ターニャ・フォン・デグレチャフ「自動、手記人形……だと?」

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6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:42:59.45 ID:PWWmuiJvO
「ためしに一筆、書いてみてくれ」
「はい。わかりました」

カタカタとタイプを打つ音が響く。
驚くべきはその打鍵の速さだ。
淀みなく義手の指先が動き、書き上げた。

「出来ました」
「どれどれ……これは」

少佐は出来た手紙を読んで、閉口した。

「どうしましたか?」
「読んでみろ」
「拝啓、参謀本部殿。戦線は破綻寸前であり、即時後退許可を願います。かしこ」
「そんな文章なら私でも打てる」

そしてそれが通れば苦労はしないのである。

「もっと情に訴える必要がある」
「なるほど」
「君は依頼者の心を汲み取る自動手記人形なのだろう? どうにかして我々を救ってくれ。頼む」

既に軍属ではない彼女に階級など関係ない。
少佐もまたひとりの少女として頭を下げた。
ターニャとして、ヴァイオレットに頼んだ。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:44:53.55 ID:PWWmuiJvO
「出来ました」
「ふむ……先程よりはマシか」

『拝啓、参謀本部の諸兄方。
ターニャは現在、とても困っております。
戦線は崩壊寸前でこのままでは全滅します。
どうか、私たちに後退許可をください。
あなた方の忠実なターニャより。』

情に訴えてはいるが、緊迫感が伝わらない。

「もっとこう、リアルな戦場をだな……」
「出来ました」

『拝啓、後方で呑気に過ごしてるお偉方。
こちらが血反吐を吐いているというのに良いご身分ですね。あ、また銃弾が掠めました。
止血する間もないのでこの辺で失礼します。
次は私の墓前でお会いしましょう。』

「極端すぎる! これではまるで私が子供のように拗ねているだけではないか!」
「そのように見えますが、違いましたか?」
「ぐっ……た、たとえそうだとしても、軍人は不平不満を口にしてはいかんのだ!」
「裏腹ですね」

この手紙をそのまま参謀本部に送りつけてやりたいのはやまやまだが、それで後退許可が得られるとは思えず、恥のかき損となる。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:46:54.39 ID:PWWmuiJvO
「少し、考える時間をください」
「わかった。しかし、悠長には出来んぞ」

顎に手をやって悩む自動手記人形を急かしたところで良い手紙は書けないだろう。
焦る気持ちを抑えて、コーヒーを淹れる。

「君はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「紅茶を頂きます」

2人でカップをすすり、ひといき吐く。
無論、和んでいる場合ではない。
こうしている間にも戦友は戦っているのだ。

「くそっ……どうしてこうなった!」
「少佐……泣いているのですか?」
「私は泣いてなどいない! これは……! 大隊の戦友が、今も流している彼らの血だ!!」

らしくもなく感情的になる少佐。悲愴だ。
仲間を思い涙を流すその姿が、なんだか。
ヴァイオレットの少佐と重なって見えて。

「どこの部隊の少佐も……優しいのですね」

その呟きを紅茶と共に飲み干して、書いた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:48:34.10 ID:PWWmuiJvO
「出来ました」
「もう時間がない。君はそれを参謀本部へ届けてくれ。私は戦場に戻らなくてはならん」

手紙の内容を確かめる時間はない。命じた。

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン! 既に軍属ではないとはいえ、私は君の軍人としての作戦遂行能力が高いと判断する! 迅速にその手紙を参謀本部へ届け、我々を救え!!」
「それは……命令ですか?」

一瞬、ヴァイオレットの瞳が揺れる。
同じ階級の少佐からの下命。
しかし、少佐は彼女の少佐ではない。

「だとしたらどうする?」
「いえ。たとえ命令でなくとも、私は必ず、お嬢様のご意志をお届けいたします」
「はっ。お嬢様……か」

鼻で笑うついでに意地悪な質問をしてみた。

「時に自動手記人形とやら」
「はい、なんでしょう?」
「冥土の土産に教えて欲しい。先程、君が飲んだ紅茶はいったいどうなるのかね?」
「体外に排出され、大地に還ります」
「フハッ!」

大地に還る。自分もいずれはそうなるのだ。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「あの……少佐、どうしました?」
「いや、なんでもない。また会おう! ヴァイオレット・エヴァーガーデン! さらばだ!」

願わくば。生きてまた彼女と会ってみたい。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:50:47.86 ID:PWWmuiJvO
8時間後。

「負傷者を下がらせろ!」
「しかし少佐殿、手が足りません!」
「血を流しながら働く兵など不要だ!」

辛うじて大隊は持ち堪えている。
とはいえ、戦線自体は大きく後退した。
あの手紙が認められなければ命令違反だ。

「第一中隊が殿を務める! いけ!」

再び指揮権を掌握した第一中隊が盾となり、負傷した隊員を後退させた。
とはいえ、敵の数に対して手が足りない。

「少佐殿。参謀本部はまだ何も……?」
「必ず、動いてくれる筈だ」
「しかし、もう時間がありません!」

あと何時間。
あと何分もつか。
脳裏に過る諦めの言葉を首を振り打ち消す。

「私は約束したのだ! 必ず救えと!!」

命令ではなく、約束。
少佐はあの自動手記人形を信じていた。
軍人としてではなく、ひとりの人間として。
ヴァイオレット・エヴァーガーデンが、必ずや少佐の心を参謀本部に届けてくれると。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:53:19.99 ID:PWWmuiJvO
「敵の魔導大隊が接近!」
「ツーマンセルを崩すな! やるぞ!!」

大隊相手に一個中隊が立ち回る。
あまりに無謀であり、勝ち目は薄い。
必死に追いすがる傍らの副官を逃すべきか。
人的資源の無駄遣いは矜恃に反する。

けれど、希望さえあるのなら。

「見ろ、セレブリャコーフ少尉!」

照明弾が眩く闇夜を照らし出す。

「えっ……?」

背後には大隊規模の援軍が接近していた。

「敵の、増援……?」
「違う! あれは友軍だ! 合流するぞ!」
「は、はいっ!」

こうして、敵の大攻勢を凌ぎ切った。
代わりに帝国は大きな後退を余儀なくされたが、その件で少佐が処罰されることはない。
何故ならば、既に了承済みだからだ。

自動手記人形は約束通り、大隊を救った。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:55:00.32 ID:PWWmuiJvO
「デグレチャフ少佐にお手紙です」
「たしかに、受け取った」

後方拠点へ帰投後、参謀本部からの返事を受け取り、少佐はあの天幕で封を開けた。

『我らが愛しきターニャへ。
貴官の思いと心はたしかに受け取った。
我々は事態を重く受け止め、援軍を送ることを決めた。無断での戦線後退も不問とする。
貴官の一刻も早い回復を願う。』

「なんだこれは……?」

概ね、望み通りの内容である。
しかし、まるで私が重傷のような言い方だ。
たしかに無傷ではないが些か大袈裟である。

首を傾げていると勢いよく天幕が開かれた。

「デグレチャフ少佐はここか!?」
「レ、レルゲン中佐殿……?」
「ああ……よかった。心配したぞ……」
「うぷっ」

入ってきたのは作戦参謀のレルゲン中佐。
少佐に駆け寄ると、いきなり抱擁した。
突然のことに少佐は軽くパニックとなる。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/09(土) 23:58:47.57 ID:PWWmuiJvO
「ちゅ、中佐殿! どうしたのですか!?」
「どうしたもこうしたもない!」

なんとか腕の中から脱出して意図を尋ねると、レルゲン中佐は凄まじい剣幕で語る。

「自動手記人形のヴァイオレット・エヴァーガーデンから手紙を受け取った我々は、貴官の身にただならぬ事態が発生したと判断して、こうして私が直々に出向いたのだ!」
「て、手紙にはなんと……?」
「持ってきてある。これだ」

手渡された手紙へと素早く目を滑らせる。

『親愛なる参謀本部のお兄様方へ。
これまでターニャに良くしてくれて本当にありがとうございました。心から感謝します。
ライン戦線は現在とても厳しい状況にあり、残念ながら生きてお会いすることはもうないでしょう。力が足りず申し訳ありません。
最後に、ターニャに大地に還る許可を頂きたく、こうしてお手紙を書かせて頂きました。
どうか許可くださいますようお願いします。
お兄様方の忠実なターニャより。』

「あの自動手記人形め……!」
「この手紙が読み上げられた瞬間、参謀本部は完全に瓦解した! 心を痛めたゼートゥーア少将は泣き崩れ! ルーデルドルフ少将は自ら戦闘機に乗って救援に向かうと言い出す始末! 私が帝都防衛の為のなけなしの援軍を率いて前線へとやってきたのはそれが理由だ!!」
「も、申し訳、ありません……」

どうしてこうなった。結果オーライだけど。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/10(日) 00:04:05.54 ID:qvxi2d6XO
「はあ……謝る必要はない」
「レルゲン中佐殿……?」
「貴官が無事ならば、それでいい」

おお。本当に結果オーライだったらしい。

「ご心配をおかけしてすみません」
「だから謝る必要はない。ところで少佐」
「はい、如何しましたか?」
「貴官から大隊の隊員宛に手紙を預かっていたので、先程全員へと配っておいた」
「は?」

なんだそれは。聞いてないぞ自動手記人形!

「デグレチャフ少佐」
「な、なんですか?」
「私は貴官のことを誤解していたらしい」
「と、申しますと……?」
「よもや貴官があれほど愛情深い指揮官だとは思わなかった。検閲の際、私は涙なくしてあの手紙を読むことは出来なかった」
「そ、そうですか……」

いったいどんな内容なんだ。すると、突然。

「少佐殿ぉ〜っ!!」
「ぐえっ!? セレブリャコーフ少尉!?」
「小官も……小官も! 少佐殿のことを心から愛しております! キスしていいですか!?」
「ええい! 離せ! 中佐殿が見てる!!」
「ふっ……私は少し席を外そう」
「中佐殿はおトイレに行きました! これで存分に少佐殿を愛でることが出来ますねっ!」
「どうして……どうしてこうなったぁ!?」

それから次々とやってくる友軍の増援に激しく慕われた少佐は危うく失禁して本当に大地へと還る寸前で、あの自動手記人形のことを思った。

「覚えていろよ……ヴァイオレット・エヴァーガーデン! 今度会ったら、貴様を……!」

困った人形だが、なにかと意志疎通の困難なこの大隊には、必要な存在かもしれないと。
次に再会したらそれとなく勧誘しよう。


【幼女と少女戦記】


FIN
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/05/10(日) 00:06:12.69 ID:qvxi2d6XO
>>5
ご期待に添えず、申し訳ありません。
お恥ずかしながらヴァイオレット・エヴァーガーデンを観て泣いてしまった私には、これが精一杯でした。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!
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