【CLANNAD】椋「もうすぐチャイム鳴りますよ。教室に戻らないと」

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1 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:31:53.61 ID:KlEBZU5C0
CLANNADのSSです。開始前にいくつか

・以前にスレ立てしたことあるかもしれないです。探したけど見つからなかったのは内緒。

・藤林姉妹がメインの話となります。


次から開始です

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1606743113
2 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:33:57.21 ID:KlEBZU5C0
どうして、こんな状況になっているのだろうか。

椋「………っ」

朋也「………」

時刻はもうそろそろ今日最後の授業が終わるかという頃。

朋也「………なあ、委員長」

椋「なっ、なんでしょうかっ、岡崎くんっ?」

場所は部室棟の空き教室。

朋也「そろそろ、教室に戻ったほうがいいんじゃないのか?」

椋「も、戻るなら岡崎くんも一緒にです。じゃないと、わたしも戻りません」

妙に緊張感漂うここには、俺と、何故か委員長……藤林椋がいた。
3 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:35:10.18 ID:KlEBZU5C0
朋也「いや、だから俺は……」

椋「岡崎くんが戻らないのなら、わたしも戻りません」

朋也「………」

椋「………っ」

最後の授業の終了を告げるチャイムが、校舎内に鳴り響く。

椋「あ……うぅ……」

とうとう丸一時間分の授業をサボったことを後悔しているのか、委員長が涙目になる。

朋也「無理すんな。教室に戻ろうぜ」

椋「だっ、だから……え?」

朋也「ほら、早くしろ委員長。帰りのホームルームまでバックれるわけにはいかないだろ」

椋「あ、ま、待ってください、岡崎くん!」

俺の後について、委員長も空き教室を出る。
4 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:36:28.80 ID:KlEBZU5C0
〜〜〜

遡ること一時間前。

授業を受けるのがかったるくなった俺は、最後の授業はバックれることにして休み時間のうちに教室を出て、人気のない部室棟の方へ足を向けていた。

どこで時間を潰そうかと考えながら歩いていると、ソイツと出くわした。

椋「お、岡崎くんっ?」

朋也(げっ……)

藤林椋。俺のクラスの委員長だった。

椋「こんなところで、どうかしたんですか?」

朋也「……いや、別に」

見ると、委員長は次の授業で使うものなのか、資料らしきものを両手に抱えていた。

椋「もうすぐチャイム鳴りますよ。教室に戻らないと」

朋也「ほら、あれだ。委員長の手伝いでもしてやろうかな、と思ってな」

まさかクラス委員長に向かってサボるつもりだったと答えるわけにもいかず、咄嗟にそんな嘘を吐く。

椋「………え」

朋也「ほら、運ぶの大変だろ?半分持ってやるよ」

椋「あ、ありがとうございます……?」

半ば強引に、委員長から資料の半分を受け取る。
5 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:37:49.93 ID:KlEBZU5C0
椋「………」

朋也「………」

それっきり、お互い無言で廊下を歩き続ける。

朋也(つーかこれじゃダメじゃん……)

このペースだと、教室につくと同時にチャイムが鳴ってしまいそうだ。

バックれる為に部室棟へ行ったのに、これでは意味がない。

朋也「ちょっと急ごうぜ、委員長」

椋「え、えっ?あ、待ってください岡崎くん!」

歩く速度をあげると、少しずつ委員長との距離が出始める。

それも気にせずに、俺は教室へと歩き続けた。


教室に着く頃には、委員長はかなりヘバッていた。

朋也(こいつ、本当に杏の双子の妹なのか……?)

いくらなんでも体力なさすぎだろ、と心の中で呟く。

椋「あ、ありがとう、ございます……岡崎くん……」

肩で息をしながら、なんとかそれだけ言い切る。

朋也「あ、ああ……大丈夫か、委員長?」

椋「だ、大丈夫……です……岡崎くんの歩く速度が早かったので、ちょっと疲れただけですから」

朋也「別に無理して俺に合わせなくても良かったんだぞ?」

椋「そういうわけにはいきません。手伝ってもらっているのに、遅れるわけにはいかないです」

実際遅れてただろ、と心の中で突っ込む。
6 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:39:26.80 ID:KlEBZU5C0
朋也「まあ、いいや。んじゃ、俺行くところあるから」

椋「えっ?もう授業始まりますよ?」

朋也「平気平気!んじゃ!」

それだけ言い残し、早歩きで廊下を歩いていく。


部室棟へ足を踏み入れたあたりで、6限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

朋也(危なかった……不用意な発言はするもんじゃないな)

適当に空き教室のドアを開け、無遠慮に中へと入る。

朋也(さて、寝るか)

窓際に置いてある椅子に座り、腕を組んで目を瞑るとそのまま眠りにつく。
7 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:40:21.82 ID:KlEBZU5C0


寝付いてからどれくらい経っただろうか。

ふと目が覚めた俺は、腕時計に視線を落とす。

朋也(……まだ授業終わるまで20分以上あんのか……)

もう少しだけ寝ようかと再度目を瞑る。

椋「あ、あの……お、岡崎くん……?」

朋也「………」

椋「お、起きてくださーい……」

………誰かの声がするが、多分気のせいだろう。

椋「…………」

ほら、聞こえなくなった。うんうん気のせい気のせい。
8 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:41:11.13 ID:KlEBZU5C0
椋「……………」

朋也「………いや、黙るなよ」

椋「ふえっ!?おおおお起きてたんですかっ!?」

つい突っ込んでしまった。俺の負けか。

朋也「………」

椋「あの……?」

朋也「……なんでここにいるんだ」

色々聞きたいことはあったが、まずはこれを聞かなきゃ始まらなかった。

椋「もうすぐ授業始まるのに、岡崎くん、教室から出ていっちゃうから……えっと、追いかけてきました」

朋也「………」

どうしよう。どこから突っ込めばいいんだ。
9 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:42:36.42 ID:KlEBZU5C0
朋也「……あのな、委員長」

椋「は、はい」

朋也「今俺が呼んだ通り、お前はクラス委員長だよな?」

椋「はい、そうです」

朋也「んで、今って授業中の時間だよな?」

椋「そ、そうですね」

朋也「つまり今のこの状況は、クラス委員長が授業をサボってるってことだよな?」

椋「………そ、そうなりますね」

朋也「他の模範となるべき委員長がそんなんでいいのか?」

椋「………」

ものすごく委縮する委員長を見て、なんだか説教してるような気分になってきた。
10 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:43:58.14 ID:KlEBZU5C0
朋也「いや、違うぞ?別に怒ってるわけじゃなくてだな」

椋「えっ、怒っていないんですか?」

朋也「なぜそこで意外そうにする」

椋「あ、あの……」

朋也「……まあ、いいや。途中からでも戻った方がいいんじゃないのか?」

椋「お、岡崎くんも一緒に戻りましょう」

朋也「え」

椋「わ、わたしは、委員長として岡崎くんを連れ戻す為に来たんです」

とても頼りない様子でそう言い切られても、なんというか、説得力がない。

朋也「……なんでまたそんなことを」

椋「岡崎くんが不良なのは知っていますけど、だからと言って授業をサボっていいという理由にはなりません。それに、わたし、委員長ですから」

朋也「いやだって言ったら?」

椋「も、戻る気になるまでわたしもここにいます」
11 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:44:55.39 ID:KlEBZU5C0
朋也「そもそも連れ戻す気があるんだったらなんで寝てる俺の隣に座ってたんだ?」

椋「気持ち良さそうに寝ていたので、起こすのは気が引けてしまって……」

朋也「………」

寝顔、ばっちり見られてたわけですか。

ちょっと恥ずかしくなってきた。

椋「で、では、岡崎くんも起きたことだし、教室に戻りましょう」

朋也「いやだ」

椋「……じゃあ、わたしもここに残ります」

朋也「好きにしろよ」

椋「………」

朋也「………」
12 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:46:20.35 ID:KlEBZU5C0
さて、この状況どうしたものか。

とりあえず話は終わった。委員長は俺を連れ戻すまでここにいるつもりで、俺は戻る気はない。

時刻を確認すると、まだ10分以上も時間がある。

俺としては寝たいわけだが………。

椋「………」

何故か俺を凝視している委員長を傍らに寝るのは、なんとなく負けな気がする。

………。

朋也「そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

椋「なら、岡崎くんも一緒に……」

朋也「そっか、じゃあ無しだな」

椋「うう……」

何故泣きそうな顔をする……そんなに嫌なら一人で戻ればいいだろうに……。

………。

朋也「……すー……」

椋「お、岡崎くん……?」

朋也「んっ……」

椋「ね、寝ちゃったんですか……?」

朋也「……いや、起きてる。起きてるぞ俺は」

いかんいかん、寝そうになっていた。

椋「そ、そうですか。じゃあ……」

朋也「戻らんぞ」

椋「……はい」

そんなにしょんぼりするなよ、俺が悪いことをしてるみたいじゃないか……いや、確かに悪いことはしてるけどさ。
13 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:47:10.41 ID:KlEBZU5C0
〜〜〜

そんなこんなで今に至る。

放課後となった廊下を歩く俺に、その後ろを申し訳なさそうについてくる委員長。

なかなかシュールな状況だ。

椋「あ、あの、岡崎くん?」

唐突に、委員長が声をかけてくる。

朋也「あー?なんだ?」

椋「ど、どうして授業をサボったりなんかするんですか?」

朋也「………」

いきなりドストレートな質問だな。どんな答えを期待しているんだこいつは。

朋也「別に……サボりたくてサボってるわけじゃない」

椋「え、そうなんですか?」

素直に答えるつもりもないし、ちょっとからかってやろう。
14 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:48:27.48 ID:KlEBZU5C0
朋也「実はな、春原に脅されてるんだ」

椋「す、春原くんにっ?」

朋也「ああ。『僕と一緒に授業をサボらなきゃ、お前をいじめるぞ!』……てな」

椋「お二人はとても仲が良さそうに見えていたんですが……」

朋也「それも脅されて仕方なく演じてるんだ」

椋「ええっ!?」

朋也「あいつ、友達いなくて寂しいんだろ。それで、俺が目をつけられたってわけだ」

椋「そんな……」

朋也「俺は授業に出たくて出たくて仕方ないんだけどなー」

椋「………あれ?でも、あの空き教室に春原くんはいませんでしたよね?」

朋也「あいつだけ先に教室に戻ってるんだ」

椋「えぇぇっ!?」

朋也「要は俺を落第させたいんだろ、あいつは」
15 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:49:46.76 ID:KlEBZU5C0
椋「そ、そんな……最低です、春原くん……」

声のトーンが幾分か落ちた。それに心なしか震えてる。

チラリと委員長を一瞥すると、涙目になっていた。

朋也「………すまん、冗談だ」

椋「……え?」

朋也「今の全部冗談だ」

椋「………」

ちょっとだけこいつがどういう奴なのかわかった。

とりあえず冗談は通じない。

椋「ど、どうしてそんな嘘をついたんですか……?」

朋也「ちょっとからかっただけだよ」

椋「………」

朋也「これはホントだぞ?」

椋「……ぷっ」

朋也「委員長?」

椋「ふふっ……よかった、安心しました」

少しだけ潤んだ瞳でそう言い、委員長は笑った。

朋也「……すまん」

椋「? どうして謝るんですか?」

朋也「いや……なんとなく、な」
16 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:51:09.36 ID:KlEBZU5C0


HRが終わると、委員長が担任と一緒に教室から出て行った。

恐らく、6限目の授業にいなかったことについてだろう。

だから戻った方がいいと言ったんだ。

春原「おい、岡崎。帰ろうぜ」

朋也「ん……いや、俺はちょっと急用ができたから先に帰ってろ」

春原「はぁ?なんだよ、急用って」

朋也「気にするな、野暮用だ」

無理に俺に付き合ってサボったんだ、俺にも責任の一端はある……と思う。

まあ、俺は戻れと言ったんだし、関係ないとも言えるが。

春原「なんかそうぼかされると余計気になるだろ、教えろよ岡崎。僕と岡崎の仲じゃないか」

朋也「俺とお前の間にそういう風に表現されるべき仲は存在しない」

春原「ふん、じゃあ勝手に想像させてもらうぞ」

朋也「好きにすりゃいいが帰り道でやれ」

いちいち付き合ってられない。

春原「ちっ、しょうがねえな……」

春原はぶつぶつ言いながら、カバンを持って教室から出て行く。

朋也「………」

そんな春原を見送ると、頬杖をついて教室の外に視線を移した。
17 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:52:15.17 ID:KlEBZU5C0
〜〜〜

委員長が戻ってこないまま、10分が経過してしまった。

朋也(遅いな……もしかして、がっつり怒られたりしてんのかな……)

そう思うと、少しだけ罪悪感を覚えた。

杏「………朋也?」

朋也「ん?」

名前を呼ばれ、声のした方に視線を移す。

朋也「杏?おまえまだいたのか」

杏「それはこっちのセリフよ。なにしてんの、あんた?」

朋也「待ち人だ」

杏「はぁ?」

朋也「とある人物がここに現れるのを待ってる」

杏「何をバカみたいなこと言ってるのよ」

朋也「失敬な、俺は本当のことしか言ってないぞ」

まあ、多少なり突っ込みどころのある言い回しをしたのは認めるが。
18 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:54:12.35 ID:KlEBZU5C0
杏「まあ、別にあんたのことなんてどうでもいいわ。それより、椋どこに行ったのか知らない?」

朋也「藤林なら、帰りのホームルーム終了と同時に担任に連れてかれたぞ」

杏「えっ、椋が?何かあったのかしら……」

朋也「さあな。俺、6限目はバックれてたから知らねえ」

杏「……相変わらずね、あんたは」

朋也「ほっとけ」

杏「しょうがない、椋が戻って来るまで待ってることにするわ」

朋也「え」

杏「? 何よ、『え』って」

朋也「い、いや……」

春原を巻いたと思ったら今度はこいつか。

さて、どうするか……。

こいつと一緒に教室で待つのもなんだかおかしな状況な気がする。
19 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:56:02.16 ID:KlEBZU5C0
朋也(もう帰っちまおうかな……)

面倒くさくなり、そう思い始めた頃、

椋「……あれ、岡崎くんにお姉ちゃん?」

当事者が戻ってきた。

杏「椋!待ってたのよ、今朋也から話聞いて心配してたんだから」

椋「岡崎くんから?」

朋也「あー……まあ、お前、担任に連れてかれてっただろ?それでちょっと心配してた……というか、そんな感じだ」

杏の前でサボったことを言うわけにもいかず、こういう言い回しをする他なかった。

杏「なにかあったの、椋?」

椋「えーっと……」

杏に詰め寄られ、困惑した様子で俺に視線を向けてくる。

俺は首を横に振り、黙っててくれと意志表示。
20 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:57:12.48 ID:KlEBZU5C0
椋「ちょっと、具合が悪くて、6限目はお手洗いにこもってて……そのことで、呼び出されてただけだよ、そう」

朋也「………」

まあ話の筋は通ってるが、女の子ともあろうものがお手洗いにこもっていたなんて言うのはいかがなものだろうか。

杏「……なんか怪しい」

杏からの視線を、咄嗟にかわす。

杏「あんたたち、なんか隠してない?」

朋也「隠してない」

椋「か、隠してないよっ?」

藤林の声が詰まる。

動揺したら怪しまれるってわかってるだろうに……。

杏「……どうせ朋也に聞いてもしらを切りとおすだろうし、椋に聞くわ。どうしたの、椋?この馬鹿になんかされた?」

朋也「馬鹿ってなんだよ」

椋「ううん、本当になんでもないから」

杏「こいつを庇ってるのならそんな気遣いはいらないわよ?お姉ちゃんに正直に言いなさい」

椋「う、うぅ……」

またもチラリとこちらに視線を移してくる。

この状況じゃ俺にもどうしようもない。
21 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 22:57:57.37 ID:KlEBZU5C0
杏「………っ?」

ふと杏が目を見開いて、俺の顔を一瞥すると何やら考え始めた。

まさか……感付かれた……?だとしたら俺の身が危うい。

杏「……もしかして朋也」

朋也「あー、悪い、杏!ちょっと妹借りて行くぞ!」

椋「え」

そういって藤林の手を強引に握り、半ば逃げ出す形でその場を離れる。

椋「え、えぇっ?」

杏「あ、ちょっと……」

杏が何かを言いかけるが、それも気に留めずに速足で歩き続ける。

杏「………」

杏は俺達の姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くしていた。
22 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 23:00:11.71 ID:KlEBZU5C0
〜〜〜

椋「お、岡崎くんっ?どこまで行くんですかっ?」

人気のない部室棟まで来たところで、藤林の手を離す。

椋「え、あの……?」

朋也「ふう……助かった」

椋「え?ええ?」

朋也「ああ、悪いな。あのままあの場に留まってたら俺の身が危うかったんだ」

椋「な、なんの話ですか?」

朋也「いいか、お前が俺と一緒に授業をバックれてたなんて杏に知られてみろ。俺が何されるかわかったもんじゃないだろ」

というか殺される。あいつ妹のこと大好きだからな。

椋「………」

朋也「ついでに、藤林にも言いたいことがある」

椋「な、なんでしょうか」

朋也「今日のことは他言無用な。つーか、担任に連れてかれたのもその件だろ?担任にはなんて言ったんだ?」

椋「大丈夫です。岡崎くんのことは言ってませんから」
23 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2020/11/30(月) 23:01:10.66 ID:KlEBZU5C0
朋也「………もう一度聞くが、なんであんなことしたんだ?」

椋「岡崎くんが授業をサボるからいけないんです。わたしと一緒に戻っていればこんなことにはなりませんでした」

心なしか、少し不機嫌になっている。

朋也「……まぁ、なんとか逃げられたからいいけど。もう俺の後を追っかけたりするなよ?」

椋「そうはいきません。岡崎くんが真面目に授業を受けてくれるようになるまで、わたしは岡崎くんを追いかけます」

朋也「お、脅しかっ?そんなものは俺には効かないぞ」

椋「脅しじゃありません、本気です」

藤林は俺の目を真っ直ぐ見つめ、きっぱりとそう言い切った。

朋也「………っ……」

その姿に、何も言えなくなってしまう。

椋「お話はそれだけですか?」

朋也「……あ、ああ」

椋「それじゃ、わたしは帰ります。今日は迷惑をかけて、すみませんでした。でも、今後も授業をサボるつもりなら、わたしが連れ戻しに行きますので」

朋也「………」

椋「では」

ぺこりとお辞儀をすると、藤林は歩いていってしまった。

その後ろ姿を追う気にもなれず、ただただ俺は見送るだけだった。
24 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/11/30(月) 23:01:51.63 ID:KlEBZU5C0
本日の投下、以上
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/01(火) 08:36:34.37 ID:8JQVOXTEo
抱きしめたいな、ガンダム
26 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 21:52:04.80 ID:qavmK5lj0


その日の晩。

いつも通り春原の部屋で時間を潰していた俺は、ふと放課後のことを思い出していた。

朋也「……なあ、春原」

春原「あー?なんだよ、岡崎」

朋也「藤林ってどういう奴か知ってるか?」

春原「なんだよ急に?どうかしたのか?」

朋也「ちょっとな」
27 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 21:53:29.40 ID:qavmK5lj0
春原「………そういや、今日の6限目はお前と、何故か委員長がいなかったな。もしかして、授業バックれて委員長と逢引きでもしてたのか?」

朋也「まあ、そんなところだ」

突っ込みどころは色々あったが、訂正するのも面倒だから肯定する。

春原「えっ」

朋也「で、どうなんだよ。藤林のこと、なんか知ってるか?」

春原「ま、まさかお前……委員長に気があるのか!?正気か岡崎、委員長はあいつの妹なんだぞ!?」

朋也「なんでそういうことになるんだよ。別に藤林に気なんて持ってねーよ」

春原「じゃあなんでそんなことしたんだよ!納得のいく説明をしろ!」

……仕方ない、面倒だが説明しないと話が先に進まなそうだ。
28 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 21:54:44.03 ID:qavmK5lj0
朋也「6限目をバックれて空き教室で寝てたら、何故か藤林が俺のところに来たんだ。なんでも、俺を連れ戻す為に追ってきたとかなんとか」

春原「………すげー意味不明なんですけど」

朋也「俺も大概意味不明だから気にするな。なんでそんなことをしたと聞いても委員長としてだとかなんとか言ってて、わけわかんねえんだ」

春原「ふーん……」

朋也「んで、今日の放課後、藤林が担任に連れてかれただろ?それで戻ってくるのを待って、今日のことは誰にも言うなと釘をさしておいたんだ。杏に知られたら俺の身が危ういしな」

春原「あー、それが野暮用か、なるほどねぇ……」

朋也「んで、ついでにもう俺の後を追って授業サボるなとも言ってやったんだけど、そしたらあいつ今後も連れ戻しに来るとか言ってくるんだよ」

春原「………」

朋也「俺、あいつに恨まれるようなことなんかしたかな」

俺の方には特に心当たりはなかった。
29 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 21:57:41.59 ID:qavmK5lj0
春原「さあねえ……まあ、委員長も杏の妹だってのがよくわかる一件だな」

朋也「……だな」

有無を言わさぬ強引さとか、謎の行動力なんかは杏に似てるとも思う。

春原「ははっ、やっかいな奴に目をつけられたな岡崎」

朋也「考えようによっては杏以上にやっかいかも知れねえな……」

杏相手なら多少強い物言いをしても問題ないが、藤林となるとそうもいかない。

杏とは違って気弱だから強い物言いをしたら、ともすれば泣いてしまうんじゃないかって気もする。それに、藤林の背後には杏がいる。

藤林を泣かせたなんてことになったら、これまた俺の身が危うくなってしまう。

春原「まあ、なんとか委員長を泣かさずに見逃してもらえる方法を考えてみるんだな」

朋也「他人事のように言ってくれるよな……」

春原「ふふん、普段僕に酷いことをしてる報いが来たのさ!」

朋也「失敬な、普段のあれは俺なりの友情の印のつもりなんだぞ」

春原「どうだかね」

そんな話をしながら、夜は更けて行く。

まあ……なるようになるだろ。
30 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 21:58:51.86 ID:qavmK5lj0
*   *   *

SIDE‐杏

教室にひとり取り残されたあたしは、二人が戻ってくるのを待つ。

………いや、訂正。朋也のカバンがない。おそらく、あいつは先に帰るに違いない。戻ってくるとしたら、椋が一人でだろう。

椋「ごめんね、お姉ちゃん。待たせちゃって」

杏「あっ、椋!大丈夫?朋也になんかされなかった?」

予感的中。やっぱり、椋は一人で戻ってきた。

椋「うん、大丈夫だよ。ちょっと、今日のことで話をしてただけだから」

杏「……今日のこと、って?」

椋「………」

椋は少し考えるように押し黙ると、意を決したように顔を上げた。

椋「とりあえず、帰りながら話そう?もう日が落ち始めてるし」

杏「ん、そうね。下校時間過ぎちゃいそうだし」

そうして、椋と二人、学校を後にする。
31 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:00:04.13 ID:qavmK5lj0


校門を抜けたところで、椋が話し始める。

椋「今日の6限目ね……さっきはお手洗いにこもってたって言ったけど、ごめん。あれ嘘なの」

杏「……朋也と一緒に、授業をサボったっていうこと?」

先ほど思い当たった予想を口にする。朋也の態度も変だったし、椋も言いづらそうにしていたから。

椋「正確には違うけど、そんなところ。それで、そのことは誰にも言うなって岡崎くんに言われただけ」

杏「あんの馬鹿……椋を不良の道に引きずり込むつもりかしら……」

椋「あはは、違うよお姉ちゃん、逆だよ」

杏「え、逆?って、どういうこと?」

椋「わたしが、岡崎くんを真面目な人にしてあげようと思ったの」

杏「はぁ?つまり、どういうことよ?」

予想もしていなかった返答に、間の抜けた声が出てしまう。
32 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:01:06.24 ID:qavmK5lj0
椋「岡崎くん、授業をサボりがちだから……わたしが連れ戻そうと思って、教室を出た岡崎くんの後を追ったんだ。だけど、岡崎くんは戻る気はないの一点張りで……結局、一時間丸々サボる形になっちゃったの」

杏「……へぇ……」

朋也のやつ……椋に好かれているのをいいことに(と言っても本人は与り知らぬところだろうが)、無茶をしてくれる。

椋「もしかして、怒ってる?お姉ちゃん」

杏「当たり前じゃない……朋也のやつ、今度会ったらただじゃおかないわよ……」

椋「大丈夫だよ、お姉ちゃん。これは、わたしが勝手にやったことなんだから。岡崎くんは悪くないよ」

杏「朋也が悪いとか悪くないとかはどうでもいいのよ。あたしが朋也を許さないってだけ」

椋「岡崎くんはわたしの……そ、その、好きな人だから……あんまり迷惑はかけないで欲しいなって……」

杏「っ……それを言われちゃ何も出来ないでしょ、ったくもう……」

そう言って、椋の肩を抱き寄せる。

杏「わかったわ。椋に免じて、今回は見逃したげる。ただし、次はないからね?あんたも、朋也のことが好きなんだったらもっと別の方法を考えなさいよ」

椋「うん……考えてみるね」

杏「…………」

朋也のことが好きだったら……なんて、あたしが言えたことじゃないんだろうな、と。

心の中で、そう付け足した。
33 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:03:30.75 ID:qavmK5lj0
*   *   *

SIDE−朋也

次の日。

春原「おー、遅かったな、岡崎」

朋也「ああ」

話しかけてくる春原に空返事をしながら、机にカバンを置くと椅子に座る。

椋「………」

………少し離れたところから視線を感じる気がするが、多分気のせいだ。

春原(おい、岡崎。委員長めっちゃこっち見てるぞ)

朋也(無視しろ。目を合わせたら負けだぞ)

春原(なにと戦ってるんだよあんたは)

朋也(俺につきまとう真面目なクラス委員長に決まってるだろ)
34 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:05:31.73 ID:qavmK5lj0
椋「…………」

春原(お、おい、委員長の奴こっちに向かってくるぞ?)

朋也(だから無視しろっての。話しかけられない限りは我関せずを貫け)

椋「岡崎くん、おはようございます」

向かってくる藤林の方を見ないよう意識していたが、その努力も空しく声を掛けられる。

朋也「………おう」

流石にこれまで無視するわけにもいかず、ぶっきらぼうな返事をする。

椋「今日も遅刻ですけど、何かあったんですか?」

朋也「別に、いつものことだろ。なんで今日に限って聞いてくるんだよ?」

椋「わたし、委員長ですから」

朋也「ああ、そう。大変なんだな、委員長って」

椋「はい、大変なんです」

朋也「………」

話は終わったとばかりに、視線を外へ移す。
35 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:06:27.46 ID:qavmK5lj0
椋「……あ、あの……」

その藤林の言葉の直後、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

椋「………」

肩を落としながら、藤林は席へと戻っていく。

春原「な、なんか、ちょっと委員長がかわいそうなんですが」

朋也「仕方ないだろ。答える気なんてないし」

春原「取り付く島もないって感じだな」

朋也「こっちはいい迷惑だっての」
36 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:08:03.89 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

昼休みになると、俺は購買でパンとコーヒー牛乳を買って中庭へと出た。

朋也「ふぅ………」

コーヒー牛乳を飲んでひと息。3限目から出てきたが、ようやくひと息つけた気分だった。

朋也「どうにかしないとなぁ……」

誰に言うでもなく呟く。

どうやら俺は、完全に藤林に目をつけられたようだ。

授業中も、何度か藤林と目が合った。

流石の俺も授業の最中に抜け出すようなことは今までもしていない。だから、何故藤林がこちらを気にしているのかもよく分かっていないと言えば分かっていなかった。

朋也(大体、なんで俺なんだ?)

焼きそばパンを頬張りながら考え始める。

朋也(クラス委員長として……ってのは、まあ、今更だけど理由としては通ってるけど)

それなら春原だって対象になっても良さそうなものだ。

朋也(うーーーん………わかんねえ)

買ってきたものをあらかた食べ終えても、答えは出なかった。

朋也(まあ、いいか。どうせ長続きはしないだろ)

そんな楽観的な答えに辿り着く。
37 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:08:53.45 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

5限目の予鈴が鳴る。

朋也「ふわ……」

腹が膨れたこともあってか、欠伸をかみ殺す。

椋「………」

問題の藤林はと言うと、ちょうど今の欠伸をばっちりと見ていたようだった。

朋也(ねむ……)

バックれてしまおうかとも一瞬考えるが、今の俺は藤林に目をつけられている身だ。

昨日の二の舞は流石に遠慮したいところだった。

ちなみに春原はと言うと、そもそも昼休みから教室に帰って来ていなかった。

朋也(俺も教室に戻って来なけりゃ良かった……)

今更そんなことを後悔するが、戻って来てしまった以上どうしようもなかった。

なんとか藤林の目を盗んで抜けられないかと考えている間に、本鈴が鳴ってしまった。

朋也(仕方ないか……)

結局、5限目と6限目はそのまま出席することになるのだった。
38 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:10:22.44 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

6限目も終わり、帰りのHRが始まろうかという時間。

椋「あの、岡崎くん」

朋也「っ!」

外に目を向けていると、唐突に声を掛けられて少しばかり驚く。

朋也「……どうした、藤林?」

今日、藤林に話しかけられたのはこれで二度目だ。

俺が登校してきてからは、何度か目は合ったが話しかけてくることはなかった。

椋「あの、放課後なんですが、何か予定はありますか?」

朋也「………別に、何もないけど」

椋「なら、少しだけお時間いいですか?」

朋也「……あ、あぁ」

椋「ありがとうございます。中庭で待っていますので」

ぺこりと行儀よく一礼すると、藤林は席へと戻っていく。
39 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:12:09.68 ID:qavmK5lj0
朋也「………」

その後ろ姿を、アホのように見送る。

春原「ふーん……どうやら、完璧に目ぇ付けられてるね、岡崎」

傍観者に徹していた春原が、そう話しかけてくる。

朋也「どうして俺なんだ?」

春原「そりゃお前が遅刻、サボりの常習犯だからだろ」

朋也「お前だって同じだろ」

春原「まあそうだな」

朋也「……まさか、確率二分の一ってわけじゃないよな……」

春原「だとしたら、くじ運が悪かったと思って諦めることだね」

朋也「納得いかねえ……」

まぁ、別に放課後なら構わないと言えば構わないんだが。
40 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:13:49.07 ID:qavmK5lj0
〜〜〜

藤林に言われた通り、中庭へと出る。

その藤林はと言うと、ベンチに座ってなにやらトランプをいじっていた。

朋也「………」

椋「……あ、岡崎くん。待ってました」

俺に気が付くと、藤林はいそいそとトランプを片付け始める。

朋也「いや、別にいじりながらでも構わないぞ」

椋「気にしないでください。暇つぶしにいじっていただけですので」
41 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:14:52.65 ID:qavmK5lj0
朋也「あ、そう」

椋「と、隣、座っていいですよ」

朋也「そんじゃ失礼して、っと」

促されるまま、藤林の隣に腰掛ける。

朋也「で?俺に何の用だよ」

椋「えと、まずはこれです」

言いながら、藤林はトランプをシャッフルし始める。

何度か切ると、裏返しのまま12枚のカードを選びぬいた。

そしてその12枚のカードを、俺の方に裏を向けながら差しだしてくる。

椋「この中から三枚、選んでください」

朋也「………?」

なんだか良く分からないが、またいつもの占いだろうか?

とりあえず言われた通り、三枚選んでみる。
42 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:16:08.95 ID:qavmK5lj0
椋「選んだカードを見せてください」

朋也「ほらよ」

俺が引いたカードは、スペードのA、ダイヤの10、JOKERだった。

椋「………」

そのカードを見ながら、じっと考え込む。

朋也「それで何が分かるんだ」

椋「今は、岡崎くんという人間を占っています」

ほう、俺という人間をか。自分のことを占っているとなると少しばかり興味があるな。
43 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:16:57.33 ID:qavmK5lj0
椋「まず、スペードのAですが、Aはトランプでの1を表すものです。そして、見て分かるようにトランプのスペードのAは他のAよりも豪華な絵をしています。つまり、岡崎くんは他の人にはない特別なものがある、ということを表しています」

朋也「………」

椋「次にダイヤの10ですが、ダイヤの形は他のマークに比べてカクカクとしています。そして、数は10。これは、周囲に刺々しいイメージをどれだけ与えているのか、ということを表しています」

朋也「ほう」

なんだか妙な説得力があるな。

朋也「最後のJOKERは?」

椋「JOKERは終わり、反転、可能性を意味しています。これは、岡崎くんは少しのきっかけで大きく変わる事を意味しています」

朋也「まとめると?」

椋「岡崎くんは、今は不良をしていますけど、ちょっとしたきっかけで真面目になれる人間だ、ということです」

朋也「………」

なんか、今の藤林にとって物凄く都合のいい結果のような気がした。いや、多分気のせいではないだろう。
44 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:20:04.77 ID:qavmK5lj0
椋「………もう一度、聞いてもいいですか?」

朋也「なにをだ」

椋「今日の遅刻の理由です」

朋也「……ただ寝坊しただけだよ」

嘘ではない。いつもは目が覚めたら学校へ来るようにしている。

椋「いつも、寝坊なんですか?」

朋也「ああ、そうだよ。もうこの生活が染みついてるからな」

椋「わたし、知ってます。岡崎くんは、根は真面目な方です」

妙に真剣な顔で、真っ直ぐにそう言ってくる。

椋「今日だって、その気になれば授業をサボることだって出来たはずです。なのに、しなかった。それはどうしてですか?」

朋也「別に深い理由なんてない。なんとなくそういう気分にならなかっただけだよ」
45 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:20:39.68 ID:qavmK5lj0
椋「そんなことありません。だって岡崎くん、5限目はとても眠たそうにしていました」

朋也「………」

まあ今日は授業中にも視線を感じたし、5限目の時も見られていたとしても不思議ではない。

が、なんとなく気恥ずかしい。

椋「ついでに言うと、6限目は完全に眠っていました」

朋也「ついでに言わなくてもいいだろそれっ!」

思わず突っ込んでしまった。

椋「す、すみません。でも、見てしまったので、言った方がいいのかな、って」
46 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:21:47.47 ID:qavmK5lj0
朋也「……あのさ、逆に聞いてもいい?」

椋「なんですか?」

朋也「どうして俺なんだ」

確信に迫る質問をぶつける。

椋「どうして?それは………」

朋也「藤林が俺に目を付けた理由は、遅刻常習犯でサボり常習犯だからだろ?」

椋「そ、そうです」

朋也「でも、それは春原にも当てはまることだろ。なんで二人いるウチ、俺だったんだ」

椋「………っ」

俺のぶつけた質問に、藤林は黙りこむ。別に、難しいことを聞いてるわけではないはずだ。

椋「………」

朋也「答えられない、か?」

椋「………」

無言のまま頷く。心なしか、ちょっと顔が赤い気がした。
47 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:22:45.68 ID:qavmK5lj0
椋「……あ、あの。やっぱり迷惑………ですか?」

申し訳なさそうに呟く。

朋也「ああ、そうだな。迷惑だ」

きっぱりと、そう答えた。

椋「うぅ……」

朋也「大体、俺なんかに付きまとってたらお前の内申も悪くなるぞ」

椋「! ………」

朋也「新学期から一緒のクラスになったと言っても、流石にもう俺が不良だってのは気付いてるだろ?」

椋「………」

朋也「お前はクラス委員長なんてもんをやる程度には優等生だ。俺なんかと付き合いがあるって知れたら、先生の見る目も変わる。違うか?」

椋「……そうですね、岡崎くんの言うとおりです」

朋也「だろ?だから……」
48 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:23:57.62 ID:qavmK5lj0
椋「でも、それとこれとは話が別です」

朋也「!」

椋「わたしは、わたしがやりたいからやっているんです。その結果、内申が悪くなるならそれでも構いません」

朋也「………なんでそこまで」

椋「理屈なんてありません。わたしが、岡崎くんのことを気にしたいから気にしてる。それだけです」

朋也「っ………」

言葉に詰まった。それは、どういう意味だ?

椋「それに、岡崎くんが不良だっていうのは同じクラスになる前から知ってます。お姉ちゃんから聞いてましたから」

朋也「あのおしゃべり女っ……!」
49 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:25:00.86 ID:qavmK5lj0
椋「もしかしたら三年に上がってちゃんと学校に出てくれるかなと思ったけど、岡崎くんは変わってませんでした。ぶっきらぼうで、不器用で、でも少しだけ優しいままでした」

朋也「………」

椋「岡崎くん、損をしています。そんなの、もったいないです」

朋也「そんなこと……」

椋「はい、わたしには関係ないです」

朋也「………」

言葉に詰まる。つまり、何が言いたいんだこいつは。

椋「今だって、岡崎くん、わたしの内申の心配までしてくれました。そこまで心配する必要は、岡崎くんにはないはずです」

朋也「それは、まあ……」

ただの詭弁で言ったと言うのは簡単だ。だが、何故かそれは憚られた。

椋「わたしには、岡崎くんの優しさがわかります。そんな優しい岡崎くんが損をしているのは、もったいないと思います」
50 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:25:57.10 ID:qavmK5lj0
朋也「………。結局、藤林は何を言いたいんだ」

椋「だから、えっと……あれ?」

そこで会話が途切れる。

朋也「………」

椋「……えーと……」

朋也「……主題がわからなくなったか」

やっぱり、どこか抜けてるな、こいつ。

椋「とっ、とにかく、わたしは岡崎くんが損をしているのが我慢できないってことです!」

無理やりまとめたな。

椋「そうです!わたしが言いたかったのはそれです!」

朋也「別に、俺は自分が損をしているなんて考えたことはなかったけどな」

椋「岡崎くんの主観ではなく、わたしの主観です」

言い回しがなんとなく杏っぽい。

朋也(やっぱりこいつら、姉妹なんだな……)

妙に納得してしまった。
51 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:26:57.65 ID:qavmK5lj0
椋「なので、岡崎くんには損をしないようにしてほしいんです」

朋也「損、ねぇ……」

椋「難しいことじゃありません。ただ、授業にはちゃんと出席することと、遅刻をしないこと。この二つを守るだけでも、岡崎くんは変われるって思います」

朋也「難易度高いなぁ……」

そうつぶやく。

椋「大丈夫です。占いにも、『ちょっとしたきっかけで変われる』って出ていますから」

朋也「もし、いやだって言ったら?」

椋「わたしが応援しますので、いやだなんて言わないでください」

朋也「………」

応援、ね……。
52 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/05(土) 22:27:27.57 ID:qavmK5lj0
本日の投下、以上
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/06(日) 02:19:41.76 ID:UlfvNyRho
おつおつ
54 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:25:33.14 ID:+jwYpwDO0
投下します
55 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:27:17.71 ID:+jwYpwDO0
――――――

SIDE−杏

杏「………………」

中庭の木に背を預け、近くのベンチに座る二人の会話を聞いていた。

杏(椋……あんなに積極的に朋也に……)

意外だった。あの奥手な椋が、朋也に対して積極的に自分の意見を言えるなんて。

杏(あたしがどうこうする必要は、もうないのかな)

それは、少し寂しいことだった。あたしを頼ってくれると思っていた椋が、なんだか遠くに行ってしまったような錯覚を覚える。

杏(……このまま行ったら、二人は付き合うことになるのかな)

そう想像すると、胸にちくりとした痛みが広がった。もともと、椋と朋也をくっつけようと思っていたのに、なんでこんな痛みがするんだろう……。

それは、考えるまでもないことだった。
56 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:28:35.62 ID:+jwYpwDO0
杏(………)

そこで、思考を閉じる。これ以上は、いけない。椋にも、朋也にも、迷惑をかけることになってしまうから。

杏(椋が一人でできるんなら……それが一番なのよね……)

そう心の中で結論を出す。あたしが思考を巡らせている間に、二人の話は終わったようだった。

朋也「じゃ、俺帰るな」

椋「はい。さようなら、岡崎くん。明日からは、遅刻せずに来てくださいね」

朋也「……約束はしかねるが、まあ、努力するよ」

椋「はい」

そうして、朋也は先に校門のほうへ歩き去ってしまう。
57 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:29:54.36 ID:+jwYpwDO0
頃合いを見計らって、一人になった椋に話しかける。

杏「椋、こんなところにいたのね。探したわよ?」

椋「あ、お姉ちゃん。ごめんね、ちょっと、用事があったから」

杏「そ。もう、用事は終わったの?」

椋「……ううん、まだ」

杏「ありゃ、そうなの?」

と言っても、もう朋也は行ってしまった後だけど。
58 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:30:58.41 ID:+jwYpwDO0
椋「………ねえ、お姉ちゃん」

妙に真剣な声色で、椋があたしを呼んでくる。

杏「ん、なに、椋?」

なるべく平静を装い、そう返事。

椋「わたし………来週の創立者祭の日に、岡崎くんに、こ、告白……しようと思うの」

杏「っ……そ、そう」

椋「さっきまで、ここに岡崎くんがいて、一緒に話をしてたの」

杏「………」

隠れて聞いていたともいえず、あたしは押し黙る。

椋「それで、気付いたの。やっぱり、わたし、岡崎くんのことが好きなんだ……って」

杏「そうなんだ。うん、いいんじゃない?あたしは応援してるよ、二人のこと」

本心を押し殺し、笑顔でそう告げる。そうだ、あたしはそれでいいって決めたじゃないか。

あたしが告白して振られるよりは、椋があいつと付き合う方が我慢できるって。
59 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:32:31.24 ID:+jwYpwDO0
椋「うん……だから、お姉ちゃんも」

杏「………。え?」

椋「知ってるよ。お姉ちゃんも、岡崎くんのこと……」

杏「……ッ……なに言ってるのよ、椋……」

椋「………わたし、お姉ちゃんに負けたくない。でも、それとは別に、お姉ちゃんのことはライバルだとも思ってるの」

杏「…………」

椋「それに……岡崎くんを想っていた時間は、わたしよりもお姉ちゃんのほうが長いから。そのお姉ちゃんを差し置いて、わたしが先に告白するのは、卑怯だって、そう思う」

杏「椋……」

椋「お姉ちゃんの気持ちを知ったうえで、わたしは……岡崎くんのことをお姉ちゃんに相談したの。それだって、卑怯なことだった」

杏「っ……」
60 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:33:41.10 ID:+jwYpwDO0
椋「だからね……もう、お姉ちゃんには、頼らない。卑怯なことは、しない、って。そう決めたの」

杏「……あたしは……」

何を言ったらいいのかわからず、言葉に詰まる。

この子は……椋は、あたしに、朋也に告白するべきだと、きっとそう言いたいんだと思う。

椋「わたしは、逃げないから。お姉ちゃんも、逃げないで向き合ってほしい」

杏「………………」

椋「……話は、それだけ。じゃあ、わたし、先に帰るね、お姉ちゃん」

何も言えずに立ち尽くすあたしを置いて、椋は先に帰って行ってしまう。
61 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:35:14.37 ID:+jwYpwDO0


杏(……あたしは……)

椋の決意を受けて、あたしは一人学園のベンチに座り思考を巡らせていた。

杏(……創立者祭までは、まだ、時間がある)

多分、その日までの時間を、あたしが朋也に想いを伝える時間として空けたんだろう。

椋だって、朋也のことが好きなはずなのに。

杏「逃げるな………か……」

ポツリと、そう呟いた。あたしのしていたことは、やっぱり逃げだったのかな。

だとしたら、あたしは……どうしたら、いいんだろう。

朋也に、告白する?でも、それは……。

杏(………。怖い………)

もし、振られてしまったら。もう、友達としても……話すことができなくなってしまう。

振られた相手に、今まで通りに接することなんて、今のあたしにはできない。

杏「………どうしろって言うのよ……」

深いため息とともに、そう独り言ちる。
62 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:38:19.43 ID:+jwYpwDO0
*   *   *

SIDE−朋也

夕暮れ時。いつものように春原の部屋でだらだらと過ごしている時だった。

美佐枝「岡崎いるー?」

ドアをノックする音と共に、美佐枝さんの声が聞こえてくる。

朋也「………」

春原「おい、呼ばれてるぞ岡崎」

朋也「ここお前の部屋なんだから、お前が応対しろよ」

春原「あんたが呼ばれてるんだからあんたが出ればいいだろっ!」

そう言いつつも、部屋のドアを開ける春原。
63 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:39:17.91 ID:+jwYpwDO0
美佐枝「ああ、いたいた。岡崎、あんたにお客さんよ」

朋也「俺に?ここ、春原の部屋だけど」

美佐枝「だからこそ不思議なんじゃない。女の子よ?あんたたちと同じ三年みたいだけど」

春原「藤林椋じゃないの?とうとうここまで来るようになったとか」

朋也「………いやいや、まさか」

ありえない、と答えることができず、苦笑いでそう答える。

美佐枝「寮の入り口で待ってるから、行ってあげなさい」

朋也「あ、ああ……」

一体誰だ?まさか、本当に藤林……じゃ、ないよな……?
64 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:40:57.17 ID:+jwYpwDO0


杏「………や」

朋也「……杏?」

寮の入り口で待っていたのは、想像した方の藤林ではなく、姉のほうだった。

朋也「どうしたんだ、わざわざこんなところまできて」

ボタン「ぷひー」

朋也「っと、ボタンも一緒か。なんだ?散歩の途中か?」

杏「まぁ……そんなところよ」

朋也「なんだ?俺に用か?」

杏「……ちょっと、面貸しなさいよ」

朋也「? お、おう……?」

妙に真剣な面持ちの杏の誘いに、戸惑いながらも頷く。
65 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:42:33.07 ID:+jwYpwDO0


ボタン「ぷひーぷひー♪」

朋也「………」

杏「………」

夕暮れ時の道を、無言のまま二人で歩く。

ボタンのご機嫌そうな鳴き声だけが、辺りに響いていた。

朋也「………やけに機嫌いいな、ボタンのやつ」

沈黙に耐え切れず、当たり障りのない話題を振ってみる。

杏「………ん、そうね」

それに対し、気の入っていない杏の返答。

朋也「………」

杏「………」

そこで話が終わってしまう。

朋也(なんだってんだ………)

杏の考えが全く読めない。俺に用があるんじゃなかったのか?
66 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:44:34.27 ID:+jwYpwDO0
朋也「……っ!」

ふと、杏に呼び出される心当たりを思い出した。

そういや、昨日の一件……一応、藤林には口止めしておいたんだが、まさか、それを問い詰めるために来たのか?

だとしたら……。

朋也(………やべえ……よな……?)

急に身の危険を感じ始める。まさか、愛しの妹を不良の道へ引きずり込みそうな俺を始末するために……?
67 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:46:37.46 ID:+jwYpwDO0
朋也「な、なあ、杏?」

杏「……なに?」

朋也「今って、その……どこに向かってる、んだ?」

杏「………別に、どこに向かってるわけでもないわよ」

朋也(俺を始末したあとどこに埋めるか考えながら歩いている……とか……?)

もしそうだとしたら。

朋也(俺……生きて帰れるのか……?)

杏「……ねえ、朋也」

朋也「は、え、あ?な、なんだ、杏?」

今度は杏から話しかけられ、思わずどもりながら返事をする。

杏「………その、さ」

しかし、特に突っ込みも入れずに杏は続ける。
68 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:47:55.97 ID:+jwYpwDO0
杏「………………い、今のあたしたちって………、端から見たら、どう見えるんだろ?」

朋也「……は……?」

いきなり訳のわからない質問をされ、間抜けな返事をしてしまう。

杏「だっ、だからっ、今のあたしたちって、端から見たらどう見えるのかなって聞いてるの!」

その問いを受け、俺たちの前を歩くやつに視線を移す。

ボタン「ぷひ?」

朋也「……活きのいい食材が手に入ったから、これから味噌を買いにいくところ?」

杏「そんなに現世とお別れしたいの、朋也?」

朋也(こえぇーーーっ!)

いつもの軽口でそう答えたが、発言には気を付けた方がいいかもしれない。

本気で始末されるんじゃないかと心配になってきたぞ……。
69 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:49:40.19 ID:+jwYpwDO0
朋也「……じゃあ逆に聞くが、どういう返答を期待してんだお前は」

杏「そっ、それは……その……」

そこで押し黙るのか……。藤林と言いこいつと言い、姉妹そろって似たような反応をしやがって。

朋也「はぁ……さあ、どう見えてんだろうな。カップルにでも見えるんじゃねーの?」

杏「っ! ………」

思わずまた軽口で返してしまったが、予想に反して杏はまたも押し黙る。

朋也「……………おい、なんか言えよ」

その沈黙に耐え切れなくなり、そう呟いた。

杏「えと、その、そう!そうよね!やっぱりそう見えるわよね!」
70 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:51:01.91 ID:+jwYpwDO0
朋也「なんだ、その答えを期待してたのか」

杏「バッ、違うわよ!そういうんじゃなくって……っ!」

朋也「……?」

杏「そ、それで、その、朋也は、もしそう見られてたら、どうなのかなー……なんて……?」

朋也「どうなのか、とは?」

杏「う、うれしいとか、迷惑とか、そういうあれよ」

朋也「別に、どうとも思わねーよ。男女が二人で歩いてりゃ、そう見られても仕方ないだろうしな」

杏「っ………じ、じゃあ、迷惑では……ない、のね」

朋也「まあ、迷惑でもなければうれしいわけでもないな。好きに思ってろよってところだ」

素直な感想を口にする。

そもそも、二年の時からこうして二人でいることはたまにあったわけだし、今更それに対して感想を上げろと言われても返答に困る。
71 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:52:19.53 ID:+jwYpwDO0
杏「そ、そっ……か」

杏のその返答で、またも会話が途切れる。

朋也「……結局、何が言いたいんだ、お前は」

杏「……―――」

小さく口を動かし、なにかを呟いている様だったが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。

朋也「ふぅ……」

追及する気にもなれず、ため息をもらす。

昨日から、こいつら姉妹に振り回されっぱなしだ。
72 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:53:23.81 ID:+jwYpwDO0
〜〜〜

あれ以降無言のまま歩き続け、着いた場所は商店街のはずれにある空き地だった。

朋也(俺を埋める場所を、ここに決めたってわけか……?)

杏「やっぱり、ここか……」

杏のそんな呟きが聞こえてくる。

朋也「え、マジ?ここなの?」

杏「え?なにが?」

朋也「俺を埋める場所」

杏「……埋められたいの?」

朋也「そんなわけないだろ」

杏「何をわけのわからないことを言ってるのよ」
73 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:54:32.01 ID:+jwYpwDO0
朋也「じゃあ、なにが『やっぱりここ』なんだ」

杏「ん……。あたしとボタンの、思い出の場所だから……ね」

ボタン「ぷひー♪」

朋也「思い出の場所?」

だからなんなんだ、と言おうとして、やめた。

杏のボタンを眺めるその横顔が、とても優しいものだったから、突っ込む気になれなかった。

杏「あたしが、一番リラックスできる場所ってことよ」

朋也「ふーん……」

深くは聞かず、そんな相槌を打つ。
74 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:55:51.63 ID:+jwYpwDO0
杏「……ねえ、朋也」

朋也「なんだ?ようやく俺を呼び出した本題か?」

杏「ん……まあ、そんなところ」

どうやら、俺を始末するつもりではなかったようで、安心して話を聞くことができそうだった。

杏「椋から、話は聞いたわよ」

朋也「!?」

咄嗟に、杏から距離を取って身構える。

朋也「や、やっぱり、俺をここで始末するつもりなんだなっ?」

杏「落ち着きなさいよ。別に、怒ってるわけじゃないから」

朋也「そっ、そうなのか?本当だな?」

杏「どうしてそこを疑うのよ、もう……」

杏は呆れたようにため息をついている。

どうやら、本当に怒ってはいないようだった。
75 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:56:56.41 ID:+jwYpwDO0
朋也「……じゃあ、俺になんの話があるんだ」

とりあえずの警戒を解き、あらためて話を聞く。

杏「……どうして椋がそんなことをしたのか、って、考えてみた?」

朋也「考えたよ。けどわかんねえ」

杏「ほんとにわかんない?」

朋也「………」

思い当たる、と言うか……まさか、って思うことはある。

が、それを自分の口から言うのは気恥ずかしい。

杏「あんたにだって、なんとなく想像はつくでしょ?」

朋也「ああ……まあ、な」
76 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:58:34.57 ID:+jwYpwDO0
杏「あの引っ込み思案な椋が、どれだけ勇気を振り絞ってあんたを追ったのかわかる?」

朋也「そもそも俺、あいつのこと詳しく知らねえからな」

杏「……そう、ね。ごめん……」

朋也「いや、別に謝られるようなことじゃないけどさ」

杏「あたしだって……あんたの後を追って授業サボるなんてしたことないのに」

朋也「は……?」

なんだか話の流れがおかしい。結局、何が言いたいんだこいつは。

杏「だから、その……椋の気持ちは、大体察しはつくでしょ?」

朋也「そりゃ、そんだけ言われりゃあな……」

まあ、だからと言って実感なんて湧くわけでもないんだが。
77 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 22:59:40.22 ID:+jwYpwDO0
杏「だから……さ……。ここから先は、あたしのただの自己満足だから」

朋也「自己満足……?」

杏「うん……。その……椋にね、怒られちゃったの、あたし」

朋也「怒られた?何をだよ」

杏「逃げるな……って……」

朋也「………」

杏「わたしは逃げないから、お姉ちゃんも自分の気持ちと向き合え、って……ね……」

朋也「……それって……」

杏「…………」

朋也「……つまり、そういうこと……だよな……?」

杏「……っ……」

俺の問いに、杏は顔を赤くして俯く。

返答はなかったが、その仕草で答えを言っているようなものだった。
78 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:00:57.07 ID:+jwYpwDO0
朋也「……あー……と、その、だな……」

杏「っ、卑怯、だよね。自分の気持ちを口にしないで、察してもらおうなんてさ」

なんと言っていいものか考えていると、杏のほうが先に口を開きそう早口で話す。

朋也「……」

杏「……この気持ちに気付いたのは、最近なの。クラスが別になって、今度は椋からあんたの話を聞く立場になって、さ……」

朋也「それって……」

ひと月も経ってないじゃないか……。

杏「最初は、あたしだってわけわかんなくって……でも、そうだって考えたら、いろんな辻褄も合って……」

ぽつり、ぽつりと、言葉を選ぶように途切れ途切れに話し続ける。

杏「でも、あたしは……椋を泣かせたくなんてなくって。それに……断られちゃったら、あんたと友達としても話できなくなっちゃうかもしれないし……」

朋也「………」

杏「矛盾と行き止まりばっかりで……その場から、動くこともできなくなって……」

杏の言葉に、否定も肯定もすることができなかった。
79 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:02:27.11 ID:+jwYpwDO0
杏「だから、ここからまた歩き出すために……これは、必要なことなの」

そう言うと、杏は潤んだ瞳のまま俺の顔をまっすぐに見つめてくる。

杏「好きです、朋也」

朋也「っ……」

杏「ずっと……朋也のことが、好きでした」

今にも零れそうな涙を瞳いっぱいに溜めて、杏はそう告白してくる。

朋也「ああ………ありがとう」
80 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:03:35.11 ID:+jwYpwDO0
杏「………っ、はぁ〜〜〜〜!すっきりした!」

朋也「――――は?」

先ほどとは打って変わり、明るい声でそう言う杏。

杏「言ったでしょ?これは、ただのあたしの自己満足だって。返事なんて、最初から期待してないの!」

朋也「………」

杏「正直、分が悪いのは自覚してるしね。それに、椋を泣かせたくないっていうのも、あんたと友達としても話できなくなくなるのがいやだって言うのも本音」

朋也「杏……」

杏「だから、この話はこれでおしまい!あ、言っておくけど、返事はいらないから!あたしと朋也は、これからも友達ってことで!」

杏はいつも通りの、明るい声で話す。

まるで、さっきの告白なんてなかったかのように。
81 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:04:50.09 ID:+jwYpwDO0
杏「じゃ、あたし帰るね。ボターン!帰るわよー!」

ボタン「ぷひ?ぷひー!」

トテトテトテ、と杏の下まで駆けてくるボタン。

足元まで来たそいつを抱き上げると、

杏「バイバイ、朋也」

今までの重苦しい雰囲気などどこへやら、杏はやはりいつも通りの笑顔でそう言って帰っていく。

朋也「………」

その後ろ姿を追う気になれず、黙って見送るのだった。
82 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2020/12/10(木) 23:05:52.53 ID:+jwYpwDO0
本日の投下、以上
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