渋谷凛「春の訪れ、こねて作った薄いもの」

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4 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/03/16(月) 23:51:21.99 ID:IE5PJN5R0

瞬間、私の送ったメッセージには既読の表示がついて、どきりと心臓が早鐘を打つ。

数秒か、数十秒かして、返ってきたのは『こんな時間に?』というものだった。

たった七文字のそれだけの簡素な文章なのに、プロデューサーのちょっとの呆れを含んだ笑みが想像できてしまうのが不思議だ。

すぐさま私は『十四日の内に、食べたくてさ』と打ってスタンプを添えて送信する。
またしても既読の表示がついて、今度は一分ほど経ったあとで『頑張った甲斐がありました』と返って来るのだった。

これは、照れたのかな。
照れて、どう返そうか悩んでちょっと堅い文章になってしまったのだろう。
たぶん、そうだ。

だからそのまま『照れた?』と訊いてみれば『さぁ』とだけ戻ってくる。
会話では生じ得ない思考時間による独特なやりとりが、なんともおかしい。

だが、この言語化しにくいもどかしさと微笑ましさも楽しいけれど、やはり直接話したい、と焦れてしまうのも事実だった。

プロデューサーの『さぁ』から二分が過ぎて、続く話題もないし、この辺りだろうか、とおやすみの四文字を打ち込む。
打ち込んで、送信できずにいた。


そのとき、プロデューサーから『いま、電話できたりする?』とのメッセージがきた。
この男は、そういうところがあるな。
などと、思いながら私は発信ボタンを押した。

『……こんばんは?』
『なんで疑問形なの』
『お疲れ様、もなんか違う気がして。っていうか、いいの? プロデューサー、明日までロケハンあるんでしょ?』
『んー。これが思ったより順調で。実はもう終わっちゃって、明日はチェックアウトしたらそのまま上がれちゃいそうでさ』
『そっか』
『ん。良い撮影できそうだー、って先方も言ってたから楽しみにしてなよ』
『うん。そうする』
『それで……ええ、っと』
『?』
『ハッピーホワイトデー……で、ございました』
『あ、そっか。もう終わっちゃったんだね』
『直接会って、とも思ったんだけど。遅れるよりはー、と思って』
『うん。嬉しかったよ。それにしても』
『それにしても?』
『上手になったなー、って思って』
『でしょ? 今年のは特に自信作で。アイシングも結構練習して』
『うん。それにこれ、私よりクッキーの型、持ってるんじゃないかな』
『気になったやつ、全部買っちゃってなぁ』
『ふふ、ちょっとそれ気持ちわかるよ。私も一人暮らしだったらそうかも』
『何年か前までキッチンの引き出しなんて、ほぼほぼ空っぽで。あってもフライ返しとお玉くらいだったのに』
『良い変化だと思うよ』
『でも、自炊が上手くなったかと言えばそうでもないんだよなぁ、これが』
『クッキー専門だもんね。プロデューサーは』
『そういえば他に何かを作ろうと思ったことないかも』
『なんか、スポーツ選手みたいだね』
『あー。確かに』
『一年の修行の成果をホワイトデーに発揮する選手だ』
『今年は結構良い成績出せたと思います』
『来年への意気込みをお聞かせください』
『目の前のことをひとつひとつ積み重ねる。自分にできるのはそれだけです』

なんて、ばかなやりとりをして同時に噴き出す。電話越しのけたけた笑うプロデューサーの声につられて、私も笑いが止まらなくなり、おそらく相手もそうで、『ひー』だとか『はー』だとか、意味の含まれていない音をひとしきり交し合った。
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