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高森藍子「加蓮ちゃんたちと」北条加蓮「生まれたてのカフェで」
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18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:51:38.10 ID:mOMWMpAw0
>>17
下から5行目の一部誤字を訂正させてください。
誤:そう言って手拭きを渡してあげた藍子は、以外にもあまり焦っているようには見えなかった。
正:そう言って手拭きを渡してあげた藍子は、意外にもあまり焦っているようには見えなかった。
「わたし、わくわくジュースがだいすき!」
1度失敗したことはしっかり学習して、しろちゃんと代わりばんこに喉を鳴らしたそーちゃんが、はいっ、と手を上げた。
もちろん、肘のところはしっかり曲げてねっ。
「そーちゃん。口の回りが、レモン色になっちゃってますよ」
「えっ、そうなの? わたし、レモンになっちゃった!」
「……うくっ……」
「藍子ー、見てみてー。私はぶどうになったよー」
「あ、あはっ……。もぉっ……。加蓮ちゃん、変なところ、でっ……もおぉっ……!」
「しろちゃんは、なにになったの?」
「……わたしは、しろな、って、言います」
「んふっ」
藍子がお腹を抱えてあっち側を向くのを、そーちゃんはすごく不思議そうに見ていた。
あとついでに後ろの看護師さんも笑いを堪えていた。肩を震わせる度に何故か私の脇腹をどつきながら。理不尽すぎる。
「かれんちゃん、あいこちゃんがへんになっちゃったよ?」
「しばらくそっとしてあげてね。藍子ちゃんは、たまにこうなっちゃうの」
「そうなんだ!」「……だっ」
「それよりも、そーちゃん。しろちゃん。ジュースを飲んだ後はなんて言うのか、知ってるかな?」
「あっ、わたし知ってるよ! しろちゃんも、知ってるよね?」
「…………、」
「知ってるって! じゃあ、かれんちゃんも、せーのっ、で言おう!」
「いいよ。せーのっ」
ごちそうさま!
……でしたっ。
合わさった声に、少しだけ遅れてついてきたしろちゃんの付け加え。その頃には藍子もどうにか元通りに戻っていて、ほんわかと笑みを……口の端はちょっとだけつり上がっていたけど、とても優しい笑顔で頷いた。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:52:07.88 ID:mOMWMpAw0
□ ■ □ ■ □
ジュースを飲み終えたら、メニューの次のページへ。予想通り、そこにはいくつかの食べ物の名前と写真が載せられていた。
「あっ、これ見たことある! かれんちゃん、この前たべてたよねっ!」
「んー? うん、食べてたよ」
「すごい、すごいっ。わたしも、たべていいの? かんごしさん、だめって言わない?」
「ええ、今日はクリスマスだから」
「やったー!」
両手を上げてはしゃぐそーちゃんに対し、しろちゃんは顔をメニューにくっつけるほどの近さで写真を見つめていた。
「…………、」
「しろちゃん。しろちゃんは、どれが食べたいかな?」
「あ……。あの、わたし」
「うんうん」
「これが、ほしいです……っ!」
指差したのは2枚重ねのホットケーキ……の写真なんだけど、ちっちゃな指は写真の右端に映る、うさぎ柄のフォークへ向けられていた。
「え、こっちのが欲しいの? ホットケーキじゃなくて……」
「…………!」
「そっか……。藍子、このフォークは用意してる?」
「もちろん、ご用意していますよ。しろちゃん、いま持ってきますね」
程なくして、私の人差し指ほどの長さのフォークを渡されたしろちゃんは、目線の興味を写真から実物へと移す。
じぃ
と、全然喋らなくなってしまった姿に……少し不安そうに、藍子は看護師さんの方を見た。
「大丈夫よ。いつもこうなんだから、ね」
困っているような口ぶりだったけど、やっぱりどこか嬉しそう。藍子も、ほっとした顔になる。
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:52:36.68 ID:mOMWMpAw0
「さて……」
これまでずっと後ろで見守ってくれていた看護師さんが、いつの間にか私のすぐ後ろにまで迫っていた。座っている私の上から、子供に絵本を読んであげる母親のような高い目線でメニュー表を見下ろす。
「そういえば、加蓮ちゃんの好きな食べ物を聞いていなかったわね」
「……病院食は嫌いだけど?」
「嫌いな物じゃなくて、好きな物のお話。あ、ポテトが好きだっていうのは、病院みんなが知っていることだからね」
「あっそう……」
「でも、さすがにポテトを差し入れるのは、病院に勤務する者としてはちょっとね? だから、他の好きな物を教えてほしいな」
「今はヘルシーポテトとか野菜ポテトとかあるんだけど知らないの? そういう思い込みばっかり――」
って、それよりも気になることが。
「差し入れ?」
「そう、差し入れ。頑張っている加蓮ちゃんへ、病院のみんなからのプレゼント。そろそろあげなきゃいけないって思ってたのよ」
「そういうのホントいいってば……」
「看護師さん、ごめんなさい。食べ物の差し入れは、基本的に駄目だってPさん――プロデューサーさんが」
「あら、そうだったのね。藍子ちゃん、今度、加蓮ちゃんの好きな物をこっそり教えてねー?」
「は〜い。じゃあ、私も今度、ちいさかった頃の加蓮ちゃんの――」
「そういうのホントいいから!」
カフェの前で話した時の、今回の打ち合わせ? の時もそうだけど、この2人、どこまで私のことを共有してるのよ……!
これが終わったら、たっぷりとっちめてやるんだからっ。……もちろん藍子の方だよ? 看護師さんにはどうせ敵わないし!
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:53:07.28 ID:mOMWMpAw0
ホットケーキやパンケーキといったメニューには、すべて「みに」という言葉がついていた。
たぶん、しろちゃんが渡してもらったフォークと同じくらいの、私なら一口で食べれてしまうサイズ。
そーちゃんとしろちゃんは、まだどれを選ぶか迷っているみたい……というより、ほとんどが知らない名前っぽい。
入院患者にとって、カフェのメニューは全部テレビの向こうの物だもんね。
藍子もそこをちょっと気にしているみたいで、テーブルの下でこっそりメモを取っているようだった。
「かれんちゃん……」
困った顔で、そーちゃんが振り向く。
「うん、いいよ。教えてあげる。そーちゃんは、どれが気になるのかな?」
「じゃあ、これっ。かれんちゃんが、食べてたの!」
「これはパンケーキだよ。カフェに行ったら、まずはパンケーキをくださいって言うの」
「そうなの?」
「そうなんです」
「そうです!」
「そーちゃんだっ」
「そうです!!」
ほっほっほー、に続く私達の合言葉……なんてねっ。
軽くタッチをかわしたところで、次はしろちゃんに聞く番。
「しろちゃんは、どれか気になる物はあったかな? なんでも言っていいんだよ」
「……あの、じ、じゃあ、これ――」
「それはケーキだよ。クリスマスには、みんなケーキを食べ」
「じゃなくてっ、やっぱりこれ!」
「え? そっちは、クレープかな。クレープっていうのはね……」
「ううん、やっぱりこっち!」
「ぱ、パフェはえっと、どう言えばいいかなー」
「えっと、えっと……!」
うん。しろちゃん、あなたは間違えなく藍子ちゃんのファンだよ。メニューを決めるまで1時間もかけるのは、間違えなく藍子ちゃんのファンだよ……。
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:53:36.85 ID:mOMWMpAw0
好奇心が何度も爆発した結果、助け舟を出したのは藍子だった。
「実は、次のページにも用意しているんです。ほらっ」
そこには「♪藍子のオススメ♪」と、クレヨンで書いたような文字が。下には2枚の写真が貼ってあって、片方は2ページ目にもあった"みにホットケーキ"に、たっぷりとシロップをかけたもの。もう1枚は、やはりまるまった文字で「?」と書いてある。
そーちゃんとしろちゃんが、同時に写真を指差した。
そーちゃんは「?」を、しろちゃんはみにホットケーキを。
「これにする!」「……する!」
「は〜い。では、ちょっと待っててね」
「はいっ!」「……!」
もしかしたら、こうなるって藍子は予想してたのかな……? 目論見通りにいかないところがあるなら、計画通りになることもあるよね。
藍子はきっと、こうなればいいなって楽しみに思い浮かべながら、この3ページ目を作ったんだと思う。
「なるほど、一部を秘密にすることで興味を惹かせて子供たちをその気に……」
「……看護師さん、ガチ分析は帰ってからやってくれる?」
「あら、ごめんなさい。今はクリスマスパーティーの途中だったものね。それなら、加蓮ちゃんのお話を――」
「それはしなくていいからっ」
「かれんちゃん、おはなししないの?」「……の……?」
「ああもう、えっと、じゃあそーちゃんの話っ! そーちゃんの好きな物の話をしようよ、それでいいでしょっ」
これ以上、暗黒昔話……もとい黒歴史を暴かれる訳にはいかないもんね。特に、キッチンで鼻歌を奏でながら、時折こちらの様子を窺う誰かさんには!
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:54:06.89 ID:mOMWMpAw0
話を逸らせればなんでもよかった。でも脇道の選び方を間違えたかもしれない、そう思ったのは、そーちゃんが例の肘曲げポーズで手を上げて、その手の行き先を失った時だった。
「わたしのおはなし……」
看護師さんも、僅かに険しい顔になる。……病院の患者ならともかく、入院患者は自分の言葉をたくさんは持っていない。
見ている世界が狭く、場合によっては知識も限られる。有り余る時間と幽閉されているが故の好奇心が、その場にいながらも吸収できる知識へと向けられればいいかもしれない。
でもそうじゃない時、辛い現実を突きつけることとなる。
自分探しをした結果、何も見つからず打ちひしがれるのと同じ。
「うんっ。わたし、うたをうたうことがすき!」
だけど、そんな私達の心配を杞憂へと置き去りにして、そーちゃんは立ち上がる。
「あっ、かれんちゃんは知ってるよね!」
「……うん、知ってるよ。歌うこと、楽しいもんね」
「たのしいの! それで、たくさんうたって、わたし、いつかかれんちゃんになるの!」
その言葉を一笑で片付ける人は、ここにはいなかった。病院にもいないといいな、って思う。
「〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪ ……えへへっ」
私の持ち歌の、サビの終わり際。ワンフレーズだけを口ずさんで、そーちゃんは恥ずかしそうに座り直した。
「あのね、おかあさんの前でも、うたってみたの。そうしたら、おかあさん、すっごくうれしそうだった!」
「そう……なの?」
「それでそれで、いつかはかれんちゃんになれるよ、って言ってた!」
「……っ!」
「それでね、それでね。わたし、うたってもあまりつかれなくなったんだよ。おいしゃさんは、わたしががんばったから! って、言ってた!」
「そっか……!」
布の擦れる音がした。看護師さんが背を向けていた。こちらを向き直した時にはもう、あのふてぶてしさすら感じる作り表情。目が、ほんのちょっとだけ赤くなってたみたいだけど。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:54:36.91 ID:mOMWMpAw0
「うーん……。でもね……」
「……どうしたの? そーちゃん」
「おいしゃさん、ときどき家にかえってもいいって言うんだけど……。かえっても、たのしくないの。びょういんの方が、たのしい!」
一時帰宅の許可。確かクリスマス会で話した時にも、少し家に帰れるようになってて、おばあちゃんと話したとか言ってたっけ。
だけど病院の方が楽しい……病院の方が楽しい?
「は……???」
「加蓮ちゃん、そこまで怪訝な顔をすることってあるかしら」
「……そーちゃん、頭大丈夫?」
「あたまはわるくないよって、おいしゃさんが言ってたっ」
看護師さんに頭を引っぱたかれた。
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:55:07.24 ID:mOMWMpAw0
実際のところ、実体験と記憶を全て取っ払って考えると、そーちゃんの考えも分からなくはない。
「加蓮ちゃんが最近、よくバラエティ番組に出るものだから。そーちゃん、真似し始めちゃうのよ。お陰ですっかり、手の焼く子になっちゃってねぇ」
「いやそんなこと言われても……。私だって色々やってみたいしっ。いいじゃん、患者さんの本音が聞きたいとか言ってたの看護師さんだし」
「だし!」「……しっ」
「……藍子ちゃんの苦労が分かるわぁ」
「こら、それどーいう意味」
いつ頃からあの個室にいるのかは分からないけど、ずっと居続けることでどんな場所でも自分の居場所だと思ってしまう。小さい頃は、なおさら。
私としては、病院という狭い世界に定着してほしくはなかった。そんな場所を自分の世界だって思ってほしくはない。
だけど、なんて言えばいいのか分からない。
楽しいって言うのなら、その気持ちを否定してあげたくはない――。
「……そーちゃん」
「はいっ」
「きっと……看護師さんやお医者さんも、そーちゃんが歌うと喜んでくれると思うの」
「そうなの?」
だから私は、別のアドバイスをしてあげることにする。
「ううん。そーちゃんが歌うと、みんなが喜ぶ、そんな人になってほしいな」
「……ええっと、わたしがうたうと、みんながよろこぶ人? に、おいしゃさんがなるの?」
「違うよ。そーちゃんが、そうなるの」
「そうなの? それって、かれんちゃんみたいだね!」
「でしょっ?」
「かれんちゃんがうたってたら、わたし、うれしくなるの! あれっ? じゃあ、わたしがうたって、みんながよろこんでくれたら……わたし、かれんちゃんになれるの!?」
「ふふっ、そういうこと。そーちゃんは、賢いんだね」
「おいしゃさんも、そう言ってくれてた! じゃあ、わたし、うたったらみんながよろこぶ人になる! ……えっと、どうやってなればいいんだろ」
「歌い続けていたら、いつか分かるよ。だから――」
「やくそく、だよねっ」
「うんっ」
「ほっほっほー!」
「……ほっほっほーっ」
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:55:37.74 ID:mOMWMpAw0
答えのゴールラインをずらしている間に、藍子がちっちゃなホットケーキと、クリスマスのショートケーキをさらにミニチュアにしたような物を運んできてくれる。
ほっこりとする湯気と、真っ白の隙間から柔らかそうなスポンジの見える三角形。
そーちゃんが、笑い声に引っ張られて「ほーっ!」と変な声を出しちゃった。それで藍子が笑って、ずっと首を傾げていたしろちゃんも、ほんのちょっぴり口元を緩めて。
「これ、おいしい! かんごしさん、これ、ぜんぶたべていいの!? たべちゃだめって、言わない?」
「ええ、もちろん」
「そーちゃんと、しろちゃんが食べちゃ駄目な物は、ぜんぶ調べましたから。このホットケーキも、ショートケーキも、2人が食べられるものしか入っていないんですよ」
「すごーい!」「……い!」
「そして……加蓮ちゃんも。あなたの好きな味は、これで合っていますか?」
子供サイズのフォークは握ることも難しく、まるでマカロンを食べるように口へと運ぶことにした。
歯を立てた瞬間に凝縮された甘みが広がり……だけどサイズがサイズだからか、あっという間に身体の中へと溶けてゆく。舌に残る生地のふんわり感を、大事にしてあげたかった。
ショートケーキは、生クリーム特有の甘ったるさがほとんど感じられない。その代わりに果物的な甘味があって、こちらは一口飲み込んだ後からすぐに食べたくなる。
ジュース、少しだけ残しておけばよかった。そう思ったが矢先に、藍子が1つのカップを持ってきてくれる。
見慣れた漆黒色とほんの少しのクリーム色。今日初めてのコーヒーだった。
「……うんっ。全部、私の好きな味だよ」
「よかった。今日は、加蓮ちゃんも大切なお客さま。そーちゃんや、しろちゃんのことも、大事ですけれど……加蓮ちゃんだって、忘れた訳ではないんですからね?」
「そんなこと言ってないのに、もうっ」
「えへへ」
……少し、ズルいことを思っちゃった。
それだけ藍子は、私のことが好きなんだな……なんて。
今日の主役の2人には、決して言えないようなズルいこと。
心臓の右端に生まれたぬくもりを、そっと抱え込んで。
「そーちゃん、しろちゃんっ。どう、美味しい?」
「すごい、すごい! おいしいっ!」
「…………、!」
「そっか。美味しいね、よかったね……」
キッチンシンクに、水が一滴垂れる音がした。それはカフェで聞く水音と、よく似ている物だった。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:56:06.81 ID:mOMWMpAw0
□ ■ □ ■ □
意外にも、わんぱくなそーちゃんの方が食べる速度は遅く、逆にしろちゃんはさっさと食べ終えてしまった。
そーちゃんが開きっぱなしにして置いていたメニューの縁へと指をかけ、そ、と少し分だけ……本当にちょっとだけ自分の方へ寄せ、端の写真へと目を落とす。
灰色の瞳が、右へ、左へ。何かを言いかけて口を開いたしろちゃんは、
こてん?
と、小首を傾げた。
顔を上げて見る先は、ふんわり笑顔でそーちゃんの食べ姿を見守る藍子。
しろちゃんの視線に気づき、どうしたの? と声をかける。しろちゃんは無言。再び写真を見たと思えば、藍子へと視線を戻す。
「……、」
「加蓮ちゃん、急かさないであげて?」
助け舟がいるかもと思ったタイミングで、看護師さんに腕を掴まれた。指が食い込む感触が肌を上った時にはもう離されてたけど。
「ん、そうだね。しろちゃんにはしろちゃんのペースがあるよね」
「そう。藍子ちゃんにも、藍子ちゃんのペースがあるように」
「……って、それ私のセリフっ」
「あら。そうだったの?」
「分かって言ってるでしょー……」
静止するタイミングと言い見抜かれることを前提とした作り笑顔といい、本当に、この人を飛び越せる気がしない。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:56:43.89 ID:mOMWMpAw0
しばらくして――そーちゃんが満足げに「ごちそうさまでした!」と言い放った頃には、しろちゃんは目線の答えを見つけたみたい。
藍子のことを見つめ続ける。
藍子もまた、しろちゃんを見守ってあげて……やんわりと、頬を緩めた。
ファンを見ているアイドルの顔。
好きなアイドルを見ているファンの顔。
さっきとは違う意味での、本人たちのペースを邪魔したくはなかった。
「……看護師さん、しろちゃんはどんな感じ? 元気にしてる?」
聞いてから、我ながら変な質問だって思った。そもそも私は別に、しろちゃんのお姉ちゃんとか保護者とかって訳じゃないし。
なんたって、私じゃなくて藍子ちゃんのファンみたいだし?
とか拗ねちゃうフリをしたら、足元からそーちゃんがてくてくやってきて、だいじょうぶ! って言ってくれた。
うん、大丈夫っ。ちょっとした、ごっこ遊びだもん。
「元気か、と聞かれると……分からない、としか答えられないわね」
「そう……」
「でも、体調はだんだん安定してきてる。やっぱり、指標を見つけると強くなれるのかしらね……」
「それって藍子のこと?」
「あら。ひょっとしたら、加蓮ちゃんのことかもしれないのよ?」
かれんちゃん! と、そーちゃんが呼んだ。なぁに? と笑いかけると、にぱっと笑い返された。
「そーちゃんも、そう言ってるわね」
「いやいやいや」
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:57:36.70 ID:mOMWMpAw0
「……病院、どう?」
「どう、って?」
「それは……。……アンタも、元気にしてた?」
看護師さんはとても嬉しそうに笑う。ぼんやりと泳ぐ視線が、素っ気ない装いのモミの木へと止まる。
そっか、今日ってクリスマスなんだっけ。
さっきまでケーキを食べてたのに、なんだか忘れそうになっちゃってた。
そういえば私、この人と話す時っていつもクリスマスだ。それ以外の用で行くことなんて、もうない。過去とはもう向き合って、振り返る必要もなくなったんだし。
「看護師さんが元気にしてくれないと、そーちゃんやしろちゃんも困っちゃうでしょ」
「私が疲れちゃった時には、加蓮ちゃんに後を任せてしまおうかな?」
「…………、」
「心配してくれてありがとう。私なら大丈夫よ。辛いことや、しんどいことはあるわよ。でも、加蓮ちゃんが頑張っているんですもの……。どうしてそれで、私が折れないといけないのかしらね」
その時、遠くから小さな笑い声がした。
藍子だった。
「ふふ。ごめんなさいっ。加蓮ちゃんと看護師さんって、似てるなぁ……って♪ こんなこと言ったら怒られちゃうのかもしれませんけれど、看護師さんも、加蓮ちゃんのお母さんみたい!」
「…………、」
「わ、わぁっ。加蓮ちゃん、無言でこっちに来ないで〜っ。鬼のお面は、節分の日まで取っておきましょう!」
「加蓮ちゃんの母親……か。それはさすがに――」
私の憤怒はともかく、看護師さんまでも暗い顔をするとさすがに藍子も気になったみたい。手を伸ばしかけながらも肩を落とし、謝ろうと口を開いた。
その直前。
私の発言を封じ込める時と、同じようなタイミングで。
看護師さんは、おかしそうに笑う。
「加蓮ちゃんの母親なんて疲れちゃいそうだから、やめておこうかしら」
…………。
「……あ〜」
「……藍子? 何ぽんっと手を叩いてんの? その納得は、何への納得なの??」
「藍子ちゃんも分かるかしらぁ。本当、加蓮ちゃんって昔も今も手がかかるばかりなのよね」
「昔はともかく今の何を知ってるっていうのよ、アンタがっ」
「だって私、看護師なのよ?」
「それが何!?」
この人ってこんなキャラだっけ? 冗談で笑えるのはいいことかもしれないけどっ。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:58:07.10 ID:mOMWMpAw0
「はいっ!」
そして、またまたそーちゃんが唐突に手を上げる。もちろん肘を曲げて……曲げすぎていて、ほんの少しだけ"ぶりっこ"のポーズみたいになっちゃってた。
それでも可愛いのがちょっぴり面白い。さすが、将来私になってくれるって言うだけのことはある。
「わたしは、げんきですっ!」
「そーちゃんは、元気なんですね♪」
「しろちゃんも、げんきです!」
「……す?」
「なんか微妙そうな顔になっちゃってるけど……」
自分の話――しろちゃんにとっては自分の話なのに、なんだか不思議そうな物を見る目。
つい、無意識に看護師さんへと意識を傾けてしまう。そういえばその話だったね。
「ええ、とっても元気よ。元気いっぱいで、いつも藍子ちゃんの出ている番組ばかり見て。消灯時間が近くなったら、いやいやって言っちゃって――」
「……さっきの話となんか違くない?」
「あら。どちらも本当のことよ」
「そんなに、私のことを見てくれているんですね……。しろちゃん、いつもありがとうっ」
「…………!」
「えっ? ごめんね、もう1回、言ってくれるかな?」
「……ありがとう……!」
「ふふっ。どういたしまして」
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:58:37.11 ID:mOMWMpAw0
ひとつ笑った藍子に、しろちゃんが笑い声を重ねる。
それを聞いて、藍子がまた笑う。
しろちゃんも、飴玉を舐めているような頬で笑う。
「よかった……。さてとっ」
私たちにまで笑顔が伝播したのを確認してから、藍子は手を合わせた。
ぱん!
という音というよりは、
ぺしっ
という抜けた音。でも、2人にはしっかりとした刺激になったみたいで、そーちゃんはテーブルから身を乗り出し、しろちゃんは姿勢を正す。
「そうですね〜……。では、加蓮ちゃんっ」
「ん? 私?」
「今日は、なんの日ですか?」
「急にどしたの……。今日はって、それはもちろん……クリスマス?」
「そう、クリスマスですね。メリークリスマスっ♪」
「メリークリスマスーっ!」「……まーすっ」
「そーちゃん、しろちゃん。ありがとう。では、今日はクリスマスということで――」
「……待った。藍子、この場でもう1人言ってないのがいるよね? ねえねえ、ほらほらっ。1人だけ仲間外れにするのって良くな」
「みんなに、プレゼントを持ってきたんですっ」
当たり前のように私の冗談は無視され、そーちゃんの歓声によって時間の下流にまで流されてしまった。しろちゃんがぼんやりと私を見上げてくれたのが、なんか嬉しくも虚しくもあった。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:59:06.98 ID:mOMWMpAw0
藍子は立ち上がり、勝手口の方へ。入り口と同じ、甘みがかかった茶色のドアを開けてから手だけを外に出して。
うんしょ……
軽いかけ声と共に持ち上げたのは……ものすごく大きな袋?
中が見えない白袋は何重かにされているようで、藍子のつけている前かけの、シワができたせいで仙人レベルの老け顔になった白ひげおじいさんとも相まって、絵本に出てくるサンタクロースを彷彿とさせる。それはいいんだけど……その大きすぎる袋は何? しかも、藍子が片手どころか両手でも運ぶのに苦労するほどの重さ。今日の立場を忘れて、つい私まで持ってくるのを手伝っちゃった。
「プレゼントだ!」
「……!!」
「あいこちゃん、サンタさんだったんだ! かれんちゃんが、言ってたよねっ」
「そうなんですよ〜。今日は、藍子サンタがプレゼントをお渡ししちゃいます」
「ほっほっほー!」
「……ふぇ?」
「あれっ、あいこちゃん、サンタさんなのに知らないの? サンタさんって、こうやってわらうんだよね! ほっほっほー!」
「ほ、ほっほっほ〜っ。……こうでいいのかな?」
上ずった声で笑ってあげると、そーちゃんは満足げに頷いた。こうで良かったみたい。
「この中から、そーちゃんと、しろちゃんの好きな物を見つけて、私……藍子サンタに、教えてくださいね」
「おしえればいいの?」
「はいっ。そうしたら、それをプレゼントにして、そーちゃんとしろちゃんにお届けしますっ」
「わかった! しろちゃん、いっしょに探そ!」
きつく縛ってある開け口を緩めると、早くもいくつかのプレゼント箱が転がり落ちてしまう。藍子はそっと、プレゼントの口の部分を床へと寝かし、1つ1つを手に取るちびっこ2人を見つめ、目を細めていた。
「これ、リボンがかわいい! こっちのも、かわいいね! すごい、すごいっ」
「ええと、わ、わたし、これがほしいです……っ! あ、やっぱり、こっちのが、でも……!」
「時間は、まだまだありますから。ゆっくり考えていいですよ」
プレゼント箱はどれも子供が両手で持つくらいの大きさで、よく見ると中身が透けて分かるようになっていた。それらをそーちゃんは目を細めて、まるでにらめっこをするみたいに。
しろちゃんは、相変わらずのわがまま攻撃を発動させていた。
でも、藍子はなんでこんな迷わせるようなことをするんだろ……? 何が欲しいか分からなかったのなら、聞いてあげてから渡せばいいのに。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 20:59:37.25 ID:mOMWMpAw0
「このプレゼントは、クリスマスツリーに飾れるようにもなっているんです」
しろちゃんが手に取り、床に置き直したプレゼントの、青色のリボンをそっとつまみ上げる。
「こうして、こうして……ほらっ♪ ツリーが、可愛くなりました。そーちゃん、しろちゃん。一緒に、飾り付けをしてみませんか?」
「する!」
「……うん!」
なるほど、それが狙いだったんだ。少し不格好なモミの木だけがデコレーションされていないのも、そういうことだったんだね。
こうなればもう、プレゼント選びという目的なんてどこかへすっ飛んじゃった。そーちゃんもしろちゃんも、プレゼント箱を手にしてはツリーへと運んでいく。高いところへは、藍子が抱っこしてあげて。
30分も経たないうちに、モミの木はあっという間に都会の待ち合わせ広場にあってもおかしくないくらいキラキラとした装いに。
やったー! とぴょんぴょん跳ねているそーちゃんへと、藍子が拍手してあげる。しろちゃんもそれを真似て、手を叩いていた。
「このツリー、びょういんにもあるの! あいこちゃん、知ってた?」
「ううん、初めて知りました。病院にも、ツリーがあるんですね」
「あるの! すごいでしょ。でも、こっちのツリーのほうが、すごい!」
「そーちゃんとしろちゃんが、飾ってあげたからですよ。……そうだっ。このツリーと一緒に、写真を撮りませんか? クリスマスの思い出にしましょうっ」
「はいっ!」
「しろちゃんも、こっちに……はい。ツリーと一緒にいると、まるで雪だるまさんですね」
そして、そーちゃんはしろちゃんの隣へ。うん、と満足気に頷いた藍子は、次は私へと手招きをする。
「加蓮ちゃんっ。そこで立っていないで、こっちに来てくださいよ〜」
「はいはい。私はどこにいればいいの?」
「ここ!」
「だそうですよ。……加蓮ちゃん、もうちょっとツリーの方に寄ってっ。看護師さんは――」
「あら。私も?」
「もちろんです♪ 看護師さんは……この辺りの、おふたりと加蓮ちゃんを見守る位置に……。では、撮りますよ〜」
はい、チーズっ。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:00:07.11 ID:mOMWMpAw0
1枚目は私たち4人の写真を。2枚目はセルフタイマーを使って、藍子も輪に加わる。
デジタルトイカメラに表示された写真を、そーちゃんが覗き込む。肩越しにのしかかる形になって、藍子がほんのちょっぴり、くすぐったそうに身をよじった。
「あははっ。どう、うまく撮れてるでしょっ」
「すごいすごい!」
「しろちゃんも。綺麗に撮れましたよ〜」
「……い」
それから話題は、藍子が昔撮ったままにしていた他の写真へ。
公園や事務所、空の写真なんかもあったみたい。あまりに楽しそうにしているから、つい私も、忍び足で背後へ回ると……ちょうどそのタイミングで、私がうたた寝している写真が表示された。
「ちょ、こらっ……。藍子! またこんなの撮ってるっ」
「えへへ、つい。そーちゃん。これね、加蓮ちゃんがお昼寝している時なの」
「かれんちゃんも、おひるねするの? わたしも!」
「よかったね。加蓮ちゃんと同じですよ」
「ううん、まだなのっ。もっとうたえるようになったら、わたし、かれんちゃんになるの!」
「そっか……。その時を、楽しみにしていますね」
いつか来るかもしれない未来の光景を思い描き、藍子はゆっくりと頷いた……のは、いいんだけど。
「いつまで私の写真を表示してるのよ。こらっ」
「わ、待って。まだ、しろちゃんと看護師さんが見ていませんから」
「他の写真を見せなさいよ!」
「加蓮ちゃんの寝ている写真? あら、私はいいわよ。昔、たくさん見てきたからね」
「ちょ――」
「小さい頃の加蓮ちゃん、寝顔が一番可愛かったわね。私も、写真を撮っておけば見せられたのに」
「看護師さん、できればなんとしてでも探してくださいっ。1枚くらい、あるかもしれません!」
気を抜くと、すぐにこれだよ。もうっ……!
35 :
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[sage saga]:2020/12/25(金) 21:00:36.69 ID:mOMWMpAw0
□ ■ □ ■ □
「…………、」
しろちゃんが、クリスマスツリーを見上げている。デコレーションになったプレゼントの箱を、上から1つずつ。
その目線が、中頃から足元くらいまで……ちょうど、しろちゃんの目の高さにまで下がったのと同時に、部屋の壁掛け時計が音を立てた。
こん、こん……
普段聞く鐘の音に比べると、お母さんが眠っている乳幼児の部屋をノックするような、優しい音。
だけど途端に、これまでずっと元気だったそーちゃんが、しゅん、と肩を落とす。
「もう、クリスマスがおわっちゃった……」
短針は6を示している。濃赤色のカーテンの向こうでは、真っ暗になった夜光景が透けて見えていた。
少し前から、室内にいるのに寒く感じていたのも、気のせいではなかったみたい。
楽しい時間は、あっという間。
36 :
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[sage saga]:2020/12/25(金) 21:01:07.05 ID:mOMWMpAw0
「…………」
藍子は少し考える素振りを見せてから、しろちゃんの頭をそっと撫でてあげつつ立ち上がった。
それから、沈んだ空気の中では異彩に見えるモミの木へと手を伸ばし、一番伸びた枝の先にかかるプレゼント箱を手に取る。
「そーちゃん、しろちゃん。そーちゃんの好きなものは、しろちゃんの好きなものは、何ですか?」
「すきな、もの……?」
「……もの……」
「これかな。それとも、この箱のかな。なんて――1つに選ばなくたって、いいんです。それに、しろちゃんは、ほしいものがいっぱいあるんだよね?」
指先にリボンを3つひっかけて、藍子はしろちゃんへ目を合わせてあげた。恥ずかしそうに、こくん、と頷くしろちゃん。
「ふふ。……もしかしたら、しろちゃんのお母さんやお父さんは、1つじゃないと駄目だよ、って言うかもしれません。
ひょっとしたら、がんばって1つに選んでも、それは駄目だよ、って言われてしまうかも――」
37 :
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[sage saga]:2020/12/25(金) 21:01:39.20 ID:mOMWMpAw0
「でも、そんなことないんだよ。この世界には、楽しいものも、面白いことも、いっぱいあるんだよ」
詩を諳んじるように続け――ね? と、私へと微笑みかけた。
「私は加蓮ちゃんみたいに、すごく楽しい時間を作ってあげたり、劇的な変化をもたらしたりするのは、あんまり得意じゃありません。
でも……ううん。だからその分、私はそーちゃんとしろちゃんに何があげられるかなって、ずっと悩みました。
加蓮ちゃんが、いっぱい幸せを積み重ねてあげてね、って言ってくれてからも、ずうっと」
3つのリボン付きのプレゼント箱を、しろちゃんの前へと並べてあげた。
しろちゃんは、しばらく悩んで……わかんない、と答えた。
どれを選べばいいか分からない、という意味ではなくて。
藍子の言葉に対する答えを、見つけられてないって意味。
「クリスマスは、もうすぐおしまい。明日になれば、私も加蓮ちゃんも、そーちゃんとしろちゃんも、看護師さんも、それぞれがまた、違う生活が始まります。
だから今日、そーちゃんとしろちゃんに伝えてあげたかった。
楽しいことはいっぱいあるんだよ、選べるんだよ、って……。
いつかお別れが来ても足りるように、言いたいことも伝えてあげたいことも、幸せを積み重ねるのと同じように。何度だって」
「……えっと……」
「ごめんね、ちょっと難しかったかな……。そーちゃんの好きなものを探してね、ってことだよ。看護師さん。よければ、このツリーごと持って帰ってください。おふたりに……ううん、病院にいるみなさんにも。好きなものを、何か、見つけてほしいんです」
「…………」
「1つでも、2つでも……。好きなものを、好きなだけ。幸せは、1つだけじゃなくていいんですから。そして、好きなものを見つけた分だけ、これから先も、楽しいことを見つけられるって思うからっ」
ツリーの足元まで歩いたしろちゃんの指先が、桃色のプレゼント箱を掠める。はい、とリボンをモミの木の枝から外してあげて、藍子が箱を渡してあげる。
38 :
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[sage saga]:2020/12/25(金) 21:02:10.93 ID:mOMWMpAw0
「しろちゃんの好きなものは、これかな?」
「う、うん……。えと……ううん、わかんない」
「そっか」
「けど、やっぱり、……あの……うん。ほしいっ!」
「じゃあ、開けてあげますね。……じゃんっ」
「わぁ……! かわいいぬいぐるみっ。わたし、これ……すきなのかな。たぶん、すき……!」
「私も、可愛いぬいぐるみは好きなんですっ。お散歩している時に見つけたお店で、ときどき眺めて……つい、買っちゃうこともあるんです」
「ほかにも、ぬいぐるみがあるの?」
「はい。そうだっ。今度、しろちゃんにも見せてあげますね。テレビに出る時に、持っていっちゃいますっ」
「……!」
ぬいぐるみをあちこちの角度から見るしろちゃんは……まだ、自分が分かっていないように見えた。
これまでずっと、世界に楽しみも幸せも、ほとんど見つけられなかった女の子。
藍子のファンだって言うけど、外の世界に目を向ければ、すぐにでも迷子になってしまうかもしれない。
しろちゃんには、しろちゃんのペースがある。もちろん藍子にも。
看護師さんの言葉を思い出して……それと同時に、藍子が立ち上がった。
「今日ご用意したジュースも、ホットケーキも、まだまだいっぱいあるんですよ。この世界には、本当にたくさん。きっと、そーちゃんやしろちゃんが、すっごく好きだよって言えるものも! ……なんて、ふふ。そーちゃんは、加蓮ちゃんっていう好きなものを見つけちゃってるのかな?」
「……うん。かれんちゃんは、大すき」
「ふふっ」
「でも……ほかにも、すきなものが、あるかもしれないの?」
「うん、きっとあるよ。見つけたら見つけた分、笑顔になれるの」
「そうなんだ――」
「それを知ってほしくて、今日は……。今日は、来てくれてありがとうございましたっ。クリスマスのことも、この世界のことも。ちょっとだけ、好きになってくれると嬉しいです」
ぱちん。
音を立てて、白ひげおじさんの前掛けが外された。
これでもう、12月25日はおしまいって合図。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:02:36.74 ID:mOMWMpAw0
「あいこちゃん!」
ふと、そーちゃんが叫んだ。
「なにかな、そーちゃん」
「じゃあ、あのねっ。わたしも、いっぱいさがすから、あいこちゃんもおしえて!」
「え……」
「たのしいこと、いっぱいおしえて! もちろん、かれんちゃんも! あのね、そうしたらわたし、しろちゃんにもがんばっておしえてあげる! かれんちゃんみたいに!」
言い切ったそーちゃんは、けほ、と咳き込んだ。血相を変えた看護師さんが駆け寄る――体温が、少し高くなってる。歌っても疲れなくなったとは言ってたけど、まだまだ入院中の2人。楽しい時間が流れ続けていたから、忘れちゃってたのかも。
不安に唇を噛み締める藍子は、溜め込んだ息を真下へと吐ききった。
焦点を不安定にさせつつも、しっかりと顔を上げるそーちゃんの両目を見つめ返してあげて……表情はそのままに、後ろに回した手が逡巡を挟む。
アイドルらしくないとか。
自分にできるかどうか分からないとか。
そんな迷いや悩みは、今もきっと、藍子の中に燻っている。
藍子としては、幸せの種を蒔いてあげるつもりだたんだと思う。
その先を見つけるのは、そーちゃんやしろちゃん自身。
間違った考えじゃない。
だけどそーちゃんは、藍子に教えてほしいって叫んだ。
花が咲いたら、また自分も種を蒔くんだって――私に憧れてくれているからこその言葉で。
藍子は。
「はいっ――私も、何度だって言って、何度だって教えます。この世界は、とっても素敵だよって……♪」
いつかカフェで私に言った言葉を、何度だって言うという言葉の通りに繰り返した。
私達が共有し尽くしていることだって、まだ伝えられていない相手がたくさんいる。
今日、12月25日の私達にとっては、それがそーちゃんとしろちゃん、そして看護師さんの3人。
……ううん。私にだって、何度も届けようとしているのかな。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:03:07.04 ID:mOMWMpAw0
そーちゃんが嬉しそうに頷いたのを見送った藍子は、ふと、室内を見渡した。カフェをマネて作った暖炉側ではなく、藍子の優しさが形となったカフェスペース側。おそらく手描きで作った一葉のメニューをそっと拾い上げ、勝手口のすぐ側に置きっぱなしにしていた鞄へとしまい込む。
「素敵な世界を、たくさんの人に知ってもらって、感じてもらう私の世界。もっともっと、いっぱい広げたいな――」
18時から19時へと渡る頃合いは、室内にいても寒さを感じる。ついストーブやカイロの暖を求めてしまうほどに。
冷たい風の流れる窓際にて、藍子はちいさく、心に火を点けているようだった。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:03:36.89 ID:mOMWMpAw0
□ ■ □ ■ □
クリスマスツリーは後日、看護師さんが取りにくるみたい。ただ、クリスマスは今日でもうおしまいだから、別の形としてプレゼントを配る予定だって。
お正月、という呟きを聞いた藍子が心配して、間に合いますか? と聞くと、看護師ですから――というトンチンカンな答えが返ってきた。
とはいえ。
この人、大きめのイベントを2日や3日で計画立ててしまうエネルギーがあるから、できてしまうのかもしれない。
「……看護師さんって、すごいんですね」
「アイドルの方がすごいわよっ」
なんの意地なんだか分からなくて、言った先から自分で笑っちゃった。
42 :
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[sage saga]:2020/12/25(金) 21:04:09.11 ID:mOMWMpAw0
「今日はありがとう、藍子ちゃん。また今度、加蓮ちゃんのことをお話しましょう」
寒空に浮かび上がるような挑発と興味を混ぜた笑みで、そんなことを付け加えた看護師さんを蹴っ飛ばそうとしたら、それよりも早く運転席へと逃げてさっさとドアを閉めてしまった。
「ぐんぬぬ……!」
「まあまあ。加蓮ちゃん、落ち着いてください」
続けて、もこもこ姿のちびっこふたりが街灯に照らされながら車へと乗り込んでいく。ドア前に置かれたミニスロープへと足をかけたしろちゃんが、車内へ入る直前にこちらを振り返った。
ちいさく開いた口が、つぶやきと言うにも小さすぎる声で何かを言う……なんとか聞き取りたくて、藍子が駆けてゆく。
「……た……。また、きても……来たいです……っ!」
「……!」
生まれたてのカフェ。そして、12月25日限定の――
だけど藍子は力強く頷いた。必ず来てくださいね、と答えて、小指同士で指切りまでした。
しろちゃんはそれで満足して、またあの灰色に塗りつぶされたような瞳を、運転席の背中側へと向け続けた。
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:04:36.86 ID:mOMWMpAw0
車が去っていく。見えなくなるギリギリまでそーちゃんが腕を振り続け、藍子も振り返してあげて……信号の交差点を曲がった瞬間、ふぅ〜、と大きく息をついた。
「はああっ……。うまくできて、よかったぁ……」
「お疲れ様……。ほら、藍子。中に入るよ。ここは寒いでしょ」
「ううん。もうちょっとだけここにいさせてください。なんだか、そんな気分なんです」
「……じゃあ、私もここにいるね」
ストーブによって溜まりこんだ熱が、みるみるうちに身体から放出されていくのが分かる。それはLIVE終わりに熱気が消えてゆくのと同じような感覚。すなわち、1日の終わり。
クリスマスが終わりを告げる、なんて実感を、こんなに何度も味わうとは思ってなかった。
……すごく、変な感じ。
感覚のリピートが、逆にリアル感を遠ざけている。まだまだ時間は続いていくんだよ、って。
ううん、それってきっと、リピートのせいじゃなくて、藍子の姿がそうさせているんだよね。
「また来たい、だってさ」
「……」
「しろちゃんが来た時、今日みたいな場所があったら……きっと、喜んでくれるよね」
「……」
「……」
「……」
「……明日、またカフェに行こっか。今度は、少し違った目線で」
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:05:07.14 ID:mOMWMpAw0
私達の好きな世界は、いつだって循環して、いずれ私達の創る世界になる。
アイドルだってそう。アイドルに恋焦がれて、私に奇跡が訪れて、そして今度は私に憧れてくれる子がいてくれるようになった。
藍子にとっては……カフェがそうで、だけどカフェだけじゃなくて。
それは道端にあるもの。手を伸ばせば届く距離にあるもの。どこにでもあるもの。
だけどそれを知らない人、気付いていない人がいる。
藍子がこれから創るのは、きっとそういうのを教えていく世界。
藍子がアイドルとして、完成させてゆく世界。
やがて辿り着くのは……。
「加蓮ちゃん」
白い息を吐いた藍子は、頬にたっぷりの情熱を押し込めて言った。
「うん?」
「そろそろ、中に入りましょう。どこから始めましょうか……。まずは今日の反省会からですっ。失敗しちゃったな、って思うことも、たくさんあって……。あと、次はこうしたらいいかも、ってことも、ミーティングです」
「あははっ。休まなくて大丈夫? ……なんて。いいよ、とことん付き合ってあげる」
ポケットの招待状が、服の中で折り曲がっちゃった。少し悪いなと思いながら、藍子へと返してあげた。
藍子は両手で受け取って、一瞬、目を落として……大切にしまいこんでから、甘みのかかった茶色の扉へと早歩きで向かった。
【おしまい】
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2020/12/25(金) 21:09:43.72 ID:mOMWMpAw0
【あとがき】
もしかしたらお察し頂けている方もいらっしゃるかもしれませんが、
この「レンアイカフェテラスシリーズ」は来年5月頃、第10回シンデレラガール総選挙の終了前後にて完結する予定となっております。
もう少しだけ、お付き合い頂ければ嬉しいです。
……どうか第10回総選挙では、高森藍子へ投票を。1票だけでも、よろしくお願い致します。
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