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男「それは、宇宙の彼方」
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120 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:24:46.39 ID:ECNFnKQ+0
父「あなたがここにやってきたのは、数えきれないほどの回数に及びます。
我々が始めて遭遇したことを1回と数えるのであれば今回が記念すべき88888回目です」
それはなんというか、
男「末――」
父「『末広がりだ』と言うのでしょう?
8回の時も88回の時も888回の時も8888回の時もあなたはそう仰いましたね。
私はあなたの記憶と共に、時を戻しました。
スクールバッグの中身に違う曜日の教科書があって驚くのもセットです」
男「え……」
意味の分からない理論をさもありなんという感じで進めていく。
121 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:26:15.03 ID:ECNFnKQ+0
父「時を戻すのは容易ではありません。時は戻ってなどくれないのです。常識です」
男「それじゃあどうやって」
父「『時を戻す』というのは、非常に語弊がありますね。
改めます、私は『世界自体を一新させている』のですよ、何度も何度も」
より意味が分からない。
父「全ての世界設定をコピーして、全く同じ世界を作成するのです。
そうですね、『パラレルワールド』と言うとわかりやすいでしょうか。
世界の設定をそのままに、世界自体を作り直しているんです。
ただこれには、二つの制約があります。
@起点となる世界設定は一度しか切り取ることができない。
A世界が再作成する起因を設定し、同じ事象が起きた場合に再作成(リセット)される。
『あなたが初めてここにやってきた日』をAとします。
そして我々が世界の再作成(リセット)を行った理由は、
『あなたに我々の存在が知られてしまったこと』に起因しますから、
この日をB、トリガーとし、Aの地点に戻ります。
つまり、あなたはここにやってきた回数は今回で88888回目になるのです」
気が遠くなる。
122 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:28:39.12 ID:ECNFnKQ+0
男「88888日も同じようなことをしているってこと……か?」
父「それは違います」
彼は、我が家に酷似しているインテリアを顎で示す。
父「我々は"素体"の行動方針を幾度となく変更していました。
そのため、あなたが"素体"と接触する時間、場所、方法は全てに差異があります。
そしてここにやってくるまでの時間は、長い時は1ヶ月に及ぶこともありました。
この空間は、あなたが"素体"を家に招いた時に記憶したレイアウトを参考に配置しました。
私があなたのお姉様の姿になっていたのもそれが理由です」
家に招き入れた?
俺が、不思議っ娘を?
父「"素体"を通じて様々なデータを取得できると同時に、どうしても避けられないことがありました。
というよりも、あなた自身が"素体"に関与しなかったパターンは一度もありません。
まあ、だからこそ先ほど申し上げたような回数なのですが。
"素体"は粒子の存在を極限まで希薄化させることで、他人とは関わりを持たないようにしています。
あくまで俯瞰的な調査・観察を行うためにそのように作成しました。なのにですよ?
あなたは必ず"素体"の存在に気づく。
絶対に、確実に、当然のように。何故なのです?」
そんなことを俺に言われても。
123 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:30:38.24 ID:ECNFnKQ+0
父「現在88887ケースを経て、我々の言語能力も格段に向上しました。
しかし困ったことに、あなたは必ずここにやってきて、世界は再作成(リセット)されてしまうのです。
あなたはどんな状況になろうとも、必ず"この場所"にやってくるのです。絶対に」
男「なら、俺から彼女を遠ざければいいのでは?」
父「それができたら苦労はしませんよ。
残念ながら、一時的に保存された世界設定を覆すことはできないのです。
再作成(リセット)された世界では、その役割を全うしなければなりません」
男「どういうことですか?」
父「あなたが"素体"を認知しているため、"素体"に役割が生まれてしまっているのです。
だから、あなたの付近にいなければならない、そのように役割が設定されているのです」
男「それはおかしいだろ。俺は記憶を消されてるんだから、彼女のことを知らないはずじゃないか」
父「あなたの記憶は、消していなかったのですよ、今の今まで」
124 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:33:09.38 ID:ECNFnKQ+0
男「え?」
父「今回初めて、あなたから『"素体"の存在』の記憶を消しました。
だからあなたは"素体"の存在を再作成(リセット)時点で知らなかった。
でも、それはおかしいでしょう? あなた自身は、再作成(リセット)時点より後の記憶がないのは当然ですが、
それ以前に"素体"と関わりを持っているのですから、全く認知していないということはおかしいのです。
関係値を0にしたはずが、結局あなたはここに来てしまった。
しかも、全パターン中今回が最短です」
男「……」
父「世界はまた繰り返す。細かく言えば、新しく作り直しているわけですが」
ここまで聞いてみても。
にわかには信じられない。
125 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:33:37.24 ID:ECNFnKQ+0
父「もううんざりですよ、正直」
男「ま、待ってくれ」
父「?」
男「何か、方法はないのか? その再作成(リセット)とやらから逃れる方法は」
父「ありません。あなたがここに来てしまったのですから」
男「ぐっ」
即答するなよ。
126 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:36:12.45 ID:ECNFnKQ+0
女「一つだけ、ある」
男「!」
不思議っ娘が口を挟んだ。
父「……」
女「全ての記憶を同期」
男「???」
女「上書き」
父「無理です、人間の脳内の膨大な記憶を全て同期することは不可能です」
おい、話についていけんぞ。
127 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:36:56.14 ID:ECNFnKQ+0
父「"素体"が申し上げているのは、
『再作成(リセット)の上書き』です」
再作成(リセット)の上書き。
父「再作成(リセット)には起因となる事象が存在します。
その事象が再度起こることで世界は再作成(リセット)されます。
今この世界の再作成(リセット)される事象はあなたの行動が起因となっている。
そのため、あなたはこの世界のキーになっています」
男「キー」
父「はい。そこで"素体"の考えは、再作成後の世界で起きた全てのパターンをあなたに同期させ、
この世界に『再作成(リセット)後』の記憶を持ったあなたを作成し、別の世界設定に更新・上書きしようということです」
もちろんこの説明で理解ができるはずもない。
128 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:37:26.81 ID:ECNFnKQ+0
父「『起因となっているあなた』と『起点以降の記憶を同期したあなた』は同一人物ではありません。よって、役割も変わります。
再作成(リセット)後の記憶を持った状態での再作成(リセット)はパラドックスが起きてしまうからです。
例えば私のように再作成(リセット)後にも記憶を保持している人間は、この世界設定からは蚊帳の外、というわけです。
つまり、あなたは世界の再作成(リセット)のキーとしての役割から解放され、世界設定外の人になれるということです。
私は記憶を保持しているのでこの世界の役割から外れていることになります」
男「と、とりあえずそれをやれば再作成(リセット)からは抜け出せるってことなのか?」
父「はい。……ですが」
深く考え込むように、顎に手をやる。
とてつもなく、人間っぽい仕草。
父「非常にリスクのある方法なのです」
129 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:40:14.05 ID:ECNFnKQ+0
そこはなんとなく理解できる。
おそらく、今回を除く88887回分の記憶を俺に入れるってことになるわけで。
1回目であろう記憶をさっき入れられただけでも眩暈、頭痛は相当なものだった。
それを、あと88886回分しなければならないとなると、無謀だということは安易に想像できる。
男「もし、俺が死んだりしたらどうなるんだ? そうなればここに来ることもなく、起因が起きず、再作成(リセット)は起きないんじゃないか?」
父「そうですが、それをあなたは望みますか?」
男「いや……」
無論だ。死にたくはない。
130 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:42:15.16 ID:ECNFnKQ+0
男「わかった、じゃあ少しずつ俺の何万回分の記憶を入れてくれ。流石に一気は無理だ」
父「あなたがここに来た日、つまり今日の日付変更時に世界は再作成(リセット)されてしまいます」
男「? そうなのか」
父「小分けにして入れ直すでは、おそらく間に合いません」
男「……俺はこの記憶を入れて、世界はどうなるんだ?」
父「……」
おい、急に黙るな。
131 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:44:12.90 ID:ECNFnKQ+0
父「パターンは二つ」
男「……」
父「記憶の同期が完了し、再作成(リセット)されない。
もしくは、
記憶の同期に失敗し、脳の機能が停止した上で、再作成(リセット)される」
つまり、
88889回目に突入します」
男「……」
釈然としない数字だ。
132 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:45:20.92 ID:ECNFnKQ+0
男「つっても俺は、また何も知らないまま、88889回目に行くんだろ」
父「そうですね」
88888回目の今の俺を犠牲にして。
別の俺がまた世界を生きる。
なんだかわけのわからん感覚だ。
男「わかった。じゃあ一気に頼む」
父「よろしいのですか?」
男「やらなきゃ変わらないならやるしかないだろ」
聞いた時点でやると決めてはいた。
気づけば、敬語じゃなくなっている。
この際どうでもいい。
ただ、もう一つ気になる点がある。
133 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 22:45:51.61 ID:ECNFnKQ+0
男「もう一つ聞いていいか?」
父「はい」
男「再作成(リセット)を抜け出した後、あんた達はどうする?」
父「そうですねえ、私はこの星からは去るでしょう。
"この場所"もまた、役割を担っているので離れることができないのですよ」
男「……不思議っ娘は」
父「"素体"も役割を終えるわけですから、廃棄になるでしょう」
無感情のまま、彼は言い放つ。
134 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:46:53.73 ID:ECNFnKQ+0
男「……成功したら、二つ、約束して欲しい」
父「はい」
男「一つは、あいつのことを"素体"と二度と呼ぶな。
あんたからしたらただの物かもしれないが、俺にとっては違う。
だから、もうその呼び方はしないでくれ」
父「了解しました」
男「あと、もう一つ――
135 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga !蒼_res]:2021/12/15(水) 22:48:24.61 ID:ECNFnKQ+0
彼は非常に勇ましく果断だ。
数万ケースに及ぶ再作成(リセット)を行っても、必ずここに辿り着く。
これはありえないことだ。
世界はこれほどまでに何度も何度も再作成(リセット)されることなど無かった。
ユニークな事が今、目の前で繰り広げられている。
だが、彼は非常に悲しく痛ましい。
136 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga !蒼_res]:2021/12/15(水) 22:49:23.90 ID:ECNFnKQ+0
彼は88888回の中で、何度も記憶の同期に挑戦している。
しかし、成功したことはない。全て、失敗している。
この地球に生きる「人間」という生き物は、残酷なほど脆い。
信じられない出来事に携われていることは嬉しいことだ。
だが、この再作成(リセット)は終わらない。
彼は記憶同期に耐え得る身体性能を持ち合わせていない。
だが、私はそれを伝えても無駄だとわかっている。
なぜなら、再作成(リセット)すれば彼の記憶は消えるからだ。
数万のパターンを経て、私も大きく成長したようだ。
しかし、この成果を母星に届けることができないのは非常に歯痒い。
137 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:49:54.52 ID:ECNFnKQ+0
父「準備はよろしいでしょうか?」
無骨な硬い椅子に腰掛けている俺に、確認の声を掛ける。
男「……ああ」
俺は静かに深呼吸をして、その時を待った。
父「それでは、参ります」
彼は俺の額に両の掌をあてがう。
男「……」
父「では、また会いましょう――――――――――
138 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:52:06.86 ID:ECNFnKQ+0
139 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:52:38.41 ID:ECNFnKQ+0
140 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:53:04.46 ID:ECNFnKQ+0
141 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:53:32.92 ID:ECNFnKQ+0
142 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:54:09.32 ID:ECNFnKQ+0
143 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:54:51.78 ID:ECNFnKQ+0
―――――――――コンコン。
扉を叩く音がして目が覚めた。
男「ん……」
いつもの天井が視界に広がる。
男「あれ……」
上体を起こし、周りを見渡す。
姉「起きましたか」
扉の向こうから、姉の声が聞こえる。
男「おはよう、姉さん。どうしたの?」
姉「おはようございます。いつもの時間に起きてこなかったので、起こしに来ました。」
几帳面な口調で姉は言った。
144 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:56:22.80 ID:ECNFnKQ+0
男「ありがとうございます」
姉「……珍しい返事をしますね」
男「ノックで起きたからさ」
姉「そうですか。どういたしまして。私はもう出るので、あなたも支度してくださいね」
廊下から聞こえる足音が遠くなる。
男「……うーん」
軽く頭をかく。少しだけボサッとした髪を自然な流れで整える。
男「ん?」
片方の手に何かが当たる感触がした。
それは、女物の髪留めだった。
男「……」
145 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:56:52.51 ID:ECNFnKQ+0
家を出て、いつもの電車に乗って、学校に向かう。
混雑した車内の中で何も考えずに吊り革につかまり、ただ揺られて到着を待つ。
なんのことはない一日が、今日も始まるのだ。
男「……」
窓から外を眺めると、風景は高速で進むスライドショーのようだ。
電車から見える確かに変わらない当たり前の景色。
軽く欠伸が出かけて、口元を手で押さえる。目元から涙が少し滲んだ。
俺自身も、いつも通り。
146 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:57:19.47 ID:ECNFnKQ+0
最寄り駅に着いて、改札を出る。
学生と社会人の大群が改札から一斉に自分の目的の場所へと向かっていく。
男「なんだかなぁ」
学校に向かう途中、俺は小さく呟いた。
不意に出た言葉だ。
これといって意味はない独り言。
男「……」
何もない、普通の日常がここにはある。
だけど。
男「……あー」
147 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 22:57:55.30 ID:ECNFnKQ+0
ポケットに入れていた今朝の髪留めを手に取る。
俺が使うことはないであろう、パステルカラーの髪留め。
なら、それを何故俺が持っているのか。
姉に見せたら絶対に不安にさせてしまうような代物だ。
姉『どうしてそのような物をあなたが持っているんですか!』
姉の血相を変えた顔で、震えた手で眼鏡を直している姿が目に浮かぶ。
姉は想像力が豊かだ。そうに違いない。
男「……うーむ」
148 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:01:26.88 ID:ECNFnKQ+0
身に覚えのないものなら、捨てれば良いのだが。
もしかしたらうっかり手に取ってしまったのかもしれない。
というか俺は、いつからこれを持っていたのか。
はっきり思い出せない。
男「……」
学校に着いても、頭の中ではその事が気になっていた。
149 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:01:52.74 ID:ECNFnKQ+0
自分の席に座りながら、髪留めを眺める。
毎日の日常の中で。
この髪留めだけが特別だ。
男「なんてことはない」
俺は少しだけ、この髪留めを強く握った。
何かが変わる、かも。
まあ、そんなわけはない。
150 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:13:34.75 ID:ECNFnKQ+0
チャイムが鳴り出して、授業が始まる時間を告げた。
男「んー」
無意識に伸びをした。
結局、髪留め自体で何かが変わるなんてことなんてない。
あるとすれば、バタフライエフェクトみたいなもんだろう。
教科の担任がやってきて、授業が始まる。
男「……」
椅子に小さく座り直す。
151 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 23:14:00.87 ID:ECNFnKQ+0
なんてことのない毎日だ。
朝から夜になるだけ。
今日から明日に変わるだけ。
そういう日常は、なんて素晴らしいことだろう。
男「おい、教科書」
俺はそばにいる一人に声をかける。
男「ちゃんと持ってきたか?」
声をかけられた生徒がスクールバッグからゴソゴソと教科書を取り出す。
女「うん」
男「よし。あとこれ、髪留め。なんでか俺が持ってた」
女「うん」
男「つけてやる、ジッとしてろ」
女「うん」
152 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:14:30.18 ID:ECNFnKQ+0
なんてことのない日常が始まる。
何度も繰り返した日々を経て、今、この世界がある。
今も作られた世界はどこかに存在する。
きっと、
それは、宇宙の彼方。
男「それは、宇宙の彼方」 END
153 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:20:55.23 ID:ECNFnKQ+0
154 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:21:23.80 ID:ECNFnKQ+0
男「もしもし」
父『ご無沙汰しています』
男「普通に電話繋がるんすね」
父『まあ、原理は一緒ですから。チューニングしてしまえばこの通り』
男「着信画面に見たことない文字の羅列が出てるんですけど」
父『我々の言語です』
男「へえ……」
父『まあそんな話は置いておいて』
男「はい」
155 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 23:21:58.22 ID:ECNFnKQ+0
父『その後、あの娘は大丈夫ですか?』
男「はい。今……おい、電話中だぞ」
女「落ち着く」
父『おやおや、お熱いご様子で』
男「ひやかさないでください。
……それで、なんの電話ですか?」
父『先日の記憶同期についての調査結果が出ましたので、そちらについてです』
156 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 23:22:27.05 ID:ECNFnKQ+0
男「ああ」
父『記憶同期でわかっていると思いますが、記憶同期の実施は88888回の中で何度も行っていました』
男「はい、そうみたいですね」
父『今回以外の失敗の原因は、全てあなたの脳内キャパシティの限界を大きく上回り、記憶が入りきらなかったことにあります』
男「……」
父『しかし、前回までと今回で唯一の差異がありました』
男「それは……なんなんですか?」
157 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 23:23:45.18 ID:ECNFnKQ+0
父『髪留めです』
男「髪留め?」
父『あの娘は以前も申し上げた通り、我々が作成した"素体"です。
これに関しては説明として申し上げているので、
"素体"と呼ぶことをご容赦いただけると有難いです』
男「はい」
父『彼女の髪留めもまた、我々が作成した物です。
なので同様のものとほとんど遜色はございませんが、素材が違います。
この地球には存在しない素材ですね。日本語でいうと……なんでしょうね』
男「大丈夫です、言わなくても」
父『そうですか? ……それで、あなたは髪留めをポケットに入れたまま記憶同期を行った。
髪留めが記憶同期のサポートをしていたようです』
158 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:24:21.90 ID:ECNFnKQ+0
男「なんでそんなことが?」
父『予想するに、あなたの身体では耐えられない情報量が脳内に巡る際、どうしても処理しきれなかったっことが原因で失敗していました。
しかし、我々の星に由来する素材で生成された髪留めを持っていたことによってあなたの身体だけでなく、その処理に干渉を与えたのだと考えられます』
あなたが最短であの場所に来たことで、髪留めを持っている状態が偶然にも生まれたわけですね』
男「……そういえば、こいつは、全部覚えてるんですか?」
父『彼女に私は『長期記憶保持機能』を付加していませんでした。
もちろん、今は違います。ほとんど人間と遜色なく作成しているつもりですので』
男「ほとんど人間……にしては無表情ですよ」
父『表情豊かな方が良いですか? お好みで胸も身長も顔も変えられますよ』
男「うーん……全部大丈夫です」
159 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:25:11.65 ID:ECNFnKQ+0
父『初めてあなたを連れてきた時点で、彼女の行動は全て我々の意に反することでした。
我々は行動方針を命令することはできます。ただ、これは絶対的な行動を約束しません。
最終的には彼女の判断で動くのですが……まさかまさかです』
男「まさか、ねぇ」
父『あと、もう一つ』
男「はい?」
父『彼女には長期的な記憶保持機能はありませんでした。
なのに何故、あなたを最短で我々の場所に連れてくることができたのか』
男「? はい」
父『それも全て髪留めです。髪留めに記憶を吹き込み、瞬時に同期したのだと思います』
男「……そんなことできるんですか?」
父『我々と情報を共有したり伝達する為に機能ですから、理論上では可能ですね』
160 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 23:25:40.41 ID:ECNFnKQ+0
男「なるほど」
父『ただ、あの髪留めがあなたを助けられるほどの品物だったかどうかは定かではありません』
男「?」
父『まあ、それでもです。上手く行ったわけですし、
あなたがいなければ彼女はもうこの世にいないわけですから』
男「ああ……」
父『約束は守りましたからね、我々は義理堅いんです』
男「……ありがとうございます」
161 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:26:28.20 ID:ECNFnKQ+0
父『なんだか不思議な感覚ですね』
男「何がです?」
父『あなたとこんなお話をするようになったことがです』
男「ああ」
父『あなたは今、異星交遊しているんですよ』
男「初めて聞く単語ですよそれ」
162 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:27:18.31 ID:ECNFnKQ+0
父『まあ、また』
男「はい」
父『彼女の近況を教えていただくために、定期的に連絡致します』
男「監視してるわけじゃないんですか?」
父『もうサンプル集めは不要ですよ、88888回も行ったんですから』
男「ああ……」
父『なので是非、あんなことやそんなことやこんなこと、なさってください。
私は見てませんので、心置きなく』
男「何言ってんすか。……それにしても、定期的にってやけに過保護ですね」
父『もちろんです。なにせ私は、あの娘の"父"ですから』
163 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:28:33.89 ID:ECNFnKQ+0
男「……人間っぽいこと言いますね」
父『娘をよろしく頼みますね』
男「は、はい……」
父『あ、お義父さんと呼んでもいいんですよ』
男「な、なに言ってんすか」
父「ははは、冗談です。それでは、失礼します」
プツッ
男「……ふぅ」
164 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:29:21.88 ID:ECNFnKQ+0
女「……」
彼女がこちらをジッと見つめていた。
「落ち着く」という俺の胸元、超至近距離で。
男「どした」
女「……」
何も言わないが、ずっとこちらを見ている。
男「はぁ」
校舎の屋上には涼しげな風が寄り添い、部活の喧騒が聞こえる。
165 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:29:57.63 ID:ECNFnKQ+0
あの日から一ヶ月以上が経った。
どうやら、今日という日は世界が再作成(リセット)を繰り返していた時には迎えることができなかった日のようだった。
男「お前は何度も繰り返してたんだな」
女「……」
男「俺も後追いで繰り返し体験したわけだけど、
……ああ、そうか。覚えてはいないんだよな」
彼の話によれば。
あの時の彼女の記憶はほとんどないってことだ。
おそらく断片的な、というか直前の記憶を髪留めに吹き込んだだけ。
残りの8万回以上の記憶はないんだ。
166 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:30:58.37 ID:ECNFnKQ+0
普通、人間の記憶なんて朧げなものなのだが。
脳内に直に転送された記憶は非常に鮮明だった。
映画を観に行ったり、商店街に出かけたり。
一緒に飯を食べたり、遊園地に行ったり。
想像できないほどに色んな場所に出かけていた。
その行動の最たる理由。
俺は、多分きっと、
いや、間違いなく、
彼女のことが好きだからだろう。
不思議な彼女の魅力に、どんどん惹かれていたんだと思う。
どの記憶でも、俺は笑っていた。
167 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:31:37.66 ID:ECNFnKQ+0
男「俺はすげえ覚えてるけど、お前は覚えてないんだもんな」
軽くため息を吐いてみる。
女「……」
彼女はボーっとしていて、俺の胸元から離れない。
ほとんど人間と変わらない彼女は、以前よりも質量を持っているように感じる。
もちろん、元々小柄なので多少の差ではあるが。
168 :
◆qhZgDsXIyvBi
[saga]:2021/12/15(水) 23:32:19.59 ID:ECNFnKQ+0
女「これから」
男「ん」
女「一緒に経験する」
彼女は俺から離れて、しっかりとこちらを向き直す。
女「今のあなたと」
男「……そうだな」
女「うん」
俺も、そうすることにしよう。
今の彼女と一緒に。
後日談「あれからとこれから」 END
169 :
◆qhZgDsXIyvBi
[sage saga]:2021/12/15(水) 23:35:20.55 ID:ECNFnKQ+0
去年の4月にスレを立てて、急ぎ足で完結しました。
よくわからない部分ありましたら補足も致します。
ありがとうございました。またどこかで。
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