千川ちひろ「竹芝物語」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:23:23.70 ID:tuPg/zAq0
 お城に迷い込んだ異国の兵士は、城主からの誘いを断りました。

「私の帰りを待つ人達の元へ、帰らなくてはなりません」



「では、私が道標となりましょう」

 お姫様は、頷きました。

「あなたが行かれる道を迷わず選択できるよう、明るく照らす星明かりとなって」



 兵士はお姫様の下を、永久に去りました。

 でもそれは、ちっとも寂しいことではありません。

 なぜって――。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1607513003
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:25:49.05 ID:tuPg/zAq0
   * * *

 とある部署の新人プロデューサーさんは、私の顔を見るなり泣きそうな顔をして狼狽しました。

「せ、千川さん、ごめんなさい。許してください……!」

 私の手には、彼が作成した活動経費に関する報告書があります。
 いくら電卓を叩いても金額が合わないので、事情を聞きたかっただけなのに。

 そんなに私、プロデューサーさん達から怖れられているのでしょうか。

「領収書の添付漏れですね?」
「は、はい……そう、だと思います……」
「よくある事です。でも、あんまり金額が大きいとね」

 彼が忘れたのは、営業先との交際費、つまり懇親会の領収書です。
 相手方にナメられてはいけないと、先輩からの入れ知恵で、結構お高いお店を使ったんだとか。

「会社のお金というのは、適正に管理されなければなりません。
 さらに言えば、我が社の活動を支援してくださる人達に対し、346プロダクションはその事実を説明する責任があります。
 それを証する書類を取りまとめ、上席に報告するのは、私達事務員の大切な仕事の一つなんです」
「はい……」

「領収書が無い活動経費を決算に計上してしまっては、経費の不適正利用を疑われてしまいます。
 346プロの信用の失墜にも繋がりかねません。分かりますね?」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:27:32.49 ID:tuPg/zAq0
 新人プロデューサーさんは、すっかり体を縮こませ、小動物のように震えてしまっています。


 私は、ニコッと笑い、バッグからエナドリを一本取り出して彼のデスクの上に置きました。

「だから、次からは気をつけてくださいね♪」


「せ、千川さぁぁん……!」

 張り詰めた緊張の糸が切れたのでしょうか。
 安堵しきった彼は、男だてらに、とは言いませんが、すっかり泣き出してしまいました。

 あまりジロジロ見てしまっては失礼かなと思うので、そのまま会釈して彼の下を去ります。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:30:10.52 ID:tuPg/zAq0
 私がいる346プロダクションは、自分で言うのもなんですが、芸能事務所の中でも大きな方の会社です。
 数ある部門の中でも、ここ数年になって特に力を入れているのが、アイドル事業。

 先ほどの彼は、年若い子が多いアイドル達の活動を導く、プロデューサーと呼ばれる人達の一人です。
 現状で我が社のプロデューサーは、一人当り概ね5人から10人程度のアイドル達を担当しています。
 それなりに潤沢な人材を擁する我が社ですが、所属するアイドル達もプロデューサーに輪をかけて多いのです。

 そんなプロデューサーさん達の活動を、庶務事務の面でサポートする私達事務員の仕事量も、生半なものではありません。
 だから、書類の円滑な処理のために、ある程度厳しい物言いになってしまうのは、どうか許して欲しいなぁと思っているのですが――。

 やはり、プロデューサーの人達からは、ちょっと煙たがられてしまいがちなようです。
 うーん、どうしたものかしら――。

「千川さん」


 後ろから声をかけられ、振り返ると、見上げるほどの大きな男の人がそこに立っていました。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:32:54.26 ID:tuPg/zAq0
 彼は、シンデレラプロジェクトという346プロ肝入りのアイドル事業の主導を任された、通称CPさん。

 我が社の中でも、偉い人達から相応の期待を寄せられている、指折りの敏腕プロデューサーです。
 提出してくれる書類の不備も、彼の場合ほとんどありません。

「お疲れ様です。どうかされましたか?」

 返事をすると、なぜかCPさんは、気まずそうに首に手を回しました。
 困った時にする、彼の癖です。

「いえ……シンデレラプロジェクトの活動について、一つお尋ねしたい事がありましたので」
「? 私に、ですか?」
「はい」

 ご自身の担当されるプロジェクトについて、私に尋ねたい事?
 知らず、首を傾げてしまいます。

 そんな私の反応も、CPさんは織り込み済みだったのでしょう。
 小さく首肯して、その大きな体格からは不釣り合いに思えるほど、ひどく丁寧にお話を続けます。

「つかぬ事をお聞きするようで、恐縮です。
 もしお分かりになればで、結構なのですが……」
「はい」


「私以外のプロデューサーが、もう一人、サブで就くという話について、何かご存知でしょうか?」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:34:40.82 ID:tuPg/zAq0
「……サブの、プロデューサー?」
「はい」
「シンデレラプロジェクトに、ですか?」
「そうです」

 私は顎に手を当て、傾げた首をますます捻りました。

「聞いたことありません。本当のお話なんですか?」
「今西部長から、先日、内々で私にお聞かせいただいたもので」

 今西部長というのは、彼をはじめとするプロデューサーさん達が所属するアイドル事業部の監督者です。
 その人がCPさんに対し、直々にそういうお話をするということは、まず間違いの無いことなのでしょう。

 でも――。

「随分と、急ですね」

 来期のプロジェクトが本格始動する予定の時期まで、もう1ヶ月を切っています。
 私がポツリと漏らした言葉に、彼は頷きました。

「今西部長にお聞きしても、経緯まではお話しいただけませんでした。
 その時の表情を見るに、特段の邪な事情があるものでは無いと、私なりに推察はしているのですが……」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:38:04.29 ID:tuPg/zAq0
 CPさんは、鼻で小さくため息をつきました。
 仏頂面を崩さない――もとい、あまり負の感情を表に出さない彼には珍しい表情です。
 それだけ、この人なりに重圧だけでなく、不安や心配も抱えているのかも知れません。

「より管理側に近い千川さんの方で、何か情報をお持ちではないかと思い、呼び止めてしまいました。
 申し訳ございません」
「いえ、私こそお力になれず、ごめんなさい」

 彼の不安を少しでも解消しようと、私はバッグからエナドリを一本――。

 あ、無いっ!?
 しまった、さっき渡したのでもう――。

「ありがとうございます」


 バッグをゴソゴソ漁る手を止め、見上げると、CPさんは小さく笑っていました。
 エナドリを握った手を、顔の横で控えめに揺らして見せます。

「お陰様で、間に合っております」

「……アハハ、そうでしたか」

 常套手段を見破られ、すっかりバツが悪くなった私は、頭を抱えてしまいました。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:41:14.96 ID:tuPg/zAq0
 十数名の候補生達からなるアイドル育成プロジェクト――それが、シンデレラプロジェクトです。
 先述の通り、346プロはこれを目玉事業として位置づけ、毎年候補生を募り、あるいはスカウトし、未来のトップアイドル達を排出していきます。

 事業の立ち上げは昨年からであり、今度CPさんが担当するのは第二期生です。
 一期生のアイドルさん達が作ってくれた勢いを衰退させることなく、安定軌道に載せるための今期は、前期と同じかそれ以上に大事なシーンです。

 そのプロジェクトに、サブのプロデューサーを配属させる――?


 なぜ、そんな大事な話が前もって決まっていなかったのでしょう?
 急に決まったのだとしたら、そうならざるを得なかった事情はなんだったのでしょう?

 外部からの圧力――? はたまた、お金――?



「……千川さん?」
「は、はいっ!?」


 ボーッとしていた所へ、先方の担当者さんから声をかけられ、ハッと我に返りました。

 久しぶりの出張、それも1対1の他社さんとの打合せ中に、まさか余計な考え事をしてしまうなんて――!

「す、すみませんっ!」
「あぁいえ、そんな……お持ちよりいただいた資料、大変分かりやすくて助かります」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:43:11.48 ID:tuPg/zAq0
 打合せ先は、竹芝にある某イベントホールの管理会社さん。
 アイドル達のライブ会場として、346プロも贔屓にしている場所であり、来期の年間使用予定について摺り合わせをしていたところでした。

 他にも懇意にしている会場はあるのですが、今年は運悪く、施設の改修工事等による一時閉鎖や規模縮小が、どこも相次いでいます。
 今期、このイベントホールさんにはサマーフェスから終始お世話になる見込みであり、大事にしなきゃいけない相手方です。

 それなのに――お互い、気心の知れた仲ではありますが、打合せ中に上の空になるなんてもってのほかです。
 でも、担当者さんは笑って許してくれました。

「そんな、恐縮ですっ。私、とんだご無礼を……!」
「いえ、そんな畏まらないでください。
 珍しいですね、千川さんが物思いに耽るなんて。何かご心配な事でもあったのですか?」
「あ、いえ、その……アハハ、アハ……」

 弊社のお家事情をわざわざお話する気にもなれず、私はただただ閉口するしかありませんでした。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:48:15.50 ID:tuPg/zAq0
 ううぅいけないいけない――!

 ただでさえ通常業務でテンテコ舞いなのに、余計なことで思い煩う暇なんて私にはありません。
 誰が呼んだか、346プロの屋台骨を影で支える“鬼の事務員”千川ちひろの名折れです。

 全然鬼でも悪魔でもないんですけど。

「あーもう……!」

 往来でつい、少し大きめの独り言を呟いてしまいました。
 慌てて咳払いして、辺りを恐る恐る見回します。


 都内でも有数の国際競争拠点である竹芝の、綺麗で大きなペデストリアンデッキは、今日も大勢の人々が行き交います。
 私一人が変な挙動をしたところで、誰も気に留める人などいません。

 ホッとしたような、一抹の寂しさを覚えたような――。
 いいえ、ここはポジティブに考えましょう。

 そうだっ。
 せっかくこんなオシャレな所に来ているんだし、どこか流行りのカフェにでも行ってみようかしら。

 ちょっと豪勢なスイーツを食べてから事務所に戻っても、普段の働きぶりを考えれば、きっとバチは当たりません。
 そうそう、この間テレビで観たゴージャスでセレブなプリンのお店が、ちょうど確かこの辺に――。


「……?」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:53:52.55 ID:tuPg/zAq0
 大勢の人々が行き交う、竹芝のペデストリアンデッキ。


「こんな感じで、どうかな?」


 すれ違う人のことなど、誰も気にも留めないその場所で、明らかに異質な空間が、そこにはありました。


「……ご親切、感謝いたします」


 少なくとも、私にとっては。



 私の目の前にいたのは、紺色の着物を身に纏う、青みがかった髪色をした女の子。
 まるで、おとぎ話の世界から飛び出してきたかのような――それでいて、錯誤感を伴わないほどに自然な気品を感じさせる少女。

 そして、その子の前で膝をつき、履き物を履かせるスーツ姿の男性。


 大袈裟かも知れませんが――正しく、シンデレラの物語のクライマックスシーンをこの目で見ているかのようでした。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:56:12.93 ID:tuPg/zAq0
「礼には及ばないよ。
 俺の方こそ、手間取ってしまってすまない」
「いえ……いただきました、貴方さまのハンカチ……必ず、お返しにあがります」

 男の人は立ち上がると、照れくさそうに顔の前で手を振りました。

「あぁいや、いいよ。良かったらもらってくれ。
 これからは気をつけてな」

「……ありがとうございます。このご恩は、忘れません」

 女の子は、深々と彼に頭を下げると、名残惜しそうに何度も振り返りながら、彼の下を去って行きました。


 男の人は、そんな彼女の姿が見えなくなるまで見届けると、ふぅっと息をついて、踵を返します。
 そして――。

「?」
「……あっ」

 ついボーッと、一部始終を眺めていた私と、目が合いました。



「あ、いえ、えぇと……」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 20:58:31.86 ID:tuPg/zAq0
 何か悪いことをした気分になって、妙に据わりが悪くなってしまった私は、ドギマギとしてしまいます。
 どうにかして取り繕おうと、当たり障りの無い雑談を探さなくては――!

「あ、あの……さっきの子は?」


「あぁ。うーん、と……」

 そう聞くと、今度は男の人の方が、何となくバツが悪そうに頭を掻きました。
 余計なことを、聞いてしまったかしら――。

「履いていた下駄の鼻緒が切れちゃったみたいですね。
 困っていそうだったから、俺の」

 言いかけて、慌てて咳払いをして彼は言い直しました。

「私のハンカチを、こう……5円玉を通して引っかけて、鼻緒代わりにくっつけてあげたんです」
「へぇぇ、そんなやり方が……随分と器用ですね」
「あぁいえ」

 なぜか自嘲気味に笑いながら、大袈裟に手を振ります。

「あの子から教えてもらったんです。
 私はその、どこかその辺のコンビニでセロハンテープでも買ってこようかと思ったんですが」
「まぁ、ふふっ。
 だとすると……さっきの子もさすが、あの着こなしをしているだけあって、応急処置にも詳しいんですね」


「あの子も、彼女のプロデューサーから教えてもらったみたいですね」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:00:41.85 ID:tuPg/zAq0
 彼が何と無しに答えたその言葉に、私の胸の奥が跳ねました。

 知らず凝視するような視線を向けてしまった私の表情を見て、彼は「あぁ」と、恐縮そうに頷きます。

「すみません。プロデューサーって何のことだ? って感じですよね。
 えぇと、プロデューサーというのは…」
「いえ、知っています」

 言葉を遮るように答えた私に対し、彼の方も少し驚いたような顔になりました。

「アイドルの活動を企画して、導く人……とすると、あの子もアイドルなのですね」

「……そうなります」


 一体何者なのか――そう聞きたいのは、私も彼も同じだったでしょう。
 私は、バッグに手を伸ばし、名刺ケースを取り出しました。

「申し遅れました。私、こういう者です」

 普段、決まった協議先しかいない私にとって、誰かに名刺を渡すのは、何気に久しぶりです。



「あなたが……」
「えっ?」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:01:44.74 ID:tuPg/zAq0
 彼は、受け取ったそれをしばらく黙して見つめ、どういう訳か、感心ように息をつきました。

「まさか、こんな所で346プロの方にお会いできるとは思いませんでした」

「どういう意味ですか?」
「あぁ、すみません」

 コホン、と強めの咳払いをして、彼は今一度姿勢を正し、腰を折りました。


「来月から御社でお世話になりますプロデューサーです。
 どうかよろしくお願い致します」


「え?」



 忘れもしません。

 プロデューサーさんと私、ひいては346プロとの物語は、ここ竹芝で始まったのです。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:06:43.99 ID:tuPg/zAq0
   * * *

「んもぅ!! サブチャン聞いて!
 李衣菜チャン、またみくの貸してあげた漫画の帯勝手に捨てたー!」
「す、捨ててないってば!
 ちょっと破れちゃって、そのまま返すのも悪いから取ってある、って言ってるじゃん!」
「ふーん、で、その帯はどこにあるの?」
「あ、えーっと……どこだろう、たぶん私の部屋のどこかにはあると思うんだけど」
「それ、世間一般的には取ってあるって言わないにゃ!!」
「何だよ! 捨てたわけじゃないでしょ!」

「アハハハ」
「アハハじゃなくて! サブチャンも笑うのやめるにゃ!」


 みくちゃんと李衣菜ちゃんは、今日も喧嘩の種が絶えないようです。
 彼のデスクの前で言い合いをする二人に対し、プロデューサーさんは困ったような顔をして笑いました。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:09:11.00 ID:tuPg/zAq0
「まぁまぁ、李衣菜も悪気があった訳じゃないんだろ?」
「あ、当たり前です」
「何で一瞬言葉に詰まるにゃ」
「ううぅ〜いちいちいちいち…!」

「やめろって。いいか?
 李衣菜はほんの少しそそっかしい所があるから、これからは気をつけるんだぞ。
 みくも、李衣菜はこれで反省してるんだし、あまり責めすぎないで大目に見てやってくれないか」

 彼がそう優しく諭すと、二人は並んで腕を組み、「うーん」と唸りました。

「まぁ、サブチャンがそう言うなら……」
「私も、悪いことをしたのは事実だし……」

「なっ? ほら、過ぎた事をいつまでも気にしてないで、レッスン行ってこい。
 もう皆、とっくに向かって行ったみたいだぞ」
「えっ、ウソ!?」
「やばっ! 急ごう、みくちゃん!」

 彼の言葉に、みくちゃんと李衣菜ちゃんは慌てて事務室を飛び出して行きました。


「お上手ですね、彼女達の相手」

 横に着けたデスクからそっと声をかけると、プロデューサーさんは笑いながら首を捻りました。
 急かすような言い方をしていましたが、確かシンデレラプロジェクトの子達のレッスンは、時間的にまだ余裕があったはずです。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:09:59.57 ID:tuPg/zAq0
「上手というか……何だか、アイツらの愚痴とか雑談を聞かされてばかりですね」
「あの子達も、言いやすいんだと思います。
 プロデューサーさんの雰囲気がそうさせているんですよ、きっと」

「それならいいんですが……俺にできるのは、こんな事くらいですし」

 そう言って、彼はもう一度誘い笑いをしつつ、パソコンに向き直りました。
 先日私が指摘した書類の不備を、訂正してもらっているのです。

「ちひろさん、ここはどうすればいいですか?」
「えーと……あら、そもそも記入する所が間違ってますね」
「あ、あれっ!? すみません!」

 少しそそっかしいのは、李衣菜ちゃんもプロデューサーさんも一緒のようです。
 ふふっ♪
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:13:16.51 ID:tuPg/zAq0
 初めて会った時から、そんな予感はしていましたが――。
 彼こそが、シンデレラプロジェクトにサブで就くことになったプロデューサーでした。

 それとなく、346プロにやってきた経緯を聞いてみても、彼は何となく笑いながら鼻を掻き、はぐらかすばかりです。

「そういうのは、俺がどうこう言えるような話じゃないかなぁと」
「はぁ……」
「あ、でもっ、別に怪しいモンじゃないです! 本当ですよ!?」
「いえ、別に疑ってないですって」


 通常、一つのプロジェクトに複数のプロデューサーが就くことは、極めて異例です。
 少なくとも、346プロにおいては。

 監督者が二人もいると、アイドル達もどちらの話を聞くべきか迷ってしまいます。
 それに、もし方向性に違いが生じれば、プロジェクトそのものが立ちゆかなくなる事だって多分に考えられるでしょう。

 私もCPさんも、当初はそれを懸念していました。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:17:40.80 ID:tuPg/zAq0
 加えて、年齢不詳、って言ったら失礼かも知れませんが――。
 彼が醸し出す雰囲気は、新人さんが出すそれではありませんでした。

 飄々としているようで、落ち着きのある立ち居振る舞い。
 先ほどのみくちゃん達の相手の仕方からもうかがえる、自分の立場を弁えた上での、年頃の女の子達に対する場慣れした対人能力。

 私もCPさんも、直感しました。
 普段一緒にお仕事をされているCPさんの方が、より強く確信しているようです。


 素人ではない――。
 この人は、以前どこかの事務所でプロデューサーを務めたことがある――。


 それなのに、経緯を尋ねても教えてくれない。
 まして、始動の直前に急遽シンデレラプロジェクトに就くことになった、前代未聞となるサブのプロデューサー――。

 疑っていない、とは言ったものの――不信感がまったく無いかと言われれば、ちょっと難しいです。


 それでも――。

「おっつかれー! サブサブいますかー!?」

 事務室のドアがガチャッ! と勢いよく開き、未央ちゃんがお部屋に入って来ました。
 栗色のハネッ毛と人懐こい大きな声がトレードマークの、シンデレラプロジェクトの元気印です。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:20:21.00 ID:tuPg/zAq0
「んー? おぉ、どうした未央?」
「あ、いたいた! ねぇサブサブ、私達のユニット名、一緒に考えてくれない?」
「俺が? ていうか、その呼び名は何とかしてくれないか……」

 サブPと呼んでほしい、というのは彼自身の要望でした。
 誰に対しても楽しいあだ名を付けたがる未央ちゃんにとっては、据わりの悪い呼び名だったのでしょう。

「いいじゃん別に。
 ほらー、私達を見て何か思うことは無いのかねサブサブ〜?」
「ちょっと未央。サブP、困ってるでしょ」

「私達三人で考えていても、あんまり良いのが思い浮かばなくて……。
 サブPさん、手伝っていただけませんか?」

 未央ちゃんの後ろから、凜ちゃんと卯月ちゃんもやってきました。
 シンデレラプロジェクトにおいては、彼女達三人がユニットを組むことになったようです。


 プロデューサーさんは、卯月ちゃんから受け取ったメモ用紙を見ながら、いつものように優しく穏やかに笑いました。

「CPさんには相談したのか?」
「そりゃあ聞いたけどさ、全然相手にしてくれないのだよコレが。
 無表情のまんま「本田さん達の自主性を、尊重したいと考えます」って言われちゃって」
「アハハ、似てる似てる」
「でしょ?」

 彼が笑うと、未央ちゃんもどこか嬉しそうに顔を綻ばせます。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:23:15.75 ID:tuPg/zAq0
「でも、こういうのはやっぱり、未央達が自分で考えて決めた方が良いと思うんだ」

 プロデューサーさんは、メモ用紙をそっとデスクにおいて、小さく頷きました。

「これからこの三人でアイドルをやっていく上で、そうして悩んだ経験も、いずれ大切な思い出になると思う。
 CPさんも、そういう意図があったから、君達にユニット名を任せたんじゃないかな」
「ふーん、そういうもんかなぁ?」
「そうだとも」

 そう言いきるプロデューサーさんの口調は、どこか誇らしげでした。
 おもむろに立ち上がり、未央ちゃん達三人を順番に見渡しながら、彼は続けます。

「CPさんのように、所属アイドル一人一人の活動計画を、あれだけ丁寧に、緻密に作り上げている人を、俺は見たことが無い。
 彼自身はあまり言っていないのかも知れないが、皆のデビュー時期とか、PRの仕方とか、君達の特性をよく考えながら企画している。
 この人は、君達アイドルとしっかり向き合っているんだなって、感心したよ」

「そうなんですか……」
「あの人、いつも「現在、企画検討中です」としか言わないから」
「ハハハ、凜も結構モノマネ上手いなぁ」
「ッ……そんなんじゃない」

 ニコリと、彼女達を勇気づけるように、プロデューサーさんは優しく語りかけます。
「そんな人が、君達に任せると言ったんだ。
 彼のことを信じ、安心して悩んでいいと俺は思う」

「安心して悩め、ってなんか矛盾してない?」
「それも一つの経験さ。大丈夫、君達はちゃんと上手くいくよ」
「そ、そうですね! えへへ」

 彼の諭すような語り口に、卯月ちゃんだけでなく、未央ちゃんや凜ちゃんも、どこか安心したように目配せしあったのでした。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:26:12.73 ID:tuPg/zAq0
 彼がやってきてから、このようなやり取りは度々目にすることがありました。

 プロデューサーさんのデスクは、事務員である私達のスペースに設けられています。
 346プロの書類の作り方に不慣れな彼が、逐次私に見てもらいながら仕事ができるように――ということではなく。

 通常、346プロに所属するプロデューサーは、当然に専用のフロアにまとめてデスクを設けられます。
 CPさんのように、少し上の立場になると、個室を設けられることも。

 ただ、急遽配属された彼には、空いているデスクがこの事務員のスペースにしか無かったのです。
 当然に、CPさんのデスクからも離れています。


 それでも、プロデューサーさんのデスクには、シンデレラプロジェクトのアイドルの子達が、よく訪ねに来ていました。

 CPさんと比べて、物腰が柔らかで話しやすい雰囲気だというのも、多分にあったでしょう。
 他愛の無い世間話から、アイドルとしての活動に関わるお話まで、皆色々なことをプロデューサーさんに話しに来ます。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:28:42.25 ID:tuPg/zAq0
 そう言った彼女達の話へのプロデューサーさんの対応には、一環していることが一つありました。

 それは、CPさんの姿勢を最大限尊重する、ということです。

 安易に自分の考えをアドバイスとして述べて、メインの担当であるCPさんのお株を奪うような事を、彼は決して行いませんでした。
 最後には必ず一言、「CPさんを信じろ」と言い添えるんです。

 仕事上はCPさんと対等な関係ではあるものの、サブとして、自分からは出しゃばりません。
 プロジェクトの皆がCPさんと良好な関係を保てるよう、彼は終始一歩身を引いて、場を取り持つことに徹しました。

 つまり、私やCPさんが当初抱いていた懸念――。
 チームに船頭が複数いた時の立ち回り方も、自身に求められる役割も、彼はよく心得ていたのです。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:30:40.25 ID:tuPg/zAq0
「あの人には、いつも助けられています」

 先日、近況を聞いた時、CPさんはこう答えました。
 この人の性格を考えれば、決してお世辞ではないのだと思います。

 ちょっとカタいけれど冷静で着実な処理を行うCPさんと、ちょっとそそっかしくも穏やかかつ柔らかな物腰のプロデューサーさん。
 お互いに足りない部分を補い合えるお二人は、きっと噛み合っていたのでしょう。

「プロデュースの方針について、幾度か相談をしたことがありますが、出される答えはいずれも非常に的確で明瞭です。
 随所にうかがわせる豊富な経験量から、私のサブに甘んじる器では無いと思われます」

「それは、その……私に言われても、ですね?」
「す、すみません」
「あぁいえ」

 やんわりと制すると、CPさんは慌てて手を振り、それを首に回しました。
 この人がこれだけ熱を持って何かを語るということは、あまり記憶にありません。


 しかし――本当に、一体何者なんでしょう?
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:33:30.97 ID:tuPg/zAq0
「……ちひろさん?」
「!? は、はいっ!?」

 声をかけられて、ハッと我に返りました。
 いつの間にか手を止めて、彼のデスクをボーッと眺めていたようです。
 最近、こんな事ばっかりです。

「す、すみません」
「いえ、こちらこそ……もう一度、この社内を案内してもらえたらと思ったんですが」
「社内を?」

「実際にアイドル達が使う施設を、もっと詳しく見ておきたいなぁと」

 346プロ事務所内の各施設については、もちろん、プロデューサーさんがやってきた日に、私がひと通り案内しています。
 ただ、彼が言うように、それらの一つ一つについて詳細に説明する時間はありませんでした。

「あぁいえ。ちひろさんもご自分の仕事があると思いますし、無理なら…」
「いえ、大丈夫です、よ……?」

 本当は、夕方までに片付けておきたい明細書とか決裁があったのですが、うーん――。


 と、人知れず悩みつつ、ふと廊下に目をやると、とある女の子の姿が目に留まりました。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:36:54.27 ID:tuPg/zAq0
「美嘉ちゃん」

 声をかけると、彼女はピンク色の鮮やかなポニーテールを揺らして、クルリとこちらへ振り返ります。


 城ヶ崎美嘉ちゃん。
 シンデレラプロジェクトの1期生で、未央ちゃん達2期生の先輩にも当たる子。
 若年層を中心に、流行の最先端として多くのファンから絶大な支持を得る、346プロが誇る“カリスマギャル”です。

「あっ、ちひろさん、お疲れー★ 呼んだ?」

 美嘉ちゃんは、挨拶代わりのウインクをキメつつ、こちらに歩み寄ってくれます。
 チラリとプロデューサーさんの方を見ると、彼女の派手なビジュアルに少し圧倒されたのか、やや身じろぐのが見えました。

「新しく来られたプロデューサーさんに、社内を案内してもらえないかなーって。
 ほら、トレーニングルームとかスタジオとか。あまり時間をかけて紹介できなかったから」
「あぁ、そういうこと?
 オッケー。アタシで良ければ全然大丈夫だよ★」

 美嘉ちゃんにお願いしつつ、私はプロデューサーさんに向き直りました。

「こちら、346プロきっての稼ぎ頭、城ヶ崎美嘉ちゃんです」
「い、いえ、知っていますが……」
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:38:57.16 ID:tuPg/zAq0
「派手派手に見えちゃうかも知れませんが、心根が素直でとっても真面目な子です。
 親身に案内してくれると思いますよ。ねっ?」

 私が目配せするが早いか、美嘉ちゃんはプロデューサーさんの手をガシッと取りました。

「うぉっ!?」
「ホラホラ、プロデューサーがそんな遠慮なんかしちゃってどうすんの。
 ウチのアイドルの面倒見ていくんだし、もっと図々しくなんなよ。さっ、行こう!」

 そのままプロデューサーさんを文字通り引っ張って、美嘉ちゃんは事務室を後にしていきました。


 こういう時、美嘉ちゃんは本当に頼りになります。
 346プロだけでなく、アイドル業界のこともよく知っていて、実績も経験量も十分。
 アイドル達の先輩として、私達やプロデューサーにとっても、正しく痒い所に手が届く、ありがたい存在です。



 一方で――この日を境に、プロデューサーさんの行動にある変化が訪れました。

 デスクにいる時間が、目に見えて少なくなったんです。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:42:09.01 ID:tuPg/zAq0
「ほら、杏。こことか良いんじゃないか?」
「うんうんっ! 杏ちゃんもぉ、ここなら安心してゆ〜っくりお昼寝できるにぃ☆」

 倉庫へ備品を取りに、廊下を歩いていた時のことでした。

「そんな調子の良いこと言って、杏のこと騙そうとしないでくれるかなぁ」

 少し珍しい組み合わせだなと思いました。
 というか、この人達がここにいる事が何となく新鮮です。


 サウンドブースの前で、プロデューサーさんときらりちゃんが、何やら熱心に杏ちゃんに語りかけています。
 説得、しているような――?

「騙すとはなんだ。
 お前が昼寝をするのに適した静かな部屋を、俺ときらりでこうして提案してるんじゃないか」
「だってここ、歌とかラジオの収録やる部屋でしょ?
 うっかり誰か入ってきた時に杏が寝てたら、杏怒られるんじゃない?」
「うぇぇっ!?」
「ぐっ……まさかお前、知ってたのか?」
「いや、扉の上に【収録中】ってランプあるし」
「あ、あぁっ!?」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:44:15.41 ID:tuPg/zAq0
「お、お疲れ様で〜す……?」

 取り込み中らしき三人に、恐る恐る声をかけました。
 無視して通り過ぎることもできないですし。

「あぁ〜! ちひろさん、おっすおっす☆」
「ちひろさん何とかしてよ。この二人が杏に仕事させようとしてくる」
「な、違……いや、違くないだろ。仕事しなきゃいけないのは何もおかしくないぞ」

「一体、どうしたんですか?」

 穏やかな物腰による調和を是とするプロデューサーさんとしては、らしくない雰囲気でした。
 先ほどの杏ちゃんの言いぶりからすれば、想像はつきますが――。

「……うーん、しょうがない、正直に言うか。
 杏の次の仕事がラジオ番組のゲスト出演だったので、彼女にバレないようブース入りさせるつもりだったんです」
「やっぱり」
「ちひろさん、気づいてたのぉ?」
「杏ちゃんには、よくある事だなぁって」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:51:10.91 ID:tuPg/zAq0
「仕事をさせたいなら、素直にそう言ってくれりゃいいんだよ」

 杏ちゃんは、くたびれたウサギのようなお人形を抱きかかえながら、ぶっきらぼうにため息をつきました。

「素直に言った所で、お前が素直に聞いてくれるとは思わなかったんだよ」
 と、プロデューサーさんも珍しくムスッとした表情で返しますが、杏ちゃんは動じません。

「杏が一番イヤなのは、面倒なことなの。
 もちろん仕事なんかしないに越したこと無いしやりたくないけど、どうせやるしか無いんだったらサッサと済ませて帰る方が効率的でしょ。
 きらりもサブPも、慣れないウソっこきなんかしたってバレるに決まってるんだし、無駄な労力を二人が杏に仕向けるのは杏も面白くないって話」


 杏ちゃんの声色は、普段と同じでした。
 怒るでも非難するでもなく、いつものように何となく不満げにボヤいて、お腹をボリボリ掻きながら欠伸をかいて――。

 決して自分のペースを乱さない杏ちゃんの姿に、プロデューサーさんもきらりちゃんも、どこか感心していたように目を見開いています。

「だから、今度からはちゃんと言ってよ。
 CPの言うこと信じろって言ったのはサブPでしょ。
 CPに従う方が面倒くさくないと判断したら杏もそうするし、そうじゃないならそうしないからそういう事で」
「あ、あぁ……そうか」

 そのまま、杏ちゃんはウサギの耳をズルズルと引っ張って、自分からブースの中へと入って行ったのでした。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:54:47.66 ID:tuPg/zAq0
「……アイツは大したタマだな」

 無事に杏ちゃんのお仕事が始まったのを見届けてから、プロデューサーさんが呟きました。
 隣に立つきらりちゃんが、嬉しそうにプロデューサーさんの顔を覗き込みます。

「杏ちゃんはぁ、いざって時はす〜っごくスゴイんだにぃ☆
 どんなお仕事もぉ、ぶわわぁ〜〜!! わきゃぁ〜〜!! ってやっつけちゃうの」
「ハハハハ、そうかそうか」

 すっかりいつもの調子に戻ったプロデューサーさんが、きらりちゃんの言葉に穏やかに頷きました。

「担当アイドルのことを信じる……なかなかどうして、基本的な事がままならないものだな」
「サブPちゃん?」
「ん、いや」

 プロデューサーさんは組んでいた腕を解き、かぶりを振ります。

「俺も以前、一人で空回っていた時があってな……それを思い出しただけさ」
「ふ〜〜ん……?」


 プロデューサーさんの目線に合わせ、ほんの少しだけ首を傾げ、不思議そうに見つめるきらりちゃん。
 肩をすくめ、彼はきらりちゃんと目配せしました。

「きらりは、杏やシンデレラプロジェクトの皆のこと、好きか?」
「もっちろん!
 皆みぃ〜んな、きらりのことハピハピしてくれるし、きらりも皆のこと、もっともっとハピハピしたいなぁ☆」

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:56:24.87 ID:tuPg/zAq0
「きらりは偉いなぁ」

 そう言って、不意にプロデューサーさんはきらりちゃんの頭に手を伸ばし、優しく撫でました。

「ふぇっ!?」

 途端に、きらりちゃんの顔が真っ赤になりました。
 大きな体をキュッと縮こませ、どうしたら良いのか分からない様子で微動だにできないでいます。


「……!? う、うわっ! すまん!」

 なぜか、慌ててプロデューサーさんは手を引っ込めて、飛び退きました。
「つい、いつもの癖というか、そうしなきゃという感じがして……」

「う、ううん……えと……」

 きらりちゃんは、先ほどまで彼が撫でていた頭を擦りながら、モジモジと控えめに笑いました。

「きらり、おっきくて可愛くないかなって……頭、撫でられたり、っていう、女の子みたいなこと、あんまり無くて……」
「何を言ってんだ。きらりは十分女の子らしいし可愛いだろう」
「うぇぇっ!?」

 あっ、と声を漏らし、これ見よがしに咳払いをして、プロデューサーさんは続けました。

「世間一般的にというか、少なくともCPさんはそう思っているはずだ、という意味だ」

「……うぇへへへ、ありがとうサブPちゃん☆」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 21:58:04.03 ID:tuPg/zAq0
「……いつもの癖?」

 思わず、先ほどの彼の言葉に反応してしまいました。
 プロデューサーさんがこちらを振り向いたのを見て、ようやく私自身がそう呟いた事に気がつきました。

「あぁ、いやその……」

 プロデューサーさんは、何となく笑いながら、鼻を掻きました。
 まるで、慌てて取り繕う言葉を探すかのように。 

「きらりに似た雰囲気の子を知っている、ってだけです。
 身長こそまるで正反対だけど、しっかり者で、健気で、仲間思いで」

「その子も、アイドルなんですか?」


 私がそう聞くと、彼はしばらく間を置いた後、首肯しました。

「まぁ、ね」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:00:58.55 ID:tuPg/zAq0
 またある日のことでした。

 他部署の事務員さん達との会議を終えて、事務室に戻る際、私には密かにお気に入りのルートがあります。
 綺麗な噴水と、その周りを花壇で彩られた中庭――。

 ちょっと遠回りですけど、時の流れを感じられるこの景色が私は好きで、それを見ることのできる廊下をよく通るんです。

 その中庭で――。


「蘭子、すまん! もう一度そのスケッチブックを見せてくれ!」
「ぴぇっ!? き、気安く禁忌に触れてくれるなっ!」
「禁忌って、そんな物騒なものなのか!?」

 プロデューサーさんと蘭子ちゃんが、大騒ぎしていました。


 幸いにして、というべきかは分かりませんが――二人がいる中庭は、言うまでもなく屋外です。
 廊下にいる私の存在に、彼らは気づいておらず、気づく暇も無い様子でした。

 そぉっと影に隠れて、二人の様子を見守ってみることにしました。


「あ、分かった! スケッチブックじゃなくて、グリモワールだったな!」
「そういう意味じゃなくってぇ……!」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:03:30.82 ID:tuPg/zAq0
 蘭子ちゃんは、意固地になって秘蔵のスケッチブックを両腕で抱きかかえ、涙目になって首を振っています。
 プロデューサーさんからも距離を取って――というより、ほとんど噴水の真反対側の位置を保つように逃げているようでした。

「ううむ、ま、まいったな……」

 プロデューサーさんも、ほとほと困った様子で頭を掻くことしかできないといった様子です。


 人当たりの良いプロデューサーさんが、これほどまでに蘭子ちゃんに拒絶されるなんて――。
 蘭子ちゃんも、ちょっと恥ずかしがり屋さんな面はあるものの、一体何があったというのでしょう。

「見せることが難しいというのなら、えぇと……ほら、これ!」

 プロデューサーさんは、手に持っていたファイルをゴソゴソと漁り、蘭子ちゃんに一枚の紙を見せました。

「!?!? へぇあっ!?」

 途端、蘭子ちゃんの顔が湯気が出そうなほどに赤くなりました。
 必死にそれを抑えるように両手を顔に当てますが、動揺が収まる様子はありません。

「こ〜んな際どい衣装をお前が希望してたって、CPさんに進言してやるぞ! いいのか!?」
「じょ、冗談ではないわ!
 真理とかけ離れた偽りの偶像が、我が魂が行き着く先の覇道であるものか!」
「なら教えてくれ! お前の目指す道はなんだ!?」

「え……?」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:05:54.76 ID:tuPg/zAq0
 プロデューサーさんは、掲げていた手をダラリと垂らしました。
 その手に持つ紙には――。

 んまっ! なんてあぶない水着。

「確かに、蘭子……君は言葉遣いが少し変わっているのかも知れない。
 自分の意志を、相手に伝えるのが苦手なのかも知れない。
 でも……CPさんも俺も、君自身の口から、企画についての話を聞きたいだけなんだ」

 ちょうど私は、プロデューサーさんと蘭子ちゃんが噴水を挟んで向かい合うのを、横から見ている形でした。
 少しトーンを下げ、蘭子ちゃんに語りかける彼の横顔は、普段より少しシリアスに見えます。


「すべては一歩の勇気から」


 プロデューサーさんのその一言には、なぜか、得も言われぬ凄みがありました。
 先ほどまで泣きわめかんとばかりだった蘭子ちゃんも、彼から目を離せずにいるようです。

 そして、私も。

「自分の内面を誰かに見せるというのは、とても勇気がいることだ。
 でも、CPさんや俺が本当の意味で君を理解するためには、俺達だけが歩み寄っていくだけではどうしても足りない。
 だから……君にも、その一歩を踏み出して欲しい」
「……我が友が、私を?」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:07:48.30 ID:tuPg/zAq0
「約束する。CPさんも俺も、絶対に君を拒絶なんてしない」
「……!」

 プロデューサーさんの表情は、今回は、穏やかになることはありませんでした。
 彼女の目を真っ直ぐに見つめ、固く顎を引きながら続けます。

「個性が勝負の業界だ。
 俺達プロデューサーには、蘭子が見せる世界観が絶対的な武器になるという確信がある」


 気がつくと、プロデューサーさんと蘭子ちゃんは、手を伸ばせば届く位置にまで近づいていました。
 いつの間にか、彼は蘭子ちゃんの傍まで歩み寄っていたのです。

「お前の言う覇道、お前の望む通りに歩ませる心の用意は、俺達は既に出来ている。
 後はお前次第だ、蘭子」

 そう言って、プロデューサーさんは右手の小指を差し出し、指切りげんまんを蘭子ちゃんに促したのです。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:08:53.27 ID:tuPg/zAq0
「サブP……」

 蘭子ちゃんは、モジモジと手を揉みながら、俯いてしまいました。
 プロデューサーさんの表情も、やや曇ってしまったように見えます。

 ですが――。


 意を決したように、蘭子ちゃんは顔を上げました。

「あ、あのっ、私…!」


 グゥゥゥゥ〜〜〜ッ……。


 と、廊下にいる私にも聞こえてくるくらい、お腹の鳴る大きな音が聞こえました。

「……!?!?」

 慌てて蘭子ちゃんは、プロデューサーさんに背を向け、その場に屈み込みます。
 案の定、先ほどの音の主は、蘭子ちゃんのようです。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:10:28.90 ID:tuPg/zAq0
「……ハッハッハッハッハ!」

 プロデューサーさんは、大きな声を上げて笑いました。
 私も、釣られて笑ってしまいそうになりますが――。

 すぐに涙目になって立ち上がった蘭子ちゃんに失礼な気がしたので、何とか堪えます。

「我が魂の慟哭を嘲笑うなっ!!」
「わ、悪い悪い……ハハハ、アハハハハ……!」
「ううぅぅっ……!!」

「そろそろ良い時間だし、メシでも食いに行こう。CPさんや他の子達も誘ってさ。
 蘭子の好きなもの、何でもいいぞ。何が食いたい?」


 そう言われた蘭子ちゃんは、やはり俯き加減ではあったものの、やがて気恥ずかしそうに彼に進言しました。

「……ハンバーグ」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:12:13.67 ID:tuPg/zAq0
 またまたとあるその日。

 プロデューサーさんは346プロの中庭にあるカフェにいました。
 コーヒーを片手に、テーブルの上に広げた書類を難しそうに睨んでいます。

「あっ、ちひろさん」

 それでも、私と目が合うと、すぐに顔を綻ばせ、いつもの人懐こい笑顔を見せてくれます。

「さ、サボッているわけじゃないんです」
「見れば分かりますって」

 ニコリとこちらも笑顔を返して、向かいに座りました。
 彼が読んでいたものは――。


「……企画書、ですか?」
「えぇ」

 ただ、よく見てみると、どれも既に始動している企画のものでした。
 プロデューサーさんが新しく作成中のものとばかり思っていたのだけど――。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:16:11.74 ID:tuPg/zAq0
「今の俺には、そこまでの裁量は346プロから与えられていません」

 まるで私の抱いた疑問をすぐに汲んだように、プロデューサーさんが口を開きました。

「あくまで俺はシンデレラプロジェクトのサブプロデューサー。
 ただ、新しくプロジェクトに加入したい子がいれば、その手助けをしてやりたい。
 そこで、この346プロでの成功事例を参考にしながら、CPさんに掛け合う手筈を目下検討中ってところです」
「へぇぇ……」

 何でも、自分の代わりにCPさんに企画してもらうための段取りを整えるのだとか。


 この人も大概、熱意のある人――いいえ、というよりも。

「力が有り余っているんですね」


 皮肉めいた言い方に聞こえたかも知れません、が――。

 プロデューサーさんは、サブとしてのご自身の本来業務をしっかりこなしています。
 その上で、自分からそれ以上の仕事を求めているのです。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:18:45.20 ID:tuPg/zAq0
「うーん、有り余っている、というよりも……」

 彼は少し困ったように首を傾げながら、手に持っていた書類をテーブルに置きました。

「せっかく346プロに来たのだから、学べることは何でも学んで吸収しておきたいと言いますか」

「吸収……ですか?」
「……あぁ、いえ。ハハハ」

 ほんの少し気になる言葉があったので、そっと聞き返すと、途端に彼は言い淀みました。
 何となく笑いながら、鼻を掻く。

 この346プロに配属された経緯を聞いた時の、あのはぐらかし方と同じです。


 346プロから学んで吸収するという、どこか他人行儀な言い方が、胸に引っかかります。
 ともすればこの人は――346プロに長居する気が無い?

 ――さすがにそれは、早計かしら。


「あっ、ちひろさんっ!」

 声のした方を振り向くと、私の姿に気づいたメイドさんがパタパタと駆け寄ってくるのが見えました。

「菜々さん。私の分は、注文を取らなくて大丈夫ですよ」
「いえいえ。そんなこと言わずに、どうぞごゆっくりしていってくださいね」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:25:08.45 ID:tuPg/zAq0
 安部菜々さん。
 プロダクションの敷地内にある『346カフェ』の看板娘です。
 専らバラエティ路線で活躍する子ですが、仕事が無い日はこうしてアルバイトとしてカフェのお仕事もする頑張り屋さん。

「じゃあ、ちひろさんの分は俺が出しますよ。
 この、346ハーブティーってヤツをください」
「あ、ちょっと」
「はーい♪」

 プロデューサーさんからの注文を受けた菜々さんは、意気揚々とホールの方へ戻っていきました。


「彼女も、近いうちにシンデレラプロジェクトへ引き入れたいと思っているアイドルの一人です」

「菜々さんが、ですか?」
「えぇ」

 何でも、このカフェを利用する中で菜々さんと会い、アイドル観を語り合ううちに、そういうお話が進んでいったんだとか。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:26:54.25 ID:tuPg/zAq0
「確かに、菜々さんが抱くアイドルへの憧れと熱意は、目を見張るものがあります」
「そうでしょう? シンデレラプロジェクトに合流したら、他の子達にとっても良い刺激になると思うんです。
 菜々さん自身も、共に切磋琢磨し合う仲間がほしいと、このカフェでよく言っていましたし」
「へぇぇ」

 ただ、と言って、プロデューサーさんは手元の資料に目を落としました。

「言うまでもなく、シンデレラプロジェクトはCPさんが担当です。
 彼の意向を確認することなく、俺の勝手で話を進めることはできません」

「そうですね」

「お待たせしましたぁ〜!」

 私が相槌を返すや否や、菜々さんが私の分の紅茶をトレイに載せて到着しました。
 え、早いっ。

「はいっ、ちひろさん。
 今朝摘んできた346ガーデン特製ハーブを贅沢に使ったハーブティーです。
 ナナ特製のウサミンクッキーも一緒にどうぞ♪」
「あら、ありがとうございます、菜々さん」

 良い香りのハーブティーの隣に置かれた、可愛らしいウサギさんの顔をしたバタークッキー。
 パッチリお目々にマツゲも描かれていて、芸が細かいです。
 お仕事には妥協を許さない菜々さんの性格がよく現れています。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:32:05.92 ID:tuPg/zAq0
「菜々さんが作ったのか、これ。
 ほぅ……どことなく90年代の作風を思わせる、懐かしいデザインだ」
「ふ、古くさくなんて無いですよね?
 ていうかプロデューサーさん、ナナの事はさん付けじゃなくて、“ナナ”って呼んでくださいって言ってるじゃないですか!」
「うっ! す、すまない!
 ただ、どうしてだろう、なぜかそう呼ばなきゃっていう妙な使命感が……」

 胸にトレイを抱え、ムスッとほっぺを膨らませて見せたあと、すぐに菜々さんは「キャハッ☆」と私達にキメポーズをしてみせました。
 星マークがピョンっとウサギさんのように彼女の周りを飛ぶのが目に見えるような、可愛らしいピースサインです。

「サブPさんの評判は、シンデレラプロジェクトの子達からも聞いています。
 ナナのために、サブPさんが各方面に動いてくださっていることも」

 スカートを揺らし、その場でクルリと滑らかなターンを披露してみせて、菜々さんは和やかに手を振ります。

「いつかきっと、アイドルのナナを素敵なステージへと導いてってくださいね?
 楽しみにしていますっ」

 プロデューサーさんが頷くのを待たずして、菜々さんは他のテーブルの注文を取りにパタパタと駆けて行きました。


「……彼女はきっと、自分の行動が自分の思う通りに行かないことに慣れている」
「えっ?」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:33:56.52 ID:tuPg/zAq0
「ここでバイトをしている彼女と初めて会った時に、何となくそんな気がしました」

 彼女が去って行った方へ視線を向けたまま、彼は続けます。

「今、「導いてくれ」と言った菜々さんは、俺の返事を聞かずに俺の元を去って行きました。
 たぶん彼女自身、サブのプロデューサーである俺にそれを叶えるのは難しいことを知っていて……。
 自分の希望を面と向かって否定されるのが、怖かったのかなって思うんです」

 プロデューサーさんは、おもむろに自分のカップを手に取りました。

「アイドルに対する憧れが人一倍強い分、そこへ至る道のりの厳しさも知っている。
 もしかしたら、これまでにも幾度か挫折を経験したことがあったのかも知れない。
 何より、彼女はとても優しくて控えめな性格です」

「アイドルには、向いていないと?」

 私が尋ねると、彼は「いいえ」と強い語気で否定しました。

「なりたいという夢を強く抱ける子が、アイドルに向いていないはずがありません。
 彼女達の夢を叶えるのは、プロデューサーの仕事です」

 プロデューサーさんはコーヒーを一口啜ると、改めて資料に向き直り、難しそうな表情に戻りました。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:37:28.01 ID:tuPg/zAq0
 この人は、この仕事が好きなんだなぁ。

 やはり、この人が抱く自信と誇りには、虚栄や自惚れとは違う、確かな経験量から来る厚みを感じます。
 今の一言からも、それは明らかでした。


 私も、菜々さんのハーブティーを一口啜り――あっ、おいし。

 ふぅっと息をついて、資料に目を落とすプロデューサーさんに向き直りました。
 そう、今日はこの人に用があってここへ来たのです。

「勝手にできる裁量が、今の自分には無いと……そうプロデューサーさんは仰いました」

 彼は資料を持つ手をピクリと揺らし、顔を上げました。
 キョトンという擬音が聞こえてきそうな、少し間の抜けた表情です。


「もし、その裁量が与えられるとしたら、どうでしょう?」


 私がそう言った途端、彼の目が大きくなりました。

「まさか……俺がシンデレラプロジェクトのプロデューサーに?」
「いいえ、そうではないのですが……よいしょ」

 私はバッグを漁り、中から一冊のフラットファイルを取り出して彼の前に置きます。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:39:11.60 ID:tuPg/zAq0
 不思議そうにそれに手を伸ばし、表紙をめくったプロデューサーさんの口から、「えっ」という声が漏れました。


「美嘉ちゃんには今、担当プロデューサーがいません。
 必要な時は、手の空いているプロデューサーさんに、自分から適宜協力を仰いではいるのですが」

「俺が、城ヶ崎美嘉の担当プロデューサーに?」

 私は頷きました。
 実は、私がCPさんを通じて、密かに上層部に掛け合ったのです。

 まさしくプロデューサーさんが、CPさんを通じて企画を通そうとしたのと同じように。

「前にも言った通り、美嘉ちゃんはキャリアが長いですし、ここでの仕事の仕方もよく知っています。
 多少分からない所があったとしても、彼女ならフォローしてくれるでしょうし、初めて担当する子として最適だと思いますよ」

 そして、346プロから何かを学び取りたいのなら――。
 それがどういう目的によるものかは、私には分かりません。

 ただ、彼の力量を量るには最適であろうと、CPさんもお話されていました。
 私自身、美嘉ちゃんとプロデューサーがどのように刺激し合うのか、興味が無いと言えば嘘になります。

 美嘉ちゃんもまた、彼に興味を持っているようで、内々で打診をした際にも「望むところだよっ★」と快諾してくれました。


「…………」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:40:06.07 ID:tuPg/zAq0
 ジッと資料に目を落としたまま、まるで石像のようにプロデューサーさんは押し黙っています。
 何か、悩み事でしょうか?



「どうしても、俺が……」


「プロデューサーさん……?」

「……いえ」


 顔を上げたプロデューサーさんの眼差しは、これまで見たことがないほど、ある種の覚悟を帯びた真剣そのものでした。

「分かりました」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:44:21.10 ID:tuPg/zAq0
   * * *

 気づくと、346プロダクションのサマーフェス開催まで、あと2ヶ月ほどになりました。

 毎年の定例開催であり、会場となる竹芝のホールさんにも、内容はよくご存知いただいています。
 イベント会社さんの応援も、機材の手配も既に終えたところでした。

 後は、アイドル事業部のプロデューサーさん達の動向を見ながら、当日の段取りについて詳細を詰めていくのですが――。

「おい、聞いたか」


 デスクから顔を上げ、声が聞こえた方へ目をやると、廊下で二人のプロデューサーの方達が立ち話をしているのが見えました。


「あぁ知ってる。城ヶ崎美嘉の話だろ」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:47:37.23 ID:tuPg/zAq0
「歌番組、グラビア、イベントへの営業に加えて、スポーツ用品メーカーとのタイアップ……
 最近、目に見えて活動が活発になってきているな」
「新しく就いたプロデューサーが、ガンガン仕事を入れて売り込んでいるらしい」


 プロデューサーさんの話が聞こえ、知らず肩がピクリと揺れます。


「まぁ、元々オールラウンドに立ち回れる子だし、素質もキャリアも十分にある。
 誰が担当に就いても、それなりに活躍できていたとは思うけど……」
「敏腕、と言うのは容易いが……オーバーワークじゃないのか、アレは」
「やっぱ、お前もそう思うよな」


 彼らは事務員のデスクから背を向ける格好であり、こちらからでは表情が見えません。
 ですが、どうやらあまり良くない雰囲気のようです。


「大方、初めて担当したアイドルが金の卵だったんで、舞い上がってるんだろう。
 しかし、あのままじゃ彼女も潰れてしまう。早いうちに誰かが何とかしないとマズいぞ、たぶん」
「誰かって、誰だよ? 今西部長にでも進言するか?」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:49:33.76 ID:tuPg/zAq0
「それがな……部長は、今の連中の状況を黙認しているらしい」
「はぁ!? アレを問題が無いとでも思っているのか?」
「今西部長、やたらとあのプロデューサーの肩を持つというか、信用しているみたいなんだよな。
 この間入ってきたばかりのクセに」
「へぇぇ〜〜……ワケありなのかねぇ」


 その後、お二人は予定があったのか、時計を確認して、各々別の方へと歩いて行きました。


 ふと、隣のデスクに自然と視線が動きました。
 そこにはもう、プロデューサーさんはいません。

 美嘉ちゃんを担当することが決まってから、正式にプロデューサーさんは、専用のオフィスに自分のデスクを用意されたのです。
 ちょっと前までは、毎日のようにお話をしていたのですが、最近は顔を見ることも少なくなりました。

 もちろん、パッタリと会って、以前と変わらずに世間話をすることもあるのですが――。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/12/09(水) 22:51:57.57 ID:tuPg/zAq0
「ハァ、ハァ……くっ……!」


 いるかなと思い、そぉっとトレーニングルームの扉を開けて中を覗いてみます。

 ドアの隙間、狭い視界に写ったのは、大量の汗を流して両膝に手をつき、肩で息をしている美嘉ちゃん。
 そして――。

「美嘉、どうした! さっき休憩したばかりだぞ!」

 トレーナーさんの声ではありません。
 姿は直接見えませんが、男性の低い声――これは、プロデューサーさんの激です。

「お前の体力はそんなものか! それでよく練習量が人一倍などと言えたものだな!」
「ぐっ、う……何の! まだまだヤレるよアタシ!!」

 膝をバシンッと叩き、身体を起こした美嘉ちゃんは、ダンスレッスンを再開しました。

 私は言葉を失いました。
 ターンをした際、垣間見えた美嘉ちゃんの表情は、これまで見たことがないほど鬼気迫るものだったからです。
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