久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」

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156 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:50:13.04 ID:lWSQgzZC0
86

S大学・構内

凪「……」

千夜「……」

凪「凪は、変わってはいませんか?」

千夜「言動は不思議ですが、常人の域を出ません。あちら側の住人からすれば、私達は所詮唯の人です」

凪「力もない人間です。凪は、特別ではないのか」

千夜「凪さんの行動は、一般的な良識に支えられています。私に兄弟はいませんが、きっと姉としての感情は異質なものではありません」

凪「……」

千夜「颯さんに望む普通の幸せの条件を定義できますか」

凪「それは、言葉にするのは難しい」

千夜「きっと条件が多すぎます。わかることは、私にはもう手に入れられないということ」

凪「……」

千夜「家族はおりません。両親もセンスが独特な双子の姉もいません。普通の幸せは、幾ら願っても白雪千夜の未来では手に入りません」

凪「そんなに悲観することはないと」

千夜「これからなんて、どうでもいいのです。これまで、幸せでいたかった」

凪「……いいえ、違う。違います、千夜さん」

千夜「私も普通でいたかった。家族がいて、素直な目を持って、未来に不安が少なくて、朗らかに笑っていたかった」

凪「……」

千夜「辻野さんは郷土が好きなのに今は私達と共にいます。夢見りあむの両親は近くにいない。日下部さんは異種族の中で過ごさなければいけません。私も、黒埼の家から支援を受けて生きる身です」

凪「千夜さん」

千夜「凪さんが望むような、そんな、特別な普通の幸せは手に入りません。どんなに努力しても、それは手に入らない。そう思うと……」

凪「千夜さん!」
157 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:52:41.79 ID:lWSQgzZC0
千夜「……珍しいですね、声を張るなんて」

凪「嫉妬ですか。凪への」

千夜「……嫉妬、ですか」

凪「フツウの幸せをつかむチャンスがあるから、凪にそうして欲しいと」

千夜「颯さんが、そうあなたに望んでいてもですか」

凪「それでも、そうではいられない。凪は凪だから、です……あっ」

千夜「……」

凪「はーちゃんははーちゃん、そのはーちゃんが決めたこと。はーちゃんであるから、決められたこと」

千夜「その選択は、普通とは程遠いことです」

凪「トクベツなフツウを選ばなくても、はーちゃんは幸せになるべきです。そうか、そうなのだな」

千夜「ええ」

凪「凪がはーちゃんを本当のはーちゃんを認めてなかった。ゴクリ」

千夜「わざとらしい声を出して、どうしましたか」

凪「飲み込めた。凪は姉です、はーちゃんが選んだ道で幸せになれるように願います。凪の空想ではなくて、はーちゃんの現実で」

千夜「凪さんは、颯さんの選択を認められたのですね」

凪「凪の行けないあちら側の世界でも、はーちゃんは歩いて行ける。凪は行けなくても、はーちゃんの幸せは願えるし手伝うこともできる。それだ」

千夜「……はい」

凪「千夜さんも、です」
158 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:54:08.02 ID:lWSQgzZC0
千夜「私、ですか」

凪「トクベツなフツウを選べなくても、幸せになろう」

千夜「なれるのですか」

凪「残念ながら、凪には保障できません」

千夜「そこは断言しないのですか。根拠がなくても、言葉は勇気にはなります」

凪「がんばりましょう、共に」

千夜「共にですか……魅力ある提案かもしれません」

凪「凪と千夜さんは置いて行かれた者同士です」

千夜「ええ。近くにいた大切な人物はあちら側へ」

凪「能力もありません。唯の人間です」

千夜「はい。人間としての個性は、凪さんにはありますが」

凪「フム。はたして、これでいいのだろうか」

千夜「どういう意味でしょうか」

凪「もはや一般人の凪でも、集まりにいていいのですか」

千夜「それは、聞いてみればよいのではありませんか」

凪「りあむに、ですか」

千夜「きっと望む答えをくれるはずです。帰りましょう、部室へ」

凪「はい。凪は帰ります。千夜さんと一緒に。りあむがいる部屋へ」

千夜「立てますか。お手をどうぞ」

凪「はい。ありがとうございます。立てました」

千夜「……何故、手を握ったままなのでしょう」

凪「いけませんか」

千夜「構いません。あなたが、そう望むのであれば」
159 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:56:11.13 ID:lWSQgzZC0
87

S大学・部室棟・SDs部室

あきら「帰って来た」

千夜「ただいま、帰りました」

凪「凪も戻りました」

りあむ「おかえり!待ってたよ!白雪ちゃん、信じてたよ!ぼくの思った通りだ!」

あきら「かなり不安そうだったのに」

りあむ「あきらちゃん、言わなくていいよ!」

あかり「手をつないで、どうしたんですか?」

りあむ「仲良くなった?いいことか?いや、ずるいぞ?嫉妬する、ぼくも後で!」

千夜「そんな所です。凪さん、行ってください」

凪「はい」

りあむ「……凪ちゃん、どうしたのさ」

凪「凪はハグをします。りあむを。むっ、思ったより肉付きがいいな」

りあむ「手をつないだ白雪ちゃんより良い思いしてる、夢か?」

凪「りあむ、質問です」

りあむ「どうしたの?りあむちゃんはりあむちゃんがわかる狭い範囲しか分からないよ」

凪「凪は普通の人間のようです」

りあむ「え?最初からずっとそうじゃん」

凪「そうか。ここにいていいですか、幽霊も見えない、ちょっとオカルト好きなだけで、いいですか」

りあむ「当たり前だろ。そんなこと言ったら、りあむちゃんが一番先にいなくならないといけない!凪ちゃんのほうが全然いるべきだよ!」

凪「千夜さん」

千夜「言葉遣いはともかく、望む答えでしょう」

凪「はい。ぎゅー」

りあむ「あわわ!むむむっ、女子中学生にハグされた経験がなさ過ぎてどうしたらいいかわからない。白雪ちゃん!ヘルプ!」

千夜「ご自由にどうぞ。辻野さん、飲み物をもらえますか」

あかり「はいっ。麦茶をいれますね」

りあむ「自由って……それじゃあ、こうか」

凪「抱き返された。りあむ、やっぱり無駄な贅肉がついてるな」

あきら「運動不足。抱き返すだけデスか?」

凪「凪はおねだりします。ダウンロードコンテンツを」

りあむ「えっと、颯ちゃんのこと、色々あると思うけどさ、力がなくなったとか、うん、上手く言えない。ぼくには凪ちゃんがここにいるだけで嬉しいよ。だって、傍に誰もいなかったのに、今は居てくれるから」

千夜「……」

あかり「千夜さん、麦茶をどうぞ」

千夜「ありがとうございます」

りあむ「……何言えばいいんだろう。りあむちゃんにはわかんない」

千夜「いいえ。もう十分です」

あきら「うん」

凪「りあむ、感謝する。すりすり」
160 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:56:55.57 ID:lWSQgzZC0
りあむ「ぼくがありがとうって、言わないと。めっちゃ嬉しい。ぼくたちと居たいなんて、言ってくれるなんて、夢みたいだよ」

あきら「落ち着いたし、説得できたみたいデス」

あかり「千夜さん、何を言ったんですか?」

千夜「今思えば、上手い説得をしたとは思えません。ただ……」

あきら「ただ?」

千夜「醜い本音を共有できたのかもしれません」

あかり「本音……」

凪「りあむ」

りあむ「なに?ぼくの体なら好きにしていいよ。心ゆくまで」

あきら「言い方」

凪「抱き心地は悪くないが、洗濯は苦手だな?ぱっ、とな」

りあむ「また同じこと言われて、凪ちゃんが離れた!仕方ないだろ、オタクは服に拘らない生き物なんだよ!」

凪「千夜さん、教えてあげてはいかがですか」

千夜「大方、服のバリエーションが少ないので1回あたりの洗濯量が少ない、昼夜逆転気味なので部屋干しが多い、同じ服をずっと着ている、あたりが問題でしょう。晴れた日に服を洗濯すればいい」

りあむ「うっ、まぁ、正解なんだけどさ」

あきら「つまり、服を増やせばいい?」

あかり「きっと椿さんがたくさん作ってくれますよっ」

りあむ「いや、それは、ねぇ」

凪「りあむの部屋か。気になるな。一度お宅訪問しよう」

りあむ「オタクのお宅訪問とか誰も幸せにならないよ!」

あかり「あはっ、凪ちゃんも元通りですねっ」

千夜「ええ」

あきら「ゴメン。凪チャンと颯チャンの今後が重要だけど、こっちも」

千夜「『蝶』ですか」
161 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:57:36.48 ID:lWSQgzZC0
りあむ「何か進展あったの?」

あきら「まだ。でも、自宅にいたはずなのに遠い所で目撃アリ」

千夜「時間の問題、ということでしょう」

あきら「今は自宅にいるみたい」

りあむ「自宅にいるフリが出来てるなら、いいけど」

あきら「それすら出来なくなるのも、すぐ」

凪「群体は人間のフリはできません」

りあむ「……うん。まともな人間のフリなんて人間でも難しいのに。ましてや、あの温厚そうな女の子のフリだぞ?ムリでしょ」

凪「はーちゃんは、教会にいるのですね」

あかり「はい」

千夜「もう行けますか」

凪「はい。はーちゃんと共同戦線をはってみせます」

あきら「大丈夫そうデスね」

あかり「はいっ」

りあむ「よしっ、行こう!白雪ちゃん、凪ちゃん!」

千夜「はい。辻野さんと砂塚さんは『蝶』を引き続きお願いします」

あきら「わかった」

りあむ「遅くなるかもしれないけど、大丈夫かな?家族が心配しない?」

あかり「連絡しておきます!」

あきら「こっちも平気」

千夜「無事に終わったら、一緒に食事をしましょう。私が準備します」

凪「メイド料理、楽しみです」

あかり「本当ですか?ごちそうになりますっ!」

あきら「量は多いけど……」

凪「それは問題ありません。『捕食者』との契約者がいます。やはり、お腹が空くようです」

りあむ「ご褒美も決まったし、凪ちゃん、行こう!」

凪「りょ。双子パワーをみせつけましょう」
162 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 19:58:20.11 ID:lWSQgzZC0
88

出渕教会・地下2階

裕美「ん……もう夜かな……」

ちとせ「裕美ちゃん」

裕美「ちとせさん。もう日は沈んだ?」

ちとせ「ううん。もう少し寝てていいよ」

裕美「早起きなんだね」

ちとせ「やることがあるみたいだから」

裕美「やること?」

ちとせ「後で話すから、楓さんとここにいて。上には来ないで」

裕美「……わかった」

ちとせ「ありがと。待っててね」
163 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:00:24.49 ID:lWSQgzZC0
89

出渕教会・1階・礼拝堂

クラリス「いらっしゃいましたか」

千夜「お邪魔します、シスタークラリス」

凪「凪が来ました。りあむもいます」

クラリス「美由紀さん」

美由紀「はーい。颯ちゃんを呼んでくるよー」

椿「凪さん、来てくれたんですね」

凪「はい。椿さん、ありがとうございました」

りあむ「あれ?若葉お姉さんは?」

クラリス「日下部若葉さんには見回りをお願いしています」

千夜「颯さんとは、お話していますか」

クラリス「はい。『捕食者』の知識は私にも蓄積されています」

りあむ「颯ちゃんはどこにいるの?楓さんと話してる?」

クラリス「いいえ。ひとつ、お願いがあるのですが」

千夜「お願い、ですか」

椿「……」

クラリス「『捕食者』の行方は楓さんには伏せてください」

千夜「それは、行く末を変えないためですか」

クラリス「その通りです」

りあむ「ん?もしかして、契約者を変えられる?それなら」

凪「りあむ、その想定は不要です」

りあむ「いらない?楓さんがこれからもいてくれるかもしれないのに?」

凪「はーちゃんは、決めたことは曲げません。凪は知っています」

美由紀「颯ちゃん、連れて来たよー」

凪「……」

颯「なー……えっ?」
164 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:01:54.18 ID:lWSQgzZC0
90

出渕教会・1階・礼拝堂

千夜「抱き付きましたね。真正面から」

りあむ「さっきとは違う気がする。ぼくの時と逆?」

千夜「ええ。年長者として、抱き留めるように」

凪「はーちゃんは捕まえられるところにいます。今も」

颯「……うん。くっついてる」

凪「同じモノが見れるのが間違いでした。私達はそもそも別人で、楽しみも趣味も違い、頭の中も心の中もソレゾレなんです。そうあるべき」

千夜「……」

凪「凪は、はーちゃんの選択は賢いとは思いません。それでも、そんな選択をしたはーちゃんを誇らしく思います」

颯「なー……」

凪「立場が変わろうが双子として産まれた縁は切れません。ちゃんと見ています、はーちゃんがはーちゃんでいられるように」

颯「うん」

凪「はーちゃんは、凪のカワイイ妹です。これからも手と手を取り合って、世界を変えるような凄いことをするのです」

颯「大袈裟だなぁ、そんな凄いことしてたっけ?」

凪「それは、これからということで」

千夜「お前、満足ですか」

りあむ「うん。カワイイ双子が抱き合ってるの、尊いよね」

千夜「……今は、言い方は不問にします」

椿「……」

千夜「椿さんも当然のように写真を撮らないでください……」

凪「はーちゃん、指切りをしましょう。約束です、ホントのはーちゃんでいてください」

颯「あー、えっとね」

クラリス「小指が『捕食者』と繋がっているそうです」

りあむ「小指だけなの?それだけ?」

クラリス「はい。楓さんの全身と比べれば小さいものです」

美由紀「影響は受けちゃうみたいだよー」

千夜「小指に、何か問題があるのですか」

颯「たぶん大丈夫だけど、『捕食者』の力を使えそうなんだ」

クラリス「楓さんは捕食対象の動きを止める力や異常な身体修復能力を引き出していました。参考までに」

りあむ「食べるだけだと思ってたけど、結構強力じゃん」

165 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:02:19.59 ID:lWSQgzZC0
美由紀「『捕食者』さんはいっぱいたべて、美食力を高めてるんだよ。美食力はとーっても強い力なんだー」

千夜「はて、美食力とは……」

美由紀「美味しいものが持ってる力だよ!邪な料理人だと暗黒美食力に飲み込まれちゃうから気をつけないといけないんだ」

千夜「そうなのですか……?」

クラリス「美食力かどうかはわかりませんが、強大な存在であることは間違いありません」

凪「それでは、握手にしましょう」

颯「はい、なー。何を約束するの?」

凪「はーちゃん、凪はどんなことがあっても味方です。忘れないでください、頼ってください。凪はいつまでもはーちゃんの姉です」

颯「約束する。はーも、なーを守るよ」

凪「約束です」

颯「うん、約束」

クラリス「見届けました。あなた方のこれからに光りあらんことを」
166 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:03:16.52 ID:lWSQgzZC0
凪「シスター、お願いがあります」

クラリス「承知しています。これまで通りの生活を保障します」

凪「ありがとうございます。代わりに」

颯「協力する。フツウの日々は、誰かが必死に守ってるんだよね」

凪「なので、はーちゃんと一緒に『蝶』を倒します」

颯「あの人、何もなくて平和が好きだったみたい」

凪「本当は平穏が欲しかったのに、間違えてしまった存在を」

颯「見送ってあげないと、だから」

凪「はーちゃんと凪で」

颯「日常を取り返そう。あの人が、願ったように」

167 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:03:49.46 ID:lWSQgzZC0
91



出渕教会・1階・礼拝堂

ちとせ「シスター、双子ちゃんとか皆は?」

クラリス「出発しました。高森藍子さんが自宅から消え戻りません」

ちとせ「終わらせに行ったんだね」

クラリス「はい。ちとせさん、出発の準備はできましたか」

ちとせ「陽は沈んだ。私の時間になってる」

クラリス「参りましょう。私共の仕事です」

ちとせ「陽の当らない仕事。あはっ、吸血鬼っぽい」

クラリス「美由紀さん、ここはお任せします。ご来客をお迎えください」

美由紀「わかった、翠ちゃん達を待ってるね」

ちとせ「お手をどうぞ、シスター」

美由紀「いってらっしゃーい」
168 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:05:03.56 ID:lWSQgzZC0
92

T公園

藍子「どうして……」

若葉「こんばんは〜」

藍子「あれ?どこから来ましたか、お姉さん」

若葉「覚えていませんか?」

藍子「えっと、どなたでしょうか」

若葉「私ではなく、植物が枯れる理由です。あなたが力を使ったにもかかわらず」

藍子「どうして、知っているんですか?」

若葉「私が高森藍子さんに、言ったからですよ〜」

藍子「私に?」

若葉「アナタ、ではありません」

藍子「……」

凪「若葉お姉さん、アラームです。『蝶』が出てきました」

若葉「大丈夫ですよ〜、私は倒せないので」

藍子「見えてるんですか?」

凪「凪には見えていません。見えているのは、はーちゃんです」

颯「こんばんは」

凪「どうですか、はーちゃん」

颯「どんどん増えてるよ」

藍子「……」
169 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:05:43.31 ID:lWSQgzZC0
颯「とっても上質で美味しいみたい」

若葉「怖いですね〜」

藍子「減ってるのは、あなたのせいなんですね」

颯「そうだよ」

凪「問題は『蝶』を見つけることでした」

若葉「消えちゃいますから。どちらにとっても」

凪「しかし、人の知恵は侮れない」

若葉「そして、あなた達は大切なモノを手放してしまいました」

凪「それは記憶。それは善性」

颯「大切なのは、ホントの自分」

若葉「アナタ達が奪った高森藍子さんがいれば、こんなことはしませんでした」

凪「はーちゃん、いかがですか」

颯「まだ塊かな。飛んできたのは、全部食べてるよ」

凪「対策は考えていた。若葉お姉さん、一押しです」

若葉「はーい。せいやぁー」

藍子「……」

凪「小石をたくさん投げました」

颯「全部後ろに飛んで行った」

凪「人間なら当たります。しかし、当たらない」

若葉「もう一度。今度はくっつき虫ですよ〜」

凪「同じ結果です。はーちゃん」

颯「もっと別れさせる。『捕食者』さん、来て」

藍子「……!」

颯「何で怖がってるの。だって、そういう世界を選んじゃったのに」

凪「消えた。遂に置かれた状態を本能で分かったようです」

若葉「選択ミスですよ〜」

凪「個体としての格を下げたら、『捕食者』の思うつぼです」

若葉「あわわ、気持ち悪い咀嚼音が聞こえます。凪ちゃん、撤収です〜」

凪「凪には聞こえません。はーちゃん、後は任せました」

颯「任せて、なー」

凪「良いお返事です。若葉お姉さん、頼んだ」

若葉「それじゃあ、凪ちゃん、捕まっててくださいね〜」

凪「はい。おっと、素晴らしい浮遊感」

颯「さよなら、蝶々さん。いただきます」
170 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:08:43.27 ID:lWSQgzZC0
93

出渕教会・地下2階

楓「ん……」

翠「お目覚めですか。おはようございます」

楓「……おはようございます」

翠「私の顔に何かついているでしょうか?」

楓「枕元に死神が立っている。いまわの際に死神を見るのは本当だったのですね」

翠「あら、落語がお好きだったとは知りませんでした」

楓「違います。お迎えに来ると人は言い、天井を見上げ、手を伸ばすと聞きませんか」

翠「全ての人に私達は会うことはありません。心臓と脳が止まりかけ、出来ることがその2つになるのではありませんか」

楓「そうなの、ですか」

翠「昔々に死が近づいた時、死神を見ましたか」

楓「いいえ。あの時、私は何もいないはずの空を見上げ、手を伸ばした時……『捕食者』が見えました。見えないはずなのに。通じないはずなのに」

翠「話は聞いています。裕美さん、こちらに」

裕美「うん」

翠「死は、人間には必要なモノです。肉体と魂の死を強引に止めることは、代償を伴うことが定めです」

楓「……はい」

翠「あなたに人としての死を授けます。よろしいでしょうか」

楓「裕美ちゃん……」

裕美「……」

楓「ありがとう。お願いします」

翠「わかりました。目を閉じてください」

楓「……はい」

翠「命の時計を止めました。『捕食者』は、あなたが死んだと判断して繋がりを放棄したでしょう」
171 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:11:01.07 ID:lWSQgzZC0
楓「……」

翠「時計を動かしました。目を開けてください」

楓「……」

裕美「楓さん……?」

楓「あぁ、体はこんなに重くて……熱いんですね……」

翠「人間としての感覚が戻っているなら幸運です。裕美さん」

裕美「うん」

翠「時計は明日の朝までしか示していません。長くても、昼まで」

裕美「わかってる」

翠「後悔はなさらぬように。後は涼に任せます。さようなら」

楓「……ありがとう」

翠「死神に感謝するものではありませんよ。命を授けられない神なんて、怨まれていればいいのですから」

楓「それでも……ありがとう」

翠「……失礼します」

裕美「うん。死神じゃなくて、遊びに来て」

楓「……裕美ちゃん、お願いがあるのですが」

裕美「楓さん、何でも言って」

楓「上着を持ってきてくれませんか。少し肌寒くて」

裕美「……わかった。すぐに持ってくるから」
172 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:12:56.88 ID:lWSQgzZC0
94

黒埼ちとせの自宅
今は千夜の1人暮らし。ちとせが帰ってくる時や来客への備えは万全。

あかり「千夜さん、お買い物班戻りましたっ」

りあむ「おー……これがちとせの家か……広いな……」

椿「おかえりなさい。まぁ、沢山ですねぇ」

あかり「賞味期限近いものをいっぱい貰いました。もりもり食べるんご」

千夜「辻野さん、お疲れ様です」

りあむ「おっ、エプロン姿だ。似合ってるよ、白雪ちゃん!」

椿「写真はバッチリです」

りあむ「いや、そこは頼んでない」

千夜「色々とありますね。お肉、お野菜、ラーメンも」

あかり「はいっ!全部山形産ですよっ」

千夜「おや乳製品が豊富ですね、ありがたく使わせていただきます」

椿「キッチンまで運びます」

千夜「お願いします。お2人はリビングで待っていてください」

あかり「はいっ。りあむさん、突っ立ってないで行きますよ!」

りあむ「いや、想像の3倍ぐらい金持ち住宅だからビックリして。あかりんご、してないの?」

あかり「1度来てますから。さぁさぁ、行くんご!」

りあむ「押さなくてもいくよぅ。うわっ、リビングもくっそ広くてゴージャスだ」

あきら「りあむサン、おかえり」

りあむ「あれっ?もう料理がある。オサレオードブルとサラダだ」

あきら「千夜サンが作ってくれました。つまむといいデスよ」

あかり「わぁ、いただきます!千夜さんは盛り付けも素晴らしいんご!」

あきら「りあむサンも座ってください。千夜サンに邪魔だから座ってろ、って言われますよ」

りあむ「白雪ちゃんはそんなこと言わな……言うか。ぼくにはそのままの文言で」

あかり「おいしいんご!このドレッシング手作りなんでしょうか?」

あきら「そうだって。りあむサンも食べる?」

りあむ「うん。ねぇ、若葉お姉さんは?」

あきら「お部屋探検してる。若葉サン、自室狭いんだって」

あかり「5人もいると大変そうですね」

りあむ「気とか遣うから?いや、5色で1人だから、そこはいいのか。なんで?」

あきら「物理的に。あんまりお金ないから古い平屋に住んでるらしい」

りあむ「あー、それは狭い。仕方がない」

あかり「颯ちゃんと凪ちゃんも、若葉さんと一緒ですか?」

あきら「ううん。帰った」
173 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:14:05.81 ID:lWSQgzZC0
りあむ「か、帰った!?なんで!?主役なのに!食べ物買い過ぎたよう!」

千夜「中学生ですから、長居をさせるわけにはいけません」

椿「はい。でも、ご心配なく」

千夜「お土産を持たせました。ご満足いただけるように」

あきら「凄かったデス。手際の良さが神」

千夜「元からあった食材はほぼなくなりましたので、ご心配は不要です」

椿「今日は、山形産の食材フルコースです」

千夜「ご料理は順次お持ちしますので、お待ちください。とりあえず、こちらを」

あかり「お手頃価格のチーズが高級レストランのように盛り付けられてます、さすが千夜さん」

椿「乾杯しましょう。若葉さーん、来てくださいー」

若葉「はーい」

若葉「乾杯ですか〜」

若葉「わぁ、美味しそうなチーズです〜」

若葉「りあむちゃん、あかりちゃん、お帰りなさい〜」

若葉「それはワインですか?」

千夜「いいえ。ぶどうジュースです。頂き物です、開けてしまいましょう」

あきら「高そう」

椿「せっかくなので、ワイングラスです」

りあむ「めっちゃいい。ぼくがリア充なら映え映えでいいね稼ぎする。そんなアカウントあるわけないけど!どうせ、オタクアカウントしかないよ!」

あきら「あっ、あれホンモノか」

りあむ「あきらちゃん、まさか特定した?本当に?」

あきら「……」

りあむ「黙るなよう!心配になるじゃないか!さては、幻滅してるな!」

あきら「堂々とやればいいんデス。教えてあげます」

あかり「私も教えて欲しいんご!アンテナショップも宣伝もしたいですっ」

あきら「わかった。というか、教えておかないと怖い」
174 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:14:51.77 ID:lWSQgzZC0
千夜「若葉さんは、アルコールにしますか。ワインとウィスキーならあります」

若葉「私もぶどうジュースにします〜」

若葉「美味しそうですから〜」

若葉「皆と同じがいいですよね〜」

千夜「それでは、そうします」

あきら「椿サン、SNSに良い写真とか撮れる?」

椿「もちろん♪何千枚でも撮らせてくださいな♡」

あかり「何千枚……」

りあむ「本気で撮るよ、時代が時代だったらフィルム代で破産してるよ。デジタル時代で良かったね、椿さん」

若葉「飲み物ありがとうございます〜」

千夜「どういたしまして」

椿「写真の前に、乾杯しましょうか。りあむさん」

りあむ「えっ、ぼく?」

椿「はい。無事に解決したことについて、乾杯の挨拶を代表から」

りあむ「代表だけどさ、えっと、白雪ちゃん!」

千夜「私に何かご用ですか」

りあむ「今回の件、どう思ったか。聞かせて」

千夜「……そうですね。最初は些細なことでした」
175 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:16:20.79 ID:lWSQgzZC0
あきら「最初はあかりが人魂を見かけたから、だった」

千夜「私は、望むような結末になったとは思えません」

りあむ「……そうだ。ここにいるぼくたちはいいけど、さ」

千夜「幾つかの命が失われ、平穏は乱され、高森藍子さんはいなくなり、凪さんと颯さんには決定的な違いが生まれてしまった」

椿「……」

千夜「思う通りに、理想通りには、物事は進んだりしません。平凡で普通な幸せは、手に入れられるとは限りません」

あかり「そう、ですよね……」

千夜「凪さんに言われました。私達は普通でなくても、私達に普通でいられる権利はなくても、幸せになりましょう。共に」

若葉「共に、ですか」

椿「凪ちゃんは、そうやって颯ちゃんの選択を尊重してあげたんですね」

千夜「こうやって、お集まりいただきありがとうございます」

りあむ「そうだよ!こうやって集まってくれて、白雪ちゃんが美味しい料理を作ってくれる!たぶん、普通の中学生も高校生も大学生もこんな集まりしないけど、でも、ぼくは好きだよ!」

あきら「うん。りあむサンに同じ」

あかり「わ、私もですっ」

りあむ「どうせ、普通なんてぼくにはなれないし!」

若葉「一緒にいてくれて、ありがとうございます〜」

若葉「ずっと、思ってました」

若葉「きっと、願ってました」

若葉「前の日下部若葉も」

若葉「こうしたかったんですよ〜」

椿「はい。私達は全てを解決できるわけではありません」

千夜「高森藍子さんを助けられたら、良かったのですが」

りあむ「ぼくたちは、やれることはやったよ。そんなに遅くなかった」

若葉「『チアー』という存在は厄介です、やはり」

千夜「……ええ」

あきら「でも、あかりの安全は取り戻した。あと、久川姉妹の仲直りも」

りあむ「そうだよ!それだけでいいじゃないか!それだけでお腹いっぱい食べる権利がある!」

あかり「そ、そうですねっ!お腹空いて来ちゃいました!」

椿「それでは、改めて。りあむさん、乾杯を」

りあむ「ぼくのために集まってくれてありがとう!」

あきら「それは違うような?」

りあむ「ぼくの言葉なんてどうでもいいんだよう!とにかく、みんながんばったよ!褒めよう!褒めろ!それじゃ、乾杯!」

若葉「かんぱ〜い」
176 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:17:27.91 ID:lWSQgzZC0
95

出渕教会・地下2階

ちとせ「ただいま」

裕美「お帰りなさい、ちとせさん。用事は終わったの?」

ちとせ「一時しのぎは出来た。想像より難しいかな、後で仕上げをしないと」

裕美「一時しのぎ……?」

ちとせ「楓さん、起きた?」

裕美「うん」

楓「おかえりなさい」

ちとせ「聞かなくてもわかるよ。生きてるんだね、人間として」

楓「はい。死神は訪れ、捕食者はいません」

ちとせ「人間の体に戻った気分はどう?体調は、よくないみたい」

楓「微熱と体の節々が痛んでいます。原因はわかりますか」

ちとせ「聞きたい?がっかりする答えだけど」

楓「お願いします」

ちとせ「どこか一か所でも健康じゃないから。人は、小さな均衡の崩れにも反応してしまうの」

裕美「……」

ちとせ「長くはなさそう」

楓「明日の朝まで、と」

ちとせ「そう」

楓「裕美ちゃんを、お願いします」

ちとせ「私の力なんていらないと思うよ。だから、あなたは選べた」

楓「……はい」

裕美「……」

ちとせ「気分はどう?」

楓「良い気分です、とっても」

ちとせ「最後の晩餐は出来るみたい。お客さんがいるから、呼んでくるね」

裕美「お客さん?」

楓「どなたでしょうか……」

ちとせ「どうぞ」

仙崎恵磨「よっす」

仙崎恵磨
CGプロ所属のアイドル。楓に事務所の怪現象を調査してもらった縁がある。
177 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:19:42.51 ID:lWSQgzZC0
裕美「恵磨さん、来てくれたんだ」

恵磨「楓さんと約束してたからさ。間に合って良かった」

楓「約束ですか……何か約束したでしょうか」

恵磨「飲みに行く約束」

ちとせ「裕美ちゃん、私は上にいるから。何かあったら呼んでね」

裕美「うん。ありがとう、ちとせさん」

楓「ごめんなさい、覚えていません。でも、嬉しいです」

恵磨「それは良かった。柊酒店っていう酒屋さんを時子ちゃんが紹介してくれたから、店員さんのオススメを買ってきた」

楓「それは……」

恵磨「日本酒、和歌山のやつにしてみた」

楓「恵磨さんに、出身を言ったでしょうか」

恵磨「あれ?和歌山出身なんだ、ラッキー。お猪口でいい?」

楓「ええ。あまり、飲めなさそうですから」

恵磨「そっか。裕美ちゃん、大丈夫かな、体調とか」

裕美「ここでお酒控えても、何にもならないから」

恵磨「よしっ。飲もう」

楓「裕美ちゃん」

裕美「なに?」

恵磨「うん。良い匂いがする」

楓「零すと勿体ないですから、飲ませてくれませんか」

裕美「……わかった」

恵磨「裕美ちゃん、このお猪口を。アタシはこっち」

裕美「うん。楓さん」

楓「はい、いただきます」

恵磨「乾杯」

裕美「……」

楓「……」

恵磨「……」

楓「もう少し、いただけますか」

裕美「うん」

恵磨「うまい。カンパ集めた甲斐があった」

裕美「楓さん、味わかる……あっ」

恵磨「顔、赤らんでる。もしかして、酔えてる?」
178 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:20:39.59 ID:lWSQgzZC0
楓「あ、あぁ……」

恵磨「味はどう?好みにあった?」

楓「自分の好みは思い出せません……でも……」

裕美「楓さん、涙……」

楓「なんて、美味しい……」

恵磨「……泣くほど美味しいなら、良かったよ」

楓「裕美さん、もう少しだけ……いただけますか」

裕美「うん。ちょっとずつ、だよ」

楓「もちろんです。お猪口でちょこっと、ですね。ふふっ」

裕美「どうぞ……え?」

恵磨「安直なダジャレだ、なかなか口にしないぞ」

裕美「酔ってるの、かな?」

楓「……はぁー……」

裕美「楓さん?」

楓「酒あわせ……!」

裕美「お酒を飲んで、幸せだからしゅあわせ、かな?」

恵磨「それなら、おいしいものも食べようっ。裕美ちゃんも一緒にさ」

裕美「うん。これ、あけていい?」

恵磨「もちろん!ジュースも買ってきたから。しゅがはがそろそろ来るから、良いツマミと一緒に」

楓「ありがとう、ございます。私は……」

裕美「……」

楓「これで、良かったと思います」
179 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:21:42.01 ID:lWSQgzZC0
96

深夜

久川家・凪の部屋

凪「めるめる。ごちそうさまでした。ゆーこちゃんも大絶賛。明日も部室へ」

颯「なー」

凪「おや、はーちゃん。おやすみの言い直しでしょうか」

颯「何してるの?」

凪「おやすみなさい、送信。千夜さんにメールをしました。またおねだりに行きましょう。はーちゃんのおねだりなら効果はバツグン」

颯「おねだりはいいけど、お礼に行かないとだね」

凪「部室で会えるはずです。一緒に行きましょう」

颯「うん」

凪「はーちゃん、その枕は何でしょうか」

颯「思い出したんだ。一人が怖くて、なーと一緒に寝たこと」

凪「はい。もう怖いことはありません。幽霊は見えても、対処法がある」

颯「ううん、違うよ。不安なことはいっぱい。ねぇ、なー?」

凪「なんでしょうか、はーちゃん」

颯「本当はね、見えるだけなら怖くなかったんだ」

凪「……」

颯「でも、何か怖くて。なーと違うのが怖かったのかな」

凪「その頃から違います。でも、凪は知っています」

颯「知ってる?」

凪「説明できない怖さを人は抱きます。隣にいて、はーちゃんのそれが和らぐなら、凪は一緒にいます」

颯「うん。なー、一緒に寝ていい?今日だけ」

凪「はい。昔と違って狭いですが、どうぞ」

颯「ありがと、なー」

凪「はーちゃん、おやすみなさい」

颯「おやすみ、なー」
180 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:23:10.48 ID:lWSQgzZC0
97

黒埼ちとせの自宅

りあむ「よし、テーブルはピカピカだ。ていうか、なんでこんなピカピカになんの?超高級家具だから?桁の違う金持ちは半端ねぇな」

千夜「洗い物は終わりました。申し訳ありません。残っていただいて」

りあむ「ぼくは休みだから、好きなだけ働かせるといい!白雪ちゃんも学校なんだから、早く休むんだよ!」

千夜「わかっています。お風呂の準備をしていますので、お先にどうぞ」

りあむ「え?ぼくがこの家のお風呂入るの?」

千夜「洗濯もしましょう。その服、気に入っているようですからニオイが取れるように善処します」

りあむ「服まで取られるの?りあむちゃん、帰れないよ?」

千夜「お泊りにならないのですか?」

りあむ「え……あっ!あきらちゃんが言ってたやつだ!あかりんご、あきらちゃん、ぼくも同じ気持ちを体感してるよ……」

千夜「何をブツブツ言ってるのですか」

りあむ「もちろん、泊ってくよ!家帰っても誰もいないから!お布団もたくさんありそうだし!着替えもあるといい!」

千夜「かしこまりました。お召し物は準備しておきます」

りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!」

千夜「この家の客人をもてなすことは、私の役割ですから。ごゆるりと」

りあむ「……ねぇ、白雪ちゃん」

千夜「何か?」
181 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:25:33.18 ID:lWSQgzZC0
りあむ「寂しくない?ここに独り暮らしだとさ。りあむちゃんも家だとほとんど自分の部屋にいるし」

千夜「お嬢さまはいませんが、寂しくはありません。お前も、皆もいますから」

りあむ「ここに居る必要あるの?引っ越せば?ちとせの実家、家事する人を雇うくらい余裕あるでしょ?」

千夜「お嬢さまも黒埼の方々も私には大切です。しばらくは、ここに居ます。広い分には悪いことはありませんから」

りあむ「そっか。じゃあ、どうしようかな?たまに来るとか、ご飯食べに!」

千夜「不要です。部室で会えるなら、十分ですよ」

りあむ「わかった。でも、寂しくなったら言うんだぞ?やるせなさは急にやってくるんだから」

千夜「心得ます。そうだ、思い出しました」

りあむ「何を?」

千夜「ルーマニアにある黒埼の家で撮った写真があるのです。見ませんか?」

りあむ「家というより城ってウワサの?」

千夜「ええ。お嬢さまのドレス姿もありますよ」

りあむ「みる!みよう!部室に持ってこないのが正解のお宝だよ!」

千夜「おや、お風呂の準備ができたようです。その後で」

りあむ「わかった!お風呂場は?トイレの奥だよね?」

千夜「はい。洗濯物は洗濯籠へ。置いてあるものは自由にお使いください」

りあむ「うん!行ってくる!お先に!」

千夜「ごゆっくり。汗をかく程度まで浸かってください」

りあむ「うわっ!広っ!マンションにあるレベルじゃないぞ!姿見もデカすぎる!」

千夜「相変わらず、騒がしい。それくらいが、私には良いのかもしれませんが」

りあむ「何だ、この良い匂いがしそうなシャンプーは!?ボトルで分かる高級品だよっ!」

千夜「……口だけは慎んでもらうことにしよう。さて、湯上りの飲み物でも用意しておきましょうか」
182 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:29:07.34 ID:lWSQgzZC0
98

出渕教会・地下2階

裕美「静かになっちゃったね」

楓「2人きり、ですね」

裕美「体調は平気?」

楓「少し眠くなってきました」

裕美「ムリしない方がいいよ」

楓「ええ。裕美ちゃん」

裕美「なに?」

楓「近くに来てください。そんなに遠くだとトークができませんから」

裕美「……うん」

楓「お隣にどうぞ」

裕美「添い寝はちょっと恥ずかしいかも」

楓「恥ずかしがる必要はありません。もう誰も見ていませんから」

裕美「じゃあ、えいっ」

楓「ふふっ、なでなで」

裕美「楓さん、汗ばんでる」

楓「熱があるみたいです。気になりますか?」

裕美「ううん、平気」

楓「裕美ちゃん」

裕美「なに、楓さん」

楓「今日を用意してくれて、ありがとうございました」

裕美「ううん、私は何もしてないよ」

楓「恵磨さんとの約束も果たせました。涼さんとの約束は果たせませんでしたけれど」

裕美「カラオケは行けなかったね。でも、涼さんが歌をくれた」

楓「お上手でした」

裕美「ギターもピアノも上手なんだね、知らなかった」

楓「良い歌でした。今後も歌ってもらってくださいね。例えこちら側でも、歌を奪う必要などないのですから」

裕美「うん。恵磨さんに、心さんに、シスタークラリスも歌ってくれた」

楓「少し贅沢過ぎましたね」
183 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:31:03.35 ID:lWSQgzZC0
裕美「ちとせさんは、あれから降りてこないけど」

楓「彼女とは、お話をしました。優しくて、そして、臆病な人だと思います。見送る場所にいるべきではない、と身を引いたのでしょう」

裕美「……そうかな」

楓「裕美ちゃん、聞いてください」

裕美「うん」

楓「ちとせさんに、怒られました。あなたを思うのなら、高垣楓がいなくなるその日まで耐えるべきだと」

裕美「私は、そんなことして欲しくない」

楓「あなたは吸血鬼です。人間よりも何よりも長い長い時を過ごします」

裕美「……わかってるよ。洋子さんも、言ってた」

楓「たくさんの人を見送ることになります。苦しむ様子も見ることになるでしょう」

裕美「こんなに、すぐだとは思ってなかった」

楓「幾つもの別れがあっても、あなたらしく笑顔でいてください」

裕美「……私、笑顔なんて得意じゃないよ。目つきがきつい、ってよく言われるし」

楓「そんなことはありません。裕美ちゃんは、可愛らしい女の子ですよ」

裕美「ずっと、このまま」

楓「そして、未来を生きてください。別れを重荷のように背負うことなく」

裕美「……」

楓「……私がお願いできる立場ではありませんでした」

裕美「そんなことない。楓さんの言う通りに、するから」

楓「裕美ちゃんのご厚意に甘えて、最後のお願いをしてもいいですか」

裕美「いいよ。何でも言って」
184 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:32:24.53 ID:lWSQgzZC0
楓「私を、高垣楓を、見送ってください」

裕美「ここにいるから安心して」

楓「裕美ちゃん、私は人間として産まれ、『捕食者』と繋がり、こちら側へと来ました」

裕美「うん」

楓「昔から多くの人と交わるタイプではありませんでした。でも、大切な縁は周囲の人が紡いでくれました」

裕美「……」

楓「神様が、といっても死神ですけど、最後の時間をくれました。人間としての時間と……お別れを言う時間を」

裕美「……うん」

楓「『捕食者』に生きることを願ったことも、こちら側に来たことも、死神に死を願ったことも、吸血鬼に隣にいて欲しいと願ったことも、全て含めて……」

裕美「……」

楓「裕美ちゃん」

裕美「言って」

楓「高垣楓は、幸せでした」

裕美「……うん、きっとそうだよ」

楓「あなたも、そうあってください」

裕美「約束する」

楓「ありがとう……眠っていいでしょうか」

裕美「うん。ゆっくり、休んで。ここにいるから」

楓「もしも、目が覚めた時は、もう少し思い出話をしましょう」

裕美「わかった。思い出しておくね」

楓「はい……おやすみなさい、裕美ちゃん」

裕美「楓さん、おやすみ」
185 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:33:45.80 ID:lWSQgzZC0
99

夜明け前

出渕教会・地下1階

涼「もうすぐ、日が昇る時間だな」

ちとせ「そうみたい」

涼「……!」

ちとせ「死神さん、ダメだよ。行っちゃダメ」

涼「ダメって、どういう意味だ?」

ちとせ「あの子は、ちゃんと言いに来るから。それまでは、行かないで」

涼「……」

ちとせ「お願い」

涼「わかったよ」

ちとせ「ありがと。優しいのね」

涼「アタシだって、楓とは短い付き合いじゃない」

ちとせ「そっか。そうだよね、わかってなかった」

涼「いいさ。それでも、裕美のためなのはわかってるよ」

ちとせ「……」

涼「……」
186 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:36:11.42 ID:lWSQgzZC0
ちとせ「……来たよ」

涼「……ああ」

裕美「……」

ちとせ「……」

裕美「涼、さん……涼さん!」

涼「聞こえてるよ」

裕美「楓さん、楓さんが……」

涼「最後まで言わなくていい。裕美、がんばったな。後は任せておけ」

裕美「……お願い」

ちとせ「裕美ちゃん」

裕美「……ぐすっ」

ちとせ「貴方に大変な選択をさせた。永遠を与えること、終わりを与えること、そのどちらも。貴方は少女としての時しか過ごしてないのに」

裕美「ねぇ……ちとせさん」

ちとせ「感情は川だよ。抑えても流れ続けて、自分を傷つける。自分の形を変える必要なんてないの」

裕美「もう……いいかな。楓さんの前では、ちゃんと泣かなかったから」

ちとせ「貴方の望むように。私は楓さんに託されたから、貴方の行く末を見届けることを」

裕美「……」

ちとせ「私のカワイイご主人様、おいで」

EDテーマ
Twilight Sky


フォー・ピース
187 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:37:41.00 ID:lWSQgzZC0
100

エピローグ

後日

S大学・部室棟・SDs部室

千夜「お嬢さまからお聞きした、後始末はこんなところです」

りあむ「さらっと言ってるけど、とんでもないことしてる?ちとせはセンスがあるみたいとはいえ、凄すぎない?」

千夜「黒埼の方々に暗示をかけていた時はそこまでとは思いませんでしたが」

凪「フムン。秘められた才能が開花した、といったところでしょうか」

りあむ「うーん、開花じゃなくて成長とかのほうじゃない?」

千夜「そうかもしれません。お嬢さまの才覚は一朝一夕で手に入るものではないかと」

凪「時代が違えば一国一城の主」

りあむ「時代がここで助かった!ちとせにそんなことさせる必要ないし!ていうか、バッドエンドしかみえない。なんでだろ?とにかく、今の方がいい!」

千夜「ええ。お嬢さまの能力はともかく、高森藍子さんの存在は次第に薄れます」

りあむ「両親にだけ真実を告げるとか、残酷だよ」

千夜「そこはシスターの提案だそうです」

凪「記憶は抑え込めない。勝手な連想ゲームが誰しも得意です」

りあむ「抑え込んだらボロが出るから、そういうことか。もっともらしい理由をちとせが植え付け得て、勝手に納得して、自分で忘れていく」

凪「しかし、深い縁を持つなら別」

りあむ「もっともらしい理由も通用しないから、真実を告げるのか。ますます救いがない」

千夜「いいえ。全ての真実は告げていないそうです」

凪「噓も方便」

千夜「高森藍子さんは優しい人でした。悪人により怪物に変異してしまった。それだけです」

凪「止まることもできた」

千夜「相談することもできたでしょう」

りあむ「そうしたら、結末は変わってた?うん、きっと変わってた。あんな穏やかゆるふわガールを助けようとしない人はいないよ」

凪「誰かが異変に気付けば、変わった」

千夜「そんな可能性を夢想し、己を苛む必要はありません。どなたであっても」

りあむ「真実はぼくたちが知っていればいい。うん、そうしよう」

凪「だが、真実を知りたくなるのが人情です」

りあむ「それをちとせが誘導してるんじゃないの?納得させてる」

凪「なるほど。りあむ、冴えてるな」

りあむ「冴えてる……」
188 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:38:26.95 ID:lWSQgzZC0
千夜「どうしましたか。普段通りなら無駄に喜ぶところですよ」

りあむ「冴えてるついでに言っとくか。これは解決したけどさ、本当は解決してないよね」

千夜「ええ。堀裕子さんの件も、高森藍子さんの件も、元を辿れば同じです」

凪「能力をつけた存在が悪人です。教会の方々は『チアー』と呼んでいます」

りあむ「誰だか知らないけど、ヤバイ奴なのは間違いない。なんか手掛かりないかな?ないか!」

千夜「いえ、あります」

りあむ「あるの!?さすが、白雪ちゃん!」

千夜「公園です」

りあむ「そうか!スーパーレッドも言ってた!」

千夜「公園で誰かに会い、力を得たと」

凪「高森さんは公園を散歩することが趣味です」

りあむ「うーん、でも、それっぽい人見つかった?」

凪「凪の答えはノーです。いませんでした」

千夜「どなたからも、そのような人物には辿り着きません」

りあむ「誰かはわからないけど、わかることはあるはず!凪ちゃん、何かある!?」

凪「一ノ瀬志希ことラミアは、人を避けることが得意でした」

千夜「『チアー』もそのような能力を持つということでしょうか」

凪「あるいは、公園にいても目立たない人物なのか」

りあむ「めっちゃ普通の人とか?例えば、誰にでも話しかけるお喋りなオバチャンとか!」

凪「遭遇している可能性もある」

りあむ「いやいや、そんな都合よくはいかないよ。会ってたって、覚えてるわけないし」

凪「近くにいることは確実です」

千夜「逃げたりはしていません、残念なことに」

凪「『チアー』は分かっているはずです」

千夜「自身が影響を及ぼした人々に起こったことを」

凪「能力と行動が把握され、存在も明らかです」

りあむ「ぼくたちとか教会の人がいるの、わかってる?わかってるのに、こんなこと続けてるの?」

千夜「そうなります。何か考えがあるのか、あるいは」

凪「教会を甘くみているか」

りあむ「もしかして、状況を全然わかってない?逃げればいいのに、それを判断できないとか」

凪「フムン、むしろ厄介です」
189 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:41:17.16 ID:lWSQgzZC0
りあむ「目的があるほうがわかりやすいもんね!」

千夜「しかし、悪意があることは間違いありません」

凪「目的はわからない」

りあむ「むしろあるのかな?適当に使ってるだけじゃない?ほら、才能があったら使うよね、ぼくだったらひけらかすように使うよ!そんな才能ないけど!」

千夜「目的がないか……勘弁して欲しいものです」

凪「凪は『あちら側』に送り出しました。しかし、はーちゃんにスリリングな生活を楽しんで欲しいわけではない」

りあむ「ぼくもちとせにそう思うよ。静かな夜が一番だよ!『チアー』なんて、どこか行っちゃえばいいんだ!」

千夜「ええ。気が変わってくれることを祈ります」

りあむ「なんか辛気臭くなってきた!この話はやめよう!ぼくたちは、解決したんだ!それでいいよね!?」

凪「はい。これはこれ、それはそれです」

りあむ「そういえば、高垣さんはどうなったの?」

凪「葬儀は行われ、埋葬されたそうです」

りあむ「シスターが教会で?教会って、確かお墓あったよね?」

凪「りあむ、残念。不正解です」

千夜「お嬢さまからお聞きしました。葬儀はお寺だったそうです」

凪「シスターが和装で取り仕切ったと聞いています」

りあむ「金髪美女の喪服?椿さんが興奮しそうな光景だな……ん?思考が椿さんに侵されてないか?」

凪「りあむ、静かになると笑うタイプだったのか。不謹慎だな」

りあむ「違うよ!りあむちゃんはそういうとこではちゃんとするよぅ!」

凪「椿さんは立派な女性です。りあむは脳内設定を更新してください」

りあむ「まさか、面白お姉さんに見えてるのは、ぼくだけなのか?」

千夜「葬儀は夜間に行われ、荼毘に付されました。教会にも墓地はあるそうですが、そこには埋葬されていません」

凪「和歌山、先祖代々のお寺とお墓です」

千夜「退魔師と呼ばれる人物が探してくれたようですね」

りあむ「そっか。近くにいなくて、裕美ちゃんとか寂しくないかな?」

凪「足があります。生きているなら会いたい時に会いにいけばいい。だから、一番良い所にいるべきです」

りあむ「凪ちゃん、良いこと言うね。ぼくは感激したよ!会いに来ないりあむちゃんの家族にも言って欲しいよ!」

千夜「……会いたい時、でいいのか」
190 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:43:28.96 ID:lWSQgzZC0
りあむ「白雪ちゃん、どうしたの?あっ、和歌山に行きたい?一緒に行こうか!椿さんが保護者になってくれるはず!被写体として献上すればいける!」

凪「和歌山ですか。パンダが有名ですね、はーちゃんにも見せたいです。レッツアドベンチャー」

千夜「いいえ、和歌山ではなく……」

りあむ「じゃあ、どこ?宮崎、長崎、滋賀、大阪、神奈川、山形、北海道?海外は個人的にちょっと……あっ、コンプレックスがあるわけじゃないからな!学生連れて行くのは危ないだけだよ!」

凪「りあむ、めんどくさいな。気持ちは理解しますが」

千夜「どういう理屈で選んだのか知りませんが、その中にあります。北海道です」

凪「北海道。クマ牧場と木彫りのクマは欠かせません」

りあむ「邪魔になるだけなのに、みんな買ってくるんだよね。なんで?」

千夜「その理由は知りませんが……旅行に行きたいわけではありません」

りあむ「あっ、もしかして……お墓参り?」

千夜「はい。私が行きたい時に行けば、良かったのですね。生きているから、私が行けばいいのです」

りあむ「それでもいいよ、付き合うよ」

千夜「ええ、その時は」

凪「凪もいきます。挨拶は大切」

千夜「辻野さんが見た人魂については、これで解決でしょうか」

凪「凪はそう思います」

りあむ「ぼくも賛成!」

千夜「記録もしておきました」

りあむ「白雪ちゃん、ありがとう!本棚にしまっておくよ!持ち出さないにしておかないと!どうしたらいいかな?」

凪「本棚にカギをつけましょう」

千夜「もしくは金庫などがあれば良いのですが」

りあむ「わかった!時子サマに後で相談しておく!」

凪「いつも通りの活動に戻るとしよう。りあむ、何かありますか?」
191 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:45:31.84 ID:lWSQgzZC0
りあむ「ないよ!大学も夏休みだから時子サマ情報もあんまりないし!」

凪「堂々とした宣言。ここまで言われるとぐうの音も出ない」

りあむ「じゃあ、凪ちゃんを先生にして話を聞こう!聞きたいことがある!それでいい?」

千夜「私はかまいません。何について聞きましょうか」

りあむ「双子の超能力を調べてたんだよね?それを聞いてみたい!生活環境なのか医学的なのか興味ある!」

凪「ほう、面白い。医学的と来ましたか、看護学科らしい視点です。お話しましょう」

千夜「どなたか、参られました」

あきら「どうも。今日は3人なんだ」

凪「あきらさん、こんにちは。お疲れ様です」

あきら「あかり、まだ来てない?教室にはいなかったから、先に来たんだけど」

千夜「いえ、いらっしゃっていません」

あきら「待ってればいいか。今日は何かしてた?」

りあむ「凪ちゃんから双子の話を聞こうとしてたとこ!つまり、予定はない!」

あきら「良かった。お客さんがいるんデス、入れても?」

凪「秘密の話は終わりました」

千夜「お招きしても構いません」

あきら「わかった。奏サン、いいデスよ」
192 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:48:02.53 ID:lWSQgzZC0
101

速水奏「お邪魔するわ」

速水奏
N高校に通う高校生。両親の影響で映画鑑賞が趣味。最近も両親と一緒に、とある低予算ドラマを配信で見たとか。

凪「天使様降臨。いらっしゃいませ」

千夜「こんにちは。お好きな所へお座りください」

奏「ありがとう、ここにしようかしら」

りあむ「若葉お姉さん赤の席だ。どしたの?そういや今回は見なかったけど、別のことでもあった?」

奏「学校と家族を優先したら、会う機会がなかっただけよ。話は聞いてるわ、お疲れ様」

りあむ「高校生やってるんだね、普通に」

奏「ええ。幸運ね、私は」

凪「お悩み相談でしょうか?学校生活も色々あることでしょう」

奏「お願いというか、おねだりにきたの」

りあむ「おねだり?りあむちゃんをカツアゲしても何も出ないぞ?」

あきら「あかりがいるといいんデスけど」

りあむ「あかりんご?どうして?リンゴでも欲しいの?」
193 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:52:06.70 ID:lWSQgzZC0
あかり「こんにちはっ!さっき十時愛梨ちゃんを見ちゃいました!めっちゃかわいかったんご〜」

あきら「あ、来た」

奏「辻野さん、こんにちは」

あかり「奏さんっ、こんにちは!何かご用ですか?」

奏「あなたに会いに来たの」

あかり「わ、私ですかっ?何かしでかしたのかな……」

りあむ「いや、何もやってないよ。それ口癖なの?」

あきら「うん。あかりなら平気」

奏「山形に映画セットを見学できる場所があるでしょう。最近見たドラマのロケ地なの」

あかり「はいっ、ありますっ!でも、車じゃないと行くのが大変ですよ?」

奏「だから、連れて行ってくれないかしら」

凪「旅行の話をしていたら」

千夜「旅行に行きたい人が来ましたね」

凪「ええ。そういえば、りあむが提案した旅行先にも山形があった」

りあむ「車か。若葉お姉さんがいるからいけそうだね!あっ、車の席が足らないか!?」

凪「行けると思います。若葉お姉さんが運転する車は増やせる」

りあむ「なるほど!別の車を運転してもらえばいいのか!白雪ちゃんは予定あえば行ける?」

千夜「休日であれば、ご一緒します」

奏「せっかくだから、案内してもらいたいの。どうかしら?」

あきら「あかり、どうかな。山形を宣伝するなら、こういうとこから」

あかり「……」

あきら「あかり?」

あかり「えっと、その……」

りあむ「どうしたの、あかりんご?天界にも山形をアピールするチャンスとか言う所だよ!」

あかり「……」

千夜「辻野さん、どうされましたか」

あかり「今は、その、山形に行きたくないかな……って」
194 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:54:19.06 ID:lWSQgzZC0
あきら「え……?」

あかり「あっ、すっごく良いところですよ!奏さんが行きたい、映画のセットも良い所ですから見て来てくださいっ!オススメの観光スポットとか直売所とかも紹介しますっ!」

あきら「あかり、ほんとに、どうしたの?」

凪「りあむ」

りあむ「うん。白雪ちゃん、凪ちゃん、フォローは頼んだ。ちょっと突っ込む」

千夜「申し訳ありません、お願いします」

あかり「みんなで行ってきてくださいっ!私はお土産話で十分ですっ」

りあむ「あかりんご、質問がある。どうし……」

あきら「嫌デス。あかりと一緒に行きたい。あかりは違うんデスか?」

あかり「……」

あきら「……」

りあむ「あわわ、りあむちゃんが変なこと聞くつもりだったのに想定してないよ。どうしたらいいんだろう!」

あかり「えっと、あきらちゃんと一緒にお出かけはしたいです。でも、その」

あきら「あんなに山形が好きなのに、どうしてデスか」

あかり「それは、その……山形出身ですから、山形は旅行にいくところじゃないんですっ!」

あきら「山形も広いデス。住んでるところ以外に遊びにいかないわけない」

奏「2人共、落ち着いてちょうだい。おねだりしにきた私を置いてけぼりにしないでくれないかしら」

あかり「奏さん、ごめんなさいっ!お客さんの前なのにダメですよね、えへへっ」

あきら「あかり」

りあむ「あきらちゃん!ステイ!ステイ!あーもうっ!」

あきら「なんで……」

りあむ「あかりんご!なんで山形から出て来たの!?ずっとあっちにいたかったんじゃないの!?」
195 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:56:39.54 ID:lWSQgzZC0
あかり「え……」

あきら「聞きたいこと言われた。あかり、どうして言ってくれないんデスか」

あかり「だって……」

りあむ「ぼくは決めたぞ!白雪ちゃん!あきらちゃんを強制退場!」

千夜「かしこまりました。砂塚さん、廊下へ行きましょう」

あきら「まだあかりと話が……千夜サンの力が強いっ」

奏「連れていかれたわ」

凪「さすがメイドパワー」

奏「その気になれば持ち上げられそうね……」

りあむ「あかりんご、ぼくは気になってたけど聞かなかった。たぶん、白雪ちゃんもあきらちゃんもそう」

あかり「……山形から引っ越した理由ですか」

りあむ「うん。だって、理由なんてどうでもいいもん。聞く必要なかったけど、今は聞いた方がいいから聞いてる。あかりんごは、ぼくの仲間なの変えないから。だから、何でもいいよ!何かあるんだよね」

あかり「……りあむさん」

りあむ「うんうん、りあむちゃんは何でも話してくれる後輩がいるのが夢だったんだよ」

あかり「ありがとうございますっ。何でもないんですよ、父ちゃんの仕事の関係で引っ越してきました」

りあむ「え?何でもない、って言ったの?」

凪「凪には、そう聞こえました」

奏「……」
196 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:57:39.81 ID:lWSQgzZC0
あかり「アンテナショップの看板娘ですから、山形の案内もがんばりますねっ!旅行、楽しみにしてますっ」

凪「旅行の許可はでました。奏さん、いかがでしょうか」

奏「お願いに来た甲斐はあったけれど」

あかり「あっ!お店のお手伝いがあるんでしたっ!今日は帰りますっ。凪ちゃん、またね!」

凪「さようなら。またお会いしましょう。しかし、なぜ凪だけに挨拶を?」

あかり「あきらちゃん、千夜さん!今日は失礼しますっ!」

あきら「あかり、待ちなよ。ん、んぐぐ……」

凪「千夜さんに取り押さえられたようです」

奏「噛みつきそうな勢いね……白雪さんは上手く抑えてるわ」

りあむ「あかりんご……絶対嘘だ……」

奏「嘘ね」

凪「嘘です」

りあむ「何でもない、は嘘だよ、あかりんご。りあむちゃんでもわかっちゃうよ。りんご農家が理由もなく突然引っ越してくるわけないんだよ……」

凪「旅行については同意しました」

奏「約束は守るでしょう。心の奥底まで同意していないくても」

凪「お店のお手伝いはどうでしょう。忘れていたのか」

千夜「辻野さんは手帳にお手伝いの予定を書いています。忘れることはなく、思い出すなら見た時です」

凪「千夜さん、戻られましたか」

あきら「千夜サン、離してくれないデスか」

りあむ「白雪ちゃん、ありがと。噛まれる前にその猛獣を離した方がいいよ」

あきら「だれが、猛獣デスか」

千夜「落ち着くまでは捉えておきます。砂塚さん、ソファーに座りましょう」

あきら「逃げないから、大丈夫だって」
197 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 20:59:02.50 ID:lWSQgzZC0
りあむ「あきらちゃん、いつも落ち着いてるのにどしたの?お腹空いてる?」

あきら「そういうわけじゃないし、自分はそんな単純じゃないデス」

奏「友人に壁があることを今更気づいた自分に怒っているだけよね。深い付き合いだけど、長い時間は過ごしてないもの。ちゃん付けで呼ぶくらいの距離、その勘違い。仕方がないわ」

あきら「……」

りあむ「天使サマ、人は正論で傷つく生き物なんだ。優しくしてよぅ」

奏「ごめんなさい、言葉を選ぶべきだったわね。まだ高校生だもの」

凪「はて、高校生なのは同じでは?」

あきら「りあむサン、お願いがあります」

りあむ「わかってる!あかりんごの悩みを解決するぞ!お節介だろうが関係ない!ぼくは疎まれるのは慣れてるからね!図々しく行くぞ!」

千夜「砂塚さん、あなたが嫌われ役をする必要はありません」

凪「りあむの役目」

あきら「……うん」

りあむ「山形旅行の計画を立てるぞ!大学生の夏休みっぽくなってきた!奇跡だ!」

あきら「旅行、デスか……?」

千夜「砂塚さん、落ち着いてください。無駄に喋ってるくせに言葉足らずなのは、わかり始めたはずです」

りあむ「そう!理由は故郷にあるのは明らかだよ!」

凪「旅行とかこつけて、あかりんごを連れ出す。りあむ、狡猾だな」

りあむ「そこまで考えてないから!天使サマ、協力してくれない?旅行も一緒に行こう!」

奏「ええ、構わないわ。私も学生旅行には憧れもあるもの」

りあむ「白雪ちゃん、椿さんと若葉お姉さんを招集して!」

千夜「わかりました。まずは作戦会議です」

りあむ「あきらちゃんも、いいよね?あかりんご、このままにはしておけないし!」

あきら「きっと明日は平気な顔していつも通りだと思うんデス。でも、それじゃいけないし。あかりは、もっと自然に笑っててほしいから」

りあむ「決まりだ!いくぞ、山形!さくらんぼ県!ラ・フランス!」

千夜「辻野さんのご実家はりんご農家ですから、そのあたりを気にしているのでは」

凪「フムン、あかりんごは見かけより攻略が難しいな」

りあむ「そんなのわかってるよ!わかりやすいなら、こんな所にいないだろ!それでもいてくれないとぼくが寂しいんだよ!」

凪「りあむ、その自分勝手さと断定、素晴らしい」

千夜「江上さんと日下部さんに連絡が取れました」

りあむ「準備するよ!お茶も淹れよう!ホワイトボードも!」

千夜「お茶は担当します。他は任せました」

あきら「はじめよ。このままじゃ、納得できないから」

第3話に続く。


製作・ブーブーエス
198 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 21:00:44.15 ID:lWSQgzZC0
次回予告

依田芳乃「この地には悪しき気配がするのでしてー」

次回
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」

199 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 21:03:08.45 ID:lWSQgzZC0
オマケ

撮影中の一幕

翠「……」ジーッ

涼「翠サン?どうしたんだ、じっと見られると気になる」

翠「役の設定資料をいただきましたので、確認をしています」

涼「翠サンは真面目だな」

翠「ふむふむ、涼さんはスタイルがよろしいですのね」

涼「翠サンこそ。真っ黒のスーツ似合ってるぜ」

CoP「こちらでしたか。水野さん、参考になりましたか」

翠「はい。涼さん、また撮影時に」

涼「ああ」

撮影後……

涼「Coサン?」

CoP「松永さん。お疲れ様でした」

涼「翠サンに渡された資料、何が書いてあったんだ?」

CoP「たしか、死神は松永涼のどこがお気に入りなのか、だったかと」

涼「それか……そういうの翠サンに渡したら、結果は予想できないか?」
200 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/12/06(日) 21:04:29.29 ID:lWSQgzZC0
P達の視聴後

PaP「よしよし、凪ちゃんはがんばったな。後でご褒美をあげよう。何が良いと思う?」

CoP「久川さんのお姉さんですか。どんなものが好みなのでしょうか」

PaP「スイーツは幾らでも紹介できるんだが」

CuP「買い物ついでにご馳走すればいいと思いますよ」

PaP「そうするか。もう一捻り欲しい気もするが」

CuP「いいんですよ、それで。凪ちゃん、喜んでくれると思いますよ」

PaP「そうだな。雑貨屋巡りでもしてみるか」

CuP「Paさんが一捻りすると本当に捻り過ぎるし……」ボソッ

CoP「さて、食事にしますか」

PaP「よし、出前でも取るか」

CuP「お腹すきましたね、中華にしましょう。劇中にも出てきましたし」

CoP「賛成です」

おしまい
201 : ◆ty.IaxZULXr/ [sage saga]:2020/12/06(日) 21:08:16.22 ID:lWSQgzZC0
あとがき

お待たせしました。
ゆっくり書いたのもありますが、単純に長い。短く収めようとする気もない。

千夜とちとせ、凪と颯の立ち位置が2話にして、あちらとこちらに離れるという。

楓さんについては予定もないのに布石はあったので。
最後はお酒と駄洒落、自分らしく。今後も後継者の名前を見るたびに思い出してもらう。

次回は、
辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
です。

気長にお待ちください。次は読み切りを書く予定。
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。

それでは。
202 : ◆ty.IaxZULXr/ [sage]:2020/12/06(日) 21:11:44.86 ID:lWSQgzZC0
7人が行く・EXシリーズリスト

第1話 夢見りあむ「7人が行く・EX1・エクストライニング」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558865876/
第2話 久川凪「7人が行く・EX2・トクベツなフツウ」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1607170950/
第3話 辻野あかり「7人が行く・EX3・出郷りんご」
(題名は仮題)
第4話 久川颯「7人が行く・EX4・天上の調」
(題名は仮題)
第5話 白雪千夜「7人が行く・EX5・燃えよ銀刃」
(題名は仮題)
第6話 黒埼ちとせ「7人が行く・EX6・オマエのせいだ」
(題名は仮題)
第7話 砂塚あきら「7人が行く・EX7・鬼」
(題名は仮題)
第8話 白雪千夜「7人が行く・EX8・もしもあの日に戻れたら」
(題名は仮題)
最終話 夢見りあむ「7人が行く・EX9・だからぼくらは夢を見る」
(題名は仮題)

203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/06(日) 21:43:11.41 ID:E886CJ+Co
今回チアーは出てこないのね
相変わらず読ませる構成
次作も楽しみにしてます
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/12/08(火) 13:40:23.37 ID:z1I14INf0
なんてとこで終わってくれるのよ(真顔)。
ちょっと読むつもりが全部読んでしまった。読みだしたら止めらんないです。
前回からフラグ立ってたけど、別れは悲しかったな。
次回も首長くして待ってます。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/10(木) 17:05:31.82 ID:iZWvzoQJ0
イナズマイレブンの安価SSもあるので読者はどんどん参加してくださいね
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