白雪千夜「アリババと四十人の盗賊?」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:49:20.98 ID:6NLLeJ5C0
「お任せ下さい、アリババ様。必ずお守りしますよ」

 これは上手くいった。

「盗賊が付けた目印かもしれない。なんとか誤魔化しておこう」

 これも及第だ。
 だが、

≪私は幸せでございます≫。

 その言葉は、喉も震わせられなかった。
 言えばいいだけ、ただの演技だ、割り切ってしまえばいい――のだが、しかし。

 ――しかし、どの口でこんな事を?

 ≪幸せ≫だと? 誰が? ……
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 白雪千夜の名誉


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
「『アリババと四十人の盗賊』?」


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:54:18.06 ID:6NLLeJ5C0
 オウム返しに聞いたのが、自分ながら、いかにも間の抜けているようで反吐が出た。といってもこれは比喩だから、実際のところ白雪千夜に出来た腹いせといえば――汚いものを吐きつけてやる代わりに――目の前に突っ立つビジネススーツを、足先から脳天まで睥睨し上げてやることぐらいのものだった。

 しかしこの反抗は千夜の期待したような、例えば魔法使い≠ノ怖気を震わせるといったような効果を上げたりはせず、かえって、彼のネクタイが新しいらしい些事を千夜に気付かせ、自分自身を苛立たせるばかりだった――チェックなど今まで好まなかったと思うが、……だからなんだというんだ、白雪千夜!

「『アリババと四十人の盗賊』だよ」と、オウム返しをオウム返しに彼。「好きだろ?」
 ――好きも嫌いもあるものか。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:55:35.07 ID:6NLLeJ5C0
「どうしたというのです、それが」
「演ってもらうことにした。ウチの劇場で、千夜が主役」

 そんなところだろう、と大して驚くでもなく、首肯で受け合った。正確には主役とまで言われるのは思い寄らなかったが、それも表情に出るような動揺を生んだり、少なくともその場では、強い重圧を感じさせたりする程の事でもなかった。不安に心を配るより午前十一時の陽光に思うのはむしろ、昼食の弁当を何処で広げるかという事だった――あったかいから、中庭でもいいかな。

「お、いいね」彼は腑抜けた微笑を見せた。「合点承知って感じだ。アイドルらしくなったんじゃないか」
「何を。言われた事はやるというだけのことです」
「じゃ次はスカイダイビングでも――おいおい、よせよそんな顔」
「お前こそ、もう少しプロデューサーらしくなってみては」

 彼はデスクに手を付いて、
「だよな、じゃプロデューサーらしい事言うけど、千夜に演ってもらうのは――」
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
「『アリババと四十人の盗賊』…… アラブ世界で語られた説話の集成、『千夜一夜物語』の一部として、知られている物語ですね」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:57:01.80 ID:6NLLeJ5C0
 その儚く蒼い瞳は、千夜を見ているのか、それより奥の何かに関心を寄せているのか、測りかねる具合に澄んでいた。語り口が訥々と、こちらの反応を伺うような調子なのでなかったら、千夜は自分がこの場に存在しているのかどうか、疑うばかりだっただろう。

 聞こえていますよ、と首肯で伝えた。それを受けて、鷺沢文香は続けた。
「アリババ≠ニいうのは人名で、アラビア語の読み方で≪アリー・バーバー》、これがアリおじさん≠ニいった意味を持ちます。彼はそれなりの大人で、妻も息子も居るのですね。

 さて、ペルシャのある町で、貧乏なアリババは、真面目に木を切って暮らしていました。ある日の事、アリババがいつものように森へ行くと、そこへ盗賊の集団が、やって来ます。隠れて様子を見ていると、盗賊の頭領が、岩の前へ立ち、≪開け、ゴマ≫と叫びました……

 その呪文に応え、岩に隠されていた扉が開き、洞穴への入り口を露わにします。盗賊たちがそこへ入り…… やがて出て来て、どこかへ去ると、アリババは、自らも呪文を試してみます。≪開け、ゴマ≫……
 そうして入ってみると、その中は、盗賊たちの戦利品や、金貨や銀貨を詰め込んだ袋で、沢山なのでした。アリババは、恐る恐る、金貨の袋を持ち帰りました。

 ところで…… 家で待っていたアリババの妻は、夫が持ち帰った金貨を見て、驚き、彼を難詰します。彼が盗みを働いたものだと、ショックを受けてしまうのですね。菊池寛の日本語訳では、アリババはこう返すのですよ。
 ≪なんで私がどろぼうなんかするものかね。そりゃ、この袋は、もともとだれかがぬすんだものには、ちがいないがね≫……」

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:57:48.97 ID:6NLLeJ5C0
 ここで文香は息を吸って、
「これでは、ネコババ…… ですね……」
 と言った。……

 冗談が言われたのだと気付かず、ただ前をじっと見つめて続きを待っていたが、語り手が俯きがちのまま、黒い長髪を斜めに垂らし、徐にこちらへ目を上げた、その様子が妙だったので、ようやく千夜は言意を察した――そうか、アリババとネコババを。

 聞こえていますか、と眼で問うようだった。適当に口の端を吊り上げて反応してやったが、それも薄かったらしく、尚も不安そうだったので、加えて「ふふ」と口にした。それでようやく文香は、憂いに代えて、何とも言えない表情を浮かべた。

 これで続きが聞けるらしいと安堵し、それから、その表情が≪何とも言えない≫のは彼女と親交の浅い自分だからであって、見る人が見ればきっと満足しているのが分かるのだろう、と思った――≪あはは、良かったな文香≫――うるさい。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:58:18.64 ID:6NLLeJ5C0
「そうしてアリババは、裕福になりました。ところが、誰かが洞穴に侵入していた事に、盗賊の頭領が気付いてしまいます。盗賊たちは町へ来て、侵入者を探します。

 この危急に、奴隷のモルジアナが、その叡智をもって、立ち上がりました。家に襲撃の目印が付けられた時には、それを看破し、他の家にも同じものを書き込んで撹乱します。
 次には、油商人を装った盗賊の頭領が、アリババの家にやってきます。モルジアナは、三十数個の袋に盗賊が隠れていて、合図を待って一斉に出て来て、襲撃を行う腹積りである事に気付くと、上手く彼らを騙しておいて、それぞれの袋に、煮え立った油を、注ぎ込んでしまいます。

 最後には、短刀を隠し持った盗賊の頭領が、客人としてアリババを狙いますが…… モルジアナはこれも見抜き、踊りを披露する中で、隙を見て、頭領を刺してしまいます。

 何度もアリババの命を救い、感謝を受けたモルジアナは、奴隷の身分から解放され、アリババの息子と結ばれます。また、アリババは、敵が居なくなりましたから、洞穴の財宝を全て得て、大層なお金持ちとなり、大団円を迎えました……」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:59:00.96 ID:6NLLeJ5C0
 文香はそこまで言うと、物語の終わりを確かめるように、深く呼吸した。
「と、いうのが…… 粗筋です……」

 カラカラカラ、とエアコンの駆動音が耳に入った。力を抜くと、背中が黒革のソファに沈んでいった。……

 千夜はローテーブル向かいに感謝を述べてから、
「昔話というにも奇妙ですね」と発した。「あまり教訓的でない、というか。アリババなど、賊のモノに手を出して、≪真面目に働いている≫とされた前評を裏切っておきながら、それで生まれたトラブルは僕頼り、最後にはそのまま幸福になってしまうとは」

 文香は聞いて、ふふ、と笑った。
「はい…… 仰る通り、アリババの境遇には、あまり因果応報といった所感の、得られるようではなく、なかなか都合の良いお話に、思われますね。《全ては神の思し召し》、というところなのでしょう。もし教訓でいうなら、盗賊側が焦点なのかも、しれません。悪事に手を出すことによった成果は、アリババに横取りされ…… そのことへの報復によって、自らを滅ぼしてしまう。せめて報復を取り止め、宝庫の哨戒にでもあたっていれば、少なくともアリババは、それ以上の深入りはしなかったでしょうから…… 《あわてる者は欠損を招く》というあたりが、まあ、総括になるのでしょうか」

「そうなのですね」
 釈然とはしないまま返す。それが盗賊の運命から学びを得る為の舞台装置に過ぎないというのなら尚更、千夜から見れば何の努力をするだとか、称賛に値する美徳や才覚をすら備えないアリおじさん≠フシンデレラストーリー≠ヘ、殆ど許し難くさえあった。

 もしシンデレラ≠ニ呼ぶのなら、
「実際、モルジアナの方が余程、主人公然としているようですね」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 22:59:41.37 ID:6NLLeJ5C0
 文香はまた笑んで、
「はい。奴隷だったモルジアナは、その叡智と巧みな舞踊、あるいは武術をもって、八面六臂の活躍を見せ、最後には資産家となった、アリババの息子と結ばれますから、その将来も明るかったことでしょう。彼女自身は、何らの魔法や、奇跡に頼るのでもありませんが、アリババに魔法のような偶然が訪れた、という好機を、己が常からの資質をもって、幸福に結び付けた、というところを一考するに、アラブのシンデレラ≠フ一人と、言えるかもしれません」

「一介の僕でありながら、随分とまあ、主人よりも上等といえるくらいに洗練されていたものです。ある意味ではその点、開けゴマ≠謔閧焜tァンタジーだ」
 ――そして、見上げたものだ。

「謎、ですね」と文香。
「はい」
「モルジアナには、謎がある」
「ええ」
「大きな謎です」
「そうですが」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:00:19.55 ID:6NLLeJ5C0
「物の本によれば」と、文香は目を閉じた。今度こそ千夜は居なくなってしまったようだ。「アラビア語の、日本では《奴隷》や、《召使》と訳されている言葉は——これはジャーリヤ=Aマムルーク≠ネどというのですが——単なる無給の労働力扱いや、人としての権利を軽視されるばかりのところを、意味するのでは、なかったのです。高度な教育を受けたり、家族の一員として暮らしたり、君主にまで出世する場合もあったのだとか…… むろん、主人によっては虐げられましたし、市場で売買され、財産、所有物として考えられるなど、現代先進国の感覚からすれば、決して妥当な人権意識だとは言えませんが……

 さて、女性の奴隷、ジャーリヤは、音楽や踊りの技術を備え、学芸にも通じました。千夜一夜物語で登場する、タワッドゥドという才媛は、法律、詩歌、論理、医学などの、並いる専門家に打ち勝つ程の教養を、有しています。この物語当時の感覚からいって、奴隷という言葉でこそあれ…… そう称される人々が、その主人よりも高度な教育を受けたり、豊富な知識、素養を備えていたりすることは、おかしいことでは、ありませんでした。
 モルジアナもまた…… 格別に勇気と機知を持つ、分けても優秀な女傑ではありましたが…… そういう奴隷たちの、一人だったのです」
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
「言われた事はやるというだけのことです」
「じゃ次はスカイダイビングでも——おいおい、よせよそんな顔」
「お前こそ、もう少しプロデューサーらしくなってみては」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:00:52.98 ID:6NLLeJ5C0
 彼はデスクに手を付いて、
「だよな、じゃプロデューサーらしい事言うけど、千夜に演ってもらうのは――その顔やめないんだな? そっか。うんいいね、それも可愛いし。あ、やめちゃうの――千夜に演ってもらうのは、モルジアナっていう女の子だ」

「モルジアナ、…… と言われましても。主役というなら、アリババでは?」
「ああ、いいよ。僕も詳しくない」
「いい…… とは」
「で、文香に聞いてみたんだ」
「文香」
「鷺沢文香だよ。本好きの子」
「はあ」
「ほんの雑談でね。それが楽しかったみたいだ」

 千夜は鼻息をもらして、再び《そんな顔》を用いて彼を睨んだ。
「その鷺沢さんの嗜好がどうだろうと、私には関係がないでしょう」
「ああ、関係ないって思うよな。それでさ、千夜もほら、役どころ、読み合わせまでにはちょっと掴めた方がいいだろ。で今、文香が丁度それについて調べてる」
「はあ」
「聞きに行ってあげてくれよ。喜ぶよ」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:01:24.37 ID:6NLLeJ5C0
 しまりのない笑顔に、気の重い事だとため息が溢れた。床にボールペンが落ちているのが目に入った。
「はあ…… では、気の向いた時に」
「今すぐ頼むよ」
「は?」
「早めに聞いておかないと大変だと思う。文香だっていつまでも暇じゃないし、後になったら猫も杓子も押し寄せるぞ」
「何故」
「四十人の盗賊=v
 ご丁寧にエアクオーツを添えて。洋画の見過ぎでは、と千夜は目を閉じて、出来るだけ疎ましい思いが伝わるように頷き返した。

「分かりました。では、鷺沢さんに話を聞いてきます」
「聞いてくる? いいね、行ってらっしゃい。僕はこれから鉄分を摂るよ。千夜も?」と彼は乳酸菌飲料――『ラブレ』――の小さなペットボトルを取り出して見せ(千夜はかぶりを振った)、「要らないの? 美味いのに。じゃあいただきます。ま、文香は静かな方だけど、喋るのも好きな方だからね。じっくり話を聞けば仲良くしてくれるよ」と笑った。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:01:57.30 ID:6NLLeJ5C0
「……お気に入りのようですね、随分」
 問うと、彼は記憶を当たるかのように呆然と眉を上げ、のち、喉を鳴らし、ストローから口を離した。
「文香? そりゃあ凄く気に入ってるよ。でも、千夜も同じくらい気に入ってるよ」
「ばか。『ラブレ』の話です。ふん、まあ、お前にも倫理はあるのでしょう」

 それだけ言って背を向ける。鷺沢氏を探す時間は、明日のお弁当の献立を立てるのに利用するか、と考えた。まず、アスパラガスとブロッコリーを使わないといけないが、彩りを補うのに何を使おう。人参とトマトではちとせの不興を買う心配もあることだし、片方はウインナーかリンゴか。いっそオレンジを切って、ソーセージと取り合わせるか。《千夜も同じくらい》と言われた時、ちょっと胸に棘が刺さったようだったのは、まあ、低いつもりで高いのが気位、というやつだろう。

「千夜」
 不意に、背中を呼び止められた。
 どうしてだかピリピリと、髪を引かれるような痛みを覚えた。ドアから廊下へ身を乗り出しているらしい彼に、振り向かないまま「何です」と返す。
 
「僕のネクタイさ、新しいんだけど、どう?」
「お前の事だと? 知るか」
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:02:30.62 ID:6NLLeJ5C0
 モルジアナが、ひいてはアラビアンナイトの頃の奴隷たちがどれだけ優れていたのか一席ぶつのを終えると、文香はそこで初めて存在に気付いたように、丸い目をして千夜を見た。
「そういうわけですから、モルジアナが八面六臂の活躍を見せるのは、道理にかなうことなのですよ」

 思わず苦笑する。
「成る程。破茶滅茶な物語というだけではないのですね」
「破茶滅茶…… やはり、そうですよね」
 文香は頬に人差し指を当て、考え込むように言う。
「分かります。千夜一夜物語の一群自体、ナンセンスというか…… 他からすれば、あまり納得のいかないような筋立てになるものが、多く見られます。有名な『アラジン』も一例ですが、主人公は単なる怠け者で、果報を受けるような徳を積んでいるふうでもないのが、偶然から最後には幸福になる、といったパターンも複数あります。もっとも、『アラジン』は例として相応しくないかもしれませんが……

 そういう、因果応報、あるいは、伏線と回収、といった条理の構造については、千夜一夜物語の初期のものには、特別なテーマが共通しているそうです。……研究者シュライビーの曰く、《ささいなきっかけ、大きすぎる災厄》。『商人とジン』——ある商人が、ナツメヤシの種を投げ捨てたことで、ジンの息子を死なせてしまい、その事で命を狙われる。食事自体はつつましく、またイスラム教徒としても敬虔な彼でしたが…… 悪意や、避けられた過失のないところからでも、トラブルに巻き込まれるのです。昔話、という言葉で我々に連想されるような、西洋的な価値観に馴染む、分かりやすい教訓話にならないのが、千夜一夜物語の、面白いところですね……
 それから、……」

――《それから》、じゃない!
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:03:02.77 ID:6NLLeJ5C0
 いよいよ話は脱線し、千夜の知るべき領域を逸しつつあるようだ。それはちょっとした焦燥をさえ覚えさせた。
「あの」
「ん…… はい」
「たくさん教えて頂いて、ありがとうございました」
「あ…… ええと、はい。その、なんだか、話し過ぎてしまったようで……」
「……いいえ。随分、お調べになったのですね」
「はい、ええと、プロデューサーさんとお話ししていたら、気になってしまって……」
「はあ。では、彼にも聞いて貰えるといいですね」
「ん…… はい」

 文香が目を細めた。その眼が、たった今になって潤ったように見えた。
 丁度この場を離れるタイミングではあったが、ふと、胸に何かが芽生えた。後ろ暗いといってもいい何か。それはどうやら誘惑、おそらく背徳的な――この綺麗な顔を、試してみたい。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:03:35.58 ID:6NLLeJ5C0
「あいつが、…… プロデューサーが、貴女を大層褒めていましたよ」
「プロデューサーさんが……?」
 文香が身を乗り出した。主導権を得た。
「しかめ面も可愛いな…… だとか」
「しかめ面、……」文香は戸惑いを表し、「そのように、見えていましたか……」と悄然、頬を揉んだ。
 失言だったようだ。内心、肝を冷やす。成る程、彼の前では努めて顔を和らげたのに違いない。
「そういう表現では…… なかったかもしれませんが」

 もし神だとか、吸血鬼の末裔だとかに≪真実を述べよ≫と迫られたなら、只今に一抹の、不満、あるいは焦れのようなものを感じ得ずではなかった事を、千夜は告白しなくてはならない。
 喜べばいいのに、誇ればいいのに、どうしてそう儚げなんだ。美しいものは美しいものらしくしているべきだ。

 そういうもの、なのだろうにせよ。
 
  
――Chapter1 “Mr.Blue Sky”
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:04:10.75 ID:6NLLeJ5C0
 その『御伽公演』における最初の仕事は、出演者、演出家、舞台監督、諸々、関係者一同による顔寄せだった。会議室を狭しと埋め尽くす面々は、アイドルだけで十数人、濃い赤、ピンクがかった紫、ピンクに水色のインナーと、髪を見るさえ千差万別だった。折り畳みテーブルも部屋の壁紙も白いのが、それを余計に印象付けた。

 席へ向かう途中カツン、と何か硬い物が靴先に触れ、転がるそれを視界に捉えると、ボールペンだった。その形に覚えがあるようだと感じ、周囲に目を配ると、魔法使いが例の新しいネクタイをひらめかせ、ペコペコ頭を下げて誰がしかと名刺を交換しているのが分かった。あくせく働いているようだ。千夜は素直に感心した。胸の内でなら、ちょっと拍手をしたり労ってやるのは構わなかった。実際には、言葉よりも千夜自身の働きぶりで報いることになるだろう。手を抜かない、というだけのことで、特別なことをするつもりはないが。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:04:55.93 ID:6NLLeJ5C0
 声が掛かって、銘々席に着いた。拾ったペンは目につくよう机に放って置いた。

「アリババ役の安斎都です! よろしくお願いします!」
「モルジアナ役の白雪千夜です。よろしくお願いします」
「おかしら役の一ノ瀬志希でーす。にゃはは、よろしく〜」
「カシム役の夢見りあむですよろしくお願いします(早口)」

 と簡単に、数が数なので時間は掛かったが、自己紹介を済ませ、日程について等の説明を受けてから、台本の読み合わせに移る。ここで初めて渡されたそれを、千夜はパラパラとめくってみた。全く文香に聞いた通り、とはいかないようだ。

「今回の舞台は、古典の物語をアイドルの皆さんに演じてもらうということで、残虐な表現をマイルドに書き直しています」好好爺といった風の演出家先生が言った。「例えばアリババの兄カシム、夢見さんの役ですね、彼は原作では盗賊に見つかり八つ裂きにされてしまいますが(「え、ぼくそんな役なの!?」とりあむ)、今回は大怪我とトラウマを負って二度と商売が出来ない体になってしまう、という程度に済ませておきます。平和ですね」
「いや平和⁉︎ のんきか‼︎ みやすのんきか⁉︎」
「ふふ。全身の骨を折って包帯巻きになるぐらいなので、歌には参加してもらえますよ」
「ん、パスみあんな?」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:05:51.68 ID:6NLLeJ5C0
「一応当て書のようにはなっていますから、皆さんの個性でもって演じられそうならやってみてもいいし、ただ読んでもらうだけでも勿論構いません」
「あてがき?」声が上がった。「お手紙なんですか?」
「それは『宛名書き』ですよ、都ちゃん」答があった。「ふふ……、当て書というのは、演じる人をまず決めてから、役柄の方を俳優に寄せて脚本を書くことです」
「ほう! 面白いです!」
「おっ、やっぱり詳しいねぇ。古澤さんを呼んで良かったよ。じゃあ、ライラさんの語りからやってみましょうか」
 受けて、金髪の少女が息を吸う。

 大方は滞りなく進んでいった——
「えーっと、ブンんぼ……?」
「けち≠ナすよ、都ちゃん」
「おおっ、ありがとうございます、頼子さん!」
 というようなやり取りを滞りある≠ノ含めないのならば。

 その程度は当たり前に許したかもしれない言葉の神も、しかし次の一件が滞り≠ナある事を認めないわけにはいかないだろう。
 会議室を飛び交っていた台詞の連鎖が、ぱたと止まって五秒弱、演出家が口を開いた。
「……あれ、次はおかしらだよね。一ノ瀬さん?」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:06:19.03 ID:6NLLeJ5C0
 皆一様に目をきょろきょろさせだした。千夜も倣う。居ない。
 先程居たはずの位置は空席だ。雲散霧消、一ノ瀬志希の紫の髪も、青味掛かった瞳も、猫のような微笑を湛えた唇もそこにはなく、その行方を知る者もないようだ。

「しまった、志希のやつ! 今すぐ探して来ます!」と、立ち上がりもせずに魔法使い。
(「ボクが行こう」と声が上がった。)
「それには及びませんよ。毎度の事ですからね、こっちも織り込み済みです」と演出家。
「いやあ、ほんと毎度ですよね、僕の力不足で申し訳ありません」
「いやいや、君と一ノ瀬さんなら毎度、順調に仕上げてくれますから」

 茶番だと感じた。用意された会話だ、と。千夜からすればまったく重大ごとに思えるのだが、天才一ノ瀬志希の実績とやらが、只今の謝罪や赦免をまるでうわ言にしてしまったのだろう。これでいいらしいので、千夜も考えるのはやめておいた。
 それよりは、これから読んでいく台詞に神経を使わなければならなかった。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:06:50.37 ID:6NLLeJ5C0
「お任せ下さい、アリババ様。必ずお守りしますよ」
 これは上手くいった。カシムが盗賊に見つかった事をアリババに聞き、盗賊の追跡から身を守らなければならない事を知らされる場面。この時点ではモルジアナはカシムの奴隷なので、アリババと主従関係にはないが、この危機が彼女の仕える家自体に迫るものであるのを思えば、胸を叩いて請け合ってやるくらいのものだろう。

「盗賊が付けた目印かもしれない。よし、誤魔化しておこう」
 これも及第だ。家の門に書き込まれた記号を発見し、盗賊による襲撃の目印である可能性を看破するシーン。千夜ならせいぜい印を消すことを考えると思うが、『アリババ』の時代ではけっこう難しいのかもしれない。それを近所中に同じ印を付け、情報の差異を奪ってやろうというのは成る程、木を隠すなら森の中というのか、流石モルジアナ、叡智の人だ。

 彼女の立場を、場面を想像しながら、あるいは召使仲間とでもいうべき勝手なシンパシーから単に感心しつつ、千夜は台本の読み合わせをこなしていった。
 これが最初の仕事だからなのか、このまま進むのならやっていられそうだ、という前向きな気持ちが芽生え、調子が上がりつつあると言ってもよかった。

 だが、そう上手くもいかないようだ。
 台本の後ろ、殆ど最後の場面、モルジアナには最後の台詞で、千夜の目は止まった。頭の奥に引っ掛かりが生まれ、不安に近いものが胸をよぎった。
 そして、ついに千夜の番が来ても、――
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:07:33.25 ID:6NLLeJ5C0
≪私は幸せでございます≫。

 その言葉は、喉も震わせられなかった。
 言えばいいだけ、ただの演技だ、演技でもない打ち合わせだ、割り切ってしまえばいい――のだが、しかし。
 ――しかし、どの口でこんな事を?
 ≪幸せ≫だと? 誰が? ……

「白雪さん、どうしたの?」

 演出家先生が言った。思えば、暫く沈黙が流れていたようだ。
「具合が悪いなら、ちょっと休もうか?」
「いえ、その…… 大丈夫です」
「そう? それじゃあ、この台詞は読みづらかったかな?」
「いいえ」千夜はかぶりを振った。「読めない、というか…… その」
「その?」
「モルジアナが、こんなこと言うのかな…… と」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:08:01.38 ID:6NLLeJ5C0
「ううん、確かにそうかもね。ただ、今回はあんまり舞台慣れしてないお客さんを見込んでるから、分かりやすくやろうって腹なんだ」と演出家。
「いえ、そうではなく…… あの、すみませんでした。聞かなかったことにして下さい」
「いやいや、聞かせてよ。君と僕と、皆で作る舞台なんだよ?」
「ほんのつまらないことで」

「千夜」魔法使いが呼び掛けた。言いな、と目配せして。

 気の進まないながら、千夜は再び始めた。
「はい…… その、モルジアナは元々カシムの奴隷、だったのですよね。でも、そのカシムが酷く傷つけられて…… 私がモルジアナなら、つまり、誰かに仕える立場なのだとして……」
「黒埼さんのことなら聞いているよ」
「はい。では、私の考えを言わせて頂くなら…… モルジアナは後悔の中にあるのではないかと。例え復讐を遂げたとして、主人を守ることは出来なかったのですから。モルジアナは…… 私がそうなら、自分を責めているような気がします」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:09:30.24 ID:6NLLeJ5C0
 その場を沈黙が支配した。

 雑音がないのが、かえって耳に痛かった――私は嫌だったのに、お前が言えと! 難詰すべく魔法使いを睨んだ。どんな顔を返されたか頭に入らなかった。空気が張り詰め、紙の擦れる音や、椅子に姿勢を正す様子、誰かの息遣いまでもが聞き取れた。千夜は自分を、打ち上げられた魚のように思い始めた。己の考えを表に出すというのは、なんて気まずいものなのだろう。そんなものは濁った海に泳がせてさえおけば良かった、万事良かっただろうに!

 そこへ、ガタッ、と椅子の鳴る音がした。見れば夢見りあむ――アリババの兄にしてモルジアナの主人、カシム役――が呆けた顔をしていた。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:10:09.95 ID:6NLLeJ5C0
「千夜ちゃん……? そんなにぼくのことすこって」
「いいえ」
「ア即オチッ⁉︎ やむ‼︎」
「そりゃあまた――」と、魔法使いが口を切った。「――リトルなリドルがあるもんだ。《幸せって何?》《不幸せって何?》」
(「あ、それ知ってるー☆」
「ふふ…… 私たちの曲、だね……」)

「お前、ふざけているのですか?」
 たまらず非難した。大勢の前にしては語気が荒かったようで、千夜を見るいくつかの顔に緊張が走るのが分かったが、自分の怒りにも正当性があるだろうから、内省は頭から追い出した。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:10:40.37 ID:6NLLeJ5C0
「困ったなぁ。実はこれ、完全に脚色なんだよね。元の話には全然ない台詞なんだ」
 演出家は言う。魔法使いが答えた。

「脚色ですか? それでは先生のお考えで……」
「いやいや、皆さんの個性に頼ると言った手前だからね。ただ……」
「ただ?」

 ふと、新たな疑問が頭をもたげた。何故だろう。

「いや、だからこそ。消すだけってわけにはね」
「とおっしゃいますと…… 書き直すと?」

 どうして、

「そうよ、白雪さんの個性に頼ってね」
「ほうほう」

 どうしてこんな会話まで用意≠オてあったんだ?
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:11:26.03 ID:6NLLeJ5C0
「というわけだから…… 白雪さん、考えておいてくれる?」
「考える、というと……」
「勿論、最後の台詞だよ」

 与えられた試練、というわけだ。千夜は初めて、自分の役柄に重みを感じた。ただこなす、というわけにいかなくなった。

「よし、任せた。千夜!」
 彼はこちらの心など知らず、口の端を持ち上げ、親指など立てて見せる。
「解き明かせ、キミの手で」
 
 
――Chapter2 “Can’t Find the Words(feat. Caitlin Ary)”
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:13:25.96 ID:6NLLeJ5C0
 クッキーを焼いた。シートを敷いた天板に、並べたのは花や木やハート。皿に移していた時、どうかした弾みに一つ、取り落とした。ペシャ、と小気味良くもない音を立て、それはへし折れた。元は星型だったそれの、テーブルの上、一つ角が分かたれた無残な姿に、首を撥ねられた死体の印象を重ね、体が首を離すまいと抗い続けたような屑の軌跡を眺め、不気味に感じるのと、虚しい気持ちとに襲われた。

 昔の話だ。思い出しても色の付いていないような、いかにもノイズの走りそうな、瞳が紅く輝いていたのは信じられるけれど、それも感覚ではなく理屈でそれと分かるような、白と黒しかない世界の、その中で。

 ちとせは優しく微笑んだ。優しく、優しく囁いた。

「増えたね」
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:14:08.68 ID:6NLLeJ5C0
 そんな記憶を、バラバラになった陶器の破片を眺めながら喚び起こしていた。たまには事務所でトルコ風コーヒーを、気分も良いし、折角だから彼にもと、その机からマグカップを奪って来たのが失敗の始まりだった。一条を通じて述べるには千夜の記憶が飛んでしまったが、とにかく給湯室の床、かつては《ME BOSS,YOU NOT》と声高だったそれは、今や手榴弾にでもやられたように無残な最期を晒して散らばっている。

 断末魔の叫びを聞きつけたか、タッタと足音を鳴らし、彼が顔を覗かせた。

「割れたか?」
「増やしたのです」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:14:51.14 ID:6NLLeJ5C0
 彼は悪戯っ子のように笑い、
「だな。怪我ないか?」
「いえ…… すみません。弁償します」
「弁償? そんなのいいんだよ。千夜が怪我してなくてよかった」
「……、それはまた後で、として。すぐ片付けますので」
「それもいいよ、と言いたいとこだけど、片付けは千夜が上手だよな。よし、任せた。僕は道具を」と、彼は立ち去った。

 能天気、良くすれば鷹揚とでも言うべき足音が去るのを聞きながら、実地を検証した。陶器だから、細かい破片はガラス程には多くない。飛散もそう広範には及ばないだろう。ゴミ箱を退けたり、シンクの扉を開け閉めして、影に尖ったものが入り込んでいないかと探す。
 ――私も、≪上手≫じゃないけれど。
 そこへ気怠げな声が掛かった。

「あー、やっちゃったねぇ」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:15:28.44 ID:6NLLeJ5C0
 振り返ると、双葉杏が口に右手を当てている。千夜より頭ひとつ分低い妖精じみた身体に、着ているというより引っ掛けたような白いシャツは大胆に《ホリデイ》とあった。短いパンツから華奢な生脚がすらっと伸びており、千夜は裸足を連想してどきりとしたが、スリッパを履いていたので深い心配は要らないのだと分かった。一応手の平を向けて《危ないですよ》の意を通わせておく。

 杏は床に、しげしげと視線を注いだまま言う。
「プロデューサーの? 見事にバラバラだねー。怒られたでしょ?」

 質され、大きめの破片を蹴って集めようかと算段つけていたのをやめた。彼女の問いを千夜は解さなかった。彼はおよそ憤慨とは程遠い態度を取った筈だ。所有物を壊されたのだから、怒るのが本来適当なのだろうとは思うけれど、しかしそれで彼が怒鳴ったりするような絵面には想像も及ばなかった。マグカップ如きで、ではなく、人間性から考えて、《怒られた》かということを、杏に問われるのはどうも意外の感を拭えない。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:15:55.55 ID:6NLLeJ5C0
「いいえ」とかぶりを振って、ちょっと甘えていたかもしれない、と省みた。実際、罰されて当然の事はした。それで怒られると思わなかったとは、虫がいいのではなかろうか。

「そうなの? ふーん」
 杏は尚も、概観以上の何かを見出そうとしているようだった。
「意外だなー。杏が落として割りかけたときは、こっぴどく言われたもんだけどね」顔も向けず話す。
「そうなのですか?」――それこそ意外だ。
 杏は目を上げて、
「《それこそ意外だ》って言い方するね。あれ、千夜知らないの?」
 気を持たせる言い方に反感を覚えたが大人しく、
「何をです?」
「これ、凄くお気に入りだったんだよ。憧れの先輩からの贈り物なんだってさ」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:16:28.69 ID:6NLLeJ5C0
「贈り物……」
「そーそー」杏は声を低くして語った。「その先輩、プロデューサーに一から十まで叩き込んだ人なんだけどね、お母さんが病気になって、田舎に帰らなきゃいけなくなったんだって。プロデューサーも何とか引き留めようとしたんだけど、やっぱり駄目でね。それで最後の日、夏の日ね、ヒグラシとか鳴いてたの。見送りに行った電車の改札でさ、絶対トップアイドル育てて、世界のはじっこまで輝き届けてくれって、このカップ託されたんだ」

 何かを確かめるように、千夜を覗き込む。
「それ以来、このカップは約束の…… ううん、これはプロデューサーの一等星――夢の象徴だったんだよ」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/12/01(火) 23:16:57.24 ID:6NLLeJ5C0
 話を聞いて、ふたたび破片を見返した。細かいものは少ないし、何処かが消えてなくなったということもないと思う。
「そっかそっか。こんなに大事な物壊されても、千夜の方を心配してたんだね」としみじみ杏。「ふーん。なんか、分かっちゃったなぁ。千夜がどんなに思われてるか」

 千夜は落としていた視線を持ち上げた。
「それは、どういう――」
「お待たせ」

 会話に割って入り、彼が箒とちり取りを持って寄越した。受け取る千夜へ、杏はウインクをして見せ、あちらへ振り返った。
「じゃ、ここにいても邪魔だろうし、私らはあっち行ってようよ」
「杏はレッスンなかったか? 千夜、手伝う事ないか?」
「いえ、杏さんの言う通りです。散った破片を掃くのに、いちいちお前をどかす方が大変です」
「そーそー。てかプロデューサーこそ、外回りの時間じゃないの」
「外回りは明日になったの。そっか、千夜は大丈夫か。じゃ頼むよ、ありがとうな。手を切らないようにな」
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