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魔王と魔法使いと失われた記憶
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704 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/12/16(水) 23:58:41.02 ID:mx1fXFSDO
乙
有りすぎて迷うから選択方式にしてくれ
705 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/17(木) 08:53:38.69 ID:k1echxTrO
>>704
とりあえず考えているのはこの辺りです。
1 プルミエールの酒品評会
2 ヴェルナーのレストラン探訪
3 エリザベートとランパードの道中記
他に何かあれば考えます。27話はあと3、4パートで終わるはずです。
706 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/12/18(金) 16:48:46.02 ID:aOJnNIGDO
1だな
707 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/12/28(月) 00:09:30.93 ID:g6U9DEhfo
待ってる
708 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:31:36.75 ID:Dh94pGk20
大分お待たせしました。息抜きパートを作ろうと思案中なのですが、シナリオになかなかそれらしき区切りがつきません。
イメージとしては次の次の章ぐらいにそういう余裕ができそうなのですが、少々お待ちください。
とりあえず、投下します。
709 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:32:11.39 ID:Dh94pGk20
第27-3話
710 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:33:13.36 ID:Dh94pGk20
私がこの世に「生まれ落ちた」のは、1年前だ。
女神の樹の下にいた私を拾ったのは、ユングヴィ教団の老司教、オフィーリア・アーヴィングだった。
彼女は統治府での執務の帰りに、たまたま私を見つけたのだ。
『あなたを守らないと』
開口一番、彼女は言った。
『どうしてですか』
『あなたが『女神の樹の巫女』だから。あなたの存在を知ったら、利用したり、殺そうとしたりする人がすぐに現れる』
私は驚いた。私の中にある「樹の記憶」から、利用されたりすることがあるだろうことは知っていた。そして、「私の娘」が犯してしまったことから、危険視する人がいるだろうことも理解していた。
でも、私を見てすぐに「女神の樹の巫女」だと彼女が理解したのは、さすがに予想外だった。傍から見たら、裸で横たわっている変な女にしか見えないはずだ。
『なぜ分かったのですか』
『無駄にこの街で70年以上生きているわけじゃないのよ。それに『女神の樹』については、こちらでも色々調べているの。
上に話をするととても面倒なことになりそうだから、私のところで止めているのだけどね』
『……なぜ、私を助けようと』
『過去の『巫女』の末路は知っているわ。その誰もが、不幸せな結末になった。
最初の巫女は悲恋の結果ここに根を生やし、2人目は慰み者となった挙句に命と引き換えにこの街を作った。そして3人目になってやっと子を成すことができたけど、その子は惨劇を引き起こしてしまった。
あなたの意識がどれなのか……あるいはその全てなのかは分からない。でも、私はあなたに『普通の女性』として生きてもらいたいの』
『え』
『それが神の教えだから。私の個人的な想いもあるけど、それはまたいつか、ね。ついてらっしゃい、とりあえずその恰好を何とかしないといけないわ』
711 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:33:50.63 ID:Dh94pGk20
#
オフィーリアさんはロックモール郊外の彼女の私邸に、私を匿った。そして、人としての生き方や知識を色々と教えてくれた。
彼女は、ユングヴィ教団のロックモール支部を束ねる人だった。一応原理主義派に属しているけれど、心情的には世俗派に近いらしかった。
ロックモールにある病院の院長も兼ねていて、いつもとても忙しそうにしていたけど、とても親切で温厚な人だった。
そして、私が「人」として生きていく道はないか、こっそりと探してくれていた。
それは悲しいかな、ついに見つけられなかったのだけど。
家族のことを一度だけ聞いたことがあるけど、とても寂しそうな顔になったので慌ててやめた。
人には、触れられたくない過去があるのだと、その時知った。
とても、幸せな時間だった。多分、先代たち含めても、一番幸せだったかもしれない。
712 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:34:41.62 ID:Dh94pGk20
#
それは、ほかならぬユングヴィ教団によって壊された。私の存在が、どこからか漏れたのだ。
そして、オフィーリアさんは自分の命と引き換えに……私を逃がした。カルロスと出会ったのは、その夜のことだ。
713 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:35:20.44 ID:Dh94pGk20
#
最初は、当面の隠れ蓑としてしか、彼のことを考えていなかった。でも、彼は真っすぐで、優しかった。
そう……先代たちが愛してしまった男たちのように。
そして、私もまた、彼に惹かれてしまった。
それがただの本能なのか、それとも私の「記憶」によるものなのかは分からない。でも、それが誤ってると知っていても……想いは強くなってしまった。
だから、あの日……私が浚われたことはむしろ僥倖だったのかもしれない。多分、私の方が耐えきれなくなっていただろうから。
結ばれることは、何かしらの破滅に繋がる。そう理性では分かってた。
オフィーリアさんからも、「もしその時が来たら、まずゆっくり考えなさい」と釘を刺されていた。
この身体である限りは、誰も愛することはできない。……分かってたはずだった。
だから、アヴァロンに連れ去られ、「女神の雫」を作れと命じられても、私は抵抗しなかった。
ああ、これでよかったのだ。先代たちのような「過ち」を、繰り返すことはない。……そう思い込もうとした。
714 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:35:58.45 ID:Dh94pGk20
#
ああ、なのに。分かっていたのに。
私は、愛されたいと思ってしまった。だから、カルロスのキスを……受け入れてしまった。
715 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:36:26.04 ID:Dh94pGk20
#
彼の胸に抱かれながら、私は悔恨の念でいっぱいになっていた。
でも、涙は、流れない。すごく泣きたい気分なのに、泣けないのだ。
……ああ、私は所詮「魔物」なのだ。それを実感し、さらに悲しくなる。代わりに、強く握った手のひらから緑色の「血」が滲むのが分かった。
頭上では、彼の「触手」が必死に私を守っているのが分かった。深紅の大剣の男の剣戟は凄まじく迅く、そして重い。私でもそれが分かった。
剣の一振りで、幹のような「触手」が何本も斬り飛ばされていく。
「邪魔だってんだろうがぁっ!!!!!」
ヴォン
剣から放たれた衝撃波が、私とカルロスを襲う。ボロボロになったカルロスが、残り少なくなった「触手」で盾を作った。……しかし。
バキィッッッ!!!
それは他愛もなく砕け散る。触手の隙間から見える男の顔は、まるで悪鬼のようだ。
地面に剣を突き刺してからの男の攻撃は苛烈だった。明らかに、人間を超越した何かだった。いや、本当に彼は人間をやめかけているのかもしれない。
あの剣が「遺物」と呼ばれるものであることは薄々分かった。
……あれは、ヒトが持っていいものじゃない。ヒトを確実に狂わせるものだ。理屈ではなく、本能で私はそのことを知っていた。
でも……私は、何もできない。……あまりに、無力だ。
胸に抱いている、宝石をちらりと見る。これを使えばきっと、この危地を脱することができるだろう。
でも、それはカルロスが否定したやり方だ。彼の想いを裏切ることになる。……それだけは、できない。
手のひらから、一筋緑の血が流れた。こうやって彼にわずかずつ力を与え続けているけど……もう、限界だ。
「終わりだっっっ!!!!!」
ザンッ!!!
最後の盾も破られた。カルロスは干からび、崩れ始めている。
…………ごめんなさい。私になんて、会わなければ…………
堅く目を閉じる。……このまま、カルロスと一緒に斬られるのだ。
716 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:37:07.92 ID:Dh94pGk20
「なっ!!?」
その時、男が飛びのくのが見えた。……何だろう?エリックさんたちが来たのだろうか。
ガチャッ
顔を上げる。そこには、見たことのない鎧を着た、2人組がいた。顔は、異形の兜に覆われて見えない。
717 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:38:10.95 ID:Dh94pGk20
「……誰だ、貴様らは」
「別に名乗るほど大した者じゃないよ、デイヴィッド・スティーブンソン」
青い鎧の声の主は、若い男性のようだ。
「チッ」
大剣の男が剣を薙ぐ。その衝撃波を、もう一人が容易く掌で弾き返した。
「攻撃は効かないわよ。こちらからの有効打も、多分ないけど。
でも、この子たちを守ってエリック・ベナビデスたちが来るのを待つことくらいはできるかな」
もう一人の、赤い鎧の中は女性みたいだ。デイヴィッドと呼ばれた男の顔が歪む。
そして、大剣を再び地面に突き刺した。
「……魔王が来るまで温存しとくつもりだったが……使うしかねえなぁ!!……轟け、『スレイヤー』ッ!!!」
深紅の剣が、赤い光を纏う。天まで届こうかという光と共に、その斬撃は振り下ろされた。
……しかし。
ズォンッッ!!!!
青い鎧の男性が、それを全身で受け止めた!??
「うおおおおっっ!!!!!」
パァンッッッ!!!!!
甲高い破裂音。男が、呆気に取られたような表情で彼を見つめる。
718 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:38:38.03 ID:Dh94pGk20
「……マジ、か??」
鎧は真っ二つに割れた。しかし、男性は苦笑いを浮かべ、傷一つなく立っている。赤い髪の、精悍そうな人だ。
「あーあー……『パワードスーツ』が破壊されるとはねえ……こりゃ、シュトロートマンさんにまた小言言われそうだな」
「あーあーじゃないわよ、ブラン……。それが壊されること自体、相当想定外なんだから。
でも、もうあなたに打つ手はないかな。その遺物を『解放』すれば皆殺しにできるだろうけど、あなたも死ぬ。つまり『詰み』ってやつ?」
デイヴィッドが何か唱えるのが分かった。背後に、空間の歪みができる。
「……悪いが、逃げさせてもらうぜ」
「逃がすかよ!!!」
ブランと呼ばれた男性が、銃を抜こうとした。デイヴィッドは剣を振るい、彼を妨害しようとする。
衝撃波を、赤い鎧の女性が身をもって防いだ。
「あっぶないわね……ここまでで、良しとしましょ?」
デイヴィッドは、空間の歪みに消えようとしている。
「……テルモンの、反皇帝派かっ!!!」
「ご存知のようで光栄ね、アングヴィラの近衛騎士団長様。ま、またお会い……はしたくないわね」
反皇帝派??そんなのが、なぜここに……??
そして、デイヴィッドはいずこへと去った。
「大丈夫??」
「え、ええ。……あなたは」
女性が兜を脱ぐ。長く黒い髪の、快活そうな女性だ。
「私は、クロエ。クロエ・シュトロートマン。アリス・ローエングリン教授からのお願いで、ここに来たわ」
719 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:39:03.61 ID:Dh94pGk20
キャラクター紹介
オフィーリア・アーヴィング(享年73)
女性。ユングヴィ教団のロックモール司教であり、教団が運営する病院の院長でもあった。
実質的なロックモールの顔役であり、テルモンとモリブスの両国の勢力を取りまとめられるだけの人物であったと言える。
元は娼婦であったが、身請けした貴族が夭折したのを受けて帰依。以来「聖母」として人々の信頼を集めた。「蜻蛉亭」のカサンドラも、彼女の影響を強く受けている。
テルモン系の人間ではあるが、心情的には反皇帝派であり、その関係上モリブスの世俗派との交流もあったようである。
その人望と政治手腕からテルモン皇室、イーリスの原理主義派からは危険人物とされてきた。
彼女には政治的野心が乏しかったが、アヴァロンは彼女を排除する切欠をひたすら欲しがっていたようである。
果たして、野心ある若い神父の手によりメディアの情報がリークされ、これを口実に彼女は邪教徒として殺された。反論の余地もなく、一刀両断であったようである。
なお、メディアを人間に戻す方法は色々と探していたようだ。
実はアリスとシェイドの存在にも辿り着いており、亡くなる直前には会う約束も取り交わしていた。
もし彼女の死がなければ、メディアはアリスの元にいた可能性が高い。
720 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:39:47.81 ID:Dh94pGk20
第27-4話
721 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:40:21.81 ID:Dh94pGk20
……誰だこいつは。
目の前にいる異形の2人を見て、さすがの俺も動きが止まった。
男は上半身こそ普通だが、下半身には見慣れない意匠の甲冑を着けている。
女はもっと異様だ。赤い、似たような甲冑だがやたらと曲線的で、継ぎ目が見当たらない。こんな防具は、見たことがない。
「主役登場、ね」
女が笑う。そこに敵意はない。それだけは分かった。
……ただ、この状況を整理できない。カルロスは枯れ果て、いるはずのデイヴィッドはどこかへ消えている。メディアは無事なようだが……
何がここで起こった?
722 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:41:27.02 ID:Dh94pGk20
#
そもそも、ここに来るまでがおかしかった。
デボラに案内されるまま、限界に近い身体を何とか動かして俺たちは砂浜を走った。
途中、木陰で休んでいるヴェルナーを見つけた。息があることを確認し、もう少し先へと進む。
「シェイド!!?」
デボラがうつぶせに倒れているシェイドに駆け寄る。その表情は、すぐに安堵へと変わり、やがて疑念へと変わった。
「……どうした?」
「いや、寝てるだけさ。……でも、『マナが戻っている』」
「何?」
「こいつもギリギリで動いてたからね。だから、ここであんたらを呼びに行くのを託されたんだ。
『少し休む』って言ってたから、意識を失っているのはいいんだ。でも、体力もマナも回復しているなんて、あり得ない」
「……誰かが回復魔法を??」
後ろからプルミエールが割り込んできた。デボラは首をひねる。
「どうだろうね。というより、睡眠魔法(スリープ)もかけられてる気がする。
あたしはここで少しシェイドの様子を見るよ。あんたらは先に行ってな。あたしじゃ、あいつらとは戦えない」
「あいつ『ら』?」
「深紅の大剣を持った男さ。間違いなく『使う』」
ぞわっと背が逆立つ錯覚がした。……あいつだ。
「……デイヴィッド……!!」
「やはり、知ってたね」
「……万全でないと、戦える相手じゃない。無理そうなら、すぐに全力で逃げる。
カルロスについては……運を天に任せる以外にない」
オルランドゥ魔術都市から出た際、デイヴィッドはまだ実力を隠していた。
もしあそこで本気を出されていたら……どちかが死んだはずだ。
そして恐らく、それは俺の方だっただろう。「閃」は、プルミエールがいる以上使いようがなかったからだ。
逃げる体力は残っているか?数秒ぐらい、「5倍速」を発動できる程度はある。ただ、誰かを守るのは……無理だ。
「プルミエール、お前はここにいろ」
「……分かった。無理は、しないで」
「そのつもりだ」
俺は小走りで街道へと向かった。……戦闘は、もう終わっている?
723 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:42:12.94 ID:Dh94pGk20
#
……そして、俺はこの2人と出会った。
メディアが抱いているのは、干からび骨と皮だけになりつつあるカルロスだ。まだ息はあるのだろうか。
「……主役、だと?」
「そう。アリス教授からの依頼でやってきたってわけ。ああ、さっき彼女には自己紹介したけど改めて。
クロエ・シュトロートマンよ。よろしく」
差し出された手を握るべきか、俺は躊躇した。敵意はないが、本当に信用できるのか?
男が肩を竦める。
「その格好じゃ怪しまれるだろ。『パワードスーツ』、解除しないと」
「あ、それもそうね」
女が左手首に触れると、甲冑は煙のように消えた。女はごく普通の町人姿になる。……こんな魔法、見たことがない。
「何をやった、そして何者だ?」
「あー、これ?装備を解除したの、魔法じゃないわ。まあ説明が長くなるけどそれは置いとくわね。
私はカール・シュトロートマンの娘。パパの名前は聞いたことあるでしょ?」
「……テルモンの反皇室派の長か?確かに、アリス教授は協力関係にあるとは聞いていたが」
「そ。で、今手が離せないってことで、私たちが代わりにね。というか、この子大丈夫?」
メディアが悲しげに首を振る。
「……私のために……力を使いきった。もう、このままじゃ」
男がカルロスに駆け寄る。すぐに渋い顔になった。
「……確かに、これはまずいな」
「何とかできそう?」
「さっきの子供はただの過労だから良かったけど、こっちは深刻だね。……一応薬一式はあるけど、見たところ老化の進行だから気休めにしかならない」
「……そうか。彼、あなたの大切な人なんでしょ?」
コクン、とメディアが頷く。
「もう、どうしようも……」
「苦痛なく逝かせることならできるけど。延命を望むなら、一応応えられる」
……こいつら、医者か何かか?シュトロートマンの娘が、そんな大層な奴だとは聞いたことがない。
「延命?」
「といっても数日。最期のお別れぐらいは言えると思うわ」
メディアは悲しそうに俯き、胸元から緑の宝石を取り出した。
「……これを使えば、彼は助かる」
724 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:42:43.15 ID:Dh94pGk20
「……あなた、それって」
「『女神の雫』。私の生命の結晶。そして、『願い』を一つだけ、叶える力を持つの」
男の目が見開かれた。
「伝承は、マジだったのか!!?」
「……伝承?」
「ああ。ユングヴィに伝わる話だ。『巫女は命と引き換えに『女神の雫』を産み出し、それをもって干天に慈雨を降らせた』とね。
150年前、怪物となり倒れた夫の願いを聞き入れ、巫女は雨を降らせたのさ。
自分を我が物にしようとした豪商と、ロックモールの一部を水没させるだけの豪雨をね。
そして、その引き金となったのが、その宝石って話だ。娘を逃がした時に、もう覚悟は決まっていた……と解釈されてる」
「随分詳しいのね」
男が苦笑した。
「まあ、一応イーリスの人間だしな。……エリックが来たということは、アヴァロンは」
「俺が殺した」
「そうか。親父に代わって礼を言うよ。まだ、残党は多いが……」
「親父?」
「ああ、俺の紹介がまだだったな。ブラン・コット。親父はイーリスの第一師団団長だ。俺は放逐された身だがな」
イーリスの第一師団団長の息子?それが、なぜシュトロートマンの娘と……一体、何が起きている?
クロエがメディアを見つめた。
「……それを使えば、あなたは死ぬ。でも、彼は助かる。そういうことね」
「……私は、所詮ヒトじゃない。そして、誰かを愛することも許されない。……ならせめて、この命は彼を助けるため……」
「……ダメ、だ」
掠れた声。カルロスが、口を開いた。
725 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:43:33.08 ID:Dh94pGk20
「……あなた、それって」
「『女神の雫』。私の生命の結晶。そして、『願い』を一つだけ、叶える力を持つの」
男の目が見開かれた。
「伝承は、マジだったのか!!?」
「……伝承?」
「ああ。ユングヴィに伝わる話だ。『巫女は命と引き換えに『女神の雫』を産み出し、それをもって干天に慈雨を降らせた』とね。
150年前、怪物となり倒れた夫の願いを聞き入れ、巫女は雨を降らせたのさ。
自分を我が物にしようとした豪商と、ロックモールの一部を水没させるだけの豪雨をね。
そして、その引き金となったのが、その宝石って話だ。娘を逃がした時に、もう覚悟は決まっていた……と解釈されてる」
「随分詳しいのね」
男が苦笑した。
「まあ、一応イーリスの人間だしな。……エリックが来たということは、アヴァロンは」
「俺が殺した」
「そうか。親父に代わって礼を言うよ。まだ、残党は多いが……」
「親父?」
「ああ、俺の紹介がまだだったな。ブラン・コット。親父はイーリスの第一師団団長だ。俺は放逐された身だがな」
イーリスの第一師団団長の息子?それが、なぜシュトロートマンの娘と……一体、何が起きている?
クロエがメディアを見つめた。
「……それを使えば、あなたは死ぬ。でも、彼は助かる。そういうことね」
「……私は、所詮ヒトじゃない。そして、誰かを愛することも許されない。……ならせめて、この命は彼を助けるため……」
「……ダメ、だ」
掠れた声。カルロスが、口を開いた。
726 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:44:12.83 ID:Dh94pGk20
(二重投稿失礼しました)
「君、は、生きなきゃ、いけない……人間になる、方法は、アリスって人が、知ってる、んだろう……」
「……カルロス」
「俺の、ことは……いいんだ。君を、守れた、だけで……」
ブランが首を振った。
「もう喋るな。寿命が……」
「俺は、満足、だよ。メディア、君は、君の人生を……」
俺は唇を噛んだ。……安い悲劇だ。こんな結末を見たかったわけじゃない。
アヴァロンは討ち、エストラーダ候も塵に帰った。だが、この2人を守れなかったことは……痛恨の極みだ。
確かに、2人を守ることは、俺の宿願とは何の関係もない。だが、父上の教えには背く。
「頼まれたことは、最後まで遂行しろ。それが君主たるものの務めだ」。父上は、事あるごとにそう言っていた。
俺は、魔族を統べる君主たらねばならない。見捨てることは、決してできない相談だった。
……何か、できないのか。本当に、打つ手はないのか。
メディアがクロエの制止を振り切り、宝石を強く握る。
「……嫌。あなたの記憶を消してでも……!!!」
その時、向こうからプルミエールとデボラの姿が見えた。
…………それだ!!!
「加速(アクセラレーション)5ッッッ!!!!」
727 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:45:21.99 ID:Dh94pGk20
宝石が砕かれようとした瞬間、俺は力尽くでそれを奪う。そして叫んだ。
「デボラッッ!!!『時間遡行』を!!!」
「えっ!!?」
「今なら間に合う!!余力は!?」
「ほとんどないけど……」
俺はクロエとブランを見た。
「今から治療をやるっ!!今から来る亜人の女に、体力回復の治癒魔法を!!あとはあいつが何とかするッッッ!!」
「え」
「いいからすぐにだ!!できるんだろ、強力な治癒(ヤツ)!」
そうだ。シェイドの様子からして、あいつの体力を回復させたのはこいつらのうちのどちらかだ。
なら、その力を借りれば……デボラの魔力を回復させれば、「時間遡行」で「干からびる前の」カルロスに戻すことは、多分できる!
一瞬呆気に取られていたクロエが「ああ」と呟いた。
「あれは魔法じゃないわ。薬を霧状にして、ついでに眠らせただけよ。寝ないと体力は戻らないから。でも、お望みとあらば……」
彼女は一瞬のうちに、赤い甲冑姿になった。そして何か操作すると立て続けにデボラとカルロスに霧を放つ。
「あ……か……」
「デボラさんっ!!?」
崩れ落ちるデボラを、プルミエールが支えた。カルロスもまた、ガクッと首が横に倒れる。
「とりあえずお望み通りにね。ここじゃ目立つから、少し場所を移動しましょうか」
728 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:45:57.49 ID:Dh94pGk20
アイテム紹介
「女神の雫」
「女神の樹の巫女」がその生命力を注いだ結晶。砕くことで、巫女が願った「奇跡」を起こすことができる。
奇跡の力は相当に強く、死者蘇生など世界の理をねじ曲げることまで可能。ただ、世界の征服や破滅など大それたものはできない。
結晶は硬く簡単には砕けないが、巫女だけは簡単に破壊することができる。
なお、破壊すると巫女は死ぬ。いわば心臓のようなものである。
女神の樹の巫女の体液は直接飲むとエストラーダやカルロスのように人外化を引き起こすが、一定以上希釈すればまさに万病の薬となる(そして強烈な媚薬ともなる)。
このため、生殖という役目を終えた巫女は利用されるのを防ぐため「女神の雫」を作るのである。いわば、自決装置のようなものである。
もっとも、それ自体に奇跡という副次的な効果があるため、かえって狙われる理由になっているのだが。
メディアについて言えば、彼女は早い段階で死を覚悟していた。
「同じ死なら人の役に立つ死を」ということで、アヴァロンに言われるまま雫を生成していたというわけである。
なお、アヴァロンの願いについては次回ブランが明かすことになるだろう。一応、私利私欲ではない。
729 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:46:45.77 ID:Dh94pGk20
第27-5話
730 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:47:12.76 ID:Dh94pGk20
「……落ち着いたか」
「そうみたい。デボラさん、さすがに疲れて眠ってるわ」
私はゆっくりと扉を閉めた。……やっと、一息つける。
私たちは、「蜻蛉亭」にいた。娼館の部屋を病室代わりに使わせてもらえることになったのだ。
カサンドラさんは「お代は頂くわよ」と言っていたが。魔族であるエリックの姿を見ても嫌な顔をしなかった辺り、やっぱりいい人なんだろう。
カルロス君の処置は、一応無事に終わった。
デボラさんの付き添いで見ていたけど、「時間遡行」の過程で例の「触手」が背中から生えて来た時にはさすがに焦った。エリックを呼びに行こうと思ったくらいだ。
でも、もともと深い眠りに入ってたらしく、暴れることは幸いなかった。何でも、あのクロエさんという人の薬が効いていたらしい。
カルロス君の生命力はかなり失われているらしい。デボラさんからは「流れた血は元に戻せない」とは聞いていたけど、それと同じ理屈のようだ。
あのデイヴィッドには随分触手を斬られていたみたいだ。どうもその影響があるんじゃないかという。
それでも、彼が一命を取り留めたのは確かだ。
今、カルロス君はメディアさんが看病している。
まだ乗り越えなきゃいけない障害は幾つもあるだろうけど、一先ず大きな山は越えたんじゃないか。私はそう思った。
シェイド君はというと、猫の姿に戻ってまだ寝ている。私はもちろん、エリック以上に体力を酷使したのだろう。
そもそも、シェイド君にとって亜人の姿は仮初めのものだという。その状態を維持するだけでも、結構な体力を使うのだと聞いたことがある。
彼がいなければ、私たちがアヴァロンに勝つことはなかっただろう。いや、これは皆の勝利なのだ。
思い切り喜びたかったけど、そんな気力もないほど、皆疲れ果てていた。
とりあえず柔らかなベッドで、早く寝たいな……
でも、生憎そうもいかない。下には、私たちを待っている人がいる。
クロエさんとブランさんだ。
731 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:47:50.03 ID:Dh94pGk20
#
1階の応接室に入ると、彼らが落ち着かない様子で座っていた。
「娼館なんて初めてだけど、こんな感じなんだな。もっとゴチャゴチャしてると思ってた」
「来る必要もないでしょ……あ、来た来た」
私たちは、彼らの向かいに座った。
「ごめんなさい、やっと処置が終わって……。お待たせしました」
「いえいえ、お気遣いなく。あなたのことは、アリスさんから聞いてるわ。今までで一番の学生だと」
「そんな……お世辞ですよ」
コホン、と隣から咳払いがした。エリックも相当に疲れているらしい。
「手短に頼む。正直、結構限界だ」
「そうね、申し訳ない。私たちがアリス・ローエングリン教授からのお願いで来た、とは言ったわね」
「ええ。でも、なぜあなた方が教授と知り合いなんですか?
確かに、反皇室派を支援しているとは聞いてましたが」
「厳密には『反皇帝派』ね。皇室にもマシなのはいるから。
アリス・ローエングリン教授……そしてジャック・オルランドゥ氏は私たちの協力者であり、皇帝に対抗する力を与えてくれるパトロンなの」
「……解せんな」
エリックが会話に割り込んできた。
「まず、一介の学者がテルモンの件に首を突っ込む理由が分からない。
それに、ブランだったか?お前はイーリス出身で、テルモンの件なぞどうでもいいだろう」
「……そもそも、何で私の父が反旗を翻したか、知ってる?」
「いや」
「皇帝ゲオルグの圧政が理由なんじゃないですか?」
私の言葉に、クロエさんが小さく首を縦に振る。
「それはもちろんある。でも、もっと大きな理由がある。
父はテルモン南西部にある小都市、ヘイルポリスの領主だった。そして、ヘイルポリスには小さな遺跡があるの」
「遺跡?」
「そう。『断絶の世紀』は知ってるでしょ?私たちの世界には、『500年前から過去の記録が一切ない』。
ただ、その手掛かりとなる遺跡は幾つか世界に存在する。ヘイルポリス遺跡もその一つ」
「断絶の世紀」はもちろん知っている。ただ、「遺物」や「秘宝」がその手掛かりになりうるものだとは聞いていた。
ただ、どこから出土したのかというのまでは知らない。
……何か、ざわざわしたものを胸の内に感じる。なんだろう、これ。
732 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:49:22.91 ID:Dh94pGk20
私は動揺を悟られぬよう、努めて静かに訊いた。
「教授が昔冒険者をやっていたのと、関係があるんですか」
「もちろん。彼女とジャック・オルランドゥ氏は、その発掘作業に携わってた。父もそれを後援していたの。
でも、皇室はそれを潰したかった。だから、3年前にヘイルポリスを襲撃したのよ。何とか死守できたけども」
「どうしてですか?ただの遺跡の発掘作業じゃ……」
その時、「まさか」とエリックが呟いた。
「……狙いは」
「ええ。遺跡に眠る『秘宝』や『遺物』。それを独占するつもりだったんでしょうね。
あれは、使い方によってはとてつもなく危うい。あなたたちは、身をもってそれを知っているはず」
……そういうことか!!鈍い私でも、やっと分かった。
今テルモンで起きていることは、ただの反乱じゃない。強大な武力をどちらが握るかという争いなのだ。
そして、遺跡ということは……
「『サンタヴィラの惨劇』とも、関係がある話なんですね」
「恐らくは。あなたが考える以上に、『秘宝』や『遺物』は世界を変えかねないの。それも、根本から」
「お前たちが着ていたあの鎧も『遺物』か」
ブランさんが肩を竦めた。
「いや、『パワードスーツ』は『秘宝』の方だよ。というか、よく誤解されるんだけど武具だからといって『遺物』とは限らないんだ。
その魔力の源となる『魔洸石』が含まれているか否かが大事でね。あれは、人の精神に重大な影響を及ぼすのさ。
パワードスーツの動力源はあくまで着用者本人の魔力と『電力』。至って平和な代物だよ」
「そんなものを、どうしてお前たちが?その遺跡からの出土品なのか」
「ご名答。で、俺はイーリスの反ユングヴィ教団派としてクロエたちに協力する立場ってわけだ。
まあ、こいつとはガキの頃からの腐れ縁なんだけどな」
クロエさんがやれやれと溜め息をつく。
「『幼馴染』と言ってくれないかな?ま、それはともかく。
私たちがここに来たのは、ヘイルポリスにいるアリスさんとジャックさんの支援をお願いしたいからなの」
「……え??教授たちは、モリブスにいるはずじゃ……!!?」
「襲撃の気配があったからなのかな。数日前にヘイルポリスに『転移』してきたのよ。ジャックさんの容態も良くないみたいでね……
あなたたちのことは、大分気にしてた。そして、ミカエル・アヴァロン大司教の動向も。
でも、彼女は動けなかった。『本当にごめんなさい』と、言伝を預かってるわ」
襲撃……多分、あのデイヴィッドだ。私たちは出くわさなかったけど、2人からカルロス君が戦っていた相手が彼であることは聞いていた。
それにしても、新しい情報が多くて頭が混乱する。というか、私の失われた記憶とも、何か関係があるんじゃ……
私は首を振った。きっと、考え過ぎだ。
「『支援』ということは、何かに巻き込まれているのか?」
クロエさんが頷いた。
「ええ。ヘイルポリスは今、テルモン軍によって襲撃を受けてるわ。
相手は……皇弟ナイトハルト・ウォルフガング。そして父とアリスさんは、その防衛に回ってる」
「そこで、俺たちの力を借りたい。そういうことだな」
「ええ。あなたの目的が、『サンタヴィラの惨劇』の真実を暴くことにあるのは知ってる。
だから、無理にとは言わない。でもさっきプルミエールさんが言ったように、決して無関係じゃない」
エリックが私の目を見た。答えは決まっている。
私はクロエさんに頷いた。
「やります」
733 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:50:01.59 ID:Dh94pGk20
武器・防具紹介
「パワードスーツ」
「秘宝」の一つ。全身鎧であり、滑らかな意匠を含め明らかに既存の鎧とは一線を画している。
その防御性能も破格であり、「スレイヤー」の力を解放した一撃も一応耐えることができる(ただし受ければ破壊される)。
外見は「アイアンマン」のそれをもう少し曲線的にしたものと考えればよい。クロエやブランの持つもの以外にも、1、2点存在する模様。
なお、左手のバックルに収納することができる。質量は約1kgと軽く、女性のクロエでも問題なく扱える。
本人の魔力に応じて身体能力を引き上げる効果もある。電力はサポート動力程度。兜内部は全方位モニターとなっており、周辺状況を分析するようにできている。
ブランが言う通り「秘宝」と「遺物」の最大の違いは「魔洸石」を内蔵しているかどうかに左右される。
パワードスーツにも「魔洸石」を内蔵する強化版があるようだが、それが現存するかは不明。ただ、あるとすれば間違いなく「特級遺物」だろう。
734 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/12/29(火) 21:50:53.90 ID:Dh94pGk20
今日はここまで。明日で大体追いつきます。
735 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/12/30(水) 01:52:14.76 ID:yvLieVxDO
乙乙
736 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/01/11(月) 18:23:07.72 ID:m+vxd/s9o
第28-1話
737 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:23:41.06 ID:m+vxd/s9o
テスト
738 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:24:45.95 ID:m+vxd/s9o
「随分慌ただしいねえ。あんたもまだ回復してないんだろ?」
デボラが苦笑した。右肩は石膏で固められている。
「急いだ方がいいみたいだからな。一応、クロエたちの薬のお蔭で多少は体力は戻っている」
日はまだ低く、涼しさまで感じる。ヘイルポリスまでは2日ほどの道のりだが、それでも早いうちに出た方がいいということだ。
そう、俺たちはヘイルポリスへと向かうことになった。ジャックとアリスを救うためだ。
プルミエールがザックを担ぎ直した。向こうでは、クロエとブランがもう発つ準備をしている。
「デボラさんたちは、しばらくここに?」
「まあね。モリブスから軍隊が来るから、今回の件の説明をしなきゃいけない。一応、一部始終を説明できる立場にはあるからね。
それに、この肩じゃ足手まといになりかねない」
デボラの視線が、プルミエールから俺に移る。
「……アヴァロンの件、本当に心から恩に着るよ。仇の一人を討ってくれた……何と礼を言えばいいのか」
「それはいい。俺だってお前には随分助けられたからな」
「……ふふ、そうだね。『前と同じ御礼』は、できそうもないしね」
意味深に笑うデボラに、プルミエールはきょとんとしている。
「シェイド君も残るの?」
「にゃ。ご主人のことは気になるけど……エリックほど体力が戻ってるわけじゃないにゃ。行くなら万全にしてからにゃ」
「じゃあ、後で合流だね」
「そうなるにゃ。デボラ姉さんも行くにゃ?」
デボラが拳を握ってみせた。
「そうだねえ……まだ、仇は討ったわけじゃない。オーバーバックは、あたしがこの手で」
「蜻蛉亭」から、メディアと車椅子に乗ったカルロスが現れた。
「……もう、行くのか?」
「ああ。メディアを人間にするのはしばらく待ってもらうことになるが、大丈夫か?」
「信じて待つよ」
カルロスがメディアを見上げた。彼女は静かに微笑む。こんな表情もできるのかと、俺は少し驚いた。
「くれぐれも、肉体的接触は避けろ。性交なぞもっての他……」
「んなの肌身に染みて分かってるよ。それにこの身体じゃ、そういうのは無理だ」
クスクス、と後ろでプルミエールが笑う。
「……何がおかしい」
「いや、お母さんみたいだなあって」
少し、顔が熱くなった。
「……っ!ま、まあいい」
「ははは……無事を祈るよ」
「私からも、ささやかですが祈りを」
2人と握手をする。「そろそろいいかな?」と、クロエの声がした。
「分かった。……行ってくる」
4人が手を振る。次に会えるのは、いつだろうか。
739 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:25:25.18 ID:m+vxd/s9o
#
「存外『魔王』も感傷的なんだねえ」
馬上のクロエがニヤリと笑う。
「……ふざけろ。気のせいだ」
「ロックモールを離れてから、チラチラ『女神の樹』を振り返ってたじゃない。まあ、心残りがあるのは分かるけど」
「うるさい」
横のプルミエールがクスクス笑った。
「……何がおかしい」
「ううん、何も。……戦況は、どうなんですか」
「私たちが出た時は、膠着状態だったと思う。皇弟ナイトハルトが直々に出てくるのは始めてじゃないけど、父には北部の『イミル関』で痛い目に以前遭わされてるから」
「痛い目?」
トントン、とクロエが左手首の腕輪を叩く。
「『パワードスーツ』。ナイトハルトも遺物『グングニル』持ちだけど、父の守りは崩せなかった。手間取っている間に、崖上からの集中砲火を食らって撤収、というわけ。
イミル関は皇都とヘイルポリスを繋ぐ要所なの。今も、多分あそこで止まってる」
「でも、俺たちの支援が必要なのはどういう意味だ?」
ブランが気まずそうに頭をかく。
「アヴァロンによってユングヴィの神官兵が動員されてね。それで皇都での陽動が上手く行かなかった。
アヴァロンは死んだらしいけど、その腹心のアウグストは健在だ。こいつも何考えてるか分からないけど、ナイトハルトと組んだのは嫌な予感がするな」
「アウグスト?」
「そう、アウグスト・フェルナンデス。あいつは基本イーリス内部でしか動いてなかったし、知らなくて当然か。
アヴァロンの恐怖政治の一翼を担った奴だよ。異教徒や魔族の弾圧ではアヴァロン以上に苛烈かもしれない。
アヴァロンが行方不明になった情報がすぐに入るとも思えないけど、知ったらどうするかは読めないね」
……アヴァロンみたいなのがまだいるのか。神への盲信は害悪でしかないな。
「つまり、そいつが来るまでにナイトハルトを撃退すればいいわけだな?」
「そういうこと。ゲオルグが直接来たらまた厄介だけど」
「詳しい話は現地で、ということだな」
にしても、切迫した状況であるはずなのに、2人には妙な余裕がある。信用してないわけじゃないが、何か引っ掛かる。
「どうしたの、エリック」
「いや……何か、な」
視線を前に向けると、ポプの並木が見えてきた。今日の宿場である、エルファンが近いようだ。
740 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:26:06.23 ID:m+vxd/s9o
#
「……えっ?」
「ん?部屋は2部屋だよ。私はブランと、であなたたちと」
エルファンの宿のカウンターの前。プルミエールが口をパクパクさせたまま固まっている。……さすがにそれは聞いてない。
「……どういう意味だ」
「あ、そういう関係じゃ『まだ』ないの?アリスさんからはそう聞いてたけど」
「違うっっ!!!どうしてそんな適当な……そもそも、お前らは一緒でいいのか?」
「そりゃねえ。もう20年もいれば家族同然だしね」
「……はあ」
溜め息をつくブランの頭を、クロエが軽くはたく。
「何嫌そうな顔してんのよ」
「どうせ主導権はそっちなんだろ、知ってる。暴君の『姉』を持つと疲れるよ……」
「ほう、そこまで搾り取られたいの?」
今度は俺が溜め息をついた。「そういう関係」か。
にしても、こんな緊張感がないやり取りをできるのはやはり妙だ。
「……分かったから騒ぐな。今日はそういう部屋割りでいい。まだ日は高いから、少しぶらついてくる」
「了解。7の刻までに戻ってくればいいわよ」
宿を出た俺の後を、プルミエールがついてきた。
「ちょっと、幻影魔法は?ただでさえ目立つんだから……」
「……おかしいと思わないか」
「え?」
「あの2人、あまりに余裕がありすぎる。まるで、『何も起こらない』のを知ってるかのように。
そもそも、最初からしておかしい。カルロスがやられそうになった所に都合よく現れたらしいが、そんな偶然があるのか?」
「まさか、疑ってるの?」
クロエたちは多分、敵じゃない。俺たちを殺そうとするなら、単に油断した所を背後から刺せばいい。
ただ、何か裏がある。あるいは、この件自体が何か別の意図があるのじゃないか?
「……分からん。考えすぎかもしれないな」
俺は、今の推測を話すのはやめることにした。まだ早い。
そもそも、クロエとブランはさほどプルミエールと歳が変わらないだろう。せいぜいクロエが俺と同じ程度のはずだ。
未熟だから、緊張感なくいちゃつける。その可能性も、なくはない。
プルミエールがはぁと息をついた。
「色々この数日あったし、疲れてるのよ。少し湖畔を歩いて、ゆっくりしましょ?」
「……そうするか」
プルミエールが不意に俺の手を握った。体温がぶわっと上がるのが分かる。
「何だそれは」
「え、嫌だった?」
「嫌じゃないが……」
「ならいいじゃない。サラファンって、ちょっとした避暑地だし」
辺りを見ると、確かに家族連れや恋人同士が多い。
オルランドゥ大湖のほとりにあるこの宿場町は、テルモンからの観光客が多いのを俺は思い出していた。
だとしたら、恋人を「演じた」方が不自然ではない、のか。
「分かったよ」
741 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:26:33.85 ID:m+vxd/s9o
#
「〜♪」
プルミエールは上機嫌で鼻歌を歌っている。こいつもこいつでどうにも調子がおかしい。
「よくそんな気楽でいられるな」
「エリックが根詰め過ぎなのよ。そりゃ、私だって不安だけど……でも、少しくらい気晴らししないと、疲れちゃうから」
「そんなものか」
「そんなものよ」
オルランドゥ大湖に、日が沈もうとしている。茜色が湖面に照らされ、何とも言えない美しさだ。
不意に、プルミエールを見る。頬が僅かに朱が差しているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「プルミエール」
「……ん?」
ドクン
その微笑みに、俺の鼓動が高まった。……何だこれは。そもそも、なぜ俺はプルミエールの名を呼んだ?
「……どうしたの?」
「い、いや。何でも……」
いけない。これじゃ俺は、まるで見た目通りの、思春期のガキじゃないか。
何か言わなければ。言葉を探すが、全然出てこない。焦りがさらに沈黙を深める。
プルミエールの顔が、気持ち近くなっている。え、待て、何だこれは……
苦し紛れに視線を外した。……その先にいた人物を見て、俺は固まった。
まさか。こんな所にいるはずがない。
短い黒髪に痩せた長身。耳こそ長くないが、それは……あの男に瓜二つだ。
「……ランパード?」
「え?」
プルミエールが俺の視線の先を見た。ランパードそっくりの男は、黒い髑髏があしらわれたシャツを着て、釣りに興じている。
そして、俺たちの存在に気づいたのか、ニヤリと笑った。
「よう、お二人さん。何か用かい?」
「あ……ランパードじゃない、のか?」
「ランパード?知らねえが……ほうほう」
男は釣竿を置くと、こちらに近付いてくる。俺はプルミエールの前に立った。
敵意はない。マナも感じない。ただ、他人の空似というには、似すぎている。
男は頭をかきながら苦笑する。
「いや、すまねえな。実に面白いマナだったんでな。デートの邪魔なら、消えるぜ」
「……お前、何者だ?」
男はふむ、と宙を眺め、「やっぱこれだな」とひとりごちた。
「俺は、ランダムだ。よろしくな」
742 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:27:05.85 ID:m+vxd/s9o
都市紹介
エルファン
モリブス南部の宿場町。人口は1万人程度で、やや高地にある。オルランドゥ大湖のほとりにあり、風光明媚なことから高級避暑地としての人気が高い。
温泉こそないが、上流階級の家族や若者には人気。ただ、物価は高く中間層以下にとっては高翌嶺の花の街でもある。
このため、宿場町としてはエルファンではなくそこから5kmほど先のデミファンが使われることが多い。こちらは商人御用達の普通の街。
領主の娘であるクロエは、当然のようにエルファンを宿泊地として選んでいる。
治安はよく、湖の魚介類を生かした料理が人気。ブドウ酒も良質であり、貴族からの人気は高い。
ただ、異種族への差別感情も強い。プルミエールが幻影魔法でエリックの見た目を変えようと焦ったのはこのためである。
なお、ヘイルポリスに入るルートは2つ。北部のイミル関から入るルートか、湖沿いに入るルートである。
皇都に近いのは前者だが難所でもあり、侵入は困難。また、湖沿いのルートも守りは堅く、ここから攻めるのも容易ではない。今回は後者を使ってヘイルポリスに入ることになる。
743 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:28:14.42 ID:m+vxd/s9o
第28-2話
744 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:28:49.94 ID:m+vxd/s9o
……誰だろう、この人。
甘い時間を邪魔された憤りより先に、私が感じたのは違和感だった。
ランダムと名乗る男性の見た目は、ランパードさんそっくりだ。耳がエルフのそれだったら、確実に私も間違えていただろう。
でも、それ以上に不思議だったのは、彼が纏う空気だ。マナが凄くあるわけじゃない。ただ、どこか現実離れしている。髑髏のシャツも、見たことがない意匠だ。
「名前を聞いたわけじゃない。だから、何者だと聞いている」
差し出された手を無視してエリックが言う。ランダムという人は、うーんと唸りながら頭を掻いた。
「それが分かりゃ苦労はしねえんだよ。俺自身よく分かってねえんだから」
「何?」
「記憶喪失なんだよ。15年前からずっと、な。ただ、幸い酒と料理の知識だけはあったからな。それを生かして、ここでレストランをやってる」
彼が湖畔の小屋を指差した。
「『アンバーの隠れ家』ってんだ。飯時には早いが、どうだ?
せっかくいい雰囲気の所邪魔したから、お代はまけとくぜ」
「……ビクター・ランパードという人はご存じですか。あなたにそっくりの、トリスの貴族です」
「俺にか?いや、聞いたことがねえな。そいつ、エルフなんだろ?他人の空似じゃねえか?
世の中には自分と同じ顔が3人いるというしな」
私はエリックと顔を見合わせた。彼に敵意はない。でも、明らかに何か、浮世離れしたものを感じる。
「お前、魔術の心得が?」
「あー、何か分かるんだよ。そいつがどのぐらいのマナを持っていて、どんな奴か。多分、生まれつきだな。
で、お前さんたち2人は俺が今まで感じたことがないマナがある。量とかじゃなく、『色』がな。
あ、名前聞き忘れてたぜ。兄ちゃん、名前は?」
「……!!お前、俺が子供とは思わないのか」
「や、そんなマナを子供が持ってたらおかしいだろ?30前ぐらいか、ざっくり。で、名前は?」
「……エリック、とだけ言っておく」
ランダムさんの表情が、一瞬固まった。僅かに目が潤むと、それをゴシゴシと擦った。
「あ、何だこれ……おかしいぜ。妙に目が湿ってやがる。……会ったことは、ねえよな?」
「……お前によく似た男にならあるが」
エリックも戸惑っている。本当に、何者だろうこの人。
「……まあ、いいや。飯、ただにしてやるよ。どうだい」
「いいんですか?」
「おう、お前さんたちならいいぜ」
「じゃあ、あと2人増えても大丈夫ですか?」
745 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:29:47.79 ID:m+vxd/s9o
#
「あ、戻ってきた」
宿に着くと、ちょうどクロエさんたちがフロントに出てきたところだった。湯浴みの後なのか、2人とも髪が濡れている。
「……随分暢気なもんだな」
「もっと肩の力を抜いたら?少なくとも、『今日は』何も起こらないはずだし」
……何で言い切れるんだろう?確かにクロエさんたちは戦いに慣れてそうではあるんだけど。
疑問を口に出しかけたけど、とりあえずやめた。確かに、私もエリックも、難しく考える癖があるのは確かだし。
「今日のご飯って、予定あります?」
「ん、ないけど。プルミエールさんは、ここに来たことってあるの?」
「いえ、初めてなんですけど。さっき、ある方から自分の店に来てくれって。お代はタダでいいそうです」
ブランさんが渋い顔になった。
「タダ?本当に大丈夫かそれ。店の名前は?」
「はい、『アンバーの隠れ家』って」
「ウッソだろ!!?」
彼が驚きで叫んだ。クロエさんも口をあんぐりと開けている。
「それ、エルファンでも滅多に予約が入らない超人気店だよ……」
「そうなんですか?」
「皇族や貴族でも簡単に予約が取れないって話。父さんは1度行ったことがあるらしいけど……どうしてそんなことに?」
私はさっきの出来事を話した。「へえ」とブランさんが呟く。
「俺は知らないけど、ビクター・ランパードってトリスの貴族とそっくりなのか。それが縁と」
「店主がどんな人か知らなかったけど、ちょっと変わった人なのね。確かに名前が幾つもあるとか、正体不明とかいう噂はあったけど。
でも、こんな機会なんて二度とないだろうから、乗ってみようかな」
そこまで凄い人なのか。とてもそうは見えなかったけど……
エリックが何か考えている。
「どうしたの?」
「いや、何で俺を見て涙ぐんだのか、よく分からなくてな。少なくともあの男、ただの料理人じゃないぞ」
「うん……確かに。マナの『色』とか言ってたし」
どういうことなんだろう?とりあえず、行けば何かわかるのかな。
746 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:30:24.30 ID:m+vxd/s9o
#
「おー、よく来てくれたな」
店に入ると、さっきと同じ髑髏のシャツ姿で、ランダムさんが出迎えに来た。
既にテーブルには料理が用意されている。……5皿?
「あ、俺も一緒に飲もうと思ってな。今日は貸し切りだ」
「どうしてそこまで?」
「んー、気分だな。今日予約してた客には、頭下げて別の日にしてもらったよ」
「……気分、な」
エリックが訝しげにランダムさんを見る。彼は「ハハハ」と快活に笑った。
「まあいいじゃねえか。酒も用意してあるぜ。エルファンの貴腐ワインから行こうじゃねえか。あ、酒は皆行けるかい?」
「はいっ!是非」
「俺はそこまで強くないが……まあいいだろう」
クロエさんたちも問題ないみたいだ。テーブルに着くと、ランダムさんがワインを開ける。
ふわりと、甘いハチミツのような香りがここまで広がってきた。
「凄い……!!これが名高い、エルファンの白ワインですか?」
「おう。白じゃなくって貴腐ワインだがな。貴腐ワインは知ってるか?」
私は首を振った。クロエさんは口をあんぐりと開けている。
「話には聞いたことがあるわ。ブドウをカビさせて作るワインが、最近できたって……まさか、それ?」
「おう。というか、俺がやり始めた。これをやると糖度が跳ね上がるんだよ。
甘味を凝縮するという意味じゃアイスワインも近いが、こっちの方がより風味が豊かだ」
「よくそんなこと思いつくわね……さすがは『アンバーの隠れ家』の主人」
「ハハハ、たまたま『知ってた』だけさ。じゃ、まずは乾杯と行こうか」
黄色い液体の入ったワイングラスを掲げ、ランダムさんが「出会いに乾杯!」と叫んだ。
グラスを合わせてワインを飲む。……何これっ!!
「うわっ!!甘いっ!!!」
「ちょっとこれ凄いな。砂糖かハチミツ入れたんじゃないのか??」
驚くブランさんに、ランダムさんがニヤリと笑う。
「ところが完全にブドウだけだ。食前酒にはちょうどいいだろ?
テーブルにある前菜はこいつに合わせている。ブルーチーズのソースを使った夏野菜のテリーヌだ」
貴腐ワイン?テリーヌ?聞いたことがない言葉ばかり出てくる。最高級レストランって、こんな感じなのかな。
前菜に手を付けた。野菜の甘さを癖のあるソースが引き立てる。その風味をワインがさらに強めている。間違いなく美味しい。
ただ、この料理の味わい、どこかで……
「ん?嬢ちゃん、口に合わなかったか?」
「いえ、とても美味しいんですけど。どこかで食べたことがあるなあって。
……あ、オルランドゥのカトリさんと、ウカクさんのお店だ」
そうだ。チーズの使い方が、とてもよく似ている。あそこもチーズを使った料理が売りだった。
ランダムさんが驚いたように目を見開く。
「驚いたぜ、そいつらは俺の弟子だな」
「そうなんですか??」
「ああ。俺は弟子とか取らねえんだけどな。そいつらは別だ。元気してるか?」
「はいっ!あそこも色々お酒が置いてあって、いつも通ってました」
「おお、そうか。ってことは嬢ちゃんは、魔術師関係者だな」
言葉に窮した。あまり、私たちの旅の目的を人に話すべきじゃない。
747 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:30:51.77 ID:m+vxd/s9o
「え、ええ、まあそんなところです」
「心配すんなよ、訳ありなのは初見で分かってる。お前さんたちが連れて来たそのカップルも、まあまあ只者じゃないな。
例えばそこの黒髪の姉ちゃんが左腕に着けているのは、ただの腕輪じゃない。違うか?」
クロエさんが思わず左手首を隠した。
「なっ!!?」
「ハハ、だから心配すんなよ。皇室の連中にチクるつもりはねえよ」
「……本当にお前、何者だ?記憶喪失なのも、嘘か」
エリックの言葉にどこからかワインの瓶を取り出して、ランダムさんは静かに首を振った。
「や、それは本当だ。嘘をつく理由がねえよ。ただ、何となくそいつの『マナ』……さらに言えば人格とかが分かる。生まれつきだろうな。
料理もそうだ。もともと、俺には知識があった。ないのは、記憶だけだ」
「取り戻したいとは思わないのか?」
エリックがちらりと私を見た。15年前……今の私では難しいけど、もう少し成長すればできなくはない。
ランダムさんは肩を竦める。
「いや、今の生活には結構満足してるんだよな、これが。昼は魚を釣って、時には山で狩りをする。
それを使った料理で皆に喜んでもらう。それだけで十分なんだよ。金も名誉も、なぜか欲しいとは思わねえんだ。……ただ」
「ん?」
「……いや、言ってもしょうがねえんだがな。1つだけ覚えていることがあるんだよ。それは、『エチゴ』という男を追えってことだ」
「『エチゴ』?」
「そう。名前しか分からねえ。なぜ追わなきゃいけねえのかも。ただ、記憶を取り戻さない方がいい気もしててな」
ランダムさんはワイングラスをあおった。……記憶を取り戻したがっていたオーバーバックとは、正反対だな。
「ま、とにかくこうやって若いのと酒が飲めるだけで幸せだぜ。ワインもスピリッツも、北ガリアだったら大体いいのを取り揃えてるぜ。ドンドン呑んでくれ」
748 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:31:20.99 ID:m+vxd/s9o
#
夕食はとても楽しく、和やかに進んだ。エリックが魔族であることはすぐに見破られたけど、特に詮索されることもなかった。
何より、料理は本当に絶品だった。湖で取れた「イール」という魚を焼いたものに濃いソースをかけたものや、山で獲れた野鳥のスープなどはきっと忘れられない。
そして、お酒。どのお酒も本当に美味しく、料理と一緒に合わせるとそれがさらに引き立つのだ。タダだからいいけど、一体どれぐらいのお値段なんだろう……考えると酔いが醒めそうだなあ……
クロエさんは甘え上戸らしく、ブランさんにやたらとしなだれかかっている。やっぱりこの2人、恋人同士なのかな。
エリックはというと、ランダムさんに色々食材について訊いている。お酒はそんなに飲んでないけど、そっちに興味があるのね。
「……なるほど、木の実のソースか。そういう使い方があるんだな」
「野趣を楽しみつつ臭みも消せるからな。森の食材には森の食材を合わせる、鉄則だな。
にしても、お前さんたちただの観光客じゃねえよな?多分、あの姉ちゃんはシュトロートマン家の人間だろ」
「え、分かってたの?」
「以前一回うちに来たことがあるだろ。今へイルポリスがきな臭くなってるから、さしずめその2人は援軍ってとこか」
「そこまで知ってたのね」
ニヤリとランダムさんが笑う。
「まあ、年の功ってやつだな。ま、俺がとやかく言える立場じゃねえし、どちらの肩を持つつもりもねえが……気を付けな」
「もちろんそのつもり……」
ランダムさんがクロエさんに首を振り、自分の左手首を指さした。
「違う、そいつだよ。俺にはそれが何か分からねえが、人には過ぎたる力じゃねえのかな?
そういうのは、できるだけ使わねえ方がいい。まあ、『目には目を』ってことで使わなきゃいけねえんだろうが」
「なっ……」
「気を悪くしたらすまねえな。それに、こいつは俺の直感だ。間違ってるかもしれねえ。
ただ、何か良からぬ予感がするんだよ。……気を付けな」
クロエさんは不服そうにランダムさんを見ている。なぜそんなことを言ったのだろう。その時の私には、分からなかった。
「ま、悪かったな。そろそろ締めにするから、別の酒を用意するぜ」
749 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:31:54.94 ID:m+vxd/s9o
#
このランダムさんの忠告を、私たちはヘイルポリスに着いてから思い出すことになる。
それも、嫌と言うほど。
750 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:32:32.65 ID:m+vxd/s9o
キャラクター紹介
ランダム(年齢不詳)
男性。体つきや顔など、ランパードに酷似している。エルフ特有の耳があれば、ほぼランパードと思われる程度。ただし、本人たちに面識はない。
15年前に記憶を失い、エルファンの街に辿り着いた。そこでレストラン「アンバーの隠れ家」を開店。本人の豊富な知識や陽気な人柄もあり、瞬く間にエルファン、そしてテルモンを代表する名店となる。
ジビエを中心とした料理であり、その調理方法は特殊にして多様。素材の野趣を生かすその料理は皇室や貴族からの評価も高いが、召し抱えの要請はことごとく断っている。
無類の酒好きでもあり、新しい醸造法の開発などテルモンに与えた恩恵は大きい。ただ本人は「自分が飲むためのもの」としているが。
マナの質を読み取る特殊能力がある。本人の性格、果ては血筋まである程度は判断できるようだ。
それがなぜ自分にあるのかはよく分かっていない。ただ、本人の嗜好に合った料理を出すという点で、仕事には役立っている。
記憶をなくしているが、過去にはこだわらない性質。その他謎ばかりだが、本人は当面一料理人のままでいいと考えているようだ。
外見年齢は30前後。ただし15年前から一切顔立ちが変わっていない。
旧シリーズのランダムとの関係性は、現在不明。
751 :
◆Try7rHwMFw
[sage]:2021/01/11(月) 18:34:52.01 ID:Zpt9ZdPfO
一時中断。
752 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/11(月) 18:43:22.31 ID:Zpt9ZdPfO
sagaにするのを忘れていました。
753 :
◆wCAPYNYM6w
[saga]:2021/01/11(月) 21:16:13.64 ID:b5rhOPz3O
テスト
754 :
◆wCAPYNYM6w
[saga]:2021/01/11(月) 21:16:45.87 ID:b5rhOPz3O
第29話
755 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/11(月) 21:24:57.70 ID:b5rhOPz3O
「アンバーの隠れ家」から戻ってから、微妙な空気が続いている。帰り道も、皆どこか言葉少なだった。
それは部屋に戻った今でも続いている。
「どうしてあんなこと言ったんだろうね」
プルミエールが髪を梳きながら言う。やはり、引っかかっていたか。
「あのランダムという男が何者かは分からん。ただ、率直に言えば俺にも違和感があった」
「違和感って、クロエさんたちのこと?」
「ああ。彼らを信用してないわけじゃない。敵でもないと思う。ただ、あまりに都合が良すぎる」
「都合?」
「ああ。なぜ、絶妙の時機にカルロスたちの所に現れたのか?不思議に思わなかったか」
プルミエールが手を止めた。
「そりゃ……運が良かったからじゃ」
「そこだ。俺は運をそんなに信じてない。運だと思っている物事の背後には、必ず何かがあるはずだ。
あいつらには感謝している。ただ、ランダムが初対面の人間に無意味に警鐘を鳴らすような、思慮のない男とは思えないんだ」
「……確かに」
「『パワードスーツ』、だったな。『遺物』じゃないと言っていたが……何か問題があるんだろうか」
「どうだろ……明日クロエさんたちに訊いてみるしかないんじゃないかな」
「そうだな。明日も早い、今日はもう寝るぞ」
「……うん」
何か、俺たちは根本から勘違いしている気がする。
そもそも、ジャックとアリスがヘイルポリスに行った意図は何だ?父の友人だからといって、無批判に信用しすぎてはいなかったか?
とにかく、ヘイルポリスに行かないと話にならない。目で見たものしか、信用してはならない。
それは、俺がプルミエールと一緒にいる理由でもある。
756 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/11(月) 21:30:17.18 ID:b5rhOPz3O
#
エルファンからヘイルポリスまでは、オルランドゥ大湖沿いに馬を走らせ半日程度だ。
シュトロートマンの勢力が強い地域であるらしく、この方面から攻められる心配は薄いのだという。
それにしても、クロエたちは相変わらず暢気なものだ。まるで小旅行から帰ってくる程度のノリだ。どう切り出せばいいか……
「クロエさん、ところでそれ、ヘイルポリスの遺跡から出土した、って」
プルミエールから先に彼女に話しかけてくれた。正直、助かる。どうも俺はこういうのが苦手だ。
「……あ、『パワードスーツ』?うん、そうだけど」
「その遺跡ってどんなものなんですか?何か気になっちゃって」
「あー、昨日のランダムさんの言葉が気になってるのか……」
ちらりと彼女がブランを見る。ブランは小さく頷いた。
「あんたらなら言ってもいいだろ。ヘイルポリス南部にある小遺跡さ。そんなに深度はないけど、それでも出土品は結構あってね。こいつだけじゃなく、幾つか『秘宝』が見つかってる。
んで、アリスさんは『まだ奥があるんじゃないか』って疑ってる。あの人、オルランドゥの教授じゃなくって冒険者が本業なんじゃねえかな」
「かもね。昔、ジャックさんも来たことがあったって聞いてる。父だったら、もっと詳しく知ってるかも」
父上も、何か絡んでいたりするのだろうか。あるいはデボラの両親も。
「俺からも、いいか?」
「ん、いいわよ」
「お前らがカルロスを助けたのは、偶然じゃないな」
2人の表情が凍った。図星か。
「……どうしてそう思うの」
「あまりに時機が良過ぎる。そして、今の余裕。そんな魔法があるとは思わないが……未来が読めているのか?」
ふう、とクロエが息を付いた。
「……さすがね。といっても正確じゃないんだけど」
「どういうことだ」
「ヘイルポリス遺跡の最奥には、ある装置があってね。私たちじゃ使えないけど、アリスさんは使える。と言っても、この前来た時に使えるようになったのだけど。
『1週間ぐらい先までの未来が予測できる』んだって。それもかなりの精度で」
「何!!?」
「嘘っ!!?」
俺とプルミエールの声が重なった。そんな馬鹿げたことができるわけが……
「……まあ、そう思うのが当然だよね。私たちも、カルロス君を助けるまでは半信半疑だった。
あの時刻、あの場所にスティーブンソン近衛騎士団団長が現われた時、正直震えたわ。ね、ブラン」
「ああ。それで、俺たちもアレ……確か『スパコン』だったか。その『予言』を信じるようになったってわけさ。
ヘイルポリスを出る時に、アリスさんから1週間は皇弟ナイトハルトの動きがないとは聞いてたからな。しばらくの身の安全は濃厚と判断してる」
……なるほど、やはり種があったか。しかし……これは。
「人智を逸してます、ね……」
プルミエールに先を越された。そう、その通りだ。ランダムがああ言った理由も、少し分かる。
そんな「神」に近い力を、アリス・ローエングリンは扱えるのか?それは、間違いなく為政者からしたら……脅威でしかない。
「そうね。『秘宝』は、私たちが及びもつかない可能性を持っている。
だからこそ、皇帝ゲオルグの圧政から人々を解放する可能性がある。そうは思わない?」
「……かもしれませんね」
プルミエールは、何か考えている。この女は考えに甘い所はあるが、決して馬鹿ではない。
そして、俺の中にも疑念が生まれた。父上が「サンタヴィラの惨劇」を起こした理由は、何だ?
遥か向こうに、尖塔のようなものが見えてきた。あれが、ヘイルポリスか。
757 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/11(月) 21:30:43.44 ID:b5rhOPz3O
#
「父様、クロエ・シュトロートマンただいま戻りました」
ヘイルポリスの古城に入ると、長髪の初老の男が奥から現れた。温厚そうだが、どこか厳粛な空気を纏っている。
「君が、『魔王』エリック・ベナビデスか」
「ええ。あなたが」
「左様。ヘイルポリス領主、カール・シュトロートマンだ。ここに来てくれて幸甚に思う。
その女性が、プルミエール・レミュー嬢だな。話はアリス・ローエングリン教授から聞いているよ」
「お会いできて光栄です、陛下。教授は」
「北部のイミル関だ。私は一旦こっちに戻ってきたが、彼女はまだあそこだ。オルランドゥ卿もそこだが……」
「容態が良くない、とは聞いています。大丈夫なんですか」
シュトロートマンが口を濁す。
「……とてもそうは見えない。ただ、考えがあってイミル関にいるのだとは思う。幾つか、『秘宝』も持ち込んでいるようだし、全く無策とは考えにくい」
……「秘宝」か。何か、胸騒ぎがする。
「その『秘宝』が何かは、ご存知なのですか」
「いや……あれを扱えるのは、ローエングリン教授だけだ。こちらとしては、ひとまず彼女に任せるしかない。今までも、彼女には色々助けられてきたしな」
プルミエールに視線を送る。彼女が小さく頷いた。
「私たちをイミル関に連れて行ってくれませんか」
「無論だ。ただ、今日はもう遅い。宿を取っているから、そこで休むといい。
それにしても、エリック君、だったな。やはり、ケイン殿とよく似ている」
「……やはり父上をご存知でしたか」
「会ったのは、私がごく若い時の一度きりだったが。先代皇帝シャルルについて諸王会議に出た時に、な。立派な方だったと記憶しているよ。
『サンタヴィラの惨劇』の話を聞いた時は、耳を疑ったものだ」
「父上は、ジャック・オルランドゥ卿やアリス・ローエングリン教授とも懇意でした。その点について、話を聞いたことは」
「……そうなのか。初めて聞いたよ」
俺は軽く落胆した。シュトロートマンは、あまりジャックやアリスの素性について詳しく知らないらしい。
「とりあえず、簡単な祝宴の席を設けている。よかったら、どうだ。昨晩の『アンバーの隠れ家』ほどのものは出せないと思うが」
「いえ、ご相伴に預からせて頂きます」
758 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/11(月) 21:31:24.48 ID:b5rhOPz3O
#
翌日のアリスとの再会が、思いもよらぬ形になることを、この時の俺はまだ知らない。
759 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/11(月) 21:45:47.13 ID:0XZYkCiFO
ちょっと回線の調子が良くないですね……
もう一度中断します。
760 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/01/14(木) 05:27:08.79 ID:64v9BhkDO
乙
ちょっと気になる事が一つ
カール・シュトロートマンは領主とあるが王か否か
王なら陛下で貴族なら殿下か閣下
761 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2021/01/15(金) 16:37:09.56 ID:s0ydGNtFO
>>760
多分単純ミスですね。すみません。
ヘイルポリス周辺は半独立状態ではありますが、あくまでシュトロートマンは貴族です。
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