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魔王と魔法使いと失われた記憶
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204 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/07(月) 21:41:35.00 ID:EdEU0WzCO
奴は俺を「医者」と言った。俺をちゃんと認識できているということだ。
そして、この脇腹への一撃。……恐らく、わざと急所を外している。
なぜか?俺に死なれちゃ困るからだ。クドラクは生きたがっている。自分を治す医者を殺しては本末転倒だ。
つまり……思考能力はちゃんとある。ということは、袋小路で罠を張るエリックの作戦は……見透かされ得る。
「クソがっ……」
俺は何とか立ち上がった。どこに追い詰めるかまでは聞かされてはいねえ。しかし、このままでは、多分……
作戦は失敗する。
205 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/07(月) 21:44:04.13 ID:EdEU0WzCO
短いですが第11-1話はここまで。この回は複数視点で展開します。計5〜6パートです。
第12話から、少しずつエリック視点を増やす予定です。
206 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/07(月) 21:51:56.44 ID:EdEU0WzCO
技・魔法紹介
「重力波」
重力魔法。見えない波動を相手に当てることで、一時的に対象にかかる重力を2倍とする。使い手はかなり限定されており、ランパードはじめ数えるほどしかいない上級魔法。
詠唱を伸ばすことで重力量を増やすことが可能。今回は詠唱時間が取れなかったため2倍どまりだったが、それでも並の相手ではろくに行動ができなくなる。
ランパードは重力波→居合斬りの連続技を得意としており、これだけでかなりの相手を斬っている。
2倍の重力でクドラクが動けたのはランパードの計算外であったが、3倍以上なら目的は達成できたかもしれない。
なお、ランパードの真の切り札はまだ温存されている。
207 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/07(月) 22:45:50.62 ID:7ohpvFRI0
乙乙
208 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:35:41.27 ID:Q6atrxSlO
第11-2話
209 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:36:35.12 ID:Q6atrxSlO
「来たかい」
「ああ、デボラ義姉さん。向こうから走ってくる」
義弟のラファエルが鼻をひくつかせた。あたしは視線を落としたまま呟く。
「走ってくる?」
「ああ。誰かに追われてるみたいだ」
「プルミエールは今どのへんだい」
「ここから100メドぐらい。もうすぐ着く」
「いきなり異常事態だね」
あたしはサッと手をあげた。身を潜めていた組員たちが、噴水の周りにいる一般人たちを追い出しにかかった。
この辺りはワイルダ組のシマだ。往来はある程度あたしらの好きなようにできる。
だからこそ、ここを作戦の視点にした。周囲への被害は、最小限に抑えたい。
にしても、本来はここでクドラクが来るのを待ち伏せるはずだった。既に追われているのは、かなり計算外だ。
「クドラクがどこにいるか分かるかい?」
「いや、匂いがしない。血の臭いなら、ここから200メドぐらい離れた所に1人。まだ生きてる」
「匂いすら残さないのかい……厄介極まりないね」
掌に汗が滲む。面倒な、一銭にもならない頼みごとを引き受けたもんだ。
だけど、これはワイルダ組にとって必要なことだ。うちのシマを好き放題荒らす怪物は、始末しなきゃいけない。
そして、何より……あたしのためにも。
あれは、あたしの仇かもしれないのだから。
210 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:37:20.29 ID:Q6atrxSlO
#
父さんと母さんが消えたのは、15年前のことだ。当時から冒険者として十分な名声を得ていた父さんと母さんは、モリブス統領府からの依頼も多く請け負っていたようだった。
その中の一つに、オルランドゥ大湖の調査がある。直径最大1200キメド、北ガリア大陸の中央に位置する巨大湖だ。
その全貌は謎に包まれている。湖の水は多くのマナを含み、そこで生きる生き物は超常のものも少なくないと聞く。
湖にある島から「遺物」が発見されたこともあるという。しかし、恐ろしく危険なため、十分な調査はほとんどなされていない。
かつては湖ではなく、巨大な空洞であったとも言われているけど。
とにかく、父さんと母さんは度々オルランドゥ大湖に赴いていた。2人が消えた日も、いつもの調査と変わらなかった。妙に険しい、父さんの顔を除いては。
『どうしたの、父さん』
『……デボラ、今回は帰りが遅くなるかもしれない』
『……?どういうこと?』
父さんは一瞬言い淀んだ。
『少し、調査範囲を拡げようと思ってね。もし、1ヶ月して帰らないなら、ジャックの元を訪ねるといい』
『……危ないの?』
ハハハ、と父さんは笑った。
『いや、少し遠出するだけだ。きっと戻るから、心配しないでくれ』
父さんが何か隠しているのは、何となく分かった。当時のあたしは15歳。既にジャックさんから、初歩的な魔術も教わり始めていた。物の道理は、ある程度分かる。
『……帰ってきてね』
父さんは笑いながら、母さん譲りの銀髪をくしゃくしゃとやった。
それが、父さんとの最後の会話だ。
211 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:39:14.75 ID:Q6atrxSlO
父さんと母さんが消え、悲しみに打ちひしがれているあたしたちの耳に、ある噂が入ってきた。
それは、2人を殺したのは、「クドラク」ではないか、ということだ。
クドラクの話は聞いていた。要人ばかりを狙う、見えない殺人鬼。正体は一切不明。手掛かりもない。
噂を聞いた時、まさかと思った。しかし、ジャックさんの元にベーレン侯が来た時、漏れてきた2人の会話はその噂を補強するものだった。
『殺されたとすれば、相手はクドラクか『六連星』だろう』
「六連星」が何かは、今でも知らない。ジャックさんにそれとなく聞いたけど、はぐらかされた。
ただ、クドラクが父さんたちを殺したかもしれないと聞いて、あたしの心に暗い炎が点った。
しかし、それからすぐに……クドラクの活動は止まる。やり場のない怒りを抱えながら、あたしは15年生きてきた。
212 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:40:36.98 ID:Q6atrxSlO
#
そして、クドラクは再び現れた。仇かどうかは分からない。しかし、心の暗い炎が再び燃えるには、十分だ。
ラファエルの目が鋭くなる。駆けてくるプルミエールの姿が、ハッキリと見えた。
「来たぞっ」
彼女の背後に目を凝らす。辺りは少し暗くなったが、空間の違和感は視認できた。
プルミエールとの距離は……2、30メド。その差は急激に詰まっている。
猶予はない。あたしは立ち上がった。
「野郎どもっっ!!撃てっっ!!!」
一般人に変装していた組員が5人、一斉にハンドボウを構えた。プルミエールが噴水前を通り過ぎると同時に、姿を隠しているクドラクに矢が放たれる!!
パサパサパサッ
「え」
矢が……通らない?外れたんじゃなくて?何かに当たった矢は、枯れた小枝のように地面に落ちる。
「冗談、だろ?」
鎧を中に着込んでるとでも?いや、それじゃあの俊敏な動きは理解できない。あの耐久力……「遺物」の力かっ!?
クドラクは矢に構わずプルミエールを追う。その差はもう5メドまで詰まっていた。
213 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:41:22.61 ID:Q6atrxSlO
まずいっ!!
「ウィテカーッッ!!!」
あたしは叫ぶと同時に駆け出した。懐にある「魔導銃」を握り、力を込める。
マナ量に比例した「魔弾」を放つ代物だ。あたしなら、一撃必殺の威力になる。
そして、フードを被ってベンチに座っていたウィテカーが、姿を見せた。その姿は……プルミエールに瓜二つ。
あたしたちが足止めのために用意した、もう一つの手段だ。
「…………!!?」
クドラクの移動速度が鈍った。一瞬でもいい、銃を撃つだけの時間を稼ぐっ!!
彼女に変装したウィテカーも、クドラクに向けて走り出す。彼が懐剣を抜いた。
「姉さんっ!!!」
「……コシャクナッッ」
ザシュッッ!!!
……短剣が、ウィテカーを貫いた。
「……姉、さん、今、だ」
崩れ落ちようとするウィテカーに向けて叫びたくなる気持ちを、何とか抑えた。
これは、彼が作った隙だ。それを逃す手は、ない。
あたしは引き金に手を掛ける。
「うおおおおおっっっっ!!!」
ドォォォンッッ!!!
214 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:41:59.01 ID:Q6atrxSlO
魔導銃から放たれた「魔弾」はクドラクの側面を直撃した。歪みが数メド吹っ飛ぶ。
仕留めたと思ったあたしの喜びは、すぐに絶望へと変わった。
215 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:42:32.33 ID:Q6atrxSlO
……ゆらり
クドラクは立っていた。空間に、右膝から下が浮かんでいる。傷は負っているようだけど……致命傷じゃない。
「……あ、ああ……」
ゆっくりとクドラクはあたしに近付いてくる。ウィテカーは倒れたまま動かない。早く彼の元に行かなきゃいけないのに、恐怖で身体が……動かない。
「……ジャマダ」
来るべき衝撃に備え、あたしは身を屈めた。
216 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:43:07.35 ID:Q6atrxSlO
しかし、クドラクは……あたしを素通りすると、再び凄まじい勢いで駆け出した。
「……え?」
何が起きたのか、理解ができなかった。振り返ると、プルミエールの姿は遥か向こうだ。彼女を見失うのを恐れた?
何にせよ、助かったらしいのは確かだった。ウィテカーの元に行くと、夥しい出血で地面が濡れている。「時間遡行」なしでは助からないだろう。
あたしは精神を掌に集中した。幸い、刺されてからは間もない。出血量は酷いけど、何とかなる。そう信じた。
プルミエールはまだ逃げているはずだ。結果的に、時間は稼げたことになる。
217 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:43:43.43 ID:Q6atrxSlO
最後の頼みは……エリック、あんたしかいない。
218 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:47:14.97 ID:Q6atrxSlO
第11-2話はここまで。11-3話は多分プルミエール視点で短めです。
219 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 20:57:06.14 ID:Q6atrxSlO
設定紹介
オルランドゥ大湖
北ガリア大陸中央に位置する巨大湖。直径は最大1200キロにも及ぶ。ほぼ円のような形であり、水はマナで溢れている。
オルランドゥ魔術都市は、大湖の恩恵を強く受けた都市でもある。
湖の全貌は謎に包まれている。湖には幾つか島があるようだが、人工物があるなど不自然な点も多い。島から「遺物」が発見されたとの噂もある。
湖の生物はどれも巨大で凶暴。湖畔近くは安全だが、中央に行くに従い危険度は指数関数的に上昇する。
多くの冒険者が湖に挑んでは散っているが、巨万の富が得られるかもしれないことから湖に赴く者は後を絶たない。
北ガリア大陸の各国家も調査団を派遣しているが、その成果は徹底して秘されている。
ただ、十分な成果を得られたと判明している事例は、今のところない。
220 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/10(木) 21:05:05.28 ID:Q6atrxSlO
言うまでもなく、オルランドゥ大湖=「穴」です。
ただし塞がれたのではなく湖と化しています。この全貌が明らかになるとすれば、本作からさらに500年以上はかかるでしょう。
なお、jもここに生息していますが、彼女が登場することは多分ありません。
221 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:47:48.34 ID:n3eshWjqO
第11-3話
222 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:49:20.69 ID:n3eshWjqO
「はあっ、はあっ、はあっ」
全力で脚を動かす。視界は涙と汗で滲んでいた。
地面を蹴る足音は聞こえない。しかし、後ろから何かが猛烈に迫ってくる予感だけは感じた。
心に過るのは、恐怖と……その倍の後悔。……なぜ私は、あの時ファリスさんに対してもっと強く出なかったのだろう?
私は彼女の前で、クドラクのことを一言も言わなかった。
警戒されたくなかったから?違う、私は彼女がクドラクだと思いたくなかった。だから、あんな迂遠な言い方で彼女を探ってしまった。
止める機会は幾らでもあった。アミュレットを手に取って彼女が咳き込んだ時、見捨てていれば?戻って彼女がアミュレットを着けているのに気付いた時、無理矢理彼女のベッドに向かっていれば?
そうしなかったのはなぜか。……答えは出ていた。
223 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:49:57.58 ID:n3eshWjqO
「ぐあっっ!!!」
後方から、ランパードさんの叫び声が聞こえた。私は振り返ろうとして、寸前でやめた。
遅くなるから?違う、ランパードさんが傷付いたのを、確認したくなかったからだ。そして、追ってくるのがファリスさんであるという事実も。
私は、何て情けない女なんだろう。
こんなに事実から目を背けようとしている人間が、真実を知る魔法を使う?
……お笑いだ。
224 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:54:19.06 ID:n3eshWjqO
それでも、逃げないと死ぬ。モリブス旧市街の噴水が見えてきた。せめて、作戦だけは遂行しないとっ……!!
カフェにいるデボラさんが立ち上がったのが、視界の端に見えた。
「野郎どもっっ!!射てっっ!!!」
ワイルダ組の組員たちがハンドボウを構える。そして、一斉に矢が放たれた!
しかし、デボラさんの表情はすぐに固まる。そして、私に向けて駆け出した!?
まずいっっ、もう差は……ほとんどない。
「ウィテカーッッ!!!」
私に変装していたウィテカーさんが姿を現す。
私は息切れして倒れそうになるのをこらえた。ここで倒れたら、全て無駄になってしまう。
目的の袋小路までは、あと300メド。それまでは、何がなんでも辿り着かなきゃ!!
後方で「ドォォォンッッ!!!」という炸裂音が聞こえた。デボラさんが何かしたんだ。
ひょっとして……と思って振り向く。しかし。
225 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:54:59.89 ID:n3eshWjqO
タタタタタタッッッ
片足だけが、凄まじい勢いで地面を蹴って私を追ってきている。
その異常な光景に、私は戦慄した。明らかに、この世のものじゃない。
226 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:55:46.43 ID:n3eshWjqO
まだクドラクとの距離はある。でも、息切れが酷い。もう、体力は……限界だ。
「幻影の霧」を使おうにも、これじゃまともに詠唱なんてできやしない。その場に立ち止まれば、どんなにか楽か。
絶望が、私の身体を覆い、押し潰す。
「ワンッ、ワンッ!!!」
……犬?振り返ると、大型犬がクドラクの脚に噛み付こうとしていた。
「……え?」
「グッッッ!!?」
どういうことだろう?しかし、クドラクの脚は止まった。
今の隙に!!私は、最後の力を振り絞る。目的の袋小路が見えてきたっ!!
「ソコニナニカイルナッッ!!?」
ファリスさんが……いや、クドラクが叫ぶ声が聞こえる。私との距離は、もう10メドもない!!
路地の入口まで、残り5メド……間に合って、お願いっっ!!
227 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:56:35.02 ID:n3eshWjqO
その刹那。路地から黒い影が飛び出てきた。手には短剣が握られている。
「小娘、よくやった……あとは俺が殺る」
「エリック!!?」
彼は私を路地に弾き飛ばすと、低い声で呟いた。
「加速(アクセラレーション)10 音速剣」
228 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:57:04.27 ID:n3eshWjqO
ザンッッッッッッ!!!!!
周りの家の壁が、真っ二つに切断される。……そして。
クドラクは……ドレスが破れた状態で、はるか後方に吹っ飛んでいた。
229 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 20:58:16.78 ID:n3eshWjqO
第11-3話はここまで。次回、ようやくもう一人の主人公のエリック視点です。
なお、犬についてはちゃんと理由があります。
230 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/11(金) 21:16:13.83 ID:n3eshWjqO
武器紹介
「フローラのドレス」
1級遺物。ドレスとあるが身体全体を覆うクロークのような形状であり、周囲の風景と同化させる作用を持つ。
よく見ると周囲とはやや違和感があるが、それでも夜なら判別は至難。
着用者の姿は見えなくなるが、内部からは外が見えるようになっている。極めて軽量。
それだけではなく、一定時間宙に浮くことも可能になる。
ファリスはこれを利用し、自室の窓から飛ぶことで自宅を抜け出していた。帰る時にもこの能力を使っている。
その隠密能力、飛行能力に加え、布とは思えないほどの耐久性が一級遺物である所以。
少々の衝撃なら簡単に吸収する。着用者に致命的打撃が与えられると、その程度に応じてドレスが肩代わりする。
この観点からすると、デボラの攻撃は十分な攻撃力があったことになる。無論、エリックの「音速剣」は言うまでもない。
231 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/12(土) 13:31:01.79 ID:6Flt5Rnt0
乙
232 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:43:09.86 ID:Wb+JqVAEO
第11-4話
233 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:43:55.72 ID:Wb+JqVAEO
俺がまだガキの頃の話だ。
俺は父上と鹿狩りに出ていた。魔法の実践も兼ねたものだ。
3頭を仕留めて得意気になって帰ろうとした時、それは起こった。
グロロロロロ……
地響きのような唸り声が聞こえた。魔獣??でも、今の自分ならっ!
そんな俺の肩を、父上は押さえた。
『何をするんですか、父上』
『相手が何物か分かっているのか』
『分かりません。でも、俺なら……』
ギロリと睨まれ、俺は硬直した。
『阿呆が。死ぬつもりか?』
『え……何がいるのか、御存知なのですか』
『いや、確信はない。だが、状況を判断しろ。全てにおいて、現状の把握が全てに優先する。……狙いは鹿だろう、置いて立ち去るぞ』
『でもっ、勿体無くは……』
『命より優先されるものはない。俺たちが殺られる可能性は、ゼロではないのだから』
あの勇猛で途轍もなく強い「魔王ケイン」にしては、あまりに臆病なんじゃないか?少しの落胆と共に、俺は背中に背負っていた3頭の死骸を置いた。
その時だ。
『逃げるぞっ』
父上が、俺の手を引いた。次の瞬間。
ゴオオオオッッッ!!!!
上空から炎のブレス??父上がいなければ、丸焦げになっていた。
見上げるとそこには……巨大な紅い龍。
『『加速(アクセラレーション)』だっ!!!』
父上に言われる通り発動する。紅龍はあっという間に小さくなった。
『はあっ、はあっ……す、すみません、父上……』
『言わぬことではない。あれは紅蓮龍『シューティングスター』だ』
『え』
『勝てぬ相手ではない。だが、お前を守りながら戦うのは、困難と察した。
唸り声の質から、奴である可能性をまず考えた。そして不安定な足場、そしてお前の存在。総合的に判断すれば、『加速』を使った逃亡が最善だ。
何も考えずに突っ込むことは勇気ではない。蛮勇だ』
静かに、しかし重く父上は言う。返す言葉もない。俯く俺に、父上は続けた。
『攻めることが悪いわけではない。だが、状況を冷徹に判断しろ、ということだ。何を優先すべきか、誰を救うべきか。その成功可能性はいかほどか。
戦でも政でも、その判断こそが全ての基になる。忘れるな』
『……はい』
234 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:44:23.62 ID:Wb+JqVAEO
#
その時の記憶は、今でも鮮明に残っている。
父上があれからすぐ後に「サンタヴィラの惨劇」を起こしたから、なおさらだ。
235 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:45:19.28 ID:Wb+JqVAEO
#
小娘の姿と、その背後にいるクドラクを目にした時、俺は咄嗟にあの時のことを思い出していた。
本来、小娘が路地に逃げ込みクドラクがそれを追ってきたのを迎撃する予定だった。しかし、小娘の体力はもうもちそうもない。
全身が消えているはずのクドラクの右足だけが見えているのも奇妙だった。既に、戦闘は行われていると見るべきだった。
この作戦は、クドラクが見えないことを前提としたものだ。だが、姿が一部とは言え見えるのなら……攻撃方向を限定した、無差別攻撃は必要ない。
何より、もう一刻の猶予もない。小娘を死なせないためには……
ダッッッ!!!
今出るしかない。
「小娘、よくやった……あとは俺が殺る」
「エリック!!?」
俺は小娘を路地へと弾き飛ばす。クドラクは、すぐそこまで迫っていた。
剣を構え、小さく呟く。
「加速(アクセラレーション)10 音速剣」
短剣を薙ぐ。音速まで加速されたその素振りは、衝撃波となり前方にあるもの全てを破壊する。
効果は絶大だ。しかし、細かい狙いが付けられない。だからこそ、路地へと誘い込む手筈だった。
だが、大まかな場所さえ分かっていれば……問題はないっっ!!
ザンッッッッ!!!!!
見えない斬撃が家の壁を両断した。そして、クドラクは……後方へと吹っ飛ぶ。
236 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:46:49.24 ID:Wb+JqVAEO
殺ったという安堵は、束の間のものだった。
ドレスが散り散りになったのを見て、強烈な違和感をおぼえたのだ。
……なぜ身体が両断されない!!?
「エリック!!!」
「出るな小娘!!終わっては……」
237 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:47:27.20 ID:Wb+JqVAEO
ゆらり
クドラクが立ち上がった。痩せ細った手足。下着だけの身体には、肋が浮いている。
髪は前へと垂れ下がり、それはまるで、伝承上の……
「……幽鬼だ」
238 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:48:26.09 ID:Wb+JqVAEO
それは無言で俺に猛烈な勢いで向かってくる!!
そんな馬鹿なッ!?あれを食らって生きていることなどっ!!!
ギイィィンッッ!!!
振り下ろされた懐剣を受ける。激しい衝撃が、腕と肩に走った。
この身体で、この膂力。……おかしい。これが、「遺物」の力なのか??
「ジャマヲ、スルナ」
「……死に損ないがっ!!」
身体を捻りながら力を逃す。速度、膂力ともに人外のそれだが、技術では俺に及ばないのは組んでみて分かった。
後方に跳びながら首筋に横薙ぎを入れる!
ヒュンッッ
首だけを器用に後ろにずらした、だと!?
反応速度が、人間のそれではない。「加速」の2倍速を常に使っているような動きだ。
さっき、極一瞬だけ「10倍速」を使った俺の消耗を考えると……かなり厳しい相手だ。長引かせることはできない。
239 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:49:31.23 ID:Wb+JqVAEO
「……加速(アクセラレーション)2」
一気に踏み込む。持続時間は、「2倍速」ならせいぜい15秒!この間に、決着を……
「ニィ」
下から懐剣が跳ね上げられた!?俺はそれを僅かに交わす。
もう一度首筋に剣を振り下ろすが、これも僅かに外された。やはり、理外の動きだ。……ならばっ!
振り下ろした右腕の陰に、左拳を隠す。怪物とはいえ女にこれを叩き込むのは惨いが、もはややむを得ないっ!!
右脚の親指に力を入れ、そこを起点に腰をさっきとは逆方向に回す。左拳の先にあるのは……クドラクの肝の臓だ。
ダーレン寺流奥義が一つ……「零勁」。
ドグンッッッッ!!!!
「カハッ!!?」
クドラクの身体が、崩れ落ちる。身体の内部に力を送り込む「零勁」を、2倍速で撃ったのだ。立てる存在は、いない。いるはずが……
ビッッッ!!!
「何ッッッ!!?」
予想外の反撃。頬に、熱い痛みが一筋流れた。
思わず再び距離を取る。口元から血を流しながら、クドラクは……嗤っていた。
「……イタミハネ、モウカンジナイノ。コノカラダハ、モウコワレカケ。
……ダカラ、アナタノコウゲキハ、イミガナイ」
どういうことだ?ファリス・エストラーダの意思は、もうないのか?
240 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:50:14.73 ID:Wb+JqVAEO
もう一度、攻撃を仕掛けるべきか。俺は逡巡していた。
もう「加速」の効果は切れる。効果が切れたなら、クドラクの攻撃に反応するのは……恐らくはできない。
だが、痛みは感じずとも打撃は与えているはずだ。さっきのような超反応ができるとは思えない。……思いたくもない。
刹那、クドラクが動いた。
迎撃する!そう思い、構えた俺の横を、奴は嗤いながら通り抜けた。
「しまったっっ!!!」
奴の狙いは……路地の奥にいる小娘かっっ!!!
奴の動きは若干鈍ってはいたが、それでも一瞬反応が遅れた。「加速」の効力はまだ残っている。しかし……追い付けるのか??
振り向いて後を追う。路地の入口から、怯えている小娘の……プルミエールの顔が、月光に照らされた。
「オワリヨ」
241 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:50:47.47 ID:Wb+JqVAEO
何を救うべきか、何をすべきか。父上の言葉が、脳裏を過る。
今から追っても間に合わない。しかし……
俺は、右手を振りかぶった。
ザクッッッ!!!!
投げ付けた短剣が、クドラクの肩口に突き刺さる。致命傷ではない。それでも動きは、僅かに止まった。
その時間だけで、俺にとっては十分だ。大きく踏み込み、右脚の親指で地面を「噛む」。……そして。
ドグンッッッッ!!!
2発目の「零勁」を背中に受け、クドラクが「グッッ」と呻いた。俺は刺さっていた短剣を、思い切り上へと薙ぐ!!
242 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:51:15.27 ID:Wb+JqVAEO
「それは、俺の台詞だ」
ザシュッッッ
アミュレットを着けた右腕は、懐剣ごと宙に舞った。
243 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 20:53:52.36 ID:Wb+JqVAEO
第11-4話はここまで。エリックの戦闘スタイルは、短剣による攻撃と打撃を組み合わせた独特のものです。
遠距離では魔法もある程度使えますが、基本は「加速」を生かした超接近戦が得意です。
なお、「加速」には幾つかの秘密があります。
後で簡単な多数決を取ります。
244 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 21:06:50.72 ID:Wb+JqVAEO
技・魔法紹介
「音速剣」
「加速」の10倍速を極一種使い、剣を振るうだけの技。しかしその速度は音速をゆうに超えるため、それに伴う衝撃波が発生する。
これを以て広範囲を攻撃するのがこの技の骨子である。ただ、その性質上対象は無差別にならざるを得ず、細かい狙いも付けられない。
エリックが最初袋小路に呼び込もうとしたのは、確実に音速剣の衝撃波を当てるためだった。
「加速」の使用時間は極僅かだが、10倍速のため魔力の消費は激しい。撃てる回数は(他に魔法を使っていないという前提で)現状2回が限度。
威力は高いが使い勝手が難しい技で、エリック自身これを使ったことは数えるほどしかない。
なお、「加速」使用中の打撃力は通常より大きく跳ね上がっている。
このため、音速剣の直当てはかすった程度でも絶大な威力になる。
245 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 21:15:52.55 ID:Wb+JqVAEO
多数決です。第11-5話の視点はどちらにしますか?
ストーリーの大枠には影響がありません。
(なお、第11話は短めの11-6話で終わります)
1 プルミエール
2 エリック
3票先取です。
何かしらご意見、ご感想があれば歓迎です。よろしくお願いします。
246 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/13(日) 22:13:45.93 ID:UpjIzAgq0
プルミエール
247 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/13(日) 22:44:19.01 ID:Wb+JqVAEO
上げます。
248 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/13(日) 22:52:02.37 ID:j6UVneLL0
1
249 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/13(日) 22:57:19.07 ID:oQJqPTEDO
乙です
1
250 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:32:58.81 ID:mfBVGPEoO
第11-5話
251 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:36:29.42 ID:mfBVGPEoO
目の前で、クドラクの右腕が飛んだ。鮮血が迸り、彼女はその場に膝から崩れ落ちる。
その向こうで、魔王が短剣を振りかぶったのが見えた。止めを刺そうとしているんだ。
「やめて!!!」
私の言葉に、月明かりに照らされた魔王の顔が訝しげに歪む。
「何故だ」
「これ以上傷付ける必要なんてないっ!!もう、『ファリス』さんは……」
彼女が戦えないのは、見て明らかだった。ハァ、ハァと浅い息をつきながら、左手で切り落とされた右腕の傷を押さえている。
そして、彼女が座る地面には……血の池ができていた。
もう、助からない。私にも、それが分かった。
魔王が短剣の血を拭い、鞘に納める。
「苦痛を長引かせるだけだ」
「……そうかもしれない……でも……少しだけ、話させて」
「何を話す」
「……何でこんなことをしたのか、せめてそれだけでも……」
クドラクが……いやファリスさんが顔を上げた。口元には微笑みがある。
252 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:37:01.94 ID:mfBVGPEoO
「ありが、とう」
「え」
思いもかけない言葉に、私は固まった。
253 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:39:33.18 ID:mfBVGPEoO
「やっと、終わりに、できた……いつか、止めてくれる人が……ごぷうっ……!!」
口から大量の血が吐き出された。
「もうしゃべらないでっっ!!……死んじゃう……!!」
「いい、の。……助からないことは、分かってる……」
ファリスさんの目の光が消えかかっている。
その時、魔王が彼女の背中に手を当てた。……掌が、黄色く光っている。
「気休めだ。生き延びるのはもう無理だが……数分、寿命は延びる」
彼女の呼吸が、少し穏やかになったように感じた。治癒魔法をかけたんだ。
「エリック……」
「話したいことがあるのだろう?そのぐらいの時間は作らせてやる」
「……ありがとう」
彼の優しさが、胸に染みた。でも、それに浸っている時間はない。
「……これは、あなたの意思なの」
彼女は、自嘲気味に笑った。
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ……。私は、生きている証を残したかったし、お父様の役にも立ちたかった。
そして……貴女は危険だった。貴女の……『追憶』は、お母様が何者かを、暴いてしまう」
「エストラーダ候は、お母様の行いを」
「やはり、全て知ってたのね」
私は無言で頷く。ファリスさんが、憑き物が取れたように穏やかな表情になった。
「……お父様は、命令は、してないわ。でも、お母様がクドラクというのは、気付いていたと思う。私が、クドラクというのは……きっと知らないけど。
……とにかく私は、自分の意思で、クドラクになることを選んだわ。でも、すぐに自分が自分でなくなることに……気付いた」
254 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:40:32.43 ID:mfBVGPEoO
「……それって」
ファリスさんの視線が、転がったままの右腕に向いた。
「あの、アミュレット……あれは、ベルチェル家にかけられた、呪い。かつての当主の意思が込められた、呪いなの」
私ははっとした。確か、彼女の母親の家って……
「まさか」
「……身に付けた者は、過去の当主の技術を受け継ぐの。そして、暗殺者としての業も。
……その末路は、人間性の喪失。脳の病と共に、自分が失われるの」
「あなた、そこまで知ってて、何でっ……!!」
「それで、いいと思っていた。このまま朽ちるくらいなら、と。でも、そう考えること自体……私は呪いにかかっていたのかも……ゴフウゥ!!」
再び、彼女は血を吐いた。
「ファリスさんっっ!!!」
「ハアッ、ハアッ……いいの」
視線が、魔王に向いた。
「……お願いが、あります……あのアミュレットを……壊して」
魔王は小さく頷いた。
「無論だ」
「……ありがとう」
声が弱々しくなっている。……もう、治癒魔法の効果が……切れるんだ。私の目から、涙が溢れた。
255 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:41:24.04 ID:mfBVGPEoO
ファリスさんは、私の命を狙った。それでも……彼女もまた、犠牲者なのだ。あのアミュレットの。
「……プルミエール、さん」
彼女が声を絞り出した。だらんと垂れ下がった左手を、思わず握る。
「……ええ」
「……あなたとは……ちがう、かたちで……」
「ファリスさんっっっ!!!」
彼女から一筋、涙が流れる。最期の言葉は、聞き取れなかった。
256 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:42:10.55 ID:mfBVGPEoO
泣き続ける私と、無言で立ち尽くす魔王と、ファリスさんの亡骸を、月光は静かに照らしていた。
257 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:42:36.92 ID:mfBVGPEoO
第11-6話
258 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:43:21.94 ID:mfBVGPEoO
いつか、こうなることは分かっていた。
もし地獄があるとするなら、私の末路はそこだろう。赦されようとは思っていない。
でも、薄れゆく視界の中、私の心によぎったのは……後悔だった。
私は、ずっとお父様のために生きてきた。私にとっての世界は、お父様だけだった。
だから、お父様のお役に立ちたくて、私は禁忌を犯した。それが二度と戻れない過ちだとしても。
そうすることが、私の生きている証になると信じていた。お父様の思念からクドラクの「活躍」を読み取る度に、私は例えようのない喜びを得られた。
でも、死と共に呪いから解き放たれようとする今なら、それはどうしようもない誤りであったと分かる。
そう思うことこそ、まさにアミュレットの呪いだったのだ。
お母様もまた、それに囚われていたのだろう。だから、アミュレットとドレスを私に託した。
お母様を恨む気持ちはない。ただ、なぜ呪いにかかってしまったのだろうという疑問はある。
それは決して、私には知り得ないことだ。
ただ、一つ言えるのは……私もお母様も、救われない存在であったという事実。
目が掠れる。目の前で、プルミエールさんが泣いている。貴女を殺そうとした、私のために。
259 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:44:24.00 ID:mfBVGPEoO
……私も、貴女のように、縁のない人のために生きることができたのだろうか。
その可能性は、あった。たとえ残りの命が少なくても、多くの人と関わることはできた。
闇に生きるのを選んでしまったのは、私自身だ。そして、それから解き放ってくれたのは……貴女。もう……遅すぎたけど。
「……プルミエール、さん」
「……ええ」
彼女が左手を握ったのが分かった。もう、身体の感覚はさっきからなくなっているけど……その手の温もりだけは、はっきりと分かった。
「……あなたとは……ちがう、かたちで……」
プルミエールさんが、何か叫んでいる。もう、それが何かは分からない。
260 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:45:08.03 ID:mfBVGPEoO
せめて、生まれ変わったなら。
貴女と、友達になりたい。叶わぬ夢だとしても。
261 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:45:36.91 ID:mfBVGPEoO
そして、私の意識は、消えた。
262 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 19:48:04.17 ID:mfBVGPEoO
第11-5、6話はここまで。
重苦しい話が続いたので、しばらく緩い感じにするかと思います。
第12話はエリック視点です。あるキャラが登場します。
263 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 20:34:24.92 ID:mfBVGPEoO
武器・防具紹介
「聖人ディオのアミュレット」
2級遺物。ただ、ベルチェル家の血族以外では能力をフルに発揮できないためこの評価であり、ベルチェル家の人間が着けた場合は特級に迫る能力を持つ。
アミュレットとあるが腕輪のようなもので、宝石をあしらった豪奢な造りになっている。
夜限定で身体能力を爆発的に引き上げる効果を持つ。正確には着用者の脳のリミッターを外している。
このため、使用者の脳に非常に重い負担がかかる。脳腫瘍ができやすいのはこのためであり、精神面でも異常を来しやすい。
ファリスが一般人を殺害していたのもこのためで、倫理観が壊れていたからである。
また、ベルチェル家の歴代当主の技術や記憶を継承させる効果もある。
ベルチェル家自体は300年近く続いているが、これが使われていたのは最初の150年ほどであり、ある程度の地位を築いてからは着用は禁忌とされていた。
素人同然でろくに暗殺者としての教育を受けていないファリスやレナが凄腕の暗殺者然としていたのは、この技術継承の結果である。
魔法の素養が2人にあったのもこれに由来する。
なお、遺物が他人に渡ることをランパードは警戒していたが、ベルチェル家の人間以外には十全に使えない仕様のため結果的には杞憂だった。
264 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 20:47:17.23 ID:mfBVGPEoO
キャラ紹介
ファリス・エストラーダ(20)
女性。ロペス・エストラーダ候の一人娘。長い金髪の女性で、鼻が高い整った顔立ちをしている。
病弱のため身体は痩せており、身体能力はアミュレットなしでは極めて低い。子供の頃から病弱で、「外に出たい」「父親の役に立ちたい」という想いが非常に強かった。
20の誕生日になり母親であるレナの死の真相を知ったこと、そしてアミュレットを着用してしまったことで運命が暗転する。
もっとも、アミュレットの副作用を知っていたとしても、彼女がその誘惑に抗えたかはかなり怪しい。
世界がエストラーダ邸の中で完結しており、対等な友人が遂にできなかったことが道を踏み外す原因となったと言える。
もし相談相手がいたなら、そして別の形で世界と関わることができたならば、彼女が「クドラク」となることはなかっただろう。
彼女自身の性格は極めて真面目であり、多少近視眼的ではあるが善良な性質だった。
もしアミュレットの「呪い」に囚われず、かつ健康であったなら良い為政者となっていただろう(ただし、理想主義であるため敵も多かっただろうが)。
265 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/15(火) 22:11:22.78 ID:mfBVGPEoO
余談ですが、アミュレットの元ネタは言うまでもなくアレです。
(変愚にはそのものズバリのアイテムが登場します)
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/15(火) 22:16:09.39 ID:8egode5DO
やっぱり元ネタはあれですか
乙です
267 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:02:51.56 ID:TbDVBCa4O
第12話
268 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:05:28.78 ID:TbDVBCa4O
鋭い南国の陽射しに、俺は思わず身を捩った。
体力はまだ回復しきっていない。「音速剣」に、2倍速での「零勁」2発。さらにその後も「腐蝕」を使っている。戻りきるまでには、あと1日はかかるだろう。
壁に掛かった時計を見ると、正午の半刻前だった。本当はまだ寝ていたかったが、部屋の暑さと明るさはそれを許しそうにもなかった。
「……ちっ」
舌打ちをしつつ、身体を起こす。やることは幾つもある。ワイルダ組の本部に、いつまでもいるわけにはいかない。
……そういえば、小娘は俺を起こしに来ていない。大体俺より早く起きているはずだが。
部屋を出ると、ラファエルの姿があった。
「やっと起きたんすね」
「小娘は」
「まだ部屋す。昨日は、色々ありましたから」
軽く鼻を鳴らして、彼は肩を竦めた。
「……寝ている、というわけではなさそうだな」
「まだ堪えてるみたいすよ。涙のしょっぱい匂いがしますもん」
「……馬鹿が」
小娘は、ファリス・エストラーダがクドラクになった経緯について、ある程度知っているのだろう。
それにアミュレットが関与していることも、薄々分かった。小娘なりに、ファリスに同情する面はあるのかもしれない。
だが、先に進まないと話にもならない。そもそも、誰が奴を救えたというのだ。
苛立ちと共に小娘の部屋に向かおうとした俺を、ラファエルが呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってください。客人が来たみたいす」
「客人?」
「ええ。多分、あのエルフです。それと、もう一人……女すね」
「……女?」
エルフ……ビクター・ランパードか。あの一件の後、デボラの治療を受けたと聞いている。
その後どこかに消えたらしいが。女とは、奴の協力者か。
呼び鈴が鳴る。下の階にいるデボラが「なんだい」と不機嫌そうに言ったのが聞こえた。
「エリック、客だよ」
やはり俺に用か。俺は溜め息をついて、シャツのまま下に降りる。
「ランパードか、手短に……」
「あ、エリックだ!!」
269 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:06:27.28 ID:TbDVBCa4O
緑髪の小柄な女が飛び付いてきた。俺はそれをひらりと交わす。
ドスン、と壁にぶち当たると「いてて……」と女が額をさすった。
「酷いじゃないですかぁ、20数年ぶりの再会ですよ?」
「お前のような女は知らんな」
「ひっどーい!絶対覚えてるよね?ねえ?」
「知らんものは知らん」
女はむくれるとランパードの方を見た。
「ビクター!何か言ってやってくださいよぉ!!」
「……姫、さすがにそれはねえよ。20数年ぶりに、それもガキの時以来会ってない知人にいきなり抱き付かれそうになったら、俺でも逃げるぜ」
「ビクターまで!?もう、こうなったらプルミエールのとこ行くもん……」
「やめとけ」
俺は険しい顔で女……エリザベート・マルガリータに言う。
「とても、そんなおちゃらけたノリに付き合う気分じゃないはずだ」
「……昨日のが理由ね」
「ランパードから聞いたか。クドラクを倒すための作戦を遂行していた」
「そりゃ知ってるよ、だって私も参戦したもの」
「「……何!?」」
俺とランパードの声が重なった。
「ちょっと待てトンチキ姫よぉ?そんなの一切聞かされてねえぞ?俺は今日あんたがこっちに来るって話しか……」
「あー、いや、嫌な予感したんだよねぇ。だから前日にこっそりこっちに来て、貴方の様子見てたわけ。
そしたらヤバそうなことになってるみたいだから、私のできる範囲でこっそりと、ね?」
……話が読めない。何かの魔法を使ったのは間違いないが……
「……こっそりって、何をしたんだよ」
「『憑依(ポゼッション)』を使った足止め。あのワンちゃんにはかわいそうなことをしたけど。
でも、あの怪物を倒せたのは、私のおかげでもあるわけですよ」
エリザベートがない胸を張る。
270 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:07:22.26 ID:TbDVBCa4O
デボラが訝しげに彼女を見た。
「……このお子様、知り合いかい?」
「お子様じゃないですぅ。これでも27、適齢期の乙女なんですから。
あ、私エリザベート・マルガリータといいます。トリス森王国の第三皇女やってます。で、貴女は?いわゆる『姐さん』?」
「……あたしはデボラ・ワイルダだ。一応、この組を仕切らせてもらってる。
というかトリスの姫様まで来るとはどういうことだい?あのクドラクの件、そこまで大事なのかい」
ランパードが「あー」と苦笑した。
「いや、ここに来たのはそれだけじゃねえんだけどな。聞いてるかもしれねえが、嬢ちゃん……プルミエール・レミューは狙われてる。
モリブスのラミレス家含め、各国政府に。エストラーダ候は全く別の事情で消したがっていたようだが」
「各国政府に??エリックが連れてきた時点でただの娘じゃないとは思ってたけどねぇ……」
「で、トリス森王国は彼女を保護したい。で、俺だけでなく彼女……エリザベート皇女も協力することになったってわけだ。元々、オルランドゥ魔術学院では御学友だったしな」
エリザベートが真顔になった。
「そういうことです。プルミエール・レミュー嬢はさる理由で我が国にとっては重要な人材です。
そこで、トリスとしてはでき得る限りの支援をしたい。ここを訪れた理由の一つは、それを彼女に伝えるということにあります」
「解せんな」
俺の言葉に、エリザベートがムッとした様子になった。
「何がですか」
「まず、ランパード。お前、元は各国合同の討伐隊の一員と言っていたな?それがどうして俺たちに手を貸す?
トリスの意思がどこにあるか明確じゃない。討伐隊には、トリスも協力しているのだろう」
「……こちらも一枚岩じゃねえとだけ言っとく。ただ、こちらは女王の意を受けて動いている。そこは理解してくれ」
「女王の意?」
「これはまだ言えねえ話だ。だが、サンタヴィラにお前さんたちを連れていくのが、女王の意思だ。
信じる信じねえはそっちの勝手だが、敵がわざわざクドラク退治なんてクソ面倒なことに首突っ込むわけがねえことは分かるだろ?」
色々引っ掛かる。しかしとりあえずはいいだろう。
271 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:07:59.54 ID:TbDVBCa4O
「分かった。2点目。俺たちを保護するなら、なぜエリザベートが来る必要がある?第三皇女とはいえ、そいつは貴人だ。お前なら、これがいかに危険な案件か理解しているはずだ」
「それは私から」
エリザベートが軽く手を挙げた。
「貴方の言う通り、これはかなり危険な案件です。ただ、プルミエールは私の親友なの。彼女を助けるために……」
「それだけじゃないな。単に助けるなら、こうやって俺の前に姿を現すはずがない」
ペロッとエリザベートが舌を出した。
「あー、まあ誤魔化されないかぁ。子供の頃から、妙に理屈っぽかったもんね」
「王族同士の交流会で、2、3回会った程度だろう?むしろ俺のことをよくそこまで覚えているな」
「同年代の王族なんて、貴方くらいだったもん。そりゃ覚えてますよ。で、何が言いたいの?」
「お前が小娘に接触するには、何かしら別の理由があるだろう。保護だけなら、そこのランパードだけでも十分なはずだ」
彼女がチラリとランパードを見た。
「結論から言や、俺だけでは不充分ということが分かった。嬢ちゃんには伝えたが、討伐隊がモリブスに集まっている。
ここに滞在し続けること自体危なくなってるが、最大の問題は『六連星』という精鋭が来てるらしいってことだ」
272 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:08:51.38 ID:TbDVBCa4O
「……『六連星』?」
「ま、知るわけねえわな。これは、王族など一部しか知らねえ最上級機密事項だ。……ん」
ランパードの視線がデボラに向いている。顔色が青ざめているのが分かった。
「どうした」
「いや……続けとくれ」
ランパードが、出されたお茶を口にした。
「六連星は、各国から選抜された少数精鋭の独立遊軍だ。北ガリアの治安維持に携わっていると聞いている。
トリスは前から参加してねえし、モリブスも今の六連星に人は出してねえと思う。ロワールは……微妙だな。
とにかく連中について分かってることは少ねえ。構成員全員が『遺物』、それも特級持ちってくらいか」
俺の脳裏に、オルランドゥを出る時に出会ったあの男の顔が過った。
273 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:09:20.84 ID:TbDVBCa4O
「……デイヴィッドという男も、その一人か」
「……!!やはり会ってたか」
「知っていたな」
バツが悪そうに、ランパードが頭を掻いた。
「いや……まあ妙だとは思ってた。オルランドゥから脱出しようとするお前さんたちを誰が止めるかって話は、最後まで聞かされなかったしな。
ただ、『六連星』絡みだろうとは直感した。そうか、デイヴィッド・スティーブンソンか」
「何者だい、そいつは」
俺より先に、デボラが口を開いた。
「『六連星』が誰によって構成されてるかはほとんど知られてねえんだ。ただ、スティーブンソンだけは例外だ。
魔王ケインを討伐した4勇者の1人、ヘンリー・スティーブンソンの弟。アングヴィラ王国近衛騎士団の団長だな」
身体が総毛立つ。4勇者……父上の仇の親族か!!
274 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:10:40.00 ID:TbDVBCa4O
「……まあ、お前さんにとっては因縁の相手だな。向こうにとってもそうだろうが」
「……奴もここに?」
「いや、そこまでは知らねえんだ。まあ、デイヴィッドが来てるならすぐに分かるだろうが。手段を選ばねえからな」
デボラが真剣な表情で視線を落としている。……訳あり、か。
こほん、とエリザベートが咳払いをした。
「とにかく、貴方たちを守るには、私も加わった方が安全ってことです。
私はそんなに強くないけど、『憑依(ポゼッション)』と感知魔法だけならビクターよりも上だから。それと、アリス教授にお願いされたお使いもあるし」
「お使い?」
「そ。ジャック・オルランドゥ公の所に行くんでしょ?私も一緒に連れていってくれませんかねぇ」
「どういうお使いなんだ」
「手紙を託されてて。私が直接渡せって」
……何だか妙なことになってきた。こいつとは20数年ぶりの再会だが、この妙なノリにかき回されるのは変わらないのか。
俺は軽く溜め息をつく。
「……好きにしろ」
「やったあ!じゃ、早速……」
ランパードが「ちと待てや」とエリザベートの裾を引っ張った。
「もう一つの用件が済んでねえだろうが」
「もう一つ?……ああそっか」
「こっちを先に片付けねえといかんだろ。クドラク退治の後始末だ。
実はさっきエストラーダ候のとこ行ってな、ファリス嬢が消えたって大騒ぎになってる。
んで、クドラクの死体も『遺物』の残骸もないと来た。官憲に言えねえのは分かるが、死体とかどこに隠した?」
俺はふう、と息をついた。
「ない」
「……は?」
「だからない。俺が『消した』」
上の階で塞ぎ込んでいる小娘を思った。あいつはもう、納得しているだろうか。していないだろう。
だが、こうするしかなかった。俺たちに注目が集まらず、かつエストラーダ候を多少なりとも傷付けずに済むには。
275 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:11:43.25 ID:TbDVBCa4O
#
月明かりの中、事切れたファリス・エストラーダの手を小娘が握り続けていた。
「……もう、いいだろう」
「え」
「俺たちは去らなきゃいけない。そして、この死体をどうにかする必要がある」
「……どうにか、って」
俺は一息ついた。これが残酷な宣告だというのは理解している。しかし、言わねばならない。
「死体を……塵にする」
「ダメエッッッ!!!」
小娘が叫ぶ。俺は腰を屈め、小娘と目線を合わせた。
「ならこいつを放っておくのか?処分する時間はないぞ?
ここはワイルダ組の縄張りだが、だからと言って好き勝手できるわけでもない。死体を別の所に運ぶ際、一般人に見られでもしたら?」
「け、警察に言えば……」
「そうしたら俺たちの存在が公になるぞ?お前が狙われていないならいい。だが現実は違う。
私は的ですと弓兵100人の前に身を晒すようなものだ。それでいいのか?」
「でもっっ!!……塵にするなんて……そんなことしたら、ファリスさんの生きていた証は……」
276 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:12:11.64 ID:TbDVBCa4O
「自分の命と甘ったるい感情のどちらが大事だっ!!!」
277 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:12:39.75 ID:TbDVBCa4O
小娘の身体がビクッと震えた。唇を噛み、嗚咽しながら俯く。
「そんなの……哀し過ぎるっ……!」
「だが、他の選択の余地は、ない」
俺はファリスの右腕を掴むと「腐食」を使い塵にした。……もう、俺の体力もない。早めに済ませないといけない。
続いて、アミュレットを短剣で切り刻む。そのうちの、魔力がない一欠片以外を錆びさせ、踏み潰した。
「これだけは残しておいてやる」
それを小娘の側に置く。彼女は俯いたまま、ただ泣くだけだ。
動かなくなったファリスを仰向けに寝かせた時も、特に抵抗はなかった。
そして数分後、彼女は塵となって消えた。
278 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:13:18.11 ID:TbDVBCa4O
#
それから俺たちはデボラと合流した。ウィテカーは深傷を負っていたが、命は取り留めたという。
小娘は、ずっと無言だった。デボラが話し掛けても、ほとんど反応を示さなかった。まして、俺の方は見向きもしなかった。
……俺の判断は、間違っていたのか。しかし、そうするしかなかった。
小娘がファリスにどんな思い入れを持っていたかは知らない。それを知ればまた違ったのだろうが、そんな余裕もなかった。
そう、仕方なかったのだ。
279 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:13:58.37 ID:TbDVBCa4O
#
俺は天井を見上げた。小娘は、まだ引きこもっている。
どうやれば、あいつに前を向かせられるのだろう。時間が経てば、解決する類いの話なのか。
そんな俺の様子に、ランパードは気付いたようだった。
「……どうやって死体を消したかは知らねえが、嬢ちゃんは納得してなさそうだな。だから、ここに姿を現さないわけか」
ランパードがやれやれと首を振った。
「……やむを得ない処置だ。後で話に行く……」
はあ、とエリザベートが呆れたように息をつく。
「さっさと行ってあげた方がいいですよ?あの子、結構繊細ですし」
「何?」
「どうせ『こうするしかないんだ』って理屈で通したんでしょ?それ、一番やっちゃダメ。
女の子は共感してもらいたい生き物なのですよ。ね?ビクター」
ビクターが渋い顔になった。
「……なんで俺に振るんだよ」
「んー?何ででしょう。ま、それはともかく。
一言謝ってちゃんとプルミエールの想いを聞いてあげた方がいいんじゃないですか?2人がどういう関係かは知らないですけど」
……想いを聞く、か。確かに、それは必要なことかもしれない。
「……分かった」
「んふふ。エリックはやっぱり女の子の扱いが下手ですねぇ」
「……何か言ったか?」
「えー?何もぉ」
ガキの頃と変わらず、どこか人を食ったような奴だ。だが、言っていることは、多分正しい。
「チッ」と舌打ちをして、俺は立ち上がった。
280 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:14:36.72 ID:TbDVBCa4O
その時、応接室のドアがバンと開いた。……いつぞやのオークだ。
「あ゛、姐ざんっっ!!だいへんでがす!!」
「何だい騒々しいねえ。一体何があったってだい」
「ぞれが……」
オークははぁはぁと息を切らしている。異常事態が起きたのは、すぐに分かった。弛緩していた部屋の空気が、一気に引き締まる。
「何だい、言ってみな」
「エストラーダ邸が、ぎえまじだ」
281 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:18:42.19 ID:TbDVBCa4O
第12話はここまで。次回はプルミエール視点からです。
第11-3話にて犬がファリスを噛んだのは、実はエリザベートの妨害だったわけです。
282 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 21:39:21.74 ID:TbDVBCa4O
キャラクター紹介
エリザベート・マルガリータ(27)
女性。トリス森王国第3皇女。オルランドゥには留学生として在籍している。
身長146cm、37kgの小柄な少女(?)。ストレートで肩までかかる緑髪に、額の辺りに白いリボンをつけている。胸は慎ましい。
丁寧語を混ぜた独特の喋り方をする。性格は天真爛漫で甘いもの好きと幼い印象すらあるが、実はかなり計算高く裏で色々やっていることも多い。
ジャックの指摘通り、ランパードの行動の一部は彼女からの(そしてマルガリータ女王からの)指示である。その肚の底はなかなか読めない。
基本は善良であり、プルミエールに対する友情も確かなもの。
ただ人を食ったような言動も多く、ナチュラルに鬼畜な発言をすることも少なくない。
エリックとは幼少期に数回会っており、その度にエリックは一杯食わされていたもよう。20数年ぶりに会ったにもかかわらず覚えていたのはこのためである。
(そしてからかいがいのある相手として、エリザベートもエリックを覚えていた)
ランパードとの関係は現在のところ不明。彼女が生まれた時からの付き合いであるのは疑いない。
283 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/18(金) 22:01:22.49 ID:TbDVBCa4O
なお、CVは小原好美さんのイメージです。
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/19(土) 07:28:30.34 ID:moHeHNCy0
乙乙
285 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:18:05.72 ID:MsiqRxPqO
第13話
286 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:19:16.26 ID:MsiqRxPqO
彼女の人生は何だったのだろう。
昨日の夜から、ずっとそればかり考えていた。
ファリスさんは、必死で「生きていた証」を欲しがっていた。なのに、彼女が生きていた痕跡は……私の掌の中にある、この金属の欠片しかない。
亡骸も何も、なくなってしまった。こんな終わり方は……あまりに、惨過ぎる。
魔王が選んだ方法は、きっとやむを得ないことだったのだろう。私の身に危険が及ばないようにするには、彼女を塵にすることで、私たちが関わった痕跡を消すのが最善だというのは分かる。
私が彼女に対して持っている感情は、魔王の言う通り単なる甘ったるい感傷に過ぎないのかもしれない。
それでも。……彼女は、こんな人生の結末を望まなかったはずだ。
なら、私は昨晩何をすべきだったのだろう?何度心に問うても、答えは出てこない。
ただ、私にできることは……非情な選択をした、魔王を恨むことしかなかった。それは、きっと間違っているのだろうけど。
287 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:20:12.52 ID:MsiqRxPqO
#
気が付くと、窓からは南国の強い日射しが差し込んでいた。時計はとうに正午近い。
でも、何かしようとする気力は、私にはなかった。恐らく、これからエストラーダ侯に彼女の最期を伝えなければいけない。それは彼にとっても、私にとっても……あまりに辛いことになるだろう。
ノックの音がした。私はそれを無視した。
「俺だ」
魔王だ。今、一番会いたくない相手だ。
「……」
「……すまなかった」
何を詫びているのだろう。今更遅い。
黙っている私に、魔王はドア越しに話し続ける。
「俺は、お前とファリス・エストラーダとの間に何があったか、知らない。
だが、お前の事情も……もう少し聞くべきだった。俺の選択が間違っていたとは思わないが……しかし、一方的に決めてしまった」
「……あなたは、何がしたいのよ」
沈黙が流れた。
「……お前の力を借りたい」
「はあ?」
「そんな気分ではないだろうことは、分かっている。ただ……異常事態が起きた。ロペス・エストラーダが、家ごと消えた」
私は思わず跳ね起きた。泣き腫らした目のまま眼鏡をかけ、ドアを開ける。魔王は、険しい表情でそこにいた。
「……何ですって?」
「ついさっき、報告があった。詳しいことは分からないが、とにかくエストラーダ邸が文字通り消えた。
何があったかを探るには、お前の『追憶』が必要だ」
呆気に取られる。……それって、まさか。
魔王は、私が何を言おうとしているのかを察したかのように頷いた。
「そもそも妙だった。なぜファリス・エストラーダがお前を狙っていたのか。
恐らく、ロペス・エストラーダに他国からお前の討伐依頼が来ていた可能性は高い。もし、その依頼者が彼女のことを知っていたら?」
「あっ……!!」
ランパードさんは、他国からの討伐隊がモリブスに集まり始めていると言っていた。
彼らが「クドラク」を使って、私を殺しに来ていた可能性は……ゼロではない。
魔王は頷いた。
「ファリスが消えた翌日すぐに、エストラーダ侯に異変があった。偶然にしては、あまりに出来過ぎている。
恐らく、彼女は……あるいはエストラーダ侯は監視されていた。そして、クドラクが消えたと見るや否や、エストラーダ侯は用無しとして『消された』」
「それじゃ……ファリスさんは」
「一連の暗殺は彼女の意思によるものだとしても、昨日の襲撃はそれだけではない可能性がある。つまり、黒幕がいるかもしれない。
『クドラク』が死んだことで、そいつはファリス・エストラーダが生きていた証を根本から消そうとしている」
私は戦慄した。……ファリスさんは、ただ利用されていた?
魔王は少し目を閉じた後、話を続ける。
「都合のいい奴だと思うかもしれない。お前は、俺を許せないと思っているかもしれない。
だが……ファリスが哀しい存在だったという認識は、俺にもある。だから……」
彼は言葉を探しているようだった。
彼の決断に、納得したわけではない。ただ、このままだと……ファリスさんは、あまりに救われない。
私は彼の目を見た。
「……やるわ」
288 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:20:56.13 ID:MsiqRxPqO
#
階段を下りた先にいたのは、あまりに予想外の人物だった。
「プルミエール!!久し振りぃ!!」
「エリザベート!??何故、あなたがここに??」
「んー、説明は後で。話はエリックから聞いてるよね?」
「ええ。エストラーダ侯が、邸宅ごと消えたって」
ランパードさんが険しい表情で私を見た。
「そうだ。俺の推察が正しければ、相手は相当厄介だ。だが、その前に状況を把握しなきゃいけねえ。
そのためには、お前さんの『追憶』が必要だが……姫、同行頼めるか?」
「うん、任せて」
「エリザベートが?」
「感知魔法だけなら、オルランドゥでも教授たち以上だったのは知ってるよね。
極端に高いマナを持つ者や、強い敵意や殺意を持つ者は、200メド先にいても分かる。そこから退避する手段もあるしね。
で、少し離れた場所で、ビクターとエリックには様子を見てもらいます。襲撃を万一受けた時の保険ね」
ランパードさんは「了解だ」と短く言った。
「嬢ちゃんが『追憶』を発動している間の護衛は、俺たちがやる。消えた時の状況が分かり次第、ジャック・オルランドゥのとこに行く。
館を消したのが魔法によるものなのか何なのか、既に館はこの世にはないのかそれともどこかにまだあるのか、その辺りの相談をすることになるな。恐らくは、今後の対応策も」
デボラさんも含め、ここにいる全員が重々しい雰囲気を身に纏っていた。一体、黒幕とは何者なのだろう?
289 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:21:48.00 ID:MsiqRxPqO
#
「『六連星』?」
エリザベートが唇に指を当てた。
「あまり声を出さないでください。近くにはそれっぽいのはいないけど、誰が聞いているかは分からないから」
「……分かった。そんなに危険なの」
「世界各国で最も腕の立つ武芸者や魔法使いによって構成される、独立治安部隊。
『サンタヴィラの惨劇』を機に作られたと聞いてるわ。第二の『魔王ケイン』を生み出さないように……ということになってる。
全員が『特級遺物』持ちという話よ。そして、貴女を襲ったデイヴィッドという男もその一人」
あの男か!!言われてみれば納得だ。背筋に冷汗が流れる。
「そんなのが、今モリブスに……」
「という話。そして、エストラーダ侯とその邸宅を消したのも、多分『六連星』の誰かね」
「……ちょっと待って。独立治安部隊って言った?」
「うん。貴女の『追憶』は、国際秩序を根本から覆しかねないと思われてるんじゃないかな。
特に『サンタヴィラの惨劇』の真実が明らかになると、とても各方面に都合が悪いみたい」
「真実??」
エリザベートは、警戒するようにきょろきょろと辺りを見た。
「私もそこはよく分からない。でも、『サンタヴィラの惨劇』が単なる魔王ケインによる暴虐の結果でないのは確かだと思う。
だから、私たちは貴女たちを支援してるの。真実を明らかにするために」
「何でトリスはそこまで真実を求めてるの?」
「……うーん、よく分かんない。お母様は分かってるのだと思うけど」
彼女は肩をすくめる。
「でも、私が貴女を何とかしたいというのも本当よ。長年の友達の力になりたいって、当たり前じゃないですか」
「……ありがとう」
新市街が見えてきた。エストラーダ侯の邸宅近くには、野次馬が群がっている。
「うーん……2、3人、あの中にそれなりの魔力の人間がいますねぇ」
「追っ手?」
「多分」
魔王とランパードさんは、私たちの後方20メドぐらいを歩いている、らしい。
私は変装しているけど、おおっぴらにここで「追憶」を発動するわけにはいきそうもなかった。
「どうするの?」
「ん、ちょっとここは私に任せて。少し外すけど、すぐに戻る」
そう言うと、エリザベートは野次馬の中に入っていった。そして言葉通り、1分もしないうちに戻ってくる。
「準備おしまい。じゃあ、今からちょっと気を失うから、警戒とかよろしくねぇ」
「え、気を失うって、ちょっと!!?」
そう言うと、彼女は私の胸の中に倒れ込んだ。魔法か何かを使ってるんだろうけど……この間に何かあったらどうするの?
2、3分ぐらいしただろうか。急にエリザベートが目をぱちくりさせた。
「エリザベート??」
「んあ……おはよ」
「おはよって……大丈夫なの?」
「うん。とりあえず、邪魔者はもういないよ」
「え?」
「へへー。ちょっとね。じゃ、エストラーダ邸に行こっか」
何をしたのだろう?随分と自信ありげだけど。
とりあえず野次馬をかき分け、先へと進む。そこで目にしたのは、信じがたい光景だった。
290 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:22:48.02 ID:MsiqRxPqO
「……本当に、何もない」
そう、「何もない」。まるでそこが前から更地だったかのように。エストラーダ邸があった痕跡は、跡形もなくなっていた。
縄で警察が通行制限をかけている。元々家があった所で、彼らが何か色々調べているのが見えた。
「ここで『追憶』を使っちゃう?」
「……ここからだと、門があった場所の『記憶』までしか分からないわ。でも、誰がここを訪れたぐらいは分かる。その後、どうやって家が消えたかも」
「了解。じゃ、お願い」
幸い、いつ頃消えたかの情報はある。私たちに絡んできたあのオークが、デボラさんの命令でちょうどエストラーダ邸を監視していたからだ。
彼の説明によると、「一瞬目を離した隙に、光と共に消え去った」らしい。転移魔法の存在は知ってるけどそんな大規模なものは聞いたことがないし、大体転移魔法は光なんて発することはない。つまり、私が知らない何かの魔法で消したのだろう。
私は小声で詠唱を始める。5分ほどして、水晶玉に邸宅が消える10分ほど前の「記憶」が映し出された。
「……これといって変なことは……あ」
ユングヴィ教団の司教らしき人が2人、門番に話しかけているのが見えた。
「これ、声は分からないの?」
「そこはこれからの改善点。でも、訪問者が分かっただけでも随分違うかも」
2人のうち1人は太目で髪が禿げ上がった初老の男だ。もう一人は……細い目で白髪の中年男性のようだ。
禿頭の方はモリブスのユングヴィ教団によくある服だけど、白髪の方はあまり見たことがない服だ。長袖で、南国には似つかわしくないようにも思える。これは確か……
「イーリスのユングヴィ教団の服だね。イーリスの原理主義派とモリブスの世俗派は、対立してたはずだけど」
訝し気にエリザベートが呟く。
態度からして、禿頭の方が白髪の男に気を遣っているようだった。この男が、「六連星」?
そして、2人が邸宅に入ってちょうど10分ぐらいした時に、異変が起きた。
「……何これ!!?」
光の柱が、突然空から降り注いだ。それは半球状に広がり、エストラーダ邸を包み込むと……光と共に、それは消えた。
291 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:23:31.50 ID:MsiqRxPqO
「……こんな魔法、見たことない」
「私も。……アリス教授なら、これが何か分かるのかな」
「どうだろう。とにかく、予定通りジャックさんの所に……」
エリザベートの表情が固まっている。
「どうしたの??」
「逃げなきゃ」
「え?」
「旧市街の方から、とてつもないマナの持ち主が近付いて来てる。ビクターと魔王にも知らせないと!!」
彼女が私の手を引いた。異変に気付いたのか、フード姿の魔王とランパードさんが木陰から姿を現す。
「どうしたっ!?」
「誰か来てる!!すぐにここから離れますっ!!」
「ってどうすんだよ!?」
エリザベートはポケットから黒い球を取り出すと、それを地面に投げつけた。
地面に、漆黒の空洞が姿を現す。
「すぐに『閉じちゃう』から!!早く入って!!」
エリザベートに背中を押され、私は「穴」の中に落ちていった。
292 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:24:09.71 ID:MsiqRxPqO
#
……
…………
トスッ
「……ここは!?」
着いた先は、ワイルダ組の応接間だった。部屋を掃除中と思われる組員が、目を丸くしている。
やがてエリザベートや魔王、そしてランパードさんも天井から「落ちてきた」。エリザベート以外の2人は、何が起きたのか理解できないという様子だ。
「……どういうことだ?」
「魔術具『転移の球』を使いました。転移できる距離には制限があるし、事前に指定した場所までしか戻れないけど、転移魔法と違ってすぐに発動するの。緊急避難にはもってこいの道具」
冷汗を流しながらエリザベートが言う。ランパードさんは「おいおい……」と呆れ顔だ。
「そんなもん持ってたのかよ。そもそも、何でそんなものを?」
「アリス教授に何個か持たされたの。きっと必要になるだろうからって」
教授は私たちに起きていることをある程度知っているのだろうか。彼女に会って話してみたいけど、今はただ感謝しかない。
部屋にデボラさんが入ってきた。
「あんたたち……いつの間に??」
「ごめんなさい。多分、『六連星』と遭遇しそうになったので逃げてきました。
ここに私たちが長居するのも危険です。すぐに移動します」
深々と頭を下げるエリザベートに、デボラさんは思いもよらないことを言った。
「ジャック先生の所に行くんだろ?あたしも連れてきな」
「……え?」
「ちょいとあたしとその『六連星』とは訳ありでね。部外者というわけでもないのさ。
早くここを離れた方がいいんだろ?馬ならすぐ出す」
「いいのか?昨晩のことが知られたら、他の組員にも危害が……」
魔王の言葉に、デボラさんが苦笑する。
「まあ、知らぬ存ぜぬで通すさ。それに、あたしらの庇護者はベーレン侯だからね。
いかにそいつが偉かろうと、モリブスの今の統領であるベーレン侯相手に簡単に弓は引けないさ。
ラファエル!!馬5頭、とっとと準備しなっ!!」
「えっ?私、馬を1人で乗ったことなんて……」
「大丈夫、純粋な馬じゃなくってユニコーンとの混血種さ。人の言葉も多少は解するから、子供が乗ってもちゃんと走る」
デボラさんを先頭に本部を出る。厩の前には、もう5頭の白馬が用意されていた。
「義姉さん、お気をつけて」
「ああ。ウィテカーのこと、頼んだよ」
「無論す」
そうラファエルさんに言うと、デボラさんが馬に乗った。
「良く聞きな。目的地はジャック・オルランドゥ公の家だ。全速力で頼んだよっ!!!」
「ヒヒーン!!!」と、返事をするかのように5頭が嘶く。私が何とか鞍の上に乗ると、馬は物凄い勢いで走り出した。
293 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:24:55.52 ID:MsiqRxPqO
#
「ジャック先生!いるかい?」
馬で走ること半刻ほど。追っ手に追われることもなく、私たちはジャックさんの家に着いた。
デボラさんの呼びかけに、気だるげな声が中から返ってくる。
「デボラか。久し振りだな。組は順調か?」
「まあね。今日はそれどころじゃないんだ。客人を連れて来……」
「分かってる。エリックとプルミエール、そしてお前は入れ。出歯亀エルフとその主人はまかりならん」
ランパードさんがはあ、と溜め息をついた。
「とことん嫌われてんなあ。何でそこまで嫌うかねえ」
「単純に入れんからだ。俺の部屋は客を呼ぶには狭すぎる」
確かに、ジャックさんの部屋はただでさえ散らかっている。魔導書ばかりで足の踏み場もない。
さらに、彼は足が不自由だ。玄関先まで出てくるのも一苦労のはずだ。
私たち3人で多分ギリギリで、5人も入る余地は確かになさそうだった。
エリザベートはというと、平然とした様子でニコニコしている。
「ま、会話には参加できませんけど様子は見れますし。ジャックさん、そのぐらいは許してくれますよね?」
「お前がエリザベートだな。……好きにしろ」
ジャックさんの言葉を聞くと、エリザベートが私の背中に手を軽く当てた。
「よしっと。これで視界は共有できたよ」
「え?」
「『憑依』の応用。実はあれ、人間相手にも使えちゃうんだよね。
余程縁が強いか、相手の魔力が自分を下回っている場合にしか使えないんだけど」
「エストラーダ侯の所で気を失ったのって、まさか」
「そ。嘘の証言者に成りすまして3人を引きはがしたってわけ。とにかく、会話の内容とかは私にもちゃんと伝わるから安心して」
これが彼女の研究内容なのだろうか。少なくとも、こんな魔法は聞いたことがなかった。
「まあ、一応外での見張り役も必要か。それは俺たちがやっておくから、お前さんたちは中でジャック・オルランドゥと話してきな」
「そゆこと。あ、これアリス教授からの手紙ね。何が書かれてるかは知らないんだけど」
エリザベートは鞄から封書を取り出した。ごく普通の手紙みたいだ。
「分かった。これを渡せばいいのね」
「うん。じゃ、よろしくねぇ」
294 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:25:50.75 ID:MsiqRxPqO
#
「なるほど、な。……『六連星』か」
ジャックさんは煙草を灰皿に押し付けた。もう灰皿には潰れた煙草が数本転がっている。
私たちの説明を、ジャックさんは煙草を吸いながら黙って聴いていた。煙が部屋に充満し、少し息苦しい。
「やはり、知ってたんだね。それがあたしらの仇かい」
「……!!どうしてそれを」
「ガキの頃、先生とベーレン侯が話していたのをこっそり聞いちまったのさ。クドラクか六連星か、どっちかがあたしらの両親を殺したんじゃないかってね」
ジャックさんは、深く煙草の煙を吸う。そして白煙を吐き出すと、少しだけ目を閉じた。
「どちらかといえばクドラクの方が可能性が高いと思っていたがな。正直、真実は藪の中だ。
それこそ、プルミエールの『追憶』を使えば話は別だが。とにかく、状況はよく分かった」
彼は本棚からあの「遺物」の目録を取り出した。
「お前らの言う通り、エストラーダ邸を消したのは六連星の誰かが濃厚だ。転移術に近いが、俺の知識をもってしても事前準備なしにそれほどの質量を瞬時に消し去る魔法は存在しない。
恐らくは、転移術の力を増幅させる『遺物』を使ったと見るのが妥当だろう」
「小娘が言うには、エストラーダ邸に入って行ったのは2人ということだが」
「片方はモリブスのネリド大司教で間違いないな。外見からしてまず間違いない。
イーリスのユングヴィ教団服を着ていたのが、六連星と見て間違いないだろう。白髪の男でネリドが下手に出ていたことからすると……ミカエル・アヴァロン大司教か」
「……!!六連星の構成員を知っているのか?」
「いや、外見上の特徴から判断しただけだ。デイヴィッド・スティーブンソンもそうだが、六連星は恐らく貴人としての表の顔を持っている奴が大半だ。そうでないと特級遺物は持ち得ないだろうからな。
だから、六連星に弓を引くことは、世界に対して弓を引くこととほぼ同義と思うべきだろう」
ジャックさんは苛立ったように、煙草の火を灰皿に押し付ける。そして懐から、また紙巻き煙草を取り出して口にくわえた。
「そんな……じゃあどうすればいいんですか?」
「お前たちが世界に喧嘩を売る覚悟があるかどうか次第だ。まあ、エリックは当然覚悟を決めているようだがな」
「無論だ」
魔王の目はゆるぎない。私には、まだそこまでの覚悟はできていない。けど……
「どうして、その……アヴァロン大司教はエストラーダ邸を消したんでしょう」
「不都合、だったからだろうな。お前らの推測通り、クドラク事件の背後には六連星……アヴァロンがいた可能性が極めて高い。そのことが知られるのを恐れたのだろうな」
「そんなの……自分の都合で、罪のない使用人さんたちまで巻き添えにしたってことですか!!?」
「俺はミカエル・アヴァロンの人となりを詳しくは知らない。教義に厳格、魔族弾圧では先陣を切る『聖人』ということぐらいか。少なくとも、俺は酒をそいつと飲みたいとは思わない」
そう言うと、ジャックさんは目録をパラパラとめくる。そして、あるページで止まった。
「前にも言ったが、これに書かれているのは現在判明している『遺物』の情報でしかない。だからこれに書かれていない『遺物』があっても一切驚かない。
だが、イーリスにあって、なおかつ特級遺物となると……これしかないな」
彼が指差した文字は……
「冥杖グロンド 等級:特級」
295 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:30:39.43 ID:MsiqRxPqO
第13話はここまで。第14話は多分エリック視点による修行編です。
「転移の球」はとても便利ですが、誰もが持っているわけでは当然ありません。
アリス・ローエングリンによる独自の改良が施された品です。
なお、手紙の中身は次回になります。
296 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:31:20.35 ID:MsiqRxPqO
第13話はここまで。第14話は多分エリック視点による修行編です。
「転移の球」はとても便利ですが、誰もが持っているわけでは当然ありません。
アリス・ローエングリンによる独自の改良が施された品です。
なお、手紙の中身は次回になります。
297 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:32:11.08 ID:MsiqRxPqO
多重投稿になってしまいました……申し訳ありません。
298 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/21(月) 15:39:50.91 ID:MsiqRxPqO
アイテム紹介
「転移の球」
魔術具の一種。「遺物」ではなく、あくまでアリス・ローエングリンの手によって開発された魔術具である。
事前に持ち主が「登録」しておいた場所に戻ることが可能。ただし、転移距離は5キロと限定されている。
さらに、利用者にある程度の魔術の心得があることが前提のため、誰にでも使えるわけでもない。
アリスはエリザベートに対し事前に使い方を教えていたので、スムーズな運用が可能であった。
通常の転移魔法は発動まで30秒ほどかかるが、この魔術具を使えば一瞬で目的地に通じる「穴」を形成できる。
ただ、穴が閉じるまでは10秒ほどしかない。あくまで緊急避難に特化した品である。
アリスは精霊魔法の第一人者だが、これにも大地の精霊の力を使っている。
地面に穴ができるという形態はそのため。逆に言えば、室内使用ができないというデメリットもある。
アリスは「改良すべき点が山ほどある」とこの魔術具を評している。
もし難点を全て解消すれば、革命的発明となるだろう。ただし、そのためのハードルも極めて高いのだが。
299 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:22:19.22 ID:HSZ2OTe3O
第14話
300 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:23:16.45 ID:HSZ2OTe3O
ミカエル・アヴァロン。名前だけは聞いたことがあった。父上と対立していた、イーリスの大司教。
そして、「サンタヴィラの惨劇」後、一気に魔族弾圧を展開した「聖人」。……「四勇者」と並ぶ、不倶戴天の敵だ。
俺は運命の悪戯に感謝した。こんなにも早く、奴に出会えるとは。魔族の、そしてズマの国民のためにも……奴は俺が殺さねばならない。
俺の様子に気付いたのか、ジャックが渋い顔になった。
「入れ込み過ぎだ。ちゃんと読んだのか?」
「……もう一度読む」
俺は目録に改めて目を通す。……これが「グロンド」か。
301 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:24:08.18 ID:HSZ2OTe3O
#
「冥杖グロンド」
等級:特級
場所:イーリス・ユングヴィ大聖堂
初出:初版(聖歴402年)、第3版にて補遺(聖歴445年)
概要:ユングヴィ教団に代々伝わる神宝の一つ。他にも神宝があるようだが、公になっているのはこれのみ。
大司教の継承式のみ持ち出されるものであり、持ち主に多大な魔力をもたらすとされる。
古の勇者の一人も、これを使い世界を平和に導いたとされるが、詳細は定かではない。
補遺:聖歴444年、大司教マックス・マクシミリアンが乱心。私情から、対立していた司教ジェイムズ・ハーグリーブスとその部下17人を「消失」させる事件が発生した。
イーリス王国軍が彼を拘束した際に彼がグロンドを持っていたことから能力が判明。本人ごと空間転移を行うことが可能になるというもの。
範囲は最大半径50メドにも及び、かつ発動までの時間は転移術より遥かに短い。転移先からの帰還はグロンド所持者のみが可能である。
なお、ハーグリーブス司教らは行方不明になってから1ヶ月後、ズマ魔候国の山中で魔獣に喰われて殺害されていたのが判明した。
302 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:24:51.05 ID:HSZ2OTe3O
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「なるほどな。やはりエストラーダ邸を消したのは、このグロンドの力ということか」
「特徴とも合致するから、間違いないな。とはいえ、いかに『特級遺物』とはいえ、その力を引き出すのは本人の資質がないと意味がない。
アヴァロン大司教自体も、相応の使い手と見るべきだろう」
小娘がはっと何かに気付いた。
「……って、これって……エストラーダ侯とかは、今別の所にいるってことですよね??だとしたら、助けられるんじゃ!?」
「どうやって探す?イーリスからズマまでは300キメドは優に離れている。それぐらいの距離を転移できることからして、探す範囲は膨大になるぞ?
転移先が魔獣の棲み処なら、辿り着くことすらままならん。この目録のハーグリーブスのように、食われて死ぬのが落ちだ」
ジャックの言う通りだろう。デボラの表情も険しい。
「ってこれ……帰還できるのは一人だけかい?」
「俺も詳しくは分からないが、この目録を読む限りではそうだな」
「となると、モリブスのネリドもついでに消されたことになるね。あんな奴どうなったって構わないけど、これはこれで大変なことになるんじゃないか?」
その通りだ。改革派のミリア・マルチネスが殺されただけでなく、旧守派で無頼衆との繋がりも深かったルイ・ネリドも消えたとなれば、モリブスのユングヴィ教団は大混乱に陥るだろう。
状況はどうも俺たちだけの話では済みそうもない。とっととこの国を去りたいが、小娘の修行をジャックにつけてもらわないと始まらない。
それは多分数日では終わらないだろう。厄介なことになった。
「だろうな。ジョイス……モリブス統領、ジョイス・ベーレンがじきここに来ることになるだろう。プルミエールは一度会っておいた方がいいな」
「ベーレン候か」
会ったことは1度ある。人間としては、まあまあ信用の置ける印象ではあった。
ワイルダ組の後援者でもある。表立っての支援は望めないが、何かしらの後添えがあるかもしれない。
「これは紛うことなき政変だ。7貴族の序列2位と、ユングヴィ教団の首魁が消えたわけだからな。
クドラクの件は、むしろこの前振りでしかなかったとすら言える。で、お前の修行だが」
小娘が封書を差し出した。
「その前に、これを。アリス教授からの手紙です」
それを受け取ると、ジャックはピッと切断魔法を使い封を切る。
中身を読み出すと、愉快そうにクックックと笑い出した。
「……面白い。あの女、この状況を読んでいたな」
「え?」
「何?」
アリス・ローエングリン。小娘の師に当たることは聞いている。精霊魔法の第一人者であり、40そこそこにしてオルランドゥ魔術学院教授という異例の出世を遂げている、らしい。
ジャックは手紙をテーブルに広げた。
「大分前に、奴はオルランドゥを出ている。今あそこにいるのは、途轍もなく精巧に作られた傀儡だ」
「「は?」」
プルミエールが手紙を手に取る。俺も横からそれを覗き見た。
303 :
◆Try7rHwMFw
[saga]:2020/09/24(木) 21:25:35.53 ID:HSZ2OTe3O
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ジャック・オルランドゥ殿
御無沙汰をしています。お身体はどうでしょうか?
既に私の学生2人が、そちらにお邪魔していることかと思います。2人の指導、よろしくお願いします。
私は今、テルモンに向かっているはずです。デイヴィッド・スティーブンソンが動いたのは確認しました。
エリザベートをそちらにやりましたが、状況は切迫していると認識しています。
私もこのままでは命が危ういと重い、精霊を宿らせた傀儡に私の影武者をさせています。思考、行動の癖など全て私に忠実ですから、余程でない限り看破されないでしょう。
私の側にいたエリザベートすら、恐らく気付いていないはずです。今頃仰天しているのではないかしら。
テルモンに行くのは陽動のためです。エリック・ベナビデスとプルミエールが力を付けるだけの時間を稼ぐには、多少の無茶が必要です。詳しくは話しませんけれども。
私のことを案じられるかもしれませんが、その点の心配は無用です。私が分の悪い賭けをしないのは、よく御存知でしょう?
一服したら、会いに行きます。そう時間は掛からないでしょう。
くれぐれも、身体はご自愛下さいませ。
貴方の
アリス・ローエングリン
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