右京「タイムパラドクスゴーストライター?」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:24:33.81 ID:A7tKNGJh0
相棒×タイムパラドクスゴーストライターのクロスssです。
よろしければどうぞ。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1593530673
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:25:53.45 ID:A7tKNGJh0


「くぅ〜!ハッピーエンドで終わってよかったなぁ〜!」


五月某日、警視庁特命係の部屋で組対5課の角田課長がマイカップに注がれたコーヒーを飲みながらある雑誌を読み耽っていた。
その雑誌とは集英社から毎週月曜日に出版されている全国の子供たちが愛読する少年ジャンプ。
昭和の時代から発行された少年向けの雑誌を中年の角田課長がそれも警視庁の職場で読み漁っていた。


「角田課長、いくらなんでもここで少年ジャンプを読むのはどうかと思いますけど…」


そんな少年ジャンプを読み漁る課長を冠城亘が思わず注意を促した。
いつもみたくコーヒーを飲みに来るのであれば冠城も咎めたりはしない。
だがいい歳をした中年が、それも組対5課の課長ともあろう人が少年ジャンプを読んでいれば注意されるのは当然だ。


「固いこと言うなよ。家だと女房が鬼滅の刃のコミックスを独占して満足に読めないんだからさ。」


「鬼滅の刃…それっていま話題のあの漫画ですか…?」


「そうだよ。8000万部も突破したあの超人気漫画だよ。うちの連中みんな夢中でさ…」


そんなことを言われて冠城が隣の組対5課を覗くと殆どのデスクに鬼滅の刃のコミックスが置かれていた。
冠城も名前だけは知っていたがまさかここまで人気だとは思いもしなかった。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:26:38.86 ID:A7tKNGJh0


「いやいや、ここ警察ですよ。それも警視庁!部下が漫画読み耽ってるんだから上司として注意したらどうなんですか!」


「何言ってんだよ。鬼滅は他の漫画とはちがうんだよ。こんな感動する漫画ならデスクの手元に置いても全然OKだよ。」


オイオイ、こんなことで首都の治安を守れるのかと思わず心配してしまうが…
だがみんなが夢中になるのも無理ないのかもしれない。現在8000万部も突破した化物コンテンツだ。
そうなると…当然この男も読んでいるのではないのか?


「ひょっとして右京さんも鬼滅の刃を読んでるんですか…?」


まさかと思った冠城は右京に鬼滅の話題を振ってみた。
ちなみに右京だが至っていつも通りだ。自分のデスクにて優雅に注いだ紅茶を嗜んでいた。
よかった。さすがにあの杉下右京が少年漫画にハマるなどありえないだろうとそう思ったのだが…

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:27:30.41 ID:A7tKNGJh0


「甘いぞ冠城。警部殿のデスクをよ〜く見てみろ。」


なんと右京のデスクには鬼滅の刃のコミックスが置かれていた。
あの右京が少年漫画を読んでいるだけでも驚きなのにさらに驚くべきことはなんと現在発売中の全巻コミックスが揃っていることだ。


「あの…右京さんそれは…」


「見てわかりませんか。これは鬼滅の刃の単行本(職場用)ですよ。」


「ちょっと待ってください!(職場用)て何ですか!?」


「字のごとく職場での鑑賞用に決まっています。まさか冠城くんは鬼滅の刃を一冊も持っていないというのですか?
まったく…キミという男は熟熟無思慮で呆れますね。」


いやいや、呆れるのは右京さんの方だからと言ってやりたかったがなんとかグッと堪えてみせた。
しかし右京のデスクに置かれている漫画本が職場用なら自宅用も置かれているのだろう。
右京のことだから下手をしたら保存用や布教用まで揃えているかも…

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:28:16.97 ID:A7tKNGJh0


「警部殿、前の号借りるぞ。」


そんな悩める冠城を余所に課長はジャンプを読み続けていた。
まさかこのジャンプも右京の所持品なのかと疑っていた時だ。
課長がジャンプを持ち出そうと右京のデスク周りにある本棚を開けていた。
よく見るとその本棚は以前なら辞典やら紅茶のカップやらが置かれていたはず。
それが今ではどうだろうか。すべて少年ジャンプの雑誌に変わっていたことに気づいた。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?」


「見ればわかるでしょう。これは少年ジャンプですよ。」


「そんなことに驚いているんじゃないですよ!どうして右京さんが少年ジャンプをこんなたくさん持っているんですか!それも職場に!?」


「それは簡単ですよ。鬼滅の刃が載っているのは少年ジャンプだけですからねぇ。だから置いてあります。」


冠城に問われても悪びれる様子もなく平然と答える右京。
まあそれはともかく右京の棚に置かれている少年ジャンプだが鬼滅の刃が始まった2016年11月号から現在に至るまでの雑誌が置かれていた。

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:30:09.32 ID:A7tKNGJh0


「俺なんて可愛いもんだろ。警部殿は相当重症だぞ。」


「そりゃわかりますけど俺…今日まで一緒にいて全然気づきませんでしたよ…」


「警部殿は隠すのがうまいからな。それに金次第でどうにもどうにでも出来る世の中だぞ。」


その話を聞いてようやく納得した。右京は以前に結婚していたが今は離婚して独身の身だ。
そんな独り身ならば気兼ねなく趣味に散財することが可能だ。
いい大人だからこそハマった衝動というのが大きいというのはたまに聞くがそれが自分の周り…
しかも相棒がそれだとはさすがの冠城も予想は出来なかった。いや、出来るものかと…


「ところで冠城くんは鬼滅の刃を未見だと聞きました。
僕としたことが迂闊でした。相棒のキミが鬼滅の刃という名作を知らないとは不甲斐ない。
仕方ありません。こちらの布教用を貸してあげるので存分に堪能してください。」


いやいや、さすがに警視庁で漫画本読むためにわざわざ法務省辞めて転職したわけではないのに…
いい歳して漫画にのめり込む右京と課長を前に冠城は思わず呆れるしかなかった。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:31:53.70 ID:A7tKNGJh0


「へぇ、杉下さんまだ鬼滅の刃なんて時代遅れな漫画にハマっているんですか。」


そんな右京に喧嘩腰で嫌味を吐くようにサイバー犯罪対策課の青木が現れた。
まったく妙なタイミングで現れたようだが…
そんな青木に対して珍しく右京が感情的になって睨みつけていた。


「青木くん、僕のことは構いませんが鬼滅の刃を侮辱する発言は聞き捨てなりませんね。」


「あれれ〜?杉下さんキレちゃってるんですか。たかが漫画のことで〜?」


「黙りなさい。これ以上鬼滅の刃を罵るのなら容赦しませんよ。」


やばい…いつもの右京なら青木の嫌味など平然と聞き流していただろう。
それがどういうわけかいつもよりもムキになっているどころか肩をプルプルと震わせていた。
凶悪な犯罪者相手ならともかくこんな漫画のことを貶されたくらいで激情をぶつけるのは考えものだ。
そして取り乱した右京の態度を茶化しながら青木は今週号のジャンプを持ってある漫画を紹介してみせた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:35:12.87 ID:A7tKNGJh0


「もう鬼滅の刃は終わりです。これからはホワイトナイトの時代ですよ。」


ホワイトナイト、それは先ほどまで課長が読んでいたジャンプの表紙をほぼ独占している漫画だ。
中身は読んでないが表紙に載っている甲冑姿の主人公らしき少年が冒険する内容だというのはなんとなくだが予想はついた。


「読んだ感想はどうですか?そう面白すぎるでしょ!
キャラも設定もドラマ展開も完璧!!文句のつけようがない読み切り!!むしろ僕は読み切りだけで泣いた!!」


あの偏屈な青木がここまで絶賛するとは珍しいと思い冠城も一応雑誌を手に取り読んでみた。
読んでみた感想は確かに悪くはないのかもしれない。
絵も無難に描けているし話もそこそこ構成されていて悪くはない。
それでも冠城には青木ほどこの漫画が面白いとはどうしても思えなかった。


「なによりも主人公のキャラがいい……爽やかでいいヤツだから好感が持てる事もさることながら不遇な生い立ちが同情を誘う…」


そんな冠城の意見などお構いなしに青木はなにやらブツブツと感想を呟いていた。
ここまでいくと最早宗教にハマった信者にしか思えない。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:36:30.60 ID:A7tKNGJh0


「どうですか杉下さん。ホワイトナイトこそ令和のジャンプを象徴する漫画成り得る存在ですよ。」


「いい加減にしなさい。そういってキミが以前に勧めたサムライ8はどうなりましたか。無惨な最期だったではありませんか。」


「それは…あのNARUTOの作者が原作やってたんですよ!誰だって期待して当然でしょ!けど今回のホワイトナイトは名作になると断言してみせますよ!」


「それで打ち切りになるとすぐに他の作品に乗り換える。キミの悪いところですね。けど僕は忘れていませんよ。
サムライ8の1〜2巻同時発売のせいで鬼滅の刃17巻を発売初日に手に入れられなかった無念を…」


それは右京にも問題があったのでは…
前もって書店で予約するなり今なら電子書籍で読めるのだからと言おうとしたがこれ以上の面倒事に関わるのは御免だと思い冠城はなんとか堪えてみせた。
そんな冠城だがこのホワイトナイトを読んでひとつ気になることがあった。


「この漫画…作者は…佐々木哲平…男なのか…」


「あん?そりゃ少年漫画なんだから男が描くに決まってるだろ。」


「いや…作風からしてなんとなく女性の気がして…」


女性関連には特に鋭い感性を持ち合わせている冠城だからこそふと気になったがまあ些細なことだと思いこの時は気にもとめなかった。
なんとなく疑問に思いつつも冠城は今だに面倒な口論を続ける右京と青木の仲裁に入った。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:37:09.79 ID:A7tKNGJh0


「ところで青木、まさか仕事を放り出して漫画の自慢しに来たわけじゃないだろ?」


「当然ですよ。職場で堂々と漫画を読めるアンタたちとちがってサイバー犯罪対策課の僕が暇なわけないでしょ。
さっき千代田区神保町の交番から応援の要請がありました。それで暇そうな特命係に行ってもらいたくて呼びに来たんですよ。」


それならそうと早く言えばいいだろと青木を小突きながら冠城は出かける準備を行った。
今だに口論している右京を引っ張り出して二人は千代田区の神保町へと向かった。


11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:39:51.38 ID:A7tKNGJh0


「いや〜まさか本庁の方々が来られるとは…」


「頼まれたらなんでも引き受けるのが特命係ですのでお気になさらず。それで状況は?」


「それがどうにも妙な話でしてね。」


千代田区の派出所を訪れた右京と冠城はそこの駐在である警官から大まかな状況を聞いた。
数時間前に神保町である通報を受けた。とある出版社の前で制服姿の少女が凶器を用いて若い男を襲っている。
その通報を受けてこの警官が駆けつけると被害者の男性はいなくなったがなんとかこの少女を補導することに成功。
だが少女は事情を打ち明けることもなく黙秘を貫いたまま。正直どうしたらいいのか見当もつかないのでお手上げな状況らしい。


「それでこの子が襲っていた加害者の女の子です。」


派出所の奥の部屋に座りながら下を俯いて黙秘を続ける制服姿の少女。
端正な顔立ちでショートヘアが特徴的な背格好からして年齢は16〜17歳くらいの女子高生だろうか。
いまだに名前も名乗らずにいるのでなんと呼んでいいかもわからない。
唯ひとつ気になることだが少女は何かを大事そうに抱えていた。


「それでこれが凶器なんですよ。」


警官が少女から取り上げた凶器を右京たちに見せた。
一見するとペンだ。切っ先がやたら尖っているがこんなものを持って人に襲いかかれば下手をすれば大怪我を負わせることになる。しかし疑問だが何故ペンなのだろうか?
確かにこれだけ尖ったペンなら人に怪我を負わせられるかもしれない。
けれど確実に相手に傷を負わせるなら普通に刃物の方が効果的だ。
それなのにどうしてと疑問に思う冠城とは裏腹に右京はこのペンを眺めながらあることに気づいた。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:42:44.86 ID:A7tKNGJh0


「これはつけペン、それもGペンですね。」


「Gペン?それって漫画を描く時に使うっていうペンのことですよね。」


「ええ、これはかなり使い込まれている年季の入ったモノですよ。」


確かに凶器に使われたペンは長いこと使い込まれた手触りだ。
しかしそうなるとかなり奇妙だ。制服姿の女子高生がGペンを持って男に襲いかかった。
そこにはどんな動機があったのか気になるところだ。


「ひょっとしてあなたは漫画を描いていますね。こちらへはその漫画を出版社へ持ち込もうと訪れたのではありませんか。」


「そんな…右京さん彼女は女子高生ですよ…漫画を持ち込みなんて…」


「いいえ、おかしな話ではありませんよ。
漫画を描くのに年齢や性別など関係ない。それに彼女は出版社の前で人を襲っていた。
そして凶器に使われたのはGペン。恐らく被害者の男性と漫画についてトラブルがあったのではありませんか。」


それが現状でわかる右京の推理だ。確かに筋はあっているかもしれない。
だが漫画を描くのは青木みたいなひと目でオタクだとわかる人間だろう。
こんな端正な美少女が漫画を描くなど冠城のイメージから余りにもかけ離れていた。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:43:36.41 ID:A7tKNGJh0


「…今の刑事さんの推理だけどちょっとちがいます。」


そんな時、これまで黙秘を貫いてきた少女が急に話しだした。
それから少女は大事に抱えていたモノを右京たちの前に見せた。
ちなみに彼女が抱えていたのは原稿用紙だ。それも漫画だ。
まさか右京の推理通りこの少女が漫画を描いていたとは意外だ。
だが一番に気になるのは表紙のタイトルだ。


「ホワイトナイト…?」


どこかで聞いたようなタイトルだなと思ったがそういえば青木が絶賛していた漫画がそんなタイトルだったことを冠城は思い出した。


「ひょっとしてこの漫画だけどジャンプに載っていたあのホワイトナイトかい?」


「はい。私もホワイトナイトを描いていたんです。」


「ホワイトナイトを描いていた…だって…?」


ありえない。先程ホワイトナイトの漫画を読んだが確か作者は佐々木哲平という名だ。
名前からして間違いなく男であることが伺える。
それでいて目の前にいるこの少女はどう見ても女性であり明らかに佐々木哲平ではない。
奇妙な話だ。作家志望の人間が出版社へ持ち込む際は自身のオリジナル作品でなければならない。
それなのに他人の作品など描けばそれは単なる二次創作という扱いを受ける。
下手をすれば版権を侵害されたと訴えられる恐れすらある。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:45:52.16 ID:A7tKNGJh0


「そういえばこの子を補導した現場は集英社の前でしたね。」


警官が思い出したように補導した現場のことを伝えてくれた。
集英社といえば誰もが耳にする大手出版社だ。
ホワイトナイトが掲載されている少年ジャンプも集英社が発行している週間少年漫画。
これで色々と事件の背景が見えてきた。


「つまりこういうことか。キミは自分で描いたホワイトナイトを集英社に見せに来たと…?」


事情を察した冠城は思わず呆れてしまった。要するに子供がジャンプに掲載された漫画を読んで自分も描いてしまったのだろう。
それで妙なトラブルが起きてしまい今に至ったと…
まったく人騒がせな少女だ。とにかく真相がわかったのならあとは簡単だ。
ここは厳重注意を促して今後はこういった事態を仕出かさないように補導すべき。
そう結論づけた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:46:33.53 ID:A7tKNGJh0


「おや?これは奇妙ですねぇ。」


これまで隣で静かにしていた右京があることに気づいた。
よく見ると右京はいつの間にか少女が大事に抱えていた原稿をペラペラと読んでいた。


「右京さんいつの間に…ていうかそれ勝手に読んでいいんですか…?」


「失礼、僕の悪い癖です。それはともかく奇妙なことに気づきました。ちょっとこちらと読み比べてもらえますか。」


そういって右京が差し出したのは今週号の少年ジャンプだ。
勿論表紙には先程から問題になっているホワイトナイトが載っていた。
右京が何を指摘したいのかはわからないが冠城はジャンプに載っているホワイトナイトとそれに少女が持っていたホワイトナイトの原稿を読み比べてみた。
その内容だがいくつかのちがいが見受けられた。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:48:47.30 ID:A7tKNGJh0


「確かに内容はいくつか異なる面が見受けられますね。」


ジャンプで載っていたホワイトナイトは青木が言うようなまあそこそこ面白い漫画に仕上がっている。
話も余計な描写もないので初見の人間でも読みやすいように構成されていた。
対して少女の原稿はネームで恐らくはまだ成書されていないのか作画は乱雑としたものだ。
そしてもう一点、異なる部分といえば作者の名前だ。
ジャンプのホワイトナイトの作者名は佐々木哲平。少女が持っていた原稿に記されていたのは…


「アイノイツキ…ひょっとしてキミの本名か…?」


その問いに少女はコクッと静かに頷いた。
藍野伊月、これでようやくこの少女の名前がわかった。
しかし漫画を読んでわかったのは伊月の名前くらいだが右京はこんなことを言いたかっただけなのか?


「二つのホワイトナイトを読み比べてあることがわかりました。
それはジャンプで描かれたホワイトナイトは…確かに構成力はあると思います。
ですが言い換えるとそれは大事な部分をすべてカットしていると僕にはそう思えます。」


「右京さんが何を言いたいのかなんとなくわかりますけど…つまりはTVの番組みたく余分な部分をカットしていると…?」


「そういうことです。これを鬼滅の刃で例えるなら一話で家族を殺された炭治郎が鱗滝さんの下で修行を行わずいきなり鬼殺隊の剣士として戦うようなものですよ。」


「…よくわからないけど…それ大事なことなんですか…?」


「当然です!いいですか!炭治郎が鱗滝さんの下で修行しなければ炭治郎は水の呼吸を覚えられずそれに錆兎や真狐とも出会えずにその後の冨岡義勇との絆は…」


右京の鬼滅トークはスルーで聞き流しといて冠城も指摘された点を読み直すと確かにその通りだった。
ジャンプに掲載されていたホワイトナイトを読んだ後で伊月のホワイトナイトを読むとまるで映画のディレクターズカット版のように各シーンの伏線などを補強している感じが見受けられた。
だがこうなると益々奇妙だ。普通こんなことは物語を描いた原作者にしかできない。
他の第三者がやれば原作の意図が理解出来ずに支離滅裂な展開に陥る恐れすらある。
それをまるで原作者の意図を完璧に理解した上で描いたのだから大したものだ。
しかしジャンプのホワイトナイト作者の佐々木哲平と目の前にいる藍野伊月は全くの別人だ。
これは一体どういうことなのか?
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:50:26.04 ID:A7tKNGJh0


「恐らくその原因こそ伊月さんが先程男性を襲っていたことと関係しているのでしょう。ひょっとしてあなたが襲っていた男性は佐々木哲平ではありませんか。」


そう問われて伊月は再びコクッと頷いた。なんということだろうか。
それから伊月はあることを語りだした。それはこれまでの自身の生い立ちについてだ。


「…私…高知の学校に通ってました。今は不登校です。理由はイジメに遭ったから…」


「それからは部屋に籠って漫画ばかり描くようになりました。それがホワイトナイトです。」


「漫画を描いている時だけはつらいことを忘れられて…」


「それで私を虐めていた人たちも私の漫画で楽しませようと思ったんです。」


「けどこの前おかしなことに気づきました。」


「私のホワイトナイトが少年ジャンプに載っていたんです。」


伊月は自分がホワイトナイトを描く経緯を話した。
引きこもりだった自分が同じ思いで苦しんでいる人たちを笑顔にしたくてこうして漫画を描いたと…
確かにその志は立派なものだ。しかし…
ある日、いつものように少年ジャンプを読んだら自分の漫画が雑誌に掲載されていた。
それまで伊月は誰にもホワイトナイトの作品を読ませたことなどないのにどうして?
この事態に居ても立ってもいられずこうして東京に出向いたという。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:52:04.08 ID:A7tKNGJh0


「つまりこういうことだな。キミは集英社で佐々木哲平を襲った。その理由は彼が自分と同じ漫画を描いたからということか。」


「…まあそうです…けど…襲ってなんていません!
そのGペンだって使い込み具合を見てくれたら私がどれだけ真剣に漫画を描いているのかわかってくれると思ったからで…」


伊月は襲ったわけではないと主張しているが…
それでも危険な行為だったということには変わりないのでとりあえずは厳重注意のみで済ませた。
あとは念の為に高知の自宅に連絡して伊月の御両親に迎えに来てもらうだけだが…


「一応の事情はわかりました。ですが奇妙な話ですねぇ。全くの赤の他人が同じ作品を描くものでしょうか。」


「可能性があるとすれば唯一つ、盗作が行われたということですよね。」


「ええ、その通りです。伊月さんお尋ねしますがあなたはジャンプに載せられたホワイトナイトを読んで描いたのでは…」


まともに考えれば盗作を行ったのは伊月ではないか?そう考えた右京たちだが…


「ちがいます!私は盗作なんてしていません!もうずっと前から描いてるんですから!」


伊月は決して盗作など行ってはいないと訴えた。普通なら誰もが伊月を疑うだろう。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:54:37.02 ID:A7tKNGJh0


「わかりました。あなたが言っていることを信じましょう。」


「ちょっと右京さん!いいんですかそんなあっさりと信じて!」


「本人がそう言っているのだからそうなのでしょう。
未成年の女子高生がわざわざ高知から出向いてきたのですよ。それには並大抵の覚悟があったはずです。
それに彼女の原稿を読めばわかります。ジャンプのホワイトナイトはまだ掲載されたばかりの読み切り。
それをこうまで細かく描写出来るのは原作者でなければ無理ですよ。」


言われてみればまだ先週号のジャンプが出てから一週間くらいしか経っていない。
その僅かな短期間で赤の他人がこうも完璧に描き切ることが出来るだろうか?
答えはNOだ。つまり伊月は本当にホワイトナイトの原作者なのか。


「しかし彼女の証言が事実だとすると盗作を行ったのはジャンプに載っている方ですよね。
つまりこの作者の佐々木哲平が盗作したということですか。」


冠城はこれまでの伊月の話を整理した結論を出した。
そうなるとこれは相当厄介な問題だ。少年ジャンプの漫画家が女子高生の漫画を盗作した。
一体どうやって盗作したのか?伊月のホワイトナイトだが彼女の漫画はこれまで人目にはつかなかったという。
それで先程の話で伊月は引き篭っていた。
つまりホワイトナイトの作者佐々木哲平は女子高生の部屋に忍び込んで漫画を盗作した。
もしそれが本当だとしたらこれは明らかに犯罪行為だ。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:56:03.31 ID:A7tKNGJh0


「あ、それちがいますよ。本人がそう言ってましたから。」


「本人が…?それはどういう意味でしょうか。」


伊月は哲平を襲った時の出来事を語った。
その時の哲平は逃げながらも自分は伊月の部屋になど忍び込んではいないと訴えていた。
それから電子レンジがどうのこうのと何か訳のわからないことを言っていた。


「電子レンジ…?それは料理に使うあの電子レンジですか。」


「はい…たぶん…何かそんなことを言っていました。」


「電子レンジなんて漫画を描くのには使わないだろ。一体何の繋がりがるんだ。」


漫画と電子レンジ、どう考えてもこの二つが結びつく要素など思いつくはずがない。
それにこんな派出所でいつまでも考えていてもどうにもならない。
そこで右京はある提案を思い浮かんだ。それは…

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 00:58:49.74 ID:A7tKNGJh0


「初めまして、少年ジャンプ編集部の宗岡といいます。本日は持ち込みだと伺いましたが…」


なんと右京が伊月を連れてきたのは犯行現場でもある集英社、その建物内のオフィスだ。
そこで編集部の人間を呼び出して伊月が描いたホワイトナイトの原稿を読んでもらおうとしていた。
ちなみに担当してくれるのは宗岡という若い編集だ。


「いいんですか右京さん?彼女ガチガチに震えていますよ。」


同席している冠城が右京に耳打ちするが伊月は肩をブルブル震わせながら緊張していた。
恐らくこのような事態を想定していなかったのだろう。
今回伊月はホワイトナイトの件で原作者の佐々木哲平に話をしに来ただけだった。
それがまさか刑事たちに付き添われて憧れの集英社の少年ジャンプ編集部にて自分の描いた原稿を読んでもらうなど普通の少女なら緊張するのも無理もなかった。

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:01:42.42 ID:A7tKNGJh0


「…え〜と…藍野さんだよね。この原稿は…どういうことかな…?」


「私が描いたホワイトナイトです。」


「うん、見ればわかるよ。けど僕が言いたいのはこの漫画はキミのオリジナル作品じゃないよね。
新人の持ち込みは本人が描いたオリジナル作品でなきゃいけない。これじゃあ単なる二次創作でどんなに出来がよくても評価に値しないんだ。」


伊月が描いたホワイトナイトには辛辣な評価が下された。
いや、正確に言えば評価に値しないとそう断言されてしまった。
そのことを聞かされた伊月は肩を震わせながら泣くことしか出来なかった。
仕方がない。既にホワイトナイトは佐々木哲平によって世間に注目された作品だ。
伊月が描いたホワイトナイトは単なる二次創作の扱いを受けるのも当然だった。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:02:30.65 ID:A7tKNGJh0


「ひとつよろしいでしょうか。」


そんな悲観する伊月を余所に右京は宗岡にあることを尋ねた。なんとそれは…


「宗岡さんは少年ジャンプの編集を携わっているのならお尋ねしますがそんなあなたの目から見てどちらのホワイトナイトがより面白かったでしょうか。」


「いや、そう言われましても…そもそも藍野さんの描いたものは二次創作なので評価の対象には…」


「それは重々承知しています。ですがそれとは別に作品としての質はどちらがよかったのかと参考がてらに質問しています。
プロの編集者の視線からどうか評価してもらえますか。」


宗岡はそんな右京の申し出に渋々ながらも応じながらもう一度伊月の描いたホワイトナイトを読み直した。
一通り読み終えると宗岡はこんな評価を下してみせた。


「感想としてはやはり佐々木先生のホワイトナイトが完成度は高いです。
絵やネタは明らかに佐々木先生の描いたモノよりも劣っています。
それに佐々木先生の方は読み切りだったから余計なキャラや背景を省いているので構成力はありますね。」


宗岡の感想は先程の右京が抱いた感想とほぼ同一だった。
そのことに関しては右京もほぼ同意見だ。しかし問題はどうして赤の他人の二人が同じ作品を描いたのか?やはり疑問点はそこだった。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:03:28.29 ID:A7tKNGJh0


「ところであなた方は藍野さんの保護者ですか?」


「ああ、失礼しました。警視庁特命係の杉下と冠城です。
実は先程この子が騒ぎを起こしましてね…その件でちょっとお伺いしたいことがありまして。」


それから右京は宗岡に先程の一部始終を話した。
先程この集英社の外で佐々木哲平が伊月に襲われて補導されたこと。
さらには伊月がホワイトナイトを描いていたことをすべて打ち明けてみせた。


「キミが佐々木くんを襲った…?それで彼に怪我は!?」


「怪我なんてさせていません!そもそも私は話をしに来ただけで襲ってなんて…」


「Gペンなんて振りかざしたら怪我をするに決まっているだろ!それに佐々木くんはもしものことがあったらどうするつもりなんだ!?」


宗岡が怒るのも無理もない。自分の会社の目の前で期待の新人が襲われたのだ。
下手をすれば大怪我を負わされていたのかもしれない。
確かに宗岡の怒りは真っ当なものだが…

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:04:12.66 ID:A7tKNGJh0


「それでは佐々木先生に被害届けを出してもらうわけにはいきませんか。」


「え?被害届…?」


「ええ、実は佐々木先生ですが被害届を出さずにその場から立ち去ったようなんですよ。
ご自身が被害者の立場なのにそこが少し不可解でしてね。」


そう、右京たちが交番に来た時には佐々木哲平は現場にはいなかった。
本来なら事情聴取のために被害者も同席してもらう必要がある。
それに万が一にも後日に怪我が発覚すれば慰謝料の請求も必要だ。
その必要があったはずなのに佐々木哲平は現場から早々に立ち去った。


「それは新連載が始まるので忙しいからですよ。彼の描いたホワイトナイトが連載されることになりましたからね。」


「なるほど、新連載ですか。僕にはわかりませんが週刊雑誌の作家となると多忙なのでしょうねぇ。」


「そりゃそうですよ。アシスタントを探さなきゃいけないしそれに仕事場も見つけなきゃいけませんからね。
そうなると編集部としても準備金を用意しなきゃいけませんからね。」


佐々木哲平が襲われる直前に集英社を訪れていたのも新連載の打ち合わせがあったからだ。
確かにそれほど多忙なら被害届など出している余裕もないのかもしれない。
だが他に理由があればどうだろうか。

26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:05:12.00 ID:A7tKNGJh0


「確かに多忙であるなら被害届けを出している暇はないのかもしれない。
ですが少し思うところがあるのですが被害届けを出さなかった理由は佐々木先生が実は彼女の作品を盗作したからではないのでしょうか。」


右京の発言に宗岡とそれにジャンプ編集部の面々が挙ってこちらを睨みつけた。
冠城もまさかの直球な言動に思わずやり過ぎたと感じた。さすがにこれでは喧嘩を売っているようなものだ。


「いい加減にしてください!いきなり訪ねてきて盗作とはどういう了見ですか!被害者は佐々木くんなんですよ!?」


宗岡は堪らず怒鳴るがそうなるのも当然だ。
現在ホワイトナイトは読み切りで人気一位を獲得した期待の漫画だ。
それなのに新連載を前にしてこんなケチをつけられたのでは堪ったものではない。


「事情は先ほど説明した通りです。伊月さんが言うには自分も同じくホワイトナイトを描いていたそうです。
ですがどうしたことか佐々木先生もホワイトナイトを描いていた。こんな偶然が本当にあるのでしょうか?」


「そんなのは彼女のデタラメに決まっているでしょ!きっとホワイトナイトを読んでそれを真似ただけですよ!そうに決まってる!」


普通に考えれば宗岡の言う通りかもしれない。
佐々木哲平の描いたホワイトナイトを伊月が真似て描いただけだろうと…
さらに宗岡はそもそも盗作をどうやって行えたというのかと疑問を投げかけた。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:07:06.26 ID:A7tKNGJh0


「そもそも藍野さんはどこに住んでいるんだ?」


「高知…ですけど…」


「高知?ここは東京だよ!高知までどうやって盗作するというんだ!」


宗岡の疑問に伊月は答えられることなどできない。
むしろ聞きたいのは自分の方だと言いたいくらいだ。
ある日、いつも購読しているジャンプを読んだら何故か自分の描いていたホワイトナイトが掲載されていた。
これまで引き篭っていた時間を使って必死に漫画を描いてきた。
それこそ資料集めから始まり膨大な設定を練ってようやく構成をまとめられたと思った矢先にこの事態だ。
一体何がどうなっているのかなんて伊月にわかるはずもなかった。


「確かに佐々木先生が高知にある伊月さんの自宅まで行って部屋に忍び込み原稿を盗み見するなど些かありえない話です。」


「そうでしょ…だったら…」


「ですがこういった話ならどうですか。佐々木先生は以前から地方に出向いて窃盗を行う連続窃盗犯だとしたら?」


この右京の推理に隣で伺っていた冠城もそれならばと納得した。
確かにわざわざ高知まで出向いて伊月の部屋に忍び込み原稿を盗み見するのはありえない話だ。
だが佐々木哲平が以前から窃盗を繰り広げていたらどうだろうか。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:08:09.26 ID:A7tKNGJh0


「つまりこういうことです。佐々木先生はアシが付かないように地方で窃盗を行っていた。
その際に高知にある伊月さんの自宅に忍び込んで偶然にも彼女が描いていたホワイトナイトの原稿を盗み見した。そして彼女の作品を盗作したのではないでしょうか。」


「馬鹿な…どうして先生がそんなことを…」


「失礼ながらお尋ねしますが佐々木先生はホワイトナイトを描く前は何をなさっていたのですか?」


「さあ…僕は彼がホワイトナイトを描いた時からしか知らないのでそれほど付き合いは長くなくて…」


どうやら宗岡が佐々木哲平を担当するようになったのはホワイトナイトの読み切りが載ってからだという。
つまりは一ヶ月前、それ以前の佐々木哲平については一切知らないそうだ。
それなのによく担当を務めるようになったのかと聞いたら実はこんな事情があった。


「一ヶ月前の編集会議の時でした。その会議中に佐々木くんが突然やってきて編集長に直談判紛いでホワイトナイトの原稿を持ってきたんです。」


その原稿を読んだ編集長はすぐにホワイトナイトを好評してすぐに読み切りで掲載されることが決定した。
今の話を聞いて右京と冠城は佐々木哲平の盗作疑惑に益々信憑性を抱くようになった。
何故なら作品というものは編集に何度もチェックさせられてその末にようやくOKが出る。
それなのに今の話を聞く限りでは佐々木哲平はほぼ独力でホワイトナイトを描いたと本人は告げたそうだ。
やはり佐々木哲平には不審な点が見受けられると判断した。


「とにかくこっちは忙しんです。それでは失礼します。」


話を終えると宗岡は不機嫌な態度ですぐにその場を立ち去った。
しかし今の話だけではどうにも不十分だ。気になるのはホワイトナイトを描く前の佐々木哲平だ。
佐々木哲平が本当に盗作を行ったのか明らかにするためにはどうしても彼がホワイトナイトを描く前の作品を知る必要があった。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:09:39.37 ID:A7tKNGJh0


「あの…今の話は本当なんですか…?」


そこへ宗岡と入れ替わるかのようにとある男が現れた。
年齢は宗岡よりも上で無精髭を生やした中年の男だ。


「私は菊瀬といいます。以前まで佐々木くんの担当をしていた者です。」


「以前まで?それはどういうことですか。」


「お恥ずかしながら編集長に彼の担当を外されました。まあ理由はやはりホワイトナイトですね。」


菊瀬は4年間も佐々木哲平の担当だったという。
4年前、当時岐阜にある漫画の専門学校に通っていた佐々木哲平は新人賞に応募して佳作を受賞。
賞を取ってからは本格的に漫画を描くために地元の岐阜から東京へと上京。
プロの漫画家のアシスタントの傍らアルバイト生活を送り執筆活動に専念していた。
だがその後4年間はろくな成果が出ずにいたという。


「まあ私も彼に対して散々ボツを出しましたよ。
そんな矢先にあのホワイトナイトを持ってきましてね。
それを見た編集長がGOサインを出したわけです。」


それから菊瀬はある原稿を右京たちに見せた。佐々木哲平がホワイトナイトを描く直前に持ち込んだ原稿だ。
その原稿を読んだ感想はというと…

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:11:30.77 ID:A7tKNGJh0


「つまらない…ですね…」


ハッキリとそう言ってしまった。失礼かと思われるが事実そうだから仕方ない。
右京は勿論だが冠城やそれに同席している伊月から見てもこの漫画は余りにもつまらないものだった。


「これ…あれですよね…お宅の看板漫画の…」


さらに冠城が指摘するが作画もほぼジャンプで長寿漫画と化している某海賊漫画に影響されたらしくその劣化版になっている。
これでは作風に個性など感じられない悪く言えば落書き漫画の域を脱していないまである。


「こんなこと言うべきではありませんが中身が感じられません。空っぽとしか言いようがありませんよ。」


「やはりそうでしたか。私も同じことを彼に言いましたよ。」


「ちなみにお聞きしますが佐々木先生とはどのような方なのでしょうか。」


「作風を見ればお察しの通りですよ。人間性が感じられない。私生活もだらしないですね。
待ち合わせの時間には遅刻するしボツを下した後にタバコ吸ったら睨みつけるわ
おまけにホワイトナイトを持ってきた時も建物に無断で入り込んで編集会議に乱入するわでもう滅茶苦茶ですよ。」


「随分とした言われようですね。それでも4年間面倒を見たわけですか。」


「まあ編集長が目を掛けていましたからね。
それでホワイトナイトを描く前に彼にこう言ったんです。キミには何か伝えたいものはないのかって…
そしたらなんと言ったと思います?」


その際に哲平は『みんなを楽しませる漫画を描きたい』とそう答えたそうだ。
聞こえはいいかもしれないが要は中身が伴っていない漠然とした発言だ。
確かにこの海賊漫画擬きを読めば佐々木哲平の人物像はなんとなくだが把握することは出来た。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:12:31.89 ID:A7tKNGJh0


「……ひとつ質問します。この原稿を佐々木先生はホワイトナイトを描く直前に持ち込んだわけですね。
その次にホワイトナイトを持ち込んだ。その期間はどれほど掛かりましたか?」


「やけに早かったでしたよ。確かボツにしてからその翌日にホワイトナイトを持ってきましたからね。」


ありえない。その話を聞いた右京たちの考えがそれだった。
佐々木哲平はこれまで某海賊漫画の劣化版風な漫画を描いていた。
持ち込み漫画は大抵の場合、ネームといった下書きで持ち込まれる。
だからといってこれまでの作風を180°変えて次の日に持ち込むなどそんなことがあるはずがない。


「菊瀬さん。僕はどうしても佐々木先生がホワイトナイトを自分で描いたとは思えませんがあなたはどう思いますか?」


「そのことですが…私も一ヶ月前の編集会議でそのことを質問しました。本当にキミが描いたのかと…
しかし彼は迷いもなく自分が描いたとそう答えました。」


その時の佐々木哲平は嘘をついているようには見えなかったという。
だがたった一夜にしてここまで作風が変わるのは明らかにおかしい。
これは疑う余地があると右京は判断した。

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/01(水) 01:19:45.59 ID:A7tKNGJh0


「それにしても何故そんな急遽連載が決まったのですか?普通なら会議に掛けられ慎重な判断が下されて掲載になるのではありませんか。
僕たち部外者からしてもこれは些か性急だったと思えますよ。」


「それは…恥ずかしい話ですが…うちの雑誌…中堅どころが軒並み最終回を迎えましてね…だからその穴を埋めるにもホワイトナイトが適任だったんですよ。」


どうやら佐々木哲平はタイミングにも恵まれていたらしい。


「ところで聞きたいんですけど…佐々木くんが盗作を行ったというのは本当なんでしょうか…?」


「それを証明するのは難しいでしょう。現時点では伊月さんのホワイトナイトくらいしか証拠がありませんからねぇ。
既に少年ジャンプで佐々木先生の描いたホワイトナイトが掲載されています。
現状において先に世間に出回った方が本物とされる。盗作を疑うにしてもかなり難しいと思われます。」


「けど先程のお話で佐々木くんがこの少女の家で窃盗したとかいう話はどうなんですか!」


「問題はそこです。この後、佐々木哲平が窃盗犯であったと証明された場合が厄介です。
その際に問題視されるのはそちらで掲載されてしまったホワイトナイト。
少年ジャンプの作家が窃盗を行っていただけでも問題だというのにあろうことかその作品すら盗作したものだった。
さらに言えばその作品が証拠の決め手になったとなれば世間からのバッシングは相当なものになるでしょう。
最悪の場合は廃刊すらありえますよ。御社が被るダメージは計り知れないものになるかもしれません。」


右京から最悪の場合を聞かされて菊瀬は思わず背筋が凍りつくような感覚に陥った。
もしもここが禁煙室ならタバコを一服口にして気分を落ち着かせたいまである。
つまりこういうことだ。佐々木哲平が本当に盗作を行っていたとすれば自分たち少年ジャンプ編集部は犯罪の片棒を担がされてしまった。
まったくなんということをしてくれたんだと呆然とするしかなかった。


「落ち着いてください。まだそうと決まったわけではありません。
しかし時間はありません。読み切りならともかく本格的な新連載となれば集英社もタダでは済まされない。
そのためにも一刻も早く事実確認を済ませる必要があります。」


「わかりました。これから編集長に掛け合ってみます。」


「お願いします。僕たちはこれから佐々木先生を訪ねてみようと思います。」


こうして右京たちは菊瀬から佐々木哲平の住所を聞き出して彼の自宅へと向かった。
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