているのが許されてる証拠だ」

係長「政府や警察に多額の賄賂を贈っているんだろう」

男「ゆ、許せない……! 私は許すことができませんッ!」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:23:58.29 ID:ic0sodUd0
寄り道とは、闘い也!

男は激怒した!

同情心からではない!

彼にとってサラリーマンとは誇り高きもの! 人生そのもの! 歩むべき道である!

そのサラリーマンに家畜未満の待遇を与え侮辱するブラック企業の行いが、

男には我慢ならなかったのだ!

堪忍袋の緒、完全切断!

プッチーン!



男「係長、私は行きます! 行かせて下さい!」

係長「やれやれ寄り道してる時間などないというのに──」

係長「いいだろう、行ってきなさい!」

男「感謝ッ!」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:24:37.34 ID:ic0sodUd0
< ブラック企業 >

社畜A「メェ〜……メェ〜……」テキパキ

社畜B「モォ〜……モォ〜……」テキパキ

社畜C「ブゥ〜……ブゥ〜……」テキパキ



社畜に言葉は無い!

言語を失念するほどの無心でただただ働き続ける、ロボット以上のロボットなのだ!



男(なんとむごい! ……むごすぎる!)

男(これは……社長のブラック魔術にて自我を奪われているッ!)

男(社長を倒せば、彼らも元に戻るはず!)

男(待っていろ! この私が必ずや邪知暴虐社長の悪行を滅するッ!)
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:25:33.15 ID:ic0sodUd0
< 黒社長室 >

黒社長「フォフォフォ……今日も社畜を酷使したおかげで人件費ゼロだわい」

男「貴様ッ!」シュザッ

黒社長「何奴!」

男「私は貴様の行いを許せぬサラリーマン!」

男「ブラック企業の長たる貴様を……労働基準法に代わって成敗にしに来たッ!」

黒社長「フォフォフォ……愚かなことよ」

黒社長「おぬしも我がブラック魔術で、社畜に生まれ変わらせてやろう」

黒社長「サビ斬ッ!」シュッ

ザンッ!

男「ぬっ!」

男(斬られた箇所から……体が錆びていく!?)



ブラック魔術──サビ斬!

この手刀で肉を斬られれば、たちまちのうちに全身が錆びついてしまう!
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:26:23.85 ID:ic0sodUd0
男(体が……うまく動かん……)ギシギシ…

黒社長「フォフォフォ、あっけないのう。もうまともに動くことすらできまい」

黒社長「そして、思い知るがいい」

黒社長「使うことすら許されず、溜まりに溜まった形ばかりの有休の怨念をッ!」



使用されずに消え去った有給休暇は怨念と化す!

凝縮された怨念は健康な肉体にまとわりつき、社畜へと転生させてしまう!

ウオォォォン……!



黒社長「フォフォフォ、これを浴びて社畜にならなかった社員は皆無!」

男「ぐああああ……っ!」ミシミシミシ…

黒社長「企業とは悪! 労働とは絶望! 闇こそがサラリーマンの本質よ!」

男「ちっ、違う!」ミシミシ…

男「断じて否ッ!」ミシミシ…
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:27:22.48 ID:ic0sodUd0
男「企業は希望! 労働は誇り!」グググ…

黒社長(バカな!? 錆びついた体であの怨念を受けて、動けるのか!?)

男「サラリーマンとはッ!」

男「いかなる闇にも屈さぬ、閃光ッ!!!」カッ



 社 員 閃 光 ( シ ャ イ ン シ ャ イ ン ) ! ! !



黒社長「ぐおおおおっ!?」

黒社長「なんだこの凄まじい光はッ!?」

黒社長「我が闇が……呑ま……れ、る──……」ボシュッ…



男が放った闇を圧する閃光は、ブラック企業をビルもろとも粉砕!

これぞまさしく──

    物    理    的    倒    産    !    !    !
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:28:10.18 ID:ic0sodUd0
白社長「フォフォフォ……君の光で目が覚めた。素晴らしい気分だわい」

白社長「社畜──いや社員たちにはこれまで払っていなかった給料をまとめて払い」

白社長「今後は最上級の福利厚生を約束しよう!」

男「うむ」

男(操られていた社畜たちも、どうやら自我を取り戻したようだ)



かくして『ブラック企業』は『ホワイト企業』に生まれ変わった!

後に「世界一給料が高く、世界一労働時間が短い企業」としてギネスに載るのだが、

それはまた別の話。



係長「みごとだ。みごとな社員閃光(シャインシャイン)だったよ」

男「恐れ入ります」

係長「さて、いい準備運動になったろうし、『一流企業』へと向かおう」

男「はいッ!」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:28:53.01 ID:ic0sodUd0
< 一流企業 >

受付とは、闘い也!

己の名と用件を伝え、案内を待つわけだが──

大企業であればあるほどプライドの高きことエベレストの如し!

弱者を応接する気、さらさら無し!

資格無き者は、門前払いどころか門前撃滅!



受付嬢「……なるほど、本日は商談で参られたのですね?」

係長「はい」

受付嬢「では──我が社に足を踏み入れる『資格』を示してみよッ!」ゴゴゴ…

係長「分かりました」

男「係長、私が──」スッ

係長「いや、君がブラック企業で受けた傷は軽くないはず」

係長「ここは上司であるぼくを、頼ってくれ」ザンッ
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:29:40.42 ID:ic0sodUd0
受付嬢、歓迎100%の受付スマイルから、殺戮100%の般若スマイルに変貌!



受付嬢「キエエエェェェッ!」バオッ

ズドォッ!

係長「ぐおぉっ!」ドザァッ



受付嬢は美しい! 心も肉体も美しい!

なにより打撃が美しい!

完璧フォームから放たれるビューティフルキックは、敵を醜く破壊する!



係長「どうやらアレを……使わざるをえない相手のようだ」ヨロッ…

係長「来い!」ピピッ

男(早くもアレを!? あの受付嬢、やはり超一流の実力者ッ!)
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:31:05.87 ID:ic0sodUd0
係長はホワイトボートの達人!

係長の議事録の完成度に皆が魅せられ、会議が中断するのは日常茶飯事!

しかし、ホワイトボードは戦車として使われて初めて真価を発揮する!

タイヤ付きホワイトボートを、サーフィンのように乗りこなす係長!

その全開タックルは、最高速ダンプカーを真正面から粉末と化す性能!



係長「ホワイトボード……アタックッ!」ガラガラガラ…

ズドォォォンッ!

ふっ飛んだ受付嬢、受け身も取れず壁にダイレクト衝突!



受付嬢「『資格アリ』です」ニコッ

受付嬢「案内の者が参りますので、あちらの席におかけになって、お待ち下さい」

受付嬢「ごふぅぅぅぅぅっ!」ブバァァァッ



きちんと受付嬢の業務を果たしてから、吐血! これぞ受付嬢の矜持!
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:31:39.33 ID:ic0sodUd0
一流社員「お待たせしました。応接室までご案内します」スッ…

係長「これはどうも」

男(この社員……かなりの実力者ッ!)ゾクッ

男(今日の我々の相手は、この社員なのか!?)

係長「ちがうよ」

係長「今日の相手はここの部長さんだ。彼よりもずっと強い」

男「!」



案内役の平社員ですら、男を焦燥させるほどの闘気を放つ!

これが一流企業のレベルなのだ!

もう一度言おう!

これが一流企業のレヴェルなのだ!
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:32:32.01 ID:ic0sodUd0
< 応接室 >

商談とは、闘い也!

社の看板を背負いし企業戦士が、鍛えた心と技で覇を競い合う晴れ舞台!



係長(バ、バカな……! 何故この人が……!?)

係長(一流企業からすれば、さほど大きな商談でもないのに、何故!?)

係長「今日私どもがアポイントを取っていたのは、部長殿だったはずですが……?」

女社長「あら……」

女社長「女性が商談相手では不満かしら?」クスクス…



今日の商談相手──まさかの展開!

一流企業の首領(ドン)、女社長!

男尊女卑大いに結構! そのぐらいのハンデがなくば男は女(わたし)に勝てぬ!

と豪語する女傑である!
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:33:07.73 ID:ic0sodUd0
係長(マズイ……マズイぞ!)

係長(部長ならばぼくでも僅かに勝ち目はあった! しかし、彼女が相手となると──)

男「女社長殿」ズイッ

男「今日の我々の相手は、あなたですか?」

女社長「いいえ……だけどとびっきりの相手を用意してあるわ」

女社長「まだ若手だけど、アタシのお気に入りのオ、ト、コ」

女社長「入ってきて〜!」パチンッ

ガチャッ……

エリート「どうも、失礼します」ペコッ

男「!?」



ビビビッ!

まさかの再会!

朝の電車で味わった完全敗北、あの尻と心の痛みが数千倍になってカムバック!
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:33:48.19 ID:ic0sodUd0
係長(マズイ……マズイぞ!)

係長(部長ならばぼくでも僅かに勝ち目はあった! しかし、彼女が相手となると──)

男「女社長殿」ズイッ

男「今日の我々の相手は、あなたですか?」

女社長「いいえ……だけどとびっきりの相手を用意してあるわ」

女社長「まだ若手だけど、アタシのお気に入りのオ、ト、コ」

女社長「入ってきて〜!」パチンッ

ガチャッ……

エリート「どうも、失礼します」ペコッ

男「!?」



ビビビッ!

まさかの再会!

朝の電車で味わった完全敗北、あの尻と心の痛みが数千倍になってカムバック!
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:34:23.54 ID:ic0sodUd0
係長(おそらくぼくではまず勝てまい……だが君なら勝機はある)

係長(だから、あのエリート社員に少しでもダメージを与えて──君に託すッ!)



係長の悲壮なる決意!

男を信じていないわけではない。

信じているからこそ、男の勝率をコンマ1でも増やすべく先に出陣!

この心意気、心読めぬ男にも光ファイバー以上の正確さで伝わった!



係長「まずはぼくからだ」

エリート「おや? ボクは二人同時でもかまいませんよ」

係長「結構、ぼく一人で十分だ」



愛ホワイトボートに乗る係長!

いざ、ホワイトボートアタック!

ガラガラガラガラガラ……!
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:35:37.36 ID:ic0sodUd0
エリート「へぇ〜ホワイトボード使いとは珍しい」

エリート「たしかに素晴らしいスピードだ。まともにぶつかればタダじゃすまない」

エリート「だけど──」スッ



エリートは爆走するホワイトボードの側面に回り込んだ!

ホワイトボードの側面、すなわち白板にパンチング!



エリート「ホワイトボード最大の弱点……薄いから横からの攻撃ですぐに横転する!」

係長「しまっ──」グラッ…



ドッシャァンッ!

係長onホワイトボート、堕つ!

係長の血がべっとりとついたホワイトボード、まるで日本国旗のようだ!
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:36:22.63 ID:ic0sodUd0
男「係長ッ!」ガシッ

係長「す、すまない……役に立てなくて……」

係長「だが……君なら……勝て、る……頼んだ……よ……」ガクッ

男「係長ォォォォォォォォォォッ!!!」



しかし、今は商談中! いつまでも係長にすがってはいられない!

エリートに向き直った男の眼光は、数秒前までとは次元が違った!

三次元から四次元へ!

四次元アイズ!



エリート「強い……。朝、電車で会った時の甘さが、まるでなくなっている」

女社長「あら、勝つ自信ない?」

エリート「いいえ、常勝こそがエリートの条件ですから」

エリート「今のボクの心境は、いい声で吠える猫を見かけた虎、といったところです」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:37:04.02 ID:ic0sodUd0
男「勝負ッ!」ダダダッ



ドゴォッ!

助走をつけ、全体重を乗せた右ストレート!

防御に使ったエリートの腕をきしませる!

だが、エリートに浮かぶは余裕かもし出す笑み!



エリート「いいパンチだ……猫からイリオモテヤマネコに昇格しよう」ビリビリ…

エリート「だが、しょせんはイリオモテヤマネコ!」

エリート「虎には勝てないッ!」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:37:44.68 ID:ic0sodUd0
エリート「会釈ッ!」ブンッ

ガッ!

エリート「敬礼ッ!」ブオンッ

ガツンッ!

エリート「最敬礼ッ!」ブワオンッ

ドゴォンッ!



15度、30度、45度!

お辞儀と同時に頭突きを放つ三段攻撃! 礼儀と暴力の一体技!

礼を尽くした頭突きを喰らわば、喰らった相手は霊となる!



エリート「社長、終わりました。もう永遠に立てないでしょう」

女社長「いいわぁ〜、あとで特別ボーナスあげるわね」

男(なんという強烈な頭突き……私は死ぬ、のか……)
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:38:15.55 ID:ic0sodUd0
キュゥ〜〜〜ッ!



エリート「!?」

女社長「きゃっ!」

男「!」ガバッ



突如発生した謎の怪音!

意識のない係長が、マーカーをホワイトボードにこすりつけたのである!

この音が気付けとなり、男は三途の川ツアーをかろうじて免れた!



男(係長……無意識にもかかわらず、私のことを助けてくれたのですね……)

男(ありがとうございますッ!)
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:39:14.04 ID:ic0sodUd0
エリート「せっかく拾った命、無駄にしない方がいい。今度は本当に死んでしまう」

男「死ぬ死なないを問うなら、情けをかけられた時点で私はもう死んでいるッ!」

男「もはや私は死人ッ!」

男「しかし、クビが飛ぶまでは私はサラリーマンだッ!」

男「サラリーマンである以上、私は戦うッ!」

エリート「!」ゾクッ

女社長(さっきの係長といい、彼といい、小さいながらなかなかの会社じゃない……)

エリート「なるほど……これまで本気を出していなかった非礼を詫びさせてもらう」

エリート「アナタはボクの武器で、全力を以って倒すッ!」スッ…



エリートが懐から取り出したるは、名刺入れ!

そう、エリートの本領は徒手空拳に非ず!

エリートは、名刺使いだったのだ!



エリート「名刺とは命刺(めいし)ッ! 命刺し殺す殺人兵器ッ!」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:39:57.86 ID:ic0sodUd0
名刺交換とは、闘い也!

サラリーマンは先方の名刺を、絶対に避けてはならない! 受け止めるべし!



エリート「七枚投げェッ!」

シュバババババババッ!

男「頂戴いたしますッ!」



右手でキャッチ! 左手でキャッチ! 右足でキャッチ! 左足でキャッチ!

右まぶたでキャッチ! 左まぶたでキャッチ!

しかし、残る一枚──



ザクゥッ……!

男「が、はっ……!」

頸動脈、直撃す!
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:40:48.15 ID:ic0sodUd0
男「まだだッ! 首は斬れても、首は落ちていないッ! クビではないッ!」



ブシュウゥゥゥ……!

エリート「!?」

頸動脈から噴き出る血を、目潰しに使用!

さしものエリートにも、コンマ数秒のスキが爆誕!



男「うおおおおおおおおおッ!!!」

ドゴンッ! ドンッ! ズドンッ! ボゴンッ! ズガンッ!

ボガンッ! ズギャンッ! ドカンッ! ズドッ! グシャンッ!



一撃必殺の拳が、十撃入った!

エリートの皮膚、筋肉、血管、骨、内臓、プライドが、砕かれる!



エリート「が、がふっ……ごふっ……!」ガクガク…
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:41:28.82 ID:ic0sodUd0
エリート「……素晴らしい」ゴフッ

エリート「アナタならば──」

エリート「受け取れるかもしれない」

エリート「このボクの、真の名刺をッ!」

男(真の名刺!?)

女社長「ちょ、ちょっと! やめなさい! あの名刺は使うなといったはずよ!?」

エリート「すみません、社長」

エリート「ですが、この人ならボクの全力を受け切れるかもしれない!」

エリート「ならボクは全力を出したい……たとえ街を滅ぼすことになろうとも!」

女社長「……バカ」



ゴゴゴゴゴ……

『一流企業』ビルの真上に、巨大な直方体が降りてきた!

これぞ、禁断の名刺といわれた──

    メ   テ   オ   名   刺   !   !   !
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:42:28.72 ID:ic0sodUd0
< 一流企業屋上 >

衛星軌道より飛来した巨大名刺、メテオ名刺!

エリートは空中へ飛び上がり、降りてきたメテオ名刺の上に乗る!



ゴゴゴゴゴ……

エリート「さあ、受け取ってもらおうかッ!」

エリート「この質量100万トンを誇る──ボクの名刺をッ!」

男「無論ッ!」

男「名刺を差し出されれば、必ず受け取るのがサラリーマンッ!」

男「頂戴いたしますッ!」



ズドォォォォォンッ!!!

降りてきた名刺を、両手で必死に支える男!

支えきれなくば、100万トンの名刺が街を木端微塵に消滅させる!

今や男が命綱、大黒柱!
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:43:37.34 ID:ic0sodUd0
男「うおおおおっ!!!」グググ…

エリート「さぁ、受け取れるかい!」

エリート「ボクの会社と所属と名前が書かれた、ボクの名刺(プライド)を!」

ズゥゥゥゥン……!

男(なんという巨大質量!)ガクンッ



男の全身がきしみ、歪み、ねじ曲がり、穴という穴から血が噴き出す!

肘は折れ、膝は曲がり、大黒柱だった男は偽装建築柱にランクダウン!



男(ダ、ダメだ……)ググッ…

男(お、押し潰される……)グググ…

男(もう……体が……)ググッ…

女社長(やはり無理ね……残念だけど、この街は消滅するわ)

女社長(アタシたちのビルもろともね)
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:44:19.23 ID:ic0sodUd0
しかし!

この時、男の目にホワイトボードの赤い文字が見えた!

係長の血で書かれた『まけるな』という激励(メッセージ)!



男(係長……!)ググッ…

女社長(ほんの1ナノメートルだけど、わずかにまた持ち上がった!)

エリート「だが、所詮は一時しのぎ!」

エリート「やはり無理なのかッ! ボクの名刺を受け取ってはくれないのかッ!」



エリートの苦悩……。

生まれつき容姿端麗、才色兼備、文武両道、完全無欠……。

LV99、所持金マックス、最強装備でゲームスタート……。

ゆえにエリートの全力を受け止められる漢はいなかった!

強敵に出会うたびコイツならばと胸をときめかし、数十秒後には失望! この繰り返し!

今回もそうなってしまうのか!?
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:44:58.79 ID:ic0sodUd0
すると──



課長「さっきの企画書は社長まで通った! こんな“通過点”で負けてくれるな!」

同僚「お前がいなくなったら、俺が楽勝で若手ナンバーワンになっちまうじゃねえか!」

OL「お願い……勝って! また一緒に仕事しようよ!」

コピー機『我を目覚めさせた者が、これしきの試練でくたばるはずがない!』



『一流企業』に出向いた二人を案じ、駆けつけてきた同胞たち!

彼らの声援が、男の五臓六腑に新たな力を生む!



男(課長……! 同僚……! OLさん……! コピー機まで……!)ミシミシ…

男「ぐっ……ぐおお……っ!」グググッ…

エリート(また少し持ち直した!)

エリート「だが、一時的に期待させてくれる敵ならこれまでいくらでもいた!」

エリート「ぬか喜びは結構! どうせ失望させるなら、早いところ沈んでしまえッ!」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:45:27.29 ID:ic0sodUd0
男「が……ぐ……っ!」ミシミシ…

男「ぐおぁぁっ……!」ギシギシ…

『あなた……』

男「!?」

『あなた、愛していますわ』

男「!」

男(これは我が妻の声ではないか……!)

男(なにゆえ、家にいるはずの妻の声が……!?)



幻聴か!? 妄想か!? 奇跡か!?

突如男の脳に響く、妻の声!

いったいどういうことなんだ、教えてくれ!
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:46:07.08 ID:ic0sodUd0
< 自宅 >

妻「あなた……」ムニャ…

妻「あなた、愛していますわ」ゴロン…



なんと妻は昼寝中!

怠惰ゆえではない!

年収百億円の価値があるといわれる、超高速精密家事を駆使した妻!

夜中に帰宅する夫を万全の態勢で出迎えるべく、絶賛回復中!

いわばこれ、超積極的昼寝!

死の淵に立つ夫と、夢の奥に眠る妻! ゆえに二人は繋がった!

幻聴でも、妄想でも、ましてや奇跡でもなんでもない!

愛ゆえの直結! 愛ゆえの直通! 愛ゆえのラブ・ホットライン!
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:46:50.15 ID:ic0sodUd0
< 一流企業 >

男(妻よ、私は必ず帰る!)

男(仲間よ、私は必ず勝つ!)

男(エリートよ、私は必ず受け止める!)

男「があああああああああっ!!!」グンッ

エリート「なにいいいっ!?」



メテオ名刺、静止。

100万トンを誇る超巨大質量は地上に到達することなく、

一人のサラリーマンの手によってみごと受け止められた。



エリート「う、受け止める……とは……」

男「いい……名刺、ですね……」ニコッ
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:47:23.09 ID:ic0sodUd0
ズオォォォ……!

宇宙(そら)に還ってゆくエリートのメテオ名刺!

これすなわち、メテオ名刺が男を新たな持ち主と認めた何よりの証拠!



エリート「ハハ、ハハハ……!」

エリート「み、みごと……! みごとだ!」

エリート「これはもう、完全にボクの負け──」

男「ま、まだ……」ヨロッ…

エリート「え?」

男「まだ……名刺交換は……終わって……な、い……」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:48:15.50 ID:ic0sodUd0
男「わ、私の名刺を──」スッ…

エリート「ちょ、頂戴いたします……!」スッ



家に戻るまでが遠足であるように!

名刺交換は、互いの名刺が互いの手に行き渡るまでが名刺交換である!

今たしかに、互いの名刺は互いの手に渡った!

名刺交換、終了!



男「今後とも、よろ、し……く……」ヨロ…

エリート「よ、よろしくお願いします!」

女社長「…………」

女社長「エリート君、アナタの完敗ね」ポン…

エリート「はい……!」ボロボロ…
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:49:02.56 ID:ic0sodUd0
エリート「今朝はすまなかった……」

エリート「今後もアナタには、ボクのよき取引相手になって欲しい……!」

男「ああ……もち、ろん……」



商談終わればノーサイド!

男のサラリーマン人生に、また一人好敵手ができた!

人脈もまた、サラリーマンの武器である!



女社長「アナタが責任者?」

課長「ええ、二人の上司です」

女社長「アナタたちがウチの部長と進めていた件、おたくと契約させてもらうわ」

課長「……ありがとうございます! 部下も報われます」



    契    約    完    了    !    !    !
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:51:17.64 ID:ic0sodUd0
OL「やぁ〜っと、あたしの出番ってワケね!」

OL「さあさ、あたしのお茶を飲んで!」



お茶汲みとは、闘い也!

OLはお茶使い!

嫌々お茶汲みをやっているうちに極めに極め、今や茶道百段! 日本で五指に入る格!

茶道百段ともなれば、重傷を癒やすお茶を入れることぐらいお茶の子さいさい!



男「…………」グビッ

係長「…………」グビッ

男「元気ハツラツ!」シャキーン

係長「ファイト一発!」シャキーン
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:53:00.94 ID:ic0sodUd0
< 居酒屋 >

飲み会とは、闘い也!

彼らの強靭な肝臓は、アルコールを勢い余って完全消滅させてしまう!

少しでも酔いたければ、飲むべし! 飲むべし!



課長「みんな、よくやってくれた! 今日は私のオゴリだ!」

男「じゃあ私は生ビールをプール一杯分」

係長「ぼくもそうしようかな」

同僚「俺も!」

OL「あたしはウォッカをダム一杯分、お願い!」

コピー機『我はロマネコンティ』

店員「はいよーっ!」

課長(やれやれ……また妻に小遣いせびらないとな)
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:53:46.55 ID:ic0sodUd0
< 自宅 >

飲み会終われば、あとは帰宅!

愛する妻待つ我が家へと!



男「ただいま」

妻「お帰りなさいませ」

妻「あなた、ごめんなさいね。今日のお弁当──」

男「いや、気にしないでいい。あれはあれで最高だったから……」

妻「?」

妻「じゃあ──」

妻「お風呂になさいます? それともお夜食? それとも私?」

男「君で」



即答であった!
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:54:16.54 ID:ic0sodUd0
< 寝室 >

布団に入る若夫婦!

しかし、今は男はサラリーマンではない!

もう闘わなくていいのだ!



男「……ちょっと愚痴ってもいいかな?」

妻「どうぞ」

男「ありがとう……情けない夫ですまん」

妻「いいえ」

男「……今日は朝から電車で、いきなり女の子に痴漢呼ばわりされて大変だったよ」

男「しかも、座席を取られて、取った人の膝に座ったら画鋲が仕掛けてあってさ……」

男「あと午後には、営業車が故障しててこれもどうしようかと思った」

男「『一流企業』では、ものすごい名刺を受取るハメになって──……」
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:56:54.93 ID:ic0sodUd0
サラリーマンには不平不満が付き物!

無敵のサラリーマンである男だが、この時ばかりは甘えてしまう!

妻の大いなる慈愛により、男のストレスは吸収され、明日への活力となる!

妻もまた、男の愚痴を聞くことで、痛みを共有し待つ辛さに耐えられるのだ!

これでもう本日の闘いは終わり──いやまだあと一戦残っていた!



男「じゃあそろそろいいかな……?」モゾ…

妻「ええ、どうぞ」



夫婦生活とは、闘い也!



                                   < 完 >
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/27(日) 13:57:30.64 ID:ic0sodUd0
余所で昔投下したSSですが読んでもらえれば嬉しいです(若干の修正もアリ)
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/27(日) 15:12:03.01 ID:Y4r7PEJQo
勢いが素晴らしい
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