千川ちひろ「竹芝物語」

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155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/12/10(木) 23:44:39.91 ID:CGmNrexv0
無駄に長くて諦めた
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/10(木) 23:45:37.12 ID:zyqdZReA0
 デスクの上にあった雑誌を手に取り、常務はそれを私に差し出しました。

「この噂は事実ではない。
 それはアイドル部門の統括として、そして会長の腹づもりを知る者として、明確に否定させてもらう。
 だが……当たらずとも遠からず、というべきか」

「……どういう事ですか?」

 雑誌を受け取った私は、心臓が嫌な高鳴りを続けるのを押さえることができません。


「我が346プロが組み入れようと考えたのは、事務所ではなかったということだ。
 もっとも、肝心の相手からは断られてしまったがな」



 ――気づくと美城常務は、入口のドアを開けて、そこに立っていました。

 私は、ほとんど放心状態のまま、しばらくその場に立ち尽くしていたようです。

「用が済んだのであれば帰りたまえ。
 混乱をさせてしまったなら、すまなかった」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/10(木) 23:52:07.49 ID:zyqdZReA0
 プロデューサーさんが担当した5人のアイドル達は、1ヶ月も満たない間に、目覚ましい飛躍を遂げていきました。


 きらりちゃんは、その長身を活かしたモデル業を率先して行いました。

 圧倒的なプロポーションを持つ子ですし、個性の面で競合できる相手もいません。
 CPさんも全面的に協力し、それらの仕事を内々に斡旋していったことで、業界でもかなりの注目を浴びるようになりました。

「こういうのはぁ、ココをこうして……えいっ♪
 こんなワッペンを付けてあげると、すっごく可愛くなるんだにぃ☆」

 元々自分でも可愛らしいお洋服や小物を作る趣味を持っていた子です。
 トップモデルとして、等身大の女の子として、情報を発信し続けるきらりちゃんは、幅広い年齢層から多くの支持を受けるようになったのです。


 蘭子ちゃんは、なんと、武田蒼一氏と直に合う機会が得られたのです。

 これは、私の前で泣いてしまった新人プロデューサーさんから偶然にも活路が開かれたものでした。
 あの日、新人さんが懇親会を開いた相手方――その中に、武田氏とコンタクトを取れる人物がいたのです。

「蘭子ちゃんの未来がかかっています。
 先方へのご連絡とアポイントの獲得について、引き受けてくださいますね?」
「ひぃっ!? や、やります、やらせていただきますっ!!」

 瓢箪から駒というべきか。
 兎にも角にも、その新人さんのお尻を目一杯叩き、何とかマッチングの実現にこぎ着けました。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/10(木) 23:53:53.02 ID:zyqdZReA0
 当日、蘭子ちゃんは大いに緊張したそうですが、武田氏の人柄に助けられ、次第に持ち前のキャラクターを発揮できるようになると、
「君、面白いね」
 と興味を持ってもらい、直々にボーカルトレーニングを受ける約束まで取りつけたそうです。


 菜々さんは、広報部の全面的なバックアップを得た上での地方営業に奔走しました。
 専用の動画配信チャンネルも設立し、現地での映像を逐次更新することで、その土地のファンを地道に獲得していったのです。

「こ、これはえぇと……アレですか、語尾に「なう」って言うヤツでしたっけ?」

 SNSの活用に慣れていない菜々さんを、現地での動画配信ができるようにするまで教育するのも、実は少し大変でした。
 でも、次第に動画のコメント欄には「次は○○に来てほしい」というフォロワーさんからのリクエストが多数寄せられるほどの人気チャンネルになったのでした。


 杏ちゃんはというと――あら?

 346カフェで、のんびりお茶しているようです。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/10(木) 23:58:40.17 ID:zyqdZReA0
「お仕事、しなくていいんですか?」

 そう聞きながら、向かいの席に座ってみます。
 やはり、彼女はプロデューサーさんの出した条件に、付き合う気が無いのかしら。

「もう1〜2分したら始めるよ、お仕事」
「えっ?」

 ニヤリと、明らかに確信犯っぽい含み笑いを見せた後、杏ちゃんは自分の目の前にタブレット端末を載せました。

「どれどれ……おっ、繋がった。菜々ちゃーん、聞こえる?」
『はいはーい! バッチリ届いてますよー杏ちゃーん!
 皆さんも一緒に杏ちゃんにウサミン電波を届けましょう、いいですかせーの!!』

『ウッサミーン!!』

「いやうるさいって」
 笑いながら、杏ちゃんはタブレットの画面に向かって手を振ります。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:00:21.07 ID:u+bie/2J0
 そうです。
 杏ちゃんは菜々さんとタッグを組み、菜々さんの地方営業に同行していたのです。
 リモートで。

「レギュレーションには違反していないでしょ。これぞ流行りのリモートワーク、ってね」
「でもそれ、菜々さん一人が頑張っているんじゃ……」
「菜々ちゃんの広報活動は杏も一肌脱いでるから、お互い様の持ちつ持たれつ。Win-Winだよ」

 実際、菜々さんの動画配信チャンネルのコメント欄を見ると、杏ちゃんの存在も動画の名物になっているようです。

 時折しでかしてしまう菜々さんの天然ボケに、杏ちゃんがやんわりツッコんだり。
 あるいは、杏ちゃんの「仕事しない」キャラが、ある種の癒やしになっていたり。

 確かに、杏ちゃんは毎日仕事をしています。
 毎日、ほんのちょびっとずつでも菜々さんのチャンネルページを更新したり、一部ワイプで出演したりと、なかなかの働きぶりです。



 そして――。


『今のアタシなら、きっと誰が相手でも負けないって思います。
 ライブ対決に負けるような“カリスマギャル”なんて、ファンの皆も求めてないでしょ?』
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:02:07.77 ID:u+bie/2J0
 渋谷のメインストリートにある大きな電光掲示板に、今日も美嘉ちゃんの姿がデカデカと表示されました。
 最近、ますますメディアへの露出を増やしています。

 それは、プロデューサーさんを通して行っている活動ではありません。
 彼女自身が多方面の取材に応じ、必ず決まって話すことが、ファンのみならず業界全体で大きな話題を呼んでいるのです。


『何なら、玲音さんにだって負けないよ、アタシ☆
 機会があるなら、いつだって挑戦させてほしいな。絶対に楽しいライブ対決にしてみせるから!』


 それはまさに、オーバーランクに対する宣戦布告と言っても良い内容でした。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:06:01.80 ID:u+bie/2J0
「どうしてアイツ、わざわざあんな事を……!」

 連日のように寄せられる問合せの電話を置き、プロデューサーさんは頭を抱えました。

 メディアはこぞって美嘉ちゃんと玲音さん、二人のライブ対決の実現を煽り立てました。
 ネット上では、二人の対決に期待を寄せる声と、美嘉ちゃんを傲岸不遜だと非難する声と、およそ半々といったところです。

 いずれにせよ、美嘉ちゃんの発言をもって、それは遠からず実現させなくてはならなくなりました。

 なぜなら、その話を耳にした玲音さん当人が、すっかり乗り気になってしまったからです。
 大手メディアに向けて「ぜひやろうよ」と、実に楽しそうに答えていた姿が、ますます業界を沸かせました。


 普段の美嘉ちゃんは、決して驕り高ぶった態度を取ることなんてありません。
 目上の人に対する礼節をしっかりと弁え、現場のスタッフさん達にだって一人一人に頭を下げ、挨拶を交わすような子です。

 まして、相手はかのオーバーランク。
 美嘉ちゃんが畏敬の念を抱いていないはずがありませんでした。


「ああして公然と啖呵を切ることで、自分を追い込んだんですね……」

 私がポツリと漏らした言葉に、プロデューサーさんはため息をつきました。


「馬鹿なことを……くそっ」

 拳をデスクに叩きつけた後、「俺もか」と、小さく呟くのが聞こえました。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:07:45.73 ID:u+bie/2J0
 美嘉ちゃんと玲音さんのライブ対決について、日程はアッサリと決まりました。
 玲音さんのスケジュールが過密すぎるので、逆に選択肢が無かったのです。

 ただ、その日にちょうど空いている会場が都合良くあるかというと――ありました。


「サマーフェスと同じ会場ですか」
「困った時の、最後の受け皿という存在ですね」

 快諾してくれた竹芝のイベントホールの管理会社さんに、二人でご挨拶に行きます。
 担当者さんは、プロデューサーさんを気に入ってくれたようです。


「346プロに現れた風雲児として、業界ではちょっとした有名人ですよ。
 例の城ヶ崎美嘉ちゃんや、最近賑わせている安部菜々ちゃんの担当プロデューサーもあなたでしょう?」
「は、はぁ……」

「エンタメ業界は近年不況が続いていますからね。
 今後も346プロさんの方で、何か景気の良い話題を提供してもらえると、我々としても助かりますよ」


「……そうですね」

 担当者さんの言葉に、プロデューサーさんは曖昧な返事を繰り返すことしかできていませんでした。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:10:41.39 ID:u+bie/2J0
 PRやチケット販売の段取りを確認し、その場はお開きとなりました。
 事務所に戻ったら、これらの仕事を大急ぎで進めなくてはなりません。

 11月下旬に急遽セッティングされたライブ対決本番まで、もう一ヶ月も無いのです。


 竹芝のペデストリアンデッキにも、寒風が吹きすさぶようになりました。
 そろそろ厚手のコートを着ていないと、外を歩くのが少々辛い時期です。

 二人並んで歩いていると、ふとプロデューサーさんが足を止めました。


「? ……どうかされましたか?」

「ここで会ったんでしたね、俺達」


 ――多くの人が行き交うデッキの、あの手すりの辺りだったでしょうか。

 紺色の着物を纏った女の子の前で膝をつき、履き物を履かせている男性の姿が鮮明に思い出されます。

「もう8ヶ月か……」
 プロデューサーさんは、物憂げに眺めたまま、立ち尽くすばかりでした。

「俺は346プロで、一体何ができたんだろうなぁ」


「たくさんやりました。やってくださいました」
 隣に立ち、彼の横顔を見上げます。

「それに、まだ終わっていないじゃないですか。振り返るのは早いですよ」
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:15:11.74 ID:u+bie/2J0
 チラリとプロデューサーさんは視線を向け、フッと自嘲気味に鼻を鳴らしました。

「それはそうかも知れないけど……でも、彼女達を振り回してばかりだった」

 プロデューサーさんはかぶりを振り、空を見上げました。
 昨日までは秋晴れが続いていたのに、どんよりとスッキリしない曇り空です。

 この人はなぜ、負い目を感じているのでしょうか。
 何を一人で、勝手に――。


「美嘉ちゃんが玲音さんに負けたら、きっとプロデューサーさん、自分の責任だって言うつもりでしょう?」

 プロデューサーさんが、驚いた顔をして私の方を向きました。

「それは、しない方がいいと思います。
 美嘉ちゃんだけじゃありません。きらりちゃんも蘭子ちゃんも、菜々さん、あるいは杏ちゃんも……。
 プロデューサーさんが与えた条件を達成できなくても、下手にあの子達を慰めちゃいけないと思います」

「どうしてですか?」

 少し鼻息を荒くして身体ごと向き直った彼に、私もまたしっかり見つめ返して答えます。

「あの子達は、今まさに成長の最中です。
 自分で走った末にたどり着く結果を、自分で認めさせてあげてください。
 大人の都合で、責任だけをあの子達から掠め取るようなやり方は、きっとあの子達だって納得を得られません」
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:17:23.64 ID:u+bie/2J0
「それには同意できません、ちひろさん」

 プロデューサーさんは、語気を強めました。

「俺が与えた無茶な要求に、あいつらは苦しみ、振り回されています。
 その結果に対して、俺が責任を取らなければ、誰が責任を取るっていうんです。
 そんなの、俺は……」


「……なるあなたに」
「えっ」


 私の顔を凝視するプロデューサーさんの姿が、みるみるうちに滲んでいきます。

 プロデューサーさんだけじゃありません。
 向こうの手すりも、デッキも、往来を歩く人々の姿、向こうのビル群やその先に広がる灰色の雲も私の頭の中も――。

 全部グチャグチャになって、もう、何が何だか分かりません。

 今さら何を一人で――勝手なこと――!



「どうせいなくなるあなたに、何の責任が取れるって言うんですかっ!!」

「……!」
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:25:34.18 ID:u+bie/2J0
 都内でも有数の国際競争拠点である竹芝の、綺麗で大きなペデストリアンデッキは、今日も大勢の人々が行き交います。
 私一人が変な挙動をしたところで、誰も気に留める人などいません。

 だから――あなただって――!

「自己満足の……安い、慰めなんて……!!」

「ち、ちひろさん……」



「プロデューサーさんっ!」


 突如、彼を呼ぶ声が聞こえました。
 私達二人の間に流れる重苦しい空気を叩く、快活で、高くて、柔らかくて――どこか悲痛そうな女の子の声。

 声のした方を向いて、私は思わず目を見張りました。


 私だって業界人です。
 キャスケット帽と大きな黒縁眼鏡で変装していても、明らかにその子だと分かります。

 昨年度アイドルアワードを受賞した、765プロダクション所属アイドルの、不動のセンター。



「春香……!」
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:28:50.66 ID:u+bie/2J0
 プロデューサーさんもまた、彼女を前に釘付けになっていました。
 まさかこんな所で会おうなどとは、考えもしていなかったのでしょう。

 天海春香さんは、キャスケット帽を取りました。
 トレードマークとも言える愛らしい赤のリボンが、デッキの風にあおられ、儚げに揺れます。

「プロデューサーさん……!」


 まるで、数年来の再会を果たす家族のように見えました。
 おそらく、それは彼らにとって、事実そうであったのだと直感したのです。


「ちひろさん……すみません」

 プロデューサーさんは、私に向けて頭を下げました。
 私もまた、何も聞かずに頷き返します。

「先に……駅の方へ行っていますね」


 彼らの間には、積もる話があるに違いありません。
 私が邪魔してもいけないと思い、彼に依頼されるまでもなく、私は場を外しました。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:30:41.27 ID:u+bie/2J0
 いよいよ覚悟を決める時が来た。
 先に駅へと辿りつき、改札の前で一人待つ私の胸中は、その気持ちに支配されていました。

 私はまだいいんです。
 美城常務からお聞きしていたことでしたし、予測もしていました。
 仕事も、元に戻るだけです。彼がいなかった時の状態に。

 ですが――。


「すみません」

 顔を上げると、プロデューサーさんがすぐそこまで駆けて来ていました。
 随分急いできたのか、肩で息をしています。

「俺は……」

「私は、いいんです。もう、大体分かっています。でも……」


 私は、プロデューサーさんの顔を直視することができませんでした。

「あの子達には……ちゃんと説明をしてあげてください。
 CPさんや、シンデレラプロジェクトの皆にも……」


 少し押し黙った後、「はい」という彼の短い返事が聞こえ、私は駅へと向かいました。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/11(金) 00:33:16.76 ID:u+bie/2J0
 その日のうちにCPさんにお願いし、アイドルの子達をシンデレラプロジェクトの事務室に呼び集めました。
 何事なのか分からず、未央ちゃんのようにキョトンと首を傾げる子もいれば、薄々何かを勘づいてそうな子もいます。

 ドライエリアから差し込む夕陽に照らされ、彼女達の前に立ったプロデューサーさんが、口を開きました。



「皆……俺は、346プロの人間ではない」


「765プロから、派遣交流でこの事務所にやってきたプロデューサーなんだ。
 そして、年内をもって346プロでの配属を終え、俺は765プロに戻ることになる」


「今まで言うことができなくて、すまなかった」
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/11(金) 00:36:06.13 ID:u+bie/2J0
今日はここまで。
明日はお休みして、明後日の14時頃以降に残りを投下していければと思います。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 00:55:32.02 ID:3z93m+Pl0
見てるぞ
ひとまず乙
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 08:46:29.39 ID:oymvJe7DO


やはり765か……最初315と思ってけどね
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 10:19:25.49 ID:LdEBc+I10
選出メンバーと765Pでやっとわかった
期待
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 15:07:02.81 ID:0E97GYNT0
イナズマイレブンの安価SSもあるので読者はどんどん参加してくださいね
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:02:36.42 ID:64qMODCb0
   * * *

「皆、今日は来てくれてありがとう!
 こんなに熱くステキな夜を分かち合うことができて、本当に嬉しいよ。
 それも、この機会を与えてくれた城ヶ崎と346プロさんのおかげだ。改めて、心から感謝と敬意を表したい」


「もちろん、楽に勝てる相手だと思ってはいなかったさ。
 だけど、城ヶ崎のパフォーマンスは、アタシの想像を遙かに超えていた。
 こんなに脅かされるなんて……フフフッ、勝負を終えた安心からか、喜びと同時にワクワクが止まらないな」


「この場で皆に約束しよう! 城ヶ崎からのリターンマッチは、最優先で受け付ける!
 アタシの最大のライバルとして、共に最高のステージを共有し合う友として、いつでもこの会場に呼んでほしい!
 それまでアタシも城ヶ崎も、今日以上に皆を楽しませられるようトレーニングを重ねることを誓うよ!
 また会おう、皆っ!!」
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:09:20.99 ID:64qMODCb0
「転職する予定も、346プロを辞めることも無い、か……」

 12月を間近に控え、346カフェの屋外テラスも、そろそろ閉鎖の時期です。
 それまで鮮やかな紅葉を楽しむことができた中庭も、すっかり葉が落ちきってしまいました。

「確かに、嘘じゃないよね。元々346プロの人間じゃないんだから」

 タブレット端末をつまらなそうに弄りながら、杏ちゃんは独り言のように呟いています。
 菜々さんの動画チャンネルも、依然として好評ではあるものの、一時期よりかは少し再生数が落ち着いてきたようです。

「皆の近況、って言ったっけ?
 意外と普通だよ。菜々ちゃんはこの通り、地道に活動を続けてる。
 きらりと蘭子ちゃんは、少なからずショックで沈んでた時期もあったけど、今じゃ平静を取り戻して結構元気」

 端末の操作を終えると、杏ちゃんは椅子の上であぐらを組み直し、天井を見上げて大欠伸を掻きました。

「まぁ、いざとなったら皆シンデレラプロジェクトに行けばいいんだし。
 あ、ちひろさん知ってたっけ? CPが出した企画書、常務も認めたんだってさ。だから一応、解体は回避できたって話。
 シンデレラプロジェクトの皆も、クローネと掛け持ちしてる子も、何だかんだ仕事が忙しくなってきたみたいだね。
 そんなに心配するほどでもないと思うけど」
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:11:05.98 ID:64qMODCb0
 杏ちゃんのお話に、私はひとまずホッとしました。
 決まった事を認められず、いつまでも塞ぎ込んだり、行き場の無い感情を周囲にぶつけてしまうような子は、どうやらいなさそうです。

 皆――大人なんだなって、思います。

「ちひろさんの方こそ、どう?」
「えっ?」

「サブPは元気そう?」


 私は、顎に手を当てて「うーん」と唸りつつ、彼の近況を振り返りました。

「……表面上は?」
「そういうの、一番面倒くさいパターンだよね」
「い、いえ。私の観察眼も、あまり当てにはならないと思いますし」

 慌てて取り繕いつつ、私は自分のカップを手に取りました。
 ハーブティー、ちょっと冷めてしまったみたいです。

「ただ、最近はなんだか、忙しそう。
 それはそうだと思います。元の事務所に戻られるのですから、あまりボーッとしてもいられないのかなって」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:12:38.84 ID:64qMODCb0
「なら安心したよ」

 杏ちゃんはオレンジジュースをずごごご、っと飲み干し、テーブルに置きました。

「余計な心配をかけさせちゃってるかなって、きらりも蘭子ちゃんも心配してたからさ。
 向こうがこっちの心配をしてる余裕も無いって言うんなら、何よりだね」

 鼻を慣らして椅子の上からピョンッと飛び降り、杏ちゃんは私に後ろ手で手を振りました。

「ま、向こうに戻っても達者で、とかなんとか適当に言っといてよ。
 ……あ、これ杏じゃなくて、皆が言ってたってことで。それじゃ、後はお会計お願いします」


「待ってください」

 私は、杏ちゃんを呼び止めました。
 彼女も、思うところがあったのか、すぐにピタリと足を止めます。

「……美嘉ちゃんは、どうですか?」


 杏ちゃんは、こちらを振り返らないまま、ポツリと答えました。

「まぁ……一番面倒くさいパターンだよ」
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:17:16.11 ID:64qMODCb0
 事務室へ戻ると、驚くべき光景がありました。

「こぉら、莉嘉!
 みりあちゃんもかな子ちゃんも、智絵里ちゃんもさっさと自分の所に戻る!
 さっきスケジュール見たけど、アンタ達もこんな所で油売ってる場合じゃないでしょ?」

 プロデューサーさんのデスクの隣で、美嘉ちゃんが莉嘉ちゃん達に、何やらお説教をしているみたいです。
 彼は、少し狼狽えているようでした。

「で、でも、サブPさん忙しそうだし、せめてクッキーでもって…」
「心配しなくても、かな子ちゃんの気持ちは伝わってるって。
 そうでしょプロデューサー?」
「あ、あぁ……そうだな」
「ねっ?」


「みりあは、もっとサブPとお話したいな、って……」

 得意げにウインクをキメる美嘉ちゃんを前に、みりあちゃんが身体の前で手をモジモジさせながら呟きました。

「美嘉ちゃんも……そうでしょ? もっとサブPと一緒にいたいって、思うよね?」
「そうだよ!
 お姉ちゃん、ウチに帰ってからもずーっと自分の部屋に閉じ籠もってるじゃん!」
「なっ……ば、り、莉嘉! 何余計なこと……!」

「ごはんー! って呼んでも全然来ないし、絶対サブPくんのこと、何とかしたいって思ってるんでしょ!?」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:19:17.43 ID:64qMODCb0
 美嘉ちゃんは「あーもう」と呆れ気味に頭をクシャクシャと掻いて、これ見よがしに大きなため息を吐きました。

「何とかって何よ。あのね、いーい?
 皆にとっては初めてのプロデューサーだから一大事なのかもしんないけど、アタシはとっくにそういうの経験してんの。
 よく考えなよ、学校の担任の先生が変わるのと同じだよこんなの。あ、こんなのって言ったら失礼だけど……でも!
 この先もプロデューサーが変わることはあるんだし、いちいちウジウジしてたらアイドルやってらんないでしょ?」

 美嘉ちゃんは腰に手を当て、莉嘉ちゃん達の顔を順番に見渡しながら、「うんっ」と大きく頷きました。
 誰に対するものでもなく、自分を納得させるための動作に見えます。


 そのまま、彼女はプロデューサーさんの方へと向き直りました。

「アタシがヘコんでるとでも思った?」
「えっ? あ、いや……」
「アハハ、そんなキョドんなくたっていいじゃん★」

 ケラケラと茶化すように笑って、彼女は続けます。
 どこまでも笑顔で。

「アタシ、玲音さんと対決して良かったよ。
 玲音さんも言ってくれたけど、ホントに楽しかったし、何より、思った以上に勝負になれたことが、嬉しくてさ……達成感はあるんだ。
 だから、次はもっとやってやるんだって、燃えてるよ! 落ちこんでるヒマなんか、アタシには無いって★」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:21:22.19 ID:64qMODCb0
 美嘉ちゃんと玲音さんのライブ対決は、おおよその下馬評通り、玲音さんの勝利に終わりました。

 ですがそれは、身内の欲目を抜きにしても、惜敗と評価して良い内容だったと言えます。
 ライブ終了後、玲音さんが美嘉ちゃんをたくさん褒めてくれたこともそうですが、観客達による投票結果も、非常に肉薄していました。

 ライブ前は美嘉ちゃんに多く寄せられていた心ない誹謗中傷も、ライブ後には軒並み少なくなったことも、その証左です。
 敗れこそしたものの、あのライブ対決は美嘉ちゃんの株を大きく上げるものとなりました。


 美嘉ちゃんだけじゃありません。

 きらりちゃんは、依然として新進気鋭のアイドル兼モデルとして、その個性も手伝って今ではかなりの著名人です。
 蘭子ちゃんも、武田蒼一氏から直々のボーカルトレーニングを受けた事で、業界でも評判を集めるほど歌唱力が飛躍的に伸びました。

 菜々さんと杏ちゃんも、先述の通りSNSを活躍の場として、主に若年層の間で話題を呼び続けています。
 その勢いたるや、全国放送の大手ニュース番組でも取り上げられるほどです。

 つまり、プロデューサーさんが彼女達に課した条件によって、皆、アイドルとして大きな成長を遂げていったのです。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:25:03.67 ID:64qMODCb0
「あの人の経歴には驚きましたが、大いに納得を得られるものでした」

 CPさんは自分のパソコンを操作して何かを印刷し、椅子から立ち上がりました。
 手に持った紙には、765プロダクションの活動実績が記されてあるようです。

「これは……」
「彼が赴任する前の765プロのアイドル達は、失礼ながら、お世辞にも満足な活動が出来ているとは言い難いものでした。
 ですが、赴任して一年足らずで所属アイドル達全てを高ランクへと成長させ、さらには“シアター”と呼ばれる新規プロジェクトも発足されるようです」

「極めつけは、アイドルアワードを受賞した、天海春香さん……」
「そうです」

 これら全てが、プロデューサーさん一人の手腕によるものだとしたら――。
 いいえ、アイドル達自身による非常な努力も、当然にあったことでしょう。

 それでも、彼が来たことで、765プロは確実に変わった。


 ですが、疑問は未だに残されたままです。

「彼は……プロデューサーさんは、どうして今まで黙っていたのでしょう」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:39:07.59 ID:64qMODCb0
「これは、私の勝手な推察になりますが」

 資料から目を離すと、CPさんの真っ直ぐな瞳がありました。
 この人は、あまり器用な人ではないので、大事なお話をする時、中途半端に誤魔化して取り繕うということをしません。

「まず、自身の事を色眼鏡で見られる事を避けたかったのかも知れません」
「色眼鏡……なるほど」

 今日の765プロ隆盛の立役者として、業界でも知られるプロデューサーが来たとなれば、我が社の社員も気を遣うでしょう。
 それだけでなく、もし下品なメディアに嗅ぎつけられたら、根も葉もない事を言われかねません。

 でも――。

「それは……結果論かも知れませんが、アイドルの子達のためを思う行動だったとは、私には思えません」


 私に同意してくれたのでしょう。
 CPさんは、小さく頷きました。

「……それとは別に、より確度の高い理由がもう一つあります」
「何ですか?」

「記憶していた限りでは……自分は346プロのアイドル達と、親密な関係になるべきではないと、あの人は仰っていたかと」
「!」


  ――好かれるべき人間じゃないからです。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:41:02.78 ID:64qMODCb0
「それは……いずれ765プロに戻る身だから?」
「……打ち明けるタイミングが遅ければ遅いほど、アイドル達からの心証は悪くなります」


 私は、地団駄を踏みたい気持ちになりました。
 なぜそんな、面倒になると分かっていることを望んで行う必要があるのでしょう。

「そんなの……最初から、こっちに来なければ良かった話じゃないですか。
 なんで、あの人……その先に何を期待したんだか、分からないですよ……!」

 悔しくて、たまりません。
 最初から来なければ、初めからアイドルの子達も、悲しんだり、振り回されたりしなくて済んだはずでした。

「どうして、346プロに来たんですか……!
 こんな、誰も幸せにならないようなことが、どうして起きたっていうんですか!?」


「美城常務曰く、「罪を背負った」のだと」

 CPさんの言葉に、私は顔を上げました。

「? ……罪、って?」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:44:12.84 ID:64qMODCb0
「常務も、理解をされてはいないようです。
 ただ、346プロにやってきた経緯として、あの人がそう言っていたと……それともう一つ」

 CPさんは、手元の資料に目を落としました。

「あの人が346プロで、何かを学び取りたいと考えていたのは、真実だったのだと思います。
 ですが、アイドル達と親密になる事を恐れ、シンデレラプロジェクトのサブとして配属される事を望んだ……」
「……!」

「彼がなぜ346プロに来たのか、また、自ら望んでのことだったのかは、分かりません。
 ただ、彼はこの346プロで……良くない意味で、空気のような存在でありたかったのかも知れません。
 それが適わなくなり、身の振り方を考えた末に、いっそ憎まれ役となることを選んだのではと。
 親密な間柄となって、その後の別れが辛くなることよりも」

「で、でもあの人は自分からアイドル達を担当……!?」


 私は即座に反論しようとしました。
 でも、気づいてしまったのです。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:45:40.18 ID:64qMODCb0
 彼は確かに、サブのプロデューサーとしての仕事以外の業務も、自分から率先して行っていました。

 ですが、それはあくまで自分に与えられた裁量の範囲内でのことでした。
 自分が望んだ範囲内での――。


 そうです。
 あの時の、CPさんを最大限尊重するという彼の姿勢は、CPさんのために自らが一歩引くという献身ではありませんでした。

 彼は、いつだって346プロのアイドル達に対し、一定の距離感を保ちたかったのです。
 CPさんとアイドルの橋渡しを行い、彼にそれを押しつけることで、逆に自分自身はアイドル達と距離を置く。

 そして、明確にそれを越える裁量を与えてしまったのは、私。

 美嘉ちゃんの担当プロデューサーとしての道を彼に提示したのは、他ならぬ私だったのです。


「わ、私が……」

 でも、親密になるのを避けようとして、ワザと冷たく当たって――結果として美嘉ちゃんも、自分自身も追い込んで――。

 挙げ句の果ては、5人のアイドル達を担当することに――それも、私が皆に――。


「私が……狂わせた……?」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:47:39.72 ID:64qMODCb0
 それでもなお彼は、突き放そうとした。
 いずれ離ればなれとなる身であることを知っていたから。

 心根の優しいプロデューサーさんは、彼女達を悲しませまいと、誰も知り得ない本当の事情を隠して――。
 わざと憎まれ役を装って――。


 希薄な関係であり続けたかった彼の想いを無視して、自分勝手な考えであの人やアイドル達のことを振り回したのは――。


「千川さん」
「……!」

 ハッと我に返ると、CPさんの大きな手が私の肩を掴んでいました。
 彼の厳つい顔を目の前にしても、まだ意識がボーッとしています。

「あなたが責任を感じる必要はありません。どうか、お気を確かに」

「はい……」



 プロデューサーさんがプロデュースしたアイドル達は、皆大きな成長を遂げました。

 それは、彼にとっては皮肉と言えたのかも知れません。
 あるいは、私達にとっても。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 14:57:17.28 ID:64qMODCb0
 プロデューサーさんから屋上に誘われたのは、それから数日経ってからのことでした。


「本当は、半年間の予定だったんです。9月末までの」

 白い息を吐きながら、彼は誘い笑いをしました。

「でも、ちょうどココにいる時でしたね……。
 ちひろさんと話をしている途中で、社長から電話があって、「3ヶ月延ばしといたから」って急に言われて。
 あれは参ったなぁ。ウチの社長、いつも話が急なんですよ。それも勝手にです」

 私は合点しました。
 あの時プロデューサーさんが出た電話の相手が、765プロの高木順二朗社長だったとは。

「それで、美城常務からも実は、引き抜きの話がありまして」
「断ったそうですね?」

「……常務から聞いたんですか」

 プロデューサーさんは、頷きました。
 申し訳なさそうで、寂しそうな表情でした。

「346プロの子達に好かれまいと、わざと俺は無茶な要求をし続けてきました。
 でも、あの子達は難なくそれについてくる、答えてくる……それを可能とするだけの資質も、事務所のバックアップもある。
 俺は、346プロを甘く見ていました」
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:01:46.19 ID:64qMODCb0
 かぶりを振って、プロデューサーさんは私に向き直り、姿勢を正しました。

「CPさんの言った通り、ちひろさんもあの子達も、誰も悪くありません。
 俺が中途半端な行いをしたことで、アイドルの子達は傷つきました。
 今回の混乱の責任は皆、俺にあります」

 そう言って、彼は私に深々と頭を下げました。


 私は、かけるべき言葉が見つかりません。

 傷ついたのは、彼だって同じなのです。
 それなのに、こうしてわざと憎まれるような事を。

 どうして――。


 どうして事情を話してくれなかったんですか。
 知っていたら私だってわざわざ余計な手回しをすることなんてありませんでした。
 まるで私が皆を引っかき回したみたいな事になっちゃってますけど私だって迷惑してるんですよ。
 最初から来なきゃいいのに勝手にこっち来て悩んでりゃ世話無いんですよ。付き合わされた方はいい迷惑なんです。
 あなたの言う通りですよ。私は何も悪くありません。あなたが勝手に面倒くさい事をして勝手に、勝手に私達をっ!


 ――ッ!
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:04:35.66 ID:64qMODCb0
 ――ダメです。
 とても言えません。


「もう…………やめてください……」

 消え入りそうな声でそう言うのが、私にはやっとでした。


 どうして――彼はどうして、346プロに――。
 どうしてこんな事になったのか。

 もう、一ヶ月もありません。
 それが明らかにならないまま、彼と過ごした日々は、終わってしまうのでしょうか――?



 それ以来、プロデューサーさんとは、言葉を交わすことが少なくなりました。
 実際、雑談を交わす暇も無いほど、彼が忙しいというのもあります。

 いいえ――きっと、わざと忙しくしているんです。


 ゆっくりと皆、元に戻っていく。
 いつしか私達は、約束された別れの時が来ることを、ひどく落ち着いた気持ちで待つようになっていきました。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:05:56.24 ID:64qMODCb0
 12月に入ると、プロデューサーさんは不在の時が多くなってきました。
 聞いてみると、765プロに足繁く出張しているのだそうです。

 いよいよ戻る準備を整えているんだな――。
 そう思いながら、その日もつまらない見積書類の作成をしていた時のことでした。


 突然、事務室の扉がバンッと開き、飛び込んできたのは――菜々さん?

「ち、ちひろさん! 大変です、すぐに来てくれませんか!?」
「どうしたんですか、菜々さん。落ち着いて」

「美嘉ちゃんが、レッスン中に倒れて、医務室へ……!」


 すぐに書類を置いて、菜々さんと一緒に医務室へと走ります。

 また倒れるほどに無茶をするなんて――。
 でも、どうして?

 もう彼女が身を削る必要なんてありません。
 そうしたところで、もう――。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:07:55.06 ID:64qMODCb0
 医務室の前には、他に参加していたであろうアイドルの子達が、心配そうにたむろしていました。
 よく見ると、あの時のメンバー――きらりちゃんに杏ちゃん、蘭子ちゃんの3人です。
 ちょうど、その5人でレッスンをしていたようでした。

「ちひろさん……!」
「皆、ちょっと通してください」

 きらりちゃんの大きな身体をどかしてもらい、私は菜々さんと一緒に医務室の扉を開けました。
 中に入ると、ベッドで寝ている美嘉ちゃんの隣に、お医者さんとCPさんと――。

「み、美城常務……?」

 なぜか、常務もおられます。
 一体どういう経緯で、と問い質したくなる私に、お医者さんが「お静かに」と淡泊に私と菜々さんに注意しました。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:13:36.70 ID:64qMODCb0
「容態はどうなんだ」

 美城常務はこちらには一瞥もくれず、お医者さんに問います。

「貧血ですね。軽度の栄養失調によるものかと。
 点滴は打ちましたので、この先しっかり食生活を改善して療養すれば、彼女くらいの若さであれば3日ほどである程度快復するでしょう」

 つまり、3日は安静にしなさいとのことです。
 ひとまず容態が安定しているようなので、お医者さんは間もなく退室されるとのことでした。

「大きな問題は無いかと思いますが、今日は自力での帰宅は止めさせた方がいいでしょう。
 城ヶ崎さんが目を覚ましたら、できれば車を手配してあげた方が良いかと思います。
 くれぐれも無茶をすることが無いよう、この子のプロデューサーにもよくお伝えください」


 お医者さんが出て行くのと入れ替わりで、外で待っていた3人がお部屋に入ってきました。
 邪魔になるかも知れないと遠慮していたそうですが、お医者さんから了解を得たようです。

 お医者さんが言った通り、大事には至らない旨を説明すると、皆は一様に安堵のため息を漏らしました。


「なぜ彼女は無茶をした」

 医務室に漂う空気が弛緩したのも束の間、美城常務がピシャリと私達に問いかけます。

「玲音とのライブはもう終えた。
 彼女は今、明確に喫緊の目標を有してはいなかったはずだ」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:15:40.58 ID:64qMODCb0
「そ、それは……」

 常務の仰る通りです。
 プロデューサーさんだって、お医者さんに言われるまでもなく、美嘉ちゃんがここまで自分を追い込む事を望んではいません。

「莉嘉ちゃんも言っていたんですが……。
 美嘉ちゃん、家でも最近あまり食事をとらないみたいで……それで、栄養失調になったのかも知れません」
「自己管理ができていないと……つまり、彼女自身の問題か」

 美城常務が美嘉ちゃんの顔にジッと視線を落とします。
 強く糾弾するような目つきに耐えきれず、半ば言い訳がましく言ったものですが――そういえば、少し頬がこけているかも知れません。

「いずれにせよ、これが繰り返されるようなら、彼女にも正式にプロジェクトを転属してもらう事になる」
「? 転属、ですか?」


「プロジェクトクローネ、ですね?」

 CPさんの言葉に、常務は頷きました。

「彼女の起用を前提としたクインテットユニットの構想が既にある。
 私のプロジェクトの傘下に入っていれば、少なくともこのような無茶をさせる事は無い」

「無茶をさせないという条件であれば、シンデレラプロジェクトも選択肢に入ります」
「彼女は君のプロジェクトの1期生だろう。
 卒業生が再度編入されるような事態となっては、他の子達に対しても示しがつくとは思えないが」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:16:59.78 ID:64qMODCb0
「み、美嘉ちゃんはっ!」


 急に声を上げたのは、蘭子ちゃんでした。

「!? ぴぇっ……!」

「気にするな。言いたい事があるならこの場で言いなさい」

 意図せず皆の視線を集め、硬直する彼女に、常務が促します。
 気のせいか、その声色はほんの少しだけ、普段より優しげな感じがしました。

 小さな咳払いを何度かして、ひゅぅっと呼吸を整え、蘭子ちゃんは口を開きました。

「美嘉ちゃんは、サブPとまだ……一緒にいたいはずです」
「蘭子ちゃん……」

「私も……いなくなっちゃうんだったら、いなくなる時まで、一緒にいたい、です。
 寂しい思い出のままじゃなくて、良い思い出を作ってから……お別れしたいんです。
 だから……お願いしますっ」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:19:34.55 ID:64qMODCb0
 身体の前で手をピンッと置き、彼女が出来うる限りであろう最大限の丁寧なお辞儀で、蘭子ちゃんは常務に懇願しました。

「美嘉ちゃんと、私達も一緒に、やらせてください。
 まだやりたいんです。お願いします!」

「きらりからも、お願いしますにぃ!」

 大きな身体でぶわっ!とお辞儀するきらりちゃんに、私は一瞬身じろいでしまいました。
 一方で、常務はそのお固い姿勢を崩しません。

「『やりたい』というのは、必ずしも行動理由の全てではない。
 我々管理側は、君達アイドルの健康面も管理する責務がある。
 それが担保されないプロジェクトの継続を認めるわけにはいかない」


「それは、ちゃんとナナ達がこれから美嘉ちゃんに「めっ!」てします!」

 すかさず食い下がったのは、菜々さんです。

「今回のことは、プロデューサーさんだけでなく、年長者であるナナのチョンボでもありました。
 だから、ナナも肝に銘じてちゃんと……!」
「? 菜々ちゃん、美嘉ちゃんやきらり達とも同い年でしょぉ?」
「えっ!!? あっ、いや、そ……た、誕生日!!
 ほらっ、ナナは5月生まれで、皆さんはもっと後というか、そういう意味でですね!?」
「いや、数ヶ月しか……」

 また菜々さんが自爆しています。
 でも、彼女の一生懸命さに嘘はありません。


「彼自身は、どう思っているだろうな」
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:22:52.34 ID:64qMODCb0
 美城常務の言葉に、皆が「えっ」と言葉を失いました。

「君達の言い分はわかった。
 そこまで言うなら、まずは君達の意向に従うとしよう。
 プロデューサーである彼と、城ヶ崎美嘉も含めてな」


「待ってください」

 踵を返し、退室しようとする常務の背に、私は声をかけました。

「常務は、プロデューサーさんを346プロに引き入れようとして、彼から断られたと」
「……なぜ今その話をする」

 アイドルの子達に、ざわめきが広がります。
 常務の仰ることはもっともですが、聞かないわけにはいきません。

「ずっと気になっていました。
 あれほど厄介に思っていたはずの彼を、どうして引き入れようとしたのですか?」
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:24:01.65 ID:64qMODCb0
「何ということは無い。
 確かに目障りではあったが、346の機密に少しでも触れた以上、懐柔した方が都合が良いと考えただけだ」

 にべも無く言い捨て、再び歩き出そうとする常務の前に、CPさんが立ちはだかりました。

「今度は君か。用件があるなら手短に」


「彼女達のプロデューサーは、「罪を背負った」と言ったのだと、常務からお聞きしました。
 その真意を、常務はどのようにお考えでしょうか」


 常務は、しばらく考え込むように押し黙りました。
 アイドルの子達も、聞き覚えの無いであろうお話に、困惑しっぱなしです。


「彼はここに来る前、アメリカへ研修に行っていたらしい」

「アメリカ?」

 765プロから、アメリカへ――?

「憶測でしかないが……
 765プロにいた頃の彼が順風満帆であったとするなら、その時の事を言っているのかも知れないな」
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:26:35.66 ID:64qMODCb0
 常務が退室されて間もなく、私達はアイドルの子達にも帰るよう促しました。
 美嘉ちゃんは眠ったままですし、いつまでも皆でこの部屋にいても仕方がありません。

 ――という杏ちゃんの提案によるものです。
 それは、ごもっともでした。

 眠っている美嘉ちゃんのベッドの前にある丸椅子に、CPさんと二人、残って腰掛けます。


「海外での経験もあったとは……初めて知りました」

 CPさんは、膝に手を置き、背をピンッと伸ばしながら呟きました。
 重役の前でも、新入社員の面接でもないのに、この人はいつでもひどくお行儀が良いんです。

「元々、知らないことの方が多いです」
「それは、そうですね」

 フッ、と小さく笑ってくれて、私も少し安心します。

 美嘉ちゃんは、変わらずにすぅすぅと安らかな寝息を立てています。
 彼女がこうしてゆっくり休むのは、いつ以来だったのでしょう。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:28:06.14 ID:64qMODCb0
「先ほどの神崎さんの言葉で、気になることがあります」

 思わず、CPさんの方へと顔を向けます。
 先ほど、ちょっとだけ緩んだ表情が、元の仏頂面に戻っていました。

「寂しい思い出のまま、いなくなる、と……そう言っていました」
「……えぇ」

「結果だけを見れば、彼女達は申し分の無い結果を出してきています。
 ですが、満たされていない何かがあるのなら……」

「…………」

 今のままではいけない――アイドルの子達は、そう思っているんです。
 そして、諦めたくないのだとも。


「プロデューサーさんがやってきてからの日々は、混乱もありましたが……活気に満ちたものでした」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:30:17.60 ID:64qMODCb0
 ふと、彼がやってきてからの日々を思い出します。

 私の隣で、書類の作成に四苦八苦しつつ、アイドルの子達に柔らかな笑顔で対話をする情景。

 美嘉ちゃんに冷たい態度を取りながらも、資料室で隠しきれない敬愛を示したあの日。

 サマーフェスで見せた、担当アイドルへの愛おしそうな笑顔。

 菜々さん達の言葉を前に、不本意を抱いて苦しむ姿。


「私達の中心には、あの人がいて……振り回されながらも、気づけばずっと前に進んでいました。
 言うなれば、不思議な魔法にかけられたみたいに……ひょっとしたら、彼自身もかかっていたのかも知れません」
「魔法、ですか」

 そう。何かをせずにはいられなくなる魔法。

 私も、一概にそれのせいにする訳ではないですが――十分に、出過ぎた真似をしてしまいました。

 12月が終われば、魔法は解けて、私達は元の日々に戻ります。
 それはきっと、ある種の凪と呼べるような、平和で穏やかなものとなるのでしょう。

「自分が満足できていない事を知ることと、それを知らずにいることは……どちらが幸せなのでしょうか?」
「…………」

「彼女達がプロデューサーさんと走り続けていった先に、果たしてゴールはあるのか、それはどんなものなのか……。
 それがちょっとだけ、不安です」
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:32:23.26 ID:64qMODCb0
「……それを知りたいのかも」

「えっ?」


 美嘉ちゃんは、ムクリとベッドから起き上がりました。

「なんてね」

「美嘉ちゃん、起きていたんですか」
「今起きたトコ。
 ごめんね、心配かけちゃったみたいで、って……うわ、もう夜じゃん」

 すっかり暗くなった窓の外を見て、美嘉ちゃんが顔をしかめました。
 時間帯だけ見ればまだ夕方のはずなのですが、冬が深まってきた今日では、陽が落ちるのもあっという間です。


「城ヶ崎さん」

 CPさんが、岩のような姿勢をさらに正して彼女に向き直ります。

「医療スタッフは、3日ほどの静養をあなたに求めています。
 今後も同様の事態があれば、プロジェクトの正式な転属も視野に入れると、常務も仰っていました」
「……うん」

「諸星さん達も、皆、あなたのことを心配しています。
 どうか、これ以上のご無理はなさらないでください」


 しばらく黙ったのち、美嘉ちゃんは素直に頷きました。

「今回はアタシ、何も言えないね……本当、ごめん」
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:35:28.56 ID:64qMODCb0
「分かっていただけたなら、何よりです。
 極力、お身体を大事にされた方が良いでしょう。
 後ほど、タクシーを手配します」

 そうCPさんが提案すると、美嘉ちゃんは慌てて手を振りました。

「えっ!? い、いいよ大丈夫だって!
 アタシんち埼玉だよ? そんな大袈裟な……」

「美嘉ちゃん。自分の体調は、ちゃんと自覚しなきゃダメですよ?」

 見かねて私が釘を刺すと、美嘉ちゃんは「うっ……」と閉口しました。

 つい先ほど、レッスン中に気を失って倒れていた女の子の「大丈夫」なんて、当てにできません。
 第一、346プロが誇るカリスマギャルが、タクシー程度でビビってどうしますか。


 有無を言わさぬ圧で美嘉ちゃんの反論を封じ、黙って従ったのを確認すると、私はCPさんにデスクへ戻るよう提案しました。

「シンデレラのフェスに向けたご自分のお仕事が、まだ残っているでしょう?
 タクシーは私が手配しますから、CPさんは事務室へお戻りください」
「しかし、千川さんの方こそお忙しいのでは……?」
「この時期は、そうでもありません」

 CPさんは逡巡した後、その場を立ち上がり、頭を下げました。

「……では、お言葉に甘えます」
「CPさんも、どうかお身体にはお気をつけて。
 エナドリ、いります?」

「おかげさまで、間に合っております。それでは」
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:37:32.22 ID:64qMODCb0
 CPさんが出て行くと、二人きりの医務室は途端にお部屋が広くなりました。
 タクシーを呼びに席を立とうとすると、美嘉ちゃんに止められたので、まだ私は椅子に座ったままです。

「ちひろさんはさ、どう思ってる?」
「何をですか?」

「プロデューサーが、まだアタシ達と一緒に走り続けたいって、内心思っているかどうか」


「……走り続けたいんだと思いますよ」

 私の回答は、明確な確信ではなく、ある種の願望を少なからず含んだものでした。
 それでも、美嘉ちゃんに対しては、そのように答えるべきだとも。

「ただ……卑怯な言い方になりますけど、どうしようもない事情というものは、あります。
 大人だからと言って、魔法が使えるわけじゃなくて……出来ることと、出来ないことがあるんです」
「それは、分かってる」

 美嘉ちゃんは、とても冷静でした。
 小さく頷いて、お布団の上で握った手に視線を落とします。


「アタシもね……大人になんなきゃ、って。
 ウチ、莉嘉もいたし、そういうの普段からずっと思って、自分なりに気をつけてたつもり。
 だから……もう、分かってる」

「……美嘉ちゃん?」
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:39:28.39 ID:64qMODCb0
「アイドルって、遊びじゃないんだから……ワガママなんて、言ってられないんだってこと」

 鼻で小さく笑い、美嘉ちゃんは顔を上げました。


「アタシ、プロデューサーとはもう…」

「美嘉っ!!」


 ガチャッ!と突然扉が開き、中に入ってきたのはプロデューサーさんでした。

「はぁ……はぁ……!」
「プロデューサーさん……今日は、こっちへ戻らない予定だったんじゃ?」

「残務があったことに気づいて、引き返してきたんです。
 そしたらさっき、廊下でCPさんと会って……事情は聞きました」

 走ってきたのか、息が整うのも待たず、プロデューサーさんは美嘉ちゃんの元へと歩み寄ります。

「……プロデューサー」
「美嘉、一体どうして無茶をしたんだ。
 怪我はないか? 身体の具合とか、頭がボーッとしたりとかそういう…」
「ウザい」

「えっ?」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:41:15.79 ID:64qMODCb0
 美嘉ちゃんの表情は、ひどく冷たい怒りに満ちているようでした。
 先ほどまで、私とお話をしていた時とは、まるで別人です。


「こっちの面倒見る気が無いとか言っときながら、何その言い草。
 実はお前のこと心配してたんだー、なんて恩着せがましいイイ人アピールとかマジキモいし腹立つ。
 何しに来てんの今さら?」

「美嘉……」

「大体さ、プロデューサー名乗っときながら担当アイドルの健康状態とかキチンと把握する気も無いわけ?
 それともアタシの自己責任? 散々アタシを追い込んでおきながら、いざって時は手の平返し。ハッ」

 大袈裟に鼻を鳴らし、これ見よがしに肩をすくめて、美嘉ちゃんは彼をなじり続けます。

「よくそんなんで今までやってこれたね。
 765プロのアイドルって、アンタみたいな人にもついてくるようなお人好しだったんだ? 皆?
 マジウケんだけど、おんなじノリをこっちでやられてもフツーに困るし、その結果がご覧の有様ってヤツ。あり得なくない?」
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:42:38.55 ID:64qMODCb0
「…………」
「み、美嘉ちゃん! そういう言い方は…!」

「いい加減にしてよ」

 美嘉ちゃんのプロデューサーさんに対する厳しい非難の目が、より一層強くなりました。


「散々アタシ達を引っかき回して混乱させて、好き放題して帰るんでしょ?
 アンタなんか災害だよ。災害。
 さっさと帰ればいいじゃん、アタシ達のことなんかほっといてさ。気遣ってますよアピールとかいらないしウザすぎ。
 もうこれ以上アタシ達に付きまとわないで。アンタなんか……!」

「…………」


「……アンタなんか、来なきゃ良かったのに!!」



「…………」

 プロデューサーさんは、終始無言でした。
 何も言い返すことなく、弁明も――同意も、謝罪もすることもありません。

 黙して、今にも涙がこぼれ落ちそうな彼女の瞳を見つめ、踵を返して部屋を出て行ってしまいました。

「ぷ、プロデューサーさん!」
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:46:39.39 ID:64qMODCb0
 慌ててプロデューサーさんを追いかけます。
 逃げるように去って行ったものの、それほど急ぐ様子はなかったため、難なく彼の横に追いつくことができました。

 そう――早歩きでも大股歩きでもなく、極めて普通に歩いていました。
 まるでそのようにしようと、努めているかのように。

「プロデューサーさん!」

 あれは、美嘉ちゃんの本意なんかでは決してありません。
 あんなに誰かを責め立てる美嘉ちゃんは――。

「美嘉ちゃんは、本心であんな事を言ったわけでは……!」
「分かっています」


 プロデューサーさんは、前を向いたまま、その歩みを止めることはありませんでした。

「曲がりなりにも……彼女の担当プロデューサーでしたから」
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:48:05.54 ID:64qMODCb0
「プロデューサーさん……」


「俺が望んだとおりの別れを、美嘉は受け入れました。
 これ以上深い付き合いにならないよう、袂を分かつことを。
 俺には、あの場で美嘉の真意を質す筋合いも、ましてそれを否定する道理もありません」


 気づくと、プロデューサーさんの背がどんどん遠くなっていました。
 私の足は、まるで根っこでも生えたかのようにピタリと床に吸い付き、前に踏み出すことができません。

 すぐに彼に追いついて、前に立ちはだかって、それを否定しなきゃいけないはずなのに――!


「気分が晴れました。
 これで何の未練もなく、765プロに戻ることができます。
 やはり……深入りなんて、するもんじゃない」
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:49:36.53 ID:64qMODCb0
「プロデューサーさん……!」

 俺が望んだ通りの別れって、何ですか?
 絆を深め合ったはずのアイドルと、あんな喧嘩別れみたいな終わり方って、ありますか?

 悲しい思い出を作るために、わざわざあなたは346プロへ来たんですか――?


 聞きたいことが、次から次へ溢れ出てきます。
 しかし、それらはもう、彼には届かなくなっていく。

 あの人は、この物語を終わらせようとしています。
 自分が最後まで憎まれ役となったまま、それ以上のものを求めまいとしています。
 美嘉ちゃんは、そんな彼の意志を汲んだのです。


「…………美嘉ちゃん……!」

 妙な胸騒ぎがして、私は走り出しました。
 振り返り、元来た道を、医務室の方へ。

 当たってほしくない予感は当たりました。
 ベッドの上から、美嘉ちゃんがいなくなっていたのです。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:50:59.36 ID:64qMODCb0
 急いで辺りを探し回ります。
 こんな事なら、さっさとタクシーを呼んで彼女を押し込んでおけば良かった!

 ですが、外に出ると、幸いにして美嘉ちゃんの姿はすぐに見つかりました。

「美嘉ちゃんっ!」


 正門へ向かうメイン通路。
 既に葉っぱが落ちきった大きな桜の木の下を歩く、美嘉ちゃんの後ろ姿がピタリと歩みを止めました。

 急いで駆け寄ります。

 美嘉ちゃんは――普段の堂々とした姿がまるで嘘と思えるくらい、小動物のように背を丸めて俯いています。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:52:40.16 ID:64qMODCb0
「ちひろさん……」

 外灯に照らし出された美嘉ちゃんの笑顔は、まるで線香花火のような――。
 最後の空元気を振り絞るかのように見えました。

「これで、良かったんだよね……? アタシ……」


 美嘉ちゃんなりに、精一杯考え抜いて出した結論のはずです。
 プロデューサーさんや――おそらく、346プロの皆のことも考えて、彼女はあの別れを選択しました。

 だけど――。

「美嘉ちゃんは……それで良かったと、思えるんですか?」

 私にとって、今の美嘉ちゃんの姿は、とても見ていられたものではありませんでした。

「美嘉ちゃんには、もっと胸を張って、伸び伸びと自分の心に正直でいてほしいんです。
 大人の事情に配慮するのは、大人の仕事。
 美嘉ちゃんまで、そんな事に気を遣って……自分の心を、痛めてほしくないんです」


 莉嘉ちゃんのお姉ちゃんとして。事務所のアイドル達の先輩として。
 彼女はいつも、周りの人達に気を配ってきたことでしょう。

 必要以上の優しさが、彼女を苦しめるというのなら――私は、もっと美嘉ちゃんには、子供になってほしい。


「そんなの、ズルいよ……」
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:54:38.13 ID:64qMODCb0
 美嘉ちゃんの口から、掠れたような声がポツリと漏れました。

「どうしようもない事情はある、出来ることと出来ないことがあるって……言ったじゃん」
「美嘉ちゃん…」
「どう足掻いても、ダメなんだって……だから、せめてあの人の望む通りに、しようって……!」

 美嘉ちゃんの瞳が、見る見るうちに潤んでいきます。
 それに比例するように、震い迷える声は明確な力を帯びていきます。

 それは、無念と怒りと、自分自身を取り巻く状況への怨嗟を無遠慮に吐き出すかのようでした。

「自分の思う通りに、したかったよ……当たり前じゃん、そんなの、でも……!
 お、大人に、ならなきゃって……諦めなきゃ、って、アタシ……!!」

「誰かのために、自分を犠牲にすることが……必ずしも、大人なわけじゃないんです、美嘉ちゃん。
 仮にそうだとしても、大人のために、美嘉ちゃんのような子が譲らなきゃいけない事の方が、間違っているんです」

「でも、そんなのワガママでしょっ!!
 あの場でアタシがいくら喚いたって、何も変わらない……何も、でき……う、あ……!!」
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 15:57:36.75 ID:64qMODCb0
 美嘉ちゃんの瞳から溢れた涙が、地面にいくつも落ちました。
 堰を切ったそれは、滝のようにボロボロと流れ、止まる術を知りません。

「頑張って……もう、何をどう、頑張ったらいいか、分かんなくて……!
 それでも、いつか、頑張り続けたら、何かが、変わる、かなって!!
 でも、何も変わら……う、ぐ……!!」

「美嘉ちゃん……」

「いくらがんば、て……! 結局、自分を納得、させるだけで……う、ぅ……!!
 ただの、自己満足で……アタシ、なにも、できな、かっ、あ、あぁ……!!」


 美嘉ちゃんを抱きしめると、彼女の身体はあっけなく私の腕の中に収まりました。

 こんなに小さな肩に、この子は色んな想いを背負っていたのだと、気づかされます。


「あの人、ずっと、つらかった……!! アタシ、あんなヒドい事……!!
 人を傷つけるの、あんな、つらい事だっ、たんだ、て……しらな、ひっ、ぐ……う、うぅぅ!!」

「プロデューサーさんは……全部、分かっています。
 美嘉ちゃんの気持ちも、皆……美嘉ちゃんだけが、負い目を感じる必要なんて、無いんです」


「う、あ、あああああぁぁぁぁ……!!」
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:00:43.41 ID:64qMODCb0
 美嘉ちゃんは、私の服をギュッと掴んで、泣きました。
 今までずっと我慢してきたものを、全て吐き出すかのように、たくさん――。

 こんなに溜め込んでいたのは、彼女自身が優しくて、気ぃ遣いすぎるというのもあるでしょう。
 でも、だからといって、美嘉ちゃんがこんなにも悲しまなくてはならない理由にはなり得ません。

 彼女を苦しめたのは、プロデューサーさん、そして――私。

「ごめんなさい、美嘉ちゃん……」
「ひぃ、ぃ……ああぁぁぁ……!!」

 彼女が大人の選択を迫られる状況へと追い詰められてしまった原因は、私にあります。

「本当に……ごめんなさい」


 やりきれない想いの逃げ場を求めて、私は空を見上げました。

 分厚い雲に覆われているのか、すっかり夜になっているはずなのに、空には星明かり一つ見えません。

 電球が切れかかった頼りない外灯の下、私達の周りにはほとんど一寸先の行き場も見えない闇が広がるようでした。
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:01:42.41 ID:64qMODCb0
 ですが――美嘉ちゃんの泣く姿を見て、ようやく気がつきました。

 このままで終わっていいはずがありません。

 私達とプロデューサーさんの物語が、こんなにも辛く悲しい結末であってはなりません。


「美嘉ちゃん……何とかします」
「えっ……?」


 そして私の頭に、これを打開するための、一つの考えが思い浮かびました。

 あるいはそれは、魔が差したと言っても良いのかも知れません。


「絶対に、私が何とかします。待っていてください」
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:04:53.51 ID:64qMODCb0
   * * *

 その日、私は有給休暇を取得しました。

 どうせ毎年、掃いて捨てるほど余ってしまうものです。
 たまの一日くらい、こうして突発的に消化したところで、翌日以降に仕事が溜まってしまう以外、どうって事はありません。

 ただ、今日私が休暇を取ったのは、余暇のためではありませんでした。


 最寄り駅を降り、地図を確認しながら目的のビルへと徒歩で向かいます。

 昼間でも、吐く息がすっかり白くなるほどに、季節は移ろいました。
 手袋してくれば良かったなぁと悔やんでも、今は悴む手を代わりばんこに暖めるしかありません。


 やがて、目的地に近づくと、何やら騒がしい工事の音が聞こえます。

 どうやら、建物を新しく建設中のようです。
 外に立てかけられた看板を見て、合点がいきました。

 これが“劇場(シアター)”――。
 CPさんから聞いたお話よりも、かなり大掛かりなプロジェクトのようです。

 そして――。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:07:58.78 ID:64qMODCb0
 建設作業現場の隣に立つ雑居ビルを見上げます。

 1階には「たるき亭」と書かれた看板。
 その上には――窓ガラスにガムテープで「765」の文字。

 エレベーターが見当たりません。
 脇にある狭い入口から、屋外階段を上ります。


 こんな所に、あの765プロが――。

 いえ、芸能分野に手広く事業を展開している346プロの方が、おそらくは異質なのでしょう。
 アイドル事業一筋の芸能事務所に出向くというのは、ふと思い返すと、私には記憶がありませんでした。


 3階まで上がると、唐突に扉が目の前に現れました。
 芸能プロダクション、765プロダクション――ここね。

「ひいぃぃっ!! ご、ゴキブリぃぃ!!」
「!?」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:09:59.53 ID:64qMODCb0
 突如扉が開き、中から女の子が飛び出してきました。
 勢いよく階段を駆け下りるその子に向けて、お部屋の中から別の声が聞こえてきます。

「ゆ、雪歩ー!? 誤解さー、ゴキブリじゃないぞー!
 こらっ、ハム蔵! 雪歩をビックリさせちゃダメでしょ!」

 その声に、階段を駆け下りた少女は、踊り場からヒョコッと臆病そうに顔を覗かせます。

「ほ、ほんとに……? あれ?」
「もうっ、雪歩も雪歩だぞ。そそっかしいったら……お?」


「あ、あの……346プロの、千川と申します」

 先ほど飛び出してきた子は、萩原雪歩さん。
 そして、その子を追って出てきたのは、我那覇響さん。

 完全に出鼻を挫かれた形で、いささか据わりが良くないですが、気を取り直して。
「音無さんと、お約束をさせていただいていたのですが……」

「お、お客さんですか!?
 す、すみません、私……まともな応対もできないこんなダメダメな私なんて!!」
「わーっ!! 雪歩、こんな所で穴掘っちゃダメさー! 掘るならせめて隣の工事現場ぁー!」


「あらあら〜。小鳥さんのお客さんがいらしたんですね〜」
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:11:46.34 ID:64qMODCb0
 踊り場で大騒ぎする二人を尻目に、別の女の人がのんびりとした様子で中から現れました。

 この人は、音無さんではなく、アイドルの――。

「三浦あずささん、ですね」
「あ、あら〜。ご存知なんですか〜?」
「もちろん、存じ上げています。
 お忙しいところへお邪魔してしまい、すみません」

 頭を下げる私に、三浦あずささんは優しく穏やかに応えます。

「いーえー。
 ただ、ごめんなさい、小鳥さん、ちょっと今出ていまして〜。
 もう少ししたら戻ると思うんですけど、う〜ん」
「そうでしたか。こちらこそ、早めに来てしまいましたので」

「よろしかったら、どうぞ中でごゆっくりお待ちになってください」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:13:48.28 ID:64qMODCb0
 中に入ると、右奥に事務員さん用と思われるデスク群。
 左奥にパーテーションで仕切られ、ソファーの置かれたスペースがあり、そこに通されました。
 どうやら、ここが応接スペースのようです。


「あの、すみません、これを……つまらないものですが」

 手土産を三浦あずささんに差し出すと、彼女は途端に目を輝かせました。

「あら〜! これ、知ってます。お高かったでしょう?」
「いえ、そんな、それほどのことでは…」

「このゴージャスセレブプリン、伊織ちゃんがたまに買ってきてくれて、その度に皆大喜びなんですよ〜。
 全然つまらないものなんかじゃありません。ありがとうございます〜、嬉しいわ〜」

 私も、こういうのは自分では買いません。
 ただ、いつぞやの新人プロデューサーさんではないですが――やはり、他社さん相手には、見栄を張りたくなるものです。

「あ、すみません、伊織ちゃんというのは…」
「いえ、存じています。竜宮小町のリーダーさん、ですよね?」
「そうなんですよ〜、本当にしっかり屋さんで、とっても頼りになるんです〜」
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:15:42.87 ID:64qMODCb0
 素直に、とてもアットホームな事務所だなと思いました。
 応接スペースのすぐそば、向こうのテレビ台の前で、さっそく私の手土産でお茶会が開かれているのが見えます。

「ねーねー、あずさお姉ちゃんもこっち来て一緒に食べようYO→!」
「あーっ! 真美、そっちはお客さん来てるんだから邪魔しちゃダメかなーって」

「あらあら、ありがとう真美ちゃん、やよいちゃん。
 よろしかったら、千川さんもご一緒にいかがですか?」
「えっ? い、いやいや、私がお持ちしたものですから…!」
「いいんですよぉ、こういうのは皆で食べた方が美味しいですし、私達だけだと食べすぎちゃいますもの、ねっ?」

 萩原雪歩ちゃんが淹れてくれたというお茶も一緒に、なし崩し的に私にも一つ手渡されました。
 恐縮しながら、一口――。

「……! うわ、おいしっ」
「ほら〜、言ったでしょう? とっても美味しいんですよ〜」

 そう言いながら、三浦あずささんは既に半分以上進んでいるようでした。
 平時はおっとりとしていながらこのスピード――どうやら本当にお好きなもののようです。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:17:57.93 ID:64qMODCb0
 ふと、パーテーションの奥に見えるホワイトボードに目をやります。
 当月分のメンバーの予定を示すそれは、ビッシリと真っ黒に埋まっていました。


「今日はプロデューサーさん、こちらには来られないみたいですね〜」

 不意に向けられた三浦あずささんの言葉に、私はドキリとしました。
 いつの間にか、そのホワイトボードを凝視しすぎていたのもありますが――。
 まるで、私の考えを見通したかのようです。

「す、すみません。ちょっと」
「お元気にしていますでしょうか、プロデューサーさん」

「は、はい」

 プリンをテーブルの上に置き、姿勢を正します。


「あの人の判断は、いつも的確です。
 それに、誰に対しても穏やかに柔らかく接してくれるので、アイドルの子達も皆、彼のことを信頼しています」

 シンデレラプロジェクトのサブでいた時の、プロデューサーさんの事を思い出しながら、話します。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:20:13.64 ID:64qMODCb0
 あの頃は、とても平和でした。
 皆が笑っていて、誰も苦しんだり、悲しんだりしなくて――。

 それこそ、彼が求めていたもの。
 深い付き合いをせず、ただ和やかな雰囲気を醸成する事にのみ心血を注いで、空気のように彼は去るはずだった。

 歯車が狂ったきっかけは、もう分かりきっているんです。


「彼のおかげで……皆、アイドルとして大きな成長を遂げました。
 とても大人で、頼りがいがあって……すごく、冷静な視野で物事を見定めて、私も助けられています」


「あら〜、そうだったんですか〜」

「えっ?」

 あまりネガティブな事は言わないよう、なるべく言葉を選んだつもりです。
 でも、目の前の765プロアイドルさんから返ってきたのは、意外な反応でした。

「346プロさんでのプロデューサーさんは、大人で冷静だったんですね〜」

「えっ、その……それは、どういう?」
「あ、あらあら、ごめんなさい。
 えぇと、プロデューサーさんが、大人で冷静じゃないっていうんじゃないんです」
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:25:27.45 ID:64qMODCb0
 三浦あずささんは、手をパタパタと顔の前で振った後、空になったプリンをテーブルに置いて、フフッと笑いました。

「プロデューサーさん、良い人なのですけれど、ちょっとだけ、おっちょこちょいな所があるんです。
 根拠のない精神論を言って、律子さんから注意されたり、たまに変な事をして、伊織ちゃん達から怒られたり」
「た、たまに変な事、というのは?」
「うーん、伊織ちゃんがお着替え中に、更衣室のドアを開けちゃったり、美希ちゃんと温泉に入りそうになったり、ですね〜」
「は、はぁ……」


 彼女の口から聞かされたのは、プロデューサーさんの意外な一面でした。
 私の中では、実務面でとても優秀で、必要に応じ冷徹になれる人という印象でしたが、ここでは人情味に溢れる人だったようです。

 つまり、346プロにいる間は、良くない言い方をすれば、お行儀良くしていた――自分を隠していた事がうかがえます。
 派遣先で失礼が無いよう、気を張っていたのかも知れません。

「でも、ふふ……そういう、とても一生懸命な所に、皆が惹かれるんだなぁって思うんです」

 遠い目をしてそう言うと、三浦あずささんはお茶を取りました。
 その穏やかな微笑みには、彼に対する強い信頼が根底にあるのだと分かりました。


「プロデューサーさんが戻ること……765プロの皆さんは、心待ちにされていますか?」

 言った後で、これは聞くべきではないと後悔しました。
 下手な気を遣わせてしまう。何より、聞いたところで詮無いことです。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:27:14.80 ID:64qMODCb0
「う〜ん、そうねぇ……」

 頬に手を当て、三浦あずささんは少し物思いに耽るような表情になりました。
 その表情は、目の前の私のために言葉を選んでいるのとは、少し違う気がします。

「もちろん、楽しみですし、皆……特に、美希ちゃんなんかは、とっても待ち遠しかったと思います。
 でも……ちょっとだけ、心配です」
「心配?」

「プロデューサーさんに、思い残しが無いかどうか、です」

 その言葉に、私の胸の奥がズキリと高鳴りました。

「プロデューサーさん、346プロさんに行かれる前は、アメリカに行っていたんです」
「え、えぇ、存じています。ちなみに、どんなご事情で?」
「研修、って仰っていたかしら……でも」

 湯呑みを手の中で揉むように回しながら、彼女は少しだけ首を捻ります。

「私も、詳しくお聞きしていないのですが……アメリカから帰ってきたプロデューサーさんは、どこか悲しそうでした。
 もしかしたら、あっちで辛い経験があったのかも知れないって、皆勘づいていました。
 誰も追求しませんでしたけれど、アメリカでの出来事を、あの人はあまり自分から話さなくて……その表情を見て、そう直感したんです」
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:30:09.68 ID:64qMODCb0
「そう、だったんですか……」

 美城常務の推察は、どうやら正しかったようです。
 あの人は、アメリカで受けた心の傷を癒やすため――かどうかは分かりませんが――何かしらの理由で346プロへ来た。
 でも、それは一体――。

 と、その時、事務所の入口の扉が開く音が聞こえました。


「ふぅ〜〜寒い寒い。
 ほんと工事現場の人って鉄人ねぇ、尊敬しちゃう……あっ」


 背を丸め、手を揉みながら、カチューシャを着けた女性と目が合いました。
 口元にほくろがあって、コートの下に緑色の制服を着た――たぶんこの人が、この765プロの事務員さん。

「あら〜、お帰りなさい小鳥さん」
「あっ、み、346プロさんっ!?」

 途端、小鳥さんと呼ばれた女性は、ガバッ!と勢いよく私に向けて頭を下げました。

「す、すみませんっ!!
 ちょっと隣のシアターの建設現場でのお打ち合わせが長引いてしまって、お待たせを……!」
「いえ、そんな、お気になさらないで…」
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:32:52.92 ID:64qMODCb0
 平身低頭して謝り倒す彼女の隣で、サイドテールを下げた愛らしい女の子が、パーテーションの上からヒョコッと顔を覗かせました。

「ヘイヘーイ、ピヨちゃん、工事現場のおっちゃん達は今日もムキムキだった?」
「えぇそりゃあもう、あんな逞しい腕、滲み出る汗。
 そうして日がな繰り広げられる男と男の共同作業、肌と肌とのぶつかり合い、妄想が捗……ぴよっ!?」

 ちょっかいを出してきた双海真美ちゃんは、にししっと意地悪そうに笑っています。

「んっふっふ〜、ピヨちゃんは今日もへーじょー運転ですな→」
「ま、真美ちゃん〜〜っ!!」

 タタタッと走り去る彼女を見つめ、ため息を一つつくと、音無小鳥さんは私達に向き直りました。

「ごめんなさい、お客様を前にお見苦しい所を……あずささん、ありがとうございます」
「いーえー。私は、外した方がよろしいでしょうか?」
「うーん、そうですね……すみませんけど、たぶん」
「分かりました」

 三浦あずささんは、素直に応じると席を立ち、私にニコリと笑いかけました。

「ちょっと落ち着きが無いかも知れませんけれど、皆良い子達なんです。
 どうか、自分の家だと思って、おくつろぎになってくださいね」
「は、はい。ありがとうございます」


 応接スペースを離れた三浦あずささんは、そのまま他の子達のお茶会に合流していきました。
 彼女の周りを、高槻やよいちゃん等、年少組の子達が楽しそうに囲んでいるのが見えます。

 とても包容力があって、でも、時折芯に迫る事を踏み込む――不思議な魅力を持った人。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:36:02.20 ID:64qMODCb0
「改めまして」

 オホン、っと咳払いをして、目の前に座る音無さんが姿勢を正しました。

「ようこそ765プロへお越しくださいました。
 当事務所の事務員をしております、音無小鳥と言います」
「346プロの、千川ちひろと申します。
 今日は、お時間をいただいてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」

 音無さんは私の方へ向けて、一つの書類をテーブルの上に置きました。

「今日は、契約書を今一度ご確認されたいと」
「えぇ。すみません、本来であれば私共の方で確認すべきことなのですが……」
「いえいえ、お安いご用です。
 346プロさんくらい大きな会社ともなると、色々難しいこともあるんだろうなぁって思いますし」
「恐縮です」

 改めて一礼し、私は書類に手を伸ばしました。


 それは、プロデューサーさんの派遣交流について、765プロと346プロとの間で交わされた契約書でした。
 お給金は――あぁ、やはり765プロさんから支出する約束になっていたんですね。
 なるほど、どうりで――そして。

 確かに、これは346プロの社判――私自身、毎日毎日何度も取り扱っているものでした。
 間違いなく、我が社の印鑑登録証明のそれと同じ印影です。

 今さら疑っていた訳ではありませんが――本当に、そうだったんだ。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:37:53.06 ID:64qMODCb0
「この契約書のとおり、当初は4月1日から9月末までの、6ヶ月間の予定でした。
 ただ、私達の社長がプロデューサーに打診をして、346プロさんにも直接掛け合い、3ヶ月間の延長をしたんです」

 説明をしながら、音無さんは別の一枚紙を私に提示しました。
 変更契約書と題されたそれは、当初契約における派遣期間の条項を変更する旨が示されています。
 状況的に考えれば、後付けで作成されたものなのでしょう。


「単刀直入にお聞きします」

 書類を置き、私は今一度、音無さんを真っ直ぐに見つめました。

「この契約書が交わされた背景というのは、一体どのようなものだったのでしょうか?」

「つまり、弊社のプロデューサーが、346プロさんに派遣されることになった経緯、ということですね」
「そうです」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:41:14.94 ID:64qMODCb0
 今日、私が765プロに来た目的の一つは、プロデューサーさんが346プロにやってきた事の裏付けを知ることでした。

 そのために、まずは両社の間で交わされた文書を確認すること。
 これは、先述の通り346プロの中で確認すべきことでしたが、これの管理をしているであろう美城常務が取り合ってくれませんでした。
 他社とのデリケートな密約を、不用意に末端まで共有すべきでないという意図があったのかも知れません。

 そのため、不本意ながら、やむなく765プロ側に協力を求めることになった次第です。
 予め、駄目元でお願いしたものですが、アッサリと聞き入れてもらえた辺り、融通の利くありがたいお相手だと思います。


 そして、その密約がどのような経緯で交わされたのかを知ること。

 なぜ、プロデューサーさんが346プロに来なければならなかったのか。
 346プロのアイドル達と深い関係になることを避けたいのなら、最初からそんな選択肢などあり得なかったはずです。


「お問い合わせいただいてから、私も社長の高木から、大まかな事情を聞いてきたところです」

 大まかな?
 私が知りたいのは詳細です。曖昧なお話は、もうコリゴリなんです。

 図々しく乗り込んでおきながら、なおも手前勝手でいる私の意図を斟酌してくださったのか、音無さんは少し恐縮そうに続けます。

「直接の経緯としては、高木の方からの提案だったようです」
「高木社長から、プロデューサーさんに?」
「はい」
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:45:04.07 ID:64qMODCb0
 いつも思わせぶりな事しか言わないんです、と、頬を掻きながら音無さんは「アハハ」と誘い笑いをしました。
 その調和を取り持つような、彼女の朗らかな雰囲気が、シンデレラプロジェクトの皆と話していた時の彼に重なります。

 なるほど――あの人はやはり、この事務所のプロデューサーなのだなと、改めて思い知らされます。

「プロデューサーさん、346プロに来られる前は、アメリカに行ってらしたと。
 それで、おそらくは……何か、心に傷を負うような出来事があったのではと、推察しています」
「……そこまで、ご存知なんですね」

 途端、柔らかな笑顔がフッと消え、彼女は寂しそうな表情になりました。

「私も、直接は聞いていません。
 社長室で、ちょっとだけ聞こえてきたお話から察するに……。
 お仕事、失敗して、現地で一緒にお仕事をしていた子を、傷つけちゃったみたいです」

「現地で一緒に? ……その子も、アイドルを?」
「それは、分かりません。
 ただ……お互い、積極的に交流をしていて、プライベートでも仲良しだったみたいですね」

 日本人と欧米人の積極性の違いは、今日でもよく知られた通りです。
 強い否定を苦手とするあの人だと、現地仕込みのアクティブな子には流されてしまうのでしょう。

 美嘉ちゃんとの初対面の時、グイッと手を引く彼女にタジタジになっていたのを、ふと思い出しました。

「その子に深入りをすることが、結局は……プロデューサー曰くですが、良くなかったと。
 結果を出すことができず、なまじ深い付き合いとなった分、別れの時に必要以上に傷つける事になったと、ずっと悔やんでいたみたいです」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:48:49.12 ID:64qMODCb0
「……深入りが、悪だと?」
「はい……それで、社長が」

 ううん、と咳払いをして、音無さんは顔を上げました。


「高木がプロデューサーを、叱責する声が聞こえました。
 キミの考えが真実かどうか、確かめさせてあげよう、って……。
 プロデューサーとして、それを見出せないのは、キミの罪だと」


「罪……」

 常務が言っていた事でもありました。

 あの人はアメリカでの一件で、プロデューサーとしてのアイドルへの向き合い方に疑問を持った。
 それを、765プロの高木社長は、正そうとした――?


「最初は、961プロに派遣しようとしたみたいです」

 音無さんの表情に、ほんの少し柔らかさが戻りました。

 961プロと言えば、社長の黒井祟男氏がかなりの強硬派で知られる、業界内でも有名な芸能プロダクションです。
 昔ほど悪い噂は聞かなくなりましたが、他社への挑発的かつ攻撃的な社風は変わらず、我が事務所も警戒している事務所でした。

 そんな事務所の話をする時に、なぜ音無さんは、ちょっと嬉しそうに――?

「案の定、断られちゃいました。
 黒井社長が直々に怒鳴り込んできて、お前達のような弱小事務所の願いなど誰が聞き入れてやるものかー、って。ふふっ♪」
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:51:25.91 ID:64qMODCb0
「しゃ、社長自ら、ですか!?」
「黒井社長、ウチの社長と仲良しなんです。
 だから、黒井にしか頼めない事なんだよぉって、高木も頭を下げていたんですけどね」

 噂に聞いた以上に、アグレッシブな社長のようです。
 ですが、音無さんはなおも楽しそうでした。

「散々この応接スペースで怒った後、黒井社長がこう仰ったんです。
 そんなに言うなら、貴様のお荷物プロデューサーなど、我が最大の驚異となりうる事務所へ押しつけてやる、って」

「……その事務所って」
「はい、346プロダクションさんです。
 つまり、両社の契約に当たっては、黒井社長も一枚噛んだみたいです。
 美城会長とはお互いに旧知の仲だそうですし、高木も、黒井のおかげでスムーズに事が進んだ、って喜んでいました」


 な、なるほど――。

 言い方は良くないですが、他社のプロデューサーという混乱の種を、誰がなぜ弊社に寄こしたのか、理解しました。

 黒井社長は、傷心したあの人をこの346プロに押しつけることで、何かしらネガティブな事象が起きる事を期待したのでしょう。
 その隙を突いて、961プロが出し抜く事をも考えていたとするなら、合点がいきます。

 一方で、黒井社長が善意で橋渡しをしてくれたと思い込んでいる辺り、高木社長はだいぶお人好しな方のようです。

「ただ」
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:54:26.19 ID:64qMODCb0
 何かを思い出したように、音無さんは急に押し黙り、視線を落としました。

「お、音無さん……?」


「最近、こちらにも時々顔を出してくれますが……。
 プロデューサーさんは、あの時よりも辛そうに見えます……」


「…………」

 順調にやっている、と――。
 聞かれたら、当たり障りの無い事を答えるつもりでしたが、どうやら見透かされていました。

 当たり前です。
 765プロの人達の方が、ずっと彼との付き合いが長いのですから。


「高木はプロデューサーの、アイドルに対する向き合い方を改めてほしくて、346プロさんへ派遣しました。
 ウチとは違い、人材が潤沢で会社としての歴史も長く、体制も組織的に構築された大きな事務所での、プロデュースの仕方を学ぶ事で、自分を見つめ直すことを。
 でも……プロデューサーさんは、見つめ直すどころか、ますます自身の考えを深めてしまったように思えるんです。
 やはり、アイドルに深入りなんてするものではないと……先日も、ふと漏らしていたのを、聞いてしまいました」

「……えぇ」


  ――やはり……深入りなんて、するもんじゃない。
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:56:07.73 ID:64qMODCb0
「……千川さん」

 音無さんは、悲痛な面持ちで私を見つめました。
 まるで私に助けを求めるかのように。

「私達の考えは、間違っていたのでしょうか?
 彼の姿を見るに、きっと346プロさんのアイドルさん達も、辛い思いをされたのではと……。
 私達が交流を結ぶことは、私達にとって、悪いことにしかならないって、そう結論づけるしかないのでしょうか?」


「……その件で、私からもお願いしたいことがあるんです」
「えっ?」


 私が今日、765プロに来た目的は、もう一つあります。

 それは、先ほどまでのお話を踏まえ、ここからが本題と言っても良いものでした。

「ひょっとして、さらに派遣期間を延長してほしい……とか?」
「まさか。弊社も、この期に及んでそんな事を言うつもりはありません」
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 16:59:23.32 ID:64qMODCb0
 今日の私の行いは、事務員としての業務の範疇を完全に越境しています。
 出張の用務としてバカ正直に申告しては、いくらウチの課長だって通してもらえるとは思えません。

 だから、私は今日、有給を取りました。
 上長に秘密裏に事を進めるために――。
 プロデューサーさんや美嘉ちゃん達への、救いを見出すために。

 私が招いた悲しみの結末を、変えるために。

 唾を飲み込み、咳払いを一つします。
 聞き入れてもらえるかどうかは出たとこ勝負。緊張で心臓が爆発しそうです。

 ですが、ここまで来て引き下がれません。



「765プロさんに、ぜひ、弊社のミニライブへのご協力をお願いしたいんです」

「ミニライブの協力、ですか……?」


「具体的には、楽曲の提供とダンス指導……あるいは、共演」

「は、はぁ……」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:02:09.86 ID:64qMODCb0
 怒られるかな、と内心恐る恐る申し上げたのですが、当の相手方はポカンとしています。

 そう言えば、相手は事務員さんなのです。
 おそらく、それを良しと判断できる立場ではないし、もっと詳しい方が別にいるのでしょう。

 例えば、彼とは違う、別の――。

「ただいまなのー!」


「こぉらー美希! 帰ったらまず手洗いとうがいをしなさいっていつも言ってるでしょ!」

 玄関から、またも賑やかな声が聞こえました。
 765プロの誰かが、帰ってきたようです。

「お帰り亜美ー! あっ、いおりんもしやその手に持っているのは……!」
「にひひっ♪ またあんた達に買ってきてあげたわよ、ゴージャスセレブプリン」
「うぎゃー! やっぱりだー、プリンが被っちゃったぞー!」
「え、えぇっ!?」
「うあうあー! 何で亜美達が帰るまえにゴージャスセレブプリンがあるのさー!?」


「ったく、いつもいつも落ち着きがないんだから……小鳥さん、お疲れ様で…?」

 コートを脱ぎながら、眼鏡をかけた黒スーツ姿の女性が応接スペースにやってきました。
 彼女は、プロデューサーさんとは別のプロデューサー。

「お世話になっております。346プロダクションの千川ちひろと申します。
 竜宮小町の担当プロデューサーの、秋月律子さんですね?」
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:05:51.14 ID:64qMODCb0
「えっ? あ、は、はいっ。
 そっか、今日お見えになるんでしたよね。すみません騒々しくって」

「346プロ!?」


 パーテーションがガタッと揺れ、一人の女の子が顔を出しました。

「ミカの事務所の人!?」

「ほ、星井美希ちゃん……!」
「うん、ミキだよっ。
 ねぇねぇ、346プロの人なの? ミカってどんな子? 普段もキラキラしてる?」
「こ、こら美希っ。大事な話の最中……!」

 眩いのは、彼女が金髪だからではありません。
 人を惹きつける、アイドルとしての天性をまざまざと見せつける、765プロきってのエース。

 まだ年若いはずですが、相対するとこんなにもオーラがあるものなのかと、驚かされます。


「美希。お客さん、困らせては悪いから、私達は向こうへ行っていましょう」

 星井美希ちゃんの後ろから、別の女の子が恐縮そうに声をかけます。
 青みがかった長髪と、いかにも生真面目な性格を思わせる凜とした表情が印象的な子。

 決して大きくは見えないあの口から、強く豊かに伸びる美しい歌声が発せられるんだ――。
 どこか神秘的ですらあります。


「如月千早さん。いいえ……ご迷惑、というものではありません」
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:08:29.00 ID:64qMODCb0
 私は、かぶりを振りました。
 そうです。この際、アイドルの子達にも同席してもらえた方がいいでしょう。

 しかし――。

「星井美希さん、あの…」
「ムー……ミキのことは、ミキでいいのっ。星井サン、なんていらないよ?」
「そ、そうですか……み、美希ちゃんは」
「うん」

「さっき、ミカがどうって……それって、弊社の城ヶ崎美嘉のことですか?」


「へーしゃ、っていうの、よく分かんないけど、ミカはそのミカなの。
 この間、玲音って人とすっごいライブバトルしたでしょ?」

 美希ちゃんは私の隣にストンと座り、私の目を間近で見つめてきました。
 かの眩しさのあまり、思わず身じろぎしてしまいますが、彼女は全く動じる様子はありません。

「あれテレビで見たの。すっごかったよ!
 玲音ももちろん凄かったけど、ミキ的には、ミカの方がずっとキラキラしてたって思うな」

「美嘉ちゃんの方が、ですか?」
「ウチの美希、あのライブ対決以来、すっかり城ヶ崎美嘉さんのファンなんです」

 秋月律子さんが呆れ気味にため息をつくのを尻目に、美希ちゃんは変わらず目をキラキラさせ続けています。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:11:22.90 ID:64qMODCb0
「だって、玲音って人、完璧すぎてつまんないもん。
 ミカの方が、玲音と比べると色々「あれ?」って思う所あるけど、でも、ずっと迫力あったよ。
 何が何でもやってやるー! って、すごい熱い気持ちを感じたの。
 ステージの上で、こんなに一生懸命になれるもんなんだって。心に響くもの、できるんだって」

「み、美希ちゃん……」
「だから、ミカやミカの事務所の人と、お話してみたいって思ったの。
 ハニ、じゃなかった。プロデューサー、キギョウ秘密だって、全然そういうの話してくれないんだもん」

 ぷくっと頬を膨らませ、ふんぞり返って見せた後、すぐに彼女は「アハッ」と笑いました。

「なんて。ミキ、知ってるよ?
 ミカのプロデュースしてたの、ミキ達のプロデューサーだったんでしょ?」

「え、えぇ……そうです。
 美嘉ちゃんとプロデューサーは、お互いを…」
「違うの」

「……えっ?」


 美希ちゃんは、かぶりを振りました。
 彼女の瞳は、まるでこちらの真意を質すかのような、何物をも恐れることのない、どこまでも真っ直ぐなものでした。

「ミキ、もう分かってるの。
 プロデューサー、ミカとケンカしちゃったんだ、って。
 言わないけど、あんまり良くない事になっちゃってるの、分かってるんだ」
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:14:19.96 ID:64qMODCb0
「それは、私達も同感です」

 応接スペースの入口側に立ち、話を聞いていた如月千早ちゃんが、口を開きました。

「少しだけだけど、春香が……二人きりでプロデューサーと話をしたあの子も、心配していました。
 あんなに辛そうな顔をしたプロデューサーは初めて見る、って。
 私達も、何かできることは無いのかって、ずっと悩んでいたんです」

「ミキ達のプロデューサーが、ミカ達の事務所でオソマツするはずが無いの。
 もし困っているなら、ミキ達がちゃんとプロデューサーを支えてあげなくちゃって。
 そういうの、同じ事務所のヨシミだって思うな」


「おやおやぁ〜、兄ちゃんの話かぃミキミキ〜?」
「ほんっと、いつまで経っても世話を焼かすんだから、アイツ」
「わ、私も……お世話してもらった分の恩返し、まだできていないから、そのっ」
「今がまさにそのチャンスじゅゎ〜ん、ゆきぴょ〜ん?」
「ひょっとして私達、346プロに行けたりするんですかー!? うっうー!」
「困ったことがあったって、自分達に任せればなんくるないさー! なっ、ハム蔵?」

 応接スペースの話を聞きつけ、続々と765プロのアイドル達が集まってきました。
 三浦あずささんは、食べ途中だったのか、ゴージャスセレブプリンを両手に持っています。

「み、皆さん……」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:16:26.57 ID:64qMODCb0
「えぇっと、そうですね……ウォッホン」

 大袈裟な咳払いを一つして、皆の注目を一手に引き受けると、秋月律子さんは眼鏡をクイッと直しました。

「こういう具合に、弊社は何かにつけて首を突っ込みたがる物好きばかりなんです。
 だから、何かお困り事があるのなら、遠慮無く私達に言ってください。
 どうせウチの社長だって、二つ返事でGOサインを出すに決まってるんですから。ねっ?」

「秋月さん……!」


 胸の奥で重く凝り固まっていた燻りが、嘘のように晴れていきます。
 悲しい結末しか見えない絶望を、あっさりと吹き飛ばしていくそれは、今ではまだ不明瞭な自信と勇気。

 それでも、この人達となら――。

「765プロの皆さん……どうかお願いします」


 きっと何かができると、信じさせてくれる。

「どうか力を、貸してください」


 私の心にかかっていた分厚い雲の間に光が差し込み、爽やかな風が吹くのを感じました。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:28:20.99 ID:64qMODCb0
   * * *

「随分と、君は勝手な真似をしてくれたようだな」

 大きなデスクの上で手を組み、美城常務は私を睨み上げます。
 まぁ、いつもの事です。

「さて、何の事でしょう?」
「この期に及んで、とぼけるつもりか」

「事実として、先方の代表から正式に申し入れがあったと聞いています。
 今後も良好な関係を築いていく事を考えれば、無碍にする事は得策ではないかと」
「それは君が判断する事ではない」

 大きめのため息をつき、常務は椅子をクルリと回転させました。


「彼に伝えておけ。
 楽をしてホームへ帰れるとは思わない事だ、とな」

「……はいっ」

 私は勢いよく一礼し、常務室を後にしました。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:30:47.21 ID:64qMODCb0
 あの後、秋月律子さんは高木社長へ、私の依頼した件について報告をしたそうです。
 すると、なんとその日のうちに高木社長は美城代表へと直接電話し、話を取りつけたのだとか。

 二つ返事でOKをするという、秋月さんのお話を疑っていたわけではありませんが――およそ弊社では考えられない身軽さです。
 美城常務の外堀を埋めることも含め、765プロ総体として、この件に協力する姿勢を示してくださいました。


「プロデューサーさん」

 私の隣で、いそいそとファイルの整理をしている彼に、声をかけます。

「何でしょう?」

 もう、約束の期間まであと3週間ほどです。
 デスクの上はほとんと書類が残されておらず、いつでも帰れると言わんばかりの準備の良さです。

 が、そうは問屋が卸しません。

「ちょっと、ついてきてください」
「は、はぁ……」

 何の用だろうと訝しむプロデューサーさんを、黙って事務室から連れ出します。


 あなたは、プロデューサーさんなんです。
 忘れているのなら――ここでの出来事を忘れようとしているのなら、思い出させてあげなくちゃ。
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:32:17.88 ID:64qMODCb0
「トレーニングルーム?」

「どうぞ、中へ」

 彼を促し、その扉を自分で開けさせます。
 中に入ると、彼の担当アイドル――。


「美嘉……きらりに杏、蘭子、菜々さんまで」

「待ってたにぃ、サブPちゃん☆」

 彼の姿を見留めたきらりちゃんが、嬉しそうに顔の前でピースしてみせます。
 それを皮切りに、他の子達も安堵したように頬が緩みました。

「一体何をしているんだ、皆してこんな所で」
「この事務所のアイドルを相手に、ナンセンスな質問だね」
「何?」

「その質問、たぶん今から来る子達の方が、もっと聞きたくなると思うよ」

 杏ちゃんがニヤリと不敵な笑みを浮かべます。
 何のことだか、サッパリ要領を得ていないプロデューサーさんが困惑していると――。



「こんにちはなのー!」

 突如として、用具室の扉がガチャッと開き、中から美希ちゃん達が飛び出しました。

248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:34:49.21 ID:64qMODCb0
「!? み、美希っ!?」
「ハニー、ひっさしぶり〜。あれ、やっぱりちょっと痩せたね?」
「わっ、ぶ!? な、何をする、こらっ!」

 登場を予想だにしていなかったであろう彼女から無遠慮に頬を突かれ、プロデューサーさんは大いに混乱しています。
 その様子を見て、杏ちゃん達5人はおかしそうに笑いました。

「もう、美希。他所の事務所にいるんだから、もう少しお行儀良くしなさい」
「まぁまぁ伊織、美希もせっかく久々にプロデューサーに会えたんだから」

 呆れながら続いて出てきたのは、水瀬伊織ちゃん。
 そして――菊地真ちゃん。

「な、なっ……!?」


 今回、765プロからの応援要員として、5人のアイドル達が選抜されました。

 美嘉ちゃんに並々ならぬ興味を示す、星井美希ちゃん。
 竜宮小町のリーダーとして、まとめ役にも慣れている水瀬伊織ちゃん。

 菊地真ちゃんは、そのダンスの適正の高さから選ばれました。
 我那覇響ちゃんも同等の実力の持ち主ではありますが、他のアイドルへの指導という点では、彼女の方が向いているようです。

「ボクもあまり人のこと言えないけど……。
 響だと教える時、「わー」とか「ぶわー」とか、どうしても抽象的な言葉が多くなりますからね」

 そう言って満更でも無さそうに頭を掻く菊地真ちゃんの後ろから、別の子が顔を覗かせ、頭を下げました。

「プロデューサー、お久しぶりです」
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:37:22.14 ID:64qMODCb0
「千早、お前まで……!」

「私なんかに心配されるようになっては、プロデューサーも形無しですね」

 如月千早ちゃんは、もちろんボーカルトレーニングの担当です。
 かの武田蒼一氏の音楽番組『オールド・ホイッスル』に出演した唯一のアイドルというのは、如月千早ちゃんだったのです。

「は、はわわ……!」
「神崎さん。初めまして、如月千早です」

 神崎蘭子ちゃんにとっても、大いに刺激になるはずでしたが――案の定と言うべきか、緊張しちゃっているみたいです。
 そんな彼女に、千早ちゃんはニコリと優しく微笑みました。

「武田さんに実力を見出されたという話、プロデューサーから聞きました。
 私なんかがどこまでお役に立てるか分からないけれど、歌については、できる限り力になるわ。
 これからお願いします」
「こ、こちらこそぉ!? え、うっ、魂の赴くがままにっ!」
「た、魂……!?」

 お互いに困惑し合っている二人を見て、皆がクスクスと楽しそうに笑っています。
 こういう空気、何だか久しぶりです。


 そして、最後の一人は――。

「……お前も来ていたのか、春香」

 観念したように声を漏らすプロデューサーさんの見つめる先に、皆の視線が集まります。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:39:12.61 ID:64qMODCb0
「諦めたくないっていう、346プロさんの気持ちは……私達も、同じでしたから。
 だから、346プロさんの力になりたいって、そう思ったんです」


 天海春香ちゃんは、胸の前に載せた手を握りしめました。

「プロデューサーさんも、一緒のはずです。
 このまま悲しいお別れを迎えたくない、って……。
 簡単に見限れるような子達と一緒にいたんじゃないって、そう信じたいはずです」

「春香……」


 プロデューサーは、かぶりを振りました。

「俺を……もう俺を買い被らないでくれ。
 俺には、皆の期待に答えられるような事なんてもう…」

「買い被りますっ!」

「えっ?」


 勢いよく口を挟んだのは、菜々さんでした。

「だってナナは、カフェでプロデューサーさんと交わした約束を、守ってもらえていません。
 いいえ、たとえ約束を抜きにしても、ナナはまだ、プロデューサーさんと一緒にお仕事したいんです。
 せっかく増えてきたナナのファン達と、ステージ上で「ウッサミーン!」ってコールする姿、見て欲しいんですっ!」
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:42:05.01 ID:64qMODCb0
「菜々さん……」
「……! す、すみません、うっ、く……歳を重ねると、涙腺が弱くなって……!」

 感極まり、瞳からポロポロと流れる涙を一生懸命拭きながら、菜々さんは続けます。

「お別れするのは、辛いです……。
 それを知りながら、一緒の時を過ごすのは辛いことだって事も、分かっています。
 でも、それでも……ナナは、プロデューサーさんに最後までプロデュースを続けてほしいって!
 そう願うのはワガママですか!?」


 菜々さんがプロデューサーさんを求めるのは、初めて出会った担当プロデューサーを逃したくない身勝手ではありませんでした。
 彼女もまた、別れを認めていて――それでも、彼との思い出を少しでも美しいものにしたいという願いからくる涙でした。


「いい加減、目を覚ましなよ」

 美嘉ちゃんが、プロデューサーさんの前に歩み寄ります。
 とっくに涙は出し尽くしたので、これからはもう泣かないと、彼女は言っていました。

「アタシも、覚めたからさ……美希ちゃん達のおかげで」
「美嘉……」
「深入りしたくないっていうアンタの気持ち、ちょっとだけ分かったよ。
 でもさ」

 かぶりを振り、人差し指をプロデューサーさんの胸にトンと置いて、美嘉ちゃんは彼を見上げました。

「深く関わり合おうともしないで、どうやって担当アイドルのこと理解しようっていうの?」
「……!」
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:47:15.17 ID:64qMODCb0
「傷つかずにトップを目指そうなんて、都合の良いこと考えちゃいないよ。
 ていうか、お互いに苦しいから、支え合うんだって、そういうモンなんじゃないの? アタシ達はさ」

 クルッと、美嘉ちゃんはすっかり彼女の隣を占領している美希ちゃんの方を振り向きました。

「ねっ、美希ちゃん?」
「んー、ミキはミカじゃないから、よくわかんないけど、ミカが言うならそうなの!」
「アハッ★ 何それ」

 ぷっと吹き出し、美嘉ちゃんはプロデューサーさんにニカッと笑いかけました。
 久々に見る、カリスマギャル会心のキメ顔です。

「こんな魅力的なアイドル、目の前にいてまさかほっとくなんて言わないよね?」


 美嘉ちゃんはきっと、美希ちゃんに勇気をもらえたのだと思います。
 心にもない言葉だったとはいえ、一度は三行半を突きつけた彼に、こうも明るく語りかけることは、彼女自身も相当な覚悟があったに違いありませんでした。


「美嘉……皆」

 その覚悟を、プロデューサーさんは受け止めたのだと、顔を上げて皆を見渡す彼の表情を見て分かりました。

 しぃんと静まり返り、皆がプロデューサーさんの言葉を待っています。



「765プロは……」
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:52:36.44 ID:64qMODCb0
「765プロは……小さくて、人と人との距離感が近い事務所だ。
 俺が346プロに来たのは……上役の意向もあったが、俺の望みでもあったんだ。
 それは、単にデカい会社に勤めて自分のキャリアに箔を付けたいっていう、前向きな野心なんかじゃない」


 彼の声は、今まで聞いたどんな声よりも湿っぽくて、とても真に迫っていました。
 これが、プロデューサーさんの本当の声――。

 一切の飾り気も無い、ありのままの気持ちを聞き逃すまいと、皆が彼の言葉に静かに耳を傾けています。


「俺は海外での経験から、仕事上のパートナーとなる相手とは深い関係になるべきではないと心に誓った。
 特に、短期的な、将来の別れが約束されている場合は、なおさらだ。
 片や346プロは、きっとその辺りの統制や当事者間の意識も、よろしく出来ているんだろうと思った。
 これだけ人材が多い会社だ。良い意味で希薄で、個人の意志が介入する余地無く、システマティックに仕事を処理する体制があるのだろうと」


 そこまで言って、プロデューサーさんは言葉を切って俯き、拳を握りました。
 無念さを滲ませる、とても険しく、苦しそうな表情――。


「でも……違った。
 CPさんの、あんなに泥臭く仕事をして、アイドル一人一人と向き合う姿は、765プロにいた頃の俺と同じだった。
 それは、ある種の勇気をもらえたと同時に、俺の過去を……海外での経験を経てたどり着いた俺の考えを、否定されるに等しかった。
 その事実から目を背けようと、俺は……俺は、皆に辛く当たってしまった」
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/12(土) 17:54:41.80 ID:64qMODCb0
 肩を震わせながら、彼はアイドルの子達に頭を下げました。


「許してくれとは言わない。
 だけど……もし、なおも俺のことを必要としてくれるなら。俺に償いをさせてもらえるのなら……。
 もう一度、俺を信じてもらえるだろうか。皆の夢を、裏切らなくて良かったと、信じさせてもらえるだろうか?」



「バッカじゃないの?」

 あまりに辛辣な言葉をぶつけたのは、水瀬伊織ちゃんでした。
 皆が驚いたように、彼女の方を振り向きます。もちろん、プロデューサーさんも。

「深い関係になるべきではない、って……。
 そんなの、あんたが私達と765プロで過ごした日々を、あんた自身が否定するようなものじゃない」
「うっ……!」


「そうそう。
 それにさ、信じさせてもらえるか、じゃなくて」

 美嘉ちゃんが同意のこもった呆れ気味のため息をつきながら、プロデューサーさんに握り拳を突き出します。

「一緒の夢、信じよう……でしょ?」
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