【CLANNAD】椋「もうすぐチャイム鳴りますよ。教室に戻らないと」

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83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 01:40:10.69 ID:OTFARMc7o
おつやで
84 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:03:18.68 ID:A1s5ERM90
投下します
85 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:03:57.46 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

ぼんやりとした思考の中、春原の部屋へ戻ってくる。

春原「おや、おかえり。客って、結局誰だったんだ?」

朋也「ん……ああ、杏だった」

春原「藤林は藤林でも、姉のほうだったのか。で、なんの用だったの?」

朋也「………」

なんの用だった……か。なんて答えるべきなんだ、ここは。

告白された、なんて馬鹿正直に言うのは気恥ずかしい。

朋也「ちょっと……な」

結局、答えることができずそう濁す。

春原「? まあ、なんでもいいけどさ」

春原も、深くは追及してこなかった。

そうしてそのまま、その日はその話題が出ることはなかった。
86 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:04:38.65 ID:A1s5ERM90


翌日。

朋也「………」

いつもより早い時間。

朋也(なんでこんな早くに目ぇ覚めちまうんだよ、俺……)

今から出れば、遅刻前に学校に着いてしまう時間だった。

朋也「はぁ……行くかぁ」

仕方なく準備をして、家を後にする。
87 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:06:11.84 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

教室のドアを開け、中へと入っていく。

椋「岡崎くん!」

俺の姿に気づいた藤林が、俺のほうへ駆け寄ってきた。

椋「おはようございます、岡崎くん」

朋也「……ああ、おはよう」

昨日の杏の話を思い出す。


杏『……どうして椋がそんなことをしたのか、って、考えてみた?』

杏『あんたにだって、なんとなく想像はつくでしょ?』

杏『あの引っ込み思案な椋が、どれだけ勇気を振り絞ってあんたを追ったのかわかる?』

杏『だから、その……椋の気持ちは、大体察しはつくでしょ?』


朋也(杏の話では、こいつも……)
88 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:07:40.22 ID:A1s5ERM90
椋「今朝は遅刻しなかったんですね、岡崎くん」

朋也「まあ……昨日の今日だしな」

椋「ありがとうございます。わたしの言ったことを真面目に考えてくれて、うれしいです」

照れたような笑顔で、そう言ってくる藤林。

朋也(……別に、藤林の言ったことを気にして遅刻せずに来た、ってわけではないんだけどな……)

それは口には出さず、照れ笑いする藤林の顔を見続ける。

朋也(こんな俺なんかの、どこがいいんだかな……)

椋「? どうかしましたか、岡崎くん?」

朋也「え?」

椋「まじまじとわたしの顔を見ているから……なにか付いていますか?」

朋也「……目と鼻と口がついてる」

椋「岡崎くん、わたしは真面目に聞いてるんですよ?」

朋也「俺だって真面目に答えてるよ」
89 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:08:30.53 ID:A1s5ERM90
椋「その、そんなに見つめられると、少し照れます」

朋也「……悪かったな」

椋「いっ、いえ、岡崎くんが謝るようなことでは……」

何とも言えない会話をしていると、予鈴が鳴り響いてくる。

椋「それじゃ、わたしが言ったもうひとつの約束も、お願いしますね、岡崎くん」

朋也「………善処するよ」

椋「今日は土曜ですから、岡崎くんならきっと大丈夫です」

根拠のない話だった。

朋也「ああ、そうだな……」

少しくらい、こいつとの約束を守ってやってもいいか、なんて思ってしまう。
90 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:09:46.49 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

2限目が終わった休み時間に、春原が登校してくる。

春原「なんだ、今日は早いじゃん、岡崎」

朋也「ん……まあな」

春原「どうしたの?窓の外なんか見てたそがれちゃって」

朋也「いや……別に」

春原「どうしたんだ、岡崎。なんか元気ないな?」

朋也「………」

クイ、と無言のまま親指である席を指す。

春原「……あー」

指した先では、藤林が次の授業の準備をしている。

春原「目ぇつけられてるのは継続中なのね」

朋也「そういうことだ。だから、授業をバックれることもできねえ」

おかげで、眠くて仕方ない。
91 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:10:30.49 ID:A1s5ERM90
春原「どうせ委員長に岡崎を止めることなんてできないだろうし、無視してバックれればいいじゃんよ」

朋也「そういうわけにもいかねえだろ……」

春原「は?なんでだよ?」

朋也「……また、俺のあとをついてくるかもしれねえし」

春原「あー……なるほどね」

朋也「はぁ……」

ため息ひとつつき、窓の外を意味もなく眺め続ける。




その日、俺が授業をバックれることはとうとうなかった。
92 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:12:10.25 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

午前だけの授業が終わり、放課後になる。

隣の席に視線を移す。

朋也(あの野郎……俺が抜け出せないと知ったうえで、堂々と授業サボりやがって……)

そんな理不尽な怒りを覚える。

結局こいつが受けた今日の授業は、3限目だけだった。

朋也(少しは真面目に授業受けろってんだ)

心の中でそう悪態をつき、今までの俺もそうだったことに気が付く。

俺がこんなことを考える日が来るなんてな、と自嘲し、カバンを持って教室を出た。
93 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:13:54.26 ID:A1s5ERM90
杏「あっ」

朋也「?」

廊下へ出たところで、息を詰まらせる声が聞こえてきた。

その声の主は、俺の顔を見て少しだけ動きを止め、

杏「や、朋也。椋から聞いたわよ、今日は遅刻しないでちゃんと登校したんだって?」

すぐにいつも通りの調子で話しかけてくる。

朋也「あ、ああ……まあな」

杏「椋との約束を律儀に守るなんて、あんたも真面目よねぇ」

朋也「別に、そういうわけじゃ……」

待て。なんで杏が、俺と藤林の約束を知ってるんだ?

杏「もう二人の心は通じ合っちゃってるとか?いや〜、なんかそう考えたら妬けちゃうわよね〜」

朋也「………」

杏「ところで、椋は?」

朋也「……まだ、教室のなかにいるよ」

杏「そ。あんたも帰るんでしょ、朋也?今までの遅刻ばっかりの生活リズムを直そうってんだから、頑張んなさいよ」
94 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:14:57.50 ID:A1s5ERM90
朋也「……杏」

教室の中へ入って行こうとする杏を、呼び止める。

杏「っ、なに?朋也」

いつも通りの調子で話すが、一瞬の動揺までは隠せていなかった。

朋也「……ちょっと、話があるんだ。藤林と帰るつもりだったんだろうけど、少しだけ時間いいか?」

杏「は、話?って、なによ改まって。話したいことがあるんなら、ここで話せばいいじゃない」

朋也「ここではちょっと、な。人の目もあるし」

杏「ひ、人に聞かれたら困る話?」

朋也「ああ、そうだ。……心当たりは、あるよな」

杏「………」

極力普段通りの調子を保っていたであろう杏が、ついに口を閉じる。

朋也「……。中庭で、待ってる」

俯き、返事をしない杏を置いて、その場を離れる。
95 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:15:58.36 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

中庭のベンチに腰掛け、来訪者を待つ。

朋也「………」

杏は、来てくれるだろうか。

昨日の今日だ、来ない可能性の方が高かった。

かといって、言い出しっぺの俺がすぐにこの場を離れるわけにもいかない。

朋也「……なに、やってんだろうな、俺」

ベンチの背もたれに腕を乗せて空を仰ぎ、そう呟いた。
96 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:16:43.84 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

朋也「……………」

時間にして、小一時間が経っただろうか。

朋也「………なにやってんだ、俺………」

もう一度、同じ言葉を呟いた。

朋也「あの女……ブッチとはいい度胸してやがる……」

俺のことを好きだ、と告白した少女の顔を思い浮かべる。
97 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:17:38.84 ID:A1s5ERM90
朋也「………はあ、帰るか……」

すっかり重くなった腰を上げ、家路に着こうとする。

椋「お、岡崎くん!」

と、ここで呼び止められる。

声の主は、呼び出した人物ではなく、その妹だった。

朋也「……藤林?」

椋「あ、えと、お姉ちゃんから、岡崎くんがここで待ってるって聞いて、その……」

朋也「………」

何を考えてるんだ、杏は……?

まさか、俺と藤林をくっつけるつもりなのか……?

椋「あの、岡崎くん……?」

朋也「あ、あぁ、なんだ?」

椋「……わかってます。岡崎くんが呼び出したのは、お姉ちゃん、なんですよね」

朋也「……ああ」

椋「お姉ちゃん、用事があるから椋が行ってあげて、って……」

朋也(………逃げられた、か)

まあ、想定の範囲内ではある。

代わりに藤林が来たのは想定外だが。
98 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:18:49.92 ID:A1s5ERM90
椋「なにか、あったんですか?」

朋也「別に、なんもねえよ」

杏が来ないとわかった今、俺がここにいる理由はもうなかった。

心配そうな顔をしている藤林を横目に、家路に着こうとする。

椋「あっ、待ってください、岡崎くん!」

そんな俺の後を、藤林が追いかけてくる。

椋「せっかくですし、一緒に帰りませんか?」

朋也「………別に、構わないけど」

椋「あ、ありがとうございます」

照れたような顔をしながら、俺の隣に並ぶ。

そうして二人、学校を後にした。
99 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:21:34.97 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

椋「あの、岡崎くん」

朋也「あん?なんだ?」

椋「来週の創立者祭なんですけど……岡崎くん、予定はなにかありますか?」

朋也「創立者祭?そうか、もうそんな時期か」

椋「今年はわたしたち、3年生ですから、クラスの出し物もないので自由にまわれますよね」

朋也「あー、まあ、そうだな」

椋「……なんだか岡崎くん、他人事みたいな反応ですね」

朋也「そりゃ、今までまともに創立者祭に出たことなんてねえからな」

創立者祭当日は、出欠は朝のHRだけだったから、それを終えると春原の部屋へ行き無為に時間を潰すのが恒例だった。

椋「そんなの、もったいないですよ」

朋也「って言われてもな……別段、創立者祭に興味があるわけでもないし」
100 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:22:39.81 ID:A1s5ERM90
椋「その……もしよろしければ、今年の創立者祭はわたしと一緒にまわりませんか?」

朋也「………。は?」

椋「で、ですから、その……岡崎くんさえよければ、わ、わたしと一緒に創立者祭、まわりませんか?」

朋也「……………」

なんと答えるべきか……。

断る理由なら、いくらでもある。が、昨日の杏の話を聞いたうえでこの誘いを断るってことは……。

朋也(こいつを振る、ってことと大差ない、よな……)

正直なところ、今の自分の気持ちもはっきりしていない状態で藤林や杏と過ごすのは、避けたかった。
101 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:23:27.30 ID:A1s5ERM90
椋「岡崎くん?」

朋也「ああ……いや、悪い、藤林」

椋「え……?」

朋也「創立者祭は……一緒にまわれねえや」

だから、断ることにした。

椋「……そうですか」

朋也「ごめんな、せっかく誘ってくれたのにさ」

椋「いえ、気にしないでください。ただの、思いつきだったので」

朋也「………」

杏から聞いた話が本当なら、思いつきなんて、そんなことはないはずだった。

椋「わ、わたし、先に行きますね!それじゃあ!」

藤林は居たたまれなくなったのか、駆け足気味に行ってしまう。

去り際の藤林の瞳には、今にも零れそうなほど涙が溜まっていた。

朋也「………はぁ」

別に俺が悪いわけでもないのだが、なんとも後味の悪い結果となってしまった。
102 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:24:13.06 ID:A1s5ERM90
〜〜〜

家へ着くと、急激に眠気が襲ってくる。

朋也「ふわ……」

あくびを噛み殺し、自室へ向かう。

朋也(そういや、今日は朝早くに起きて、授業中もほとんど寝なかったんだっけ……)

今までの生活を考えると、眠いのは当然だった。

朋也(春原のとこ行く前に、少しだけ寝ていくか……)

そう決め込み、布団に入り込んだ。
103 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/17(木) 00:26:36.69 ID:A1s5ERM90
本日の投下、以上
終盤、ひとつだけ安価を取ろうと思います。
一番安価の多かった選択肢で話を進める予定ですので、よろしくお願いします
では
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/17(木) 12:12:04.39 ID:ErljDnjfo
おつ
105 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:25:29.33 ID:NeZuheWK0
投下します
106 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:27:06.78 ID:NeZuheWK0


それからの一週間は、何というか、あっと言う間だった。

藤林との約束を気にしている、というわけではないのだが、朝は遅刻前に登校し、授業をバックれることもなくなっていた。

そんな、今までの日常とは変わった一週間を過ごす中。

藤林と杏の二人とは―――妙な距離が、出来つつあった。

藤林が俺に話しかけてくる数も減り、杏は相変わらず俺に話しかけてくるものの、どこか距離を置いたような接し方で。

俺自身の気持ちにも整理がつかないまま、時間だけが流れた。
107 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:28:26.74 ID:NeZuheWK0
創立者祭前日の夜。俺は、久しぶりに春原の部屋に来ていた。

朋也「おーっす」

春原「岡崎か。なんか、お前がこうして僕の部屋に来るのもずいぶん久しぶりな気がするな」

朋也「だな。朝早起きするもんだから、学校終わって家に帰ると眠くなっちまって、そのまま寝るのが習慣づきつつあるみたいだ」

春原「不良だった岡崎くんが、委員長に目をつけられたことでずいぶん真面目になったもんだねぇ」

朋也「………」

春原「ありゃ、突っ込みなし?」

朋也「いや……事実、そうだしな」

あの日、藤林に占ってもらった結果を思い出していた。

椋『岡崎くんは、今は不良をしていますけど、ちょっとしたきっかけで真面目になれる人間だ、ということです』

朋也(ちょっとしたきっかけで真面目に……なぁ)

思い当たるきっかけと言えば、あの日、杏に告白されたことだった。

杏『ずっと……朋也のことが、好きでした』
108 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:29:39.73 ID:NeZuheWK0
朋也「………。なあ、春原」

春原「ん、なに?」

朋也「もし、もしだぞ?」

春原「だからなんだよ」

朋也「もし、仮に、お前が藤林と杏に告白されたとしたら……どうする?」

春原「………はい?」

朋也「もしもの話だよ」

春原「……脈絡なさすぎてわけわかんないんですけど」

朋也「仮にの話だよ。そんな深く考えるな」

春原「うーん……そうだねぇ」

別に、こいつの答えに期待しているわけではなかった。

ただ、今のあの二人との微妙な距離感に、少し参っている自分がいただけだ。
109 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:31:13.39 ID:NeZuheWK0
春原「杏はともかく、椋ちゃんのことは正直あんまりわかんないしなぁ」

いつかの俺と、似た感想。それも当然と言えば当然だ。

俺らみたいな不良生徒と積極的に関わり合う女の子なんて、稀な存在だった。

春原「そう考えると、付き合うなら杏だよね、やっぱり。普段は辞書とか飛び蹴りとかかましてくるけど、付き合うことになったらしおらしくなりそうだし!」

朋也「………」

予想通りの答えだった。

春原「あ、でも、今の岡崎の立場で考えたら椋ちゃんを選んじゃっても良さそうだよね!」

朋也「っ……」

続く春原の返答に、息を詰まらせた。
110 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:32:09.19 ID:NeZuheWK0
春原「……で、僕の答えで岡崎くんは答え、出せそう?」

朋也「………さて、な」

春原「この一週間、お前、ずっと難しそうな顔してるぞ?そりゃ、相手は双子の姉妹だし、簡単に答えなんて出せないだろうけどさ」

朋也「別に、そういうわけじゃ……」

春原「………答えを出すんなら、明日がタイムリミットだぞ、岡崎」

朋也「え……?どういう意味だ?」

春原「杏には黙ってろって口止めされてたけど……ま、ちょっとフライングだけど話しちゃっていいか」

朋也「杏……?」

春原「今日の放課後、杏に呼び出されてさ。珍しく僕に相談なんて言うんだよ」

朋也「………」
111 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:33:37.47 ID:NeZuheWK0


SIDE−春原

放課後。ここ最近は付き合いが悪くなった岡崎を見送った僕は、一人寂しく帰ろうと玄関へ向かっていた。

そこに、そいつはいた。

杏「ようやく来たわね、待ってたわよ」

春原「杏?なんだよ、岡崎なら先に帰ったぞ?」

杏「馬鹿ね、あんた。そんなの見ればわかるわよ」

春原「え?もしかして、僕を待ってたの?」

杏「だからそうだって言ってるじゃない。そもそも、なんてあたしが朋也を待ってるのが当たり前と思ってるのよ、あんたは」

春原「いや、だって最近杏と岡崎、ギクシャクしてたし」

杏「……っ……そっか、あんたにも気付かれちゃってたのか」

春原「なに?僕に用事?」

杏「ん……そう。ちょっと、相談を……ね」

春原「そ、相談?」

杏「なによそのすごーく嫌そうな顔は」

春原「べ、別にそんな顔してませんよ?あ、あは、あははは!」

杏「ここじゃひと目につくわ。玄関まで来させて悪いけど、ちょっと面貸しなさい」

春原「あ、ああ……?」
112 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:35:38.73 ID:NeZuheWK0
〜〜〜

先を歩く杏について歩き、人気の少ない旧校舎のほうまでやってくる。

春原「……で、相談?って、なんだよ」

杏「………朋也とのこと、なんだけど」

春原「まあ、それはなんとなく予想ついたけどさ」

杏「あたしと朋也って、前はどんな話をしてたんだっけ……と思って」

春原「は?」

わけのわからない質問をされ、間の抜けた声が出てしまう。

杏「なんか、最近、朋也とどう接したらいいのかわからなくなっちゃって……さ」
113 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:37:20.77 ID:NeZuheWK0
春原「どうもなにも、別に普通でいいじゃん」

杏「そ、それがわからなくなったって言ってるんでしょ!?」

春原「いや、だからなんでわからなくなったのかが僕にはわからないんだけど」

杏「……〜〜〜……」

そこで、杏が押し黙る。どうも、何か言いにくいことのようだった。

春原「……まさか」

ふと、思い当たる。

春原「杏、岡崎に告白なんかしちゃったりとか?」

杏「っ、ば、バカっ!声がでかいわよっ!!」」

春原「心配しなくても、誰も聞いてないって」

杏「で、でも、だって、その、ほら……う〜〜……」

顔を真っ赤にし、視線をあちこちに落ち着きなく移している杏。

……からかいたくなる気持ちが湧いてくるが、ここでからかうと命に関わる気がするからやめておくことにする。
114 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:39:02.20 ID:NeZuheWK0
春原「とりあえず、告白、したんだ?」

杏「〜〜〜〜……え、えぇ、そうよ!なに、なんか文句でもあんの!?」

春原「で、岡崎の答えは?」

杏「き、聞いてないわよ!そもそも、返事はしなくていいって言っちゃったし!」

春原「はぁ?」

杏の行動がまるで理解できない。岡崎に告白したけど、返事はしなくていいと言って、更には岡崎との接し方がわからなくなった?

春原「……あのさ、杏」

杏「な、なによ?」

春原「杏は、その気持ちを岡崎に伝えて、どうしてほしかったわけ?」

杏「べ、別に、どうもしてほしくなんて……」

春原「嘘でしょ、それ」

杏「〜〜〜……」
115 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:41:01.79 ID:NeZuheWK0
春原「お前や岡崎とは前からつるんでたからさ、杏の気持ちもなんとなくだけど僕は気付いてたよ。ま、本人の問題だし、口出しするつもりはなかったから黙ってたけどさ」

杏「……い、言っておくけど、あたしだって自分の気持ちを自覚したのは最近なのよ!それなのに、なんとなく気付いてたって……」

春原「自分の気持ちって、自分ではなかなか気付かないこともあるってことでしょ」

杏「っ……」

春原「心配しなくても、ここで聞いたことは言いふらすようなことはしないよ。そんなことしたら、杏に殺されるだろうしね」

杏「あ、当たり前じゃない、そんなの……」

春原「うん。だから、正直に言ってくれていいよ。杏は、どうしたいの?」

杏「………………」

長い沈黙が続き、やがて杏が口を開く。

杏「……どうしたらいいのか、わからないのよ」

その返答は、ちょっと予想外だった。

春原「どうしてだよ。岡崎のことが好きで、その気持ちを伝えたなら、返事だって聞きたくなるだろ、普通」

杏「……怖いの。朋也に、拒絶されるのが……」
116 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:43:21.11 ID:NeZuheWK0
杏「もし、朋也に断られちゃったら……もう、友達としても話ができなくなっちゃったら……朋也の近くに、いられなくなっちゃったら……そう思うと、怖いの……」

春原「………」

杏「だから、返事はいらないって言って……今まで通りのあたしで、朋也と接してきたつもりだったんだけど……なんだか、最近妙な距離が出来ちゃった気がして……」

春原「まあ、ギクシャクしてたのは事実だね」

杏「それは、あたしが一番怖がってたことなの。朋也ともっと話したい。一緒にいたい……なのに、それが出来なくなり始めてて……」

春原「……なるほど、ね」

杏の言いたいことは、なんとなくわかった。

一番恐れていた事態が起こり始めている。それが苦しくて、どうしようもなくて……それで、誰かに相談しなきゃならないほど追い詰められたわけか。

春原「でもさ。それが嫌だったんなら、なんで岡崎に告白したりなんかしたんだよ。友達としてでも一緒にいられればよかったんなら、その気持ち、抑えたままいればよかっただろ」

我ながらなかなかヘタレな発想だと思ったが、今の杏の様子を見ているとそれが一番だったんじゃないかと思える。
117 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:45:22.64 ID:NeZuheWK0
杏「……明日の創立者祭。その日……椋は、朋也に告白するつもりみたいなの」

春原「……………はい?」

唐突に出てくる、椋ちゃんの名前。

杏「椋もね、朋也のことが好きなの。でも、椋もあたしの気持ちを見抜いてて……自分の気持ちから逃げるな、って、怒られちゃって……」

春原「……あー……」

それで、すべてに納得がいった。

つまり、椋ちゃんに背中を押されて、杏は岡崎に告白した。

けど、一緒にいられなくなるのが嫌だから、返事は聞かずに終わった。それで今、実際に一緒にいられなくなりつつある。

そうして、色々な状況に追い詰められていたんだ、杏は。

杏「あたしは……椋に泣いてほしくない。朋也が椋と付き合うなら、それでもいいって思ってた。それで、あたしは、自分自身のケジメとして想いを朋也に伝えただけのつもりだったの」

春原「………」

杏「なのに……どうしてこうなっちゃったのよ……」
118 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:46:57.08 ID:NeZuheWK0
春原「……結局さ。杏自身は、どうしたいわけ?」

杏「あたし自身……?」

春原「そう。今の話からだと、杏自身がどうしたいか、どうなってほしいのかが見えてこない」

このままいけば、椋ちゃんは創立者祭の日に岡崎に告白するんだろう。

それで岡崎がどういう答えを出すのかはわからないが、どちらにしろ杏とは自然と距離ができるのは間違いなかった。

春原「椋ちゃんと岡崎が付き合うようになったら、杏だってそんな二人の傍にはいられなくなるよ」

杏「そんなわけ……」

春原「そんなわけ、あるんだよ。第一、杏はその岡崎への想い、捨てることできる?」

杏「……っ……」

春原「できないから、こうして苦しんでるんでしょ?そして、その気持ちを抱えたまま、恋人同士になった椋ちゃんと岡崎の二人と一緒に過ごしていたら、傷つくのは、自分だけじゃ済まなくなるよ」

杏「………わかってるわよ、そんなことくらい……」
119 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:48:46.78 ID:NeZuheWK0
春原「どうしたらいいかわからない、じゃなくてさ。自分がどうしたいか、それを決めるのがまずやらなきゃいけないことなんじゃないの?」

杏「………あたしが、どうしたいか……か」

春原「僕から言えるのは、それだけ」

杏「……ありがと、陽平」

春原「礼を言われるようなことはなにも言ってないよ。結局どうするのかを決めるのは杏だからね」

杏「………うん」

春原「じゃ、僕は先に帰ってるよ。……岡崎になにか伝言があるなら、伝えてもいいけど?」

杏「ううん、大丈夫。……わかってると思うけど、朋也には、何も言わないでね」

春原「りょーかい。ま、最後に僕の個人的な意見だけは言わせてもらうけどさ」

杏「?」

春原「岡崎には、椋ちゃんよりも杏の方がお似合いだと思うよ」

杏「…………ありがとう」

杏の最後のお礼は聞こえない振りをして、その場を後にする。
120 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:50:21.55 ID:NeZuheWK0


SIDE−朋也

春原は話し終え、小さくため息をつく。

春原「杏はさ。岡崎と一緒にいられなくなるのを何よりも恐れてるんだよ。去年とはクラスも分かれちゃったし、その気持ちは更に強くなってるかもね」

朋也「………杏……」

春原「なんにしても、明日には椋ちゃんからの告白が待ってるってわけだ。どうしたらいいのか、そろそろ覚悟を決めといた方がいいんじゃない?」

朋也「……ああ」

春原「逃げたいってんなら、それでもいいと思うよ?なんせ相手は姉妹、それも双子だ。どっちを選んだにしても、後味の悪さは残るだろうしね」

朋也「……そうだな……。後味の悪さは残るだろうけど……」

でも、逃げるようなことは、したくなかった。

朋也「悪いな、春原。杏に口止めされてたってのに、話してくれてさ」

春原「いや、別に気にしなくていいよ。杏も、岡崎も、僕の友達だからね。できるなら、全員納得できるような結末になってほしいしさ」

朋也「納得できるような結末……か」

果たして、そんなものがあるのかどうか……。

明日は、創立者祭だ―――
121 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/23(水) 19:51:55.19 ID:NeZuheWK0
本日の投下、以上
次の投下終了後に安価取る予定です
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/23(水) 20:35:16.45 ID:MiDPl2aao
おつ
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/27(日) 22:45:05.02 ID:FDfzuo8mo
おつ
124 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:27:29.39 ID:Nu6S4o660
投下します
125 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:31:12.82 ID:Nu6S4o660


創立者祭当日。

朝のHRで出欠を取ると、後は自由時間となる。

朋也「………」

春原「さて、と。じゃ、どうするんだ、岡崎?」

朋也「……そうだな……」

ふと、とある席に視線を移す。

クラス委員長でもある藤林と、目が合った。

椋「………」

その視線が、今日は帰らないでいてください、と言っている気がした。

朋也「……最後の創立者祭くらい、見て回ってもいいかもな」

意識したわけではないが、そう口をついて出てくる。
126 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:32:46.66 ID:Nu6S4o660
春原「そっか、じゃあ僕は寮に帰ってるよ。逃げたくなったら、いつでも来ていいからな」

朋也「ああ……。ありがとな、春原」

逃げ道もちゃんと用意してくれる春原に、感謝する。

春原「いいってことよ。決着をつけたんなら、あとで話聞かせろよな!」

俺の背中をポンと叩き、春原は教室を出ていく。

朋也「………決着を、な……」

その後ろ姿を見送り、俺も席を立つ。

椋「っ……」

そんな俺の様子を見ていた藤林が、俺から少し遅れて立ち上がると、周囲にいた女生徒と二、三、話をしてから俺のほうへ向かってくる。
127 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:34:10.08 ID:Nu6S4o660
椋「とっ、朋也くんっ!」

朋也「………。あん?」

今、なんて呼ばれた……?

椋「……と、朋也……くん……」

俺の名前を確かめるように、もう一度呟かれる。

朋也「……あ、ああ……なんだ、藤林?」

極力平静を装い、そう返事。

椋「あ、その……わ、わたしのことは、できれば椋……って、呼んでください」

朋也「………」

椋「ほ、ほら、同じ学年に、お姉ちゃんもいますから。苗字だと、ややこしいじゃないですか」

朋也「……まあ、そうだな」

今更ではあるが、道理ではある。

まあ、杏のことは名前で呼んでいるんだから、ややこしいことなんてないとも言えるんだが。
128 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:35:32.99 ID:Nu6S4o660
椋「ですから、わたしのことは、椋、と呼んでください」

朋也「……わかったよ。で、なんだ?……り、椋」

我ながら、なんとも初々しい呼び方だった。

椋「っ、は、はい。ええと……改めて、なんですけど……」

改めてなのは、呼び方もそうだったのだが、それは突っ込まないでおこう。

椋「よろしければ、今日は、わたしと一緒に、ま、まわりませんかっ?」

朋也「………」

藤林……椋からの、二度目の誘いだった。

椋「その、実は今日、わたしも一緒にまわる約束をしてる人はいないんです。と、朋也くんも、春原くんは一緒にいないみたいですし……どうかな、って思って」

朋也「……」

ちらりと、椋の後ろにいる数名の女生徒へ視線を移す。

俺と椋のやり取りを見守っているんだろうそいつらは、俺の視線に気が付くと露骨に視線を逸らした。全員、俺らと同じ三年のようだった。

恐らくは、椋の友達。椋がこうして俺に話しかけている姿を見守っているということは……多分、椋の気持ちを知っているに違いなかった。
129 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:37:15.13 ID:Nu6S4o660
朋也「………椋」

椋「はっ、はい!」

朋也「前にも言ったが……悪い、一緒にはまわれない」

だから、そいつらに、フォローを任せることにした。

椋「あ………」

朋也「ほら、お前の後ろ。お前のことを待ってるやつらだろ?俺のことなんていいから、あいつらと一緒にまわれよ」

椋「……っ……」

椋はグッと拳を握り、

椋「わ、わかりました。すみません、朋也くん。二度も、同じお誘いをしてしまって……っ」

無理に笑顔を作ると、俺にそう告げて数名の女生徒の元へ向かっていく。

朋也「………」

数名の女生徒に慰められている椋を横目に、教室を後にする。
130 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:38:27.21 ID:Nu6S4o660
〜〜〜

朋也「……で、だ……」

いざ教室を出たはいいものの、特に当てがあるわけでもなかった。

周囲を見渡すと、行き交う人の群れ。

俺みたいに一人でいるようなやつはおらず、みんながみんな誰かと一緒にいるやつらばかりだった。

なんだか、俺一人だけが異物のように思えた。

朋也(ま、実際異物、なんだろうけどな……)

どう思おうと、今日創立者祭に残ると決めたのは俺自身だ。

楽しめるとは思えないが、とりあえずは三年間一度もまともに参加することのなかった創立者祭をまわろう、と決めた。
131 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:40:26.98 ID:Nu6S4o660
〜〜〜

昼飯時。

ふらふらと当てもなく歩いていた中で買った食い物を手に、人気のない校舎裏へ足を向ける。

朋也(やっぱ、人のいないところのが落ち着くんだな、俺……)

校舎裏のベンチに座り、昼食を食べ始める。

朋也(……俺は、少しは変われたんだろうか)

ふと、前に椋に占ってもらったときのことを思い出していた。

椋『岡崎くんは、今は不良をしていますけど、ちょっとしたきっかけで真面目になれる人間だ、ということです』

今なら、椋が何を言わんとしていたのか、わかる気がする。

椋は多分、自分がそのきっかけになるつもりだったんだろう。

朋也(人は、そう簡単には変われないだろ)

少なくとも、自分から変わろうとしない限り、変われるはずはない。

朋也(じゃあ、俺はどうなんだ……?)

俺は、自分から変わろうとしていたんだろうか。

椋との約束通り、この一週間は遅刻もせずに登校し、授業もちゃんと出席した。

少なくとも、この一週間は、自分から変わろうとしていたのかもしれなかった。

朋也(……はん、ガラじゃないよな、俺みたいな中途半端なやつが、さ)

自分でそう思うんだから、周囲の人が見たって同じ感想に違いなかった。
132 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:41:55.92 ID:Nu6S4o660
杏「……あ……」

手にしていた食べ物をひととおり食べ終えたあとに、来訪者がやってきた。

誰も来ないだろうと踏んでこの場所を選んだのに、当てが外れたようだった。

杏「……朋也」

朋也「……よう、杏」

現れたそいつも、手には創立者祭で買ったと思われるものが入った袋。

朋也「こんなところに来たって、なんもないだろ。中庭に行けば、ちゃんと飯を食うテーブルだってあるだろうに」

杏「……うっさいわね、ちょっと一人になりたかっただけよ。そういうあんたは、なんでこんなところでご飯なんて食べてるのよ」

朋也「俺は不良だからな。こうして一人でいる方が落ち着くんだ」

杏「陽平は?」

朋也「朝のホームルームだけ受けて帰ったよ」

杏「そ、だからあんた一人なのね」

朋也「そういうことだ」
133 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:45:20.26 ID:Nu6S4o660
杏「そう……。それじゃ、どうしよっかな……」

朋也「別に、俺に遠慮することないぞ。ここで食って行けよ」

杏「お断りよ。……別に、あたしとあんた、付き合ってるわけでもないんだし」

朋也「……そっか。そういや、一人になりたかったって言ってたな。じゃ、俺行くよ」

杏「………」

朋也「じゃあな」

押し黙る杏の横を通り過ぎ、立ち去ろうとする。

杏「……待って」

そんな俺を、杏が呼び止めた。

朋也「………」

その呼びかけに応じて、足を止めた。
134 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:48:20.01 ID:Nu6S4o660
杏「ちょうどいいわ。……ここなら、人の目もないし」

朋也「……なんだ?俺になんか話か?」

杏「逆よ、逆」

朋也「逆……?」

杏「前にあんたの呼び出しをブッチしたでしょ、あたし。……あの時は、ゴメン」

朋也「……あぁ」

そういや、そんなこともあったっけか。

杏「今度は、ちゃんと話、聞くから……」

杏はうつむいたまま、袋をギュッと握ると、今まで俺が座っていたベンチに腰掛けた。

まるで、俺のことをいつまでも待つ、と言うように。
135 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:50:07.44 ID:Nu6S4o660
朋也「………」

春原『杏はさ。岡崎と一緒にいられなくなるのを何よりも恐れてるんだよ。今年はクラスも分かれちゃったし、その気持ちは更に強くなってるかもね』

昨日の夜、春原から聞いた言葉。

こんな俺のことを、椋だけじゃない、杏も好いてくれていると知った。

人から好意を寄せられるなんて、初めての経験だった。だから、俺にもどうしたらいいのかなんてわからない。

朋也「……隣、座っていいか?」

杏「……好きにしなさいよ」

朋也「じゃ、好きにさせてもらうぞ」

杏の隣に腰掛ける。
136 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:52:00.51 ID:Nu6S4o660
杏「っ……」

朋也「ひとつな、聞きたいことがあったんだ」

杏「……なに?」

朋也「俺と椋の約束。なんでお前、それを知ってたんだ?」

杏「え……?」

朋也「ほら、遅刻せずに真面目に登校しろってあれだよ」

杏「………ああ、そのこと。別に、深い理由なんてないわ。ただ、中庭であんたと椋が話しているのが見えたから、思わず隠れて話を聞いちゃっただけ」

朋也「……あの会話を聞いてたのか」

杏「あの奥手な椋が、あんたに積極的に自分の意見を言うなんて、ってびっくりしたわよ。なんだか、椋が遠くに行っちゃったような気がして、ちょっと寂しいかなぁ」

困ったような笑顔を浮かべながら話す。
137 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:53:22.04 ID:Nu6S4o660
朋也「……椋のこと、本当に大事なんだな、杏」

杏「そりゃ、あたしの双子の片割れだしね。だから椋には、幸せになってもらいたいの」

朋也「そっか……」

俺は、そんな杏が大事にしている椋を、二度も悲しませてしまった。

杏「………ねえ、朋也」

朋也「なんだ?」

杏「今更、なんだけどさ……やっぱ、これは聞いておいた方がいいかと思ってね」

朋也「………」

杏「もしさ、あんたのことを好きだって女の子がいたら、あんた、付き合うつもりある?」

杏からの質問。以前にも、同じ質問をされたことがあった気がする。

それに、こいつはどんな答えを期待しているのだろうか。
138 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:55:16.42 ID:Nu6S4o660
朋也「そうだな……」

期待している答えになるかはわからないけど、正直に答えようと思った。

朋也「もし、俺のことを好いてくれる女の子がいたとして、その女の子が俺のよく知る人だったら……付き合うのも、ありかもな」

杏「……っ……そ、それ、って……」

朋也「………」

暗に、杏となら付き合うのもいい、と答えたつもりだった。

そして杏も、態度を見たところそう受け取ってくれたようだった。

杏「…………っ、そ、そっか。なら……椋と付き合うのも、ありってことよね」

朋也「……椋のことは、まだ俺はよくわかってないからな」

杏「朋也……」
139 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:56:48.19 ID:Nu6S4o660
朋也「……じゃあ、俺行くよ。昼飯の邪魔して、悪かったな」

困ったような表情を浮かべる杏を横目に、立ち上がる。

朋也「……誤解しないでほしいんだが、俺はお前を困らせるつもりはなかったんだ。ただ、お前の質問に、正直に答えただけだ」

杏「………うん、わかってる」

朋也「俺は創立者祭を適当にぶらついてるからさ。もしお前も、一緒に回る相手がいないんだったら、この後で見かけたら声でもかけてくれ」

杏「……気が向いたら、声かけるわ」

朋也「ああ、サンキュ。一人で回ったって、お互い面白くもないだろ?」

杏「あたしは……その気になれば、友達にでも声かけるわよ」

朋也「……俺のダチっつったら、杏か春原くらいしかいないからな」
140 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:57:58.22 ID:Nu6S4o660
杏「………………あたしたち、これからも友達でいられるわよね、朋也?」

朋也「え?」

杏「……………」

思いつめたような表情でつぶやいた言葉。

これからも友達で………か……。

朋也「……さあ、どうかな」

杏「っ……っ」

朋也「男女の友情は成立しない、なんて、よく言う話だからな」

そう言い残し、その場を立ち去ろうとする。
141 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 22:59:17.08 ID:Nu6S4o660
と。

杏「……いや……」

右腕の裾を、杏に捕まれていた。

杏「………」

朋也「杏……?」

杏「聞いて、朋也」

朋也「………」

制服の裾を捕まれたまま、杏の言葉に耳を傾ける。

杏「あたし……あんた達と過ごす学園生活が、楽しいの」

朋也「……あぁ」

杏「周りの友達は、受験だ勉強だってピリピリし始めてるし、さ。あんたや春原と、こうやってバカみたいな話をして過ごすのが、楽しいの」

朋也「……まあ、少なくとも俺や春原はそういうことでピリピリすることはねえしな」

杏「だから、こうやって過ごせなくなるのは……いやなの……」

朋也「……杏……」
142 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:00:12.30 ID:Nu6S4o660
杏「あたし、いいよね?あんたの傍にいても……いいよね……?」

朋也「………」

杏「好きなの……朋也……っ」

朋也「っ……」

杏からの……二度目の告白だった。

前は、返事はいらないって言われた。だから、俺も返事はしなかった。

なら、今回は……?

杏「………っ、朋也っ……」

握られた裾が、僅かに引っ張られる。

朋也「………いいのかよ」

杏「え……っ?」

朋也「……返事。してもいいのか、って聞いてんだ」

杏「っ……」

制服の裾越しに、杏の震えが感じて取れる。
143 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:01:44.08 ID:Nu6S4o660
朋也「………」

杏「……もう少しだけ、待って」

掴んでいた裾を離し、俯いたまま、小さな声で、杏はそう言った。

杏「……あたし、あたしは……っ、ごめん、まだ、心の整理が出来てなくって……っ」

朋也「……いや、いいよ」

心の整理が出来ていない……。

それは……杏だけに当てはまる言葉なんかじゃなかった。

朋也(………多分……一番、心の整理が出来ているのは……)

朋也「……じゃあ、俺行くよ」

三度目の別れの言葉。

今度こそその言葉通り、俺はその場を後にするのだった。
144 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:02:58.23 ID:Nu6S4o660
〜〜〜

それからは、どこを歩いたのかよく覚えていない。

周囲の喧騒にまぎれて、心を落ち着かせるのに精いっぱいだった。

杏からの告白。

椋からの誘い。

自分の気持ち。

それら全部が、頭の中でぐちゃぐちゃに絡まりあって、ほどくことができないでいた。

幸い……と言っていいのかはわからないが、その間、俺に話しかけてくるやつは、誰もいなかった。
145 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:04:05.48 ID:Nu6S4o660
そうして、時間だけが過ぎて行って。

気が付けば、創立者祭ももうすぐ終わろうかという時間になっていた。

自身の気持ちに整理がつかないまま、カバンを取りに教室へ戻る。

そこに、椋はいた。

椋「………。待っていました、朋也くん」

廊下からは、創立者祭の後片付けの喧騒が聞こえてきている。

そんな廊下の喧騒が、やけに遠くに感じられた。

目の前にいるのは……俺たち3人の中で、恐らくは唯一、心の整理が終わっている人物。

真剣な眼差しを、俺に真っ直ぐに向けてきていた。

朋也「…………」
146 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:05:43.19 ID:Nu6S4o660
椋「……初めての創立者祭は、どうでしたか、朋也くん?」

朋也「……ああ。正直、楽しめたとは言えないな」

今日一日、ずっと考え事をしていたようなもんだ。

そんな状態で、祭を楽しめるはずもなかった。

椋「そうですか。実はわたしも、今年はあんまり楽しくなかったです」

朋也「……悪いな。こう言ったら自惚れになるだろうけど、多分、原因は俺だろ」

椋「いえ、朋也くんは何も悪くないです。原因は、わたし自身が作ったようなものですから」

朋也「………」

椋にそう言われると、俺の立つ瀬がない。
147 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:06:41.87 ID:Nu6S4o660
朋也(思い返してみたら、あの日から、椋にはカッコ悪いとこばっかり見られてる気がするな……)

授業をサボって空き教室で寝ているところ。

冗談を言って、泣かせそうになったところ。

遅刻の理由を問いただされ、ぶっきらぼうに返事をしたところ。

授業中に居眠りをしているところ。

俺が思い出せる範囲だと、こいつが俺のことを好きになる要素なんて、どこにも見当たらなかった。
148 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:08:21.13 ID:Nu6S4o660
朋也「……で、なんだ。俺に用事か?」

椋「はい。大事な用事です」

朋也「………なんだよ」

椋「………っ……」

椋の言葉を待つ俺の前で、何度か深呼吸を繰り返す。

そして。

椋「わたし、朋也くんのこと……っ、好きです」

朋也「………」

椋「……好き、です……」

自身の言葉を確かめるように。

かみしめる様に、そう繰り返した。

朋也「ああ……ありがとう」

その告白に、そう答えた。
149 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:09:06.99 ID:Nu6S4o660
椋「……ずっと、苦しくって……言わずには、いられなくって」

ゆっくりと、赤く染まった顔を俺に向けて、椋の言葉は続いた。

椋「だから、今日……頑張るって、決めたから」

朋也「………」

こんなにも真剣に、俺のことを想ってくれている。

椋「だから……朋也くん」

そうして、椋は、涙をいっぱいに溜めた瞳をぐっと閉じて。

椋「わたしと……付き合って、くださいっ」

ぺこりと、頭を下げた。
150 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:10:15.27 ID:Nu6S4o660
朋也「…………」

椋からの告白を受けて、俺ももう一度、自分の心に問いかける。

なんにしても、答えを出さなければいけないところにまで来てしまっていた。

朋也(俺は……この1週間の間、誰を見ていた?)

目の前で俺の返事を待つ少女。

二度、俺に自身の気持ちを告白してきた少女。

どっちを見ていたのかなんて……俺自身、今もわかっていないのかもしれなかった。

朋也「………なあ、椋」

椋「は、はいっ」

下げていた頭をあげて、俺の言葉を聞いてくれる椋。
151 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:11:49.99 ID:Nu6S4o660
朋也「ありがとう。その、椋の気持ちは、嬉しいよ」

椋「は、はい……っ」

朋也「この前も、今日も、椋は俺を創立者祭に誘ってくれたよな。それだって、本当に嬉しかった」

椋「………」

朋也「こんな俺と一緒にいたい、って思ってくれる人がいるなんて、思いもしなかったからな」

……これは、誰に向けた言葉なんだろうか。

朋也「……椋と一緒に過ごした時間は、正直、まだ長くもない。だから、お互いにお互いのことを知れていないな、って思うんだ、俺」

椋「……」

椋の表情が、少しずつ暗くなっていく。
152 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:12:41.83 ID:Nu6S4o660
朋也「それにさ。俺、お前に好いてもらえるようなことなんて、なにひとつしてない」

椋「それは……っ」

朋也「思い返してみたらさ、俺、お前に格好悪いとこばっか見せてる」

椋「そ、そんなことないです!朋也くんのいいところ、わたしにはわかります!」

俺の言葉を遮り、必死な様子で椋は言ってくれる。

椋「そんな朋也くんだから、わたしは好きになったんです!」

朋也「……。椋」

椋「っ……なんですか」

朋也「………」
153 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:13:55.45 ID:Nu6S4o660




1. 俺なんかで、いいのか。

2. ごめん。俺は、お前の気持ちには……応えられない。




154 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/28(月) 23:16:06.07 ID:Nu6S4o660
本日の投下、以上です
次の投下までに、一番多かった安価で話を進めようと思います
どちらを選んだとしても、次が最後の投下になります
投票がひとつもなかった場合は、自動的に1で進めることとします

では
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/28(月) 23:30:18.24 ID:LfgTV/9Bo
1
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/12/29(火) 01:24:34.13 ID:n91i+oqEO
1
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/29(火) 14:49:20.14 ID:2uumsdSfo
1
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/30(水) 17:37:12.26 ID:k1LrgQllo
1
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/01(金) 00:58:14.98 ID:bdJAPFzmo
1でしょ
160 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:44:10.28 ID:byTC2hRx0





→1.俺なんかで、いいのか。

2.ごめん。俺は、お前の気持ちには……応えられない。





161 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:45:39.09 ID:byTC2hRx0
朋也「俺なんかで、いいのか」

椋「………え?」

朋也「今言った通り、俺は、お前に好いてもらえるような心当たりなんて、なにひとつない」

椋「……」

朋也「そんな俺でも、いいのか」

椋「……朋也くんでいいんじゃ、ないんです。わたしは、朋也くんがいいんです」

朋也「………ありがとう、椋」

椋からの告白を受けて、俺は、ようやく答えを出せそうだった。
162 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:47:25.77 ID:byTC2hRx0
朋也「正直なところ、俺、椋のことあんまり知れていない。だから、椋のことを好きだ、って、まだ自分に自信を持って言い切れない」

椋「っ………」

朋也「だからさ。これから少しずつ、椋のことを知っていきたいって思う」

椋「朋也……くん……」

なんとも、中途半端な答えだと自分でも思う。

でも、これが俺の嘘偽りない気持ちだった。
163 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:49:25.52 ID:byTC2hRx0
朋也「………椋。返事は、今すぐにはできない。けど、これからも俺と一緒に、いてくれるか?」

椋「は、はい!返事は、いつでもいいです!わたし、朋也くんに好きになってもらえるように頑張ります!」

朋也「ありがとう。ごめんな、はっきりとしない答えで」

椋「いえ、いいんですっ……わたし……嬉しいっ……です……!」

緊張の糸が緩んだのか、椋の瞳からは、涙があふれてきていた。

朋也「え、あ、椋っ?」

椋「ごっ、ごめんなさい、朋也くっ……どんな結果になっても、泣かないって、決めてたのに……っ」

朋也「………」

俺みたいな不良に告白するって、それだけで勇気のいることに違いない。

それでも、椋は自分の気持ちを正直に告白してきてくれたんだ。

俺みたいなやつを、涙が出るほどに好きになってくれたんだ。
164 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:51:22.66 ID:byTC2hRx0
椋「っ……も、もう大丈夫です。ごめんなさい朋也くん。いきなり泣いちゃったりして」

まだ赤い目をこすりながら、それでも椋は泣き止んで俺に笑顔を向けてくれる。

朋也「いや、いいよ。それだけ、真剣だったってことだろ」

椋「………はい、そうです」

朋也「これでまたひとつ、椋って子のことを知ることができた。俺としては、一歩前進だ」

椋「っ、はい!」



そうして、俺と椋の創立者祭は、幕を閉じた。

はっきりとした答えは出せなかったが、それでよかったんだと思う。

俺のことを、真剣に好きだと言ってくれる椋という女の子に、俺も真剣に向き合っていきたい。
165 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:52:38.67 ID:byTC2hRx0


教室で椋と分かれ、俺はある場所へと足を向けていた。

椋の気持ちに向き合うと決めたのだ。その報告を、しなければならなかった。

俺のことを好きだと言ってくれた、もう一人の女の子に。

これから向かう先には、つらい場面が待っているのに、それでも行かなければならなかった。

それが、俺の出した答えに対するけじめだったから。
166 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:55:13.71 ID:byTC2hRx0
朋也「………やっぱ、ここにいたか」

向かった先は、昼間に飯を食べた校舎裏。

そこには、今なお一人の少女がベンチに腰掛けたままだった。

その手には、中身が入ったままの袋。

杏「…………」

朋也「隣、座っていいか?」

杏「………」

杏は何も答えなかった。まるで、俺のことを拒絶するかのように沈黙したまま。

朋也「………ダメなら、このまま話すぞ」

杏「………っ。……なによ」

ようやく、杏は口を開いてくれた。
167 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:57:19.83 ID:byTC2hRx0
朋也「………教室で、椋と会ったよ」

杏「……そう」

朋也「そして、椋から告白された」

杏「……っ……」

朋也「…………杏。お前からの告白の返事……聞いてくれるか?」

杏「……うん。覚悟は……できてるから」

そう言う彼女の持つ袋から、小さくこすれる音が聞こえてくる。

怖くて、震えているんだろうか。

それでも、聞いてもらわなくてはならなかった。
168 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 21:58:55.77 ID:byTC2hRx0


朋也「…………………俺は。杏の気持ちには………応えられない」



杏「っ……!」



169 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:00:30.86 ID:byTC2hRx0
朋也「ごめん、杏。俺、気になってる子がいるんだ」

杏「………」

朋也「普段は気弱で、引っ込み思案で、冗談も通じないようなやつなんだけどさ。それでも、こんな俺のことを好きだって言ってくれる子なんだ」

杏「………」

朋也「気弱で引っ込み思案なくせに、妙な行動力なんかもあってさ。授業をサボる俺のあとをついてきたりなんかもしてくれてさ」

杏「………」

朋也「俺のこと、ここまで気にかけて、好きだって言ってくれる子のことが、気になるんだ」

杏「…………そ……っか……」

朋也「その子には、まだ返事はできない、って言ったんだけど。これから、その子のことを知っていきたいって思ってる」

杏「うん。………朋也の気持ちは、よくわかった」

朋也「………ごめん、杏。返事が遅くなったうえに、こんな答えで」

杏「ううん……いいの。同じ人を好きになった時点で、どっちかが傷つくのは、わかってたことなんだから……っ」

朋也「……そうか」
170 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:03:48.56 ID:byTC2hRx0
杏「っ……っ、あーあ、朋也に振られちゃったかー!」

朋也「………」

杏「ま、仕方ないわよね!椋が相手なら、あたしは大人しく身を引くわ!」

朋也「杏……」

杏「こっちも、ごめんね、朋也。あたしたち姉妹のこと、本当に真剣になって考えて答えてくれたんだもんね。悩ませちゃって、ごめん」

杏だって、つらいはずなのに。無理に明るく振舞ってくれている。

その姿は、痛々しくて……でも、俺が目を背けるわけにはいかなかった。

杏にこういう振舞いをさせているのは、他でもない、俺自身だったから。

この強がりにも、正面から応えなければ、彼女に対して失礼になってしまう。

朋也「いや……いいんだ。俺みたいなやつを好きになってくれたんだし、な。その気持ちに、俺なりに真剣に応えたかったんだ」
171 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:07:22.84 ID:byTC2hRx0
杏「それと、ありがとう」

朋也「? なにがありがとうなんだよ」

杏「ちゃんとした答えを出してくれて、ってこと。正直さ、応えずに逃げられるかも、って思ってた部分もあったから」

朋也「………」

杏「失礼なこと考えちゃってたわ。だから、ごめんと、ありがとう」

朋也「……そうか、杏の中では、俺はそんなヘタレなキャラだったんだな」

杏「なによ、だからちゃんと謝ってるじゃないの」

朋也「それはちゃんとと言えるのか」

杏「本人が言ってるんだからちゃんとしてるの!」

朋也「なら、今後は認識を改めてくれ。俺は逃げることもしない、ヘタレなやつじゃなかったってな」

杏「もう改めたわよ、失礼ね」
172 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:09:06.97 ID:byTC2hRx0


気が付けば、俺と杏はいつもの調子で話せていた。

これからも、俺と杏はこういうやり取りを、続けて行けるだろうか。

『友達』として、彼女との関係を続けて行けるだろうか。

そしてそれは、杏も望んでくれる形になっているだろうか。

答えは、彼女の中にしかないだろうけど。

そうであってほしい、と。そう思った。


173 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:12:45.22 ID:byTC2hRx0


創立者祭が終わり、俺には、新しい日常が始まりつつあった。

クラスメイトの女の子と、友達以上の関係が。

始まったばかりの頃は、俺と椋の二人でいることが多かった。

杏が顔を出すことは、ほとんどなかった。

たまに廊下ですれ違えば、相変わらず杏とは他愛のない話をすることができていた。

杏は、無理していないだろうか、なんて考えてしまうが、それを口に出すのは杏に失礼に当たるだろうと思い、心の中で留めていた。
174 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:14:39.50 ID:byTC2hRx0
そうして、椋との関係が続いていく。

二人で、デート(と呼んでいいのかはわからないが)にも行った。

商店街の中を、女の子と二人きりで歩く。

そんな中で、クラスの中で少しずつ、俺と椋が付き合っている、なんて噂が流れ始めていた。

俺の耳に入るくらいだから、当然椋の耳にも入っているに違いなかった。

直接俺に問いかけてくる人物はひとりしかいなかったが、そいつには「付き合ってはいない」と正直に答えた。

俺が告白の返事をしていないんだから、その俺が嘘をつくわけにもいかない。

夏が過ぎて、吹き付ける風が肌寒く感じられる季節へ。
175 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:15:38.95 ID:byTC2hRx0
そんな日々が続いた、ある日の放課後。

椋「朋也くん、お待たせしました」

委員会が終わり、教室へと戻ってきた椋が、俺にそう声をかけてくる。

朋也「いや、いいよ。委員会お疲れさん」

椋「はい。それじゃ、帰りましょうか」

机の中のものを全てカバンへ入れ終え、カバンを持つと椋は俺に向き直る。
176 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:16:42.09 ID:byTC2hRx0
朋也「ああ……いや、ちょっと待ってくれるか」

椋「はい?どうかしましたか?」

朋也「……いい加減、答えを出そうと思って、な」

椋「……答え、ですか」

そう呟き、椋の顔が一瞬強張る。

朋也「ああ。いつまでも先延ばしにしていても、仕方ないしな」

そう言って、椋の席へと近づいていく。

朋也「聞いてくれるか、椋。あの日の……創立者祭の時の、返事」

椋「………はい、もちろんです」
177 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:17:53.22 ID:byTC2hRx0
朋也「………」

大きく、1、2回深呼吸をする。

朋也「椋。俺も、お前のことが好きだ」

椋「っ! ………」

朋也「だから……付き合おう、椋」

椋「あ……ありがとう、ございます」

朋也「ずいぶん返事、遅くなっちまった。……ごめんな」

椋「いえ、返事はいつでもいいって言ったのはわたしですから。……ありがとうございます、朋也くん」

朋也「えっと……なら、今から椋は、俺の彼女ってことで、いいか?」

椋「はいっ!これからも、よろしくお願いします、朋也くんっ!」

真っ赤な顔で、目じりに涙を浮かべながら、椋は笑顔でそう言ってくれる。
178 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:19:32.35 ID:byTC2hRx0
そんな椋を愛おしく感じ、彼女を抱きしめた。

椋「とっ、朋也くんっ?」

朋也「あー、バカだな、俺」

椋「な、なにがですか?」

朋也「………こんなにかわいい子のこと、今まで待たせてたなんて、もったいないことしたなって思って」

椋「は、恥ずかしいですよ、朋也くん……」

朋也「でも、もういいんだよな、俺たち。付き合ってるんだもんな?」

椋「はい。……わたしは、朋也くんの、彼女ですから」
179 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:20:42.12 ID:byTC2hRx0
抱きしめていた椋を解放し、正面から彼女の顔に向き合う。

椋「………」

朋也「………キスして、いいか?」

椋「……聞かなくても、いいですよ」

そういうと、椋は静かに目を閉じる。

その彼女の唇に、自身の唇を重ねた。
180 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:22:05.70 ID:byTC2hRx0


しなくてもいい遠回りをしてしまったけれど、ようやく俺たちの本当の関係が始まったのだ。


俺をこんなにも好きだと言ってくれる椋を、本当に愛おしく思う。


今まで待たせてしまった分、これからは彼女にもっと好きになってもらえるよう、努力していこう。


きっかけは、椋がくれた。


そのきっかけを、無駄にしないようにしよう、と。


心の中で、そう強く決意するのだった。


END
181 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2021/01/01(金) 22:26:03.42 ID:byTC2hRx0
以上で、投下終了になります。
以下、どうでもいい独り言。

CLANNADリメイクでもなんでもいいから、おまけ程度で終わらせるんじゃなくしっかりとした椋シナリオが読みたいです。
しかしもう発売から何年も経ってるから、望みは薄いんだろうなぁ…と。
そう思い立って、今作を書こうと思い至った次第です。
楽しんでくれたなら、幸いです。


では、またどこかのSSスレにて会いましょう。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/01(金) 23:18:42.10 ID:wagQuS7Mo
おつでした
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