【ミリマス】恋知れ北沢チョコ渡せ

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91 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:30:55.26 ID:11/PX7+w0

「でも、ちょっとはヒヤリとしたぞ。第一、志保を探してたら百合子まで一緒にいるなんて」

「ほ、本当! 凄い偶然ですよね!」


百合子さんの鼻息が三割増した。


「まさかこれも、二人を運命の導きが結びつけて――」

「違うね」


即答。


「皆の予定を事前に確認すれば、この後の志保の衣装合わせに
俺が付き添うことぐらいは簡単に予想できる。

そうすれば運命の演出だって思いのまま……実に初歩的な推理だよ百合子君?」

「うっ、鋭い……!」


呆気なく言い負かされて消沈する百合子さんとは対照的に、
私は忘れかけていた謎を、彼女がどうやって自分を待ち伏せしていたのかという不思議が解明されてちょっとスッキリ。
92 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:32:25.42 ID:11/PX7+w0

プロデューサーさんが百合子さんを見る。


「それより今日はオフじゃなかったっけ?」

「あ、実は朋花さんとこの後に予定があって。レッスンももうすぐ終わりますよね?」


その返事にプロデューサーさんが腕を組む。


「朋花ぁ? 確かに莉緒と一緒だったな」


私は傍に来た彼を見上げ、それから百合子さんへと視線を移してこそっと尋ねた。


「百合子さん。朋花さんとも会う予定だったなら、どうして私にあの話を?」


すると百合子さんはきまずそうに。


「う、ん……。志保の方が拗れないと思ったから」

「拗れないって何の話だ?」

「そっ、それは乙女の秘密です!」


口を挟まれ、声を荒げた彼女に「女の子ってのは便利だなぁ」と頭を掻く。
プロデューサーさんは苦笑いだ。
93 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:33:12.40 ID:11/PX7+w0

「とにかく、休みだからって皆にちょっかい掛け過ぎるんじゃないぞ」

「うぅ、分かってます! ……もう、信用ないなぁ」


百合子さんが恥ずかしそうに首を振った。


「バカ、付き合いが長いから言うんだよ。――それじゃあ志保、衣装合わせに行こう」

「はい、分かりました」


促されて、私は椅子から立ち上がった。

そうして部屋を出る直前に、プロデューサーさんはまだ何か言いたげな百合子さんの方へと振り返って。


「後、その新しい服は似合ってるぞ」


何でもないことみたいに付け足して、やっぱり一言多い人だ。

退室間際にかけられた魔法。

その瞬間、満面の笑みに変わった百合子さんを、私は見逃すことが出来なかった。
94 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:34:47.64 ID:11/PX7+w0
===

だから私は、つい、意地悪をしたくなったんだろう。


「プロデューサーさんって女たらしなんですか?」


質問された途端にむせ込んだ。まるで演劇みたいに出来過ぎの反応。

プロデューサーさんは取り繕うみたいに口元を拭い。


「――何だって?」

「女の子を喜ばせるのが趣味なのかなって」


訊き返されても平然と。

衣装合わせの為のドレスアップルームで二人きり、アイドル達の衣装管理を一手に引き受ける
事務員の青羽美咲さんが荷物を取りに退室してからすぐだったのは、言い出すタイミングをずっと計っていたからだ。
95 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:35:44.63 ID:11/PX7+w0

「思ったんです。さっきは百合子さんの服を褒めて、次に衣装を着た私を褒めて」


試着室を出てすぐに置かれた姿見には、今度の公演の為に用意されたドレスを着た私が映っている。

サイズはとてもピッタリだし、上品なレースの手袋も、頭に乗せた髪飾りも、
アイドルとしての自分を申し分なく引き立てている……と、プロデューサーさんに褒められたばかりだった。


「似合ってるって言っただけじゃないか」


プロデューサーさんが反論する。

心外だな、というニュアンスは顔色だけに収まらない。
96 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:36:50.78 ID:11/PX7+w0

「レディみたい、を忘れてます」

「そりゃあ、ドレスを着てたからな」

「ドレスを着てればレディですか?」


言って、くるりと振り返った。

スカートの裾がひらりと揺れる。肩を少しだけ傾け口角を上げる。

ついでに澄ました微笑みもつければ、たちまち見逃せないシャッターチャンスの完成だ。

以前の自分とは縁遠い、可愛らしいを引き出すための媚びを売る動作、あざとい仕草も今なら武器として振舞える。

どれもアイドルの仕事をするうえで、プロデューサーさんと相談して組み立てた動きだった。


……だから、それを見せつける気分はまるで授業参観。
97 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:38:07.75 ID:11/PX7+w0

なのにプロデューサーさんは、手近な机にお尻を預けて微笑みを浮かべて見ているだけ。

それが、私が弟の発表会を見ている時ぐらいに穏やかな表情だったから。


「少なくとも、今は立派なレディに見える。大人っぽいと思ったんだ」


言葉が一々引っかかる。


「じゃあいつもの私は子供っぽい?」

「志保、そんな屁理屈こねたりしなくたって――」


プロデューサーさんが顔をしかめて、聞き分けの無い子供に言い聞かせるように。


「俺は"君が"綺麗だって言ったつもりさ。
青羽さんの作った衣装も素敵だけど、それを着た志保はとっても魅力的だ」

「それは例えば、パーティでダンスに誘うぐらいに?」

「パーティ? ……ああ、簡単なステップも踏めないけど」


それでも良ければ、と答えたプロデューサーさんへ私は承諾するように微笑みかけた。
98 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:38:46.01 ID:11/PX7+w0

「でも、気付きませんでした。プロデューサーさんって、意外に未成年でも行けちゃう人なんですね」

「未成ね――まっ、待て待て待て!? 志保、そいつは悪質な誘導だぞ!」


全く君には参ったな、とでも言いたげにプロデューサーさんが低く唸る。

その顔は全然参ってなかったけど、一矢は報いた気分だった。

こういうからかいを私がしても、大丈夫だって思わせてくれるプロデューサーさんの人柄は助かる。

……年齢差なんかも気にせずに、遠慮が要らない関係って、きっと、こんな感じなんだろう。
99 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:39:22.24 ID:11/PX7+w0

「すみません、調子に乗り過ぎました。……ただ、そういうことでも言ってないと」

「言ってないと?」

「落ち着きを無くしてしまいそうで。折角大人っぽいって褒めてもらったのに、
はしゃいだ姿を見せて幻滅させちゃ台無しじゃないですか」


ペコリという音がしそうな程、悪びれも無く礼儀正しく頭を下げた。

そうすると思っていた通り、プロデューサーさんは仕方ないなって風に肩をすくめてくれる。

これが百合子さんの言う優しさだってことだったら、私もだいぶ甘えてるな。
100 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:40:14.37 ID:11/PX7+w0

「……プロデューサーさん」

「ん?」

「次の撮影も頑張りますね」

「ああ……頑張れ! 応援してるからな」


見えるように小さくガッツポーズ。

そこに、美咲さんが戻って来た。

手には追加の衣装用小物――ポーズを解いたプロデューサーさんが腕時計を見て。


「それじゃあ、後は青羽さんに任せますね。そろそろ局の仕事が終わる頃です」

「はーい。運転、お気をつけて」


他のアイドルの送迎の為にこの場を後にしようとする。

昨日の夜と同じように、私の持ち時間が終わる。

でも、私は美咲さんに少し待って欲しいと手振りで示し。
101 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:41:19.99 ID:11/PX7+w0

「プロデューサーさん」


呼び止め、自分の鞄から取り出したのは使い捨てのカイロ。

不意を突かれたようなプロデューサーさんにまだ未開封のソレを手渡して、私は念を押すようにこう続けた。


「これ、良かったら使ってください。風邪を引かれても困りますから」

「わざわざ用意してきたのか?」

「まさか。弟の為に準備した分が余ってただけです」


それから、大人用のマスクも取り出しカイロと一緒に押し付ける。


「ありがとう、志保は気が利くな」

「別に、勘違いしないでください。
……プロデューサーさんが風邪を引いたら、一番最初に移されるのが私だからです」

「そ、そういう時は素直に休むさ。有休だって消化しなきゃ」

「……どうだか。それより遅れるとマズいんじゃないですか?」

「あはは、実はそうなんだよ。 ――のんびりしちゃあいられないな!」


おどけて、慌てるふりをするお調子者さん。

その背中が、スッと離れていく……だけど!
102 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:42:13.22 ID:11/PX7+w0

「行ってらっしゃい、プロデューサーさん」


えっと、それから……。


「よ、よそ見運転なんてしないでください!」


――僅かに声が上擦ったけれど、今度はちゃんと伝えられた。

片手で応えたプロデューサーさんがそのまま部屋を退室する。

そんな彼を最後まで見送って、私はホッと息を吐いて……

こんなの、普段の自分らしくは無かったかもしれない。

でも、それでも、どうせ後悔するのが決まってるなら、言ってしまった方が気も楽だから。


「……後で私も懺悔しなきゃ」


ぽそり、呟きは口の中で。

まだ高鳴り続ける胸の内には、ライブ終わりに感じる物にも似た満足感が詰まっていた。
103 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:43:03.93 ID:11/PX7+w0
===

衣装合わせを無事に済ませて、劇場で残っていた予定を終わらせた私はいつものように帰路に着いた。

その途中で保育園に立ち寄って、りっくんをお迎えするのも忘れない。

住宅街に敷かれた道路。手と手を繋いだ影が伸びる。

行き交う景色の一部になって、夕餉の予感の風の匂い。

遠くで笑い声が聞こえ、電柱を音もなく超えて鳥が渡る。

歩調を合わせて、夕暮れに染まるアスファルトを姉弟仲良く並んで歩く。


その間、私たちの話題はりっくんの保育園生活のこと。

劇場内だけの話じゃない。駆け足で活気づくバレンタインの気配は、
小学生に上がる前の彼らにも容赦はないみたいで。
104 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:43:58.61 ID:11/PX7+w0

「チョコがほしくないってどういうこと?」


私は小さな弟を見下ろして、聞かされた話に少しだけ複雑な気持ちになった。

何を隠そうりっくんには、仲の良い女の子のお友達が二人いる。

今だって彼女たちからチョコを貰うって話をしてて、
それ自体は問題じゃないのだけど、こういう季節の行事ごとに板挟みになる心労と言えば。


「だってかほちゃんもしーかちゃんもあまくするって」

「けど、りっくんはチョコ大好きじゃない」

「う、ん」


りっくんが空いてる方の手で困ったように自分の服の裾をつまむ。
かわいい。

それから私のことを見上げて、珍しい、難しい顔をする。

……なんだろ? "今日は一緒にお風呂に入る"の顔?
105 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:44:41.21 ID:11/PX7+w0

「でも、あまいとまたむしばになるし」


違った。りっくんから出た虫歯ってワードは、去年のバレンタインが由来。
沢山お菓子を貰ったのと、初めての虫歯がたまたま重なって大変だったのを覚えてるんだ。


「スキなら、あまくするんだって」


それで、彼の語るところは。


「だからすっごくあまいチョコは、すっごくスキ、になるんだよ」


なるほど。好意の分だけチョコが甘いと、それだけ虫歯になるかもしれないって怖いんだ。

……ふふっ、年相応の可愛い悩み。

この話をプロデューサーさんが聞いてたら「モテるなぁりっくん」なんて茶々を入れたかも。
106 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:45:33.72 ID:11/PX7+w0

「それでも、要らないって言わなかったんだよね?」

「うん」

「二人とも大事なお友達だもんね」


訊き返すとこくんと頷いた。


「ぼくがそんなこといったらないちゃうから」

「ふふっ――優しいね、りっくん」

「……バレンタインなくならないかなぁ」


だからってその解決法にはお姉ちゃん感心できないし、叶えてあげることも難しそう。

苦笑して、夕焼け空に顔を上げる。

歩きながら考えを巡らすのは、今こうやって話してる間にも、
誰かの笑顔の為に頑張ってる人たちがいるということ。

それは単純にただの仕事だったり、贈り物の内容で頭を悩ませることだったり。
107 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:47:12.74 ID:11/PX7+w0

「だけどバレンタインが無くなったら、色んな人が困ると思うな」

「こまる?」

「誕生日とかとおんなじなの。ケーキ屋さんみたいに、特別な日がなくなっちゃうと、お客さんがいなくなっちゃうから。
……そうやってお店が閉まっちゃうと、りっくんだってお菓子、食べられなくなっちゃうかも」


なんて冗談めかして言ってみる。

小さい子向けにはこの位の説明が分かり易いだろうと思ったけど、
言い終わった途端に「たいへんだ!」みたいな顔にさせちゃった。

……でも、バレンタインが無くなって困るのは本当。

次の仕事もソレ絡みだし、当日行う公演の為に練習だって重ねてる。

そうでなくても! 普通の人達にとっては勇気を出すための大事な口実だ。

受け取る側も、渡す側も。

きっと、みんな臆病だから。
108 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:49:07.56 ID:11/PX7+w0

「おねえちゃんもバレンタインがないとこまる? ……チョコレート、つくるんだよね」


何となく呟いた一言が、もしかしたら未曽有の混乱を招くかもしれない。

本気でそう思ってるような、遠慮がちに、こわごわなりっくんが私を見つめる真っ直ぐな瞳。

だから、嘘偽りなく答えてあげたかった。


「うん、作るよ」


何より私の大切な人に。


「でも飛びきり苦いのも作ろうかな?」


私の大切な人達の為に。


「にっ、にがいの?」

「大丈夫。りっくんにはちゃんと甘いのだから。
お姉ちゃんの大好きが詰まったとっておきに甘いのを上げる」


答えるとりっくんはパッと笑顔に戻って、ハッとしたように両手で頬っぺたを押さえつけた。
109 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:49:56.56 ID:11/PX7+w0
===4

「志保ちゃんと一緒にチョコ作り〜♪ 出来上がりがとっても楽しみ〜♪」

「可奈」

「それに〜、ここは志保ちゃんのお家で〜♪」

「可奈」

「遊びに来れたのも嬉しいかな〜♪ かなかな〜♪」

「可ぁ奈!」


途端、ビタッと作業の手が止まった。

調子よく歌ってた彼女が人懐っこい犬みたいな顔を向ける。
110 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:50:47.13 ID:11/PX7+w0

「……志保ちゃんそんな怒っちゃいや〜♪」

「別に、怒ってるワケじゃないから。
……そっちのチョコも良い感じになったかどうかを確認したかっただけ」


私は表情を緩めると(最も、最初から怖い顔をしてたつもりもないけど)開いていたレシピ本と作業の進捗を見比べた。

チョコづくりについてりっくんと話してから数日。

スーパーのお菓子売り場が平積みの業務用板チョコで続々と占拠されていく。

そんな光景が日常の一コマになった頃に、
私がチョコを作るという情報をどこからか嗅ぎつけて現れたのが矢吹可奈だった。
111 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:51:48.74 ID:11/PX7+w0

「はれっ? 材料は一緒に買いに行って――」

「可奈!」

「はいっ!」

「――もうちょっとだけかき混ぜた方がよさそう。その後で冷蔵庫に入れるからね」

「わっかりました〜! ぜ〜んぶ可奈に〜、おっまかせ〜♪」


それで、えぇっと、何だったっけ?

……ああ、作業を再開した可奈のことも説明しておかないと。

って言っても、彼女は私と同い年の、要は百合子さんと同じアイドル仲間で、
事務所に所属した時から何かと一緒になることが多い相手。

例えるなら新しいクラスになって最初の日、隣の席にいた子みたいな。

外ハネしてるショートカットが似合う明るい見た目に明るい性格。

良い意味でも悪い意味でも裏表のない可奈は、変に気兼ねする必要が無い分付き合ってて楽だと言えた。

後はそう、何かにつけて自作の歌を歌いたがる癖と、
遠慮無い距離感の近さがたまに鬱陶しくなる時もあるけれど。

……それは人付き合いの苦手な私の短所とでお互い様だ。


だからバレンタインに用意するチョコづくりも、自然と一緒にやろうって話になった。

というか一方的に決められてしまって、今日のお菓子作り教室開催に至る。
112 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:54:45.68 ID:11/PX7+w0

適温になったチョコを型に入れて、冷蔵庫に閉まって後片付け。

一緒にお手伝いをしてくれてたりっくんはようやく見れるテレビに夢中。

画面の中ではケレンにマントを翻し、百合子さんが怪人相手に戦っていた。


「ねえ志保ちゃん」


そんな時に、洗った調理器具を拭きながら可奈が話し始めたのだった。


「なんでハートのチョコ作らなかったの?」

「え?」

「だってバレンタインのチョコレートなのに、志保ちゃん一つも作らなかったよね」

「別にハートにしなくちゃいけないって、決まってないでしょ」


私はボウルを渡しながら言った。

可奈が受け取り、布巾で底を擦りながら。
113 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:55:55.90 ID:11/PX7+w0

「でもプロデューサーさんにも渡すのに」

「は?」

「あげないの? チョコ。バレンタインだよ?」


見つめ返す彼女が視線を逸らすことはなく。

純粋な疑問をぶつけられて、私は思わず口ごもった。

どうして可奈は、私がプロデューサーさんにチョコを渡すって決めつけてるんだろう?

そういう話は作業中、一切出なかったハズなのに。
今日だって友チョコを作るって体で。

……なんて考えてる間もジャージャーと水道が音を立てる。

私としたことが酷い失態。無駄遣いは家計の常に大敵。

水を止めて、濡れた手を拭いて、咳払いで不機嫌を演出すると。


「そりゃ、勿論、渡すけど」

「でしょ?」

「って言うか、逆に聞きたいんだけど」


強引に主導権を奪って今度はこっちが尋ねる番。
114 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:57:23.38 ID:11/PX7+w0

「可奈こそなんでハートにしたの?」


それも自分の掌サイズのハートばかり、五つも六つもこしらえて。
全部を渡すってワケじゃないだろうけれど……。


「……好きなの? プロデューサーさんのこと」

「うん」


なのに、彼女の返事は浮雲みたいに軽くって。予想外だ。

少し意地悪く聞いてみたつもりだったのに、まるで好きな食べ物を聞かれた時みたいの「うん」に、
口はぽかん、二の句も告げられなくなる私。

間抜けみたいに次の言葉を待っていると、ボウルを拭き終わった可奈が、
空っぽになった手を自信たっぷりに握りしめて言った。


「えへ♪ だってプロデューサーさんは、私のヒーローなんだもん!」
115 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:58:40.52 ID:11/PX7+w0

キラキラしながら宣言する。

アイドルにしても歌にしても、好きなことにはいつでも全力で、
前向きな姿勢が彼女の真骨頂だってことは痛い程知ってたつもりなのに。


「私、まだまだ歌はへたっぴだし、お仕事だって結果を残せる方が少ないけど、
どんな失敗をした時でも、プロデューサーさんが笑って励ましてくれるから」


すぐに立ち直れるんだ、と告白する可奈の横顔には、嫌になる程見覚えがあった。

彼女の顔は私の顔で、言葉は私の言葉だった。

反省会を開いてくれる、居残りレッスンに付き合ってくれる。

些細な上達を褒めてくれて、失敗は一緒に悔しがってくれて、歩幅を合わせて二人三脚。

他にも細かい所まで、可奈が楽し気に連ねるプロデューサーさんへの印象は、そっくりそのまま私の心証。


「それにやっぱり、初めての舞台が終わった時に見た――」

「……笑顔」

「ふえっ?」

「教え子を自慢するみたいな、それか子供が喜んでるみたいな……。あの人のしまらない笑顔のことなんでしょ?」
116 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 00:59:50.38 ID:11/PX7+w0

言いながら、何処かで繰り返した話だなと思った。

それからちょっと、私たちって似た者同士でチョロ過ぎるんじゃないかなって。


「うん、そうだよ」


力強い笑顔と共に、可奈がもう一度頷いた。


「その時になって初めて私、歌を、届けられたと思ったんだ。
後はこの人と一緒にアイドルすれば、何にも怖いコトは無いぞって。

……だから、私はそういう気持ち、感謝の想いは素直に伝えたいの」

「……別にダメなんて言わないわよ」


応える私もやれやれと、自然に首を縦に振っていた。

それから冷蔵庫の扉を開けて、何するんだろう? と不思議がる可奈に振り返ると。
117 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:00:41.64 ID:11/PX7+w0

「可奈、ハートの型ってまだ余ってたっけ?」

「あ、うん。余ってるよ」

「じゃあ、小さいので良いから貸して。……一つぐらい、物の試しに用意するから」


途端に可奈の目が丸くなって、それから急に……何でそんな恥ずかしそうな顔になるの?


「ねえ志保ちゃん、一つだけいーい?」

「なに?」

「そのハートチョコ、私の分も……あればとっても嬉しいかな〜……どうかな?」


チラリ、上目遣いをして、えへへとだらしなく可奈が笑う。

それで、もしかするとこういう仕草も、あの人仕込みなのかもしれないな……なんて考えちゃって思わず溜め息。


「良いけど、私の作るチョコは苦いわよ」


言われて可奈が「えぇ!?」と漏らす。

その反応に笑いを堪えながら、結局私は、特別な友人の分も含めてハート型を要求したのだった。
118 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:01:47.64 ID:11/PX7+w0
===

それからは本当にあっという間で、私は滞りなく問題の日を迎えた。

危なげなく作り上げたチョコは自信作で、
可奈やりっくんにも味見してもらったそれは、自分で言うのも何だけど十分悪くない出来上がりだ。

家を出る直前、丁寧にラッピングしたチョコは鞄の中。

チャックを閉める時に黒猫さんと目が合った。

キーホルダーで繋がって、何処へでも一緒に出掛けてくれる猫さんは、今日も私に勇気をくれる。


――大丈夫だよ、安心して。


そんな風に返してくれてる気分がした。

……絵本に出て来る主人公を導くみたく、何時でも頼りになる猫さんをコートのポケットに忍ばせて。
119 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:03:23.70 ID:11/PX7+w0

「行ってきます!」

力強く玄関の扉を開ける。

視線を上げてみれば、青空。

今ならどんな願い事でも、雲の上の神様にきちんと届きそう。

この前みたいにドキドキしたり、プレッシャーに負けて急にお腹が痛くなったり、
ガスの元栓や戸締りを気にして後ろを振り返ることもせずに。

それでもどこか浮つくのは、きっと、挑戦しようとしているから。

……案外と、私はこの高揚感が嫌いじゃないのかもしれない。


ひゅうっと風は冷たいけれど、かえって気持ちが引き締められていい。

粛々と歩き出す私の心は不思議と軽かった。

出陣だ――百合子さん風に言えば――決戦の場に臨むぞという気持ち。


本番開始はいよいよだった。

耳の奥、どこか深い場所で開演のベルが静かに鳴った。
120 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:05:23.00 ID:11/PX7+w0
==

ふと見ると、葉っぱも落ち切った街路樹に雪が足跡を残していた。

冷え切ったベンチにお尻を置いて、私はその時を待っている。

時刻はお昼近くだった。

この時間、公園から人が居なくなるのは事前のリサーチで知っていて、
だから私は、彼との待ち合わせ場所にここを選んだんだ。

膝上の鞄にそっと手を。

「まだかな」とか、呟いてみる。

暖かい服装をして来たつもりなのに、一時間も前から待っていれば、そんなの全く意味も無くて。


そわそわ。遠くに立ってる時計の針に、何度目かの目配せをした。

そろそろかな? もうすぐかな?


ゆっくりと園内を見回して、最後はやっぱり入り口に――。
121 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:06:47.20 ID:11/PX7+w0

「あっ」


その時、車止めを乗り越えて現れたあの人の姿を捉えて、目を開く、立ち上がろうとする。

近づいて来る待ち人は普段通りの気取らない感じだけど、でも、歩き方が少し緊張してる……かな?

それが私の気持ちと一緒だなんて、些細な共通点が妙に嬉しくって。


――良かった。


ホッとした私は立ち上がって胸を撫で下ろした。

それから一歩、二歩。彼との距離が詰まって行って、公園の中央、噴水をバックに向かい合うお互いの瞳と瞳。
122 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:08:17.12 ID:11/PX7+w0

「待った?」

「ううん、今来たトコです」


嬉しさを押し堪えるように、私は上目遣いをする。

スッと伸びて来た指先が、そんな私の鼻の先に触れる。


「でも、ほら、赤くなってる」

「それは……」


寒い中、待たされたもの。……ギュっと強張っていた肩の力を抜いて思う。

態度と裏腹。こだわってつけた天然のメイキャップの出来栄えを気にしつつも、
彼に問われて慌てる表情、口ごもる反応もそつなくこなし……それでも恋って、やっぱり不思議。


もう後には引けなくなってるのに、未だによく、分からなくて。


何故だか素直になれないって、まるで何時もの私みたいだなって片隅で考えたりしてる。
123 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:09:44.97 ID:11/PX7+w0

だけど手順通り、私は鞄から包みを取り出した。

もう一度、目線を上げて、対面する彼がドキリと固まる。

そうして勿体ぶって差し出された、ビロードを思わせる深い赤に、差し色の入ったリボンで飾り付けられたソレは。


「……あの、これを」


恋する女の子が抱えた正直な気持ちを、届けたくて、形に込めた。

"バレンタインは素直になる為の素敵な魔法。"

……受け取って、貰えるのかな?


ドキドキ、ドキドキ……。心臓よ大きく脈を打って。

まるで一時停止のスイッチを押されたように。

遠慮がちに突き出した両腕を固め、一秒、二秒……包みを握る指の感覚が信用できなくなった頃に、スッと、両手が軽くなった。
124 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:11:33.68 ID:11/PX7+w0

その瞬間に私の気持ちは私を離れ。

今は、ほら、照れ隠しの笑顔の隣に並んでる――言わなくっちゃ、あの台詞を。


「好きです。ハッピーバレンタイン」


ざあっと風が髪をさらう。

相手の奥に光るレンズ。

その隣で、心配そうに、事の成り行きを見守ってる彼にも分かるように。


『大丈夫です。安心してください』


そんな口に出せない気持ちも全力で込めて、私は飛び切りの笑顔を披露して見せた。
125 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:12:15.65 ID:11/PX7+w0

次の瞬間、現場に響く「カット!」の合図。――"彼女"の告白は大成功だ。

寒い中頑張った甲斐のある、自分の実力も十分に出せたシーン。

だから火照った体を冷ましていく、風の心地よさは達成感と清々しさの表れ。

……なんだけれど、まだ一つの懸念が残ってると言うなら。


「いやあ〜、それにしても本気でドキッとさせられたよ」


声を掛けられて意識をそちらに向ける。

さっきまで相対していた相手、小道具の包みを受け取った共演していた男性が
――私が演じる女子生徒の、憧れの先輩って役の人だ――残念そうに溜息をついた。


「これが単なる撮影じゃなくて、本当に志保ちゃんの本命ならね」
126 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:12:53.45 ID:11/PX7+w0

言って、くいっと肩をすくめて見せる。

その動作が様になってたから、ああ、やっぱりこの人は俳優だなって。

男は狼なのよなんて、水色の車中で聴いたフレーズが頭に踊る。

だから「義理にもならないチョコでごめんなさい」とか、
当たり障りの無い会話を交わした後で、私は彼との話をこうやって締めた。


「でも、アイドルは恋愛禁止ですから」
127 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:13:41.44 ID:11/PX7+w0
===

それで、ここからが大事な話。

結局の所、バレンタインなんて単なるお祭り騒ぎだって、そういう風に思ってた。

……思い込もうとしていた私が居た。


誰が誰のことを好きになるとか、告白しようとかどうしようとか。

女の子ってそういうので騒ぐのが大好きだし、スーパーはチョコを売りたくって、
喧騒は留まるところを知らず、神聖さは失われて行って、結局はお祭り騒ぎに鳴り果てる。


それを、冷めた視線で見ていたんだ。関わりが少ないから特に。
128 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:14:48.43 ID:11/PX7+w0

「プロデューサーさん、お仕事、まだ終わらないのかな」


――なのに今、私は今、撮影終わりの駐車場の、
いつもの水色の車の前で、どうしようもない程に戸惑っている。

……どうして、こんなに緊張するんだろう。

やりたいことは分かっていた。

たった今撮影でこなしたみたく、準備して持って来ていたチョコを、
ただ日頃のお礼で渡せばいいの……それだけ、なのに。


打ち合わせから戻って来る彼を待ってる間、私の中をぐるぐるって、
今日までのアレコレが反芻される。

百合子さんのこと、可奈との話、お母さんやりっくんと喋ったことも、
劇場で、いつもみたいに、プロデューサーさんと過ごした日々のことも。


「……不思議」


独り言が冬の風に溶けた。

少しずつ日暮れが近付いて来る。

どんよりと、雪の降り出しそうな空が、見上げても神様の居場所は見当もつかない。
129 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:15:45.93 ID:11/PX7+w0

「志保」


名前を呼ばれて振り返った。

公園の入り口。駐車場との間の車止めを越えてプロデューサーさんが近付いて来る。

片手を上げて、ひらひら振って、何時もみたいに優しい笑顔――じゃ、ない。


「中で待っててくれて良かったのに」


困った奴だって言うみたいに、プロデューサーさんが私を見下ろす。

その声は、調子は、普段通りなのに。

表情が少しも合って無くて、私は返事も忘れてただ頷く。


「そうじゃなくても、今日は演出の都合で外に立ちっ放しだったじゃないか。
――風邪でも引いたらどうするんだって、俺、やっぱり我慢できなくてさ」
130 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:16:37.43 ID:11/PX7+w0

言って、彼は助手席の扉を開けた。


「あの」


私もやっと口を開けた。


「打ち合わせってそれだったんですか? ……次の仕事の話し合いとかじゃなくて」

「いや、確かにそれもしたけど」


プロデューサーさんの顔が緩む。


「一番は志保への対応についてだよ。後はそう……分かってても鼻を触るとかの、アドリブだって止してくれって」

「別にそれは……気にしませんでしたけど」

「いーや、こういうのはちゃんと釘を刺しておかなくっちゃ! ……俺だって言いたかないけどな、志保」


それでまた、似合わない険しさになったかと思えば。
131 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:17:43.55 ID:11/PX7+w0

「不意を突かれてキスとかされて、アドリブでしたじゃ困るだろう?」

「はあ」


こんな話をされるなんて全く予想もしてなかった私は、
思わず気の抜けたような声を出してしまった。……それからすぐに可笑しくなる。

ああそうか、私はきっと、この人のこういう所を信頼して。


「でも、プロデューサーさん」

「ん?」

「それが仕事だって言うなら私は受けます。
アイドルになるって決めた時から、そういう覚悟もある程度してますから」


言って、私が意地悪に首を傾げた途端、
プロデューサーさんは何だか凄く焦ったような、見ていて笑っちゃいそうな顔になって。


「……まさか、まさかとは思うけれど、志保は今日の共演相手みたいなのが好みなのか?」

「それって――つまり軽薄そうな人をですか?」

「そうじゃなくてもイケメンとか、俳優とか――」


だから無理、我慢なんて出来ない。

私はとうとう堪え切れなくなって、ふふっと小さく笑みをこぼした。
132 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:18:42.93 ID:11/PX7+w0

「まさか、笑わせないでください」」

「でも、今日の撮影だって演技にしちゃさあ」

「それはプロデューサーさんのアドバイスが良かったんじゃないですか?
気持ちを形にしてもらえるだけで嬉しいって、結構役作りの参考になりましたよ」


そうして私は準備してたチョコを――シックな柄の包装紙でくまなく包み込んでいた――プロデューサーさんの前に差し出して。


「それから安心してください。私はまだ誰かを好きになったりとか、恋をしたりもしていないので」


グイっと相手に押し付けるように。


「あの、ハッピーバレンタイン」


リボンの代わりに感謝の言葉。

プロデューサーさんの手にチョコレートが渡る。
133 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:19:59.93 ID:11/PX7+w0

すると彼は、一瞬ひどく驚いた後で。


「……今日はまだ、十三日だ」

「当日は荷物になりそうだと思ったんです。
……きっと、私以外にもプロデューサーさんにチョコを渡したい人が沢山いるから」


ポリポリと後ろ頭を掻いた。

それはプロデューサーさんが決まりの悪い時に出しちゃう癖だ。

でもそういう風にしてる時は、問題を真面目に受け取ってくれてることの証拠だから。


「それと私、最近思い出したことがあるんですよ」

「思い出したこと?」

「はい」


頷き、私は微笑み返す。


「自分の気持ちに素直になるって……案外悪くありませんね」
134 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:21:16.53 ID:11/PX7+w0

だから今の私は清々しい気分。

しがらみとか、モラルだとか、そういうのは後から考えたって良い。

大切なのは笑顔の気持ちを隠さないこと――。


「これからも、北沢志保のプロデュースをよろしくお願いします」


言って、丁寧に頭を下げる。

世間が騒いでる恋だとか、愛だなんて、私にはまだ決められないけど……

少なくともプロデューサーさんに特別な気持ちを抱いてるのならば、
きっとそれは親愛の情で、大切な人を想う気持ち。

かけがえのない繋がりを慈しむ為の心構えだ。


「……こちらこそ、よろしく頼むよ!」


笑顔を取り戻したプロデューサーさんが助手席に座るよう促したので、私は素直に従った。

それから彼も車に乗り込み、ぶるるッとエンジンが動き始める。


「――あっ、ちなみにの話ですけど」

「なんだい?」


シートベルトを取り付けながら、私は言い忘れていたことがあったとプロデューサーさんへと視線を投げた。

……それと、わざわざ話を聞くためにこっちを向いてくれるのは嬉しい。
135 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:22:00.88 ID:11/PX7+w0

「さっき渡したチョコ、大人の人は甘いのが苦手かもしれないってビターテイストで作ってみたんです」

「ビター」

「でも、キスの演技も要求できないプロデューサーさんには……ちょっと渋すぎる出来になってるかも」


するとミラーの位置を確認していたプロデューサーさんは「たはは」と笑って。


「……うーん、捻くれてるなぁ」

「それも、自分に正直なだけです」

「俺も、ミラーの位置の話だ」


直後に、してやったりって憎らしい顔。……ああ、全く私の迂闊さと来たら。
136 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:23:05.74 ID:11/PX7+w0

「そうですか。じゃあ、忘れてください」


恥ずかしさを誤魔化すように、私は呆れましたって態度を溜め息で表現してから前を向いた。


「だけどチョコレートにしろプロデュースにしろ――」


言いながらプロデューサーさんが片手でハンドルを握る。

車が動き始める寸前、彼は止まっていたカーオーディオを操作しながら続けた。


「苦味があるぐらいで丁度いいさ」


何より甘さが引き立つからね、なんてキザな台詞も一緒。

でも同意の「そうですか」は唇に乗せない。

車内に音楽が流れ始めて、車はゆっくり動き出した。
いつかのように、私を待ってる場所へ向けて。


私は今一度シートに深く座り直すと、何時もしているみたいに聞こえてくる歌に耳を傾けた。


それは何度か聞いていて知ってる一曲……そのタイトルは確か、何て言ったか。
137 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2020/03/05(木) 01:24:02.00 ID:11/PX7+w0

「…………」

ポツリ、呟きが歌で消える。

私は窓の景色を眺めながら考える。

――もう、自分の都合だけを押し通すような「好きです」なんてまさか言えない。


それを自覚した今年のバレンタインだった。

だって自分一人だけの彼じゃないのだから。

自分一人だけの私でもないのだから。


そんな私の自覚した恋心は、本当に私好みの形をしてる……実にわがままで偏屈な片思いだから。
138 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2020/03/05(木) 01:28:03.50 ID:11/PX7+w0
===
エンドBGM 松田聖子/わがままな片思い
https://www.youtube.com/watch?v=ongJEV3YMeg


以上おしまい。

限定バレンタイン沢志保の可愛さにSSを書こうと思って早や三月。
書きたいシーンは詰めこんだので個人的には満足です。

では、最後までお読みいただきありがとうございました。
139 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2020/03/05(木) 01:32:05.05 ID:ADtVkygLO


【ミリマス】我が恋の運命に応えてあなたっ♪のPかな?
乙です

北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/9rUjMge.png
http://i.imgur.com/b9hqpu8.png

>>58
七尾百合子(15)Vi/Pr
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg
http://i.imgur.com/cOBTJeA.jpg

>>109
矢吹可奈(14)Vo/Pr
http://i.imgur.com/x1Dioqg.png
http://i.imgur.com/sasbC3I.png
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/06(金) 03:43:46.36 ID:2yT0nHybo
長いからちびちび読むわ
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